蠍の襲撃から、実に丸一日以上が過ぎていた。太陽の光が差し込み始める早朝。
「…ちっ」
星女神の神殿。あてがわれた部屋の中で寝転がり、オリオンはあの夜の光景をまたしても思い返す。
―――いつまでも泣いていたミーシャ。フィリスの介抱を終えて様子を見にやってきたソフィアや巫女達に保護
された時も、ただ黙って俯いていた。
自分達は慰めの言葉もなく、ただそれを見送るしかなかった。
「じゃあ、何ができるかって…これしかねえな」
飛び起きて、まとめていた荷物を引っ掴み、部屋を出る。その横顔には、誰にも止めることはできないであろう
決意が宿っていた。
「あのバカを縛り付けてでも、ミーシャの元へ連れ戻す…それだけだ」
ミーシャのことは、ソフィア達に頼んである。自分なんかより、よっぽど彼女のことを気遣ってくれるだろう。
「…ミーシャ。ちょっとだけ待ってろ。次はきっと、あいつと一緒に帰ってくるから」
神殿の外に出て、朝日を浴びる―――そこに。
太陽を背にした、二人の少年の姿があった。
まだ包帯だらけの姿でありながら、痛々しさなどまるで感じさせない、熱く燃える紅い炎を瞳に宿す少年―――
城之内克也。
穏やかな顔の、しかしあの夜の鋭く凛々しい彼と同じく、優しい眼差しに静かに燃える蒼い炎を映す少年―――
武藤遊戯。
「お前ら…」
何故。どうして。そんな言葉はなかった―――そんなものはなくとも、思いを同じくする者同士、肩を並べる。
「行くか!」
「おう!」
「うん!」
三人で、足を踏み出したその時―――
「皆…待って!」
その声に振り向くと、そこには。
「ミーシャ…」
オリオンは彼女に駆け寄ろうとして、思いとどまる。それをすれば…きっと、決意が鈍ってしまう。
「止めるな、ミーシャ!俺達はこれから手を取り合い誓い合って最後の場所っつーかぶっちゃけエレフを連れ戻し
に明日の夜明けまでにあの空へと旅立つのさ!だからミーシャ、俺達がここにいたことだけ、どうか忘れずにいて
ほしい!大丈夫、俺達は生きて戻ってくる!二度と戻らない、共に銀河の海に散るなんてことはないから―――」
「私も、連れていって!」
「どうか何も言わずに見送って…って、はあ?」
ミーシャの意外な発言に、オリオンは呆けたように口を開けて遊戯達と顔を見合わせる。彼らも目を丸くしていた。
「エレフを説得するなら、私もいた方がいいでしょ?エレフのあの様子じゃ、あなた達だけだとまともに話を聞いて
くれるかどうかも怪しいわ」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ…あいつの所にゃ、海馬だっているんだぜ?」
城之内も言葉を濁す。あの夜のミーシャの姿が、彼の中にも影を落としていた。また、あんなことが繰り返される
のではないか。
「確かに、彼と…海馬とまた向き合うのは怖いわ。けれど、私を後押ししてくれたのも彼よ。確かに酷いことばかり
を言われたけれど…彼の言葉がなかったら、私はきっといつまでもめそめそと泣いて、皆に甘えてた」
彼のそんな心情を察したのか、ミーシャは静かに語った。
「落ち込んでも、散々泣いても、考えてもどうにもならないことばかりを考えても―――なんにもならないわ。闘う
ばかりが全てじゃないけど…あの人の言う通り、時には闘わなければならないことも、あると思う」
ミーシャは、笑った。それには、何の曇りもない。
「泣いても喚いてもどうにもならないなら…自分でどうにかするしかないわよ」
三人はミーシャの言葉を、黙って聞いていた。その奥に込められた想いを、しっかりと受け止めるように。
「だからお願い。私も連れていって。足手纏いなのは分かってる。我儘を言ってるのも分かってるけど…エレフを、
