対するシエルは、彼から決して眼を逸らせないままに身を硬くしている。
双方共に沈黙を守り通す。古い柱時計の秒針だけが音を立て、時を刻んでいた。
数十秒か、数分か。長く短い時間が過ぎ、ようやくシエルは確固たる決心の下に口を開いた。
「七年前、私を北アイルランドに向かわせた事を憶えていますか? アンデルセン神父と錬金の戦士の闘いを
私に止めさせる為にです」
「もちろん、憶えているよ」
あの時、キャラハンは思ったものだ。“第13課(イスカリオテ)にシエルがいてくれて本当に良かった”と。
人間と僅かな時間に恵まれた事を心の底から神に感謝した。
ならば、協力に応じたシエルはどうか? その答えが彼女の口から語られ始めた。
双方共に沈黙を守り通す。古い柱時計の秒針だけが音を立て、時を刻んでいた。
数十秒か、数分か。長く短い時間が過ぎ、ようやくシエルは確固たる決心の下に口を開いた。
「七年前、私を北アイルランドに向かわせた事を憶えていますか? アンデルセン神父と錬金の戦士の闘いを
私に止めさせる為にです」
「もちろん、憶えているよ」
あの時、キャラハンは思ったものだ。“第13課(イスカリオテ)にシエルがいてくれて本当に良かった”と。
人間と僅かな時間に恵まれた事を心の底から神に感謝した。
ならば、協力に応じたシエルはどうか? その答えが彼女の口から語られ始めた。
「すべてはあなたの言った通りでした――
今から半年程前に錬金戦団の暗部が生んだ魔人“ヴィクター”が復活し、それにある少年が立ち向かいました。
少年の命懸けの行動に心打たれたヴィクターは矛を収め、すべてのホムンクルスと共に月へと旅立った……。
結果として、錬金術によって作り出された化物共は世界から一掃されたのです。
その少年“武藤カズキ”こそが七年前にアンデルセン神父と相対した“キャプテン・ブラボー”の弟子。
そして、彼が戦士となるきっかけを作ったのはキャプテン・ブラボーの部下である“津村斗貴子”。
――あなたはこれらを視ていたが故にあの時、三人の戦士達を殺させまいとした。私もそう思っていました」
今から半年程前に錬金戦団の暗部が生んだ魔人“ヴィクター”が復活し、それにある少年が立ち向かいました。
少年の命懸けの行動に心打たれたヴィクターは矛を収め、すべてのホムンクルスと共に月へと旅立った……。
結果として、錬金術によって作り出された化物共は世界から一掃されたのです。
その少年“武藤カズキ”こそが七年前にアンデルセン神父と相対した“キャプテン・ブラボー”の弟子。
そして、彼が戦士となるきっかけを作ったのはキャプテン・ブラボーの部下である“津村斗貴子”。
――あなたはこれらを視ていたが故にあの時、三人の戦士達を殺させまいとした。私もそう思っていました」
何をいまさらと言わんばかりに首を振りながら、キャラハンはコーヒーカップに左手を伸ばす。
「ああ、その通りだ。しかし今更――」
「ですが私にはどうしても腑に落ちない点があります」
シエルの強い口調が彼の言葉を打ち消した。
キャラハンは伸ばす手を止め、虚空に漂わせたまま、再度シエルを見据える。
その視線をしっかと受け止めつつ(今度ばかりは眼を逸らしたい衝動を遮二無二抑えつけ)、
青い眼を爛と光らせたシエルは長年にわたって形成させた疑問を投げかけた。
「ああ、その通りだ。しかし今更――」
「ですが私にはどうしても腑に落ちない点があります」
シエルの強い口調が彼の言葉を打ち消した。
キャラハンは伸ばす手を止め、虚空に漂わせたまま、再度シエルを見据える。
その視線をしっかと受け止めつつ(今度ばかりは眼を逸らしたい衝動を遮二無二抑えつけ)、
青い眼を爛と光らせたシエルは長年にわたって形成させた疑問を投げかけた。
「それは、何故あなたがこの一件に、錬金戦団にこだわらなければならなかったのか。
確かにヴィクターは悪意の存在です。しかし、彼が滅ぼそうとしていたのはこの人間世界ではありません。
錬金術の産物とそれに関わるすべての者達。つまり“錬金戦団”と“ホムンクルス”です。
仮に、武藤カズキという戦士が存在せず、錬金戦団が敗北したとしても、ヴィクターはホムンクルスを
絶滅させた後に自ら命を絶っていたのではないでしょうか」
