レスボス島の中心に位置する、星女神の神殿。
「城之内さ~ん!これ、あっちに運んでくださーい!」
「おう、任せとけ!」
「すいませ~ん、ここの掃除もお願いできますか?」
「おう、これ運んだらやっとくぜ!」
―――城之内はここで、雑用をして働いていた。当面、遊戯と合流するのが第一の目的(海馬はいらねえ!)だが、
手がかりもなく探し回るにしてはギリシャは広いし、先立つモノもない。
「それじゃあ、こうしたらどうかしら?」
そんな迷子の城之内くんに、助け舟を出してくれたのが犬のお巡りさん…でなくて、ソフィアだった。
「星女神の神殿には各地から巡礼者がやってくるわ。その中に、あなたの友人を見たという人がいるかもしれない
でしょう?或いは、本人が訪ねてくるかもしれない。だから、しばらくここで働いたらどうかしら」
というわけで、ソフィアの紹介により、城之内は星女神の神殿の雑用係として住み込みで働くこととなった。男手
が少なく、城之内はこう見えて働き者なので重宝がられ、今ではすっかり神殿の皆と打ち解けていた。
「あら、城之内。精が出るわね」
柱の汚れを落とすために奮闘する城之内に声をかけてきたのは、ミーシャだった。彼女もこの神殿の巫女として、
星女神に仕える身である。
「お、ミーシャか。なーに、半端な仕事したら、紹介してくれたソフィア先生にあわす顔がねーからな」
城之内はへへ、と笑った。あらそう、とミーシャも笑い、手にした籠をドン、と地面に置く。
「それじゃあ、お掃除が終わったら、お洗濯もお願いね」
「…………おーけー」
「ありがとう。それじゃ、また後でね!」
ミーシャはパタパタと去っていった。
「あの女、侮れねえ…しかしオレ、実は奴隷扱いされてんじゃねえの?」
城之内は嘆息したのだった。
「城之内さ~ん!これ、あっちに運んでくださーい!」
「おう、任せとけ!」
「すいませ~ん、ここの掃除もお願いできますか?」
「おう、これ運んだらやっとくぜ!」
―――城之内はここで、雑用をして働いていた。当面、遊戯と合流するのが第一の目的(海馬はいらねえ!)だが、
手がかりもなく探し回るにしてはギリシャは広いし、先立つモノもない。
「それじゃあ、こうしたらどうかしら?」
そんな迷子の城之内くんに、助け舟を出してくれたのが犬のお巡りさん…でなくて、ソフィアだった。
「星女神の神殿には各地から巡礼者がやってくるわ。その中に、あなたの友人を見たという人がいるかもしれない
でしょう?或いは、本人が訪ねてくるかもしれない。だから、しばらくここで働いたらどうかしら」
というわけで、ソフィアの紹介により、城之内は星女神の神殿の雑用係として住み込みで働くこととなった。男手
が少なく、城之内はこう見えて働き者なので重宝がられ、今ではすっかり神殿の皆と打ち解けていた。
「あら、城之内。精が出るわね」
柱の汚れを落とすために奮闘する城之内に声をかけてきたのは、ミーシャだった。彼女もこの神殿の巫女として、
星女神に仕える身である。
「お、ミーシャか。なーに、半端な仕事したら、紹介してくれたソフィア先生にあわす顔がねーからな」
城之内はへへ、と笑った。あらそう、とミーシャも笑い、手にした籠をドン、と地面に置く。
「それじゃあ、お掃除が終わったら、お洗濯もお願いね」
「…………おーけー」
「ありがとう。それじゃ、また後でね!」
ミーシャはパタパタと去っていった。
「あの女、侮れねえ…しかしオレ、実は奴隷扱いされてんじゃねえの?」
城之内は嘆息したのだった。
―――そして。一通りの仕事を終えて、城之内は神殿の中庭に出た。
清らかな水で満たされた、大きな泉。木々が風に揺れて、さわさわと心地よくざわめく。
「うむ…穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が遺されていたのだな…」
何となく全てを超越したというか中学二年生のようなセリフをほざいてみたが、ちょっぴり恥ずかしくなったので
咳払いする。誰も聞いてませんように。気を取り直してデュエルディスクにカードをセットする。
「来い!レッドアイズ!」
ゴォォォォ!と唸りをあげて、真紅の眼を持つ黒竜が舞い降りた。ペタペタとその硬質の身体を撫でて、うんうん
と頷いてみせる。
「ん~~~…最初はびっくらこいたけど、なんか感激だぜ!」
グォー、とレッドアイズも相槌を打つかのように鳴いた。
「ははは、そうかそうか!お前も嬉しいか、レッドアイズ!」
「―――楽しそうね、城之内くん」
涼しげな声と、くすくすと朗らかな笑い。目をやると、そこにいたのは穏やかな雰囲気の、金髪の美女だった。
「あ、フィリスさん!こんちわっす!」
「ふふ、こんにちは」
この神殿の中でも年長の巫女―――フィリスは柔らかな笑みで応える。城之内はそれを見ながら、思った。
(…どうでもいいけど、この島には美人しかいねーのか?)
