『さて…まずは我が神域を穢す者達を懲らしめた功績を称えると共に、礼を言わせていただきましょう』
そう言われても、城之内は金魚のように口をパクパクさせるばかりだ。アストラはそんな彼に対し、安心させる
ようにそっと微笑みかける。それだけで、ふっと全身から緊張が解けていくのを城之内は感じた。
『そして、これから更なる闘いへと身を投じるあなた達へ、せめてもの贈り物を…オリオン、弓を貸しなさい』
「はい」
恭しく弓を差し出すオリオン。手渡されたそれを、アストラは天に向けて翳した。その掌から、凄まじい気とでも
いうべきものが迸り、それはオリオンの弓に吸い込まれていく。
『この弓に、私の力の一片を加えました…普通に矢を射るだけで、これまで以上の威力と速度が得られるでしょう。
そして、これを授けます…』
いつの間にか、アストラの手には光輝く矢が握られていた。その数、四本。
『天空の星々…その聖なる力を封じた<星屑の矢>です。さあオリオン、どうぞ受け取ってください』
「謹んで」
頭を下げながら、それらを受け取るオリオン。城之内はそれを見て、腕組みしながら呟く。
「早速御利益ってところか…しかし、四本って数が実にクセモノだぜ。一回目はきっちり強敵を倒すけど、二回目は
ラスボス辺りを相手に撃って<バカな!星屑の矢が効かないだと!?>なんてお約束のセリフと共に、敵の強さを
アピールするために使われて、三回目は割とどうでもいいところで地味に使って、最後はラスボス相手にダメージ
与えるけど決定打にはならない。そんな扱いになると見たね」
「嫌だ。そんな意外性もクソもない戦闘力インフレ展開だけは嫌だぞ…つーかお前、もっと敬えよ!仮にも女神様
だぞ?女神様!」
『いいのですよ、オリオン。さて…遊戯、そして城之内』
アストラが二人に向き直る。
『まず最初に申し上げますが…あなた達は元の世界に帰る方法を四苦八苦して見つけなければと思っているようです
が…大丈夫。私の力で、帰すことができます』
「な、何ィーっ!?」
「め…女神アストラ!それは本当なのか!?」
『はい。あなた達が何故この世界に飛ばされたのか、その理由までは分かりかねますが、ただ元の時代に帰すだけ
であればそれほど難しくはありません。だからそれについては安心してください』
「マ、マジか…」
「あっさりすぎるな…」
本気でビックリした。世に数多存在する異世界飛ばされ系の物語で、これだけあっさり帰還方法が見つかった例など
存在するだろうか?ああ、探し求める青い鳥はこんなに近くにいたんだ…それはともかく。
「えーと…じゃあ、どうするんだ?二人とも、帰っちまうわけ?」
オリオンが困惑したように二人を見つめる。
「冗談言うなよ。まだ帰れるわけねーだろ」
それに対し城之内、そして闇遊戯は首を横に振った。
「この時代に遣り残したことは山積みだ。それをほったらかしたままにはできないさ」
アストラは果たして、その答えを見透かしていたかのように微笑んだ。
『あなた達もまた、闘うのですね。己の故郷ではない、この世界のために?』
「世界のため…つーと、なんか違うよな、遊戯」
『では、なんのために?』
「友のためだ」
闇遊戯が、力強く口を開く。
「オリオンもミーシャも友達だ。それを助けるのに、理由はないさ―――それに、困った奴だが、海馬だって仲間
だ。力ずくでも連れてこないとな」
「おうよ!もしも今、神様パワーで元の世界に戻してやるなんて言われても、こっちから願い下げだぜ!帰るのは
全部が全部きっちり片付いてからだ。ま、そん時にゃあよろしく頼むぜ、女神様!」
『そうですか…分かりました。あなた達が全てに打ち勝ち、胸を張って帰れることを、私も願いましょう』
アストラは、優しく頷く。
『あなた達を結ぶ決して切れることのない絆…それこそが、この先に待ち受ける残酷な運命を切り開く力となる
でしょう。そう…私は信じます』
「運命、ね…そういや一つ訊きたいんだけどさ、女神様。運命の女神<ミラ>ってのは、本当にいるのか?」
『それは私にも分かりません』
あっさりとそんなことを言われて、城之内は鼻白んだ。
「分かりませんって…同じ神様じゃねーの?」
『彼女とそれ以外では、神としての格がそもそも違うのです。我らが更に神と崇める唯一の存在―――それこそが
