瞳を爛々と輝かせた吸血鬼の群れが、村中を徘徊していた。時は既に深夜で周囲は暗がりに満ちていたが、夜の闇は彼らを盲にすることは
ない。むしろ月が輝く今は、彼らの感覚が最も冴え渡る時間だ。視覚や聴覚が強化され、普段は使わない第六感――闇の感覚さえも動員し
て、彼らは周囲を探査する。この村に入り込んだ人間――ヒューリーとピーベリーの二人を。
「どうだ、奴らがどこにいるかわかったか?」
「いや、まだだ。だが、近いぞ」
吸血鬼達はにんまりと嗤った。久しぶりに食餌にありつけると、全員が歓喜を露にしていた。食餌――吸血行為は、彼らにとって、人間が
食事をとること以上に特別な意味を持つ。限りなく死体に近い吸血鬼は、身体と精神の維持に他者の血液を必要とする。逆に言えば、血液の
摂取が長期間途絶えれば、その身体と精神の両方に異常をきたしてしまう。現に、彼らの凋落は目を覆わんばかりだ。身体はゆるやかに崩壊
し続け、闇に由縁を持つ超常の力も、今では僅かしか発揮できない。貴族と称されるほど高潔な魂は風化し、あさましい畜生の如き精神へと
堕している。天敵たる<装甲戦闘死体>の目から逃れるために仕方がないとはいえ、彼らが自らに課した戒律は、ゆるやかな滅亡を強いてい
た。すでに大勢の吸血鬼がヒューリーとピーベリーにやられている。彼らが本来の力を保持していたなら、宿屋で取り囲んだところですべて
は終わっていたはずなのだ。
だが、彼らが昔と比べて弱体化したことを差し引いても、あの二人の実力は相当なものだった。いくら凋落したとはいえ、数に勝るこちら
が有利なはずだったのだ。そんな圧倒的に不利な状況下においても生きている奴らは、もしや人間ではないのでは――と、群れの中の一匹、
とりわけ意気地のない一匹が、不安そうに呟いた。
「まさか、あいつら、長達の言っていた<装甲戦闘死体>じゃあ……」
その言葉に、他の吸血鬼が表情を失くした。
「馬鹿なこと言うんじゃねえ!」その一匹が怒鳴ったのと同時に、次々と非難の声があがった。
「そうよ。なんのために、食餌を我慢してると思ってるのよ。奴らから身を隠すためでしょ」
「長達が言ってたじゃねえか。ここは絶対に見つかりっこないって」
「その通りだぜ。それに、村の外は常に仲間が見張ってるんだ。何かあったら俺たちにも連絡がいくはずだ。なあおい、そうだろ……?」
返事は帰ってこなかった。そこには、誰もいなかった。たった今まですぐ傍にいたはずの仲間が、突然姿を消していた。
「え……?」
呆気にとられ、一人残された吸血鬼はあたりを見回す。たった今までいた仲間は、一体どこに行ったのだ? そして、彼は気付く。辺りに
舞い散る灰と、己の胸元に生えている白銀にきらめく塊を。
「あ……」
吸血鬼は滅びる際に、灰以外に何の痕跡も残さずこの世界から消滅する。そして、彼もまた、心臓に突きたてられたナイフによって、二度
目の死を迎えた。
「あははは!! あははは!! おっもしろーい! あいつら、何が起きたかわからないまま死んでった! あははは!!」
それは、楽しげに、夜の影と、死の影と戯れていた。心底楽しそうに、彼女――F08は嗤いながら夜を駆けていた。吸血鬼の感覚さえあ
ざむき、殺戮した<装甲戦闘死体>の実力。まさに吸血鬼の天敵にふさわしい、圧倒的な力だった。
彼女が次に向かうのは、モントリヒトの気配が集まる場所。理由はわからないが、この村のモントリヒトすべてが、そこに集中しているら
しい。<装甲戦闘死体>に宿る超感覚が、F08を戦場へといざなう。彼女はまったく気負いせず、むしろ楽しみで仕方がないといった表情
