「よお…ブサイクちゃん」
頃合を見計らい、オリオンがエレフに笑いかけた。エレフはミーシャから離れ、少し驚いたように口を開く。
「お前は…オリオンか?」
「けけけ、久しぶりだけどよ…相変わらず、ひでえツラだなあ」
「フン…人のことが言えたツラか、オリオン」
「残念でした、今の俺は泣く仔も惚れるハンサム様よ…ぷ、くくく…あっはっはっは!」
「ふ…」
静かに微笑みながら、エレフは闇遊戯達に視線を移した。
「キミが、遊戯か…それに…」
エレフは城之内を見て少し考え込む仕草を見せた。すわ何事かと城之内は思わず身構えたが、続くセリフに盛大
にずっこけることとなる。
「キミが…凡骨馬之骨之介負犬左衛門だな…」
「ぶーっ!?な、なんだ、そりゃあ!?」
「ぼ、ぼんこつうまの…」
「ほねのすけ、まけいぬざえもん…城之内、お前、本当はそういう名前だったのか?うわあ、切ねえ…」
ミーシャとオリオンが、同情と憐憫を込めた視線を送る。
「ん、んなわけあるかー!おい、海馬!どういうこった、テメエ!」
「おや?貴様は自分の本名が嫌で城之内という偽名を名乗っているという設定だっただろう?」
「そんな設定は原作のどこを読み返しても存在しねえよ!」
「そうだったのか?フン。すまんな、うっかり間違えた」
「どんなうっかりすりゃそうなるんだテメエは!」
「落ち着け、城之内くん。海馬、お前ももうよせ」
闇遊戯が仲裁に入り、海馬はフンと鼻を鳴らして明後日の方を向いてしまった。城之内は怒りが収まらないよう
で、むっつりと腕組みする。
「それはそうと…皆」
エレフはコホンと咳払いして、態度を改める。
「ここに来る途中で、神殿の者達にもある程度の事情は聞いた。ミーシャを助けてくれたこと…感謝する」
深々と頭を下げる彼に対し、城之内は胸を精一杯張った。
「なーに、友達を助けるのなんざ当たり前だろ。それに、あんな蠍野郎の一人や二人、チョロいもんよ」
「よく言うぜ。俺と遊戯が駆けつけなきゃやられてたろうが」
「う、うるせえ!ホントはあそこから奇跡の大逆転かます予定だったんだよ!」
「―――蠍?」
その言葉に、エレフは眉を持ち上げる。
「ああ。奴らのリーダーが、なんか蠍みてーな変な髪型したヤローでな。それも海馬がぶっ飛ばしちまったわけ
だから、確認はできねえけど、ありゃあ流石に死んだかな…それがどうかしたのか?」
「…いや。何でもない。死んだというなら、今となってはもう終わったことだ…」
「?ま、あんな奴のことなんてどうでもいいさ。それよりも、お前らのことだよ」
城之内がエレフとミーシャを見つめて明るい笑顔を浮かべた。
「バカ共はまとめて追っ払った。ミーシャの兄貴も帰ってきた…万々歳のハッピーエンドってわけじゃねえか!」
「そうだな。これでひとまず決着というところか」
闇遊戯も頷く。自分達はまだこれから、元の世界にどうにかして帰る方法を見つけないといけないわけなのだが、
この際それは置いておこう。オリオンもそれに続ける。
「二人とも、これからは兄妹仲良く、レスボス島で暮らせよ。ここはいいぜー、島民の約九割が美人で気立ての
いい女性というフィクションにしても冗談としか思えない島だ。きっと毎日楽しいぜ」
「フン、軽薄が…。女の尻さえ追いかけ回せば幸せとは、高尚な趣味をお持ちで羨ましいな」
このセリフが誰のものかなど、言うまでもあるまい。
「け、けーはくって…テメエ、俺を誰だと思ってやがる!?」
「軽薄でなければ阿呆だ。貴様の嫌いな方を選べ。そっちで呼んでやる」
「よりによって嫌いな方を選ばせるんじゃねえ!」
「…まあ、そこでつまんねえコントやってるバカ二匹は放っておいてよ。ミーシャ、お前もそうするつもりだろ?
