もはやその存在は失われた古代の王国・アルカディア。
その山奥で、よく似た顔の兄妹が、お互いを追い掛け回して遊んでいた。十歳を少し過ぎた頃だろうか。
二人は、双子だった。泣き虫な兄は妹が大好きだった。お転婆な妹も兄が大好きだった。
「ミーシャ。ぼくたち、ずっと一緒にいようね!」
兄は、妹に笑いかける。
「うん!わたし、ずっとエレフと一緒にいるね!」
妹も、兄に笑いかけた。
夕暮れの中、二人は手を繋いで、家路を競った。家のドアを開ければ、母さんが夕飯を用意して待っててくれる。
そして父さんは、優しく笑って、色んなお話をしてくれるのだ。
「「ただいま!」」
笑顔で、異口同音に、二人は家のドアを開けた―――けれど、そこに待っていたのは。
「…え?」
なんで、お家の中が、こんなに赤いんだろう?どうして母さんは、お腹から血を流して倒れてるの?
お父さんは―――なんでこんなに怖い顔をして、知らないおじさんと怒鳴りあってるの?
「ん…?なんだ、このガキは?」
その男は、長く伸ばした赤い髪を後ろで縛っていた。それはまるで、蠍の尻尾のように上向きに反り返っている。
「いかん―――逃げろ、二人とも!」
エレフもミーシャも、動けない。父は、また怒鳴った。
「逃げるんだ―――!エレフ!ミーシャ!」
その声で、ようやく呪縛が解けたように、二人は駆け出した。何が起こったのか、まるで分からない。
けど、たった一つ。今は―――逃げなければならない。逃げなければ―――!
「…ふん。アルカディア一の勇者と呼ばれた貴様が、こんな山奥で隠遁生活を送っているとはな…ええ?どういう
風の吹き回しかな?勇者ポリュデウケス!貴様ほどの男が何故、剣を捨てた!?」
「…野心家のあなたには分からんでしょうな。アルカディア王デメトリウスが弟君、スコルピオス殿下よ!」
「ふん…所詮は王になれぬ身の上とでも言いたそうだな?それならそれでも構わんさ。別の方法を取るまで―――
それには力があるに越したことはない。どうだ?私に仕えんか?貴様ならば大歓迎だ」
「我が妻を殺しておいて…よくそんなことが言えたな!」
「そうか。ならば―――冥府の王にでも仕えるのだな!」
しばし、剣戟の音だけが響き―――ドアを開けて、姿を現したのは、返り血を浴び、真っ赤に染まった蠍―――
―――森に隠れた二人は、震えながら抱き合っていた。
「エレフ…」
「じっとしてるんだ、ミーシャ…きっと、すぐに父様が迎えにきてくれるよ」
エレフは、自分でもまるで信じていないことを言った。
何故か、確信してしまっていた―――父もまた、殺されているであろうことを。
その時だった。
(フフフ…)
何者かの声が、エレフには確かに聴こえた。
(マダダヨ、マダマダ…本当ニ辛ク悲シィ運命ハ、マダコレカラダ…本当ノ絶望ハ、マダ始マッテスラィナイ…)
その声の、何と薄気味悪いことか。地獄の底から響くような、暗く澱んだ声。
(誰…?あなたは、誰なの…?なんで、ぼくを呼んでいるの…?)
(我カィ?我ハ…………ダヨ。エレフ)
(え?今、なんて…)
ざっ!足音が響き、びくっと身を震わせた。目の前にいたのは、あの、蠍の男―――
「ガキか…殺してしまってもいいが…ふん。奴隷市場にでも売ってやるとするか」
「奴隷…市場…?い、いやだ、そんなの…うわぁっ!」
襟首を掴まれ、妹共々宙吊りにされる。エレフは泣き叫びながら男を蹴り飛ばすが、ビクともしない。
「ククク…憎むならば、運命を憎め。万物の創造主、全ての命の母。この世界を統べる、無慈悲にして残酷なる
運命の女神―――<Moira(ミラ)>をな…」
「ミ…ラ…」
女神様。何故?何故、ぼくたちにこんな酷いことをするの?ぼくたちが、何をしたの?ねえ―――
(ソゥ―――無慈悲デ、残酷デ、不条理ダロゥ?其レコソガ女神ノ本質ダ―――)
エレフの脳裏にはまた、あの声が響く。
(モットモット憎ミタマェ、コノ世界ヲ―――)
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」
少年の絶叫。無慈悲な運命(かみ)は、そんな切なる叫びにすら、耳を貸してはくれない。
―――それから、遥か数千年の時を越えた地で、物語は廻り出す―――
その山奥で、よく似た顔の兄妹が、お互いを追い掛け回して遊んでいた。十歳を少し過ぎた頃だろうか。
二人は、双子だった。泣き虫な兄は妹が大好きだった。お転婆な妹も兄が大好きだった。
「ミーシャ。ぼくたち、ずっと一緒にいようね!」
兄は、妹に笑いかける。
「うん!わたし、ずっとエレフと一緒にいるね!」
妹も、兄に笑いかけた。
夕暮れの中、二人は手を繋いで、家路を競った。家のドアを開ければ、母さんが夕飯を用意して待っててくれる。
そして父さんは、優しく笑って、色んなお話をしてくれるのだ。
「「ただいま!」」
笑顔で、異口同音に、二人は家のドアを開けた―――けれど、そこに待っていたのは。
「…え?」
なんで、お家の中が、こんなに赤いんだろう?どうして母さんは、お腹から血を流して倒れてるの?
お父さんは―――なんでこんなに怖い顔をして、知らないおじさんと怒鳴りあってるの?
「ん…?なんだ、このガキは?」
その男は、長く伸ばした赤い髪を後ろで縛っていた。それはまるで、蠍の尻尾のように上向きに反り返っている。
「いかん―――逃げろ、二人とも!」
エレフもミーシャも、動けない。父は、また怒鳴った。
「逃げるんだ―――!エレフ!ミーシャ!」
その声で、ようやく呪縛が解けたように、二人は駆け出した。何が起こったのか、まるで分からない。
けど、たった一つ。今は―――逃げなければならない。逃げなければ―――!