を浮かべながら、モントリヒトの集まる場所へと走った。
ない。むしろ月が輝く今は、彼らの感覚が最も冴え渡る時間だ。視覚や聴覚が強化され、普段は使わない第六感――闇の感覚さえも動員し
て、彼らは周囲を探査する。この村に入り込んだ人間――ヒューリーとピーベリーの二人を。
「どうだ、奴らがどこにいるかわかったか?」
「いや、まだだ。だが、近いぞ」
吸血鬼達はにんまりと嗤った。久しぶりに食餌にありつけると、全員が歓喜を露にしていた。食餌――吸血行為は、彼らにとって、人間が
食事をとること以上に特別な意味を持つ。限りなく死体に近い吸血鬼は、身体と精神の維持に他者の血液を必要とする。逆に言えば、血液の
摂取が長期間途絶えれば、その身体と精神の両方に異常をきたしてしまう。現に、彼らの凋落は目を覆わんばかりだ。身体はゆるやかに崩壊
し続け、闇に由縁を持つ超常の力も、今では僅かしか発揮できない。貴族と称されるほど高潔な魂は風化し、あさましい畜生の如き精神へと
堕している。天敵たる<装甲戦闘死体>の目から逃れるために仕方がないとはいえ、彼らが自らに課した戒律は、ゆるやかな滅亡を強いてい
た。すでに大勢の吸血鬼がヒューリーとピーベリーにやられている。彼らが本来の力を保持していたなら、宿屋で取り囲んだところですべて
は終わっていたはずなのだ。
だが、彼らが昔と比べて弱体化したことを差し引いても、あの二人の実力は相当なものだった。いくら凋落したとはいえ、数に勝るこちら
が有利なはずだったのだ。そんな圧倒的に不利な状況下においても生きている奴らは、もしや人間ではないのでは――と、群れの中の一匹、
とりわけ意気地のない一匹が、不安そうに呟いた。
「まさか、あいつら、長達の言っていた<装甲戦闘死体>じゃあ……」
その言葉に、他の吸血鬼が表情を失くした。
「馬鹿なこと言うんじゃねえ!」その一匹が怒鳴ったのと同時に、次々と非難の声があがった。
「そうよ。なんのために、食餌を我慢してると思ってるのよ。奴らから身を隠すためでしょ」
「長達が言ってたじゃねえか。ここは絶対に見つかりっこないって」
「その通りだぜ。それに、村の外は常に仲間が見張ってるんだ。何かあったら俺たちにも連絡がいくはずだ。なあおい、そうだろ……?」
返事は帰ってこなかった。そこには、誰もいなかった。たった今まですぐ傍にいたはずの仲間が、突然姿を消していた。
「え……?」
呆気にとられ、一人残された吸血鬼はあたりを見回す。たった今までいた仲間は、一体どこに行ったのだ? そして、彼は気付く。辺りに
舞い散る灰と、己の胸元に生えている白銀にきらめく塊を。
「あ……」
吸血鬼は滅びる際に、灰以外に何の痕跡も残さずこの世界から消滅する。そして、彼もまた、心臓に突きたてられたナイフによって、二度
目の死を迎えた。
「あははは!! あははは!! おっもしろーい! あいつら、何が起きたかわからないまま死んでった! あははは!!」
それは、楽しげに、夜の影と、死の影と戯れていた。心底楽しそうに、彼女――F08は嗤いながら夜を駆けていた。吸血鬼の感覚さえあ
ざむき、殺戮した<装甲戦闘死体>の実力。まさに吸血鬼の天敵にふさわしい、圧倒的な力だった。
彼女が次に向かうのは、モントリヒトの気配が集まる場所。理由はわからないが、この村のモントリヒトすべてが、そこに集中しているら
しい。<装甲戦闘死体>に宿る超感覚が、F08を戦場へといざなう。彼女はまったく気負いせず、むしろ楽しみで仕方がないといった表情
を浮かべながら、モントリヒトの集まる場所へと走った。