ずっと、兄貴を待ってたんだもんな」
ミーシャは頷き、エレフに笑顔を向けた。
「エレフ…エレフだって、もうどこにも行かないよね?これからはずっと…ずっと、一緒にいられるんだよね?」
「勿論だ。もう離れはしない…これからは私がずっと、お前を守って…」
微笑み返しながら、エレフがそう言いかけた時。
頃合を見計らい、オリオンがエレフに笑いかけた。エレフはミーシャから離れ、少し驚いたように口を開く。
「お前は…オリオンか?」
「けけけ、久しぶりだけどよ…相変わらず、ひでえツラだなあ」
「フン…人のことが言えたツラか、オリオン」
「残念でした、今の俺は泣く仔も惚れるハンサム様よ…ぷ、くくく…あっはっはっは!」
「ふ…」
静かに微笑みながら、エレフは闇遊戯達に視線を移した。
「キミが、遊戯か…それに…」
エレフは城之内を見て少し考え込む仕草を見せた。すわ何事かと城之内は思わず身構えたが、続くセリフに盛大
にずっこけることとなる。
「キミが…凡骨馬之骨之介負犬左衛門だな…」
「ぶーっ!?な、なんだ、そりゃあ!?」
「ぼ、ぼんこつうまの…」
「ほねのすけ、まけいぬざえもん…城之内、お前、本当はそういう名前だったのか?うわあ、切ねえ…」
ミーシャとオリオンが、同情と憐憫を込めた視線を送る。
「ん、んなわけあるかー!おい、海馬!どういうこった、テメエ!」
「おや?貴様は自分の本名が嫌で城之内という偽名を名乗っているという設定だっただろう?」
「そんな設定は原作のどこを読み返しても存在しねえよ!」
「そうだったのか?フン。すまんな、うっかり間違えた」
「どんなうっかりすりゃそうなるんだテメエは!」
「落ち着け、城之内くん。海馬、お前ももうよせ」
闇遊戯が仲裁に入り、海馬はフンと鼻を鳴らして明後日の方を向いてしまった。城之内は怒りが収まらないよう
で、むっつりと腕組みする。
「それはそうと…皆」
エレフはコホンと咳払いして、態度を改める。
「ここに来る途中で、神殿の者達にもある程度の事情は聞いた。ミーシャを助けてくれたこと…感謝する」
深々と頭を下げる彼に対し、城之内は胸を精一杯張った。
「なーに、友達を助けるのなんざ当たり前だろ。それに、あんな蠍野郎の一人や二人、チョロいもんよ」
「よく言うぜ。俺と遊戯が駆けつけなきゃやられてたろうが」
「う、うるせえ!ホントはあそこから奇跡の大逆転かます予定だったんだよ!」
「―――蠍?」
その言葉に、エレフは眉を持ち上げる。
「ああ。奴らのリーダーが、なんか蠍みてーな変な髪型したヤローでな。それも海馬がぶっ飛ばしちまったわけ
だから、確認はできねえけど、ありゃあ流石に死んだかな…それがどうかしたのか?」
「…いや。何でもない。死んだというなら、今となってはもう終わったことだ…」
「?ま、あんな奴のことなんてどうでもいいさ。それよりも、お前らのことだよ」
城之内がエレフとミーシャを見つめて明るい笑顔を浮かべた。
「バカ共はまとめて追っ払った。ミーシャの兄貴も帰ってきた…万々歳のハッピーエンドってわけじゃねえか!」
「そうだな。これでひとまず決着というところか」
闇遊戯も頷く。自分達はまだこれから、元の世界にどうにかして帰る方法を見つけないといけないわけなのだが、
この際それは置いておこう。オリオンもそれに続ける。
「二人とも、これからは兄妹仲良く、レスボス島で暮らせよ。ここはいいぜー、島民の約九割が美人で気立ての
いい女性というフィクションにしても冗談としか思えない島だ。きっと毎日楽しいぜ」
「フン、軽薄が…。女の尻さえ追いかけ回せば幸せとは、高尚な趣味をお持ちで羨ましいな」
このセリフが誰のものかなど、言うまでもあるまい。
「け、けーはくって…テメエ、俺を誰だと思ってやがる!?」
「軽薄でなければ阿呆だ。貴様の嫌いな方を選べ。そっちで呼んでやる」
「よりによって嫌いな方を選ばせるんじゃねえ!」
「…まあ、そこでつまんねえコントやってるバカ二匹は放っておいてよ。ミーシャ、お前もそうするつもりだろ?
