θは、真っ暗な闇の中に生まれ堕ちた。
(此処ハ…)
θは、自分が何者なのかさえ分からなかったが、ここが何処なのか、自分が何をすべきかなのは知っていた。
(此処ハ冥府。ソシテ我ハ、冥府ノ王、冥王θ(タナトス)…)
θは、冥府へやってくる人間達の魂を、せめて優しく迎え入れようと思った。
(ヤァ、亡者ヨ。冥府ヘヨゥコソ!)
θは、人間を愛した。神の持つ永遠に比べれば、刹那の生命しか持たぬ<死すべき者達>を。
(女神ガォ前達ヲ愛スルヨゥニ、我モ人間ヲ愛ソゥ。ケレド…)
θは、悲しかった。人間達の営みは、彼から見れば悲劇そのものだったから。
(母上ヨ…運命ノ女神ニシテ万物ノ母ヨ…何故コノ仔等ニ命ヲ与ェ、ソシテ痛ミヲ与ェ続ケルノダ?)
θは、考えた。人間の中にも、幸せに生きられる者、不幸に負けず強く生きられる者もいる。
(ダケド、ソンナ者達バカリデハナィ。生ニ苦シミ、運命ニ弄バレ、絶望スル仔等ノナント多キコトカ)
θは、せめてそんな人間だけでも救えないかと願った。どうやって?
(皆、冥府ニ来レバヨィ。此処ハ静カデ平和デ、心安キ地)
θは、嘆息した。神にも神の掟がある。そうそう人間に手出しなどしてはいけないのだ。
(其レデモ我ハ…残酷ナ運命ニ怯エル仔等ヲ救ィタィ)
θは、ついに思い至った。神である自分では、人間に干渉できない。ならば、答えは一つしかない。
(此処ハ…)
θは、自分が何者なのかさえ分からなかったが、ここが何処なのか、自分が何をすべきかなのは知っていた。
(此処ハ冥府。ソシテ我ハ、冥府ノ王、冥王θ(タナトス)…)
θは、冥府へやってくる人間達の魂を、せめて優しく迎え入れようと思った。
(ヤァ、亡者ヨ。冥府ヘヨゥコソ!)
θは、人間を愛した。神の持つ永遠に比べれば、刹那の生命しか持たぬ<死すべき者達>を。
(女神ガォ前達ヲ愛スルヨゥニ、我モ人間ヲ愛ソゥ。ケレド…)
θは、悲しかった。人間達の営みは、彼から見れば悲劇そのものだったから。
(母上ヨ…運命ノ女神ニシテ万物ノ母ヨ…何故コノ仔等ニ命ヲ与ェ、ソシテ痛ミヲ与ェ続ケルノダ?)
θは、考えた。人間の中にも、幸せに生きられる者、不幸に負けず強く生きられる者もいる。
(ダケド、ソンナ者達バカリデハナィ。生ニ苦シミ、運命ニ弄バレ、絶望スル仔等ノナント多キコトカ)
θは、せめてそんな人間だけでも救えないかと願った。どうやって?
(皆、冥府ニ来レバヨィ。此処ハ静カデ平和デ、心安キ地)
θは、嘆息した。神にも神の掟がある。そうそう人間に手出しなどしてはいけないのだ。
(其レデモ我ハ…残酷ナ運命ニ怯エル仔等ヲ救ィタィ)
θは、ついに思い至った。神である自分では、人間に干渉できない。ならば、答えは一つしかない。
―――現世に存在できる、肉の器があればいい。
θの器となる条件。大きく分けて、三つ。
まず、一つ目。日蝕と共に生まれなければならない。それは冥王たるθの加護を、最も受けやすい日。
二つ目。できれば、神の眷属が望ましい。仮にも神であるθの器となるからには、それ相応の肉体の持ち主がいい。
―――その条件を満たす仔が、ついに産まれた。
男女の双子。θは男の子に対し、自らの加護を与えた。θには男女の性はなかったが、性格的には男に近かったので、
そちらの方がいいと思えたのだ。
問題は、最後の条件―――心が絶望に染まり、闇へと堕ちること。
その時こそ、彼はθと同化し、新たなる冥王が誕生するのだ。
こればかりは運次第だった。如何にθが加護を与えようと、彼が平穏無事な人生を送ってしまえば、それまでだ。
先に述べた通り、神にもルールがある。人間は、神の玩具ではないのだ。神が人間に対して行えるのは、精々がその
声を聴くことができる人間にそっと囁きかけて神託を与えるか、自分の力の一部を貸し与えるくらいのこと。
自らの手で彼の心を破滅させることなどできないし、できたとしても流石にそのような非道は憚られた。
幸い(などと言ったら本人には失礼極まりないが)、器は順調に闇に染まっていった。過酷な運命は彼から大切な物を
たっぷりと奪っていった。
そして、あの不運なる姫君―――彼にとって最愛の妹までもが失われた時、もはや彼の心は完膚なきまでに壊されて、
そうなれば後は完全に絶望するのも時間の問題だった。
―――そこで、計算外の事態は起こった。あの、三人の少年達。
彼等がこの世界へと来てしまったおかげで、本来は死すべきだった彼女は生き残ってしまった。
(困ッタコトヲシテクレタ…)
θ個人としては、あのような生きる強さに満ち溢れた人間は好ましくさえ思う。だが、θの計画からいえば、邪魔者
以外の何物でもなかった。
あそこで彼に囁きかけた時、その静かな口調とは裏腹に、θは内心穏やかではなかった。はっきりいって、彼はあの
まま妹の傍にいることを選ぶ可能性の方が高かった。そうなれば、長年かけた計画は脆くも崩れ去っていただろう。
だが―――賽の目は、θの望む通りに転んだ。