「…ふん。アルカディア一の勇者と呼ばれた貴様が、こんな山奥で隠遁生活を送っているとはな…ええ?どういう
風の吹き回しかな?勇者ポリュデウケス!貴様ほどの男が何故、剣を捨てた!?」
「…野心家のあなたには分からんでしょうな。アルカディア王デメトリウスが弟君、スコルピオス殿下よ!」
「ふん…所詮は王になれぬ身の上とでも言いたそうだな?それならそれでも構わんさ。別の方法を取るまで―――
それには力があるに越したことはない。どうだ?私に仕えんか?貴様ならば大歓迎だ」
「我が妻を殺しておいて…よくそんなことが言えたな!」
「そうか。ならば―――冥府の王にでも仕えるのだな!」
しばし、剣戟の音だけが響き―――ドアを開けて、姿を現したのは、返り血を浴び、真っ赤に染まった蠍―――
―――森に隠れた二人は、震えながら抱き合っていた。
「エレフ…」
「じっとしてるんだ、ミーシャ…きっと、すぐに父様が迎えにきてくれるよ」
エレフは、自分でもまるで信じていないことを言った。
何故か、確信してしまっていた―――父もまた、殺されているであろうことを。
その時だった。
(フフフ…)
何者かの声が、エレフには確かに聴こえた。
(マダダヨ、マダマダ…本当ニ辛ク悲シィ運命ハ、マダコレカラダ…本当ノ絶望ハ、マダ始マッテスラィナイ…)
その声の、何と薄気味悪いことか。地獄の底から響くような、暗く澱んだ声。
(誰…?あなたは、誰なの…?なんで、ぼくを呼んでいるの…?)
(我カィ?我ハ…………ダヨ。エレフ)
(え?今、なんて…)
ざっ!足音が響き、びくっと身を震わせた。目の前にいたのは、あの、蠍の男―――
「ガキか…殺してしまってもいいが…ふん。奴隷市場にでも売ってやるとするか」
「奴隷…市場…?い、いやだ、そんなの…うわぁっ!」
襟首を掴まれ、妹共々宙吊りにされる。エレフは泣き叫びながら男を蹴り飛ばすが、ビクともしない。
「ククク…憎むならば、運命を憎め。万物の創造主、全ての命の母。この世界を統べる、無慈悲にして残酷なる
運命の女神―――<Moira(ミラ)>をな…」
「ミ…ラ…」
女神様。何故?何故、ぼくたちにこんな酷いことをするの?ぼくたちが、何をしたの?ねえ―――
(ソゥ―――無慈悲デ、残酷デ、不条理ダロゥ?其レコソガ女神ノ本質ダ―――)
エレフの脳裏にはまた、あの声が響く。
(モットモット憎ミタマェ、コノ世界ヲ―――)
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」
少年の絶叫。無慈悲な運命(かみ)は、そんな切なる叫びにすら、耳を貸してはくれない。
―――それから、遥か数千年の時を越えた地で、物語は廻り出す―――
遊☆戯☆王 ~超古代決闘神話~ 序章
ごく普通の高校、童実野(どみの)高校は、ごく普通に、修学旅行の真っ最中。
「ほら、城之内くん!見てよ、ギリシャの街だよ!」
大人しそうな顔の割に、やたら奇抜な髪型と、胸元のピラミッド型のアクセサリ―――千年パズルと呼ばれる、
不思議なアイテム―――が特徴的な少年―――武藤遊戯(むとうゆうぎ)が、はしゃぎ声を上げながら隣の席の
親友に話しかけた。
「おっ、ついに到着か!どれどれ、ちょっと席変わってくれ!」
見た目は少々不良っぽいが、正義漢にして熱血漢、誰よりも義理人情に篤い少年―――
城之内克也(じょうのうちかつや)が遊戯と交代で、窓際の席に移る。
「ひゃ~…これがギリシャか。やっぱ日本とは違うカンジがすんなー」
飛行機の窓から見えるギリシャの街並みに、城之内は感嘆の声をあげた。
「しかし意外とほら、古代の神殿とかそういうのは見あたらねーなー」
そんなことをのたまう城之内に対して、前の席からクックック、と小馬鹿にした笑い声がかけられた。
「ふぅん、そんなものがそこかしこにあるはずがなかろう。流石は凡骨、モノを知らんな」
バカにしきった態度で嘲る、やたら尊大なこの男の名は海馬瀬人(かいばせと)という。高校生にして大会社の
社長であり、あらゆる面で優秀ではあるが、性格には多少―――否、多大な問題がある。
よく言えば個性的、悪く言えば人格破綻者である。
「うるせえ海馬!なんでテメー普通にこんな学校行事に参加してやがんだよ!?会社はどうした、会社は!?