ずっと、兄貴を待ってたんだもんな」
ミーシャは頷き、エレフに笑顔を向けた。
「エレフ…エレフだって、もうどこにも行かないよね?これからはずっと…ずっと、一緒にいられるんだよね?」
「勿論だ。もう離れはしない…これからは私がずっと、お前を守って…」
微笑み返しながら、エレフがそう言いかけた時。
(ィィノカナ?ソレデ。本当にィィノカィ…?ソレデ、妹ヲ守レルノカナ?)
―――ドクン、と、心臓を震わせた。
(今ノママデ、本当ニォ前ノ妹ハモゥ安全ダト、ソゥ言ェルノカナ?)
その声は、エレフの心に激しい波紋を投げかけた。
同時に、エレフは気付かされる―――己の心の奥底に潜んでいた、ドス黒い復讐心に。
「…………!?」
(もう一人のボク…!どうしたの!?しっかりして!)
今は心の奥にいる相棒の声さえ聞こえないかのように、闇遊戯は顔を蒼褪めさせて、思わず後ずさる。闇の力
を持つ彼だからこそか―――確かに、感じた。
エレフに囁きかける何者かの存在と、それが発する、凄まじい邪気に。
「遊戯!どうしたんだよ、お前…」
「決着だと…バカな…」
「え?」
「まだ…終わっていない…!あんなのがいるのに…終わってなどいるものか…!」
「おい、しっかりしろよ!遊戯!」
「城之内くん…オレは大丈夫だ。それよりも、エレフを…」
「エレフ?」
顔を向ければ―――エレフは口を固く引き結び、ミーシャをじっと見ていた。その瞳には、どこか底知れない闇
が広がっている。少なくとも、ミーシャにはそう思えた。
「エ…エレフ…どうしたの?何だか、今のエレフ…怖いよ…」
「ミーシャ」
エレフは、感情を押し殺したような声で語りかける。
「今はまだ…ダメだ。私には、やらねばならないことがある」
「え―――?」
「!?エレフ!お前、何言ってんだ!?」
オリオンが思わずエレフにくってかかるが、エレフは動じた様子もない。ただ静かに口を開いた。
「まだ…ミーシャの身の安全が、保証されたわけではない…奴らは、きっとまたやってくる…」
「バカなことを抜かすんじゃねえ!蠍野郎もあれだけやられりゃ、もし生きてたところで二度とミーシャを狙う
もんか。兵隊共にしろ、もうこの島に近づきたくもなくなったろう。なら、他に誰がいるってんだ?」
「アルカディアだ」
「何?」
「話を聞く限り、先ほどの連中はアルカディアの兵士だというではないか。そして…蠍の男」
「だから!蠍野郎がどうだってんだよ!」
(今ノママデ、本当ニォ前ノ妹ハモゥ安全ダト、ソゥ言ェルノカナ?)
その声は、エレフの心に激しい波紋を投げかけた。
同時に、エレフは気付かされる―――己の心の奥底に潜んでいた、ドス黒い復讐心に。
「…………!?」
(もう一人のボク…!どうしたの!?しっかりして!)
