いつも通りの、平和なレスボス島の夜―――そのはずだった。
異変は、兵装の闖入者達。神域を穢す、罪深き者達―――
「大変だわ…大変だわ大変だわ大変だわ!」
「お、落ち着きなさいよ!私だって怖いんだから…!」
「フィ、フィリス様、大丈夫かしら」
「ここは、お任せするしかないわよ…」
巫女達は物陰に隠れ、怯えて息を潜めていた。そして。
「―――あなた方、夜分遅くにいかなる御用です」
星女神の神殿・入り口前にて、フィリスは立ち並ぶ兵装の男たちに向けて毅然と言い放った。
「ここを星女神・アストラ様の神域と知っての狼藉ですか!無礼は赦しませぬ!」
「ほお…勇ましいことだ」
兵士達の中から、一人の男が歩み出る。猛毒を宿す蠍を思わせる、奇抜な髪型の男―――スコルピオス。
「まあそう怖い顔をしなさるな。美人が台無しですぞ?我々は何も、貴女達を取って喰おうというわけではない
―――まあ、返答次第でどうなるかは、分かりかねますが」
「一体…何をしようというのですか」
くくく、とスコルピオスは、嫌な笑いを浮かべた。
「簡単なことです―――星女神の巫女を、水神への生贄として、差し出していただきたい」
「なっ…!バカなことを!そんなことを星女神様が御赦しになるはずが…」
「それがどうした」
慇懃無礼な態度をかなぐり捨て、スコルピオスは鼻を鳴らした。
「痛い思いはしたくあるまい?つべこべ言わずに、さっさと巫女をよこせばいいのだ」
「…私も巫女の一人です。ならば…私が生贄となりましょう。それで、他の者達には…」
「ダメだな」
その言葉をスコルピオスは、冷徹に切り捨てる。
「巫女であれば、誰でもいいわけではない―――女神の声を聴くことができる、真の巫女だ。それとも、貴様が
そうだと言うのか?」
「…っそれは…」
フィリスが口ごもった瞬間、スコルピオスが剣を引き抜く。迫る切っ先に対し、身じろぎもできずにフィリスは
二の腕を切り裂かれ、低く呻いた。傷口を押さえるが、傷は思った以上に深く、掌が紅く濡れていく。
「次は、脚だ…どうする?」
「くっ…」
フィリスは気丈にスコルピオスを睨み付けるが、彼はそれを意に介さず、何でもないかのように、剣を振るう。
足の甲に剣先が突き立てられ、フィリスはたまらず地に倒れ付す。
「次はどこかな?また腕か?或いは顔がいいか?―――どちらも嫌なら、大人しく巫女を差し出すのだ」
「…あなたは…それでも、血が通った人間ですか…!?」
「くく…当たり前だ。人間だからこそだよ。人間だからこそ、このような非道を行えるというもの―――
さあ、巫女を出さぬのならば、この島の人間を手当たり次第に殺めるまで!手始めに―――貴様からだ!」
スコルピオスが三度、剣を振り下ろそうと構えた時。一人の女性が、物陰から飛び出してきた。
「やめて!」
「!?ミ、ミーシャ!何故…隠れていなさいと、言ったのに…」
フィリスが顔を悲痛に歪める。ミーシャもまた、辛そうに顔を伏せた。
「ごめんなさい、フィリス様…けれど、この人達の目的は私なのでしょう?」
「…………」
「私一人犠牲になれば、それで島の人達には手を出さない―――そうですね?」
「ふむ…貴様が、そうなのか。よかろう。貴様さえ手に入れば、島の連中など一々手にかける理由もない」
スコルピオスは、にやりと笑う。
