―――遊戯は、腕に嵌ったデュエルディスクを気にしつつ、キョロキョロと町を歩いていた。あまりにも見慣れない
街並みである。<挙動不審になる(キョドる)>のも無理はない。
「ねえ…ここ、どこだと思う?やっぱり、現代じゃないよね…」
(ああ。恐らくは、古代ギリシャの世界なんだろうな―――何故かは分からないが、とにかくオレたちは、この世界
に飛ばされちまったようだぜ…)
もう一人の自分も、相槌を返す。傍から見れば独り言なので、すれ違う人々は訝しげに彼を眺めているが、遊戯には
特に気にならないようだ。
(こうなると、城之内くんや海馬も心配だぜ。早いとこ探し出さないとな…)
「うん。ひとまず、町を見て回ろうか」
ドン!と、余所見をしていたせいか、人にぶつかってしまった。
「あ、すいませ…」
「すいませっじゃねっぞ、ダラァっ!」
「うわっ…!」
遊戯は思わず後ずさる。いかにも<ヤバンなこと大好きデース>と全身で主張しているような男だった。
「っざけっなよ!ナメっのか!オラァ!」
何を言ってるのかまるで分からないが、不思議なことに何を言わんとしているのかはよく分かる。あたふたしている
うちに、周囲に同じようにガラの悪い男たちが集まってきた。
「おめ、なーにさっしとんね!」
「へんちくりんなあったましおってから!」
「どないしってくれると、らぁ!」
「え、え、あ、あの…」
通行人たちは関わり合いになりたくないとばかりに目を背けて足早に去っていく。その間に、遊戯はすっかり男たち
に囲まれてしまった。
(―――相棒!ここはオレに交代しろ!とりあえず片っ端から闇のゲームでマインドクラッシュをかまして…)
もう一人の自分がそう言いかけた時だった。ヒュン―――と風を切る音と共に、男たちの足元に、何かが突き立つ。
それは、一本の弓矢だった。
「え…」
「はいはい、そこまでそこまで。弱い者いじめしちゃダメだってママに習いませんでしたか、ん~?」
飄々とした、軽い口調。遊戯はそちらを見て、あまりの驚きに口をあんぐり開けて絶句した。
(あの男の人…!な…なんてキレイな人なんだろう…!)
そう―――そこに立っていたのは冗談のような美青年だった。神がデザインしたかのような、完璧に整った顔立ち。
穢れなき海を宿したかのような碧眼に、あらゆる女性が頬を染めるのを通り越して嫉妬に狂うだろう、さらさらと
風に靡く金髪。腰まで長く伸ばしたそれを、紐で無造作にくくっているだけなのだが、憎たらしいほどよく似合う。
肌は透き通るように白く、その身体はしなやかに細く引き締まっている。
とかく、この世の者ならぬ美しさを持つ青年だった。粗暴な悪漢たちですら、その美貌に一瞬言葉を失う。そんな
遊戯たちを尻目に、美青年は弓矢を構えたまま、静かに微笑んでいる。
「あ、ごめんね。キミたち、人間じゃなくてお猿さんだったか、見た目的に。いやぁメンゴメンゴ。ついうっかり
人間の言葉で話しかけちまった。お詫びにバナナでも食うかい?ウッキーと言ったら一本くれてやるぜ」
―――類稀なる美青年は、類稀なる口の悪さをお持ちであった。
「て…テンメェッ!ぶっころしたらぁっ!」
その中でも体格のいい、いかにも喧嘩慣れしていそうな大男が、腕を振り上げながら美青年に突進する。強烈な拳
が、すかした生意気な青年の歯をへし折る―――少なくとも、男の脳内ではそうなるはずだった。
だが、現実はまるで違う。
青年は、襲い掛かる丸太のように太い腕を、その華奢にも見える細腕で、あっさり受け止めていた。愕然とする男に
彼はニヤリと笑いかける。