私が自分で取り戻したいの」
「…だってよ。どうする?遊戯、城之内。俺としては余計な危険が増えるだけだと思うんだが」
「どうもこうもねえだろ」
城之内は笑って即答する。遊戯もまた、答えは分かり切ってるとばかりに微笑む。
「男ばっかのムサい旅じゃ味気ないぜ。キレイ所も一人はいないとな」
「そうだよ。一緒に行こう、ミーシャさん!」
「やれやれだぜ…これじゃあ、俺が反対しても無駄だな」
苦笑しながら、オリオンはミーシャに向き直る。
「じゃ、張り切って行くとしますか!」
「へへ、そうこなくっちゃな!」
「これからよろしくね、ミーシャさん!」
現金なもので男三人、はしゃぎ出す。ミーシャはそれを嬉しそうに見守っていたが、ふとあることに気付く。
「あの…遊戯。あなた、初めて会った時と随分雰囲気が違うわね。あの時に比べると今は―――その、何ていうか
可愛い感じになってるわ」
精一杯言葉を選んでくれたその気遣いが、かえって悲しかったと、遊戯は後に語ったとか語らないとか…。
「それは俺も気になってたな…つーか、それ以外も結構謎だぜ。札を掲げて怪物を喚び出せたりとかさ。あ―――
すまん。別に悪く言ってるわけじゃないんだ。話せない事情があるんなら、無理に訊くような野暮はしねえよ」
「ううん、いいんだ―――二人さえよければ、話すよ。ボク達のこと…もう一人のボクのことも」
「そうだな…オリオンとミーシャになら、言ってもいいか」
遊戯と城之内は、互いに頷く。そして二人は、ゆっくりと口を開いた。
「信じられないかもしれないけど、ボク達は…この世界の、この時代の人間じゃないんだ」
「…ちっ」
星女神の神殿。あてがわれた部屋の中で寝転がり、オリオンはあの夜の光景をまたしても思い返す。
―――いつまでも泣いていたミーシャ。フィリスの介抱を終えて様子を見にやってきたソフィアや巫女達に保護
された時も、ただ黙って俯いていた。
自分達は慰めの言葉もなく、ただそれを見送るしかなかった。
「じゃあ、何ができるかって…これしかねえな」
飛び起きて、まとめていた荷物を引っ掴み、部屋を出る。その横顔には、誰にも止めることはできないであろう
決意が宿っていた。
「あのバカを縛り付けてでも、ミーシャの元へ連れ戻す…それだけだ」
ミーシャのことは、ソフィア達に頼んである。自分なんかより、よっぽど彼女のことを気遣ってくれるだろう。
「…ミーシャ。ちょっとだけ待ってろ。次はきっと、あいつと一緒に帰ってくるから」
神殿の外に出て、朝日を浴びる―――そこに。
太陽を背にした、二人の少年の姿があった。
まだ包帯だらけの姿でありながら、痛々しさなどまるで感じさせない、熱く燃える紅い炎を瞳に宿す少年―――
城之内克也。
穏やかな顔の、しかしあの夜の鋭く凛々しい彼と同じく、優しい眼差しに静かに燃える蒼い炎を映す少年―――
武藤遊戯。
「お前ら…」
何故。どうして。そんな言葉はなかった―――そんなものはなくとも、思いを同じくする者同士、肩を並べる。
「行くか!」
「おう!」
「うん!」
三人で、足を踏み出したその時―――
「皆…待って!」
その声に振り向くと、そこには。
「ミーシャ…」
オリオンは彼女に駆け寄ろうとして、思いとどまる。それをすれば…きっと、決意が鈍ってしまう。
「止めるな、ミーシャ!俺達はこれから手を取り合い誓い合って最後の場所っつーかぶっちゃけエレフを連れ戻し
に明日の夜明けまでにあの空へと旅立つのさ!だからミーシャ、俺達がここにいたことだけ、どうか忘れずにいて
ほしい!大丈夫、俺達は生きて戻ってくる!二度と戻らない、共に銀河の海に散るなんてことはないから―――」
「私も、連れていって!」
「どうか何も言わずに見送って…って、はあ?」
