最大トーナメント終了後。鎬流空手の継承者たる鎬昻昇は、結構落ち込んでいた。
「今の俺は……マイク・クインにだって負けるッッ……かも……」
鎬流に更なる磨きをかけた。刃牙への雪辱を果たしてトーナメントも優勝して、更なる
高みへと上がるつもりだった。
それが、実力できちんと勝ったとは(自分としては)言い難い、兄・紅葉との一回戦直後、
二回戦であっさりと敗退してしまった。
そりゃあ相手が悪かったともいえる。昻昇自身、渋川の強さは身をもって味わったし、
あの後の渋川の試合ももちろん見た。あのじーさんが相手じゃ負けてもしょうがない、
そんなに恥じることはないだろ、とか思ってくれる人もいるだろう。
が、それでもやっぱりじーさんだ。じーさんに負けての二回戦敗退なのである。
悔しさに身を焦がした昻昇は、ある決意をした。
「そういえば、あの刃牙さえも言っていたな。古流柔術対策に真剣に取り組まねば、と。
実際に戦って負けた俺が、それをやらないでどうする? ……うん、やらねばならんッッ!」
「今の俺は……マイク・クインにだって負けるッッ……かも……」
鎬流に更なる磨きをかけた。刃牙への雪辱を果たしてトーナメントも優勝して、更なる
高みへと上がるつもりだった。
それが、実力できちんと勝ったとは(自分としては)言い難い、兄・紅葉との一回戦直後、
二回戦であっさりと敗退してしまった。
そりゃあ相手が悪かったともいえる。昻昇自身、渋川の強さは身をもって味わったし、
あの後の渋川の試合ももちろん見た。あのじーさんが相手じゃ負けてもしょうがない、
そんなに恥じることはないだろ、とか思ってくれる人もいるだろう。
が、それでもやっぱりじーさんだ。じーさんに負けての二回戦敗退なのである。
悔しさに身を焦がした昻昇は、ある決意をした。
「そういえば、あの刃牙さえも言っていたな。古流柔術対策に真剣に取り組まねば、と。
実際に戦って負けた俺が、それをやらないでどうする? ……うん、やらねばならんッッ!」
「と、お前が拳を握りしめてアツくなってたのは知ってるが」
ある晴れた昼下がり、駅前へ続く道。昻昇はズルズル紅葉を引きずっていた。
もちろん、可愛い紅葉を市場へ売りに行くつもりではない。
「古流柔術対策の話から何がどうなって私がこうなったのか、説明を求めたいんだが」
後ろ襟首を掴まれ、半ば昻昇に背負われるようにして引きずられている紅葉が、首を捻って
昻昇に問いかけた。
昻昇は、ぴたと足を止めて手を放す。
「……え……あ、ああ……まだ、言ってなかったっけか……ごめん兄さん」
「? 何だその、意外なまでのテンションの低さは」
「いや、中身は高いんだけどさ。高いからこそ声は大きくならず顔は俯き視線は逸れるというか」
「??」
俯いて小さい声で視線を逸らして喋る昻昇。紅葉としてもこんな弟を見るのは初めてだ。
「一週間ほど前、ご老公に頼んで柔術家を紹介してもらおうとしたんだ。どうせなら
渋川流でも本部流でもない、しかしそれらに劣らぬ柔術の継承者と試合をしたい、って」
「ふむふむ。で?」
「そしたら……」
ある晴れた昼下がり、駅前へ続く道。昻昇はズルズル紅葉を引きずっていた。
もちろん、可愛い紅葉を市場へ売りに行くつもりではない。
「古流柔術対策の話から何がどうなって私がこうなったのか、説明を求めたいんだが」
後ろ襟首を掴まれ、半ば昻昇に背負われるようにして引きずられている紅葉が、首を捻って
昻昇に問いかけた。
昻昇は、ぴたと足を止めて手を放す。
「……え……あ、ああ……まだ、言ってなかったっけか……ごめん兄さん」
「? 何だその、意外なまでのテンションの低さは」
「いや、中身は高いんだけどさ。高いからこそ声は大きくならず顔は俯き視線は逸れるというか」
「??」
俯いて小さい声で視線を逸らして喋る昻昇。紅葉としてもこんな弟を見るのは初めてだ。
「一週間ほど前、ご老公に頼んで柔術家を紹介してもらおうとしたんだ。どうせなら
渋川流でも本部流でもない、しかしそれらに劣らぬ柔術の継承者と試合をしたい、って」
「ふむふむ。で?」
「そしたら……」
(ほほう、それは丁度良い。正にうってつけじゃ)
(と言いますと?)