迫りくる吸血鬼達に足止めをされ、ヒューリーとピーベリーは、まだ村を脱出できないでいた。二人は、吸血鬼の群れに囲まれていた。ど
こを向いても、敵ばかりだ。墓土のすえた匂いと、吐き気を催すほど強い腐乱臭が、ヒューリーの鼻腔を刺激した。吸血鬼から漂ってくる匂
いだ。日中はこれほど強烈に感じることはなかったのに、夜となった今、はっきりと感じることができる。
吸血鬼達は獲物を前にして、下卑な声をだして笑った。その表情には、理性など欠片もなかった。既に何人かの吸血鬼がヒューリーの手に
よって滅びていたが、それでもなお彼らは怯みもせずに襲い掛かってくる。その自らを省みない姿に、薄ら寒いものを覚える。いくら不死身
に近い怪物であっても、肉体が傷つくことを厭うはずなのに。そんなに、血が欲しいというのか。欲望を充たしたいのか。化物め。
内心でヒューリーは舌打ちをする。吸血鬼の実力は一体一体はそれほどでもないが、群れで襲い掛かれれば十分に脅威となる。ましてや、
今はピーベリーがそばにいる。彼女は武器を持ち人造人間に立ち向かえるほど豪胆ではあるが、本職は研究者であり、かつ女性だ。いつまで
も戦い続けられるほど、体力があるわけではない。戦いが長引けば長引くほど、消耗は避けられないものになる。かといって、この包囲網を
破ることも、そう簡単にはいきそうにない。どうすればいい――そんなヒューリーの苦悩などお構いなしに、吸血鬼は襲い来る。瞳を紅く輝
かせ、肥大した犬歯から涎を垂らしながら。
ヒューリーは群れの先頭の吸血鬼に狙いを定めた。その心臓に目掛けてナイフを投擲する。狙い過たず、白銀の閃光は心臓を貫いた。すか
さず距離を詰め、堅く握った拳で別の吸血鬼の頭を粉砕する。左腕に噛み付こうとしていた吸血鬼の腕をねじり上げ、ナイフを叩き込んだ。
その奥にいた吸血鬼の脇腹に蹴りを。右腕を切り裂かれ地を這い蹲っている吸血鬼の頭蓋をブーツの踵で踏み砕いた。
その程度の損傷では吸血鬼を滅ぼすことはできないが、今はそれでいい。まともに相手をする必要はない。いかにして敵だらけのこの村か
ら脱出するか。ヒューリーに科せられた使命はそれだけだった。だが、やはり数による戦力差は否めない。ヒューリーが吸血鬼を斃せば斃す
たび、どこからともなく吸血鬼達が群れ集まってくる。
「くそ……」
敵の数が多すぎた。白銀に光る刃金が振るわれ、吸血鬼が幾体か灰に還ったが、いっこうに減る気配はない。二人は、確実に追い詰められ
ていた。
こを向いても、敵ばかりだ。墓土のすえた匂いと、吐き気を催すほど強い腐乱臭が、ヒューリーの鼻腔を刺激した。吸血鬼から漂ってくる匂
いだ。日中はこれほど強烈に感じることはなかったのに、夜となった今、はっきりと感じることができる。
吸血鬼達は獲物を前にして、下卑な声をだして笑った。その表情には、理性など欠片もなかった。既に何人かの吸血鬼がヒューリーの手に
よって滅びていたが、それでもなお彼らは怯みもせずに襲い掛かってくる。その自らを省みない姿に、薄ら寒いものを覚える。いくら不死身
に近い怪物であっても、肉体が傷つくことを厭うはずなのに。そんなに、血が欲しいというのか。欲望を充たしたいのか。化物め。
内心でヒューリーは舌打ちをする。吸血鬼の実力は一体一体はそれほどでもないが、群れで襲い掛かれれば十分に脅威となる。ましてや、
今はピーベリーがそばにいる。彼女は武器を持ち人造人間に立ち向かえるほど豪胆ではあるが、本職は研究者であり、かつ女性だ。いつまで
も戦い続けられるほど、体力があるわけではない。戦いが長引けば長引くほど、消耗は避けられないものになる。かといって、この包囲網を