つーかバトルシティ終わった後でアメリカ行ったはずだろうが!」
「フン、貴様如きに心配される海馬コーポレーションではないわ。たまには骨休めに、貴様らと遊んでやるのも
悪くないと思ったまでだ…むしろオレがこのような低俗な旅行に同行してやったことをありがたく思うのだな!」
「うわ…相変わらず、強烈な言動だぜ…」
「本当にね。城之内の言い草じゃないけど、よくこの人が学校行事に参加しようなんて思ったわね…」
「はは…けど、意外と楽しそうだよ、みんな」
遊戯たちの友人である本田・杏子・獏良も、苦笑いしながら彼らのほのぼのとした(?)やり取りを見守った。
「ほら、城之内くん!見てよ、ギリシャの街だよ!」
大人しそうな顔の割に、やたら奇抜な髪型と、胸元のピラミッド型のアクセサリ―――千年パズルと呼ばれる、
不思議なアイテム―――が特徴的な少年―――武藤遊戯(むとうゆうぎ)が、はしゃぎ声を上げながら隣の席の
親友に話しかけた。
「おっ、ついに到着か!どれどれ、ちょっと席変わってくれ!」
見た目は少々不良っぽいが、正義漢にして熱血漢、誰よりも義理人情に篤い少年―――
城之内克也(じょうのうちかつや)が遊戯と交代で、窓際の席に移る。
「ひゃ~…これがギリシャか。やっぱ日本とは違うカンジがすんなー」
飛行機の窓から見えるギリシャの街並みに、城之内は感嘆の声をあげた。
「しかし意外とほら、古代の神殿とかそういうのは見あたらねーなー」
そんなことをのたまう城之内に対して、前の席からクックック、と小馬鹿にした笑い声がかけられた。
「ふぅん、そんなものがそこかしこにあるはずがなかろう。流石は凡骨、モノを知らんな」
バカにしきった態度で嘲る、やたら尊大なこの男の名は海馬瀬人(かいばせと)という。高校生にして大会社の
社長であり、あらゆる面で優秀ではあるが、性格には多少―――否、多大な問題がある。
よく言えば個性的、悪く言えば人格破綻者である。
「うるせえ海馬!なんでテメー普通にこんな学校行事に参加してやがんだよ!?会社はどうした、会社は!?
つーかバトルシティ終わった後でアメリカ行ったはずだろうが!」
「フン、貴様如きに心配される海馬コーポレーションではないわ。たまには骨休めに、貴様らと遊んでやるのも
悪くないと思ったまでだ…むしろオレがこのような低俗な旅行に同行してやったことをありがたく思うのだな!」
「うわ…相変わらず、強烈な言動だぜ…」
「本当にね。城之内の言い草じゃないけど、よくこの人が学校行事に参加しようなんて思ったわね…」
「はは…けど、意外と楽しそうだよ、みんな」
遊戯たちの友人である本田・杏子・獏良も、苦笑いしながら彼らのほのぼのとした(?)やり取りを見守った。
「―――おっしゃ!到着~!…は、いいけどよ。教師共の話なんて、つまんねーよなー」
空港前。異国の街並を前にしてお預けを喰らった気分で、城之内がそんなことをぼやいた。
「しょうがないことだけど、確かに退屈かもね…」
「だろ?早く終わんねーかなー」
そんな願いが届いたのか、教師の話が終わり、次の集合時間まで自由行動の時間となった。
「おっしゃあ、探検だ探検!遊戯、みんな、行くぞ!」
「うん!」
城之内と共に元気よく走り出そうとする遊戯だったが、ふと振り向いて、海馬にも声をかけた。
「海馬くんも、一緒にいかない?」
しかし、返答はつれない。
「フン、貴様らと一緒に物見遊山など願い下げだ。オレはデッキの調整でもしておくさ」
言って、海馬は持っていたジュラルミンケースを地面に降ろし、中にぎっしり詰まっていたカードを弄くり出した。
―――デュエルモンスターズ。世界中で大人気のカードゲーム。勿論遊戯と城之内も愛好している。
デッキとはゲームに使うカードの束のことで、どんなカードを組み込むか、その構築方法は無限と言える。
何しろ数千・数万とも言われる膨大な種類のカードがあるのだ。同じデッキを使っている者などまずいない。
勝負は既に、このデッキ構築の時点で始まっているのだ。海馬は自分のデッキから、彼の代名詞とも言うべき
カード―――<青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)>を抜き出し、うっとりした顔で見つめる。
世界で三枚しか存在せず、三枚とも全て彼が独占している、超強力なカードだ。冷徹で無愛想な海馬ではあるが、
そんな彼が愛情を向けるのは、実の弟であるモクバ以外ではこのカードだけだろう。
「美しい…」
「おい、遊戯。もうこんな奴ほっといていこうぜ」
「うーん…じゃあ、また後でね、海馬くん」
遊戯たちは街の雑踏へと消えていった。海馬はそれを横目にしながら、デッキ調整を続ける。
「ちっ…数分で終わってしまった」
基本的に彼のデッキ構成は<相手を圧倒的パワーで捻じ伏せつつ、如何にブルーアイズを活躍させるか>―――
これに尽きる。デッキ調整とはいっても、余りいじる部分もなく終了し、手持ち無沙汰となってしまった。
デュエルディスク(腕に取り付けるデュエルモンスターズをプレイするための道具。カードの絵柄を立体映像として
顕現させる、何気にすごい発明品である)で、ブルーアイズを意味もなく映し出す。見惚れる。さらに数分。
「…フン。勘違いするな。凡骨どもをからかってやるのも面白いと思っただけだ…」
誰にともなく言い訳しながら、海馬は渋々、遊戯たちが向かった方へと歩き出した…。
空港前。異国の街並を前にしてお預けを喰らった気分で、城之内がそんなことをぼやいた。
「しょうがないことだけど、確かに退屈かもね…」
「だろ?早く終わんねーかなー」
そんな願いが届いたのか、教師の話が終わり、次の集合時間まで自由行動の時間となった。
「おっしゃあ、探検だ探検!遊戯、みんな、行くぞ!」
「うん!」
城之内と共に元気よく走り出そうとする遊戯だったが、ふと振り向いて、海馬にも声をかけた。
