夜が明けた。
シコルスキーとサムワンは通報で駆けつけた警官らによって、病院に搬送された。二人
の敗北は、すぐさま彼らの住処(すみか)に伝えられた。
これでしけい荘とコーポ海王、両陣営の犠牲者は計五名となった。
流派や思想はちがえど、武力を頼みにする彼らが受けた衝撃は大きい。
もはや一刻の猶予もない。
シコルスキーとサムワンは通報で駆けつけた警官らによって、病院に搬送された。二人
の敗北は、すぐさま彼らの住処(すみか)に伝えられた。
これでしけい荘とコーポ海王、両陣営の犠牲者は計五名となった。
流派や思想はちがえど、武力を頼みにする彼らが受けた衝撃は大きい。
もはや一刻の猶予もない。
コーポ海王の管理人室で向かい合う劉海王と烈海王。称号の上では同格だが、椅子にゆ
ったりと腰かける劉に対して、弟子である烈は立ったまま訴えかける。
「老師……私はこれ以上我慢なりません」
「うむ、オリバ氏とも連絡を取ったが、昨夜の二人はさらに凄惨な倒され方であったらし
い。これは我ら武術家に対する完全なる挑戦──」
「そうではありません。私は海王の名が辱められることが我慢ならないのです」
さえぎる烈。彼には仲間や好敵手が倒されたことなど眼中にない。中国最高峰の証『海
王』が穢されることだけが許せなかった。
「……うむ。して烈よ、どう始末をつけるつもりかな」
「この件、私に一任して頂きたい」
「どういうことじゃ」
「すでに、陳、毛、楊、除、孫の五人には夜間外出を禁じております。……老師、あなた
にも同様に夜間の外出を控えて頂きたい、ということです」
しわの奥深くに埋まった劉の両眼に、なみなみと怒りが注がれる。
「聞き捨てならんな……」
「僭越ながら、老師の実力と経験を吟味した上で申し上げます。今回の敵、あなたでは荷
が重すぎる!」
「フォッフォッ……歯に衣着せぬのう。魔拳と呼ばれるだけはある」かえって毒気を抜か
れたのか、豪快に笑い飛ばす劉海王。「カッカッカッカッカッカ……!」
椅子から劉が消えた。
「わしを侮辱するかァッ!」
練り上げた激情を拳に可変させ、師は弟子に襲いかかる。
──が、すでに烈は行動を終えていた。
全身に冷や汗をまとわせ、劉は拳を止めた。烈が叩き込んだ幻影(イメージ)によって、
劉は無傷でありながら敗北していた。
百年生きた脳が、長年の記録を生かし、リアリティ溢れる映像を再生する。
奇襲を捌かれ、正中線に完璧な連撃を打ち込まれ、昏倒する己の姿を──。
「老師……」
「わしの敗けじゃ。どうとでもするがいい。わしはしばらくの間、夜中はテレビでも楽し
むとしよう」
「申し訳ありません……ッ!」
目を潤ませ、弟子は踵を返す。
禁じ手の同門対決を制した烈海王、いよいよ打倒アライJrに向けて準備が整った。
ったりと腰かける劉に対して、弟子である烈は立ったまま訴えかける。
「老師……私はこれ以上我慢なりません」
「うむ、オリバ氏とも連絡を取ったが、昨夜の二人はさらに凄惨な倒され方であったらし
い。これは我ら武術家に対する完全なる挑戦──」
「そうではありません。私は海王の名が辱められることが我慢ならないのです」
さえぎる烈。彼には仲間や好敵手が倒されたことなど眼中にない。中国最高峰の証『海
王』が穢されることだけが許せなかった。
「……うむ。して烈よ、どう始末をつけるつもりかな」
「この件、私に一任して頂きたい」
「どういうことじゃ」
「すでに、陳、毛、楊、除、孫の五人には夜間外出を禁じております。……老師、あなた
にも同様に夜間の外出を控えて頂きたい、ということです」
しわの奥深くに埋まった劉の両眼に、なみなみと怒りが注がれる。
「聞き捨てならんな……」
「僭越ながら、老師の実力と経験を吟味した上で申し上げます。今回の敵、あなたでは荷
が重すぎる!」
「フォッフォッ……歯に衣着せぬのう。魔拳と呼ばれるだけはある」かえって毒気を抜か
れたのか、豪快に笑い飛ばす劉海王。「カッカッカッカッカッカ……!」
椅子から劉が消えた。
「わしを侮辱するかァッ!」
練り上げた激情を拳に可変させ、師は弟子に襲いかかる。
──が、すでに烈は行動を終えていた。
全身に冷や汗をまとわせ、劉は拳を止めた。烈が叩き込んだ幻影(イメージ)によって、
劉は無傷でありながら敗北していた。
