倫敦へ到る旅を続けて数日、ヒューリーたちは自らの足で歩き続けていた。
世界の中心たる大英帝国は1900年頃にはほとんどの国土に鉄道を敷いていたが、ハイランド地方のあるスコットランド
には、地図上から見ると蜘蛛の巣のようにレールが張り巡らされてるイングランドに比べて、必要最小限の数のレールしかなかった。
倫敦を目指すには鉄道の轢かれている大都市へ赴かねばならない。
当面の目的地は、倫敦にまで鉄道が轢かれている大都市――ハイランドの首都と呼ばれている、インヴァネス。
精強な青年であるヒューリーならば一日歩き詰めの強行軍ですぐに辿り着けることもできたが、女性であるピーベリーのことも考え、
ペースを落としながらの旅になった。
だがハイランド地方まで長旅をしてきたピーベリーは思ったよりも体力があるらしく、ヒューリーのスピードに遅れることなく
着いてきている。予定よりもはるかに速くインヴァネスにつけそうだ。
世界の中心たる大英帝国は1900年頃にはほとんどの国土に鉄道を敷いていたが、ハイランド地方のあるスコットランド
には、地図上から見ると蜘蛛の巣のようにレールが張り巡らされてるイングランドに比べて、必要最小限の数のレールしかなかった。
倫敦を目指すには鉄道の轢かれている大都市へ赴かねばならない。
当面の目的地は、倫敦にまで鉄道が轢かれている大都市――ハイランドの首都と呼ばれている、インヴァネス。
精強な青年であるヒューリーならば一日歩き詰めの強行軍ですぐに辿り着けることもできたが、女性であるピーベリーのことも考え、
ペースを落としながらの旅になった。
だがハイランド地方まで長旅をしてきたピーベリーは思ったよりも体力があるらしく、ヒューリーのスピードに遅れることなく
着いてきている。予定よりもはるかに速くインヴァネスにつけそうだ。
ヒューリーは研究資材が詰め込まれたザックを背負いながら、春のハイランドを歩いていた。緯度からいえば北に位置する
英国であるが、大西洋から流れてくる西風のおかげでそれほど寒くは無い。
西風がもたらす暖かさと恵みの雨が、新しい生命の誕生を祝福する。穏やかな日差しが新緑に降り注ぎ、遠くでは羊の放牧が
行われていた。
良くも悪くも田舎の景色だった。
蒸気機関などの文明の利器に頼れないのが不便であるが、都市の空気にくらべて素朴、そして温かな人間味がある。
英国であるが、大西洋から流れてくる西風のおかげでそれほど寒くは無い。
西風がもたらす暖かさと恵みの雨が、新しい生命の誕生を祝福する。穏やかな日差しが新緑に降り注ぎ、遠くでは羊の放牧が
行われていた。
良くも悪くも田舎の景色だった。
蒸気機関などの文明の利器に頼れないのが不便であるが、都市の空気にくらべて素朴、そして温かな人間味がある。
だが自分はこのような陽の世界にいてはいけないのだ。
息をしているとはいえこの身体は死体、自然の法則から外れた忌まわしい存在なのだ。
自分は一生穏やかな日常を送ることはできない――夜の世界で生き続けるしかないのだ。
そして夜がやってくる。日が山の向こうに沈んでいく。夕闇が迫ってきていた。
息をしているとはいえこの身体は死体、自然の法則から外れた忌まわしい存在なのだ。
自分は一生穏やかな日常を送ることはできない――夜の世界で生き続けるしかないのだ。
そして夜がやってくる。日が山の向こうに沈んでいく。夕闇が迫ってきていた。
「急ぐぞ、ピーベリー」
野宿は出来るだけ避けたかった。人造人間の襲撃があるかもしれないからだ。
日が出ている間でも活動できるとはいえ、基盤を死体にしているからか、人造人間は夜の方がその機能を十全に発揮できた。
その問題を置くにしても、地面の上で寝ることは存外に体力を使う。ヒューリー自身は生前から体力に自信があり、なおかつ人造人間
であったため疲れ知らずだが、ピーベリーはそうはいくまい。彼女はただの人間で、なおかつ女性だ。
長旅の疲れもあるだろう。いざ人造人間と戦闘を行う時、十分な状態で臨むことができないのは、非常に困る。