「海馬くんも、一緒にいかない?」
しかし、返答はつれない。
「フン、貴様らと一緒に物見遊山など願い下げだ。オレはデッキの調整でもしておくさ」
言って、海馬は持っていたジュラルミンケースを地面に降ろし、中にぎっしり詰まっていたカードを弄くり出した。
―――デュエルモンスターズ。世界中で大人気のカードゲーム。勿論遊戯と城之内も愛好している。
デッキとはゲームに使うカードの束のことで、どんなカードを組み込むか、その構築方法は無限と言える。
何しろ数千・数万とも言われる膨大な種類のカードがあるのだ。同じデッキを使っている者などまずいない。
勝負は既に、このデッキ構築の時点で始まっているのだ。海馬は自分のデッキから、彼の代名詞とも言うべき
カード―――<青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)>を抜き出し、うっとりした顔で見つめる。
世界で三枚しか存在せず、三枚とも全て彼が独占している、超強力なカードだ。冷徹で無愛想な海馬ではあるが、
そんな彼が愛情を向けるのは、実の弟であるモクバ以外ではこのカードだけだろう。
「美しい…」
「おい、遊戯。もうこんな奴ほっといていこうぜ」
「うーん…じゃあ、また後でね、海馬くん」
遊戯たちは街の雑踏へと消えていった。海馬はそれを横目にしながら、デッキ調整を続ける。
「ちっ…数分で終わってしまった」
基本的に彼のデッキ構成は<相手を圧倒的パワーで捻じ伏せつつ、如何にブルーアイズを活躍させるか>―――
これに尽きる。デッキ調整とはいっても、余りいじる部分もなく終了し、手持ち無沙汰となってしまった。
デュエルディスク(腕に取り付けるデュエルモンスターズをプレイするための道具。カードの絵柄を立体映像として
顕現させる、何気にすごい発明品である)で、ブルーアイズを意味もなく映し出す。見惚れる。さらに数分。
「…フン。勘違いするな。凡骨どもをからかってやるのも面白いと思っただけだ…」
誰にともなく言い訳しながら、海馬は渋々、遊戯たちが向かった方へと歩き出した…。
「―――なあ、遊戯。あれ、何やってんだろ?工事でもしてんのか?」
「それにしては、なんだか様子がおかしいね」
ガヤガヤと野次馬が集まっている、街の外れ。興味をそそられた遊戯たちは、野次馬を掻き分けて覗き見る。
「ぬう…何故オレがこのような騒がしい場所を見物せねばならん。全く…」
勝手に付いてきたくせに勝手なことをのたまう我儘な海馬であった。城之内は海馬に構わず人混みの中を進む。
「お、おわっ…!」
そして、バランスを崩して、人だかりの中心に向けてすっ転んでしまった。いたた、と尻を押さえる城之内に、
大きく分厚い手が差し出された。
「おー、坊や!大丈夫ですか?」
「あ、はい。だいじょぶっす…」
―――外国人だが、ギリシャ人というわけでもでもないようだった。サンタクロースみたいな白髪に口髭を蓄えた、
赤ら顔のがっちりした体格の男。傍らには大きなスコップが置かれている。
「城之内くん、怪我してない?派手に転んだけど…」
「おう、遊戯も来たか。あのさ、おっさん。オレたち日本の高校生で、修学旅行で来たんすけど、ここで何をしてる
んですかね?」
「ほほう、気になりますか?」
「なりますなります」
城之内が調子よくモミ手する。
「んっふっふっふ…そうですかそうですか。それではまずは自己紹介。わたくしロシアから来た謎の大富豪、名を
アレクセイ・ロマーノヴィチ・ズヴォリンスキーと申します。今はここで、古代遺跡の発掘をしてるのですよ」
「古代遺跡?へえー、こんなところにそんなのがあるんすか!」
「うーん…あるのやら、ないのやら、正直分かりませんねー…」
「え?あるから発掘してるんじゃないんですか?」
遊戯が不思議な顔をして訊ねる。ズヴォリンスキーは何とも言えない顔で笑った。
「わたくしの調べでは、この辺りにあると睨んでいるのですが、どうでしょうね…何しろ、手がかりがこれしか」
彼が取り出したのは、一冊の古びた本だった。相当読み込んだのだろう、所々手垢と擦り切れだらけだ。
「<エレフセイア>―――これは古代ギリシャを舞台とした叙事詩です―――わたくし、母の形見であるこの本が
大好きでして。子供の頃からずっと、この本は実話を元にして書かれたんだ、いつかお金持ちになってその遺跡を
発掘してやると、そう思っていました」
「へえー…なんかアレみたいだな、ほら、キューリマン!」
「シュリーマンだ、凡骨め」
「…で、それって、どんな話なんすか?」
海馬の冷たいツッコミは聞こえなかったフリをし、城之内はズヴォリンスキーに訊ねた。
「ふむ。かいつまんで言うと、こんな悲しいお話ですよ、坊や」
そう前置きしてズヴォリンスキーが語ったのは、古代ギリシャを舞台にした一大悲劇。
伝説の中にのみ存在する国・アルカディア。その山奥に優しい両親と共に住む双子。
兄・エレウセウス―――愛称エレフ。妹・アルテミシア―――愛称ミーシャ。
幸せに暮らしていた二人。だがある日、謎の男に襲われ、両親は惨殺、二人は奴隷市場に売られてしまう。
エレフは風の都と呼ばれるイリオンで城壁を築く労働力として。ミーシャは遊女見習いとして。
厳しい奴隷暮らしに耐えかねたエレフは奴隷仲間のオリオンと共に脱出を企てる。その時、偶然にもイリオンに
来ていたミーシャを発見し、三人で共に逃げるも、忍び込んだ船は嵐に遭って難破し、三人は散り散りに。
ミーシャは星女神の聖域であるレスボス島に流れ着き、その加護を受けて巫女となる。
オリオンは数々の武勇を残し、星女神の寵愛を受けた勇者となる。
エレフはといえば、妹を探し旅を続けたが、ついに彼女を見つけた時には、もはや遅し。
野心に囚われ、神の力を求めるアルカディア王弟・スコルピオスによって、ミーシャは神への生贄に捧げられた。
冷たくなった彼女を抱きしめ、エレフは涙に暮れる―――