もしそうなら、この世の楽園とはここ、レスボス島じゃないのだろうか。それはともかく。
「もしかして、さっきからここに?」
「ええ。<穢れた人間界>の辺りからバッチリ」
「…そうすか」
しっかり聞かれていた。城之内は頭をかきながら泉のほとりに座り込む。フィリスもそれに倣い、隣に座る。
「ご一緒していい?」
「ええ、モチロン…あ、そうだ。ちょっと訊きたいことがあったんです」
「何かしら?」
「ええ。ミーシャのことなんすけど」
「あらあら、ミーシャが気になるの?おませさんね」
「なっ…!ち、違いますよ!助けてもらったけど、オレ、あの人のこと、よく知らねーなって思っただけで…」
城之内は手を振って否定する。なんだって女はすぐさま、こういう話にしたがるのか。
一応断わっておくが、城之内がミーシャを女性として意識しているというわけではない。ただ彼は、どうしても
引っかかっていたのだ。エレフセイア―――あの神話が。
「それに厳密にはミーシャのことっつーか、星女神の巫女のことっすよ。どういうその、アレなんです?具体的
に、何をどうするってのが、イマイチ分かんねーというか…」
それを聞いて、フィリスは眉を顰めた。やがて、ゆっくり口を開く。
「…あの子は、特別よ」
「特別…?」
「あなたは巫女と聞くと、どんなイメージ?」
「うーん…神様にお祈りしたり、神様と交信したりつーか、そんな感じっすかね…」
「そう…それよ」
城之内の答えに、フィリスは頷いた。
「御祈りはともかく交信になると、巫女といっても本当にそんなことができるのはほんの一握り―――ミーシャ
はね…その、一握りなの」
「はあ…?」
「あの子には、星女神様の声を聴き伝えることができる力があるのよ」
「女神の声って…そんなことが、本当にできるんすか!?」
城之内は驚き、訊き返した。どちらかというと苦手な分野の話だが、興味の方が勝った。
「勿論、いつでもできるわけじゃないわ。何というか、そう、星女神様の気分が乗った時だけね」
「気分が乗ったって…そんなもんすか」
割といい加減な女神様だ。ギリシャの神様って、それで務まるんだろうか。
「けど、フィリスさん。オレはそんなもん関係ねーって思いますけどね」
城之内は、言った。
「あの人、どこにでもいそうな、普通の人っすよ。いや、貶してるんじゃなくて、いい意味でね」
「…そうね。その通りだわ」
フィリスは城之内の答えに、どこか満足げに笑った。
「あなたの言う通りよ。ミーシャは特別な力を持ってる―――でも、彼女自身はそうじゃないわ。ごく平凡な、
どこにでもいる、傷つきもすれば泣きもする、普通の女性なの」
フィリスは、城之内の目を見つめる。もしもやましい気持ちがあれば、すぐにでも目を逸らしてしまいそうな、
強い色をした瞳だった。
「だから、ミーシャを傷つけたりするようなことは、しないでね」
「分かってますよ、そんなん」
城之内は臆することなく、まっすぐにフィリスの目を見返した。
「オレは、友達を傷つけも裏切りもしねえ―――ミーシャのことだって、友達だと思ってる」
「…そう」
フィリスは、笑った。いい笑顔だな、と城之内は思った。
「仲良くしてあげてね、ミーシャと…あら」
噂をすれば、というべきか。神殿の方から、ミーシャが手を振りながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「じゃあ、私はこれで。城之内くん、あとはゆっくりしていってね」