(わしの知り合いに、地下闘技場には参加も観戦も一切しとらんが、なかなかの柔術の達人
がおる。近々正式に弟子を取る予定なのじゃが、人に教えるのは初めてのことだからと、
少々不安がっておってな。弟子に会う前に、確かな技量の人と真剣勝負をして、今一度
自分の技を確かめてみたいと)
(……ご老公。今の俺の立場で言うのも何ですが、俺がその人を負かしてしまって自信を
喪失させてしまうかも、という危惧はないのですか?)
(なあに、そうそう容易く落ち込んでしまうような人柄ではないから、心配はいらん。ちなみに
昻昇よ、わしがその達人の敗北を全く予想しておらぬ、と言ったらどうする?)
(俺への侮辱と受け取ります)
(お前さんがその人を打ち倒すのはメチャクチャ困難なこと、いや多分無理、と言ったら?)
(ご老公がこの場で失明するかもしれません)
(ほっほっほっほっ。いやいやいやいや。お前さんとて、この……あったあった。達人殿の
資料を見れば考えも変わろう。「こんな人と試合なんかできませんごめんなさい勘弁して下さい」
とか言い出したり)
(したらご老公の目の前で切腹してみせますッ! さっさと見せて下さいッッ!)
(と言いますと?)
(わしの知り合いに、地下闘技場には参加も観戦も一切しとらんが、なかなかの柔術の達人
がおる。近々正式に弟子を取る予定なのじゃが、人に教えるのは初めてのことだからと、
少々不安がっておってな。弟子に会う前に、確かな技量の人と真剣勝負をして、今一度
自分の技を確かめてみたいと)
(……ご老公。今の俺の立場で言うのも何ですが、俺がその人を負かしてしまって自信を
喪失させてしまうかも、という危惧はないのですか?)
(なあに、そうそう容易く落ち込んでしまうような人柄ではないから、心配はいらん。ちなみに
昻昇よ、わしがその達人の敗北を全く予想しておらぬ、と言ったらどうする?)
(俺への侮辱と受け取ります)
(お前さんがその人を打ち倒すのはメチャクチャ困難なこと、いや多分無理、と言ったら?)
(ご老公がこの場で失明するかもしれません)
(ほっほっほっほっ。いやいやいやいや。お前さんとて、この……あったあった。達人殿の
資料を見れば考えも変わろう。「こんな人と試合なんかできませんごめんなさい勘弁して下さい」
とか言い出したり)
(したらご老公の目の前で切腹してみせますッ! さっさと見せて下さいッッ!)