確かにヴィクターは悪意の存在です。しかし、彼が滅ぼそうとしていたのはこの人間世界ではありません。
錬金術の産物とそれに関わるすべての者達。つまり“錬金戦団”と“ホムンクルス”です。
仮に、武藤カズキという戦士が存在せず、錬金戦団が敗北したとしても、ヴィクターはホムンクルスを
絶滅させた後に自ら命を絶っていたのではないでしょうか」
北アイルランドでのアンデルセン神父の制止、そしてシチリアでのジェイブリードとの戦い。
それ以降、シエルの興味は錬金戦団に向けられた。
外法“錬金術”を操り、偽りの生命と邪悪な武器を作り出す、神をも畏れぬ禍々しき異端の群れ。
そんな連中を何故、キャラハンは生かしておこうとしたのか。それによって何が起こるのか。
それらの疑問がシエルを駆り立てた。錬金戦団の歴史、分布、構成、任務内容。
あらゆる事柄をひとつひとつ丹念に調べ上げ、今日に至ったのだ。
だが、調べれば調べる程、疑問は増していった。
それ以降、シエルの興味は錬金戦団に向けられた。
外法“錬金術”を操り、偽りの生命と邪悪な武器を作り出す、神をも畏れぬ禍々しき異端の群れ。
そんな連中を何故、キャラハンは生かしておこうとしたのか。それによって何が起こるのか。
それらの疑問がシエルを駆り立てた。錬金戦団の歴史、分布、構成、任務内容。
あらゆる事柄をひとつひとつ丹念に調べ上げ、今日に至ったのだ。
だが、調べれば調べる程、疑問は増していった。
「そうならなかったとしても、あの程度の化物を殺しきれる者は錬金の戦士以外にもいます。
所詮はアンデルセン神父の敵ではありません。彼に錬金術の力が通用しないのは三人の戦士達との
闘いで証明されていますし、エネルギードレインも再生者(リジェネレーター)である彼の前では無力です。
それに、同じ“化物”でも自分の領地を荒らされるとなれば黙ってはいない筈です。ヴィクターが
アーカードやアルクェイドに勝てるとでも?」
所詮はアンデルセン神父の敵ではありません。彼に錬金術の力が通用しないのは三人の戦士達との
闘いで証明されていますし、エネルギードレインも再生者(リジェネレーター)である彼の前では無力です。
それに、同じ“化物”でも自分の領地を荒らされるとなれば黙ってはいない筈です。ヴィクターが
アーカードやアルクェイドに勝てるとでも?」
キャラハンはフッと息を漏らすように笑う。愚問に対する苦笑、失笑の類だ。
「まあ、無理だろうね。あとは…… そうだな、“ミス・ブルー”が出てきたら面白くなったかもしれないね」
錬金戦団に並ぶ古よりの仇敵“魔法使い”の名を持ち出しておどける彼だったが、シエルはそのような
諧謔など意に介さない。
失礼無礼は承知の上で、無視を以って強引に話を進める。
「まあ、無理だろうね。あとは…… そうだな、“ミス・ブルー”が出てきたら面白くなったかもしれないね」
錬金戦団に並ぶ古よりの仇敵“魔法使い”の名を持ち出しておどける彼だったが、シエルはそのような
諧謔など意に介さない。
失礼無礼は承知の上で、無視を以って強引に話を進める。
「以上の点から、ヴィクターの対処においてキャプテン・ブラボーも武藤カズキも然程重要なファクターでは
ありません。そもそもヴィクターそのものが脅威とは呼べないのですから。少なくとも我々(カトリック)にとっては。
では、あなたは何故キャプテン・ブラボーを生かさねばならなかったのか、何故武藤カズキを
戦士にしなければならなかったのか……」
ありません。そもそもヴィクターそのものが脅威とは呼べないのですから。少なくとも我々(カトリック)にとっては。
では、あなたは何故キャプテン・ブラボーを生かさねばならなかったのか、何故武藤カズキを
戦士にしなければならなかったのか……」
錬金戦団に関する多くの知識や情報を仕入れ、自分なりの(偏った)持論を立てて、その上で導き出された
最初にして最後、かつ最大の疑問。
それがシエルの口から紡ぎだされた後、言葉が途切れた。
両者、またも沈黙。
彼女が“正直に”話し始めてからキャラハンは不謹慎なジョーク以外、沈黙を守っている。
シエルはこの沈黙を何よりも恐れた。
どうして彼は何も言ってくれないのか? 彼は何を考えているのか? 彼は何かを隠しているか?