万物の母・運命の女神<Moira(ミラ)>―――その姿を見た者もその声を聴いた者も、未だ嘗ていないのです』
なんともいい加減なことだと、失礼だと思いつつも城之内は呆れた。
『そう思うのももっともな話です。けれど、その存在を誰もが信じるほどに、世界は数奇で残酷…そして、私には
見えるのです。この世界を覆うであろう、暗黒が…』
憂いを秘めた声で、アストラは語る。
『青(せい)と紫(し)の焔(ひかり)を瞳に宿す 強かなる二匹の獣が
風の楯をも喰い破り 流る星を背に 運命(かみ)に牙を剥く―――』
詠うような、不可思議な言葉の羅列。アストラは更に続ける。
『そして、生けとし生ける者全てにとって、遅かれ早かれ避けられぬ別れにして、避けられぬは彼…』
ダジャレかよ、と城之内は思ったが、シリアスっぽい場面なのでツッコまなかった。
『彼は器を求める…そして、器に死神の眼を与え、囁く…』
「―――!まさか、それは…女神アストラよ、答えてくれ!オレはエレフという男から、その奥底に潜む何者かの
存在と、そして恐ろしいほどの力を感じた。それがあなたのいう<彼>なのか!?」
『…それは、冥府の王にして人々が死神と呼び畏れる存在。されどあらゆる神の中で最も人間を愛し、慈しむ神
―――この不平等で残酷なる生命の世界から、平等にして平穏なる死の世界へと万物を解き放つ、死せる魂の
導き手…』
闇遊戯の問いに対し、アストラはその名を告げる。
『そう。彼こそは<死>そのものにして…彼こそは冥王―――』
そう言われても、城之内は金魚のように口をパクパクさせるばかりだ。アストラはそんな彼に対し、安心させる
ようにそっと微笑みかける。それだけで、ふっと全身から緊張が解けていくのを城之内は感じた。
『そして、これから更なる闘いへと身を投じるあなた達へ、せめてもの贈り物を…オリオン、弓を貸しなさい』
「はい」
恭しく弓を差し出すオリオン。手渡されたそれを、アストラは天に向けて翳した。その掌から、凄まじい気とでも
いうべきものが迸り、それはオリオンの弓に吸い込まれていく。
『この弓に、私の力の一片を加えました…普通に矢を射るだけで、これまで以上の威力と速度が得られるでしょう。
そして、これを授けます…』
いつの間にか、アストラの手には光輝く矢が握られていた。その数、四本。
『天空の星々…その聖なる力を封じた<星屑の矢>です。さあオリオン、どうぞ受け取ってください』
「謹んで」
頭を下げながら、それらを受け取るオリオン。城之内はそれを見て、腕組みしながら呟く。
「早速御利益ってところか…しかし、四本って数が実にクセモノだぜ。一回目はきっちり強敵を倒すけど、二回目は
ラスボス辺りを相手に撃って<バカな!星屑の矢が効かないだと!?>なんてお約束のセリフと共に、敵の強さを
アピールするために使われて、三回目は割とどうでもいいところで地味に使って、最後はラスボス相手にダメージ
与えるけど決定打にはならない。そんな扱いになると見たね」
「嫌だ。そんな意外性もクソもない戦闘力インフレ展開だけは嫌だぞ…つーかお前、もっと敬えよ!仮にも女神様
だぞ?女神様!」
『いいのですよ、オリオン。さて…遊戯、そして城之内』
アストラが二人に向き直る。
『まず最初に申し上げますが…あなた達は元の世界に帰る方法を四苦八苦して見つけなければと思っているようです
が…大丈夫。私の力で、帰すことができます』
「な、何ィーっ!?」
「め…女神アストラ!それは本当なのか!?」
『はい。あなた達が何故この世界に飛ばされたのか、その理由までは分かりかねますが、ただ元の時代に帰すだけ
であればそれほど難しくはありません。だからそれについては安心してください』
「マ、マジか…」
「あっさりすぎるな…」
本気でビックリした。世に数多存在する異世界飛ばされ系の物語で、これだけあっさり帰還方法が見つかった例など
存在するだろうか?ああ、探し求める青い鳥はこんなに近くにいたんだ…それはともかく。
「えーと…じゃあ、どうするんだ?二人とも、帰っちまうわけ?」
オリオンが困惑したように二人を見つめる。
「冗談言うなよ。まだ帰れるわけねーだろ」
それに対し城之内、そして闇遊戯は首を横に振った。
「この時代に遣り残したことは山積みだ。それをほったらかしたままにはできないさ」
アストラは果たして、その答えを見透かしていたかのように微笑んだ。
