しけい荘住民は鍛錬を欠かさない。アパートの敷地でシコルスキーとゲバルが親指だけ
で逆立ちしていると、101号室からオリバが出てきた。なんとタキシード姿だ。
逆立ちを中断し、ゲバルがオリバに話しかける。
「珍しい出で立ちだな、アンチェイン。もしや、これから狩り(ハンティング)か?」
「察しがいいな。たった今、片平君から連絡があってね。とても警察の手には負えない事
件なんだそうだ」
「君の手でも、かい?」
「愚問だな。私の手で解決できない事件は存在しない。ただし……今回はなかなか手強そ
うだ。もしかすると今日は帰れないかもしれない」
自信に満ちた笑みとともに、オリバはすでに呼んでいたタクシーに乗り込んだ。猛スピ
ードで出発するタクシーを見送る二人。
「おいゲバル、今いっていた狩りってのはなんだ?」
「君は知らなかったのか。ミスターオリバは時折ああやって警察からの依頼を受けて犯罪
者を狩るんだ。始めはアルバイトのような感覚でやっていたが、今や功績を認められ皆か
ら“犯罪者ハンター”と呼ばれている」
「し、知らなかった……」
オリバの知られざる副業を知り、軽いショックを受けるシコルスキー。たしかにしけい
荘の安い家賃収入だけで生活できるわけがないが、まさか日々犯罪者と戦っているとは思
いもしなかった。先のマウス事件でオリバとマイケル署長が顔見知りであることが判明し
たが、大方彼が犯罪者をハントする中で知り合ったのだろう。
「それにしても、あの大家さんが手強そうだっていうくらいだから、犯人も相当な実力者
なんだろうな」
「おそらくな。もっとも彼が呼び出された時点で、すでに警察の実力を超えた犯人という
ことなんだが」
シコルスキーは急に己が恥ずかしくなった。いつも自分たちが平和に暮らしている頃、
大家であるオリバは警察がさじを投げた犯罪に立ち向かっているのだ。
やがて決意したようにシコルスキーがいった。
「ゲバル、俺たちも手伝いに行かないか?」
「手伝いって……なにを」
首を傾げるゲバルに、興奮したシコルスキーがまくし立てる。
「犯罪者ハントの手伝いに決まっているだろう。君はもちろん、俺だってマウスを倒した
んだ。必ずや戦力になれるッ!」
当然話に乗ると思われたゲバルだったが、意外な反応を示す。
「……いや、今回は止めといた方が──」
「何故だ! 君は大家さんの古い友人だろう、それを見捨てるというのかッ!」
「決してそういうわけじゃないんだが……」
「……いや、すまなかった。君は大勢の国民を預かる大統領。むざむざ命を危険に晒す真
似はできないはずだったな」
しおらしく謝ると、シコルスキーはゲバルが止める間もなくアパートを飛び出した。
「行っちまった……」
で逆立ちしていると、101号室からオリバが出てきた。なんとタキシード姿だ。
逆立ちを中断し、ゲバルがオリバに話しかける。
「珍しい出で立ちだな、アンチェイン。もしや、これから狩り(ハンティング)か?」
「察しがいいな。たった今、片平君から連絡があってね。とても警察の手には負えない事
件なんだそうだ」
「君の手でも、かい?」
「愚問だな。私の手で解決できない事件は存在しない。ただし……今回はなかなか手強そ
うだ。もしかすると今日は帰れないかもしれない」
自信に満ちた笑みとともに、オリバはすでに呼んでいたタクシーに乗り込んだ。猛スピ
ードで出発するタクシーを見送る二人。
「おいゲバル、今いっていた狩りってのはなんだ?」
「君は知らなかったのか。ミスターオリバは時折ああやって警察からの依頼を受けて犯罪
者を狩るんだ。始めはアルバイトのような感覚でやっていたが、今や功績を認められ皆か
ら“犯罪者ハンター”と呼ばれている」
「し、知らなかった……」
オリバの知られざる副業を知り、軽いショックを受けるシコルスキー。たしかにしけい
荘の安い家賃収入だけで生活できるわけがないが、まさか日々犯罪者と戦っているとは思
いもしなかった。先のマウス事件でオリバとマイケル署長が顔見知りであることが判明し
たが、大方彼が犯罪者をハントする中で知り合ったのだろう。
「それにしても、あの大家さんが手強そうだっていうくらいだから、犯人も相当な実力者
なんだろうな」
「おそらくな。もっとも彼が呼び出された時点で、すでに警察の実力を超えた犯人という
ことなんだが」
シコルスキーは急に己が恥ずかしくなった。いつも自分たちが平和に暮らしている頃、