私はどうすればいいのか? 私は何に突き動かされているのか? 私を待ち受けているものは何なのか?
恐れは言葉を続けさせる。無理矢理にでも。
最初にして最後、かつ最大の疑問。
それがシエルの口から紡ぎだされた後、言葉が途切れた。
両者、またも沈黙。
彼女が“正直に”話し始めてからキャラハンは不謹慎なジョーク以外、沈黙を守っている。
シエルはこの沈黙を何よりも恐れた。
どうして彼は何も言ってくれないのか? 彼は何を考えているのか? 彼は何かを隠しているか?
私はどうすればいいのか? 私は何に突き動かされているのか? 私を待ち受けているものは何なのか?
恐れは言葉を続けさせる。無理矢理にでも。
「アンデルセン神父、キャプテン・ブラボー、ジェイブリード、日本の吸血鬼、武藤カズキ。
そして、私とあなた…… すべては七年前、既に始まっていたのか。すべては現在の日本に
集約されていくのではないか……――
そして、私とあなた…… すべては七年前、既に始まっていたのか。すべては現在の日本に
集約されていくのではないか……――
――私にはもう、今回の任務がただの吸血鬼退治には思えなくなりました」
身を乗り出し、テーブルに手をかける。
霧中の焦りと恐れ。それがシエルの表情にありありと浮かんでいる。
キャラハンはすべてを知り、自分は何ひとつ知らない。
霧中の焦りと恐れ。それがシエルの表情にありありと浮かんでいる。
キャラハンはすべてを知り、自分は何ひとつ知らない。
「教えて下さい……! あなたの“世界視”は一体、何を見たというのです! 未来には何が待っているのですか!」
シエルは勢い感情的にならざるを得ない。
七年の間、ひたすら練り続けてきた不可解を、真相を握る者の前で一気に吐き出してしまったのだ。
やや冷静さを欠くのは無理も無いのだろう。
滅多に見られないシエルの様子に、キャラハンは幾らか驚かされた。
「まあ、落ち着きなさい」
まずは左手を上げてシエルを穏やかに制する。
何を話すにしても相手が理性的でいなければまともな話は出来ないし、それ以上に“自分の能力について
認識を誤られていては”どのような説明をしても決して理解はしてもらえない。
「君は私の能力を少し勘違いしているよ。世界視は“未来予知”や“予言”とはまったく別種のものだ。
ううん、どこから説明するべきかな……」
顎に人差し指を当てて中空を睨む形で何やら考え込むキャラハン。
やがて、彼は左手だけを使ったボディランゲージを交えながら緩々と説明を始めた。
七年の間、ひたすら練り続けてきた不可解を、真相を握る者の前で一気に吐き出してしまったのだ。
やや冷静さを欠くのは無理も無いのだろう。
滅多に見られないシエルの様子に、キャラハンは幾らか驚かされた。
「まあ、落ち着きなさい」
まずは左手を上げてシエルを穏やかに制する。
何を話すにしても相手が理性的でいなければまともな話は出来ないし、それ以上に“自分の能力について
認識を誤られていては”どのような説明をしても決して理解はしてもらえない。
「君は私の能力を少し勘違いしているよ。世界視は“未来予知”や“予言”とはまったく別種のものだ。
ううん、どこから説明するべきかな……」
顎に人差し指を当てて中空を睨む形で何やら考え込むキャラハン。
やがて、彼は左手だけを使ったボディランゲージを交えながら緩々と説明を始めた。
「世界というものは我々が住むこの世界がただひとつという訳ではない。まったく同じように見えても、
似ているように見えても、どこかが違う。そんな他の世界が次元を越えて無数に存在する。
多次元並行世界、所謂“パラレルワールド”というヤツだ」
似ているように見えても、どこかが違う。そんな他の世界が次元を越えて無数に存在する。
多次元並行世界、所謂“パラレルワールド”というヤツだ」