「確かこの神殿は、中庭に大きな泉があったな?水神の生贄の儀式に誂えたようではないか…さあ、ついてこい、
星女神の巫女よ」
「…………」
ミーシャは抵抗しない。まるで、既に死んだような重い足取りで、スコルピオス達と共に神殿へと入っていった。
「ああ…ミーシャ!」
フィリスの慟哭が、レスボスの夜空に響き渡った―――
異変は、兵装の闖入者達。神域を穢す、罪深き者達―――
「大変だわ…大変だわ大変だわ大変だわ!」
「お、落ち着きなさいよ!私だって怖いんだから…!」
「フィ、フィリス様、大丈夫かしら」
「ここは、お任せするしかないわよ…」
巫女達は物陰に隠れ、怯えて息を潜めていた。そして。
「―――あなた方、夜分遅くにいかなる御用です」
星女神の神殿・入り口前にて、フィリスは立ち並ぶ兵装の男たちに向けて毅然と言い放った。
「ここを星女神・アストラ様の神域と知っての狼藉ですか!無礼は赦しませぬ!」
「ほお…勇ましいことだ」
兵士達の中から、一人の男が歩み出る。猛毒を宿す蠍を思わせる、奇抜な髪型の男―――スコルピオス。
「まあそう怖い顔をしなさるな。美人が台無しですぞ?我々は何も、貴女達を取って喰おうというわけではない
―――まあ、返答次第でどうなるかは、分かりかねますが」
「一体…何をしようというのですか」
くくく、とスコルピオスは、嫌な笑いを浮かべた。
「簡単なことです―――星女神の巫女を、水神への生贄として、差し出していただきたい」
「なっ…!バカなことを!そんなことを星女神様が御赦しになるはずが…」
「それがどうした」
慇懃無礼な態度をかなぐり捨て、スコルピオスは鼻を鳴らした。
「痛い思いはしたくあるまい?つべこべ言わずに、さっさと巫女をよこせばいいのだ」
「…私も巫女の一人です。ならば…私が生贄となりましょう。それで、他の者達には…」
「ダメだな」
その言葉をスコルピオスは、冷徹に切り捨てる。
「巫女であれば、誰でもいいわけではない―――女神の声を聴くことができる、真の巫女だ。それとも、貴様が
そうだと言うのか?」
「…っそれは…」
フィリスが口ごもった瞬間、スコルピオスが剣を引き抜く。迫る切っ先に対し、身じろぎもできずにフィリスは
二の腕を切り裂かれ、低く呻いた。傷口を押さえるが、傷は思った以上に深く、掌が紅く濡れていく。
「次は、脚だ…どうする?」
「くっ…」
フィリスは気丈にスコルピオスを睨み付けるが、彼はそれを意に介さず、何でもないかのように、剣を振るう。
足の甲に剣先が突き立てられ、フィリスはたまらず地に倒れ付す。
「次はどこかな?また腕か?或いは顔がいいか?―――どちらも嫌なら、大人しく巫女を差し出すのだ」
「…あなたは…それでも、血が通った人間ですか…!?」
「くく…当たり前だ。人間だからこそだよ。人間だからこそ、このような非道を行えるというもの―――
さあ、巫女を出さぬのならば、この島の人間を手当たり次第に殺めるまで!手始めに―――貴様からだ!」
スコルピオスが三度、剣を振り下ろそうと構えた時。一人の女性が、物陰から飛び出してきた。
「やめて!」
「!?ミ、ミーシャ!何故…隠れていなさいと、言ったのに…」
フィリスが顔を悲痛に歪める。ミーシャもまた、辛そうに顔を伏せた。
「ごめんなさい、フィリス様…けれど、この人達の目的は私なのでしょう?」
「…………」