ヒューリーに余裕が無い時は、ピーベリーが自分で戦闘を行わなければならないのだが、疲労が思わぬ足かせとなり、不覚を
とる危険があった。だから、とにかく屋根のある場所で休みたかったのだ。
ピーベリーもその問題を承知していた。地図を広げ、近くに泊まることができる場所を探している。目当ての場所が見つかった
のか、彼女は頭をあげた。
「もう少し行ったところに小さな村がある。今日は、この村で宿をとるぞ」
日が出ている間でも活動できるとはいえ、基盤を死体にしているからか、人造人間は夜の方がその機能を十全に発揮できた。
その問題を置くにしても、地面の上で寝ることは存外に体力を使う。ヒューリー自身は生前から体力に自信があり、なおかつ人造人間
であったため疲れ知らずだが、ピーベリーはそうはいくまい。彼女はただの人間で、なおかつ女性だ。
長旅の疲れもあるだろう。いざ人造人間と戦闘を行う時、十分な状態で臨むことができないのは、非常に困る。
ヒューリーに余裕が無い時は、ピーベリーが自分で戦闘を行わなければならないのだが、疲労が思わぬ足かせとなり、不覚を
とる危険があった。だから、とにかく屋根のある場所で休みたかったのだ。
ピーベリーもその問題を承知していた。地図を広げ、近くに泊まることができる場所を探している。目当ての場所が見つかった
のか、彼女は頭をあげた。
「もう少し行ったところに小さな村がある。今日は、この村で宿をとるぞ」
まるで時代の流れから取り残されたような寂びた村であった。春の陽気に満ちているのに、どこか陰気な空気が流れていた。
おそらく若い働き手を、都市部の大工場に奪われたからだろう。
大英帝国から端を発した産業革命は、人々に多大な恩恵をもたらした反面、田舎に大きな打撃を与えた。蒸気機関を動かすには
良質の石炭と鉄鉱石がなくてはならないのだが、それらを掘り出すためには多くの人手が必要になる。賃金が高い仕事を求める若者が
都市部に流れ、田舎は労働力を奪われる一方だった。この村が寂れているのも、同様の理由からだろう。
おそらく若い働き手を、都市部の大工場に奪われたからだろう。
大英帝国から端を発した産業革命は、人々に多大な恩恵をもたらした反面、田舎に大きな打撃を与えた。蒸気機関を動かすには
良質の石炭と鉄鉱石がなくてはならないのだが、それらを掘り出すためには多くの人手が必要になる。賃金が高い仕事を求める若者が
都市部に流れ、田舎は労働力を奪われる一方だった。この村が寂れているのも、同様の理由からだろう。
「人っ子一人いないな」
そういって、ピーベリーは荷物を降ろした。懐から煙草を取り出し、マッチを擦って火をつける。
「わたしはここにいる。お前が宿を探して来い」
「わかった」
表情には出していないが、長旅の疲れは相当溜まっているだろう。
ヒューリーは素直に従うことにした。
彼はピーベリーの身を純粋に案じていた。怒りと復讐に狂う人造人間になった今でも、そういった他人をいたわる感情は捨てては
いない。たとえ自分達の関係が、人造人間の抹殺という利害の一致によるものだとしても、仲間に違いないはずだ。
そうヒューリーは思うのだった。
そういって、ピーベリーは荷物を降ろした。懐から煙草を取り出し、マッチを擦って火をつける。
「わたしはここにいる。お前が宿を探して来い」
「わかった」
表情には出していないが、長旅の疲れは相当溜まっているだろう。
ヒューリーは素直に従うことにした。
彼はピーベリーの身を純粋に案じていた。怒りと復讐に狂う人造人間になった今でも、そういった他人をいたわる感情は捨てては
いない。たとえ自分達の関係が、人造人間の抹殺という利害の一致によるものだとしても、仲間に違いないはずだ。
そうヒューリーは思うのだった。
宿は思いのほかはやく見つけることができた。扉を開け、ベルを鳴らす。
宿屋の中は、すべての窓にカーテンがしかれていて、暗黒に満ちていた。