破ることも、そう簡単にはいきそうにない。どうすればいい――そんなヒューリーの苦悩などお構いなしに、吸血鬼は襲い来る。瞳を紅く輝
かせ、肥大した犬歯から涎を垂らしながら。
ヒューリーは群れの先頭の吸血鬼に狙いを定めた。その心臓に目掛けてナイフを投擲する。狙い過たず、白銀の閃光は心臓を貫いた。すか
さず距離を詰め、堅く握った拳で別の吸血鬼の頭を粉砕する。左腕に噛み付こうとしていた吸血鬼の腕をねじり上げ、ナイフを叩き込んだ。
その奥にいた吸血鬼の脇腹に蹴りを。右腕を切り裂かれ地を這い蹲っている吸血鬼の頭蓋をブーツの踵で踏み砕いた。
その程度の損傷では吸血鬼を滅ぼすことはできないが、今はそれでいい。まともに相手をする必要はない。いかにして敵だらけのこの村か
ら脱出するか。ヒューリーに科せられた使命はそれだけだった。だが、やはり数による戦力差は否めない。ヒューリーが吸血鬼を斃せば斃す
たび、どこからともなく吸血鬼達が群れ集まってくる。
「くそ……」
敵の数が多すぎた。白銀に光る刃金が振るわれ、吸血鬼が幾体か灰に還ったが、いっこうに減る気配はない。二人は、確実に追い詰められ
ていた。
そのとき――
突然、吸血鬼が動きを止めた。身体を小刻みに震わせている。今までの吸血への愉悦が嘘のように消え、"何か"を怖れている。そして、
「ふふふ、モントリヒトがこんなにたくさん集まってるなんて、わたし、感激しちゃう!」
その"何か"が、姿を見せた。はじめ、それはただの少女のように見えた。毛先がカールした美しいブロンド、良家のお嬢様が着るような、
そして動きやすさを重視して作られたドレス、純白の手袋。その何の変哲もなさそうな少女に、吸血鬼は――怯えていた。
ヒューリーには知るよしもなかったが、彼らの血に刻み込まれた<装甲戦闘死体>への恐怖が吸血鬼からあらゆる自由を奪っていたのだ。
「雑魚がうじゃうじゃして始末するのが大変だと思ってたけど、こんな風に一ヶ所に集まってて助かったわ。さあ、一網打尽にしてやる!」
そう言って、F08が手を掲げた。
それと同時に。
吸血鬼達に、刃が降り注いだ。
その刃金の豪雨は、さまざまな近接戦闘武器だった。無数のナイフが、剣が、槍が、吸血鬼を串刺しにしていた。中には心臓を貫かれ、灰
となって滅びるものさえいた。当然、その刃の雨はヒューリーとピーベリーにも襲い掛かって――
「ぐうっ!」
ヒューリーはピーベリーをかばうために、彼女を胸に掻き抱いた。鈍痛がヒューリーの全身を駆け巡る。彼の背中には、ナイフが数本突き
刺さっていた。
「くそっ……なんだ、あいつは……。ピーベリー、あいつも吸血鬼なのか?」
答えは無かった。刃の雨から守ったことに何の礼もないことは半ば予想したとおりだったが、それでも、彼女が返答に遅れるというのは、
異常だった。
「馬鹿な……」
ピーベリーは、目を見開いて、うめいていた。普段の冷静な彼女には似つかない、驚愕に囚われている表情だ。
「お前は、まさか……」
「あら? 今のを凌いだやつがいるのね。素敵! まだまだ楽しいダンスが踊れそうね!」
ひゅっ、という小さな音がヒューリーの耳に届いた。そしてヒューリーは喉元に投擲されたF08のナイフを、己のナイフで叩き落とした。
(こいつ……! 電極を狙ったのか? いや、こいつは俺を人造人間だと知らないはずだ。なら、手っ取り早く急所を狙っただけか。それに
しても、なんて速さだ。もう少し反応が遅れていれば、確実にやられていた。いったい、こいつはなんなんだ……?)
