第二十九話「僕らはきっと総理大臣の孫だって殴り飛ばせる」
「お、お前は……ッ!」
予想外の乱入者に、銀時は思わず息を呑んだ。
忍者装束を身に纏った、闇に溶け込む出で立ち。間違いない。あの男だ。
かつて、ジャンプを争い拳を合わせ、講談屋の一件では色々と騒動も起こしてしまったあの男……。
そう、あの男だ。いけ好かない男で影の薄い男でたしか痔持ちの男でたしかたしかたしか。
「えーと…………誰だっけおたく?」
「ええええええェェェェェェ!!? ちょ、この雰囲気でそりゃあねぇだろ!?」
「バッカ、俺だって空気は読めるよ? ただあれだ、ちょっとばかし名前をド忘れしちまっただけだよ。ごめんな鈴木くん」
「鈴木くんちげェー! 全蔵! 服部全蔵だバカヤロォォォ!!」
銀時は、決してボケているわけではない。
誰にだって、親しい友人の名前をド忘れしてしまうことはある。
それが本人の人生にとって比較的どうでもいい人物なら、なおさらだ。
「ったく……まぁいい。お楽しみのところ悪いが、俺ぁこの鴉ヤローに借りがあってね。この喧嘩、俺に譲ってもらうぜ」
全蔵はクナイを構え、鴉男の正面に向き直る。
先日のジャンプ発売日、鴉男は、卑怯にもジャンプを人質に全蔵をブービートラップ(単なる落とし穴)に嵌めるという下劣な行為を行った。
今回は、その時の報復にやって来たのである。元お庭番衆としてのプライド、軽く見られたままでは終われない。
「おいおい、お前あのヤローがどんな奴か知ってて喧嘩ふっかけてんのか?」
「宇宙海賊――の一味かも知れないってんだろ? おもしれぇじゃねーか。暴れがいがあるってもんよ」
全蔵の不敵な笑みは、ただのジャンプ好きな大人の笑みではない。
元お庭番衆随一の使い手――この国でもトップクラスの実力を持つ、最高峰の忍としての覚悟と余裕の表れだった。
「元お庭番衆の情報網、甘く見てもらっちゃあ困るぜ。コイツが宇宙海賊と繋がってるかもしれねぇってことはもちろん、ここ最近の奇怪な動向についても調査済みよぉ」
「奇怪な動向? なんだそりゃ」
フフフと微笑む全蔵を嫌味たらしく思いながらも、銀時が尋ねた。
「こいつぁここ最近、夜な夜な名うての使い手ばかりを襲いまくってるのさ。時には任務遂行中の忍を、時には凄腕の侍を。
江戸中の実力者を闇討ちしては去っていく。それで付いたあだ名が、鴉男。同業者連中の間じゃ既に噂になっててな。驚いたぜ」
暴かれた鴉男の奇行に、警戒心を強める銀時。
先程の身のこなしからしても只者ではないと思っていたが、とんだ変人がいたものだ。
「しかしこの俺でも分からなかったことが一つある。襲われた連中だが、そのどれもが名のある使い手ってだけで、関連性がまったくねぇ。
宇宙海賊としての犯行だとするんなら、なにかしら目的があるはずだが、この一連の襲撃からは、その目的がまったく見えねぇんだよ」
質問するような全蔵の言葉に、鴉男は飄々とした態度で返す。
「僕の目的ですか? そんなの単純ですよ。なんなら教えてあげましょう――」
正体を暴かれ、ヤケになっているわけではない。
知られようが知られまいが支障はない。そう言わんばかりに、鴉男は極自然に軽口を開く。
「――強い人と戦いたい。ただ、それだけです」
ポロッ、と零すように口にした発言は、銀時と全蔵をキョトンとさせるには十分のものだった。
「この江戸という街には、相当な数のツワモノがいるようですから。さすがは、元侍の国といったところですね。
もちろん、あなた方の武勇伝も調べ済みですよ。元お庭番衆随一の使い手と呼ばれた服部全蔵さん。
攘夷戦争の折、敵はおろか味方からも『白夜叉』として恐れられた坂田銀時さん。
他にも、銀時さんと同じく攘夷戦争で活躍したという桂小太郎さん、高杉晋助さん。
白フン一丁で天人の戦艦を落としたという鬼神、西郷特盛さん。
将軍家剣術指南役である柳生家当主、柳生敏木斎さん。そしてその孫、柳生九兵衛さん。
いずれも後に取っておいたお楽しみばかり……あなた方を始末したら、次は桂さんのところにでも出向きましょうかね」
その長台詞が、癪に障った。
身勝手でくだらない目的についてもそうだが、敵を目の前にして、もう次の対戦相手を考えているという点もムカツク。
「……手前みてーな単なる喧嘩好きは嫌いじゃねーけどよ」
顔を若干伏せながら、銀時が鴉男へと静かに歩み寄る。
「やるなら、人様に迷惑が掛からない程度にやれや。何の罪もねぇジャンプ編集者を手にかけるなんざ、もってのほかだ」