もしや空き家ではとヒューリーは疑ったが、すぐに奥の方から女主人が出てきた。
老婆であった。宿の暗い雰囲気にふさわしい、しわくちゃの不気味な老婆であった。
宿屋の中は、すべての窓にカーテンがしかれていて、暗黒に満ちていた。
もしや空き家ではとヒューリーは疑ったが、すぐに奥の方から女主人が出てきた。
老婆であった。宿の暗い雰囲気にふさわしい、しわくちゃの不気味な老婆であった。
「二人。明日の朝には出る」
「いいですよ」
自分達以外の客はいないらしい。こんな寂びた村に人が訪れること事態、珍しいのだろう。あてがわれた部屋に入ったヒューリーは、
カーテンをあけた。太陽の光が入り、薄暗い部屋の中を照らす。そして村の景色を見渡した。
外に人間の姿は無い。声も聞こえない。物音もしない。人間の気配が、まるでしない。
……おかしい。いくら寂びているとはいえ、今は春。遊びまわる子どもも、仕事に精をだす大人もいない。
人家もまた、この宿と同じように、扉は堅く閉ざされ、窓にはカーテンがしかれている。
まるで村全体が太陽の光を忌み嫌い、息をひそめて隠れているような気がした。
村の雰囲気に気味悪さを覚えながらも、たった一日滞在するだけだと、無理矢理自分を納得させた。
そして部屋に荷物を置き、ヒューリーは村の入り口に待たせてあるピーベリーを迎えにいった。彼女は煙草をふかしながら、
険しい目つきで周囲を見ていた。
「なにかあったのか?」
「いや」
普段のはっきり物事を言う口調と違い、ピーベリーは曖昧な返事を返した。
何かを感じているようだが、はっきりとしたことはわからない、そんな表情をしていた。
しばし間を置き、彼女はヒューリーに問うた。
「感じないのか」
「なにがだ?」
「この陰気さ、寒々しさ……まるで墓所のようだ。人造人間が近くにいるのかもしれん」
「なんだと」
ヒューリーの顔もまた険しいものになる。憎悪が結晶化したような貌。
「それは本当か」
「まだわからん。いるかもしれないし、いないかもしれない」
「そうか。一応、警戒しておいたほうがいいな」
「ああ。もう日が落ちようとしている。人造人間が動くにはちょうどいい時間帯だ。それはともかく、宿はとったのだろう?
いまは休むことにしよう」
「いいですよ」
自分達以外の客はいないらしい。こんな寂びた村に人が訪れること事態、珍しいのだろう。あてがわれた部屋に入ったヒューリーは、
カーテンをあけた。太陽の光が入り、薄暗い部屋の中を照らす。そして村の景色を見渡した。
外に人間の姿は無い。声も聞こえない。物音もしない。人間の気配が、まるでしない。
……おかしい。いくら寂びているとはいえ、今は春。遊びまわる子どもも、仕事に精をだす大人もいない。
人家もまた、この宿と同じように、扉は堅く閉ざされ、窓にはカーテンがしかれている。
まるで村全体が太陽の光を忌み嫌い、息をひそめて隠れているような気がした。
村の雰囲気に気味悪さを覚えながらも、たった一日滞在するだけだと、無理矢理自分を納得させた。
そして部屋に荷物を置き、ヒューリーは村の入り口に待たせてあるピーベリーを迎えにいった。彼女は煙草をふかしながら、
険しい目つきで周囲を見ていた。
「なにかあったのか?」
「いや」
普段のはっきり物事を言う口調と違い、ピーベリーは曖昧な返事を返した。
何かを感じているようだが、はっきりとしたことはわからない、そんな表情をしていた。
しばし間を置き、彼女はヒューリーに問うた。
「感じないのか」
「なにがだ?」
「この陰気さ、寒々しさ……まるで墓所のようだ。人造人間が近くにいるのかもしれん」
「なんだと」
ヒューリーの顔もまた険しいものになる。憎悪が結晶化したような貌。
「それは本当か」
「まだわからん。いるかもしれないし、いないかもしれない」
「そうか。一応、警戒しておいたほうがいいな」
「ああ。もう日が落ちようとしている。人造人間が動くにはちょうどいい時間帯だ。それはともかく、宿はとったのだろう?