ヒューリーの思考は、荒々しい蹄の音でさえぎられた。突然、馬車が姿をあらわし、こちらに突進してくるではないか。真っ直ぐに超特急
の速さでヒューリーに迫る。体当たりを仕掛けるつもりだ。いや、それだけではない。馬車の両側から、クロスボウによく似た機械が出現し
た。おそらく、刃の雨を降らせたのは、この機械なのだろう。矢の代わりに台座に乗せられたスティレット(刺突短剣)が、ヒューリーに標準を定める。だが、所詮は点の攻撃ゆえ、軌道を読むのは容易い。ヒューリーは馬車の脇に身を滑らせ突撃をかわし、さらに加速が加えられた
スティレットも回避した。と、その眼前に――
「いただきッ!」
飛び掛ってくるF08の姿があった。馬車の突撃とスティレットは囮であり、F08の本命は馬車の影に隠れ、回避の隙をつくナイフの一
撃だったのだ。白銀が振るわれる。狙いはヒューリーの首だ。そこには、起動用の電極がある。それを破壊されれば、ヒューリーは機能を停
止する。
「くっ!」
火花が散り、二つのナイフが噛みあう。寸でのところで、ヒューリーはF08の一撃を凌いだ。しかし、次の一手には対応しきれなかっ
た。F08はくるりと身を翻し、ヒューリーの腕を足蹴にして、後方に飛び退った。そして、ヒューリーの右手に鈍痛が奔った。腕が真一文
字に切り裂かれている。いつの間に。
「ふふふ、トロいわね。もしかしなくても、あなた、造(う)まれたてでしょ?」
「なに?」
「わかるのよ、そのぎこちない動きで。あなたが、わたしと同じ人造人間だってことがね」
瞬間、ヒューリーの意識に空白が生まれた。
この女は今、なんと言った? 自分は人造人間と、そう言ったのではないか――?
そして、理性のかわりに、荒々しい激怒が、彼の裡から湧いて出て――その黒い激情に突き動かされるまま、ヒューリーはF08にナイフ
を振るった。
「きゃっ!」
突然の豹変に、さすがのF08も驚愕したらしい。幼い姿相応のかわいらしい悲鳴をあげて、ヒューリーのナイフを回避する。しかし、反
応が遅れかわしきれなかったのか、彼女の腕から血が噴き出た。F08の表情が一変する。
「て……テメェェェェェ!! よくもわたしの身体に傷をつけやがったなッ!」
「黙れ!」
「!?」
F08の激昂をさえぎって、ヒューリーは怒号を発した。その瞳には、ドス黒い憎悪の輝きが宿っていた。
「お前が何者なのか、どんな人生を送ってきたのか、そんなことはどうでもいい。人造人間であること、ただそれだけが、お前が殺される理
由だ。お前達は、呪われている。存在そのものが、許されないんだ。死体は、死体に過ぎない。死んだ人間は、死んでいなければならないん
だ。だから――」
その貌はまるで東洋に伝わる阿修羅のようで――
「人造人間は殺す! すべて殺す!」
「へ……上等だよ。寸刻みになますにしてやらァ!」
突然、吸血鬼が動きを止めた。身体を小刻みに震わせている。今までの吸血への愉悦が嘘のように消え、"何か"を怖れている。そして、
「ふふふ、モントリヒトがこんなにたくさん集まってるなんて、わたし、感激しちゃう!」
その"何か"が、姿を見せた。はじめ、それはただの少女のように見えた。毛先がカールした美しいブロンド、良家のお嬢様が着るような、
そして動きやすさを重視して作られたドレス、純白の手袋。その何の変哲もなさそうな少女に、吸血鬼は――怯えていた。
ヒューリーには知るよしもなかったが、彼らの血に刻み込まれた<装甲戦闘死体>への恐怖が吸血鬼からあらゆる自由を奪っていたのだ。
「雑魚がうじゃうじゃして始末するのが大変だと思ってたけど、こんな風に一ヶ所に集まってて助かったわ。さあ、一網打尽にしてやる!」
そう言って、F08が手を掲げた。
それと同時に。
吸血鬼達に、刃が降り注いだ。
その刃金の豪雨は、さまざまな近接戦闘武器だった。無数のナイフが、剣が、槍が、吸血鬼を串刺しにしていた。中には心臓を貫かれ、灰
となって滅びるものさえいた。当然、その刃の雨はヒューリーとピーベリーにも襲い掛かって――
「ぐうっ!」
ヒューリーはピーベリーをかばうために、彼女を胸に掻き抱いた。鈍痛がヒューリーの全身を駆け巡る。彼の背中には、ナイフが数本突き
刺さっていた。
「くそっ……なんだ、あいつは……。ピーベリー、あいつも吸血鬼なのか?」
答えは無かった。刃の雨から守ったことに何の礼もないことは半ば予想したとおりだったが、それでも、彼女が返答に遅れるというのは、
異常だった。
「馬鹿な……」
ピーベリーは、目を見開いて、うめいていた。普段の冷静な彼女には似つかない、驚愕に囚われている表情だ。
「お前は、まさか……」
「あら? 今のを凌いだやつがいるのね。素敵! まだまだ楽しいダンスが踊れそうね!」
ひゅっ、という小さな音がヒューリーの耳に届いた。そしてヒューリーは喉元に投擲されたF08のナイフを、己のナイフで叩き落とした。
(こいつ……! 電極を狙ったのか? いや、こいつは俺を人造人間だと知らないはずだ。なら、手っ取り早く急所を狙っただけか。それに
しても、なんて速さだ。もう少し反応が遅れていれば、確実にやられていた。いったい、こいつはなんなんだ……?)