ミーシャの意外な発言に、オリオンは呆けたように口を開けて遊戯達と顔を見合わせる。彼らも目を丸くしていた。
「エレフを説得するなら、私もいた方がいいでしょ?エレフのあの様子じゃ、あなた達だけだとまともに話を聞いて
くれるかどうかも怪しいわ」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ…あいつの所にゃ、海馬だっているんだぜ?」
城之内も言葉を濁す。あの夜のミーシャの姿が、彼の中にも影を落としていた。また、あんなことが繰り返される
のではないか。
「確かに、彼と…海馬とまた向き合うのは怖いわ。けれど、私を後押ししてくれたのも彼よ。確かに酷いことばかり
を言われたけれど…彼の言葉がなかったら、私はきっといつまでもめそめそと泣いて、皆に甘えてた」
彼のそんな心情を察したのか、ミーシャは静かに語った。
「落ち込んでも、散々泣いても、考えてもどうにもならないことばかりを考えても―――なんにもならないわ。闘う
ばかりが全てじゃないけど…あの人の言う通り、時には闘わなければならないことも、あると思う」
ミーシャは、笑った。それには、何の曇りもない。
「泣いても喚いてもどうにもならないなら…自分でどうにかするしかないわよ」
三人はミーシャの言葉を、黙って聞いていた。その奥に込められた想いを、しっかりと受け止めるように。
「だからお願い。私も連れていって。足手纏いなのは分かってる。我儘を言ってるのも分かってるけど…エレフを、
私が自分で取り戻したいの」
「…だってよ。どうする?遊戯、城之内。俺としては余計な危険が増えるだけだと思うんだが」
「どうもこうもねえだろ」
城之内は笑って即答する。遊戯もまた、答えは分かり切ってるとばかりに微笑む。
「男ばっかのムサい旅じゃ味気ないぜ。キレイ所も一人はいないとな」
「そうだよ。一緒に行こう、ミーシャさん!」
「やれやれだぜ…これじゃあ、俺が反対しても無駄だな」
苦笑しながら、オリオンはミーシャに向き直る。
「じゃ、張り切って行くとしますか!」
「へへ、そうこなくっちゃな!」
「これからよろしくね、ミーシャさん!」
現金なもので男三人、はしゃぎ出す。ミーシャはそれを嬉しそうに見守っていたが、ふとあることに気付く。
「あの…遊戯。あなた、初めて会った時と随分雰囲気が違うわね。あの時に比べると今は―――その、何ていうか
可愛い感じになってるわ」
精一杯言葉を選んでくれたその気遣いが、かえって悲しかったと、遊戯は後に語ったとか語らないとか…。
「それは俺も気になってたな…つーか、それ以外も結構謎だぜ。札を掲げて怪物を喚び出せたりとかさ。あ―――
すまん。別に悪く言ってるわけじゃないんだ。話せない事情があるんなら、無理に訊くような野暮はしねえよ」
「ううん、いいんだ―――二人さえよければ、話すよ。ボク達のこと…もう一人のボクのことも」
「そうだな…オリオンとミーシャになら、言ってもいいか」
遊戯と城之内は、互いに頷く。そして二人は、ゆっくりと口を開いた。
「信じられないかもしれないけど、ボク達は…この世界の、この時代の人間じゃないんだ」
―――自分達が、遠い未来の世界の人間であること。この時代が神話になっていて、その遺跡が発見されたこと。
そこへ踏み入った際に、自分達にそっくりな石像を見つけたこと。その直後、不思議な力によってこの神話の時代
へ飛ばされてしまったこと。
「そして…城之内くんはミーシャさんに出会い、ボクはオリオンに出会ったんだ」
「海馬の野郎はエレフに出会った…か。運命の女神ミラだかなんだか知らねえが、本当にそんなもんがいるんなら、
とんでもねえ性悪女神だぜ」
二人の話を聞き終え、オリオンとミーシャは呆けたように溜息をつく。