百年生きた脳が、長年の記録を生かし、リアリティ溢れる映像を再生する。
奇襲を捌かれ、正中線に完璧な連撃を打ち込まれ、昏倒する己の姿を──。
「老師……」
「わしの敗けじゃ。どうとでもするがいい。わしはしばらくの間、夜中はテレビでも楽し
むとしよう」
「申し訳ありません……ッ!」
目を潤ませ、弟子は踵を返す。
禁じ手の同門対決を制した烈海王、いよいよ打倒アライJrに向けて準備が整った。
しけい荘一同は憤っていた。
ドリアンに続き、シコルスキーまでもが病院送りとなった。両者とも致死量以上のパン
チをもらっており、未だに意識が戻らない。
落ち着くよう指示を出すオリバだが、今度ばかりは住人の怒りが上回っていた。
「闇に乗じる輩ならば、私も敗けません。最高の暗器で迎え撃つまでだ」
殺法家のみが持ちうる、薄暗く淀んだ闘気を全開させる柳。
「コレ以上、好キ勝手サレタラヨォ、シケイ荘ノ名ガスタッチマウゼッ!」
野放図なスペックでさえ、アライJrの非道に怒りをあらわにする。
「ドリアン、シコルスキー、仇は取るよ……必ず」
体内に仕込んだ手品(ぶき)を整備し、ドイルもまた出撃準備を完了した。
あとはいつから警備を開始するかだが、昨日と立て続けに、今日も犯人が徘徊する可能
性は低い。
ドリアンに続き、シコルスキーまでもが病院送りとなった。両者とも致死量以上のパン
チをもらっており、未だに意識が戻らない。
落ち着くよう指示を出すオリバだが、今度ばかりは住人の怒りが上回っていた。
「闇に乗じる輩ならば、私も敗けません。最高の暗器で迎え撃つまでだ」
殺法家のみが持ちうる、薄暗く淀んだ闘気を全開させる柳。
「コレ以上、好キ勝手サレタラヨォ、シケイ荘ノ名ガスタッチマウゼッ!」
野放図なスペックでさえ、アライJrの非道に怒りをあらわにする。
「ドリアン、シコルスキー、仇は取るよ……必ず」
体内に仕込んだ手品(ぶき)を整備し、ドイルもまた出撃準備を完了した。
あとはいつから警備を開始するかだが、昨日と立て続けに、今日も犯人が徘徊する可能
性は低い。
明日日没より決行とす──。
しかし203号室のもう一人の住人、ゲバルは煙草をくわえ、仇討ちに燃える三人を冷
ややかに傍観していた。
「ゲバル、アンタももちろん加わるだろう」
水を向けるドイルに、ゲバルの反応は冷たかった。
「ン~……俺はパスだな。そいつが俺を直接狙ってきたのならともかく、誰かのために戦
うってのは苦手でね」
やる気のなさをアピールするように手をぶらぶら振りながら、部屋に戻ってしまう。
舌打ちするスペック。
「ケッ、マァイイゼ。ゲバルガドンダケ強イノカ俺ハ知ラネェシヨ。別ニイナクタッテカ
マヤシネェサ」
しけい荘からの次なる挑戦者は、柳、スペック、ドイルに決定した。
ややかに傍観していた。
「ゲバル、アンタももちろん加わるだろう」
水を向けるドイルに、ゲバルの反応は冷たかった。
「ン~……俺はパスだな。そいつが俺を直接狙ってきたのならともかく、誰かのために戦
うってのは苦手でね」
やる気のなさをアピールするように手をぶらぶら振りながら、部屋に戻ってしまう。
舌打ちするスペック。
「ケッ、マァイイゼ。ゲバルガドンダケ強イノカ俺ハ知ラネェシヨ。別ニイナクタッテカ
マヤシネェサ」
しけい荘からの次なる挑戦者は、柳、スペック、ドイルに決定した。
203号室はがらんとしていた。ルームメイトが一人いなくなっただけで、六畳一間が
やたらに広く感じられる。
あぐらをかき、ボトルに入ったラム酒を一気飲みするゲバル。
身をたぎらせる辛さと心を安らげる甘さが同居する。海賊時代から愛飲していた故郷の
味だ。
「せっかく用意したってのに敗けちまいやがって……」
シコルスキーがみごと勝って帰ったなら、振るまってやるつもりでいた。が、残念なが
ら彼は帰って来れなかった。
闇討ち事件と関わるつもりはない。元々ゲバルが来日したのは大統領としての秘められ
た使命のためで、しけい荘のために戦ってやる筋合いは毛ほどもなかった。
「柳にスペック、ドイル……いずれも優秀な戦士(ウォリアー)だ。だれかが勝利を収め
ることだろう。もしダメでもアンチェインがいる」
ところがゲバルは内なる衝動を感じていた。
大統領、海賊、武術家──人生の途上でいくつもの仮面を被った魂の、もっとも原始的
