鮎川ルミナは成長した。
シコルスキーとの決闘で芽生えた男としての覚悟が、彼を変えたのである。
「鮎川君、変わったよね」
「うん。おどおどしなくなったっていうか、堂々としてるっていうか」
「もうあいつを弱虫だなんていえないや」
本人が一皮むければ周囲の評価も当然変わる。あの日を境に、ルミナの人生は明らかに
好転した。
しかし、これが面白くないのは今までルミナをいじめていた級友たちだ。いじめはある
意味「世論」によって成り立つ。世論に弾かれた者だからこそ、堂々といじめという名の
制裁を加えることが可能になるのだ。クラスの大多数の支持を得ようとしているルミナを
いじめることはもうできない。彼らは楽しみを失ってしまったのだ。
特にルミナをしけい荘に向かわせた三人組は先陣を切っていじめていたので、クラスで
の立場も微妙なものとなっていた。
放課後、昇降口でルミナといじめっ子トリオが遭遇する。
「おい鮎川、てめぇ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「調子になんか乗ってないよ」
「なんだと! おい、俺のケータイに撮った恥ずかしい写真、まだ残ってんだぞ、ばら撒
いちまうぞ。いいのかよっ!」
「別にいいよ、好きにすれば。もう僕は逃げないって決めたんだ」
「ぐっ……」
かつて脅迫の材料にするためにむりやり撮影し、大量に保存した恥ずかしい写真の数々。
昔はこれでルミナを操り人形にできたのだが、今のルミナには通用しない。クラスにばら
撒けば、たしかに恥辱を味わわせることはできるだろう。しかし、最終的なダメージは間
違いなく自分たちの方が大きい。担任や両親に怒られるといった程度の処罰(ペナルティ)
では済まされないだろう。
「じゃあ僕、急いでるから」
「あっ、おい、待てよ!」
ルミナは振り返ることなく下校していった。残された三人は恨めしそうにに唇を噛みし
める。
「くそぉ……ふざけやがって……!」
シコルスキーとの決闘で芽生えた男としての覚悟が、彼を変えたのである。
「鮎川君、変わったよね」
「うん。おどおどしなくなったっていうか、堂々としてるっていうか」
「もうあいつを弱虫だなんていえないや」
本人が一皮むければ周囲の評価も当然変わる。あの日を境に、ルミナの人生は明らかに
好転した。
しかし、これが面白くないのは今までルミナをいじめていた級友たちだ。いじめはある
意味「世論」によって成り立つ。世論に弾かれた者だからこそ、堂々といじめという名の
制裁を加えることが可能になるのだ。クラスの大多数の支持を得ようとしているルミナを
いじめることはもうできない。彼らは楽しみを失ってしまったのだ。
特にルミナをしけい荘に向かわせた三人組は先陣を切っていじめていたので、クラスで
の立場も微妙なものとなっていた。
放課後、昇降口でルミナといじめっ子トリオが遭遇する。
「おい鮎川、てめぇ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「調子になんか乗ってないよ」
「なんだと! おい、俺のケータイに撮った恥ずかしい写真、まだ残ってんだぞ、ばら撒
いちまうぞ。いいのかよっ!」
「別にいいよ、好きにすれば。もう僕は逃げないって決めたんだ」
「ぐっ……」
かつて脅迫の材料にするためにむりやり撮影し、大量に保存した恥ずかしい写真の数々。
昔はこれでルミナを操り人形にできたのだが、今のルミナには通用しない。クラスにばら
撒けば、たしかに恥辱を味わわせることはできるだろう。しかし、最終的なダメージは間
違いなく自分たちの方が大きい。担任や両親に怒られるといった程度の処罰(ペナルティ)
では済まされないだろう。
「じゃあ僕、急いでるから」
「あっ、おい、待てよ!」
ルミナは振り返ることなく下校していった。残された三人は恨めしそうにに唇を噛みし
める。
「くそぉ……ふざけやがって……!」
いじめっ子を軽々とやり過ごしたルミナはというと、まっすぐしけい荘に立ち寄ってい
た。あの日以来、少年はシコルスキーと奇妙な親交を結んでいた。
「こんにちは、シコルスキーさん」
「久しぶりだな、ルミナ。もういじめられてないだろうな」
「うん。もうあんな奴ら怖くないです」
決闘後、ルミナはなぜしけい荘に侵入したのかをオリバに白状し、それは敗北したシコ
ルスキーにも伝えられた。むろんルミナは実力で勝ったとは思っていない。むしろ、超人
的な肉体と身体能力を誇るシコルスキーを尊敬すらしている。
「シコルスキーさんは相変わらず生傷だらけですね」
「こないだはルームメイトを怒らせちまって、青森まで全力疾走で逃げた挙句、アッパー
で津軽海峡に殴り飛ばされたよ」
「……よく死ななかったですね」
「よくあることさ」
笑い合う二人。しばしの雑談の後、ルミナが頭を下げた。
「じゃあ今日は帰ります」
「またいじめられたら相談しろよ。加勢してやるから」
「もう平気ですよ。それじゃまた!」
去っていくルミナの背中を眺めながら、シコルスキーはぽつりと寂しそうにもらした。