その歩みには、確かな怒りが込められているような気がした。
何人もの天人を切り捨て、鬼神の如き働きを見せたという侍――『白夜叉』坂田銀時。
人の道を踏み外した外道を前に、ゆっくりと、その牙を曝け出そうとしていた。
「どうやら、俺の調べた以上に下衆なヤローみたいだな」
歩み寄る銀時の横に、全蔵がそっと並び立つ。
「お前……」
「さっきも言ったとおり、俺はコイツに借りがある。本当ならサシで戦りたいとこだが……一応はテメーの顔も立ててやるよ」
全蔵が鴉男に喧嘩を吹っかける理由は私情によるものだが、下衆野郎を懲らしめたいという銀時の考えには同意するところがある。
遠まわしだが、銀時に共闘を求めているのだ。
「痔……」
「え? なにそれ、俺の代名詞? いくらなんでもそりゃあんまりじゃないちょっと」
だからといって、この二人がむやみやたらに馴れ合うことなど永遠にないのだが。
しかし、銀時と全蔵の怒りの矛先が、鴉男一点であるという事実にはなんら変わりない。
二人がかりという劣勢を感じてなお、鴉男は不気味に微笑む。
「二対一……というわけですか。いいですよ。一対一の真剣勝負というのも面白いですが、これはこれで楽しめ――」
「二対一ィィ? オイオイこのぼっちゃん、なーんか勘違いしてねーか」
「しまくりだな。なんせ、俺たちがこれからやるのは勝負でもなんでもねー。これから始まるのは……」
銀時と全蔵がそれぞれの獲物を構え、標的に飛びかからんと力を溜める。
「「……一方的な、集団リンチだァァァァァァ!!!」」
咆哮一声。棒立ちの鴉目掛け、黒い猫と白い夜叉が飛びかかる。
「ちょ……集団リンチって、あなたたち二人だけじゃないですか!?」
さすがの鴉男も二人の迫力に押されたか、やや遅れた動作でクナイを構える。
木刀とクナイ、型に嵌らない変則的な動きでがむしゃらに攻めてくる二人に対し、鴉男は高速の手さばきでそれをガード。
銀時&全蔵と鴉男の武器同士が弾け合い、周囲にはリズムのよい金属音が鳴り響く。
深夜――近所迷惑なことに、やかましい二人と一人の喧嘩が、こうして開幕した。
あれだけ煌々と輝いていた満月はいつしか雲に覆われ、闘争者たちを更に深く、闇へと誘っていく。
この先の展開を案じるように、暗く、密かに、闇が蠢く。
ほのかに、血の香りがした。
「お、お前は……ッ!」
予想外の乱入者に、銀時は思わず息を呑んだ。
忍者装束を身に纏った、闇に溶け込む出で立ち。間違いない。あの男だ。
かつて、ジャンプを争い拳を合わせ、講談屋の一件では色々と騒動も起こしてしまったあの男……。
そう、あの男だ。いけ好かない男で影の薄い男でたしか痔持ちの男でたしかたしかたしか。
「えーと…………誰だっけおたく?」
「ええええええェェェェェェ!!? ちょ、この雰囲気でそりゃあねぇだろ!?」
「バッカ、俺だって空気は読めるよ? ただあれだ、ちょっとばかし名前をド忘れしちまっただけだよ。ごめんな鈴木くん」
「鈴木くんちげェー! 全蔵! 服部全蔵だバカヤロォォォ!!」
銀時は、決してボケているわけではない。
誰にだって、親しい友人の名前をド忘れしてしまうことはある。
それが本人の人生にとって比較的どうでもいい人物なら、なおさらだ。
「ったく……まぁいい。お楽しみのところ悪いが、俺ぁこの鴉ヤローに借りがあってね。この喧嘩、俺に譲ってもらうぜ」
全蔵はクナイを構え、鴉男の正面に向き直る。
先日のジャンプ発売日、鴉男は、卑怯にもジャンプを人質に全蔵をブービートラップ(単なる落とし穴)に嵌めるという下劣な行為を行った。
今回は、その時の報復にやって来たのである。元お庭番衆としてのプライド、軽く見られたままでは終われない。
「おいおい、お前あのヤローがどんな奴か知ってて喧嘩ふっかけてんのか?」
「宇宙海賊――の一味かも知れないってんだろ? おもしれぇじゃねーか。暴れがいがあるってもんよ」
全蔵の不敵な笑みは、ただのジャンプ好きな大人の笑みではない。
元お庭番衆随一の使い手――この国でもトップクラスの実力を持つ、最高峰の忍としての覚悟と余裕の表れだった。
「元お庭番衆の情報網、甘く見てもらっちゃあ困るぜ。コイツが宇宙海賊と繋がってるかもしれねぇってことはもちろん、ここ最近の奇怪な動向についても調査済みよぉ」
「奇怪な動向? なんだそりゃ」
フフフと微笑む全蔵を嫌味たらしく思いながらも、銀時が尋ねた。
「こいつぁここ最近、夜な夜な名うての使い手ばかりを襲いまくってるのさ。時には任務遂行中の忍を、時には凄腕の侍を。