「はあ。お疲れ様っす」
フィリスはすれ違いざまにミーシャと軽く挨拶しながら神殿に消えていく。
「ふふ、こんにちは、レッドアイズ。今日もカッコいいわね」
ギャオ、と一声、レッドアイズも挨拶を返す。そしてフィリスと入れ替わるようにして、ミーシャが城之内の隣に
座り込んだ。
「さっきはごめんね、洗濯押しつけちゃって」
「なーに、いいってことよ。あ…そうだ、ミーシャ。一つ、訊いていいか?」
「何かしら?スリーサイズは教えないわよ」
冗談っぽく、ミーシャは笑う。
(…最初は寂しそうな感じだなって思ったけど、意外に強かだぜ、この女…)
そんなんじゃねーよ、と城之内は首を振った。
「あのさ…訊きにくいことかもしんねーけど…あんたもしかして、生き別れの兄貴とかいるんじゃないか?」
その瞬間、ミーシャの顔色が変わった。目を見開き、思わずたじろぐような視線で城之内を凝視してくる。
「…なんで、それを?誰かから聞いたの?」
「あ、いやあ…なんつーか寂しそうっつーか、そんな感じだったから、もしかしたらそうなんじゃないかなー、っと
思っただけで、なはは…」
流石に<いやあ、実はオレは未来から来まして。そこであなた方の話が神話になってるんですよ、はっはっは>
などと言えず、ごまかし笑いをする城之内を尻目に、ミーシャは言った。
「…いるわ。エレフ…双子の兄が。もう何年も会ってないけれど」
それを聞いた時、城之内は自分の心臓がドクン、と跳ね上がるのを感じた。
(エレフ…!間違いねえ…やっぱりこの人が、あの神話のミーシャなのか…)
城之内は内心の動揺を隠しつつ、会話を続ける。
「すまねえ…悪いこと、訊いちまったな」
「…気にしないで」
ミーシャはそう言ったが、二人の間には何ともいえない空気が漂ってしまった。それを嫌うように、ミーシャが
ゆっくりと口を開いた。
「エレフはね…すっごい泣き虫だったわ。私の方は逆にお転婆でね。けど―――私は、エレフが大好きだった」
「…そっか。会いたい…よな、やっぱり」
「ええ…でも、どこにいるのかしらね。オリオンも兄を見つけたら、すぐに連れてくるとは言ってくれるけど、未だ
に兄の噂さえ聞かないわ」
「…オリオン?なんか、どっかで聞いたような名前だけど…誰だっけ?」
「あ、ごめんなさい。まだ話してなかったわね―――星女神・アストラ様の加護と寵愛を受けた勇者、弓の名手
オリオン…なんて持ち上げられてるけど、実体はただのおバカさんよ」
いい人なんだけどね、とミーシャは笑った。言い方は酷いが、嫌っているわけでもないようだ。むしろ、親しさ
故の軽口という印象を受けた。
「ふーん。オレも会ってみたいな、そいつ」
「やめた方がいいわよ。余計にバカになっちゃうわ」
「ははは、そりゃ酷い…つーかテメエ、オレのことバカだと思ってたのか!?」
「うん」
「あっさり頷いたー!?」
と、こんな感じで実に友好的な会話がしばし続き、ネタも尽きた頃。
「…オレにもさ、妹がいるんだ。今は訳あって、離れて暮らしてるけどよ」
やがて城之内は、ポツリと言った。
「だから、かな。失礼かもしれねえけど、あんた見てると静香のこと―――妹の名前な、これ―――考えちまう
んだ。あんたと、その、生き別れになったエレフって奴が…まるで、自分たちのことみてーに思っちまう」