「まあ…なんつーか信じられないような話だけどよ…ま、いいさ。俺達はお前らが未来人だろうが地底人だろうが
気にしねえよ。なあ、ミーシャ」
「そうよ。あなた達が何者でも、そんなの関係ないわ」
ミーシャはそう言って微笑んだ。
「二人とも、私とオリオンの大切な友達―――そういうことでしょ?」
それを聴き、遊戯と城之内は顔を綻ばせた。オリオンもミーシャも、本当の意味で自分達を受け入れてくれたのだ。
「ありがとう、二人とも。それじゃあ、紹介するよ…もう一人の、ボクを」
遊戯が千年パズルにそっと触れる。そして―――現れたのは、闇遊戯。
「オリオンには相棒が世話になったな。オレからも改めて礼を言わせてもらう」
「は~…どういたしまして。えっと…お前のことも遊戯でいいんだよな。それとも、他に名前が?」
「ああ、コイツの名前は―――」
「いいんだ、城之内くん」
口を開きかけた城之内を、闇遊戯は遮る。
「オレは相棒と二心同体…オレもまた<武藤遊戯>だ。今は、それでいい」
「…そうだな。お前は遊戯だ。それ以外の、何でもねえ」
「分かったよ…つっても実はあんまり分かってねえけど、まあいいや。よろしくな、もう一人の遊戯」
「私も。これからよろしくね、遊戯」
そして四人は、手と手を重ね合わせた。
「おっし!それじゃあ出発―――といきたいが、とりあえずフィリスさんやソフィア先生に挨拶くらいしてから
にしようぜ。色々と世話になったからな」
「そうだな。それに、神殿で星女神様に御祈りしていこうぜ。何せ俺達はレスボス史上最大の危機を救った
英雄だからな?御利益の一つや二つ期待してもバチは当たらないぜ」
「じゃあ、一度神殿に戻りましょう。私も、ちゃんと旅の用意をしてこないといけないし」
「…………」
「ん?遊戯、どうした。難しい顔して」
「いや…神殿を出て、意気揚々と出発しようとしてたら長々と話しこんで、また神殿の中に入っていくオレ達
の姿は、傍から見たらかなり滑稽なんじゃないかと気になってな…」
「…そ、そういうこと言うなって…ほら、入った入った!」
闇遊戯達は、神殿の中へ入っていくのだった―――構成上のミスだとか、口にしてはいけない。
そこへ踏み入った際に、自分達にそっくりな石像を見つけたこと。その直後、不思議な力によってこの神話の時代
へ飛ばされてしまったこと。
「そして…城之内くんはミーシャさんに出会い、ボクはオリオンに出会ったんだ」
「海馬の野郎はエレフに出会った…か。運命の女神ミラだかなんだか知らねえが、本当にそんなもんがいるんなら、
とんでもねえ性悪女神だぜ」
二人の話を聞き終え、オリオンとミーシャは呆けたように溜息をつく。
「まあ…なんつーか信じられないような話だけどよ…ま、いいさ。俺達はお前らが未来人だろうが地底人だろうが
気にしねえよ。なあ、ミーシャ」
「そうよ。あなた達が何者でも、そんなの関係ないわ」
ミーシャはそう言って微笑んだ。
「二人とも、私とオリオンの大切な友達―――そういうことでしょ?」
それを聴き、遊戯と城之内は顔を綻ばせた。オリオンもミーシャも、本当の意味で自分達を受け入れてくれたのだ。
「ありがとう、二人とも。それじゃあ、紹介するよ…もう一人の、ボクを」
遊戯が千年パズルにそっと触れる。そして―――現れたのは、闇遊戯。
「オリオンには相棒が世話になったな。オレからも改めて礼を言わせてもらう」
「は~…どういたしまして。えっと…お前のことも遊戯でいいんだよな。それとも、他に名前が?」
「ああ、コイツの名前は―――」
「いいんだ、城之内くん」
口を開きかけた城之内を、闇遊戯は遮る。
「オレは相棒と二心同体…オレもまた<武藤遊戯>だ。今は、それでいい」
