とにもかくにもセラスはようやく落ち着く事が出来た。
再度着替えたTシャツとスウェットパンツはそれでもきつめではあったが、若干の伸縮性のおかげで
着ていられなくもない。
セラスはフウとひとつ溜め息を吐きながら傍らのベッドに腰掛けた。
それに対し、まひろは実に慌しく私服に着替えている。
生まれて初めての珍客来室に、うっかり寄宿舎における重要な事実を忘れていたからだ。
「私、ご飯食べてくるね。あんまり遅いと怒られちゃうし。すぐ戻ってくるから」
既に夕食時間を大幅に過ぎている。ほとんどの生徒が食事を済ませて自由時間を満喫しているだろう。
このままでは本当に下げられてしまい、夕食抜きとなってしまう。
寄宿舎のメニュー表を暗記し、三度の食事にも間食にも至上の幸せを感じるまひろにとって、
夕食が食べられないのは相当の痛恨事だ。
あるナチス親衛隊が第二次世界大戦下のワルシャワで「デブは一食抜くと死ぬ」という名言を残したが、
まさにそれに近い。
そんな、まだまだ花より団子の子供っぽい彼女の様子に、セラスは苦笑を浮かべる。
「急がなくてもいいよ。ゆっくり食べてきて」
「はーい!」
セラスの声を背に、少しの時間も惜しいとばかりにパーカーの袖を通しながら自室の戸を開けるまひろ。
再度着替えたTシャツとスウェットパンツはそれでもきつめではあったが、若干の伸縮性のおかげで
着ていられなくもない。
セラスはフウとひとつ溜め息を吐きながら傍らのベッドに腰掛けた。
それに対し、まひろは実に慌しく私服に着替えている。
生まれて初めての珍客来室に、うっかり寄宿舎における重要な事実を忘れていたからだ。
「私、ご飯食べてくるね。あんまり遅いと怒られちゃうし。すぐ戻ってくるから」
既に夕食時間を大幅に過ぎている。ほとんどの生徒が食事を済ませて自由時間を満喫しているだろう。
このままでは本当に下げられてしまい、夕食抜きとなってしまう。
寄宿舎のメニュー表を暗記し、三度の食事にも間食にも至上の幸せを感じるまひろにとって、
夕食が食べられないのは相当の痛恨事だ。
あるナチス親衛隊が第二次世界大戦下のワルシャワで「デブは一食抜くと死ぬ」という名言を残したが、
まさにそれに近い。
そんな、まだまだ花より団子の子供っぽい彼女の様子に、セラスは苦笑を浮かべる。
「急がなくてもいいよ。ゆっくり食べてきて」
「はーい!」
セラスの声を背に、少しの時間も惜しいとばかりにパーカーの袖を通しながら自室の戸を開けるまひろ。
しかし、彼女の前進は、顔や胸への軽い衝撃の中で阻まれた。
戸を開けたすぐ先に何者かが立っており、その身体にぶつかったのだ。
目の前の人物は今まさにノックをせんとばかりに軽く握った拳を胸の高さまで上げていた。
日曜大工にピッタリな薄汚れたグレイのツナギ。短髪のボサボサ頭に無精髭。
銀成学園寄宿舎管理人のキャプテン・ブラボーである。
「あっ! ブラボー!!」
「何だ、まだ――」
言葉が途切れる。
まひろにも容易にわかった。ブラボーの表情が滅多に見られない、険しいものになっているのが。
まひろが冷汗三斗の思いで後を振り返ると、そこにセラスの姿は無かった。
目の前の人物は今まさにノックをせんとばかりに軽く握った拳を胸の高さまで上げていた。
日曜大工にピッタリな薄汚れたグレイのツナギ。短髪のボサボサ頭に無精髭。
銀成学園寄宿舎管理人のキャプテン・ブラボーである。
「あっ! ブラボー!!」
「何だ、まだ――」
言葉が途切れる。
まひろにも容易にわかった。ブラボーの表情が滅多に見られない、険しいものになっているのが。
まひろが冷汗三斗の思いで後を振り返ると、そこにセラスの姿は無かった。
この時にセラスが見せた身のこなしは見事なものだった。