いまは休むことにしよう」
荒地を馬車が走っていた。その速度は並みの馬車が出せるものではなかった。蒸気機関車に迫るほどの速さだった。
それもそのはず、その馬車を引くのは、ただの馬ではなかった。
つぎはぎだらけの身体。異様に充血した目。
それは、人造人間の技術を利用して造られた死体馬であった。
それもそのはず、その馬車を引くのは、ただの馬ではなかった。
つぎはぎだらけの身体。異様に充血した目。
それは、人造人間の技術を利用して造られた死体馬であった。
死体馬は休憩を必要としない。元より死んでいるので、生物の限界を超えて活動することが出来る。
宵闇の迫る世界を、馬車は猛スピードで駆けていた。
その中に少女がいた。馬車の内部には瀟洒な装飾が施され、豪華な食べ物や飲み物も用意されていた。
だが、彼女はそのどれもがお気に召さないらしい。
ばたばたと手足を動かして、全身で不満を表現していた。
宵闇の迫る世界を、馬車は猛スピードで駆けていた。
その中に少女がいた。馬車の内部には瀟洒な装飾が施され、豪華な食べ物や飲み物も用意されていた。
だが、彼女はそのどれもがお気に召さないらしい。
ばたばたと手足を動かして、全身で不満を表現していた。
「あーんもうやだー! どうしてスコットランドなんて田舎に行かなきゃいけないのー!
わたしまだまだ倫敦にいたかったのにー!」
わたしまだまだ倫敦にいたかったのにー!」
<装甲戦闘死体>、F08である。
彼女は今、ある指令を受け、スコットランドへ向かっている最中だ。
その指令は、モントリヒトの集落を襲撃し、彼らを皆殺しにせよ、というものだった。情報によれば、その集落は<装甲戦闘死体>の
襲撃を怖れた者たちが、互いに寄り集まって作ったものらしい。彼らはそこで俗世とのつながりを絶ち、ほそぼそとした生活を送っている
という。最近になって発見された集落で、モントリヒトの数もそれほど多くはないとのことだった。危険度は低いが、いつ人間に牙を剥く
かわからない存在を、放置しておくわけにはいかない。ということで、人造人間になってから日が浅く、まだまだ実戦データが不足している
F08に白羽の矢が立った。
彼女は今、ある指令を受け、スコットランドへ向かっている最中だ。
その指令は、モントリヒトの集落を襲撃し、彼らを皆殺しにせよ、というものだった。情報によれば、その集落は<装甲戦闘死体>の
襲撃を怖れた者たちが、互いに寄り集まって作ったものらしい。彼らはそこで俗世とのつながりを絶ち、ほそぼそとした生活を送っている
という。最近になって発見された集落で、モントリヒトの数もそれほど多くはないとのことだった。危険度は低いが、いつ人間に牙を剥く
かわからない存在を、放置しておくわけにはいかない。ということで、人造人間になってから日が浅く、まだまだ実戦データが不足している
F08に白羽の矢が立った。
「仕方がありませんよ。あなたは生まれたての子猫(キティ)に過ぎません。まだまだ経験や調整が必要なのですよ」
F08の向かいに座る研究者風の男が、そう言った。彼は<装甲戦闘死体>を影から援助する秘密結社、F機関の一員であった。
F機関は、戦闘で消耗した<装甲戦闘死体>を修理や、製造されて間もない彼女らの調整などを任務としていた。
フランケンシュタイン博士の禁じられた技術の結晶である彼女らは、精密な機械のようなものだ。完全に性能が発揮されるには、
何度も調整やテストを繰り返さなければならない。F08の身体はほとんど完成形に近いのだが、実戦に投入するためには、いま少しの
微調整と戦闘データを必要とした。
F機関は、戦闘で消耗した<装甲戦闘死体>を修理や、製造されて間もない彼女らの調整などを任務としていた。
フランケンシュタイン博士の禁じられた技術の結晶である彼女らは、精密な機械のようなものだ。完全に性能が発揮されるには、
何度も調整やテストを繰り返さなければならない。F08の身体はほとんど完成形に近いのだが、実戦に投入するためには、いま少しの
微調整と戦闘データを必要とした。
「なあにそれ説教?」
