第二十七話「きっぱりNOと言える日本人になろう」
宇宙海賊といえば、まず頭に浮かぶのは『春雨』の一件だ。
宇宙海賊『春雨』。かつて、万事屋銀ちゃんが偶然関わってしまった大集団であり、その規模はそこらの攘夷浪士達とは比較にならない。
何しろ『宇宙』を舞台に悪事を働く連中なのだ。単なる万事屋風情が係わり合いになろうとすること自体、とんだ間違いである。
「宇宙海賊ねぇ……そりゃ宇宙海賊とドンパチやらかした経験はあるが……」
「本当か銀さん!? なら話は早ぇ! 早速、その宇宙海賊共と繋がってるっていう編集長をしょっ引きに行こうぜ!」
冷静に考えて、子猫が虎の群れに放られて無事に済むはずがない。
ヤンキーが度胸試しに極道の門を叩くのとは違うのだ。万事屋銀ちゃんと宇宙海賊では、それくらいどうしようもない戦力差がある。
銀時に依頼を持ってきた西本は、それを理解した上でこんな頼みをしているというのだろうか。
だとしたら、超が付くほどの無謀者である。
「でもなぁ……宇宙海賊なんかと関わって下手に目ぇ付けられるのも嫌だしー。ここは素直に警察とかに頼んどいた方がいいんじゃねーか?」
「警察は……無理です。彼等を動かすには、編集長が宇宙海賊のパトロンをしているという証拠が足りないのです。私の証言だけでは、どうにも……」
ポケットからハンカチを取り出し、額を拭う芝村の表情は、この世の最後でも訪れたかのような困り顔だった。
その顔を見て、頼まれている側の銀時も逆に困ってしまう。
ぶっちゃけると、あんまり厄介ごとには首を突っ込みたくない。
『なんでもやる』と銘打って万事屋をやってはいるが、人にはできることとできないことがある。
冷静に考えて、銀時、新八、神楽のたった四人で宇宙海賊と渡り合うことが、可能だろうか?
「って、無理に決まってんだろうがァァァァァ!!!」
堪えきれず、銀時が発狂するように叫んだ。
まぁ、当然の答えではある。
「そ、そりゃねえだろ銀さん! ジャンプを作ってる集英屋の編集長が、悪事に手を染めてるかもしれねーってんだぜ!?
ジャンプをこよなく愛してるアンタが、それを放っておいていいってのかよ!?」
だからと言って、そんな逆ギレのような断り方で依頼主が納得できるはずもなし。
自身の願いを理不尽なテンションで拒否された西本は思わず立ち上がり、テーブルに拳を叩きつける。
「警察が当てにできないからって、俺たちに宇宙海賊を相手にしろって? お前はあれか?
事件が解決できないとすぐ金田一少年に頼る剣持のおっさんか? こちとら名探偵なんて看板は背負ってねぇんだよ」
「坂田さん、私は別に、あなた方に宇宙海賊を壊滅させてほしいとお願いしているわけではありません。
ただ、編集長と宇宙海賊が密会している証拠さえQdめればいいのです」
「それこそ名探偵に頼めや。最近は新撰組なんていう頼りがいのありそうな連中もでてきたみたいだし?
こんなちゃちな万事屋に危ない橋渡らせることはねぇんじゃないの?」
銀時の言うことも最もである。
万事屋銀ちゃんの構成員は、地球人二人+宇宙人一人+犬一匹という弱小メンツ。
猫探しならお手の物だが、国家的犯罪事件の証拠をQdめ、などという危険度AAAランクの代物は、さすがに手に余る。
こういった事件は、相応の権力と組織力を持った団体に託すべきだ。
例えば、最近出張ってきた新武装警察『新撰組』。
おちゃらけた暴動ばかり起こしていた『真撰組』とは違い、真面目に活動する姿が世間から高評価を受けている。
結成されたのは最近だが、瞬く間に民衆の好感度も鰻上り、しかも町を破壊することもない。
十分頼れる連中だ、と銀時は思うのだが。
「……そうかい。銀さんは、この困り果てた芝村さんの依頼を受けちゃあくれねぇてのかい」
意外にも、西本は聞き分けよくその身を引いた。
いつの間にか完全に乗り出していた全身をテーブルから降ろし、差し出されていたお茶の残りをグイッと飲み干す。
「アンタの考えはよーく分かった。確かに、こんな寂れた万事屋に依頼するにゃあ、ちと山がデカすぎたみたいだ」
西本は、銀時を睨むように一瞥し、特に怒りを露にすることもなく扉へ向かっていった。
「芝村さん。ここは諦めて、別のところを当たろうぜ」
「しかし西本先生……いえ、そうですね」
芝村も、内心では無謀と感じていたのだろう。