ベッドに腰掛けて完全に気を抜いた状態から、まひろの上げた「あっ!」という一声に反応し、
入室の際と同じ超スピードで瞬時に押入れへと飛び込んだのだ。
それはとても常人の眼に映るものではない。せいぜい眼の錯覚くらいにしか思わないだろう。
ベッドに腰掛けて完全に気を抜いた状態から、まひろの上げた「あっ!」という一声に反応し、
入室の際と同じ超スピードで瞬時に押入れへと飛び込んだのだ。
それはとても常人の眼に映るものではない。せいぜい眼の錯覚くらいにしか思わないだろう。
だが、キャプテン・ブラボーは違う。
今でこそ呑気な管理人だが、元は錬金の戦士であり、戦士長だった男だ。
更に、防御専門の己が武装錬金の為に鍛え上げたのは、筋力や俊敏性だけではない。
敵の攻撃や能力、戦局を見抜く“眼力”もそれに含まれる。
そして、ブラボーの眼は捉えていた。まひろの背後、人間離れした素早さで押入れに飛び込む人影を。
今でこそ呑気な管理人だが、元は錬金の戦士であり、戦士長だった男だ。
更に、防御専門の己が武装錬金の為に鍛え上げたのは、筋力や俊敏性だけではない。
敵の攻撃や能力、戦局を見抜く“眼力”もそれに含まれる。
そして、ブラボーの眼は捉えていた。まひろの背後、人間離れした素早さで押入れに飛び込む人影を。
ブラボーは視線を押入れに向けたまま、まひろの肩に手を置き、諭すように言う。
「さあ、早く夕飯を食べに行きなさい。」
一方のまひろは見ていてかわいそうになるほどの慌てぶりだ。
ブラボーの言葉は頭に入らず、いつの間にか消えてしまったセラスを探してキョロキョロしながら――
「あ、あのね! 誰も隠れてないし、誰もいないよ! ホントだよ!」
――などと不自然極まりない言い訳を繰り返している。
これ以上部屋に入るなとばかりに鬱陶しくまとわりつくまひろを、ブラボーはキッと見つめた。
寄宿舎内に人外の化物が潜んでいるという非常事態。しかも、察するにこの部屋の主の方から
招き入れた節があるのだからタチが悪い。
彼女を傷つけないように、怯えさせないように細心の注意を払いながら、ブラボーは言い渡す。厳しく、簡潔に。
「いいから、行くんだ」
その言葉が耳に入った瞬間、まひろの動きはピタリと止まってしまった。
普段あまり怒らない人間が怒ったらどんなに怖いかという良い見本になったのだろう。
「……はい」
まひろは泣きべその一歩手前の声で素直に返事をすると、うなだれて部屋から出ていった。
名残惜しそうに幾度も自分の部屋の中を振り返りながら。
「さあ、早く夕飯を食べに行きなさい。」
一方のまひろは見ていてかわいそうになるほどの慌てぶりだ。
ブラボーの言葉は頭に入らず、いつの間にか消えてしまったセラスを探してキョロキョロしながら――
「あ、あのね! 誰も隠れてないし、誰もいないよ! ホントだよ!」
――などと不自然極まりない言い訳を繰り返している。
これ以上部屋に入るなとばかりに鬱陶しくまとわりつくまひろを、ブラボーはキッと見つめた。
寄宿舎内に人外の化物が潜んでいるという非常事態。しかも、察するにこの部屋の主の方から
招き入れた節があるのだからタチが悪い。
彼女を傷つけないように、怯えさせないように細心の注意を払いながら、ブラボーは言い渡す。厳しく、簡潔に。
「いいから、行くんだ」
その言葉が耳に入った瞬間、まひろの動きはピタリと止まってしまった。
普段あまり怒らない人間が怒ったらどんなに怖いかという良い見本になったのだろう。
「……はい」
まひろは泣きべその一歩手前の声で素直に返事をすると、うなだれて部屋から出ていった。
名残惜しそうに幾度も自分の部屋の中を振り返りながら。
