大海原を支配する、とある首長竜の群れ。彼らの中でわずかな期間ではあったが場をに
ぎわせた、信じがたい生命体の噂話があった。
遥か彼方の大地。原生林で無防備に堂々と寝そべり、威嚇をすればブラキオサウルスを
も怯ませ、ひとたび戦えばティラノサウルスと互角に渡り合い、捕食するという。しかも
これらの芸当をこなしているのは、体長二メートル程度の二足歩行の小動物であるという
のだ。
人の噂も七十五日。ましてや知能が低い首長竜ならばなおさらのこと。あっという間に
この噂は群れから忘れ去られていった。──ただ一頭を除いて。
その若い首長竜は「二足歩行」と「小動物」というキーワードから、かつての仲間を思
い出していた。もう二度と会うことはないであろう、父であり兄であり親友であった少年。
もちろん恐竜を捕食しているという人物が、その少年と関連があるはずがない。しかしそ
れでもなお──
──会いたい。
欲求が抑えられなくなった。
次に訪れた新月の夜、人知れず若い首長竜は群れから脱出を果たした。
それからの旅路は困難を極めた。常に餓死の危険と戦い、険しい地形に行く手を阻まれ、
食われそうになった局面は数え切れない。そもそも噂の人物がどこにいるかすら定かでは
ないのだから。
だが並外れた本能と執念は、少しずつ、少しずつ、主人を目的地へと近づけていく。
そして、ついに両者は邂逅を果たす。
ぎわせた、信じがたい生命体の噂話があった。
遥か彼方の大地。原生林で無防備に堂々と寝そべり、威嚇をすればブラキオサウルスを
も怯ませ、ひとたび戦えばティラノサウルスと互角に渡り合い、捕食するという。しかも
これらの芸当をこなしているのは、体長二メートル程度の二足歩行の小動物であるという
のだ。
人の噂も七十五日。ましてや知能が低い首長竜ならばなおさらのこと。あっという間に
この噂は群れから忘れ去られていった。──ただ一頭を除いて。
その若い首長竜は「二足歩行」と「小動物」というキーワードから、かつての仲間を思
い出していた。もう二度と会うことはないであろう、父であり兄であり親友であった少年。
もちろん恐竜を捕食しているという人物が、その少年と関連があるはずがない。しかしそ
れでもなお──
──会いたい。
欲求が抑えられなくなった。
次に訪れた新月の夜、人知れず若い首長竜は群れから脱出を果たした。
それからの旅路は困難を極めた。常に餓死の危険と戦い、険しい地形に行く手を阻まれ、
食われそうになった局面は数え切れない。そもそも噂の人物がどこにいるかすら定かでは
ないのだから。
だが並外れた本能と執念は、少しずつ、少しずつ、主人を目的地へと近づけていく。
そして、ついに両者は邂逅を果たす。
のび太の恐竜ピー助と史上最強の生物ピクル──二つの魂が出会った。
境遇こそ違えど、ともに傷だらけであった。分かち合うのにそれほど時間はかからなか
った。
かつての親友(とも)の面影を追い求め苦難の旅を選択したピー助。
不自由ない強さを持ちながら「弱肉強食」を捨て強者のみを糧とするピクル。
共通の言語は持たないが、不器用な生き方しかできない者同士、不思議と意識が通じ合
った。ほんやくコンニャクなど必要なかった。
った。
かつての親友(とも)の面影を追い求め苦難の旅を選択したピー助。
不自由ない強さを持ちながら「弱肉強食」を捨て強者のみを糧とするピクル。
共通の言語は持たないが、不器用な生き方しかできない者同士、不思議と意識が通じ合
った。ほんやくコンニャクなど必要なかった。
──ボクガ生マレタノハコノ時代トハチガウ世界。直線バカリノ世界ダッタ。
──直線ノ世界?