今は心の奥にいる相棒の声さえ聞こえないかのように、闇遊戯は顔を蒼褪めさせて、思わず後ずさる。闇の力
を持つ彼だからこそか―――確かに、感じた。
エレフに囁きかける何者かの存在と、それが発する、凄まじい邪気に。
「遊戯!どうしたんだよ、お前…」
「決着だと…バカな…」
「え?」
「まだ…終わっていない…!あんなのがいるのに…終わってなどいるものか…!」
「おい、しっかりしろよ!遊戯!」
「城之内くん…オレは大丈夫だ。それよりも、エレフを…」
「エレフ?」
顔を向ければ―――エレフは口を固く引き結び、ミーシャをじっと見ていた。その瞳には、どこか底知れない闇
が広がっている。少なくとも、ミーシャにはそう思えた。
「エ…エレフ…どうしたの?何だか、今のエレフ…怖いよ…」
「ミーシャ」
エレフは、感情を押し殺したような声で語りかける。
「今はまだ…ダメだ。私には、やらねばならないことがある」
「え―――?」
「!?エレフ!お前、何言ってんだ!?」
オリオンが思わずエレフにくってかかるが、エレフは動じた様子もない。ただ静かに口を開いた。
「まだ…ミーシャの身の安全が、保証されたわけではない…奴らは、きっとまたやってくる…」
「バカなことを抜かすんじゃねえ!蠍野郎もあれだけやられりゃ、もし生きてたところで二度とミーシャを狙う
もんか。兵隊共にしろ、もうこの島に近づきたくもなくなったろう。なら、他に誰がいるってんだ?」
「アルカディアだ」
「何?」
「話を聞く限り、先ほどの連中はアルカディアの兵士だというではないか。そして…蠍の男」
「だから!蠍野郎がどうだってんだよ!」
「―――奴は、私とミーシャの両親の、仇だ」
瞬時に、場の空気が凍りついた。ミーシャは血色を失くした顔で、口元を押さえる。
「あ、ああ、ああ―――」
「…思い出したか、ミーシャ…そうだ。間違いない。その蠍とやらが、我らの父と母を殺めたのだ!」
言葉に怒りと憎しみを乗せ、エレフは叫ぶ。
「そして、今回も、奴が…アルカディアの手の者が、来た。奴らは我々に不幸しかもたらさない―――ならば、
先に滅ぼしてやるまで!」
「バカ野郎!なんでそんなことになるんだよ!」
城之内がたまらず話に割り込んだ。
「ミーシャがまだ狙われてる!?上等だ!本当にそんな奴がいるなら、それこそあんたがミーシャの傍にいて
守ってやればいいだけの話だろうが!それが―――兄貴としての役目じゃねえのか!」
「それが、本当にミーシャのためと言えるのか?いつ、誰に、どこで狙われるか分からない恐怖の中で暮せと
いうのか?ずっとそんな風に生きろというのか?そんなものの、どこが…幸せな暮らしだ!」
「エレフ…あんた…!」
城之内は絶句した。エレフの言っていることは正直な話、誇大妄想にも近い理屈だ。そもそもが、ミーシャを
狙っている者がまだいるという前提からして怪しい。そんなバカげた話を、決して愚劣ではないだろうエレフ
が、何故こうも頑なに語るのか―――その事実が、恐ろしく感じられた。
今の彼はまるで―――何かに、取り憑かれているようだ。
「やめろ、エレフ!」
闇遊戯もまた、エレフに詰め寄る。
「お前が今手に取るべきは、敵を退け、滅ぼすための剣じゃない…大切な者を護るための盾のはずだ!
復讐心に囚われて、自分のすべきことを見失うな!」
「私のすべきこと…?それならば決まっている。ミーシャを護ること…そして、そのために、ミーシャの敵を
全て退け、滅ぼさねばならない…だからこそ、護るために剣が必要なのだ!」
「エレフ…そんなことをミーシャが望んでると、そう思ってんのかよ!?」
オリオンが、エレフの胸倉に掴みかかった。
「俺はここ数年間、ずっとミーシャを見てきたから分かるよ…」
ちらりと、傍らのミーシャに目をやる。
「こいつの望みは、たった一つだけだ。お前とまた会いたい、また一緒に暮らしたい―――それだけなんだよ。
たったそれだけのことを…なんで分かってやらねえんだ!」
「…そうだな。私の為そうとしていることは、ミーシャの望むことではないだろう。もしかしたら、私を恨み、憎み
すらするかもしれん。だが、アルカディアへの復讐も、全てはミーシャのためだ。いつかは分かってくれるさ」
「分からない…!」
ミーシャがうわ言のように呟く。
「分からないよ…私…エレフが何を言ってるのか…」
「ミーシャ…赦せ。今はまだ―――お前の傍にいることは、できない」
エレフはそう言い残して、踵を返そうとする。オリオンがその肩を掴み、押し止めた。
「行くな…行くんじゃねえ、エレフ!お前にミーシャが必要であるように、ミーシャに必要なのはお前なんだ!