『あなた達もまた、闘うのですね。己の故郷ではない、この世界のために?』
「世界のため…つーと、なんか違うよな、遊戯」
『では、なんのために?』
「友のためだ」
闇遊戯が、力強く口を開く。
「オリオンもミーシャも友達だ。それを助けるのに、理由はないさ―――それに、困った奴だが、海馬だって仲間
だ。力ずくでも連れてこないとな」
「おうよ!もしも今、神様パワーで元の世界に戻してやるなんて言われても、こっちから願い下げだぜ!帰るのは
全部が全部きっちり片付いてからだ。ま、そん時にゃあよろしく頼むぜ、女神様!」
『そうですか…分かりました。あなた達が全てに打ち勝ち、胸を張って帰れることを、私も願いましょう』
アストラは、優しく頷く。
『あなた達を結ぶ決して切れることのない絆…それこそが、この先に待ち受ける残酷な運命を切り開く力となる
でしょう。そう…私は信じます』
「運命、ね…そういや一つ訊きたいんだけどさ、女神様。運命の女神<ミラ>ってのは、本当にいるのか?」
『それは私にも分かりません』
あっさりとそんなことを言われて、城之内は鼻白んだ。
「分かりませんって…同じ神様じゃねーの?」
『彼女とそれ以外では、神としての格がそもそも違うのです。我らが更に神と崇める唯一の存在―――それこそが
万物の母・運命の女神<Moira(ミラ)>―――その姿を見た者もその声を聴いた者も、未だ嘗ていないのです』
なんともいい加減なことだと、失礼だと思いつつも城之内は呆れた。
『そう思うのももっともな話です。けれど、その存在を誰もが信じるほどに、世界は数奇で残酷…そして、私には
見えるのです。この世界を覆うであろう、暗黒が…』
憂いを秘めた声で、アストラは語る。
『青(せい)と紫(し)の焔(ひかり)を瞳に宿す 強かなる二匹の獣が
風の楯をも喰い破り 流る星を背に 運命(かみ)に牙を剥く―――』
詠うような、不可思議な言葉の羅列。アストラは更に続ける。
『そして、生けとし生ける者全てにとって、遅かれ早かれ避けられぬ別れにして、避けられぬは彼…』
ダジャレかよ、と城之内は思ったが、シリアスっぽい場面なのでツッコまなかった。
『彼は器を求める…そして、器に死神の眼を与え、囁く…』
「―――!まさか、それは…女神アストラよ、答えてくれ!オレはエレフという男から、その奥底に潜む何者かの
存在と、そして恐ろしいほどの力を感じた。それがあなたのいう<彼>なのか!?」
『…それは、冥府の王にして人々が死神と呼び畏れる存在。されどあらゆる神の中で最も人間を愛し、慈しむ神
―――この不平等で残酷なる生命の世界から、平等にして平穏なる死の世界へと万物を解き放つ、死せる魂の
導き手…』
闇遊戯の問いに対し、アストラはその名を告げる。
『そう。彼こそは<死>そのものにして…彼こそは冥王―――』
「<θ(タナトス)>…』
「冥王…タナトス!」
闇遊戯は、その言葉を反芻する。まるで、自らに刻み付けようとするかのように。
『あなたたちの選んだ道は、困難に満ちています』
すうっと。アストラの気配が消えていくのを闇遊戯達は感じた。そして最後に、彼女の声が聴こえた。
『其れでも―――お征きなさい、仔等よ』
がくっとミーシャの身体がよろめき、それをオリオンが支える。
「おいおい、大丈夫かよ!もしかしてさっきの、身体に悪かったりするのか?」
「心配しないで、城之内…少し疲れただけだから。それよりも…星女神様の仰っていたことよ」
「さっきの話…ミーシャも聞いていたのか?」
闇遊戯の問いに、彼女は顔を曇らせる。
「ええ。身体は貸していても、自分の意識はあるの…何だか、大変な単語ばかり並んでいたわね」
「だよな。まあ、考えたってしょうがねえよ」
城之内は自分の掌に、拳をガツンと打ち付ける。
「やると決めたからにゃ、やるしかねえよ。今さらビビってられるかってんだ!」
「バーカ。誰もビビってなんかないっつーの!」
オリオンが不敵に笑う。
「そうだ―――行く手に何があろうとも、オレたちのやることは同じだ。そうだろう、皆!」
闇遊戯の言葉に、ミーシャも力強く頷いた。そして城之内が場を代表するかのように声を張り上げる。
「おーし皆!ここは一発、結束を深めるために、今の気持ちを言葉にしてみようぜ!」
「ああ!」
そして四人は、一斉に己の胸中を叫ぶ!