──ソコニカケガエノナイ親友ガイタ。君ト同ジヨウナ姿形ノ親友。
──俺ト同ジヨウナ戦士ダッタノカ。
──戦士デハナイケド、強クテ優シカッタ。デモ二度ト会ウコトハナイダロウ。
──何故ダ? マタソノ世界ニ行ケバイイジャナイカ。
──多分ボクハモウ死ヌマデアソコニハ行ケナイ。何トナク分カル。
──ソウカ……。
──君ニ会エテヨカッタ。モシ君ガ『直線ノ世界』ニ行クコトガデキタナラ、親友ニ伝
エテクレナイカ。ボクハ元気デイルッテ。
エテクレナイカ。ボクハ元気デイルッテ。
──約束シヨウ。
数年後、ピクルはティラノサウルスと交戦中に大寒波に呑み込まれた。岩塩と超低温に
閉じ込められた戦士は、およそ二億年もの永い眠りにつくことになる。
現代に蘇った原人ピクル。しばらくはピー助との約束を忘れていたが、烈海王を倒し市
街に脱出を果たした際、現代(ここ)こそが彼が話していた『直線の世界』であると理解
した。
今こそ約束を果たさねばならない。悠久の時を経て、ピー助に誓った使命感がピクルの
中で燃え上がる。
ピー助とのわずかな対話と己の直感だけを手がかりに、ピクルは奔走した。
大した戦力ではないあの首長竜は、姿形が似ているという理由だけで、危険を冒して自
分に会いに来た。あの勇気を無駄にすることは、死ぬよりも辛い。
全力疾走しながら東京一千万の人間を一人一人鑑定する。砂漠で一粒の塩を見つけるよ
うな途方もない作業であった。
空腹と度重なる疲労で、さすがのピクルもついに足を止めた。
しかし時として真実は立ち止まった瞬間にこそあらわれる。弱肉強食という神が作りし
摂理に逆らい続けたピクルに、神は罰ではなく──奇跡を与えた。
目の前でうろたえる眼鏡をかけた少年。
「わ、わ、原人だ……。テ、テレビでやってた……」
少年はピクルを知っていた。やはり奪った衣服を身につけているとはいえ、有名人だ。
好敵手と出会った時に似た高揚感が、ピクルの体内を駆け巡った。本能が激しく告げて
いる。ピー助の親友はこいつだ、と。
閉じ込められた戦士は、およそ二億年もの永い眠りにつくことになる。
現代に蘇った原人ピクル。しばらくはピー助との約束を忘れていたが、烈海王を倒し市
街に脱出を果たした際、現代(ここ)こそが彼が話していた『直線の世界』であると理解
した。
今こそ約束を果たさねばならない。悠久の時を経て、ピー助に誓った使命感がピクルの
中で燃え上がる。
ピー助とのわずかな対話と己の直感だけを手がかりに、ピクルは奔走した。
大した戦力ではないあの首長竜は、姿形が似ているという理由だけで、危険を冒して自
分に会いに来た。あの勇気を無駄にすることは、死ぬよりも辛い。
全力疾走しながら東京一千万の人間を一人一人鑑定する。砂漠で一粒の塩を見つけるよ
うな途方もない作業であった。
空腹と度重なる疲労で、さすがのピクルもついに足を止めた。
しかし時として真実は立ち止まった瞬間にこそあらわれる。弱肉強食という神が作りし
摂理に逆らい続けたピクルに、神は罰ではなく──奇跡を与えた。
目の前でうろたえる眼鏡をかけた少年。
「わ、わ、原人だ……。テ、テレビでやってた……」
少年はピクルを知っていた。やはり奪った衣服を身につけているとはいえ、有名人だ。
好敵手と出会った時に似た高揚感が、ピクルの体内を駆け巡った。本能が激しく告げて
いる。ピー助の親友はこいつだ、と。
少年の名は野比のび太。ようやく二億年前の約束を果たすチャンスが訪れた。
この少年にあの首長竜の近況を伝えれば、全てが終わる。ところが、いうまでもなくピ
クルにはこの『直線の世界』での意思疎通の手段がない。同時代を生きたピー助とはかろ
うじて心が通じ合ったが、さすがに都合よくはいくまい。
どうすればいい。ピクルはとりあえず身振り手振りや唸り声でコミュニケーションを図
るが、のび太はますます怯えるばかり。
意思疎通は不可能。ならば、とピクルは突然吠えかかった。
「グオオオォォォォッ!」
「ひえぇっ! こ、殺されるっ!」