部屋に一人残ったブラボーは緊張と警戒心を全身にみなぎらせ、押入れの前に仁王立ちとなっている。
“まひろに招き入れられた”や“まひろを傷つけていない”等の事実は安心していい理由にならない。
笑顔で人間を欺いた後に邪悪の本性を現す化物など掃いて捨てる程いる。
「一度しか言わない」
彼の経験上、というよりも職務上、中に潜んでいるのはホムンクルスと当たりをつけていた。
遥か昔から数え切れない程の戦いを錬金戦団と繰り広げ、この銀成市でも“蝶野攻爵”の作り出した
ホムンクルスや共同体“L・X・E”が跳梁していたのだ。
すべてのホムンクルスが月に渡ったと言われても、そうにわかに信用出来るものではない。
現にどう考えても人間とは思えない化物が、眼前で息を潜めているではないか。
「俺は錬金の戦士、キャプテン・ブラボーだ。敵意が無いのなら大人しく出てこい。そちらから
攻撃してこない限り、こちらも手を出さない事は約束しよう」
実はこの時、彼に勝算と呼べるものは何一つ無かった。
たとえ鍛え上げた肉体と研鑽を重ねた格闘技術のみを武器に戦ってきたとはいえ、武装錬金の無い
生身ではホムンクルスにダメージを与える事は一切出来ない。
加えて、半年前に再起不能に近い重傷から生還するもその後遺症の為に、強大だった戦闘力は
全盛期から遠くかけ離れたものとなっていた。
それでも尚、勝機無き戦いに挑む理由は、彼が生徒達の平和な暮らしを預かる寄宿舎管理人であり、
キャプテン・ブラボーだからだ。
生徒達を、子供達を、化物共の毒牙に掛ける訳には絶対にいかない。
力及ばぬまでも命を捨てて、皆が逃げ出す時間だけでも稼ぐつもりだった。
「五秒だけ待つ。それ以上の沈黙は敵意があるものと見なすぞ」
両の拳を満身の力で握り締める。
“まひろに招き入れられた”や“まひろを傷つけていない”等の事実は安心していい理由にならない。
笑顔で人間を欺いた後に邪悪の本性を現す化物など掃いて捨てる程いる。
「一度しか言わない」
彼の経験上、というよりも職務上、中に潜んでいるのはホムンクルスと当たりをつけていた。
遥か昔から数え切れない程の戦いを錬金戦団と繰り広げ、この銀成市でも“蝶野攻爵”の作り出した
ホムンクルスや共同体“L・X・E”が跳梁していたのだ。
すべてのホムンクルスが月に渡ったと言われても、そうにわかに信用出来るものではない。
現にどう考えても人間とは思えない化物が、眼前で息を潜めているではないか。
「俺は錬金の戦士、キャプテン・ブラボーだ。敵意が無いのなら大人しく出てこい。そちらから
攻撃してこない限り、こちらも手を出さない事は約束しよう」
実はこの時、彼に勝算と呼べるものは何一つ無かった。
たとえ鍛え上げた肉体と研鑽を重ねた格闘技術のみを武器に戦ってきたとはいえ、武装錬金の無い
生身ではホムンクルスにダメージを与える事は一切出来ない。
加えて、半年前に再起不能に近い重傷から生還するもその後遺症の為に、強大だった戦闘力は
全盛期から遠くかけ離れたものとなっていた。
それでも尚、勝機無き戦いに挑む理由は、彼が生徒達の平和な暮らしを預かる寄宿舎管理人であり、
キャプテン・ブラボーだからだ。
生徒達を、子供達を、化物共の毒牙に掛ける訳には絶対にいかない。
力及ばぬまでも命を捨てて、皆が逃げ出す時間だけでも稼ぐつもりだった。
「五秒だけ待つ。それ以上の沈黙は敵意があるものと見なすぞ」
両の拳を満身の力で握り締める。
――それは意外な程に早かった。
五秒のカウントを始める前に押入れの戸が静かに開いたのだ。
中から出てきたのは妙にサイズの合っていない服を着た外国人女性。
対象のすべてを見極める“心眼ブラボーアイ(掛け声・ポーズ無しの簡易バージョン)”を以ってしても