「…そうだな。お前は遊戯だ。それ以外の、何でもねえ」
「分かったよ…つっても実はあんまり分かってねえけど、まあいいや。よろしくな、もう一人の遊戯」
「私も。これからよろしくね、遊戯」
そして四人は、手と手を重ね合わせた。
「おっし!それじゃあ出発―――といきたいが、とりあえずフィリスさんやソフィア先生に挨拶くらいしてから
にしようぜ。色々と世話になったからな」
「そうだな。それに、神殿で星女神様に御祈りしていこうぜ。何せ俺達はレスボス史上最大の危機を救った
英雄だからな?御利益の一つや二つ期待してもバチは当たらないぜ」
「じゃあ、一度神殿に戻りましょう。私も、ちゃんと旅の用意をしてこないといけないし」
「…………」
「ん?遊戯、どうした。難しい顔して」
「いや…神殿を出て、意気揚々と出発しようとしてたら長々と話しこんで、また神殿の中に入っていくオレ達
の姿は、傍から見たらかなり滑稽なんじゃないかと気になってな…」
「…そ、そういうこと言うなって…ほら、入った入った!」
闇遊戯達は、神殿の中へ入っていくのだった―――構成上のミスだとか、口にしてはいけない。
さて、神殿に入ったところで、早速尋ね人と出くわした。城之内は気さくに笑いながら手を振る。
「あ、フィリスさん。心配してたけど、元気そうでなによりっす」
城之内と同じく所々に包帯が巻かれているが、意外にしっかりした足取りである。ただ、様子が少しおかしい。
何故だか闇遊戯や城之内を、やたら尊敬の目で見ている―――否。尊敬のレベルではない。その眼光は
もはや、信仰の域に達していた。はっきりいって、怖い。
「あの…フィリスさん?オレ達の顔になんか付いて…」
その瞬間だった。フィリスは地面に跪き、頭を深々と下げたのである。すわ何事かと皆ポカンとした。
「ちょ、ちょっとフィリスさん!どうしたんすか、一体…」
「ああ、星女神の勇者オリオン様、そして天より参られし二柱の神子様―――暴虐に怯える力無き我らを御守り
くださり、本当にありがとうございました!」
「み、神子ォ!?」
闇遊戯と城之内はあんぐりと口を開けた。オリオンはともかく、神子なんておおよそ自分達に対して用いられる
呼称とはとても思えなかったからである。
「ちょっとちょっと!何言ってるんですか?オレ達はただのガキでして…」
「いえ!あの偉大なる龍神様の御姿、私めもしかとこの眼で拝見させていただきました!神域を穢す狼藉者達
に神罰をお与えになったあの御力…まさしく天上界の神通力に他なりませぬ!」
「い、いや、だからオレは神なんかじゃなくて、友を傷つけられて悲しみ怒る一人の人間なんだってば…」
闇遊戯も困り顔であるが、フィリスはもはや完全に何かに陶酔しきっていた。彼女の脳裏では、200%ほど美化
された闇遊戯達が光魔法・カッコイイポーズで華麗に敵を打ち倒す姿が映し出されているのかもしれない。
「あ、あのね、フィリスさん…オレのどこが神の子なのよ?どっからどう見ても育ちの悪い単なる礼儀知らずの
クソガキでしょうが!」
自分を卑下してまで彼女の崇高なる勘違いを正そうとしたが、やっぱり聞く耳持たない。
「ええ、ええ。分かっておりますとも。わざわざ人の姿で地上に降りられたからには、私などには及びもつかぬ
やんごとなき使命があるのでしょう。心配なさらないでください、この秘密は何があろうと他言致しませぬ」
目が完全にマジだった。フィリスは大真面目な口調で語り続ける。
「思えば、あの中庭で貴柱(あなた)はこう仰りましたね―――穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が
遺されていたのだな、と…」
「城之内…お前、そんなイタイこと言ったの?」