「ガンガンいこうぜ!」
「命を大事に!」
「オレに任せろ!」
「色々やろうぜ!」
―――誰がどのセリフを言ったかは想像にお任せするが、心がイマイチ一つになっていなかった。
「ちなみに相棒は<みんながんばれ!>と言ってたぜ…」
闇遊戯は、嘆息したのだった…。
闇遊戯は、その言葉を反芻する。まるで、自らに刻み付けようとするかのように。
『あなたたちの選んだ道は、困難に満ちています』
すうっと。アストラの気配が消えていくのを闇遊戯達は感じた。そして最後に、彼女の声が聴こえた。
『其れでも―――お征きなさい、仔等よ』
がくっとミーシャの身体がよろめき、それをオリオンが支える。
「おいおい、大丈夫かよ!もしかしてさっきの、身体に悪かったりするのか?」
「心配しないで、城之内…少し疲れただけだから。それよりも…星女神様の仰っていたことよ」
「さっきの話…ミーシャも聞いていたのか?」
闇遊戯の問いに、彼女は顔を曇らせる。
「ええ。身体は貸していても、自分の意識はあるの…何だか、大変な単語ばかり並んでいたわね」
「だよな。まあ、考えたってしょうがねえよ」
城之内は自分の掌に、拳をガツンと打ち付ける。
「やると決めたからにゃ、やるしかねえよ。今さらビビってられるかってんだ!」
「バーカ。誰もビビってなんかないっつーの!」
オリオンが不敵に笑う。
「そうだ―――行く手に何があろうとも、オレたちのやることは同じだ。そうだろう、皆!」
闇遊戯の言葉に、ミーシャも力強く頷いた。そして城之内が場を代表するかのように声を張り上げる。
「おーし皆!ここは一発、結束を深めるために、今の気持ちを言葉にしてみようぜ!」
「ああ!」
そして四人は、一斉に己の胸中を叫ぶ!
「ガンガンいこうぜ!」
「命を大事に!」
「オレに任せろ!」
「色々やろうぜ!」
―――誰がどのセリフを言ったかは想像にお任せするが、心がイマイチ一つになっていなかった。
「ちなみに相棒は<みんながんばれ!>と言ってたぜ…」
闇遊戯は、嘆息したのだった…。
―――そして、未だに「う~神子様神子様」と自分達を探し回っているフィリスに見つからぬように細心の注意を
払いながら神殿を後にし、今は。
「そう…兄を探す旅に出るのね、ミーシャ」
「はい…」
ソフィアの家。ミーシャはソフィアと向き合って、真剣な顔で話し合っている。
「あなたの兄…エレフだったわね。彼の姿は、私も見たわ。あなたによく似た目…だけど、その奥に恐ろしい何かを
宿した、暗い紫の瞳だった…そして彼は、自らの意志で出ていったのでしょう?それをあっさりと曲げるような男に
見えなかったわ。それに、彼と一緒にいた海馬という男。彼は危険よ。見ただけで分かったわ。そんな相手と直に
向き合う危険を孕みながら、それでもあなたは行くの?」
「…………」
城之内とオリオン、そして遊戯(今は闇遊戯は引っ込んでいた。アストラとの会話で、思うところがあるらしい)は
二人のやり取りを静かに見守っていた。
「ソフィア様…あなたに受けた恩は、忘れてなどいません」
ミーシャは、ソフィアの目を真っすぐ見つめ返した。
「兄ともオリオンとも離れ離れになってレスボスに流れ着き、何も分からず途方に暮れていた私に、あなたは生きる
ための全てを与えてくださいました。もしもソフィア様がいなければ、今の私はいない。その感謝を忘れたことなど
ありません。そして私はあなたに、運命を愛し、全てをあるがまま受け入れるようにと教わりました…けれど」
ぐっと唇を噛み締めた。
「それでも―――私は、こんな残酷な運命は愛せない…!例えあなたの教えに背くことであっても、それでも…!」
「ミーシャ。それに、皆も聞いてくれるかしら?」
言い募るミーシャ。それを遮るように、ソフィアはそっとミーシャの手を握り、語りかける。
「かつて、私にも、烈しく愛した人がいたのよ…」
過ぎ去った日々を懐かしむような、消えない痛みに頬を濡らすような、複雑な想いがそこには秘められていた。
「けれど、彼は私を置いて旅立ってしまった。私は追いかけることもできずに、ただ泣いたわ」
「はー…あんたみてーないい女を振るなんざ、見る目のねー男だな、そいつ」
城之内は呆れたように言ったが、ソフィアは悲しげに笑った。
「仕方ないわよ。あの頃の私はただの子供で、彼とは祖父と孫娘ほどに歳が離れていたもの」
「祖父って…そりゃまた、随分年上好みだったんすね」
「ふふ、そうね。今思えば、実らない恋だなんて分かるようなものだけど、当時の私にとっては本当に世界の終わり