「例えば別の世界では、ここジェルーサレムズ・ロットは“セイラムズ・ロット”と呼ばれていた。
素朴かつ閉鎖的な田舎者ばかりの住む町だったが、どこからかやってきた吸血鬼バーロウによって、
いとも簡単に滅ぼされてしまった。その世界の私も奴の“逆聖体拝領”を受けて、吸血鬼に変えられていたな」
素朴かつ閉鎖的な田舎者ばかりの住む町だったが、どこからかやってきた吸血鬼バーロウによって、
いとも簡単に滅ぼされてしまった。その世界の私も奴の“逆聖体拝領”を受けて、吸血鬼に変えられていたな」
「また別の世界では、HELLSING機関と吸血鬼となって甦ったナチス、それにヴァチカンの
第九次十字軍が三つ巴となってロンドンをこの世の地獄に変えていた。アレックスは“エレナの聖釘”を使い、
茨の化物となってまであのアーカードと戦ったが、心臓を抉られて殺されたよ。幸せそうではあったがね……」
第九次十字軍が三つ巴となってロンドンをこの世の地獄に変えていた。アレックスは“エレナの聖釘”を使い、
茨の化物となってまであのアーカードと戦ったが、心臓を抉られて殺されたよ。幸せそうではあったがね……」
「更に別の世界では、シエル、君は“知恵留美子”という日本人の教師だ。“雛見沢村”という
小さな山村で教鞭を振るっていたよ。生徒達に人気のある、とてもチャーミングな先生だった」
小さな山村で教鞭を振るっていたよ。生徒達に人気のある、とてもチャーミングな先生だった」
教科書を片手に教壇に上がる自分。可愛い子供達に囲まれた自分。決してある筈の無い己の姿なのに、
それを思い浮かべると何故か表情が和らいでしまう。
「私が教師だなんて。でも、楽しそう……」
硬かった表情から僅かに微笑みを見せたシエルに、キャラハンは得たりと説明を続ける。
「世界視は他の多次元並行世界を“覗き視る”事なんだ。そこには多かれ少なかれ、共通・重複する
展開(ルート)がある。すべての世界が何もかも違う訳ではないからね。
だから予知や予言のように必ず成就するものではない。他の世界で共通する展開が数多くあれば、
それだけこの世界も同様の展開を辿りやすくなるだけの話だ。つまりは確率の問題さ。
ケネディ暗殺は全体の78%の確率で発生していたが、アレックスの死はたったの2%だった。
どうだろう、おわかりかな?」
キャラハンの説明を一言で表すならば、“統計調査”とでも言うべきだろう。
多次元並行世界というものが一体どれ程の数になるのかはわからないが、それらひとつひとつを覗き視て
同様の展開を探すとなると、とてつもなく膨大な作業になるのではないか。
しかも、得られた結果は“こうなるかもしれない”程度の信頼度でしかない。
確かに予知や予言などより遥かに手間がかかり、遥かに不確実な能力である。お世辞にも便利とは言い難い。
キャラハンの秘密めいた能力を完全に把握したシエルだったが、心境はというと驚嘆とも憐憫ともつかない
複雑微妙なものだ。
「わ、わかりました。あなたの能力について私が誤認していた事はお詫びします――」
シエルは軽く頭を下げるも、すぐに頭を上げてキャラハンを見据えた。
それを思い浮かべると何故か表情が和らいでしまう。
「私が教師だなんて。でも、楽しそう……」
硬かった表情から僅かに微笑みを見せたシエルに、キャラハンは得たりと説明を続ける。
「世界視は他の多次元並行世界を“覗き視る”事なんだ。そこには多かれ少なかれ、共通・重複する
展開(ルート)がある。すべての世界が何もかも違う訳ではないからね。
だから予知や予言のように必ず成就するものではない。他の世界で共通する展開が数多くあれば、
それだけこの世界も同様の展開を辿りやすくなるだけの話だ。つまりは確率の問題さ。
ケネディ暗殺は全体の78%の確率で発生していたが、アレックスの死はたったの2%だった。