動物型ホムンクルスが人間形体をとっているようには見えないし、ましてや人間型ホムンクルスにも見えない。
しかし、人間とも違う。
聴覚を最大限まで研ぎ澄ませても、呼吸音や心臓の鼓動は聞こえてこない。
ブラボーは軽く困惑していた。
「お前は何者だ? 人間じゃないのは確かなようだが」
俯き気味に視線を下げた彼女は先程のまひろのリプレイの如く、泣きべその一歩手前の声で
オドオドと答える。
「あ、あの、名前はセラス・ヴィクトリアです。えっと、その、信じてもらえないかもしれないけれど……
私、吸血鬼なんです……」
「吸血鬼……?」
予想外の返答だった。
今まで錬金の戦士として幾度と無く人造生命体ホムンクルスと遭遇し、戦いを重ねてきたブラボーも、
吸血鬼などというものは初めてお目に掛かる。
とはいえ、化物そのものの素早さや生体反応の無い身体を目の当たりにしているのだから、
嫌でも信じざるを得ない。
「……いや、信じよう。セラス、君はどこから来たんだ? 何故、こんなところにいる?」
ブラボーの口調が幾分か柔らかくなっている。
決して油断している訳ではない。ではないが、こうまでビクつきながら素直に応対されると
どうにも調子が狂ってしまう。
セラスはセラスで、目の前の男が実力においてもバックボーンにおいても只者ではないであろう事を
漠然と理解していた。
自分達と同じ“裏”の存在、“闇”の存在。
ならば、ある程度は正直に話した方が良いのではないか。そう思っている。
「それが、その……。私はイギリスの“王立国教騎士団”という機関に所属しているんですが、
ある日、眼が覚めて棺から出てみたらどういう訳か日本にいて……。私にも何がどうなってるのか、
よくわからないんです」
中から出てきたのは妙にサイズの合っていない服を着た外国人女性。
対象のすべてを見極める“心眼ブラボーアイ(掛け声・ポーズ無しの簡易バージョン)”を以ってしても
動物型ホムンクルスが人間形体をとっているようには見えないし、ましてや人間型ホムンクルスにも見えない。
しかし、人間とも違う。
聴覚を最大限まで研ぎ澄ませても、呼吸音や心臓の鼓動は聞こえてこない。
ブラボーは軽く困惑していた。
「お前は何者だ? 人間じゃないのは確かなようだが」
俯き気味に視線を下げた彼女は先程のまひろのリプレイの如く、泣きべその一歩手前の声で
オドオドと答える。
「あ、あの、名前はセラス・ヴィクトリアです。えっと、その、信じてもらえないかもしれないけれど……
私、吸血鬼なんです……」
「吸血鬼……?」
予想外の返答だった。
今まで錬金の戦士として幾度と無く人造生命体ホムンクルスと遭遇し、戦いを重ねてきたブラボーも、
吸血鬼などというものは初めてお目に掛かる。
とはいえ、化物そのものの素早さや生体反応の無い身体を目の当たりにしているのだから、
嫌でも信じざるを得ない。
「……いや、信じよう。セラス、君はどこから来たんだ? 何故、こんなところにいる?」
ブラボーの口調が幾分か柔らかくなっている。
決して油断している訳ではない。ではないが、こうまでビクつきながら素直に応対されると
どうにも調子が狂ってしまう。
セラスはセラスで、目の前の男が実力においてもバックボーンにおいても只者ではないであろう事を
漠然と理解していた。
自分達と同じ“裏”の存在、“闇”の存在。
ならば、ある程度は正直に話した方が良いのではないか。そう思っている。
「それが、その……。私はイギリスの“王立国教騎士団”という機関に所属しているんですが、
ある日、眼が覚めて棺から出てみたらどういう訳か日本にいて……。私にも何がどうなってるのか、
よくわからないんです」
“イギリス”
セラスの言葉を聞いた途端、ブラボーの胸に若き日の闘いの場面が去来する。