のような気持だったの。そのせいかしらね、今の私の性癖がアレなのは…そう、あの時から、私の紅い真珠は歪んで
しまったのよ…バロック(性的倒錯性歪曲)の乙女とはよく言ったものね」
アレというのが何を指すのか、紅い真珠とかバロックの乙女とはどういう比喩なのか、誰も、何も訊かなかった。
禁断の世界を覗き見てしまいそうだったからだ。コホンと咳払いして、ソフィアは本題に戻る。
「彼との別れが運命ならば…私はそれを拒むことなく、受け入れた…いいえ、違うわね。ただ単に、逃げただけよ」
「ソフィア様…」
「ミーシャ…あなたは、逃げてはダメよ」
ソフィアは静かに、だが揺るぎない厳しさを込めてミーシャを真っすぐに見つめた。
「愛する者と再び巡り会いたいと願うのならば、運命に立ち向かいなさい。そして、何物をも怖れず揺るがず妬まず
恨まず、誰よりも強かに生きる―――そんな、美しく世に咲き誇る女(はな)になりなさい」
まるで詩の一節のような言葉に、ミーシャは目を丸くする。ソフィアはそんなミーシャに、そっと微笑む。
「よく分からないかしら?それでいいのよ。答えはこれから見つけなさい」
「はい…」
どこか煙に巻かれたような顔で曖昧に頷くミーシャ。城之内はそれに対し、頬を掻きながら答えた。
「オレはソフィア先生みたいに頭よくねーから、ムズカシーことは言えねーけど…なんとなく、分かるぜ」
「ほんと!?城之内くん、すごいや!」
「へー。お前的には、どういう解釈なんだ?解釈の自由が故、皆は悩むんだぜ?」
オリオンと遊戯も興味深そうに城之内の顔を覗き込む。城之内は、堂々と胸を張って答えた。
「要するに<世の中色々大変だけど、へこたれずに気合い入れて頑張れ>ってこったろ?」
―――あまりに単刀直入な表現に、皆が複雑な表情になってしまった。
「…えと、城之内。確かにそういうニュアンスなんだろうけどさ、もっとこう、言い方ってもんが…」
「じゃあアレだ。ウツボカズラみてーな女になれってことだよ!ほら、恐れず揺るがずってカンジだろ?」
「バカかお前!それならラフレシアの方が相応しいだろ!恐れず揺るがずどころか逆に周囲を恐れさせて揺るがすぞ、
奴は!」
「絶対違うと思うよ、二人とも…」
「誰がウツボカズラやラフレシアになりたいなんて思うのよ…」
城之内とオリオンの不毛な争いを、遊戯とミーシャは冷めた目で見つめる。そして。
「ふふ…」
ソフィアは、静かに口元を緩める。
「それでいいのよ、城之内くん」
「え!?」
城之内を除く全員が目ん玉を飛び出させるほど仰天し、恐慌にすら陥る。何が起こったのか!?ソフィアは一体、
何をトチ狂ってしまったのか!?この状況…何者かからのスタンド攻撃を受けている可能性がある!恐らくは舌に
取り付き、思っていることとは反対のことしか言えなくなる能力を持ったスタンドだ!
「そ、ソフィア様、しっかりしてください!あなたは少し錯乱しています!」
「あなたの感じている感情は精神的疾患の一種です!治す方法は俺が知ってます!俺に任せて!」
「もう一人のボク!こうなったらソフィアさんにマインドクラッシュを使うしか…!」
「お前ら…オレを何だと思ってるんだよ…ウツボカズラなんて冗談だよ…」
散々な扱いに、城之内はプイとそっぽを向いてしまう。ソフィアはクスクス笑いつつも、彼を好ましげに見つめた。
世の残酷さを何も知らない子供の発想なのか、それとも分かった上でなお、当り前のようにそう言ってのけたのか。
―――今までの城之内を見ていれば、どちらかなど言うまでもない。
「流石に私もウツボカズラやラフレシアになれなんて言ってないわ。その前よ。小難しい言葉を並べたところで、
本当に言いたいことなんて一つだけ―――」
ソフィアは、慈しみに満ちた瞳でミーシャを見つめる。
「頑張って生きなさい、ミーシャ」
ミーシャはそれに対し、しっかりとソフィアの手を握り返して答える。
「はい…頑張ります」
払いながら神殿を後にし、今は。
「そう…兄を探す旅に出るのね、ミーシャ」
「はい…」
ソフィアの家。ミーシャはソフィアと向き合って、真剣な顔で話し合っている。
「あなたの兄…エレフだったわね。彼の姿は、私も見たわ。あなたによく似た目…だけど、その奥に恐ろしい何かを
宿した、暗い紫の瞳だった…そして彼は、自らの意志で出ていったのでしょう?それをあっさりと曲げるような男に
見えなかったわ。それに、彼と一緒にいた海馬という男。彼は危険よ。見ただけで分かったわ。そんな相手と直に
向き合う危険を孕みながら、それでもあなたは行くの?」
「…………」