ミーシャは何も言わない。ただ静かに、城之内の話を聞いていた。
「もしも、オレが同じ立場なら―――妹を探すよ。どんなに苦労をしてでも、どんなに遠い道のりでも―――
妹を、探す。きっとあんたの兄貴も同じさ」
城之内は、力強く語り続ける。
「また、会えるよ。絶対に、あんたと、あんたの兄貴はまた会える」
「…優しいのね、キミ」
ミーシャは、かすかに微笑んだ。城之内も、快活に笑う。
「だからあんま暗くなんなよ。それにあんた、そんだけキレーなんだ。好きな男だって一人や二人はいるんじゃ
ないのか?」
「え…そ、そんなのいないわよ」
顔を赤くしてそっぽを向くミーシャ。何となく思い当たる節があったので、試しに訊いてみた。
「もしかして―――その、オリオンって奴のことか?」
ぶーっと、ミーシャは思いっきり吹き出した。
「そそ、そうじゃないわよ!あ、あ、あんな女の子とみれば声かけまくってる人なんて、ぜ、全然そんなんじゃ
ないわ!口は悪いし性格軽すぎるし下品だし、それに…」
ブンブン腕を振りながら必死に否定するが、やればやるほどドツボにはまっている。
(…図星か)
城之内は心の中で大爆笑した。余りにも予想を越える、いい反応だった。込み上がる笑いが抑えきれない。
「ぷ、く、ははは…あーはっはっはっは!分かった、分かったって。別に誰にも言いふらしたりしねーから安心
しなよ。オレはこう見えて口はかてーからな!だはははは!」
「な、なに勘違いしてるの!?だから、私はその、そんなんじゃないって、何度も言ってるじゃない!」
ついには城之内の頭を本気でどつきまわし始めた。城之内は慌ててそれをガードしながら、思った。
(悲しんで笑って怒って、兄貴の心配して、人並みに恋もして―――星女神の巫女だなんて言ったって、どこに
だっていそうな、普通の女の人じゃねえかよ…)
城之内の脳裏に蘇るのは、あの神話。星女神の巫女・ミーシャは神への生贄となった―――
(そんなこと、させねえ…この人を、死なせたりしねえ)
城之内は、拳を握り締めて、強く誓った。
(この人を―――生贄になんざ、させるかよ…!)
清らかな水で満たされた、大きな泉。木々が風に揺れて、さわさわと心地よくざわめく。
「うむ…穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が遺されていたのだな…」
何となく全てを超越したというか中学二年生のようなセリフをほざいてみたが、ちょっぴり恥ずかしくなったので
咳払いする。誰も聞いてませんように。気を取り直してデュエルディスクにカードをセットする。
「来い!レッドアイズ!」
ゴォォォォ!と唸りをあげて、真紅の眼を持つ黒竜が舞い降りた。ペタペタとその硬質の身体を撫でて、うんうん
と頷いてみせる。
「ん~~~…最初はびっくらこいたけど、なんか感激だぜ!」
グォー、とレッドアイズも相槌を打つかのように鳴いた。
「ははは、そうかそうか!お前も嬉しいか、レッドアイズ!」
「―――楽しそうね、城之内くん」
涼しげな声と、くすくすと朗らかな笑い。目をやると、そこにいたのは穏やかな雰囲気の、金髪の美女だった。
「あ、フィリスさん!こんちわっす!」
「ふふ、こんにちは」
この神殿の中でも年長の巫女―――フィリスは柔らかな笑みで応える。城之内はそれを見ながら、思った。
(…どうでもいいけど、この島には美人しかいねーのか?)