「どうしたゴリラちゃん。そんなに俺様が好みのタイプ?悪いけど、俺はケツ穿られる趣味はないもんで―――ね!」
掴んだ腕を軽く捻った―――少なくとも、遊戯にはそのようにしか見えなかった。ただそれだけの動きで、体重では
青年の二倍はありそうな大男が軽々と宙を舞った。豚のような悲鳴を上げながら、彼は頭からゴミ溜めに突っ込み、
ピクピクと痙攣する肉塊と化した。
「う…」
男たちは、冷や汗をかきながら後ずさる。と、その中の一人が口から泡を飛ばしながら青年を指差した。
「お、おい。こいつ、まさか…あの、オリオンじゃ…!?」
「オ、オリオンだと!?」
その名前が何を意味するのか、遊戯には分からない―――だが、男たちは顔面を蒼白にする。青年はそれを見て余裕
たっぷりといった風情で微笑む。
「そう。そのオリオンだよ。サインやろうか?今なら握手もしてやるぜ」
軽口を叩く青年に対し、もはや捨て台詞すら吐くこともできず、悪漢たちは慌てふためき逃げ出した。遊戯はそんな
一部始終を、ただボンヤリと見ていることしか出来なかった。
(すごいな、この男…さっきの動きといい、只者じゃないぜ)
もう一人の自分も、素直に青年の手腕に感服していた。遊戯としても、危ないところを助けてもらったのだ。お礼は
きちんとしておくべきだろう。
「あの…助けてくれて、ありがとう」
「ふっふっふ、いいってことよ。何しろ俺は、オリオン様だからな」
青年―――オリオンは、鼻高々といった風情で胸を張った。
「あの…それなんだけど、あなた、誰?」
「…………へ?いや、だから、オリオンだよ、オリオン」
「ええ…それは、さっきあの連中が言ってたから分かってるけど…そんなにすごいの?有名なの?」
青年―――オリオンは信じられないものを見た、とでも言いたげに顔を強張らせていた。そして。
「な…なんてこった…まさか、この世界で、俺を知らないオロカモノが存在していやがったとは…」
「お、オロカモノ…」
酷い言われようだったが、このオリオンの様子では抗議するのも憚られた。
「本当に?本当に俺のこと、知らない?マジで!?MA・JI・DE!?」
「えーと…」
(相棒、思い出せよ。ほら、この世界に来る前に…)
「あ、そうか、確か…」
あの胡散臭いオジサンの好きだという叙事詩の中に、確か、オリオンという名前が出ていた気がする。
「星女神に寵愛された勇者だとか、なんとか…」
「そう、その通り!星女神様に寵愛されて超愛されてるのだ!他には?」
「えーと…ごめん。やっぱイマイチ分かんない」
「ぎゃふん!」
オリオンは、大げさに仰け反った。
「バカ野郎!俺様の武勇伝はそんなもんじゃ語り尽くせねえ!アナトリア武術大会でブッチギリ優勝から始まり、
その後も本が十冊は出来上がりそうなくらいの大活躍、女の子にも当然モテモテ、実はどこぞの国の王子様だと
いう噂まである、ギリシャ一の弓の名手、このオリオン様を何だと思ってやがる!?」
「ん~と…正直に言ってもいい?」
「おう、怒らねえから正直に、見たままを言ってみな、おチビちゃん」
「不審人物」
「がはっ!」
とうとうオリオンは地面に突っ伏してしまった。助けてもらっておいて、流石に悪いことをしたと思った遊戯は、
フォローを入れることにした。
「い、いやあ、でもさっきのオリオンすごく格好よかったよ!もしよかったらオリオンの話、たくさん聞きたいなあ!
ボク、すっごく興味があるよ!」
がばっと、オリオンが光の速さで飛び起きた。その顔には、輝くような笑みが浮かんでいる。
「ふふふふふ。そうだろそうだろ!全く素直じゃないんだからなあ、このおチビちゃんめ!おっしゃ分かった!