オリオンは彼女の復讐に乗り出したが、彼もまた、スコルピオスによって斃された―――
そんな―――悲しい話だった。
「う…う…うおおおおおお!」
城之内は、号泣した。そりゃもう。滝のように。
「そんな話があるかよ!兄貴と妹が離れ離れになって、しかも妹が死んじまうなんて…チクショウ!出てきやがれ、
スコなんとか!オレがテメエをぶっ潰してやる!」
「お、落ち着きなよ、城之内くん…」
ぐしっと袖で涙を拭う城之内。離れ離れで暮らす妹がいる彼としては、物語の中の話といえども、他人事ではない
のかもしれない。
「おおーう…!そこまで感激してくれるなんて、わたくしもお話したかいがあったというものです、スパシーバ、
スパシーバ!その通り、実に悲しい、涙もチョチョギレンスキーな物語なのです、これは!しかもまだまだ終わり
じゃありません!本当に悲しくなるのはここからでござい…」
「フン、くだらんな…所詮そんなものは原始人が妄想した作り話にすぎん。非ィ現実的だ」
海馬は鼻で笑って会話を打ち切ろうとしたが、ズヴォリンスキーはノンノン、と指を振った。
「実はこの叙事詩の中の王国・アルカディアは、この辺りに実在したという説があるのですよ~、坊や!わたくし
はそれを信じ、私財を投げ打ち、こうして穴を掘っているのです!そう…学者たちには確かにバカにされています。
成金野郎の妄想だ、道楽だとね…けれど、わたくしは眩く輝く黄金や、世界中に轟く名声が欲しいのではない…
ただ、夢が見たいのです!燃えるような…熱い夢が!」
ズヴォリンスキーはそう言って、突然声を張り上げて唄い始めた。
『運命は残酷だ されど彼女を恐れるな 女神(ミラ)が戦わぬ者に微笑むことなど 決してないのだから―――』
目を丸くする遊戯たちに向けて、彼は太い笑みを見せた。
「これは、そのアルカディアの王子・雷の獅子と呼ばれた英雄レオンティウスの言葉です。わたくし、この一節が、
だいだいだいだいだーーーい好きでして、この言葉を胸に苦難に立ち向かっておるわけです、ハイ!」
城之内はそれを聴いてワナワナと身を震わせていた。どうやら何かが彼の心の琴線に触れたらしい。
「うおおおお!すっげえぜオッサン!オレも燃えてきた!よし、スコップ貸してくれ!オレも掘ってやるぜ!そして
見つけてやる!古代のロマンってヤツをなァ!」
城之内はバカでかく掘られた穴に飛び込み、勢いよくスコップを突き立てた。ガスガスと掘る。掘りまくった。
「うんうん、元気がいいのはよいことです、坊や。穴があったらぁ…掘りたい!それがロマン!んっふっふ…けれど
ねえ、発掘というのは、そう簡単なことではありませんよ。わたくしも、もう何年も掘ってますが、未だに…」
そう言おうとした時だった。ガッキーン!と、城之内のスコップが音を立てて―――
地面が、ガラガラと崩れた。足場を失い、遊戯たちは暗い穴の底へ、真っ逆様に落ちていった。
「わァァァァっ!?」
「ぬぅぅぅっ!?」
転がり、尻餅を突き、穴の底へと落ちていった遊戯・城之内・海馬・ズヴォリンスキーの四人。幸いにも大した高さ
ではなかったおかげか、みな怪我はない。
「おーい、みんな!大丈夫かよ!?」
上からは、離れた位置にいたおかげで難を逃れた本田たちが心配そうに覗き込んでいる。
「おう、この通りだ。ピンピンしてるぜ」
しかし問題は、そこではない―――ここはなんなのか?
「ううーん…どうやら私の掘った穴のもう少し下に、この空洞があったようですねぇ…それをこの坊やがスコップで
叩いてしまった、と…」
ズヴォリンスキーは言葉を切った。目の前に広がる光景に気付いたのだった。
「わあ…」
「すげえ…」
「ほー…」
海馬ですらも、それには感嘆の溜息を漏らしていた。その光景は、まさに古代のロマン。
元々は、何かの神殿だったのだろうか。装飾が施された柱が並ぶ、古代ギリシャと聞いて誰もがイメージする通りの
荘厳な建物。その周囲にも、同じような様式の建築物が立ち並んでいる。
古ぼけて表面があらかた剥がれ落ちた今でも―――否、だからこそ神々しい輝きを放っているかのようだった。
「ひゃ~…まるきりアレじゃねえか。ほら、聖闘士星矢!城之内流星け~~んってか?」
城之内が鼻息を荒くしてまくし立てる。
「は、は、は…ハラショー…ハラショー…ハァァァァラショォォォ~~~~~ッ!!!」
ズヴォリンスキーも興奮のあまり叫ぶ。今にも血管がぶち切れそうな勢いだった。そのテンションのままに彼は
神殿へと突入していく。
「おい、オッサン!待ってくれよ…遊戯、オレたちも行こうぜ!」
「うん!」
遊戯と城之内も並んで走り出す。海馬は呆れたように三人を見送っていたが、やがて鼻を鳴らしつつも彼らの後を
追っていった。
「それにしては、なんだか様子がおかしいね」
ガヤガヤと野次馬が集まっている、街の外れ。興味をそそられた遊戯たちは、野次馬を掻き分けて覗き見る。
「ぬう…何故オレがこのような騒がしい場所を見物せねばならん。全く…」
勝手に付いてきたくせに勝手なことをのたまう我儘な海馬であった。城之内は海馬に構わず人混みの中を進む。
「お、おわっ…!」
そして、バランスを崩して、人だかりの中心に向けてすっ転んでしまった。いたた、と尻を押さえる城之内に、
大きく分厚い手が差し出された。
「おー、坊や!大丈夫ですか?」
「あ、はい。だいじょぶっす…」
―――外国人だが、ギリシャ人というわけでもでもないようだった。サンタクロースみたいな白髪に口髭を蓄えた、
赤ら顔のがっちりした体格の男。傍らには大きなスコップが置かれている。
「城之内くん、怪我してない?派手に転んだけど…」
「おう、遊戯も来たか。あのさ、おっさん。オレたち日本の高校生で、修学旅行で来たんすけど、ここで何をしてる
んですかね?」
「ほほう、気になりますか?」
「なりますなります」
城之内が調子よくモミ手する。