もしそうなら、この世の楽園とはここ、レスボス島じゃないのだろうか。それはともかく。
「もしかして、さっきからここに?」
「ええ。<穢れた人間界>の辺りからバッチリ」
「…そうすか」
しっかり聞かれていた。城之内は頭をかきながら泉のほとりに座り込む。フィリスもそれに倣い、隣に座る。
「ご一緒していい?」
「ええ、モチロン…あ、そうだ。ちょっと訊きたいことがあったんです」
「何かしら?」
「ええ。ミーシャのことなんすけど」
「あらあら、ミーシャが気になるの?おませさんね」
「なっ…!ち、違いますよ!助けてもらったけど、オレ、あの人のこと、よく知らねーなって思っただけで…」
城之内は手を振って否定する。なんだって女はすぐさま、こういう話にしたがるのか。
一応断わっておくが、城之内がミーシャを女性として意識しているというわけではない。ただ彼は、どうしても
引っかかっていたのだ。エレフセイア―――あの神話が。
「それに厳密にはミーシャのことっつーか、星女神の巫女のことっすよ。どういうその、アレなんです?具体的
に、何をどうするってのが、イマイチ分かんねーというか…」
それを聞いて、フィリスは眉を顰めた。やがて、ゆっくり口を開く。
「…あの子は、特別よ」
「特別…?」
「あなたは巫女と聞くと、どんなイメージ?」
「うーん…神様にお祈りしたり、神様と交信したりつーか、そんな感じっすかね…」
「そう…それよ」
城之内の答えに、フィリスは頷いた。
「御祈りはともかく交信になると、巫女といっても本当にそんなことができるのはほんの一握り―――ミーシャ
はね…その、一握りなの」
「はあ…?」
「あの子には、星女神様の声を聴き伝えることができる力があるのよ」
「女神の声って…そんなことが、本当にできるんすか!?」
城之内は驚き、訊き返した。どちらかというと苦手な分野の話だが、興味の方が勝った。
「勿論、いつでもできるわけじゃないわ。何というか、そう、星女神様の気分が乗った時だけね」
「気分が乗ったって…そんなもんすか」
割といい加減な女神様だ。ギリシャの神様って、それで務まるんだろうか。
「けど、フィリスさん。オレはそんなもん関係ねーって思いますけどね」
城之内は、言った。
「あの人、どこにでもいそうな、普通の人っすよ。いや、貶してるんじゃなくて、いい意味でね」
「…そうね。その通りだわ」
フィリスは城之内の答えに、どこか満足げに笑った。
「あなたの言う通りよ。ミーシャは特別な力を持ってる―――でも、彼女自身はそうじゃないわ。ごく平凡な、
どこにでもいる、傷つきもすれば泣きもする、普通の女性なの」
フィリスは、城之内の目を見つめる。もしもやましい気持ちがあれば、すぐにでも目を逸らしてしまいそうな、
強い色をした瞳だった。
「だから、ミーシャを傷つけたりするようなことは、しないでね」
「分かってますよ、そんなん」
城之内は臆することなく、まっすぐにフィリスの目を見返した。
「オレは、友達を傷つけも裏切りもしねえ―――ミーシャのことだって、友達だと思ってる」
「…そう」
フィリスは、笑った。いい笑顔だな、と城之内は思った。
「仲良くしてあげてね、ミーシャと…あら」
噂をすれば、というべきか。神殿の方から、ミーシャが手を振りながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「じゃあ、私はこれで。城之内くん、あとはゆっくりしていってね」
「はあ。お疲れ様っす」
フィリスはすれ違いざまにミーシャと軽く挨拶しながら神殿に消えていく。
「ふふ、こんにちは、レッドアイズ。今日もカッコいいわね」
ギャオ、と一声、レッドアイズも挨拶を返す。そしてフィリスと入れ替わるようにして、ミーシャが城之内の隣に
座り込んだ。
「さっきはごめんね、洗濯押しつけちゃって」
「なーに、いいってことよ。あ…そうだ、ミーシャ。一つ、訊いていいか?」
「何かしら?スリーサイズは教えないわよ」
冗談っぽく、ミーシャは笑う。
(…最初は寂しそうな感じだなって思ったけど、意外に強かだぜ、この女…)
そんなんじゃねーよ、と城之内は首を振った。
「あのさ…訊きにくいことかもしんねーけど…あんたもしかして、生き別れの兄貴とかいるんじゃないか?」
その瞬間、ミーシャの顔色が変わった。目を見開き、思わずたじろぐような視線で城之内を凝視してくる。
「…なんで、それを?誰かから聞いたの?」