銀時に申し訳なさそうに一礼し、そそくさと西本の後を追う。
「じゃあな銀さん。今度は、もうちっと小さな山を持って来ることにするよ」
多少皮肉の込められた口を吐き、西本は芝村と共に万事屋銀ちゃんを後にした。
ガララッ、という無情感の漂う音が室内に鳴り響き、扉がピシャンと閉ざされる。
「…………」
室内には無言の銀時と新八が取り残され、嫌な沈黙の雰囲気に気持ちを飲み込まれつつあった。
「銀さん、依頼、本当に断ってよかったんですか?」
空気の重さに耐えかねたのか、新八が慎重な面持ちで銀時に尋ねた。
「仕方がねぇだろうが。面倒なことに首つっこんで、命が危険に晒されるのは俺たちだ。簡単に引き受けられるようなもんじゃねーよ」
銀時は頭をボリボリと掻き、不機嫌そうな声で返した。
以前関わりを持った宇宙海賊『春雨』との抗争の折では、新八と神楽の命を危険に晒してしまった。
おそらくはその時の負い目もあるのだろう、万事屋銀ちゃんの大黒柱を務める銀時としては、易々と危ない仕事を引き受けられないのだ。
「ま、たまにはああいう場違いな依頼持ってくる奴もいるさ。俺たちは、俺たちにできることを端からコツコツとやっていきゃいい」
そういう当人が一番納得できていないような顔だったが、銀時も銀時なりに、色々考えた末に出した苦渋の決断だったのだろう。
でなければ、彼が容易く友人を、ジャンプを見放すはずがない。
「そうだ新八。お前たしか、掃除の途中だったろ? 実は最近天井が雨漏りしてるみたいでよぉ、ちょっと見てみて――」
あまり引きずらず、とっとと普段の生活に戻ろう。
銀時がそんなことを考えながら、新八に雨漏りの指摘を行おうとした瞬間である。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!!」
――万事屋の外から、耳を裂くような奇声が聞こえてきた。
いや、奇声というよりは悲鳴と呼ぶほうが正しいか。
とにかく銀時は、この声を無視するはずもなく、躊躇いもなく一大事と感じ、脱兎の勢いで外に出た。
それというのも、聞こえてきた声が江戸っ子口調のあの男……新人漫画家西本のものだったからである。
銀時、新八の両名が万事屋の外へ出る。
そして、発見した。
万事屋の通りからすぐの路地脇で、
頭部から鮮血を垂らし、うつ伏せに倒れる西本の姿を。
宇宙海賊といえば、まず頭に浮かぶのは『春雨』の一件だ。
宇宙海賊『春雨』。かつて、万事屋銀ちゃんが偶然関わってしまった大集団であり、その規模はそこらの攘夷浪士達とは比較にならない。
何しろ『宇宙』を舞台に悪事を働く連中なのだ。単なる万事屋風情が係わり合いになろうとすること自体、とんだ間違いである。
「宇宙海賊ねぇ……そりゃ宇宙海賊とドンパチやらかした経験はあるが……」
「本当か銀さん!? なら話は早ぇ! 早速、その宇宙海賊共と繋がってるっていう編集長をしょっ引きに行こうぜ!」
冷静に考えて、子猫が虎の群れに放られて無事に済むはずがない。
ヤンキーが度胸試しに極道の門を叩くのとは違うのだ。万事屋銀ちゃんと宇宙海賊では、それくらいどうしようもない戦力差がある。
銀時に依頼を持ってきた西本は、それを理解した上でこんな頼みをしているというのだろうか。
だとしたら、超が付くほどの無謀者である。
「でもなぁ……宇宙海賊なんかと関わって下手に目ぇ付けられるのも嫌だしー。ここは素直に警察とかに頼んどいた方がいいんじゃねーか?」
「警察は……無理です。彼等を動かすには、編集長が宇宙海賊のパトロンをしているという証拠が足りないのです。私の証言だけでは、どうにも……」
ポケットからハンカチを取り出し、額を拭う芝村の表情は、この世の最後でも訪れたかのような困り顔だった。
その顔を見て、頼まれている側の銀時も逆に困ってしまう。
ぶっちゃけると、あんまり厄介ごとには首を突っ込みたくない。
『なんでもやる』と銘打って万事屋をやってはいるが、人にはできることとできないことがある。
冷静に考えて、銀時、新八、神楽のたった四人で宇宙海賊と渡り合うことが、可能だろうか?
「って、無理に決まってんだろうがァァァァァ!!!」
堪えきれず、銀時が発狂するように叫んだ。
まぁ、当然の答えではある。
「そ、そりゃねえだろ銀さん! ジャンプを作ってる集英屋の編集長が、悪事に手を染めてるかもしれねーってんだぜ!?