な部門である『純・ゲバル』が、勝手に体を突き動かしていた。お気に入りのバンダナを
締めつけ、すっくと立ち上がる。
日和見に走るなど、ルームメイトの無念を放っておくなど、ましてや強敵と立ち合う絶
好のチャンスを逃すなど、絶対にあってはならない。
『純・ゲバル』がそうするのならば、他は従うより仕方ない。
「明日までなど待てねェ──決行は本日からだ」
しけい荘からの挑戦者が、ゲバルに再決定した瞬間であった。
やたらに広く感じられる。
あぐらをかき、ボトルに入ったラム酒を一気飲みするゲバル。
身をたぎらせる辛さと心を安らげる甘さが同居する。海賊時代から愛飲していた故郷の
味だ。
「せっかく用意したってのに敗けちまいやがって……」
シコルスキーがみごと勝って帰ったなら、振るまってやるつもりでいた。が、残念なが
ら彼は帰って来れなかった。
闇討ち事件と関わるつもりはない。元々ゲバルが来日したのは大統領としての秘められ
た使命のためで、しけい荘のために戦ってやる筋合いは毛ほどもなかった。
「柳にスペック、ドイル……いずれも優秀な戦士(ウォリアー)だ。だれかが勝利を収め
ることだろう。もしダメでもアンチェインがいる」
ところがゲバルは内なる衝動を感じていた。
大統領、海賊、武術家──人生の途上でいくつもの仮面を被った魂の、もっとも原始的
な部門である『純・ゲバル』が、勝手に体を突き動かしていた。お気に入りのバンダナを
締めつけ、すっくと立ち上がる。
日和見に走るなど、ルームメイトの無念を放っておくなど、ましてや強敵と立ち合う絶
好のチャンスを逃すなど、絶対にあってはならない。
『純・ゲバル』がそうするのならば、他は従うより仕方ない。
「明日までなど待てねェ──決行は本日からだ」
しけい荘からの挑戦者が、ゲバルに再決定した瞬間であった。
日は没した。
他の面子にはむろん内緒で、闇討ち狩りに出向くゲバル。
しかしまもなく出会ったのはアライJrではなく、同じく闇討ちの被害をこうむってい
るコーポ海王の烈海王であった。
二人は初対面だった。
「……ここ数日、我ら海王をつけ狙っているのは貴様か?」
「いや、私はしけい荘在住のゲバルという者だ。君ら海王のことはシコルスキーから聞い
ている」
「すまなかった。だが今の時間は出歩かぬ方がいい。君らのアパートも標的になっている
やもしれぬからな」
烈の気遣いに、ゲバルはすかさず首を振った。
「どういうことだ。まさか君が我々の敵(かたき)と戦うとでも?」
「まァね。ルームメイトがいないといまいちラム酒も味が乗らなくてな。たまには誰かの
ために……ってのをやってみようか、とね」
「──笑止! 敵は海王の称号を脅かすほどの実力者だ。どこの馬の骨とも分からぬ君が
出る幕ではない。大人しくしけい荘に引き返したまえ」
「君こそ、今からでも帰宅したらどうだい。ミスター海王」
夜が歪む。他の人種ならば色んな和解案を探れただろうが、彼らは不器用すぎた。闘争
が好きすぎた。
「……死ぬにはいい日だ」
「私は一向にかまわんッ!」
他の面子にはむろん内緒で、闇討ち狩りに出向くゲバル。
しかしまもなく出会ったのはアライJrではなく、同じく闇討ちの被害をこうむってい
るコーポ海王の烈海王であった。
二人は初対面だった。
「……ここ数日、我ら海王をつけ狙っているのは貴様か?」
「いや、私はしけい荘在住のゲバルという者だ。君ら海王のことはシコルスキーから聞い
ている」
「すまなかった。だが今の時間は出歩かぬ方がいい。君らのアパートも標的になっている
やもしれぬからな」
烈の気遣いに、ゲバルはすかさず首を振った。
「どういうことだ。まさか君が我々の敵(かたき)と戦うとでも?」
「まァね。ルームメイトがいないといまいちラム酒も味が乗らなくてな。たまには誰かの
ために……ってのをやってみようか、とね」
「──笑止! 敵は海王の称号を脅かすほどの実力者だ。どこの馬の骨とも分からぬ君が
出る幕ではない。大人しくしけい荘に引き返したまえ」
「君こそ、今からでも帰宅したらどうだい。ミスター海王」
夜が歪む。他の人種ならば色んな和解案を探れただろうが、彼らは不器用すぎた。闘争
が好きすぎた。
「……死ぬにはいい日だ」
「私は一向にかまわんッ!」
──開始。