大家であるオリバは警察がさじを投げた犯罪に立ち向かっているのだ。
やがて決意したようにシコルスキーがいった。
「ゲバル、俺たちも手伝いに行かないか?」
「手伝いって……なにを」
首を傾げるゲバルに、興奮したシコルスキーがまくし立てる。
「犯罪者ハントの手伝いに決まっているだろう。君はもちろん、俺だってマウスを倒した
んだ。必ずや戦力になれるッ!」
当然話に乗ると思われたゲバルだったが、意外な反応を示す。
「……いや、今回は止めといた方が──」
「何故だ! 君は大家さんの古い友人だろう、それを見捨てるというのかッ!」
「決してそういうわけじゃないんだが……」
「……いや、すまなかった。君は大勢の国民を預かる大統領。むざむざ命を危険に晒す真
似はできないはずだったな」
しおらしく謝ると、シコルスキーはゲバルが止める間もなくアパートを飛び出した。
「行っちまった……」
残るしけい荘メンバーで居場所が分かるのはサラリーマン柳と手品師ドイルのみ。今な
ら柳は会社に、ドイルは近くのイベント会場にいるはず。さっそくシコルスキーは二人の
職場に飛び込んだ。
仕事中に乱入してきたシコルスキーに、柳とドイルは迷惑顔をあからさまに浮かべたが、
事情を説明すると快く協力してくれた。やはり両者ともオリバの副業のことは知らなかっ
た。
「いやはや驚きましたな。大家さんが狩人だったとは……」
「まったくだ。大家さんのためなら、喜んで協力するぜ」
「スパスィーバ(ありがとう)、二人とも」
心強い仲間を得た。次にすべきことは、彼ら自身の戦力強化である。せっかく助っ人に
出向いても、足手まといでは話にならない。何しろオリバが「手強い」と評すほどの相手
なのだ。
「武器と暗器ならばご安心を。会社からくすねてきましたよ」
「さすが猛毒柳だ。あとは手強い事件とやらがどこで起きてるかだが──」
「私に任せてくれ」
シコルスキーと柳が振り返ると、後ろにはいつの間にか婦警にコスプレしたドイルが立
っていた。げんなりする二人。
「すぐに終わる」
そういってドイルは警察署に入っていき、一分後パトカーに乗って戻ってきた。
「分かったぞ、場所は郊外にある屋敷だ。ついでにパトカーも借りてきた」
あっという間に武器も情報も、さらには移動手段まで手に入った。シコルスキー一人で
はとてもこうはいかなかったろう。
「よし出発だ!」
一時間ほどで、彼らが乗ったパトカーは目的地にたどり着いた。莫大な土地の中に、城
とでも形容したくなるほどの巨大な洋館がそびえ立っている。果たしてしけい荘をいくつ
積み上げたらこの館と同じ体積になるのか、見当もつかない。
柳は口を半開きにしてぽつりと感想をもらした。
「……すごいですな」
「この中で大家さんと犯人が死闘を演じるってわけか」
ドイルも洋館の規模に圧倒されている。
しかしためらっている時間はない。彼らは旅行に来たわけではない。戦いに来たのだか
ら。
「ヨーイドンだぜ」
勇気を振り絞り、第一歩を踏み出すシコルスキー。引き返すことはもうできない。
ら柳は会社に、ドイルは近くのイベント会場にいるはず。さっそくシコルスキーは二人の
職場に飛び込んだ。
仕事中に乱入してきたシコルスキーに、柳とドイルは迷惑顔をあからさまに浮かべたが、
事情を説明すると快く協力してくれた。やはり両者ともオリバの副業のことは知らなかっ
た。
「いやはや驚きましたな。大家さんが狩人だったとは……」
「まったくだ。大家さんのためなら、喜んで協力するぜ」
「スパスィーバ(ありがとう)、二人とも」
心強い仲間を得た。次にすべきことは、彼ら自身の戦力強化である。せっかく助っ人に
出向いても、足手まといでは話にならない。何しろオリバが「手強い」と評すほどの相手
なのだ。
「武器と暗器ならばご安心を。会社からくすねてきましたよ」
「さすが猛毒柳だ。あとは手強い事件とやらがどこで起きてるかだが──」
「私に任せてくれ」
シコルスキーと柳が振り返ると、後ろにはいつの間にか婦警にコスプレしたドイルが立
っていた。げんなりする二人。
「すぐに終わる」
そういってドイルは警察署に入っていき、一分後パトカーに乗って戻ってきた。
「分かったぞ、場所は郊外にある屋敷だ。ついでにパトカーも借りてきた」
あっという間に武器も情報も、さらには移動手段まで手に入った。シコルスキー一人で
はとてもこうはいかなかったろう。
「よし出発だ!」