「や、やめろオリオン!そんな目で見るな!ああ、ミーシャ!あんたまで笑うなよ!」
恥ずかしすぎる秘密を暴露されていやーんと両手で顔を覆う城之内だが、フィリスはもはや自分の世界である。
「まさに人間の思惑を越えた、神の声…あの御言葉を聞いた時にそうと気付かず、青少年特有のポエムだなどと
聞き流してしまった私が愚かでした…」
「少なくとも今のあんたよりかは利口だったよ!もうやめてくれ!オレが悪かった!頼むから勘弁して!」
城之内はある意味未だ嘗てない恐怖を前に、顔中を脂汗でギトギトにして、とにかくこの場から逃げ去るために
駈け出した。闇遊戯達もそれにつられて走り出す。
「ああ、お待ちください、神子様!神子様!お~ま~ち~く~だ~さ~い~~~!!!」
「どっひゃ~!」
追いかけてくるフィリスの声に耳を塞ぎながら、城之内は真剣と書いてマジな顔つきで叫ぶ。
「遊戯!オレは今ここに誓うぞ!」
「なんだ、城之内くん!?」
「例え何があったとしても、オレは宗教にのめり込む女とだけは結婚しねえ!」
「オレもだ、城之内くん!」
変な所で結束を確かめ合った二人であった…。
「あ、フィリスさん。心配してたけど、元気そうでなによりっす」
城之内と同じく所々に包帯が巻かれているが、意外にしっかりした足取りである。ただ、様子が少しおかしい。
何故だか闇遊戯や城之内を、やたら尊敬の目で見ている―――否。尊敬のレベルではない。その眼光は
もはや、信仰の域に達していた。はっきりいって、怖い。
「あの…フィリスさん?オレ達の顔になんか付いて…」
その瞬間だった。フィリスは地面に跪き、頭を深々と下げたのである。すわ何事かと皆ポカンとした。
「ちょ、ちょっとフィリスさん!どうしたんすか、一体…」
「ああ、星女神の勇者オリオン様、そして天より参られし二柱の神子様―――暴虐に怯える力無き我らを御守り
くださり、本当にありがとうございました!」
「み、神子ォ!?」
闇遊戯と城之内はあんぐりと口を開けた。オリオンはともかく、神子なんておおよそ自分達に対して用いられる
呼称とはとても思えなかったからである。
「ちょっとちょっと!何言ってるんですか?オレ達はただのガキでして…」
「いえ!あの偉大なる龍神様の御姿、私めもしかとこの眼で拝見させていただきました!神域を穢す狼藉者達
に神罰をお与えになったあの御力…まさしく天上界の神通力に他なりませぬ!」
「い、いや、だからオレは神なんかじゃなくて、友を傷つけられて悲しみ怒る一人の人間なんだってば…」
闇遊戯も困り顔であるが、フィリスはもはや完全に何かに陶酔しきっていた。彼女の脳裏では、200%ほど美化
された闇遊戯達が光魔法・カッコイイポーズで華麗に敵を打ち倒す姿が映し出されているのかもしれない。
「あ、あのね、フィリスさん…オレのどこが神の子なのよ?どっからどう見ても育ちの悪い単なる礼儀知らずの
クソガキでしょうが!」
自分を卑下してまで彼女の崇高なる勘違いを正そうとしたが、やっぱり聞く耳持たない。
「ええ、ええ。分かっておりますとも。わざわざ人の姿で地上に降りられたからには、私などには及びもつかぬ
やんごとなき使命があるのでしょう。心配なさらないでください、この秘密は何があろうと他言致しませぬ」
目が完全にマジだった。フィリスは大真面目な口調で語り続ける。
「思えば、あの中庭で貴柱(あなた)はこう仰りましたね―――穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が
遺されていたのだな、と…」
「城之内…お前、そんなイタイこと言ったの?」
「や、やめろオリオン!そんな目で見るな!ああ、ミーシャ!あんたまで笑うなよ!」