城之内とオリオン、そして遊戯(今は闇遊戯は引っ込んでいた。アストラとの会話で、思うところがあるらしい)は
二人のやり取りを静かに見守っていた。
「ソフィア様…あなたに受けた恩は、忘れてなどいません」
ミーシャは、ソフィアの目を真っすぐ見つめ返した。
「兄ともオリオンとも離れ離れになってレスボスに流れ着き、何も分からず途方に暮れていた私に、あなたは生きる
ための全てを与えてくださいました。もしもソフィア様がいなければ、今の私はいない。その感謝を忘れたことなど
ありません。そして私はあなたに、運命を愛し、全てをあるがまま受け入れるようにと教わりました…けれど」
ぐっと唇を噛み締めた。
「それでも―――私は、こんな残酷な運命は愛せない…!例えあなたの教えに背くことであっても、それでも…!」
「ミーシャ。それに、皆も聞いてくれるかしら?」
言い募るミーシャ。それを遮るように、ソフィアはそっとミーシャの手を握り、語りかける。
「かつて、私にも、烈しく愛した人がいたのよ…」
過ぎ去った日々を懐かしむような、消えない痛みに頬を濡らすような、複雑な想いがそこには秘められていた。
「けれど、彼は私を置いて旅立ってしまった。私は追いかけることもできずに、ただ泣いたわ」
「はー…あんたみてーないい女を振るなんざ、見る目のねー男だな、そいつ」
城之内は呆れたように言ったが、ソフィアは悲しげに笑った。
「仕方ないわよ。あの頃の私はただの子供で、彼とは祖父と孫娘ほどに歳が離れていたもの」
「祖父って…そりゃまた、随分年上好みだったんすね」
「ふふ、そうね。今思えば、実らない恋だなんて分かるようなものだけど、当時の私にとっては本当に世界の終わり
のような気持だったの。そのせいかしらね、今の私の性癖がアレなのは…そう、あの時から、私の紅い真珠は歪んで
しまったのよ…バロック(性的倒錯性歪曲)の乙女とはよく言ったものね」
アレというのが何を指すのか、紅い真珠とかバロックの乙女とはどういう比喩なのか、誰も、何も訊かなかった。
禁断の世界を覗き見てしまいそうだったからだ。コホンと咳払いして、ソフィアは本題に戻る。
「彼との別れが運命ならば…私はそれを拒むことなく、受け入れた…いいえ、違うわね。ただ単に、逃げただけよ」
「ソフィア様…」
「ミーシャ…あなたは、逃げてはダメよ」
ソフィアは静かに、だが揺るぎない厳しさを込めてミーシャを真っすぐに見つめた。
「愛する者と再び巡り会いたいと願うのならば、運命に立ち向かいなさい。そして、何物をも怖れず揺るがず妬まず
恨まず、誰よりも強かに生きる―――そんな、美しく世に咲き誇る女(はな)になりなさい」
まるで詩の一節のような言葉に、ミーシャは目を丸くする。ソフィアはそんなミーシャに、そっと微笑む。
「よく分からないかしら?それでいいのよ。答えはこれから見つけなさい」
「はい…」
どこか煙に巻かれたような顔で曖昧に頷くミーシャ。城之内はそれに対し、頬を掻きながら答えた。
「オレはソフィア先生みたいに頭よくねーから、ムズカシーことは言えねーけど…なんとなく、分かるぜ」
「ほんと!?城之内くん、すごいや!」
「へー。お前的には、どういう解釈なんだ?解釈の自由が故、皆は悩むんだぜ?」
オリオンと遊戯も興味深そうに城之内の顔を覗き込む。城之内は、堂々と胸を張って答えた。
「要するに<世の中色々大変だけど、へこたれずに気合い入れて頑張れ>ってこったろ?」
―――あまりに単刀直入な表現に、皆が複雑な表情になってしまった。
「…えと、城之内。確かにそういうニュアンスなんだろうけどさ、もっとこう、言い方ってもんが…」
「じゃあアレだ。ウツボカズラみてーな女になれってことだよ!ほら、恐れず揺るがずってカンジだろ?」
「バカかお前!それならラフレシアの方が相応しいだろ!恐れず揺るがずどころか逆に周囲を恐れさせて揺るがすぞ、
奴は!」
「絶対違うと思うよ、二人とも…」
「誰がウツボカズラやラフレシアになりたいなんて思うのよ…」
城之内とオリオンの不毛な争いを、遊戯とミーシャは冷めた目で見つめる。そして。
「ふふ…」
ソフィアは、静かに口元を緩める。
「それでいいのよ、城之内くん」
「え!?」
城之内を除く全員が目ん玉を飛び出させるほど仰天し、恐慌にすら陥る。何が起こったのか!?ソフィアは一体、
何をトチ狂ってしまったのか!?この状況…何者かからのスタンド攻撃を受けている可能性がある!恐らくは舌に
取り付き、思っていることとは反対のことしか言えなくなる能力を持ったスタンドだ!