ヒューリーの思考は、荒々しい蹄の音でさえぎられた。突然、馬車が姿をあらわし、こちらに突進してくるではないか。真っ直ぐに超特急
の速さでヒューリーに迫る。体当たりを仕掛けるつもりだ。いや、それだけではない。馬車の両側から、クロスボウによく似た機械が出現し
た。おそらく、刃の雨を降らせたのは、この機械なのだろう。矢の代わりに台座に乗せられたスティレット(刺突短剣)が、ヒューリーに標準を定める。だが、所詮は点の攻撃ゆえ、軌道を読むのは容易い。ヒューリーは馬車の脇に身を滑らせ突撃をかわし、さらに加速が加えられた
スティレットも回避した。と、その眼前に――
「いただきッ!」
飛び掛ってくるF08の姿があった。馬車の突撃とスティレットは囮であり、F08の本命は馬車の影に隠れ、回避の隙をつくナイフの一
撃だったのだ。白銀が振るわれる。狙いはヒューリーの首だ。そこには、起動用の電極がある。それを破壊されれば、ヒューリーは機能を停
止する。
「くっ!」
火花が散り、二つのナイフが噛みあう。寸でのところで、ヒューリーはF08の一撃を凌いだ。しかし、次の一手には対応しきれなかっ
た。F08はくるりと身を翻し、ヒューリーの腕を足蹴にして、後方に飛び退った。そして、ヒューリーの右手に鈍痛が奔った。腕が真一文
字に切り裂かれている。いつの間に。
「ふふふ、トロいわね。もしかしなくても、あなた、造(う)まれたてでしょ?」
「なに?」
「わかるのよ、そのぎこちない動きで。あなたが、わたしと同じ人造人間だってことがね」
瞬間、ヒューリーの意識に空白が生まれた。
この女は今、なんと言った? 自分は人造人間と、そう言ったのではないか――?
そして、理性のかわりに、荒々しい激怒が、彼の裡から湧いて出て――その黒い激情に突き動かされるまま、ヒューリーはF08にナイフ
を振るった。
「きゃっ!」
突然の豹変に、さすがのF08も驚愕したらしい。幼い姿相応のかわいらしい悲鳴をあげて、ヒューリーのナイフを回避する。しかし、反
応が遅れかわしきれなかったのか、彼女の腕から血が噴き出た。F08の表情が一変する。
「て……テメェェェェェ!! よくもわたしの身体に傷をつけやがったなッ!」
「黙れ!」
「!?」
F08の激昂をさえぎって、ヒューリーは怒号を発した。その瞳には、ドス黒い憎悪の輝きが宿っていた。
「お前が何者なのか、どんな人生を送ってきたのか、そんなことはどうでもいい。人造人間であること、ただそれだけが、お前が殺される理
由だ。お前達は、呪われている。存在そのものが、許されないんだ。死体は、死体に過ぎない。死んだ人間は、死んでいなければならないん
だ。だから――」
その貌はまるで東洋に伝わる阿修羅のようで――
「人造人間は殺す! すべて殺す!」
「へ……上等だよ。寸刻みになますにしてやらァ!」