向こうでメシでも食いながら俺様がいかに素晴らしい大人物であるか、じっくりゆっくりたっぷりばっちり余す
とこなく教えてやる!ほれ、遠慮すんな!さあ腕を組んで足の筋を伸ばす運動!」
「…………なんで、コサックダンス?」
(なんというか、こいつ…ヘンな奴だな)
悪人ではないのだろうが、イタイ人間と関わってしまった―――
それがオリオンに対する、遊戯たちの第一印象だった。
街並みである。<挙動不審になる(キョドる)>のも無理はない。
「ねえ…ここ、どこだと思う?やっぱり、現代じゃないよね…」
(ああ。恐らくは、古代ギリシャの世界なんだろうな―――何故かは分からないが、とにかくオレたちは、この世界
に飛ばされちまったようだぜ…)
もう一人の自分も、相槌を返す。傍から見れば独り言なので、すれ違う人々は訝しげに彼を眺めているが、遊戯には
特に気にならないようだ。
(こうなると、城之内くんや海馬も心配だぜ。早いとこ探し出さないとな…)
「うん。ひとまず、町を見て回ろうか」
ドン!と、余所見をしていたせいか、人にぶつかってしまった。
「あ、すいませ…」
「すいませっじゃねっぞ、ダラァっ!」
「うわっ…!」
遊戯は思わず後ずさる。いかにも<ヤバンなこと大好きデース>と全身で主張しているような男だった。
「っざけっなよ!ナメっのか!オラァ!」
何を言ってるのかまるで分からないが、不思議なことに何を言わんとしているのかはよく分かる。あたふたしている
うちに、周囲に同じようにガラの悪い男たちが集まってきた。
「おめ、なーにさっしとんね!」
「へんちくりんなあったましおってから!」
「どないしってくれると、らぁ!」
「え、え、あ、あの…」
通行人たちは関わり合いになりたくないとばかりに目を背けて足早に去っていく。その間に、遊戯はすっかり男たち
に囲まれてしまった。
(―――相棒!ここはオレに交代しろ!とりあえず片っ端から闇のゲームでマインドクラッシュをかまして…)
もう一人の自分がそう言いかけた時だった。ヒュン―――と風を切る音と共に、男たちの足元に、何かが突き立つ。
それは、一本の弓矢だった。
「え…」
「はいはい、そこまでそこまで。弱い者いじめしちゃダメだってママに習いませんでしたか、ん~?」
飄々とした、軽い口調。遊戯はそちらを見て、あまりの驚きに口をあんぐり開けて絶句した。
(あの男の人…!な…なんてキレイな人なんだろう…!)
そう―――そこに立っていたのは冗談のような美青年だった。神がデザインしたかのような、完璧に整った顔立ち。
穢れなき海を宿したかのような碧眼に、あらゆる女性が頬を染めるのを通り越して嫉妬に狂うだろう、さらさらと
風に靡く金髪。腰まで長く伸ばしたそれを、紐で無造作にくくっているだけなのだが、憎たらしいほどよく似合う。
肌は透き通るように白く、その身体はしなやかに細く引き締まっている。
とかく、この世の者ならぬ美しさを持つ青年だった。粗暴な悪漢たちですら、その美貌に一瞬言葉を失う。そんな
遊戯たちを尻目に、美青年は弓矢を構えたまま、静かに微笑んでいる。
「あ、ごめんね。キミたち、人間じゃなくてお猿さんだったか、見た目的に。いやぁメンゴメンゴ。ついうっかり
人間の言葉で話しかけちまった。お詫びにバナナでも食うかい?ウッキーと言ったら一本くれてやるぜ」
―――類稀なる美青年は、類稀なる口の悪さをお持ちであった。
「て…テンメェッ!ぶっころしたらぁっ!」
その中でも体格のいい、いかにも喧嘩慣れしていそうな大男が、腕を振り上げながら美青年に突進する。強烈な拳
が、すかした生意気な青年の歯をへし折る―――少なくとも、男の脳内ではそうなるはずだった。
だが、現実はまるで違う。
青年は、襲い掛かる丸太のように太い腕を、その華奢にも見える細腕で、あっさり受け止めていた。愕然とする男に
彼はニヤリと笑いかける。
「どうしたゴリラちゃん。そんなに俺様が好みのタイプ?悪いけど、俺はケツ穿られる趣味はないもんで―――ね!」