「そ、ソフィア様、しっかりしてください!あなたは少し錯乱しています!」
「あなたの感じている感情は精神的疾患の一種です!治す方法は俺が知ってます!俺に任せて!」
「もう一人のボク!こうなったらソフィアさんにマインドクラッシュを使うしか…!」
「お前ら…オレを何だと思ってるんだよ…ウツボカズラなんて冗談だよ…」
散々な扱いに、城之内はプイとそっぽを向いてしまう。ソフィアはクスクス笑いつつも、彼を好ましげに見つめた。
世の残酷さを何も知らない子供の発想なのか、それとも分かった上でなお、当り前のようにそう言ってのけたのか。
―――今までの城之内を見ていれば、どちらかなど言うまでもない。
「流石に私もウツボカズラやラフレシアになれなんて言ってないわ。その前よ。小難しい言葉を並べたところで、
本当に言いたいことなんて一つだけ―――」
ソフィアは、慈しみに満ちた瞳でミーシャを見つめる。
「頑張って生きなさい、ミーシャ」
ミーシャはそれに対し、しっかりとソフィアの手を握り返して答える。
「はい…頑張ります」
「―――よーし!やることは済ませたな!それじゃあ早速出発だぜ!」
「元気だねえ、お前…」
意気揚々と声を張り上げる城之内に、オリオンはジト目を向ける。
「何だよ、オリオン。お前こそもっといつもみたいにテンション上げていこーぜ!それともガラにもなくビビッてるん
じゃねーだろうな?そりゃまあ、アストラ様が何やら物騒な単語を連呼してたけどよ―――」
「…確かに、俺はビビってる。けどそれは、冥王だのなんだののせいじゃねーよ」
「ん?じゃあ、何だよ」
「エレフと闘うこと―――俺とエレフ、どっちが強いのか、勝てるのか負けるのか、生きるのか死ぬのか、それ以前
の問題として、俺は奴と本気で向き合うことが、怖い」
「オリオン…」
遊戯とミーシャは心配そうに、オリオンを見つめる。
「あいつは―――エレフはな、いい奴だった」
オリオンは、独り言のように呟いた。
「無愛想でシスコンで、口が悪くて生意気なくせに泣き虫で、だけど、友達思いの、いい奴だったんだ…そんなあいつ
と、戦場で出会って殺し合うことになったら―――考えただけで、嫌になる」
顔を伏せる。視界がなぜか、ぼやけて見えた。
「俺は…俺達は、戻れるのかな。あの頃の、何の屈託もなく笑い合えた、俺達に…」
「戻れるに決まってんだろ」
城之内は、何をバカなことをとでも言いたげに鼻を鳴らす。
「見えるけど―――見えないもの」
「あん?なんだよ、それ」
「オレ達の間にある、これさ」
自分達の胸を指差し、笑う。
「互いの姿をオレ達は見ることができる。けど、友情って奴は見えねえ…だけど、あるんだ」
「うん―――そこに、確かに、あるんだよ」
遊戯も城之内に続き、そう語る。
「お前らの間のそれは、まだ、切れてねえ…いや、切れちまったって、また結び直しゃいいだけだぜ!」
今度は固結びでな、と城之内は笑った。
「はっ…くっさいセリフ言っちゃって、全く。言われなくても分かってるっつーの!」
オリオンは言い捨てて、さっさと歩いていく。きっと、涙ぐんだ顔を見られたくなかったのだろう。
「あ、待ってよオリオン!」
「何スネてんだよ!オレ達、めっちゃいいこと言ったろうが!おーい!」
オリオンの背を追いかけて走り出す遊戯と城之内。そんな三人を、ミーシャは呆れながらも微笑みながら見守る。
そんな彼らの征く道を示すかのように、白い鳥が悠然と飛んでいく。それを見送りながら、ミーシャは子供の頃を
思い出していた。
(ぼくはね、鳥になりたいな。だって、どこまでも飛んでいけるもの)
エレフはそう言って、あどけない笑顔を見せてくれた。
(なら私も、白い鳥になるわ。そして、エレフに会いに行く)
一人では羽ばたけない、か弱く小さな翼だけど。皆が、友達が一緒だから、どこまでも飛んでいける。
遥か地平線の彼方さえも飛び越えていけるだろう、きっと―――