だから…」
「オリオン」
エレフはオリオンの耳元に顔を寄せ、彼以外の誰にも聞こえないくらいに小さな声で囁く。
「貴様…ミーシャに惚れているのか?」
「―――っ!」
「…やはり、そうか。なら話は早い」
すっと、エレフはオリオンから離れる。そして、オリオンに向けて手を差し出す。
「お前は、私と共に来るべきだ。私と共に闘い―――アルカディアを、滅ぼそう。ミーシャのために」
「…………」
オリオンはその手を凝視し、一歩前に出る。口元に、微かに笑みを浮かべながら。
「オリオン…!テメエ、まさか!」
「待て、オリオン!」
狼狽し、彼を制止しようとする城之内と闇遊戯。そしてミーシャもオリオンに駆け寄り、精一杯の力を込めて
服の裾を掴む。
「オリオン…やめて。あなたまで…あなたまで、どうして…」
「おいおいお前ら、心配すんなよ。俺は別にトチ狂っちゃいないぜ。ただ、考えてみただけだ。冷静に考えた
結果、こうするのが一番いいと思っただけだ。ほれ、悪いけど、ちょっと手ぇどけてくれ」
鬱陶しそうにミーシャの手を振り払い、オリオンはエレフと向き合う。
「オリオン…!」
その様子を闇遊戯と城之内、ミーシャは固唾を呑み、海馬はどこか面白い見世物でも観ているように見守る。
そしてオリオンは、彼の手に向けて腕を伸ばし。その手を取る寸前に拳を握り締め、振り上げる。
「冷静に考えた結果―――こうすることにした」
次の瞬間、鈍い音が響く。オリオンの拳が、エレフの顔面を殴り飛ばした音だった。
「ちったあ目が醒めたかよ…この大バカ野郎!」
声を荒げ、彼は赤くなった頬を押さえるエレフを怒鳴り付けた。
「笑わせるんじゃねえ―――笑わすんじゃねえぞ、エレフ!テメエはいつからそんな大バカになりやがった!?
何度も言わせるんじゃねえ…ミーシャはお前が暴力で血に塗れることなんざ望んでねえ。お前がすぐ傍にいて
笑ってくれれば、ミーシャはそれでいいんだよ!同じことばっか言わせやがってもうウンザリだよ、ボケッ!」
「オリオン…お前…」
闇遊戯はオリオンに対し、驚きと、少なからぬ尊敬を覚えていた。同時に、彼を少しでも疑った自分を恥じた。
城之内とミーシャも同じ気分のようで、ややバツが悪そうにオリオンを見ていた。
「けっ。お前らねえ、まさかマジでこの男の中の男たる俺が裏切っちゃうとでも思ってやがったんですか?」
「悪い…ちょっとだけ思っちまった…」
「ご、ごめんなさい…」
オリオンはやや不服そうに鼻を鳴らしつつ、エレフに視線を戻す。彼は、嘲るように笑った。
「そうか…所詮はお前も、他人にすぎない…ミーシャを想う私の気持ちなど、理解できんだろうさ」
呟いて、エレフは背を向け歩き出す。
「エレフ!」
オリオンは弓を構え、エレフに狙いを付ける。
「どうしても行くってんなら…俺は、お前の手足を撃ち抜いてでも、お前を止める!」
「…本気か?」
「本気だ。けどよ…」
オリオンはその美しい顔を、苦渋で歪ませた。
「それでも…俺はお前を撃ちたくなんかねえ…撃たせないでくれ…!」
「無駄だ、オリオン」
エレフはその歩みを、止めようともしない。
「お前の矢は、私には当たらない―――今の私は、お前より強い」
「この…バカ野郎!」
奥歯を噛み締め、オリオンは矢を放った。それは正確に、エレフの両手足を撃ち抜く―――その寸前で細切れに
され、塵となって風に浚われていった。
「え―――!?」
エレフの両手には、いつの間にか黒い剣が握られていた。柄に手をかけた瞬間、鞘から引き抜いた瞬間、流星の