「あ、いやあ…なんつーか寂しそうっつーか、そんな感じだったから、もしかしたらそうなんじゃないかなー、っと
思っただけで、なはは…」
流石に<いやあ、実はオレは未来から来まして。そこであなた方の話が神話になってるんですよ、はっはっは>
などと言えず、ごまかし笑いをする城之内を尻目に、ミーシャは言った。
「…いるわ。エレフ…双子の兄が。もう何年も会ってないけれど」
それを聞いた時、城之内は自分の心臓がドクン、と跳ね上がるのを感じた。
(エレフ…!間違いねえ…やっぱりこの人が、あの神話のミーシャなのか…)
城之内は内心の動揺を隠しつつ、会話を続ける。
「すまねえ…悪いこと、訊いちまったな」
「…気にしないで」
ミーシャはそう言ったが、二人の間には何ともいえない空気が漂ってしまった。それを嫌うように、ミーシャが
ゆっくりと口を開いた。
「エレフはね…すっごい泣き虫だったわ。私の方は逆にお転婆でね。けど―――私は、エレフが大好きだった」
「…そっか。会いたい…よな、やっぱり」
「ええ…でも、どこにいるのかしらね。オリオンも兄を見つけたら、すぐに連れてくるとは言ってくれるけど、未だ
に兄の噂さえ聞かないわ」
「…オリオン?なんか、どっかで聞いたような名前だけど…誰だっけ?」
「あ、ごめんなさい。まだ話してなかったわね―――星女神・アストラ様の加護と寵愛を受けた勇者、弓の名手
オリオン…なんて持ち上げられてるけど、実体はただのおバカさんよ」
いい人なんだけどね、とミーシャは笑った。言い方は酷いが、嫌っているわけでもないようだ。むしろ、親しさ
故の軽口という印象を受けた。
「ふーん。オレも会ってみたいな、そいつ」
「やめた方がいいわよ。余計にバカになっちゃうわ」
「ははは、そりゃ酷い…つーかテメエ、オレのことバカだと思ってたのか!?」
「うん」
「あっさり頷いたー!?」
と、こんな感じで実に友好的な会話がしばし続き、ネタも尽きた頃。
「…オレにもさ、妹がいるんだ。今は訳あって、離れて暮らしてるけどよ」
やがて城之内は、ポツリと言った。
「だから、かな。失礼かもしれねえけど、あんた見てると静香のこと―――妹の名前な、これ―――考えちまう
んだ。あんたと、その、生き別れになったエレフって奴が…まるで、自分たちのことみてーに思っちまう」
ミーシャは何も言わない。ただ静かに、城之内の話を聞いていた。
「もしも、オレが同じ立場なら―――妹を探すよ。どんなに苦労をしてでも、どんなに遠い道のりでも―――
妹を、探す。きっとあんたの兄貴も同じさ」
城之内は、力強く語り続ける。
「また、会えるよ。絶対に、あんたと、あんたの兄貴はまた会える」
「…優しいのね、キミ」
ミーシャは、かすかに微笑んだ。城之内も、快活に笑う。
「だからあんま暗くなんなよ。それにあんた、そんだけキレーなんだ。好きな男だって一人や二人はいるんじゃ
ないのか?」
「え…そ、そんなのいないわよ」
顔を赤くしてそっぽを向くミーシャ。何となく思い当たる節があったので、試しに訊いてみた。
「もしかして―――その、オリオンって奴のことか?」
ぶーっと、ミーシャは思いっきり吹き出した。
「そそ、そうじゃないわよ!あ、あ、あんな女の子とみれば声かけまくってる人なんて、ぜ、全然そんなんじゃ
ないわ!口は悪いし性格軽すぎるし下品だし、それに…」
ブンブン腕を振りながら必死に否定するが、やればやるほどドツボにはまっている。
(…図星か)
城之内は心の中で大爆笑した。余りにも予想を越える、いい反応だった。込み上がる笑いが抑えきれない。
「ぷ、く、ははは…あーはっはっはっは!分かった、分かったって。別に誰にも言いふらしたりしねーから安心
しなよ。オレはこう見えて口はかてーからな!だはははは!」
「な、なに勘違いしてるの!?だから、私はその、そんなんじゃないって、何度も言ってるじゃない!」
ついには城之内の頭を本気でどつきまわし始めた。城之内は慌ててそれをガードしながら、思った。
(悲しんで笑って怒って、兄貴の心配して、人並みに恋もして―――星女神の巫女だなんて言ったって、どこに
だっていそうな、普通の女の人じゃねえかよ…)
城之内の脳裏に蘇るのは、あの神話。星女神の巫女・ミーシャは神への生贄となった―――
(そんなこと、させねえ…この人を、死なせたりしねえ)
城之内は、拳を握り締めて、強く誓った。
(この人を―――生贄になんざ、させるかよ…!)