江戸中の実力者を闇討ちしては去っていく。それで付いたあだ名が、鴉男。同業者連中の間じゃ既に噂になっててな。驚いたぜ」
暴かれた鴉男の奇行に、警戒心を強める銀時。
先程の身のこなしからしても只者ではないと思っていたが、とんだ変人がいたものだ。
「しかしこの俺でも分からなかったことが一つある。襲われた連中だが、そのどれもが名のある使い手ってだけで、関連性がまったくねぇ。
宇宙海賊としての犯行だとするんなら、なにかしら目的があるはずだが、この一連の襲撃からは、その目的がまったく見えねぇんだよ」
質問するような全蔵の言葉に、鴉男は飄々とした態度で返す。
「僕の目的ですか? そんなの単純ですよ。なんなら教えてあげましょう――」
正体を暴かれ、ヤケになっているわけではない。
知られようが知られまいが支障はない。そう言わんばかりに、鴉男は極自然に軽口を開く。
「――強い人と戦いたい。ただ、それだけです」
ポロッ、と零すように口にした発言は、銀時と全蔵をキョトンとさせるには十分のものだった。
「この江戸という街には、相当な数のツワモノがいるようですから。さすがは、元侍の国といったところですね。
もちろん、あなた方の武勇伝も調べ済みですよ。元お庭番衆随一の使い手と呼ばれた服部全蔵さん。
攘夷戦争の折、敵はおろか味方からも『白夜叉』として恐れられた坂田銀時さん。
他にも、銀時さんと同じく攘夷戦争で活躍したという桂小太郎さん、高杉晋助さん。
白フン一丁で天人の戦艦を落としたという鬼神、西郷特盛さん。
将軍家剣術指南役である柳生家当主、柳生敏木斎さん。そしてその孫、柳生九兵衛さん。
いずれも後に取っておいたお楽しみばかり……あなた方を始末したら、次は桂さんのところにでも出向きましょうかね」
その長台詞が、癪に障った。
身勝手でくだらない目的についてもそうだが、敵を目の前にして、もう次の対戦相手を考えているという点もムカツク。
「……手前みてーな単なる喧嘩好きは嫌いじゃねーけどよ」
顔を若干伏せながら、銀時が鴉男へと静かに歩み寄る。
「やるなら、人様に迷惑が掛からない程度にやれや。何の罪もねぇジャンプ編集者を手にかけるなんざ、もってのほかだ」
その歩みには、確かな怒りが込められているような気がした。
何人もの天人を切り捨て、鬼神の如き働きを見せたという侍――『白夜叉』坂田銀時。
人の道を踏み外した外道を前に、ゆっくりと、その牙を曝け出そうとしていた。
「どうやら、俺の調べた以上に下衆なヤローみたいだな」
歩み寄る銀時の横に、全蔵がそっと並び立つ。
「お前……」
「さっきも言ったとおり、俺はコイツに借りがある。本当ならサシで戦りたいとこだが……一応はテメーの顔も立ててやるよ」
全蔵が鴉男に喧嘩を吹っかける理由は私情によるものだが、下衆野郎を懲らしめたいという銀時の考えには同意するところがある。
遠まわしだが、銀時に共闘を求めているのだ。
「痔……」
「え? なにそれ、俺の代名詞? いくらなんでもそりゃあんまりじゃないちょっと」
だからといって、この二人がむやみやたらに馴れ合うことなど永遠にないのだが。
しかし、銀時と全蔵の怒りの矛先が、鴉男一点であるという事実にはなんら変わりない。
二人がかりという劣勢を感じてなお、鴉男は不気味に微笑む。
「二対一……というわけですか。いいですよ。一対一の真剣勝負というのも面白いですが、これはこれで楽しめ――」
「二対一ィィ? オイオイこのぼっちゃん、なーんか勘違いしてねーか」
「しまくりだな。なんせ、俺たちがこれからやるのは勝負でもなんでもねー。これから始まるのは……」
銀時と全蔵がそれぞれの獲物を構え、標的に飛びかからんと力を溜める。
「「……一方的な、集団リンチだァァァァァァ!!!」」
咆哮一声。棒立ちの鴉目掛け、黒い猫と白い夜叉が飛びかかる。
「ちょ……集団リンチって、あなたたち二人だけじゃないですか!?」
さすがの鴉男も二人の迫力に押されたか、やや遅れた動作でクナイを構える。
木刀とクナイ、型に嵌らない変則的な動きでがむしゃらに攻めてくる二人に対し、鴉男は高速の手さばきでそれをガード。
銀時&全蔵と鴉男の武器同士が弾け合い、周囲にはリズムのよい金属音が鳴り響く。
深夜――近所迷惑なことに、やかましい二人と一人の喧嘩が、こうして開幕した。
あれだけ煌々と輝いていた満月はいつしか雲に覆われ、闘争者たちを更に深く、闇へと誘っていく。
この先の展開を案じるように、暗く、密かに、闇が蠢く。
ほのかに、血の香りがした。