如き速度で飛来する矢を、更に速く斬り捨てた瞬間。その全てが、同時に起こり、終わっていた。動作と動作の
合間に一切の時間差が存在しない、神速の剣技。
「言っただろう…お前の矢は、当たらない」
「エレフ…!」
ほとんど泣きそうな顔で、オリオンは叫んだ。
「どうしても行くのかよ!どうしても!何で…」
「何度も言わせるな。ミーシャのためならば、この先が…冥府魔道に続いていようと…悔いはないわぁっ!」
「やめて!」
たまらず、ミーシャが駆け出し、エレフに追い縋った。
「お願い。エレフ…行かないで」
「ミーシャ…」
エレフの顔に、戸惑いと躊躇が浮かぶ。ミーシャは泣きながら、エレフの胸に飛び込んだ。
「嫌よ、私…やっと会えたのに、また、離れ離れなんて…」
「ミーシャ…私は…」
「あ、ああ、ああ―――」
「…思い出したか、ミーシャ…そうだ。間違いない。その蠍とやらが、我らの父と母を殺めたのだ!」
言葉に怒りと憎しみを乗せ、エレフは叫ぶ。
「そして、今回も、奴が…アルカディアの手の者が、来た。奴らは我々に不幸しかもたらさない―――ならば、
先に滅ぼしてやるまで!」
「バカ野郎!なんでそんなことになるんだよ!」
城之内がたまらず話に割り込んだ。
「ミーシャがまだ狙われてる!?上等だ!本当にそんな奴がいるなら、それこそあんたがミーシャの傍にいて
守ってやればいいだけの話だろうが!それが―――兄貴としての役目じゃねえのか!」
「それが、本当にミーシャのためと言えるのか?いつ、誰に、どこで狙われるか分からない恐怖の中で暮せと
いうのか?ずっとそんな風に生きろというのか?そんなものの、どこが…幸せな暮らしだ!」
「エレフ…あんた…!」
城之内は絶句した。エレフの言っていることは正直な話、誇大妄想にも近い理屈だ。そもそもが、ミーシャを
狙っている者がまだいるという前提からして怪しい。そんなバカげた話を、決して愚劣ではないだろうエレフ
が、何故こうも頑なに語るのか―――その事実が、恐ろしく感じられた。
今の彼はまるで―――何かに、取り憑かれているようだ。
「やめろ、エレフ!」
闇遊戯もまた、エレフに詰め寄る。
「お前が今手に取るべきは、敵を退け、滅ぼすための剣じゃない…大切な者を護るための盾のはずだ!
復讐心に囚われて、自分のすべきことを見失うな!」
「私のすべきこと…?それならば決まっている。ミーシャを護ること…そして、そのために、ミーシャの敵を
全て退け、滅ぼさねばならない…だからこそ、護るために剣が必要なのだ!」
「エレフ…そんなことをミーシャが望んでると、そう思ってんのかよ!?」
オリオンが、エレフの胸倉に掴みかかった。
「俺はここ数年間、ずっとミーシャを見てきたから分かるよ…」
ちらりと、傍らのミーシャに目をやる。
「こいつの望みは、たった一つだけだ。お前とまた会いたい、また一緒に暮らしたい―――それだけなんだよ。
たったそれだけのことを…なんで分かってやらねえんだ!」
「…そうだな。私の為そうとしていることは、ミーシャの望むことではないだろう。もしかしたら、私を恨み、憎み
すらするかもしれん。だが、アルカディアへの復讐も、全てはミーシャのためだ。いつかは分かってくれるさ」
「分からない…!」
ミーシャがうわ言のように呟く。
「分からないよ…私…エレフが何を言ってるのか…」
「ミーシャ…赦せ。今はまだ―――お前の傍にいることは、できない」
エレフはそう言い残して、踵を返そうとする。オリオンがその肩を掴み、押し止めた。
「行くな…行くんじゃねえ、エレフ!お前にミーシャが必要であるように、ミーシャに必要なのはお前なんだ!