恥ずかしすぎる秘密を暴露されていやーんと両手で顔を覆う城之内だが、フィリスはもはや自分の世界である。
「まさに人間の思惑を越えた、神の声…あの御言葉を聞いた時にそうと気付かず、青少年特有のポエムだなどと
聞き流してしまった私が愚かでした…」
「少なくとも今のあんたよりかは利口だったよ!もうやめてくれ!オレが悪かった!頼むから勘弁して!」
城之内はある意味未だ嘗てない恐怖を前に、顔中を脂汗でギトギトにして、とにかくこの場から逃げ去るために
駈け出した。闇遊戯達もそれにつられて走り出す。
「ああ、お待ちください、神子様!神子様!お~ま~ち~く~だ~さ~い~~~!!!」
「どっひゃ~!」
追いかけてくるフィリスの声に耳を塞ぎながら、城之内は真剣と書いてマジな顔つきで叫ぶ。
「遊戯!オレは今ここに誓うぞ!」
「なんだ、城之内くん!?」
「例え何があったとしても、オレは宗教にのめり込む女とだけは結婚しねえ!」
「オレもだ、城之内くん!」
変な所で結束を確かめ合った二人であった…。
―――そして、ようやくフィリスの魔の手(?)から逃れ、中庭に辿り着いた四人であった。
「うむ…穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が遺されていたのだな…だっけ?」
「やかましい!もうその話題を口にするんじゃねえ!」
「わりい、わりい」
と、全く悪いと思っていない顔のオリオン。
「よさないか、二人とも…しかしあの夜はそれどころじゃなかったから気付かなかったが、確かにいい場所だ。
心が洗われるぜ」
「そうでしょ?ここは神殿の皆もお気に入りの場所なのよ。星女神様が心安らぐようにと造られたんだから」
満足げに微笑する闇遊戯に対し、ミーシャは得意げに答える。
「なるほど。まさしく女神様の庭ってところか」
「そうね、本当に…」
相槌を打ちかけたミーシャが、突然押し黙る。大きく見開かれた目は、どこか虚空を彷徨っているようだ。
「ミーシャ…?おい、どうしたんだよ!」
「やめろ、城之内!邪魔をするな!」
慌てて駆け寄ろうとする城之内を、オリオンが押し止めた。
「オリオン!どういうことだよ!?」
「交信だ…ミーシャは今、星女神様と繋がっている」
オリオンはいつになく真面目な顔で言い募る。
「星女神様が、俺達に何かを伝えようとしているんだ…来るぞ!」
「来るって、お前…うわっ!?」
ミーシャの身体を、煌くような光が包み込んだ。それは次第に輝きを強くしていく。
(光…?すごく、眩しい!だけど…何だろう、すごく優しい感じがする…)
(ああ。だが、これは一体…)
遊戯達も困惑を隠せない。そして、その光が世界そのものを照らすかのように一際大きくなり―――
不意に、何事もなかったかのように消えた。
「な、何だってんだ、今のは…ミーシャ!大丈夫か!?」
ミーシャは城之内に向き直り、彼を安心させるようににっこりと笑った。だが城之内は、どういうわけかそれに
違和感を覚える。そこにいるのは、間違いなくミーシャだ。しかし―――雰囲気が、まるで別物だった。
(なんつーか…威圧感ってわけじゃねえけど、こう、自然と敬いたくなるっつーか…)
「星女神様…お久しぶりです」
オリオンが、彼らしからぬ敬虔な態度で跪き、頭を垂れる。ミーシャはゆっくり手を伸ばし、彼の頬を撫でる。
いつものじゃれ合うような二人とは違う、まるで美しき女王と忠実なる騎士のようだ。
「どうなってるんだ…?あれは、本当にミーシャなのか?」
困惑する闇遊戯。そして城之内は、以前フィリスとかわした会話を思い出していた。
ミーシャの持つ不思議な力。星女神と交信し、その声を伝える、真なる巫女―――
(これが、そうだっていうのか―――!?)