「んっふっふっふ…そうですかそうですか。それではまずは自己紹介。わたくしロシアから来た謎の大富豪、名を
アレクセイ・ロマーノヴィチ・ズヴォリンスキーと申します。今はここで、古代遺跡の発掘をしてるのですよ」
「古代遺跡?へえー、こんなところにそんなのがあるんすか!」
「うーん…あるのやら、ないのやら、正直分かりませんねー…」
「え?あるから発掘してるんじゃないんですか?」
遊戯が不思議な顔をして訊ねる。ズヴォリンスキーは何とも言えない顔で笑った。
「わたくしの調べでは、この辺りにあると睨んでいるのですが、どうでしょうね…何しろ、手がかりがこれしか」
彼が取り出したのは、一冊の古びた本だった。相当読み込んだのだろう、所々手垢と擦り切れだらけだ。
「<エレフセイア>―――これは古代ギリシャを舞台とした叙事詩です―――わたくし、母の形見であるこの本が
大好きでして。子供の頃からずっと、この本は実話を元にして書かれたんだ、いつかお金持ちになってその遺跡を
発掘してやると、そう思っていました」
「へえー…なんかアレみたいだな、ほら、キューリマン!」
「シュリーマンだ、凡骨め」
「…で、それって、どんな話なんすか?」
海馬の冷たいツッコミは聞こえなかったフリをし、城之内はズヴォリンスキーに訊ねた。
「ふむ。かいつまんで言うと、こんな悲しいお話ですよ、坊や」
そう前置きしてズヴォリンスキーが語ったのは、古代ギリシャを舞台にした一大悲劇。
伝説の中にのみ存在する国・アルカディア。その山奥に優しい両親と共に住む双子。
兄・エレウセウス―――愛称エレフ。妹・アルテミシア―――愛称ミーシャ。
幸せに暮らしていた二人。だがある日、謎の男に襲われ、両親は惨殺、二人は奴隷市場に売られてしまう。
エレフは風の都と呼ばれるイリオンで城壁を築く労働力として。ミーシャは遊女見習いとして。
厳しい奴隷暮らしに耐えかねたエレフは奴隷仲間のオリオンと共に脱出を企てる。その時、偶然にもイリオンに
来ていたミーシャを発見し、三人で共に逃げるも、忍び込んだ船は嵐に遭って難破し、三人は散り散りに。
ミーシャは星女神の聖域であるレスボス島に流れ着き、その加護を受けて巫女となる。
オリオンは数々の武勇を残し、星女神の寵愛を受けた勇者となる。
エレフはといえば、妹を探し旅を続けたが、ついに彼女を見つけた時には、もはや遅し。
野心に囚われ、神の力を求めるアルカディア王弟・スコルピオスによって、ミーシャは神への生贄に捧げられた。
冷たくなった彼女を抱きしめ、エレフは涙に暮れる―――
オリオンは彼女の復讐に乗り出したが、彼もまた、スコルピオスによって斃された―――
そんな―――悲しい話だった。
「う…う…うおおおおおお!」
城之内は、号泣した。そりゃもう。滝のように。
「そんな話があるかよ!兄貴と妹が離れ離れになって、しかも妹が死んじまうなんて…チクショウ!出てきやがれ、
スコなんとか!オレがテメエをぶっ潰してやる!」
「お、落ち着きなよ、城之内くん…」
ぐしっと袖で涙を拭う城之内。離れ離れで暮らす妹がいる彼としては、物語の中の話といえども、他人事ではない
のかもしれない。
「おおーう…!そこまで感激してくれるなんて、わたくしもお話したかいがあったというものです、スパシーバ、
スパシーバ!その通り、実に悲しい、涙もチョチョギレンスキーな物語なのです、これは!しかもまだまだ終わり
じゃありません!本当に悲しくなるのはここからでござい…」
「フン、くだらんな…所詮そんなものは原始人が妄想した作り話にすぎん。非ィ現実的だ」
海馬は鼻で笑って会話を打ち切ろうとしたが、ズヴォリンスキーはノンノン、と指を振った。
「実はこの叙事詩の中の王国・アルカディアは、この辺りに実在したという説があるのですよ~、坊や!わたくし
はそれを信じ、私財を投げ打ち、こうして穴を掘っているのです!そう…学者たちには確かにバカにされています。
成金野郎の妄想だ、道楽だとね…けれど、わたくしは眩く輝く黄金や、世界中に轟く名声が欲しいのではない…
ただ、夢が見たいのです!燃えるような…熱い夢が!」
ズヴォリンスキーはそう言って、突然声を張り上げて唄い始めた。
『運命は残酷だ されど彼女を恐れるな 女神(ミラ)が戦わぬ者に微笑むことなど 決してないのだから―――』
目を丸くする遊戯たちに向けて、彼は太い笑みを見せた。
「これは、そのアルカディアの王子・雷の獅子と呼ばれた英雄レオンティウスの言葉です。わたくし、この一節が、
だいだいだいだいだーーーい好きでして、この言葉を胸に苦難に立ち向かっておるわけです、ハイ!」
城之内はそれを聴いてワナワナと身を震わせていた。どうやら何かが彼の心の琴線に触れたらしい。
「うおおおお!すっげえぜオッサン!オレも燃えてきた!よし、スコップ貸してくれ!オレも掘ってやるぜ!そして
見つけてやる!古代のロマンってヤツをなァ!」
城之内はバカでかく掘られた穴に飛び込み、勢いよくスコップを突き立てた。ガスガスと掘る。掘りまくった。
「うんうん、元気がいいのはよいことです、坊や。穴があったらぁ…掘りたい!それがロマン!んっふっふ…けれど
ねえ、発掘というのは、そう簡単なことではありませんよ。わたくしも、もう何年も掘ってますが、未だに…」
そう言おうとした時だった。ガッキーン!と、城之内のスコップが音を立てて―――
地面が、ガラガラと崩れた。足場を失い、遊戯たちは暗い穴の底へ、真っ逆様に落ちていった。
「わァァァァっ!?」
「ぬぅぅぅっ!?」
転がり、尻餅を突き、穴の底へと落ちていった遊戯・城之内・海馬・ズヴォリンスキーの四人。幸いにも大した高さ
ではなかったおかげか、みな怪我はない。
「おーい、みんな!大丈夫かよ!?」
上からは、離れた位置にいたおかげで難を逃れた本田たちが心配そうに覗き込んでいる。
「おう、この通りだ。ピンピンしてるぜ」
しかし問題は、そこではない―――ここはなんなのか?