だから…」
「オリオン」
エレフはオリオンの耳元に顔を寄せ、彼以外の誰にも聞こえないくらいに小さな声で囁く。
「貴様…ミーシャに惚れているのか?」
「―――っ!」
「…やはり、そうか。なら話は早い」
すっと、エレフはオリオンから離れる。そして、オリオンに向けて手を差し出す。
「お前は、私と共に来るべきだ。私と共に闘い―――アルカディアを、滅ぼそう。ミーシャのために」
「…………」
オリオンはその手を凝視し、一歩前に出る。口元に、微かに笑みを浮かべながら。
「オリオン…!テメエ、まさか!」
「待て、オリオン!」
狼狽し、彼を制止しようとする城之内と闇遊戯。そしてミーシャもオリオンに駆け寄り、精一杯の力を込めて
服の裾を掴む。
「オリオン…やめて。あなたまで…あなたまで、どうして…」
「おいおいお前ら、心配すんなよ。俺は別にトチ狂っちゃいないぜ。ただ、考えてみただけだ。冷静に考えた
結果、こうするのが一番いいと思っただけだ。ほれ、悪いけど、ちょっと手ぇどけてくれ」
鬱陶しそうにミーシャの手を振り払い、オリオンはエレフと向き合う。
「オリオン…!」
その様子を闇遊戯と城之内、ミーシャは固唾を呑み、海馬はどこか面白い見世物でも観ているように見守る。
そしてオリオンは、彼の手に向けて腕を伸ばし。その手を取る寸前に拳を握り締め、振り上げる。
「冷静に考えた結果―――こうすることにした」
次の瞬間、鈍い音が響く。オリオンの拳が、エレフの顔面を殴り飛ばした音だった。
「ちったあ目が醒めたかよ…この大バカ野郎!」
声を荒げ、彼は赤くなった頬を押さえるエレフを怒鳴り付けた。
「笑わせるんじゃねえ―――笑わすんじゃねえぞ、エレフ!テメエはいつからそんな大バカになりやがった!?
何度も言わせるんじゃねえ…ミーシャはお前が暴力で血に塗れることなんざ望んでねえ。お前がすぐ傍にいて
笑ってくれれば、ミーシャはそれでいいんだよ!同じことばっか言わせやがってもうウンザリだよ、ボケッ!」
「オリオン…お前…」
闇遊戯はオリオンに対し、驚きと、少なからぬ尊敬を覚えていた。同時に、彼を少しでも疑った自分を恥じた。
城之内とミーシャも同じ気分のようで、ややバツが悪そうにオリオンを見ていた。
「けっ。お前らねえ、まさかマジでこの男の中の男たる俺が裏切っちゃうとでも思ってやがったんですか?」
「悪い…ちょっとだけ思っちまった…」
「ご、ごめんなさい…」
オリオンはやや不服そうに鼻を鳴らしつつ、エレフに視線を戻す。彼は、嘲るように笑った。
「そうか…所詮はお前も、他人にすぎない…ミーシャを想う私の気持ちなど、理解できんだろうさ」
呟いて、エレフは背を向け歩き出す。
「エレフ!」
オリオンは弓を構え、エレフに狙いを付ける。
「どうしても行くってんなら…俺は、お前の手足を撃ち抜いてでも、お前を止める!」
「…本気か?」
「本気だ。けどよ…」
オリオンはその美しい顔を、苦渋で歪ませた。
「それでも…俺はお前を撃ちたくなんかねえ…撃たせないでくれ…!」
「無駄だ、オリオン」
エレフはその歩みを、止めようともしない。
「お前の矢は、私には当たらない―――今の私は、お前より強い」
「この…バカ野郎!」
奥歯を噛み締め、オリオンは矢を放った。それは正確に、エレフの両手足を撃ち抜く―――その寸前で細切れに
され、塵となって風に浚われていった。
「え―――!?」
エレフの両手には、いつの間にか黒い剣が握られていた。柄に手をかけた瞬間、鞘から引き抜いた瞬間、流星の
如き速度で飛来する矢を、更に速く斬り捨てた瞬間。その全てが、同時に起こり、終わっていた。動作と動作の
合間に一切の時間差が存在しない、神速の剣技。
「言っただろう…お前の矢は、当たらない」
「エレフ…!」
ほとんど泣きそうな顔で、オリオンは叫んだ。
「どうしても行くのかよ!どうしても!何で…」
「何度も言わせるな。ミーシャのためならば、この先が…冥府魔道に続いていようと…悔いはないわぁっ!」
「やめて!」
たまらず、ミーシャが駆け出し、エレフに追い縋った。
「お願い。エレフ…行かないで」
「ミーシャ…」