(ソゥ…コレモ運命ナラバ、今ダケハ残酷ナル母上ニ感謝シヨゥ)
θの本来の思惑からは大いに外れてしまったが、軌道修正が利かないほどではない。
器は今、白龍遣い―――海馬瀬人と行動を共にしている。θですらも時に驚かされるほどに奇矯なあの少年の存在
は、面白いと思いつつ不安でもあったが、少なくとも今のままならそう問題はあるまい。
それよりはもう一方。器の片割れたる不運な姫君。彼女を守護する星女神の寵愛を受けし勇者。不屈の精神と熱き心
を持った、黒竜を駆る少年。そして不思議なことに、一つの身体に二つの魂を宿す、神を統べる王。
彼等は果たして、どう出るのか。θは少し悩んだが、すぐに開き直った。
(結局、貴方モ我モ、運命ノ手カラハ誰一人逃レラレヌノダ…)
どうせ当初の予定は崩れているのだ。θもまた、運命に対しては無力。
逆に言えば。運命がθに味方するなら、どう転ぼうが、θの計画は成功する。
(否…例ェ運命ガ我ヲ否定シヨゥトモ、我ハ器ヲ手ニ入レテミセル…)
そう。そもそもがθの計画自体が、命の運び手でもある運命の女神に弓引く行いなのだ。ならば―――
気紛れで残酷な運命(母上)など、当てにはしない。
(ソゥ―――我コソハθ(タナトス)―――怯ェル子等ヲ、殺メ続ケルコトデ救ィ続ケル神―――今ハタダ待トゥ。
我ノ器…エレウセウス…ォ前ガ、闇ニ染マル其ノ時ヲ…)
まず、一つ目。日蝕と共に生まれなければならない。それは冥王たるθの加護を、最も受けやすい日。
二つ目。できれば、神の眷属が望ましい。仮にも神であるθの器となるからには、それ相応の肉体の持ち主がいい。
―――その条件を満たす仔が、ついに産まれた。
男女の双子。θは男の子に対し、自らの加護を与えた。θには男女の性はなかったが、性格的には男に近かったので、
そちらの方がいいと思えたのだ。
問題は、最後の条件―――心が絶望に染まり、闇へと堕ちること。
その時こそ、彼はθと同化し、新たなる冥王が誕生するのだ。
こればかりは運次第だった。如何にθが加護を与えようと、彼が平穏無事な人生を送ってしまえば、それまでだ。
先に述べた通り、神にもルールがある。人間は、神の玩具ではないのだ。神が人間に対して行えるのは、精々がその
声を聴くことができる人間にそっと囁きかけて神託を与えるか、自分の力の一部を貸し与えるくらいのこと。
自らの手で彼の心を破滅させることなどできないし、できたとしても流石にそのような非道は憚られた。
幸い(などと言ったら本人には失礼極まりないが)、器は順調に闇に染まっていった。過酷な運命は彼から大切な物を
たっぷりと奪っていった。
そして、あの不運なる姫君―――彼にとって最愛の妹までもが失われた時、もはや彼の心は完膚なきまでに壊されて、
そうなれば後は完全に絶望するのも時間の問題だった。
―――そこで、計算外の事態は起こった。あの、三人の少年達。
彼等がこの世界へと来てしまったおかげで、本来は死すべきだった彼女は生き残ってしまった。
(困ッタコトヲシテクレタ…)
θ個人としては、あのような生きる強さに満ち溢れた人間は好ましくさえ思う。だが、θの計画からいえば、邪魔者
以外の何物でもなかった。
あそこで彼に囁きかけた時、その静かな口調とは裏腹に、θは内心穏やかではなかった。はっきりいって、彼はあの
まま妹の傍にいることを選ぶ可能性の方が高かった。そうなれば、長年かけた計画は脆くも崩れ去っていただろう。
だが―――賽の目は、θの望む通りに転んだ。
(ソゥ…コレモ運命ナラバ、今ダケハ残酷ナル母上ニ感謝シヨゥ)
θの本来の思惑からは大いに外れてしまったが、軌道修正が利かないほどではない。
器は今、白龍遣い―――海馬瀬人と行動を共にしている。θですらも時に驚かされるほどに奇矯なあの少年の存在
は、面白いと思いつつ不安でもあったが、少なくとも今のままならそう問題はあるまい。
それよりはもう一方。器の片割れたる不運な姫君。彼女を守護する星女神の寵愛を受けし勇者。不屈の精神と熱き心
を持った、黒竜を駆る少年。そして不思議なことに、一つの身体に二つの魂を宿す、神を統べる王。
彼等は果たして、どう出るのか。θは少し悩んだが、すぐに開き直った。
(結局、貴方モ我モ、運命ノ手カラハ誰一人逃レラレヌノダ…)
どうせ当初の予定は崩れているのだ。θもまた、運命に対しては無力。
逆に言えば。運命がθに味方するなら、どう転ぼうが、θの計画は成功する。
(否…例ェ運命ガ我ヲ否定シヨゥトモ、我ハ器ヲ手ニ入レテミセル…)
そう。そもそもがθの計画自体が、命の運び手でもある運命の女神に弓引く行いなのだ。ならば―――
気紛れで残酷な運命(母上)など、当てにはしない。
(ソゥ―――我コソハθ(タナトス)―――怯ェル子等ヲ、殺メ続ケルコトデ救ィ続ケル神―――今ハタダ待トゥ。
我ノ器…エレウセウス…ォ前ガ、闇ニ染マル其ノ時ヲ…)
「紫(死)ヲ抱ク瞳…彼ハ我ノ器…母ヲ殺メル夜、迎ェニ逝コゥ」