「ううーん…どうやら私の掘った穴のもう少し下に、この空洞があったようですねぇ…それをこの坊やがスコップで
叩いてしまった、と…」
ズヴォリンスキーは言葉を切った。目の前に広がる光景に気付いたのだった。
「わあ…」
「すげえ…」
「ほー…」
海馬ですらも、それには感嘆の溜息を漏らしていた。その光景は、まさに古代のロマン。
元々は、何かの神殿だったのだろうか。装飾が施された柱が並ぶ、古代ギリシャと聞いて誰もがイメージする通りの
荘厳な建物。その周囲にも、同じような様式の建築物が立ち並んでいる。
古ぼけて表面があらかた剥がれ落ちた今でも―――否、だからこそ神々しい輝きを放っているかのようだった。
「ひゃ~…まるきりアレじゃねえか。ほら、聖闘士星矢!城之内流星け~~んってか?」
城之内が鼻息を荒くしてまくし立てる。
「は、は、は…ハラショー…ハラショー…ハァァァァラショォォォ~~~~~ッ!!!」
ズヴォリンスキーも興奮のあまり叫ぶ。今にも血管がぶち切れそうな勢いだった。そのテンションのままに彼は
神殿へと突入していく。
「おい、オッサン!待ってくれよ…遊戯、オレたちも行こうぜ!」
「うん!」
遊戯と城之内も並んで走り出す。海馬は呆れたように三人を見送っていたが、やがて鼻を鳴らしつつも彼らの後を
追っていった。
―――遊戯たちはズヴォリンスキーを探しつつ、感極まった様子(約一名除く)で神殿内部を探索する。
「うっひゃー!すっげえな、こりゃ。まさに古代ギリシャの世界ってカンジだぜ!」
「フン。オレにとってはただの過去の遺物だ。下らん」
「海馬…お前、もう帰れよ…」
もはや苛立ちを通り越して、ゲンナリした表情で城之内はぼやいた。そんな二人の間に挟まれた遊戯は、可哀想な
くらい気まずそうだった。
(はは…苦労してるな、相棒)
そんな彼の苦労を、気楽な口調で笑い飛ばす声が、心の中で響く。
(酷いなあ、もう。笑わないでよ)
その声に対し、遊戯も千年パズルを撫でながら、口を尖らせる。
「うっひゃー!すっげえな、こりゃ。まさに古代ギリシャの世界ってカンジだぜ!」
「フン。オレにとってはただの過去の遺物だ。下らん」
「海馬…お前、もう帰れよ…」
もはや苛立ちを通り越して、ゲンナリした表情で城之内はぼやいた。そんな二人の間に挟まれた遊戯は、可哀想な
くらい気まずそうだった。
(はは…苦労してるな、相棒)
そんな彼の苦労を、気楽な口調で笑い飛ばす声が、心の中で響く。
(酷いなあ、もう。笑わないでよ)
その声に対し、遊戯も千年パズルを撫でながら、口を尖らせる。
―――彼の中には、もう一人の自分ともいうべき存在がいる。表と、裏。光と、闇。まるで性格の違う両者だが、
互いになくてはならない、大切な相棒だと認識している。
このことは城之内にも周知の事実だ―――普通なら不気味な存在として恐れられるやもしれないもう一人の自分
を―――遊戯自身すら恐れていたそれを、城之内は驚きながらも、恐れることなく受け止めた。
(だからボクも、もう一人のボクを…キミのことを、受け入れることができたんだ)
(ん?どうした、相棒。急にあらたまって)
(いや…城之内くんと友達で、よかったなって)
(ははは、当たり前のことを言うなよ)
二人は(心の中で)顔を見合わせて、笑いあう。と―――海馬が、意味深な顔で、こちらを見ていた。
「フン…もう一人の遊戯、か」
「か、海馬くん、そんな怖い顔しないでよ…」
海馬は<もう一人の遊戯>に対して、並々ならぬ敵愾心を抱いている。その粘着ぶりははっきり言って、下手な
ストーカーなどよりよほど恐ろしいものがある。遊戯は慌てて話題をすり替えた。
「ほ、ほら!あっちの方に、なんだか広くて立派な部屋があるよ!」
「お、ホントだ。お宝でもあったりしてな。入ってみようぜ!」
城之内に急かされ、三人は大部屋に足を踏み入れた。そこにはお宝はなかった―――否。ある意味では、凄まじい
宝と言えるかもしれない。
それは、精妙に造られた、三体の石像だった。見た限りでは大した損傷もなく、完全な形を残しているようだ。
「ねえ…大昔の石像が、こんなにはっきりした形で残ってるなんて、もしかして凄い発見なんじゃ!?」
「おいおい、もしかして新聞にオレたちの名前が載っちまうか!?」
「フン。新聞どころか、歴史書に名が残っても不思議ではないな」
海馬は何でもなさそうに言ったが、それを聞いた二人はひゃ~っと飛び上がった。海馬はそれを冷ややかに見つめ、
鼻を鳴らした。が―――そんな冷静な彼だからこそ、気付いた。
「…バカな。どういうことだ、これは」
「え?どうしたの、海馬くん」
「見てみろ、こいつらの顔を…!」
「あん?こいつらの顔がどうしたって…」
遊戯と城之内は、マジマジと石像の顔を見つめ―――そして驚きのあまり、目を大きく見開いた。
「こ、これって…ボクたち三人に、そっくりじゃないか!」
「ほ、ホントだ…おい海馬、どういうこった!?」
「オレに聞いてどうする。ちっ…なんだ、これは…また下らんオカルト話でも始めるつもりか?」
(…やっと、来てくれたね。待ってたんだよ)
「え…?」
突如聴こえてきた、穏やかな男の声に、遊戯たちは驚愕する。
(また会えて嬉しいわ、遊戯。城之内。それに海馬も…)
先程の男と、どこか似た雰囲気を持つ女性の声。
「!?だ、誰!?城之内くん、海馬くん、何か言った?」
「え?ゆ、遊戯じゃねえのか、今の声!ま、まさか、ユーレイか!?よせ、オレはそーゆーのは嫌いなんだ!」
「下らん!亡霊の声などと、非ィ科学的なことを言うな!」
そんなことを言っている間にも、声はまだ響いている。
(よう、お前ら。ひっさしぶりだなあ。まさか俺たちのこと、忘れちゃったりしてねーよな?)