「実は言い出しかけたんだけど。でも切腹するわけにもいかないからOKした。ご老公は即座
に連絡とって、今日会う約束になったんだ。これからその、待ち合わせの場所に行くところ」
昻昇は俯いて小さい声で視線を逸らして喋り続けている。
「ご老公の言う通り、俺がその達人を打ち倒すのはメチャクチャ困難なんだけど、でも
それはそれとして……だから、その……待ち合わせ、もうすぐ、その人と、」
「わかったストップもういい言うな」
ぽん、と昻昇の肩に紅葉の手が置かれた。
「流石にここまであからさま過ぎると、兄さんでなくても察しはつくぞ。要するにその達人
とやらが女性で、お前はその時見た資料の写真で一目惚れしてしまったわけだな?」
「っ! な、なんでわかったんだ兄さんっっ?」
一瞬にしてトマトな顔になった昻昇が、弾かれたように後ずさる。
紅葉はというと、我が弟ながら全くこの武道バカは……と苦笑するしかなくて。
「だから、あからさま過ぎるって言ってるだろ。それで、一人じゃ不安だからって私を
引きずってきたのか」
「……………………」
昻昇は無言で頷く。
「あのなあ。ご老公はその人に試合を申し込んで、先方も承諾したわけだろ? お前、そんな
様子で本当にその人と試合なんかできるのか?」
「そ、それは、そりゃあ、俺だって、武道家なんだから。はじめ! の声がかかりさえすれば」
「ほ・ん・と・う・に・か?」
じろり、と紅葉の視線が昻昇の瞳に突き刺さる。視神経がやられてしまいそうだ。
「ぁぅ……た、多分。おそらく、きっと」
「おいおい。今からそんなことじゃ」
その時。
「そおおおおぉぉぉぉいうことならっ!」
やたらと元気な少女の声が響いた。というか轟いた。
二人がそちらを見ると、いつからそこで聞いていたのか何やら嬉しそうな顔の女子高生がいて。
「昻昇さんの恋が成就するよう、女性としての立場から微力ながらこのわたし、ご助言の
一つ二つ三つなどさせて頂きましょうっ!」
「こ、梢江ちゃん、そんな面白がるような言い方……あ、紅葉さん昻昇さんお久しぶり」
少女の隣にいるのは、昻昇にとって馴染み深い少年だ。
「ば、刃牙。と、その子は確かトーナメントの時にいた」
「名乗るのは初めてですね。松本梢江と申します。が、わたしのことなんてどーでもいいんです」
ずずいと昻昇に詰め寄って、背伸びして顔を近づけて梢江は言う。
「先ほどからの、お二人の話は全て聞かせて頂きました。しかとこの耳で立ち聞きの盗み聞き」
「そう胸を張って堂々と言われても困るんだが」
「わたしのことなんてどーでもいいと言ったはずですよ。そんなことより、約束の時間に遅れたら
大変です。ほら出発! で、待ち合わせはあの駅ですか? それとも電車に乗るつもりで?」
昻昇の手を取って歩き出す梢江。思わず引きずられる昻昇が、戸惑いながら問いかけた。
「ま、待て、ちょっと、何で君がそんな、何というか、熱血してるんだ?」
「……ふっ」
仕方なさそうに着いて来てる刃牙と紅葉を一瞬振り返り、歩みは止めずに梢江は言った。
「自分で言うのも何ですけどね。わたしみたいな年頃の女の子が、筋肉だらけの強いんだ
星人ワールドの中、毎日毎日過ごしてるんですよ。わたしがどれだけ、今の昻昇さんみたいな
話題・状況に飢えてると思います?」
梢江はどうしうよもない問題提起をしてきた。だが昻昇は大人なので真面目に答える。
「飢えるも何も、君には刃牙がいるだろう」
「それはそれ。昻昇さんの件は別腹です」
「甘いものかっ?」
「ええ甘いものですとも。甘いものは別腹。今、昻昇さんの胸の中にあるものが甘くないとでも?」
う、と昻昇の言葉が詰まる。
「写真のみで一目惚れしてしまった、これはもう思いっきりスイーツな事態です。刃牙君の
格闘仲間なんて肩書きのある昻昇さんのこと、どうせそんなの初めてなんでしょ? でしたら、
現役女子高生かつ現役恋愛中のわたしの意見を聞いておくのは損ではないかと」
「そう言われると……むぅ……確かに」
「ご理解頂けて嬉しいです。では、まず相手の女性について……」
結局、昻昇は梢江に引きずられるまま、言いくるめられて尋問されている。
そしてその後ろを紅葉と刃牙が、ぽてぽて歩いて着いて行く。
「なあ刃牙君。我々の日常って、ああまで言われるほどのものなんだろうか」