ミーシャは、そう思った。
「元気だねえ、お前…」
意気揚々と声を張り上げる城之内に、オリオンはジト目を向ける。
「何だよ、オリオン。お前こそもっといつもみたいにテンション上げていこーぜ!それともガラにもなくビビッてるん
じゃねーだろうな?そりゃまあ、アストラ様が何やら物騒な単語を連呼してたけどよ―――」
「…確かに、俺はビビってる。けどそれは、冥王だのなんだののせいじゃねーよ」
「ん?じゃあ、何だよ」
「エレフと闘うこと―――俺とエレフ、どっちが強いのか、勝てるのか負けるのか、生きるのか死ぬのか、それ以前
の問題として、俺は奴と本気で向き合うことが、怖い」
「オリオン…」
遊戯とミーシャは心配そうに、オリオンを見つめる。
「あいつは―――エレフはな、いい奴だった」
オリオンは、独り言のように呟いた。
「無愛想でシスコンで、口が悪くて生意気なくせに泣き虫で、だけど、友達思いの、いい奴だったんだ…そんなあいつ
と、戦場で出会って殺し合うことになったら―――考えただけで、嫌になる」
顔を伏せる。視界がなぜか、ぼやけて見えた。
「俺は…俺達は、戻れるのかな。あの頃の、何の屈託もなく笑い合えた、俺達に…」
「戻れるに決まってんだろ」
城之内は、何をバカなことをとでも言いたげに鼻を鳴らす。
「見えるけど―――見えないもの」
「あん?なんだよ、それ」
「オレ達の間にある、これさ」
自分達の胸を指差し、笑う。
「互いの姿をオレ達は見ることができる。けど、友情って奴は見えねえ…だけど、あるんだ」
「うん―――そこに、確かに、あるんだよ」
遊戯も城之内に続き、そう語る。
「お前らの間のそれは、まだ、切れてねえ…いや、切れちまったって、また結び直しゃいいだけだぜ!」
今度は固結びでな、と城之内は笑った。
「はっ…くっさいセリフ言っちゃって、全く。言われなくても分かってるっつーの!」
オリオンは言い捨てて、さっさと歩いていく。きっと、涙ぐんだ顔を見られたくなかったのだろう。
「あ、待ってよオリオン!」
「何スネてんだよ!オレ達、めっちゃいいこと言ったろうが!おーい!」
オリオンの背を追いかけて走り出す遊戯と城之内。そんな三人を、ミーシャは呆れながらも微笑みながら見守る。
そんな彼らの征く道を示すかのように、白い鳥が悠然と飛んでいく。それを見送りながら、ミーシャは子供の頃を
思い出していた。
(ぼくはね、鳥になりたいな。だって、どこまでも飛んでいけるもの)
エレフはそう言って、あどけない笑顔を見せてくれた。
(なら私も、白い鳥になるわ。そして、エレフに会いに行く)
一人では羽ばたけない、か弱く小さな翼だけど。皆が、友達が一緒だから、どこまでも飛んでいける。
遥か地平線の彼方さえも飛び越えていけるだろう、きっと―――
ミーシャは、そう思った。
人間―――いずれ避けられぬ、死すべき運命を抱き生まれる<死すべき者達>。
そしてこの時代を生きるは、後世においてはもはや全てが失われる<死せる者達>。
それでも―――彼らは命ある限り、力強く生き抜いていく。
美しくあろうと醜くあろうとも。賢くあろうと愚かしくあろうとも。善であろうと悪であろうとも。
王も、器も、凡骨も、白竜も。狼も、巫女も、射手も、詩人も、獅子も、蠍も。
誰もが自らの地平線を目指して生きていくのだ。そして―――いずれ歴史は語るだろう。
彼らの―――<死せる者達の物語>を―――!
そしてこの時代を生きるは、後世においてはもはや全てが失われる<死せる者達>。
それでも―――彼らは命ある限り、力強く生き抜いていく。
美しくあろうと醜くあろうとも。賢くあろうと愚かしくあろうとも。善であろうと悪であろうとも。
王も、器も、凡骨も、白竜も。狼も、巫女も、射手も、詩人も、獅子も、蠍も。
誰もが自らの地平線を目指して生きていくのだ。そして―――いずれ歴史は語るだろう。
彼らの―――<死せる者達の物語>を―――!