今度はどこか飄々とした、陽気な声だった。城之内はすっかりビビッてしまっている。
「な、なんだよ、お前!オレはユーレイに知り合いなんていねーぞ!?」
「!?じょ…城之内くん!何か、おかしいよ。身体が、動かない…?」
まるで金縛りに遭ったかのように、遊戯たちの身体は動かなくなっていた。そして彼らの身体を、目も眩むような
光が包み込んだ。
「…………」
城之内は、口から泡を吹いて失神していた。相次ぐ心霊体験に、精神が耐えきれなくなったようだ。
「じょ、城之内くん!しっかりしてよー!」
「く…なんだ、この光は…!ええい、鬱陶しいわ!」
光はますます輝きを増し―――不意に、消えた。
その中に遊戯たちを宿したまま、何もなかったかのように。
その場にはただ、物言わぬ彫像が、静かに佇むのみ―――
互いになくてはならない、大切な相棒だと認識している。
このことは城之内にも周知の事実だ―――普通なら不気味な存在として恐れられるやもしれないもう一人の自分
を―――遊戯自身すら恐れていたそれを、城之内は驚きながらも、恐れることなく受け止めた。
(だからボクも、もう一人のボクを…キミのことを、受け入れることができたんだ)
(ん?どうした、相棒。急にあらたまって)
(いや…城之内くんと友達で、よかったなって)
(ははは、当たり前のことを言うなよ)
二人は(心の中で)顔を見合わせて、笑いあう。と―――海馬が、意味深な顔で、こちらを見ていた。
「フン…もう一人の遊戯、か」
「か、海馬くん、そんな怖い顔しないでよ…」
海馬は<もう一人の遊戯>に対して、並々ならぬ敵愾心を抱いている。その粘着ぶりははっきり言って、下手な
ストーカーなどよりよほど恐ろしいものがある。遊戯は慌てて話題をすり替えた。
「ほ、ほら!あっちの方に、なんだか広くて立派な部屋があるよ!」
「お、ホントだ。お宝でもあったりしてな。入ってみようぜ!」
城之内に急かされ、三人は大部屋に足を踏み入れた。そこにはお宝はなかった―――否。ある意味では、凄まじい
宝と言えるかもしれない。
それは、精妙に造られた、三体の石像だった。見た限りでは大した損傷もなく、完全な形を残しているようだ。
「ねえ…大昔の石像が、こんなにはっきりした形で残ってるなんて、もしかして凄い発見なんじゃ!?」
「おいおい、もしかして新聞にオレたちの名前が載っちまうか!?」
「フン。新聞どころか、歴史書に名が残っても不思議ではないな」
海馬は何でもなさそうに言ったが、それを聞いた二人はひゃ~っと飛び上がった。海馬はそれを冷ややかに見つめ、
鼻を鳴らした。が―――そんな冷静な彼だからこそ、気付いた。
「…バカな。どういうことだ、これは」
「え?どうしたの、海馬くん」
「見てみろ、こいつらの顔を…!」
「あん?こいつらの顔がどうしたって…」
遊戯と城之内は、マジマジと石像の顔を見つめ―――そして驚きのあまり、目を大きく見開いた。
「こ、これって…ボクたち三人に、そっくりじゃないか!」
「ほ、ホントだ…おい海馬、どういうこった!?」
「オレに聞いてどうする。ちっ…なんだ、これは…また下らんオカルト話でも始めるつもりか?」
(…やっと、来てくれたね。待ってたんだよ)
「え…?」
突如聴こえてきた、穏やかな男の声に、遊戯たちは驚愕する。
(また会えて嬉しいわ、遊戯。城之内。それに海馬も…)
先程の男と、どこか似た雰囲気を持つ女性の声。
「!?だ、誰!?城之内くん、海馬くん、何か言った?」
「え?ゆ、遊戯じゃねえのか、今の声!ま、まさか、ユーレイか!?よせ、オレはそーゆーのは嫌いなんだ!」
「下らん!亡霊の声などと、非ィ科学的なことを言うな!」
そんなことを言っている間にも、声はまだ響いている。
(よう、お前ら。ひっさしぶりだなあ。まさか俺たちのこと、忘れちゃったりしてねーよな?)
今度はどこか飄々とした、陽気な声だった。城之内はすっかりビビッてしまっている。
「な、なんだよ、お前!オレはユーレイに知り合いなんていねーぞ!?」
「!?じょ…城之内くん!何か、おかしいよ。身体が、動かない…?」
まるで金縛りに遭ったかのように、遊戯たちの身体は動かなくなっていた。そして彼らの身体を、目も眩むような
光が包み込んだ。
「…………」
城之内は、口から泡を吹いて失神していた。相次ぐ心霊体験に、精神が耐えきれなくなったようだ。
「じょ、城之内くん!しっかりしてよー!」
「く…なんだ、この光は…!ええい、鬱陶しいわ!」
光はますます輝きを増し―――不意に、消えた。
その中に遊戯たちを宿したまま、何もなかったかのように。
その場にはただ、物言わぬ彫像が、静かに佇むのみ―――
―――舞台は移る。失われた神話の時代。
その世界に、三つの流星が降り注いだ。
その世界に、三つの流星が降り注いだ。