「サムワン……。また一人、俺たちの仲間がいなくなったぞ」
ルミナが通う小学校近くにあるファーストフード店。先程ルミナにあしらわれた三人組
がたむろしていた。
まだ苛立ちが収まらないのか、ハンバーガーやポテトをつまむ手つきまで荒れている。
「くそっ、鮎川の奴! ふざけやがってっ!」
「でも写真が効かないんじゃ、どうしようもないぜ。今まで“こっち側”だった奴らもだ
んだんあいつの味方するようになったし」
「表沙汰になったら、俺たちのがダメージでかいしなぁ」
「表沙汰……?」
ふと、リーダー格の少年の目が危険な光を帯びた。
「おい、もう嫌がらせや脅迫なんてまどろっこしいのは止めだ。実力行使といこうぜ」
「え?」
「どういうことだよ」
「三丁目に廃ビルがあったろ? あそこにあいつを呼び出して徹底的にフクロにすんだよ。
生きてんのがイヤになるくらいに」
「はぁ? ……おまえ、なに考えてんだよ」
「そうだよ、ヤケになるなよ」
「バッカ、ヤケになんかなってねぇよ。狙うのは首から下、ボディだけだ、顔さえやらな
きゃバレやしねぇよ」
「で、でもあいつがチクったら……」
「それも心配ねぇよ。あいつ妙に意地っ張りなとこあるから、ボコボコにされましたなん
てまずチクれないさ。絶対表沙汰にはならない」
有無をいわさない邪悪な迫力に、取り巻きの二人は黙り込む。彼らもこの選択が一線を
超えるか超えないかの瀬戸際であることを理解している。
「どうした? おまえらだってムカついてるんだろ。ここらで鮎川を一発シメて、俺らが
上だって思い知らせとかないと、絶対後悔するぜ」
小学生らしからぬ非道ぶりに、まだ良心を保っていた取り巻きたちはあっさりと呑まれ
た。いやむしろこの常軌を逸した残酷さは、少年時代の特権なのかもしれない。
「……うん、やるよ」
「……俺も。うんと泣かしてやる!」
「決まりだな」
まだ幼いが凶悪な牙が三つ、密かにルミナを標的に定めた。近い将来起こる悲劇を、ル
ミナはまだ知る由もない──。
た。あの日以来、少年はシコルスキーと奇妙な親交を結んでいた。
「こんにちは、シコルスキーさん」
「久しぶりだな、ルミナ。もういじめられてないだろうな」
「うん。もうあんな奴ら怖くないです」
決闘後、ルミナはなぜしけい荘に侵入したのかをオリバに白状し、それは敗北したシコ
ルスキーにも伝えられた。むろんルミナは実力で勝ったとは思っていない。むしろ、超人
的な肉体と身体能力を誇るシコルスキーを尊敬すらしている。
「シコルスキーさんは相変わらず生傷だらけですね」
「こないだはルームメイトを怒らせちまって、青森まで全力疾走で逃げた挙句、アッパー
で津軽海峡に殴り飛ばされたよ」
「……よく死ななかったですね」
「よくあることさ」
笑い合う二人。しばしの雑談の後、ルミナが頭を下げた。
「じゃあ今日は帰ります」
「またいじめられたら相談しろよ。加勢してやるから」
「もう平気ですよ。それじゃまた!」
去っていくルミナの背中を眺めながら、シコルスキーはぽつりと寂しそうにもらした。
「サムワン……。また一人、俺たちの仲間がいなくなったぞ」
ルミナが通う小学校近くにあるファーストフード店。先程ルミナにあしらわれた三人組
がたむろしていた。
まだ苛立ちが収まらないのか、ハンバーガーやポテトをつまむ手つきまで荒れている。
「くそっ、鮎川の奴! ふざけやがってっ!」
「でも写真が効かないんじゃ、どうしようもないぜ。今まで“こっち側”だった奴らもだ
んだんあいつの味方するようになったし」
「表沙汰になったら、俺たちのがダメージでかいしなぁ」
「表沙汰……?」
ふと、リーダー格の少年の目が危険な光を帯びた。
「おい、もう嫌がらせや脅迫なんてまどろっこしいのは止めだ。実力行使といこうぜ」
「え?」
「どういうことだよ」
「三丁目に廃ビルがあったろ? あそこにあいつを呼び出して徹底的にフクロにすんだよ。
生きてんのがイヤになるくらいに」
「はぁ? ……おまえ、なに考えてんだよ」
「そうだよ、ヤケになるなよ」
「バッカ、ヤケになんかなってねぇよ。狙うのは首から下、ボディだけだ、顔さえやらな
きゃバレやしねぇよ」
「で、でもあいつがチクったら……」
「それも心配ねぇよ。あいつ妙に意地っ張りなとこあるから、ボコボコにされましたなん
てまずチクれないさ。絶対表沙汰にはならない」
有無をいわさない邪悪な迫力に、取り巻きの二人は黙り込む。彼らもこの選択が一線を
超えるか超えないかの瀬戸際であることを理解している。
「どうした? おまえらだってムカついてるんだろ。ここらで鮎川を一発シメて、俺らが
上だって思い知らせとかないと、絶対後悔するぜ」
小学生らしからぬ非道ぶりに、まだ良心を保っていた取り巻きたちはあっさりと呑まれ
た。いやむしろこの常軌を逸した残酷さは、少年時代の特権なのかもしれない。
「……うん、やるよ」
「……俺も。うんと泣かしてやる!」
「決まりだな」
まだ幼いが凶悪な牙が三つ、密かにルミナを標的に定めた。近い将来起こる悲劇を、ル
ミナはまだ知る由もない──。