無邪気な態度から一変、F08の瞳に剣呑な色が宿る。
いつのまに取り出したのか、彼女の小さな手にはナイフが収まっていた。
男の表情が一気に凍りつく。
「あ……いえ、そういうわけでは……」
いつのまに取り出したのか、彼女の小さな手にはナイフが収まっていた。
男の表情が一気に凍りつく。
「あ……いえ、そういうわけでは……」
<装甲戦闘死体>には、あらゆる権限が許されている。たとえば、気に入らないF機関の人間の生殺与奪権。
つまり、自分の生死は、目の前の少女の機嫌次第なのだ。
男は必死に弁解した。その姿に興が削がれたのか、F08は舌打ちし、ナイフを懐に戻した。
つまり、自分の生死は、目の前の少女の機嫌次第なのだ。
男は必死に弁解した。その姿に興が削がれたのか、F08は舌打ちし、ナイフを懐に戻した。
「言葉には気をつけろ。次つまんねぇこといったら殺すぞ」
「は……申し訳ありません……」
「は……申し訳ありません……」
ふん、と鼻を鳴らし、F08は苛立たしげに窓の景色を見た。
まだまだ経験や調整が必要――理屈では理解できた。
F08も、まだ人造人間の身体を完璧に使いこなせていない、と自覚していた。自身の死体をベースに製造されたため、蘇ってから
正常に機能するまでそれほど時間は掛からなかったが、やはり勝手の違う身体を生前のように使いこなすには、まだまだ時間と経験が
必要だった。
まだまだ経験や調整が必要――理屈では理解できた。
F08も、まだ人造人間の身体を完璧に使いこなせていない、と自覚していた。自身の死体をベースに製造されたため、蘇ってから
正常に機能するまでそれほど時間は掛からなかったが、やはり勝手の違う身体を生前のように使いこなすには、まだまだ時間と経験が
必要だった。
だが。
理屈ではわかっているが、やはり納得がいかない。
F08はどうしても倫敦から離れたくなかった。
まだ殺したい奴らが、生前に殺し損ねた奴らが、いまだのうのうと倫敦で生きている。
そいつらが、今も空気を吸って馬鹿面をさらしていることを考えると、虫唾が走る。
理屈ではわかっているが、やはり納得がいかない。
F08はどうしても倫敦から離れたくなかった。
まだ殺したい奴らが、生前に殺し損ねた奴らが、いまだのうのうと倫敦で生きている。
そいつらが、今も空気を吸って馬鹿面をさらしていることを考えると、虫唾が走る。
自分を虫けら扱いした人間。
貧乏人の娘だからといって迫害した人間。
そして、薄汚い娼婦ども。
貧乏人の娘だからといって迫害した人間。
そして、薄汚い娼婦ども。
ぎりり、とF08の歯が軋む。
死してからも、それらへの憎悪は薄まることがなく、むしろ人造人間化してから拍車がかかった気がする。
感情に歯止めが利かなくなっている。まるで人間性が憎悪に飲み込まれていくよう。
だが、F08はそれを別に気にしていなかった。
元より、自分は狂っていた。狂ったまま何人もの人間を殺め続けた。
いまさらさらに狂おうと、何の問題があるだろう。
生前と同じく、人間もモントリヒトも関係なく、殺すだけだ。
そう考えると――次第に気分が昂揚してきた。
死してからも、それらへの憎悪は薄まることがなく、むしろ人造人間化してから拍車がかかった気がする。
感情に歯止めが利かなくなっている。まるで人間性が憎悪に飲み込まれていくよう。
だが、F08はそれを別に気にしていなかった。
元より、自分は狂っていた。狂ったまま何人もの人間を殺め続けた。
いまさらさらに狂おうと、何の問題があるだろう。
生前と同じく、人間もモントリヒトも関係なく、殺すだけだ。
そう考えると――次第に気分が昂揚してきた。
「さっさと皆殺しにして、早く倫敦に帰らなくちゃ。ふふふ」
ちろりと舌を出して、酷薄な笑みを浮かべる。
F08の目の前には、沈み行く太陽があった。
F08の目の前には、沈み行く太陽があった。
あともう少しで、夜がやってくる――
きっと素敵な夜になるだろう。
血塗れの惨劇が幕を開けるだろう。
きっと素敵な夜になるだろう。
血塗れの惨劇が幕を開けるだろう。
F08は、それが楽しみでしょうがなかった。