どうだろう、おわかりかな?」
キャラハンの説明を一言で表すならば、“統計調査”とでも言うべきだろう。
多次元並行世界というものが一体どれ程の数になるのかはわからないが、それらひとつひとつを覗き視て
同様の展開を探すとなると、とてつもなく膨大な作業になるのではないか。
しかも、得られた結果は“こうなるかもしれない”程度の信頼度でしかない。
確かに予知や予言などより遥かに手間がかかり、遥かに不確実な能力である。お世辞にも便利とは言い難い。
キャラハンの秘密めいた能力を完全に把握したシエルだったが、心境はというと驚嘆とも憐憫ともつかない
複雑微妙なものだ。
「わ、わかりました。あなたの能力について私が誤認していた事はお詫びします――」
シエルは軽く頭を下げるも、すぐに頭を上げてキャラハンを見据えた。
「――でも、まだ私の質問には答えて頂いておりません。キャラハン神父、あなたは“何を視た”のですか?」
再度の質問にもキャラハンは柔和な表情を崩さない。
「答え、か……」
そう呟くと彼は不意にソファから立ち上がり、相変わらずの摺り足で食器棚の方へと向かった。
そして、棚の前でややしばらくの間、カチャリカチャリとガラスが軽くぶつかり合う音を響かせる。
やがて振り向いた彼の右手にはウィスキーグラスを握られ、腋には飲みかけのジム・ビームの
ボトルが挟まれていた。
呆れるシエルだったが、キャラハンはどこ吹く風だ。
「飲むかね?」
「飲みません」
ぶっきらぼうに言い放つシエルの顔を眺めながら、この懲りない飲んだくれはただ笑っている。
キャラハンはソファに戻って来て座ると、氷も入れず無造作にバーボンをグラスに注ぐ。
波打つ琥珀色の水面。それを見つめ続けるキャラハン。
シエルが何気無くそれに倣うと、彼は視線を変える事無くこう言った。
「そうだね、話す前にひとつ言っておこう。君は答えを聞きにここへ来たのではない。
もうとっくに答えを知っている。君がここへ来たのは、その答えが何なのか“理解”する為なんだよ」
「……?」
狐につままれたようなシエルを尻目に、キャラハンはグラスの中程まで注がれたバーボンを一気に呷った。
フーッと大きく深い溜息が静かな室内に染み入る中、空のグラスはテーブルに置かれる。
キャラハンはグラスの縁に眼を遣りつつ、酒に焼けた喉から発せられる低い声で語り出した。
「答え、か……」
そう呟くと彼は不意にソファから立ち上がり、相変わらずの摺り足で食器棚の方へと向かった。
そして、棚の前でややしばらくの間、カチャリカチャリとガラスが軽くぶつかり合う音を響かせる。
やがて振り向いた彼の右手にはウィスキーグラスを握られ、腋には飲みかけのジム・ビームの
ボトルが挟まれていた。
呆れるシエルだったが、キャラハンはどこ吹く風だ。
「飲むかね?」
「飲みません」
ぶっきらぼうに言い放つシエルの顔を眺めながら、この懲りない飲んだくれはただ笑っている。
キャラハンはソファに戻って来て座ると、氷も入れず無造作にバーボンをグラスに注ぐ。
波打つ琥珀色の水面。それを見つめ続けるキャラハン。
シエルが何気無くそれに倣うと、彼は視線を変える事無くこう言った。
「そうだね、話す前にひとつ言っておこう。君は答えを聞きにここへ来たのではない。
もうとっくに答えを知っている。君がここへ来たのは、その答えが何なのか“理解”する為なんだよ」
「……?」
狐につままれたようなシエルを尻目に、キャラハンはグラスの中程まで注がれたバーボンを一気に呷った。
フーッと大きく深い溜息が静かな室内に染み入る中、空のグラスはテーブルに置かれる。
キャラハンはグラスの縁に眼を遣りつつ、酒に焼けた喉から発せられる低い声で語り出した。
「すべては、二人の少女から始まったんだ……」