『そう。私は今、彼女の身体を借りているのです…驚かせて、申し訳ありません』
心の内を見透かしたような言葉に、城之内はぎょっと顔を強張らせた。
『こんにちは、我が加護と寵愛を授けし勇者オリオン。そしてはじめまして、遥かなる時を越えて、運命の女神
<Moira(ミラ)>が統べる第六の地平線へ導かれし仔等よ…』
その声のなんと美しいことか。聴くだけで心が澄み渡っていくような、鈴が鳴るような軽やかな響き。
ミーシャは…否。<女神>は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
『申し遅れましたね。私はアストラ。あなた達が星女神と呼んでいる存在…つまらない戯言でもよろしければ、
お話して差し上げましょう…』
「うむ…穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が遺されていたのだな…だっけ?」
「やかましい!もうその話題を口にするんじゃねえ!」
「わりい、わりい」
と、全く悪いと思っていない顔のオリオン。
「よさないか、二人とも…しかしあの夜はそれどころじゃなかったから気付かなかったが、確かにいい場所だ。
心が洗われるぜ」
「そうでしょ?ここは神殿の皆もお気に入りの場所なのよ。星女神様が心安らぐようにと造られたんだから」
満足げに微笑する闇遊戯に対し、ミーシャは得意げに答える。
「なるほど。まさしく女神様の庭ってところか」
「そうね、本当に…」
相槌を打ちかけたミーシャが、突然押し黙る。大きく見開かれた目は、どこか虚空を彷徨っているようだ。
「ミーシャ…?おい、どうしたんだよ!」
「やめろ、城之内!邪魔をするな!」
慌てて駆け寄ろうとする城之内を、オリオンが押し止めた。
「オリオン!どういうことだよ!?」
「交信だ…ミーシャは今、星女神様と繋がっている」
オリオンはいつになく真面目な顔で言い募る。
「星女神様が、俺達に何かを伝えようとしているんだ…来るぞ!」
「来るって、お前…うわっ!?」
ミーシャの身体を、煌くような光が包み込んだ。それは次第に輝きを強くしていく。
(光…?すごく、眩しい!だけど…何だろう、すごく優しい感じがする…)
(ああ。だが、これは一体…)
遊戯達も困惑を隠せない。そして、その光が世界そのものを照らすかのように一際大きくなり―――
不意に、何事もなかったかのように消えた。
「な、何だってんだ、今のは…ミーシャ!大丈夫か!?」
ミーシャは城之内に向き直り、彼を安心させるようににっこりと笑った。だが城之内は、どういうわけかそれに
違和感を覚える。そこにいるのは、間違いなくミーシャだ。しかし―――雰囲気が、まるで別物だった。
(なんつーか…威圧感ってわけじゃねえけど、こう、自然と敬いたくなるっつーか…)
「星女神様…お久しぶりです」
オリオンが、彼らしからぬ敬虔な態度で跪き、頭を垂れる。ミーシャはゆっくり手を伸ばし、彼の頬を撫でる。
いつものじゃれ合うような二人とは違う、まるで美しき女王と忠実なる騎士のようだ。
「どうなってるんだ…?あれは、本当にミーシャなのか?」
困惑する闇遊戯。そして城之内は、以前フィリスとかわした会話を思い出していた。
ミーシャの持つ不思議な力。星女神と交信し、その声を伝える、真なる巫女―――
(これが、そうだっていうのか―――!?)
『そう。私は今、彼女の身体を借りているのです…驚かせて、申し訳ありません』
心の内を見透かしたような言葉に、城之内はぎょっと顔を強張らせた。
『こんにちは、我が加護と寵愛を授けし勇者オリオン。そしてはじめまして、遥かなる時を越えて、運命の女神
<Moira(ミラ)>が統べる第六の地平線へ導かれし仔等よ…』
その声のなんと美しいことか。聴くだけで心が澄み渡っていくような、鈴が鳴るような軽やかな響き。
ミーシャは…否。<女神>は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
『申し遅れましたね。私はアストラ。あなた達が星女神と呼んでいる存在…つまらない戯言でもよろしければ、
お話して差し上げましょう…』