掴んだ腕を軽く捻った―――少なくとも、遊戯にはそのようにしか見えなかった。ただそれだけの動きで、体重では
青年の二倍はありそうな大男が軽々と宙を舞った。豚のような悲鳴を上げながら、彼は頭からゴミ溜めに突っ込み、
ピクピクと痙攣する肉塊と化した。
「う…」
男たちは、冷や汗をかきながら後ずさる。と、その中の一人が口から泡を飛ばしながら青年を指差した。
「お、おい。こいつ、まさか…あの、オリオンじゃ…!?」
「オ、オリオンだと!?」
その名前が何を意味するのか、遊戯には分からない―――だが、男たちは顔面を蒼白にする。青年はそれを見て余裕
たっぷりといった風情で微笑む。
「そう。そのオリオンだよ。サインやろうか?今なら握手もしてやるぜ」
軽口を叩く青年に対し、もはや捨て台詞すら吐くこともできず、悪漢たちは慌てふためき逃げ出した。遊戯はそんな
一部始終を、ただボンヤリと見ていることしか出来なかった。
(すごいな、この男…さっきの動きといい、只者じゃないぜ)
もう一人の自分も、素直に青年の手腕に感服していた。遊戯としても、危ないところを助けてもらったのだ。お礼は
きちんとしておくべきだろう。
「あの…助けてくれて、ありがとう」
「ふっふっふ、いいってことよ。何しろ俺は、オリオン様だからな」
青年―――オリオンは、鼻高々といった風情で胸を張った。
「あの…それなんだけど、あなた、誰?」
「…………へ?いや、だから、オリオンだよ、オリオン」
「ええ…それは、さっきあの連中が言ってたから分かってるけど…そんなにすごいの?有名なの?」
青年―――オリオンは信じられないものを見た、とでも言いたげに顔を強張らせていた。そして。
「な…なんてこった…まさか、この世界で、俺を知らないオロカモノが存在していやがったとは…」
「お、オロカモノ…」
酷い言われようだったが、このオリオンの様子では抗議するのも憚られた。
「本当に?本当に俺のこと、知らない?マジで!?MA・JI・DE!?」
「えーと…」
(相棒、思い出せよ。ほら、この世界に来る前に…)
「あ、そうか、確か…」
あの胡散臭いオジサンの好きだという叙事詩の中に、確か、オリオンという名前が出ていた気がする。
「星女神に寵愛された勇者だとか、なんとか…」
「そう、その通り!星女神様に寵愛されて超愛されてるのだ!他には?」
「えーと…ごめん。やっぱイマイチ分かんない」
「ぎゃふん!」
オリオンは、大げさに仰け反った。
「バカ野郎!俺様の武勇伝はそんなもんじゃ語り尽くせねえ!アナトリア武術大会でブッチギリ優勝から始まり、
その後も本が十冊は出来上がりそうなくらいの大活躍、女の子にも当然モテモテ、実はどこぞの国の王子様だと
いう噂まである、ギリシャ一の弓の名手、このオリオン様を何だと思ってやがる!?」
「ん~と…正直に言ってもいい?」
「おう、怒らねえから正直に、見たままを言ってみな、おチビちゃん」
「不審人物」
「がはっ!」
とうとうオリオンは地面に突っ伏してしまった。助けてもらっておいて、流石に悪いことをしたと思った遊戯は、
フォローを入れることにした。
「い、いやあ、でもさっきのオリオンすごく格好よかったよ!もしよかったらオリオンの話、たくさん聞きたいなあ!
ボク、すっごく興味があるよ!」
がばっと、オリオンが光の速さで飛び起きた。その顔には、輝くような笑みが浮かんでいる。
「ふふふふふ。そうだろそうだろ!全く素直じゃないんだからなあ、このおチビちゃんめ!おっしゃ分かった!
向こうでメシでも食いながら俺様がいかに素晴らしい大人物であるか、じっくりゆっくりたっぷりばっちり余す
とこなく教えてやる!ほれ、遠慮すんな!さあ腕を組んで足の筋を伸ばす運動!」
「…………なんで、コサックダンス?」
(なんというか、こいつ…ヘンな奴だな)
悪人ではないのだろうが、イタイ人間と関わってしまった―――
それがオリオンに対する、遊戯たちの第一印象だった。