「私一人犠牲になれば、それで島の人達には手を出さない―――そうですね?」
「ふむ…貴様が、そうなのか。よかろう。貴様さえ手に入れば、島の連中など一々手にかける理由もない」
スコルピオスは、にやりと笑う。
「確かこの神殿は、中庭に大きな泉があったな?水神の生贄の儀式に誂えたようではないか…さあ、ついてこい、
星女神の巫女よ」
「…………」
ミーシャは抵抗しない。まるで、既に死んだような重い足取りで、スコルピオス達と共に神殿へと入っていった。
「ああ…ミーシャ!」
フィリスの慟哭が、レスボスの夜空に響き渡った―――
その頃城之内は、ソフィアと二人、星女神の神殿に向けて夜道を歩いていた。
「ごめんなさいね、城之内くん。折角の休日に、私の用事に付き合わせてしまって」
「いやあ、オレなら構いませんよ。どうせ暇なんで」
城之内はそう言って笑った。暇なのは事実だし、時間を持て余してダラダラするくらいなら素敵なお姉様であられる
ソフィアにお付き合いする方が楽しそうだったし、事実、楽しかった。
詩人というだけあって、雑学・教養に長けた彼女は、知的レベルが著しく違う相手(誰とは言わない)とでも、実に
自然に会話を展開してのけるので、話していて退屈などしないのだ。
「しっかし、ソフィア先生ってやっぱスゴイ人なんすねー。道行く人という人みんなやたら丁寧に挨拶してくるわ、
買い物すればおまけをやけにたくさんくれるわ、子供達は寄ってくるわ。人徳つーか、人望ってやつっすかね」
「まあ、そんなことないわ。私がどうこうじゃなくて、皆が親切なだけよ」
ソフィアはそう言って、にこやかに笑った。
(うーむ。ゲームとかでよくある<ニコニコしてるけど、やたら権力ありそーな謎多き美人>ってのは、こういう人の
ことをいうのか…初めて会ったぜ)
秋子さんとか、そんな感じの。そんなことを考えながら、神殿はもうすぐそこだった。
「しかし…こんな遅くに、神殿になんの御用なんすか?」
「ふふ。城之内くん。女には訊いてはいけないことがあるのよ?」
くすくすと、ソフィアは軽くかわしてきた。そして、うっとりした顔で呟く。目が爛々と輝いていた。
「うふふ…待っててね、私を慕う、可愛い可愛い仔猫ちゃん達…今日も楽しい夜にしてあげますからね…」
―――城之内はポリポリと頭をかいた。
(…深入りはよそう。オトナの女には色々あるんだ、きっと。あ、そうだ。きっと神殿の皆に詩でも詠んであげるんだ。
そうだ、そうに違いねえ。そういうことにしとこう…)
「―――あら?何かしら…神殿の様子がおかしいわ」
「え…?」
城之内は目をみはった。神殿の入り口に、何やら巫女達が集まっていたのだ。二人は顔を見合わせると、足早に神殿
へと駆けていく。
「おい、みんな!一体何が…」
入り口に辿り着いた城之内は、血だらけで倒れているフィリスと、その周りに集まって必死に介抱している巫女達
を見て、愕然とした。
「フィ、フィリスさん!その怪我は!?どうしたってんですか、この騒ぎは…」
「…分から、ない…怪しい、男達が、やってきて…ミーシャを…生贄に…」
「―――!」
「私が、痛めつけられているのを見て…ミーシャは、自分から…ううっ…!」
ソフィアは血相を変え、城之内は呆然とした。まさか―――そんなことが―――
(今が…その時だってのかよ、チクショウ!)