ジャンプをこよなく愛してるアンタが、それを放っておいていいってのかよ!?」
だからと言って、そんな逆ギレのような断り方で依頼主が納得できるはずもなし。
自身の願いを理不尽なテンションで拒否された西本は思わず立ち上がり、テーブルに拳を叩きつける。
「警察が当てにできないからって、俺たちに宇宙海賊を相手にしろって? お前はあれか?
事件が解決できないとすぐ金田一少年に頼る剣持のおっさんか? こちとら名探偵なんて看板は背負ってねぇんだよ」
「坂田さん、私は別に、あなた方に宇宙海賊を壊滅させてほしいとお願いしているわけではありません。
ただ、編集長と宇宙海賊が密会している証拠さえQdめればいいのです」
「それこそ名探偵に頼めや。最近は新撰組なんていう頼りがいのありそうな連中もでてきたみたいだし?
こんなちゃちな万事屋に危ない橋渡らせることはねぇんじゃないの?」
銀時の言うことも最もである。
万事屋銀ちゃんの構成員は、地球人二人+宇宙人一人+犬一匹という弱小メンツ。
猫探しならお手の物だが、国家的犯罪事件の証拠をQdめ、などという危険度AAAランクの代物は、さすがに手に余る。
こういった事件は、相応の権力と組織力を持った団体に託すべきだ。
例えば、最近出張ってきた新武装警察『新撰組』。
おちゃらけた暴動ばかり起こしていた『真撰組』とは違い、真面目に活動する姿が世間から高評価を受けている。
結成されたのは最近だが、瞬く間に民衆の好感度も鰻上り、しかも町を破壊することもない。
十分頼れる連中だ、と銀時は思うのだが。
「……そうかい。銀さんは、この困り果てた芝村さんの依頼を受けちゃあくれねぇてのかい」
意外にも、西本は聞き分けよくその身を引いた。
いつの間にか完全に乗り出していた全身をテーブルから降ろし、差し出されていたお茶の残りをグイッと飲み干す。
「アンタの考えはよーく分かった。確かに、こんな寂れた万事屋に依頼するにゃあ、ちと山がデカすぎたみたいだ」
西本は、銀時を睨むように一瞥し、特に怒りを露にすることもなく扉へ向かっていった。
「芝村さん。ここは諦めて、別のところを当たろうぜ」
「しかし西本先生……いえ、そうですね」
芝村も、内心では無謀と感じていたのだろう。
銀時に申し訳なさそうに一礼し、そそくさと西本の後を追う。
「じゃあな銀さん。今度は、もうちっと小さな山を持って来ることにするよ」
多少皮肉の込められた口を吐き、西本は芝村と共に万事屋銀ちゃんを後にした。
ガララッ、という無情感の漂う音が室内に鳴り響き、扉がピシャンと閉ざされる。
「…………」
室内には無言の銀時と新八が取り残され、嫌な沈黙の雰囲気に気持ちを飲み込まれつつあった。
「銀さん、依頼、本当に断ってよかったんですか?」
空気の重さに耐えかねたのか、新八が慎重な面持ちで銀時に尋ねた。
「仕方がねぇだろうが。面倒なことに首つっこんで、命が危険に晒されるのは俺たちだ。簡単に引き受けられるようなもんじゃねーよ」
銀時は頭をボリボリと掻き、不機嫌そうな声で返した。
以前関わりを持った宇宙海賊『春雨』との抗争の折では、新八と神楽の命を危険に晒してしまった。
おそらくはその時の負い目もあるのだろう、万事屋銀ちゃんの大黒柱を務める銀時としては、易々と危ない仕事を引き受けられないのだ。
「ま、たまにはああいう場違いな依頼持ってくる奴もいるさ。俺たちは、俺たちにできることを端からコツコツとやっていきゃいい」
そういう当人が一番納得できていないような顔だったが、銀時も銀時なりに、色々考えた末に出した苦渋の決断だったのだろう。
でなければ、彼が容易く友人を、ジャンプを見放すはずがない。
「そうだ新八。お前たしか、掃除の途中だったろ? 実は最近天井が雨漏りしてるみたいでよぉ、ちょっと見てみて――」
あまり引きずらず、とっとと普段の生活に戻ろう。
銀時がそんなことを考えながら、新八に雨漏りの指摘を行おうとした瞬間である。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!!」
――万事屋の外から、耳を裂くような奇声が聞こえてきた。
いや、奇声というよりは悲鳴と呼ぶほうが正しいか。
とにかく銀時は、この声を無視するはずもなく、躊躇いもなく一大事と感じ、脱兎の勢いで外に出た。
それというのも、聞こえてきた声が江戸っ子口調のあの男……新人漫画家西本のものだったからである。
銀時、新八の両名が万事屋の外へ出る。
そして、発見した。
万事屋の通りからすぐの路地脇で、
頭部から鮮血を垂らし、うつ伏せに倒れる西本の姿を。