「……ま、梢江ちゃんにはそう見えるってことにしといて下さい」
に連絡とって、今日会う約束になったんだ。これからその、待ち合わせの場所に行くところ」
昻昇は俯いて小さい声で視線を逸らして喋り続けている。
「ご老公の言う通り、俺がその達人を打ち倒すのはメチャクチャ困難なんだけど、でも
それはそれとして……だから、その……待ち合わせ、もうすぐ、その人と、」
「わかったストップもういい言うな」
ぽん、と昻昇の肩に紅葉の手が置かれた。
「流石にここまであからさま過ぎると、兄さんでなくても察しはつくぞ。要するにその達人
とやらが女性で、お前はその時見た資料の写真で一目惚れしてしまったわけだな?」
「っ! な、なんでわかったんだ兄さんっっ?」
一瞬にしてトマトな顔になった昻昇が、弾かれたように後ずさる。
紅葉はというと、我が弟ながら全くこの武道バカは……と苦笑するしかなくて。
「だから、あからさま過ぎるって言ってるだろ。それで、一人じゃ不安だからって私を
引きずってきたのか」
「……………………」
昻昇は無言で頷く。
「あのなあ。ご老公はその人に試合を申し込んで、先方も承諾したわけだろ? お前、そんな
様子で本当にその人と試合なんかできるのか?」
「そ、それは、そりゃあ、俺だって、武道家なんだから。はじめ! の声がかかりさえすれば」
「ほ・ん・と・う・に・か?」
じろり、と紅葉の視線が昻昇の瞳に突き刺さる。視神経がやられてしまいそうだ。
「ぁぅ……た、多分。おそらく、きっと」
「おいおい。今からそんなことじゃ」
その時。
「そおおおおぉぉぉぉいうことならっ!」
やたらと元気な少女の声が響いた。というか轟いた。
二人がそちらを見ると、いつからそこで聞いていたのか何やら嬉しそうな顔の女子高生がいて。
「昻昇さんの恋が成就するよう、女性としての立場から微力ながらこのわたし、ご助言の
一つ二つ三つなどさせて頂きましょうっ!」
「こ、梢江ちゃん、そんな面白がるような言い方……あ、紅葉さん昻昇さんお久しぶり」
少女の隣にいるのは、昻昇にとって馴染み深い少年だ。
「ば、刃牙。と、その子は確かトーナメントの時にいた」
「名乗るのは初めてですね。松本梢江と申します。が、わたしのことなんてどーでもいいんです」
ずずいと昻昇に詰め寄って、背伸びして顔を近づけて梢江は言う。
「先ほどからの、お二人の話は全て聞かせて頂きました。しかとこの耳で立ち聞きの盗み聞き」
「そう胸を張って堂々と言われても困るんだが」
「わたしのことなんてどーでもいいと言ったはずですよ。そんなことより、約束の時間に遅れたら
大変です。ほら出発! で、待ち合わせはあの駅ですか? それとも電車に乗るつもりで?」
昻昇の手を取って歩き出す梢江。思わず引きずられる昻昇が、戸惑いながら問いかけた。
「ま、待て、ちょっと、何で君がそんな、何というか、熱血してるんだ?」
「……ふっ」
仕方なさそうに着いて来てる刃牙と紅葉を一瞬振り返り、歩みは止めずに梢江は言った。
「自分で言うのも何ですけどね。わたしみたいな年頃の女の子が、筋肉だらけの強いんだ
星人ワールドの中、毎日毎日過ごしてるんですよ。わたしがどれだけ、今の昻昇さんみたいな
話題・状況に飢えてると思います?」
梢江はどうしうよもない問題提起をしてきた。だが昻昇は大人なので真面目に答える。
「飢えるも何も、君には刃牙がいるだろう」
「それはそれ。昻昇さんの件は別腹です」
「甘いものかっ?」
「ええ甘いものですとも。甘いものは別腹。今、昻昇さんの胸の中にあるものが甘くないとでも?」
う、と昻昇の言葉が詰まる。
「写真のみで一目惚れしてしまった、これはもう思いっきりスイーツな事態です。刃牙君の
格闘仲間なんて肩書きのある昻昇さんのこと、どうせそんなの初めてなんでしょ? でしたら、
現役女子高生かつ現役恋愛中のわたしの意見を聞いておくのは損ではないかと」
「そう言われると……むぅ……確かに」
「ご理解頂けて嬉しいです。では、まず相手の女性について……」
結局、昻昇は梢江に引きずられるまま、言いくるめられて尋問されている。
そしてその後ろを紅葉と刃牙が、ぽてぽて歩いて着いて行く。
「なあ刃牙君。我々の日常って、ああまで言われるほどのものなんだろうか」
「……ま、梢江ちゃんにはそう見えるってことにしといて下さい」