一時間ほどで、彼らが乗ったパトカーは目的地にたどり着いた。莫大な土地の中に、城
とでも形容したくなるほどの巨大な洋館がそびえ立っている。果たしてしけい荘をいくつ
積み上げたらこの館と同じ体積になるのか、見当もつかない。
柳は口を半開きにしてぽつりと感想をもらした。
「……すごいですな」
「この中で大家さんと犯人が死闘を演じるってわけか」
ドイルも洋館の規模に圧倒されている。
しかしためらっている時間はない。彼らは旅行に来たわけではない。戦いに来たのだか
ら。
「ヨーイドンだぜ」
勇気を振り絞り、第一歩を踏み出すシコルスキー。引き返すことはもうできない。
一方、洋館内では事件がクライマックスを迎えていた。
「──以上の理由から、朱沢鋭一さんを殺害した犯人はたった一人に絞られる。……マイ
ク・クイン!」
大勢の客人の中から、オリバの眼光は犯人だけを射抜く。全ての策略を打ち破られたク
インは、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
「ギバァ~ップッ! ゆ、許せなかったんだ……この俺をピエロだと侮辱したあのヤロウ
をどうしても許せなかったんだ! だからこの手で……ッ!」
こうして犯人は逮捕され、朱沢家殺人事件は異例のスピード解決を遂げた。
事件を担当していた片平恒夫刑事がオリバに駆け寄る。
「あの巧妙な密室トリックをあっさり暴いてしまうとは、さすがはミスターオリバ。また
助けられましたよ」
「簡単にいうな。なかなか手強いトリックだった。愛はないがな」
「本当にありがとうございました。報酬は明日にでも振り込ませて頂きます」
「うむ、事件があったらまた呼んでくれたまえ」
すると、外で待機していた片平の後輩が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「──どうした!」
「大変です! 外に武装した怪しい三人組が現れ、口々にミスターオリバに会わせろと叫
んでいます!」
「ミスターオリバ、心当たりは……?」
「ふむ……おそらくは復讐者(リベンジャー)だろうな」
オリバは実に楽しそうな笑みを浮かべた。犯罪者を狩るという職業柄、彼に恨みを持つ
者は少なくない。今回もその類の人間だろうと踏んだのだ。
「面白い、久々に美味いワインが飲めそうだ。……で、特徴は?」
「日本刀片手にロシア語を叫んでいる外人と、婦警のコスプレで手に爪をつけた外人。あ
と一人はスーツ姿で鎌を振り回しています! ──ご存じですか?」
オリバは凄まじい勢いで首を左右に振った。
「──以上の理由から、朱沢鋭一さんを殺害した犯人はたった一人に絞られる。……マイ
ク・クイン!」
大勢の客人の中から、オリバの眼光は犯人だけを射抜く。全ての策略を打ち破られたク
インは、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
「ギバァ~ップッ! ゆ、許せなかったんだ……この俺をピエロだと侮辱したあのヤロウ
をどうしても許せなかったんだ! だからこの手で……ッ!」
こうして犯人は逮捕され、朱沢家殺人事件は異例のスピード解決を遂げた。
事件を担当していた片平恒夫刑事がオリバに駆け寄る。
「あの巧妙な密室トリックをあっさり暴いてしまうとは、さすがはミスターオリバ。また
助けられましたよ」
「簡単にいうな。なかなか手強いトリックだった。愛はないがな」
「本当にありがとうございました。報酬は明日にでも振り込ませて頂きます」
「うむ、事件があったらまた呼んでくれたまえ」
すると、外で待機していた片平の後輩が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「──どうした!」
「大変です! 外に武装した怪しい三人組が現れ、口々にミスターオリバに会わせろと叫
んでいます!」
「ミスターオリバ、心当たりは……?」
「ふむ……おそらくは復讐者(リベンジャー)だろうな」
オリバは実に楽しそうな笑みを浮かべた。犯罪者を狩るという職業柄、彼に恨みを持つ
者は少なくない。今回もその類の人間だろうと踏んだのだ。
「面白い、久々に美味いワインが飲めそうだ。……で、特徴は?」
「日本刀片手にロシア語を叫んでいる外人と、婦警のコスプレで手に爪をつけた外人。あ
と一人はスーツ姿で鎌を振り回しています! ──ご存じですか?」
オリバは凄まじい勢いで首を左右に振った。