城之内は歯を喰いしばる。フィリスの介抱をしている巫女に、怒鳴りつけるような勢いで訊ねる。
「おい、教えてくれ!ミーシャはどこに連れていかれたんだ!?」
「う…ヒック…ミーシャ、さんは…ヒック…神殿の、中庭、に…」
それを聞いた城之内は、すぐさまディスクにカードをセットする。そして顕現する、紅き瞳の黒き竜。
「―――城之内くん」
ソフィアが、厳しい表情で城之内を見つめる。城之内は振り向くことなく答えた。
「オレ、行きます。止めないでください」
強い決意を秘めたその横顔に対し、ソフィアはただ、一言だけ。
「あの子を、助けてあげて」
城之内は力強く親指を立てて、レッドアイズの背に飛び乗る。
「レッドアイズ!頼むぜ!」
黒竜は雄叫びをあげながら翼を広げ、夜空へと舞い上がっていった―――
長き夜が、今、始まる。
「ごめんなさいね、城之内くん。折角の休日に、私の用事に付き合わせてしまって」
「いやあ、オレなら構いませんよ。どうせ暇なんで」
城之内はそう言って笑った。暇なのは事実だし、時間を持て余してダラダラするくらいなら素敵なお姉様であられる
ソフィアにお付き合いする方が楽しそうだったし、事実、楽しかった。
詩人というだけあって、雑学・教養に長けた彼女は、知的レベルが著しく違う相手(誰とは言わない)とでも、実に
自然に会話を展開してのけるので、話していて退屈などしないのだ。
「しっかし、ソフィア先生ってやっぱスゴイ人なんすねー。道行く人という人みんなやたら丁寧に挨拶してくるわ、
買い物すればおまけをやけにたくさんくれるわ、子供達は寄ってくるわ。人徳つーか、人望ってやつっすかね」
「まあ、そんなことないわ。私がどうこうじゃなくて、皆が親切なだけよ」
ソフィアはそう言って、にこやかに笑った。
(うーむ。ゲームとかでよくある<ニコニコしてるけど、やたら権力ありそーな謎多き美人>ってのは、こういう人の
ことをいうのか…初めて会ったぜ)
秋子さんとか、そんな感じの。そんなことを考えながら、神殿はもうすぐそこだった。
「しかし…こんな遅くに、神殿になんの御用なんすか?」
「ふふ。城之内くん。女には訊いてはいけないことがあるのよ?」
くすくすと、ソフィアは軽くかわしてきた。そして、うっとりした顔で呟く。目が爛々と輝いていた。
「うふふ…待っててね、私を慕う、可愛い可愛い仔猫ちゃん達…今日も楽しい夜にしてあげますからね…」
―――城之内はポリポリと頭をかいた。
(…深入りはよそう。オトナの女には色々あるんだ、きっと。あ、そうだ。きっと神殿の皆に詩でも詠んであげるんだ。
そうだ、そうに違いねえ。そういうことにしとこう…)
「―――あら?何かしら…神殿の様子がおかしいわ」
「え…?」
城之内は目をみはった。神殿の入り口に、何やら巫女達が集まっていたのだ。二人は顔を見合わせると、足早に神殿
へと駆けていく。
「おい、みんな!一体何が…」
入り口に辿り着いた城之内は、血だらけで倒れているフィリスと、その周りに集まって必死に介抱している巫女達
を見て、愕然とした。
「フィ、フィリスさん!その怪我は!?どうしたってんですか、この騒ぎは…」
「…分から、ない…怪しい、男達が、やってきて…ミーシャを…生贄に…」
「―――!」
「私が、痛めつけられているのを見て…ミーシャは、自分から…ううっ…!」
ソフィアは血相を変え、城之内は呆然とした。まさか―――そんなことが―――
(今が…その時だってのかよ、チクショウ!)
城之内は歯を喰いしばる。フィリスの介抱をしている巫女に、怒鳴りつけるような勢いで訊ねる。
「おい、教えてくれ!ミーシャはどこに連れていかれたんだ!?」
「う…ヒック…ミーシャ、さんは…ヒック…神殿の、中庭、に…」
それを聞いた城之内は、すぐさまディスクにカードをセットする。そして顕現する、紅き瞳の黒き竜。
「―――城之内くん」
ソフィアが、厳しい表情で城之内を見つめる。城之内は振り向くことなく答えた。
「オレ、行きます。止めないでください」
強い決意を秘めたその横顔に対し、ソフィアはただ、一言だけ。
「あの子を、助けてあげて」
城之内は力強く親指を立てて、レッドアイズの背に飛び乗る。
「レッドアイズ!頼むぜ!」
黒竜は雄叫びをあげながら翼を広げ、夜空へと舞い上がっていった―――
長き夜が、今、始まる。