のび太はピクルから背を向け、全力で逃げだした。まちがいなく五十メートル走で自己
ベストを出せる速度であった。ピクルも追いつかぬ程度に追いかける。
「ドラえもぉ~ん!」
逃げ込んだのはやはり我が家。これもピクルの予測通り。
のび太が閉めたドアを蹴破り、部屋までたどり着く。途中、ピクルを見た玉子が失神し
たことはいうまでもない。
「ど、ど、どうしよう、ドラえもん……」
「ぼ、ぼ、ぼくにいわれても……」
ドラえもんと抱き合って怯えるのび太。
かまわずピクルは部屋中を荒らした。机を破壊し、襖を突き破り、次々に物を引っぱり
出す。
──やがてピクルは一枚の写真を発見する。
「ガアァッ!」
ピクルは必死にその写真をのび太の顔面に押しつけ、吠えるが、当ののび太は泣きわめ
いていて対話にならない。ドラえもんに至っては恐怖のあまり自ら尻尾を引っぱって現実
逃避してしまった。
まもなく周囲が騒がしくなる。けたたましく鳴り響くサイレン。通報されたのだろう。
もはやこれまで──寂しそうにのび太に一瞥をくれてから、ピクルは窓を突き破っての
び太の家から脱出した。
この少年にあの首長竜の近況を伝えれば、全てが終わる。ところが、いうまでもなくピ
クルにはこの『直線の世界』での意思疎通の手段がない。同時代を生きたピー助とはかろ
うじて心が通じ合ったが、さすがに都合よくはいくまい。
どうすればいい。ピクルはとりあえず身振り手振りや唸り声でコミュニケーションを図
るが、のび太はますます怯えるばかり。
意思疎通は不可能。ならば、とピクルは突然吠えかかった。
「グオオオォォォォッ!」
「ひえぇっ! こ、殺されるっ!」
のび太はピクルから背を向け、全力で逃げだした。まちがいなく五十メートル走で自己
ベストを出せる速度であった。ピクルも追いつかぬ程度に追いかける。
「ドラえもぉ~ん!」
逃げ込んだのはやはり我が家。これもピクルの予測通り。
のび太が閉めたドアを蹴破り、部屋までたどり着く。途中、ピクルを見た玉子が失神し
たことはいうまでもない。
「ど、ど、どうしよう、ドラえもん……」
「ぼ、ぼ、ぼくにいわれても……」
ドラえもんと抱き合って怯えるのび太。
かまわずピクルは部屋中を荒らした。机を破壊し、襖を突き破り、次々に物を引っぱり
出す。
──やがてピクルは一枚の写真を発見する。
「ガアァッ!」
ピクルは必死にその写真をのび太の顔面に押しつけ、吠えるが、当ののび太は泣きわめ
いていて対話にならない。ドラえもんに至っては恐怖のあまり自ら尻尾を引っぱって現実
逃避してしまった。
まもなく周囲が騒がしくなる。けたたましく鳴り響くサイレン。通報されたのだろう。
もはやこれまで──寂しそうにのび太に一瞥をくれてから、ピクルは窓を突き破っての
び太の家から脱出した。
いきなり追いかけられ、部屋をメチャクチャに散らかされ、散々な目に遭わされたのび
太。涙を拭いて愚痴をこぼす。
「んもう最悪だよ……。なんでぼくがこんな目に……ん?」
ピクルがしつこく押しつけてきた写真。しわくちゃになっている。
風景は白亜紀。のび太たちとピー助が、楽しそうに並んで写っている。
ピクルは、のび太がピー助と真に親友であるならば、自分の巣にピー助の痕跡を保存し
ていると考えたのである。
「あの人、もしかしたらピー助のことを伝えに来たんじゃ……」
これ以後、のび太とピクルの人生が交わることは生涯なかったという。
太。涙を拭いて愚痴をこぼす。
「んもう最悪だよ……。なんでぼくがこんな目に……ん?」
ピクルがしつこく押しつけてきた写真。しわくちゃになっている。
風景は白亜紀。のび太たちとピー助が、楽しそうに並んで写っている。
ピクルは、のび太がピー助と真に親友であるならば、自分の巣にピー助の痕跡を保存し
ていると考えたのである。
「あの人、もしかしたらピー助のことを伝えに来たんじゃ……」
これ以後、のび太とピクルの人生が交わることは生涯なかったという。
お わ り