エレフの顔に、戸惑いと躊躇が浮かぶ。ミーシャは泣きながら、エレフの胸に飛び込んだ。
「嫌よ、私…やっと会えたのに、また、離れ離れなんて…」
「ミーシャ…私は…」
(躊躇ッテハィケナィヨ。迷ッティタラ、ホラ…コゥナルンダ)
声がまた、囁く。刹那、エレフは幻視した。
声がまた、囁く。刹那、エレフは幻視した。
「エレフ…助けて、エレフ!」
「ミーシャ…ミーシャァァァァっっ!」
少年の頃の自分が、助けを求め泣き叫ぶミーシャに、必死に手を伸ばしている。今の自分は、何も出来ずにそれ
を眺めているだけだ。
「やめろ!ミーシャを連れていくな!やめろォォォーーーっ!」
伸ばした手も、切なる叫びも届かない。ミーシャの身体を黒い影が取り囲み、何処かへと連れ去っていく。
「ああ…ミーシャ…ミーシャ…」
肩を震わせ、嘆く小さな背を、茫然と見つめる自分。そして、少年が振り向く。大人の自分自身に対し、憎悪を
込めて睨み付けた。
「何故だ…何故、そんな所でぼんやり突っ立っている!?今のお前はそんなに大きな身体と強い力があるのに、
何故ミーシャを助けなかった!?」
「そんな…違う、私は…」
「力があるのに、何もしないなら…お前は、ただの臆病者だ!」
「やめろ…やめてくれ!」
「大切な妹のために、命もかけれないのか!?この卑怯者め!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」
「ミーシャ…ミーシャァァァァっっ!」
少年の頃の自分が、助けを求め泣き叫ぶミーシャに、必死に手を伸ばしている。今の自分は、何も出来ずにそれ
を眺めているだけだ。
「やめろ!ミーシャを連れていくな!やめろォォォーーーっ!」
伸ばした手も、切なる叫びも届かない。ミーシャの身体を黒い影が取り囲み、何処かへと連れ去っていく。
「ああ…ミーシャ…ミーシャ…」
肩を震わせ、嘆く小さな背を、茫然と見つめる自分。そして、少年が振り向く。大人の自分自身に対し、憎悪を
込めて睨み付けた。
「何故だ…何故、そんな所でぼんやり突っ立っている!?今のお前はそんなに大きな身体と強い力があるのに、
何故ミーシャを助けなかった!?」
「そんな…違う、私は…」
「力があるのに、何もしないなら…お前は、ただの臆病者だ!」
「やめろ…やめてくれ!」
「大切な妹のために、命もかけれないのか!?この卑怯者め!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」
「エレフ…?どうしたの、エレフ!?」
ミーシャの声に、はっと我に返った。だがあの光景は、幻覚だったとは思えないほどこの眼に焼き付いていた。
「エレフ…」
「ミーシャ…やはり、私は行かねばならない」
そっとミーシャを引き剥がし。有無を言わさずに、エレフはまた歩き出す。
「私にはもうお前しかいない…お前しか残されていない…お前だけは、失いたくないんだ」
どこか不気味なまでの迫力を醸すその後姿に、もはや誰も、声一つかけることができない。
ミーシャはその場に崩れ落ちてすすり泣き。
オリオンもまた、目にうっすらと涙を浮かべ、そっとミーシャに寄り添うしかできなかった。
闇遊戯と城之内は、遠くなるエレフの背中を見送る他なかった。
海馬は果たして、何を思うのか。
この場でただ一人、笑みを浮かべていた―――
ミーシャの声に、はっと我に返った。だがあの光景は、幻覚だったとは思えないほどこの眼に焼き付いていた。
「エレフ…」
「ミーシャ…やはり、私は行かねばならない」
そっとミーシャを引き剥がし。有無を言わさずに、エレフはまた歩き出す。
「私にはもうお前しかいない…お前しか残されていない…お前だけは、失いたくないんだ」
どこか不気味なまでの迫力を醸すその後姿に、もはや誰も、声一つかけることができない。
ミーシャはその場に崩れ落ちてすすり泣き。
オリオンもまた、目にうっすらと涙を浮かべ、そっとミーシャに寄り添うしかできなかった。
闇遊戯と城之内は、遠くなるエレフの背中を見送る他なかった。
海馬は果たして、何を思うのか。
この場でただ一人、笑みを浮かべていた―――