あれは七年前――
あれは七年前――
『ようこそ、錬金戦団大英帝国支部に!』
『この私の武装錬金こそが最新鋭! 最強の破壊力を誇るのだ!』
『見て下さい! 見て下さいブラボーサン! 僕、こんなに強くなりましたよ!』
『私に殺されるまで、誰にも殺されるなよ?』
――ほんの僅かの間、ブラボーの意識は銀成学園寄宿舎から離れ、“防人衛”として記憶の回廊を彷徨っていた。
そして、それらの記憶が甦ると同時に、改めて納得する。
“吸血鬼を殺す為の組織が存在するのならば、吸血鬼の存在もまた至極当然なのだ”と。
短い記憶の旅路から戻ったブラボーは話を続ける。
「その先は“困っているところをあの子に拾われて、この寄宿舎に来た”といったところか」
「そうです……」
相変わらず俯いたままのセラス。
ブラボーは口元に手をやり、指先で無精髭を細かく擦る。
「ふうむ……――」
嘘は言ってないのだろうし、少なくとも自分やまひろ、他の寄宿舎生に害意は持っていないのかもしれない。
それでも“この事”は聞いておかなければならない。彼女が吸血鬼である以上、“この事”だけは。
「――……君には“食事”が必要だろう。日本に来てからどれだけの人間を襲った?」
その質問を聞くや否や、セラスは顔を上げ、潤んだ瞳をいっぱいに開いてブラボーを見つめ返した。
「私、誰も襲ってません! 確かに血は飲みたくなるけど、でも絶対に飲みません! 今までも一度だって
飲んだ事は無いんです!」
否定、というよりも抗議の色合いが強いセラスの訴え。
彼女が何故、血を飲まないのか。吸血鬼が血を飲まなければどうなるのか。
どちらもブラボーにはわからないが、そこにセラスの明確な“意志”がある事はわかった。
「そうか……。失礼な事を言ってすまなかった」
謝罪には答えず、セラスは再び顔を伏せる。
「私……出ていきます……。まひろちゃんには『優しくしてくれてありがとう。嬉しかった』
って伝えておいてください……」
ひどく暗い声だ。最早、泣き声ですらない。
部屋の隅に置いてあるリュックサック、銃器とその弾倉(マガジン)が山程入った物騒なリュックサックを
急いで手に取ると、セラスは部屋を去ろうと足早にブラボーの横を通り過ぎる。
早く出ていかなければ、という思いが強いのか、自分が身にまとっているのはHELLSING機関の
制服ではなくまひろの私服だという事にも気づいていない。
そんなセラスにブラボーがわざとらしい咳払いと共に声を掛けた。
そして、それらの記憶が甦ると同時に、改めて納得する。
“吸血鬼を殺す為の組織が存在するのならば、吸血鬼の存在もまた至極当然なのだ”と。
短い記憶の旅路から戻ったブラボーは話を続ける。
「その先は“困っているところをあの子に拾われて、この寄宿舎に来た”といったところか」
「そうです……」
相変わらず俯いたままのセラス。
ブラボーは口元に手をやり、指先で無精髭を細かく擦る。
「ふうむ……――」
嘘は言ってないのだろうし、少なくとも自分やまひろ、他の寄宿舎生に害意は持っていないのかもしれない。
それでも“この事”は聞いておかなければならない。彼女が吸血鬼である以上、“この事”だけは。
「――……君には“食事”が必要だろう。日本に来てからどれだけの人間を襲った?」
その質問を聞くや否や、セラスは顔を上げ、潤んだ瞳をいっぱいに開いてブラボーを見つめ返した。
「私、誰も襲ってません! 確かに血は飲みたくなるけど、でも絶対に飲みません! 今までも一度だって
飲んだ事は無いんです!」
否定、というよりも抗議の色合いが強いセラスの訴え。
彼女が何故、血を飲まないのか。吸血鬼が血を飲まなければどうなるのか。
どちらもブラボーにはわからないが、そこにセラスの明確な“意志”がある事はわかった。
「そうか……。失礼な事を言ってすまなかった」
謝罪には答えず、セラスは再び顔を伏せる。
「私……出ていきます……。まひろちゃんには『優しくしてくれてありがとう。嬉しかった』
って伝えておいてください……」
ひどく暗い声だ。最早、泣き声ですらない。
部屋の隅に置いてあるリュックサック、銃器とその弾倉(マガジン)が山程入った物騒なリュックサックを
急いで手に取ると、セラスは部屋を去ろうと足早にブラボーの横を通り過ぎる。
早く出ていかなければ、という思いが強いのか、自分が身にまとっているのはHELLSING機関の
制服ではなくまひろの私服だという事にも気づいていない。
そんなセラスにブラボーがわざとらしい咳払いと共に声を掛けた。
「ンンッ! あー、それで君の今後だが」
「……?」
不意の言葉にセラスは立ち止まって振り返り、キョトンと不思議そうに彼の顔を眺めた。
腕を組んだブラボーは彼女に初めて笑顔を見せながら、あえて回りくどく伝える。
「俺の組織はイギリスの方にも支部がある。君の帰国に協力してもらえるように、上に掛け合ってみよう。
その間、この部屋の押入れで大人しくしていてもらうが、それでもいいかな?」
セラスはこの言葉の真意を汲み取るのに少しの時間を要した。
やがて、ブラボーが何を伝えたいかを理解すると、すぐにこれ以上無いくらいの満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
彼女の頭の中は喜びでいっぱいだ。
“ゆっくり身体を落ち着けられる場所が出来た”のも嬉しいのだろうし、“イギリスへ返る見込みがついた”のも
安心なのだろう。
しかし、最も大きな割合を占めていたのは“まひろちゃんと友達になれる。あの少しおかしな、
でも優しくて楽しい女の子と”という思いだ。
腕を組んだブラボーは彼女に初めて笑顔を見せながら、あえて回りくどく伝える。
「俺の組織はイギリスの方にも支部がある。君の帰国に協力してもらえるように、上に掛け合ってみよう。
その間、この部屋の押入れで大人しくしていてもらうが、それでもいいかな?」
セラスはこの言葉の真意を汲み取るのに少しの時間を要した。
やがて、ブラボーが何を伝えたいかを理解すると、すぐにこれ以上無いくらいの満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
彼女の頭の中は喜びでいっぱいだ。
“ゆっくり身体を落ち着けられる場所が出来た”のも嬉しいのだろうし、“イギリスへ返る見込みがついた”のも
安心なのだろう。
しかし、最も大きな割合を占めていたのは“まひろちゃんと友達になれる。あの少しおかしな、
でも優しくて楽しい女の子と”という思いだ。
一頻り喜びを噛み締めたセラスではあったが、実はあともうひとつだけ心配な事が残っていた。
まひろとの共同生活を送る上で一番大切な事だ。
「あ、でも……」
「わかっている。君が吸血鬼だという事は、まひろには秘密にしておこう。そうだな、“日光アレルギー”
とでも言っておくか」
それに銀アレルギーとニンニクアレルギーも追加して彼女に説明しなければ、と考えながら、
笑顔のセラスは一際弾んだ声をブラボーに返した。
まひろとの共同生活を送る上で一番大切な事だ。
「あ、でも……」
「わかっている。君が吸血鬼だという事は、まひろには秘密にしておこう。そうだな、“日光アレルギー”
とでも言っておくか」
それに銀アレルギーとニンニクアレルギーも追加して彼女に説明しなければ、と考えながら、
笑顔のセラスは一際弾んだ声をブラボーに返した。
「はいっ!」