ロッカーの中から、しけい荘に新たなメンバーがやって来た。オリバ曰く、この若者は
一国を統べる大統領だという。
困ったような笑顔で謙遜するゲバル。
「ハハ、国とはいってもまだまだ未熟な国だがね。元々はアメリカの領海内にあった小さ
な島さ」
柳がたずねる。
「しかし、大統領が国を離れてしまって大丈夫なんですか?」
「ノープロブレム。外政も内政も信頼のおける者に任せてある。それに詳しくは話せない
が、日本には仕事で来ていてね」
「なるほど」
柳は本心から納得したわけではなかった。
ゲバルの若さから考え、立国がさほど昔でないことは間違いない。しかし、毎日新聞に
目を通している自分でさえ、ゲバルの名を一度も目にしたことがなかった。
──若者がリーダーに立ち、超大国(アメリカ)からの独立を果たす。
これほどマスコミ映えしそうなニュースが新聞に欠片も載らないというのは、いったい
どういうことか。ゲバル本人、もといゲバルの独立には何か闇の部分があるのでは。柳は
こう推測した。
「あっ、そうだそうだ」
柳の思考をさえぎるように、ゲバルが大声を出した。
ズボンのポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出す。日本円でなければドルでもない。
肖像としてゲバルが描かれている。
ドイルが感づく。
「これはまさか……」
「日本でもアメリカでも使えない。地球上で使える場所はとあるちっぽけな島だけ──私
の国の金だ。
もし君らが来ることがあったら、是非これを使ってくれ。島を挙げて歓迎するよ」
一枚ずつ紙幣を手渡すゲバル。万年金欠病のしけい荘一行はたとえ使えなくても金には
弱い。必要以上に目を輝かせながら紙幣を受け取った。
「サッソクコレデ焼キ肉デモ食イニ行クカ」大笑いするスペック。
「君はもう少し人の話を聞くべきだな」呆れるドリアン。
「いつか私もこれくらい有名に……」ドイルはむしろ肖像画の方が羨ましいらしい。
「スパスィーバッ! 泳いででも使いに行くッ!」素直に喜ぶシコルスキー。
「ありがたく頂戴しますよ」
ゲバルを疑っていた柳もまた、素直に礼を述べた。子供のような無邪気さで自らの故郷
を語るゲバルが、どうしても悪い人間には思えなかったからだ。
「ところでこれ、単位は?」
シコルスキーの質問に、ゲバルは嬉しそうに答える。
「単位は“セカン”だ。次代の地球を担う国を目指すという志を込めた。今君たちに渡し
た千セカンで、島ではジュースが一本飲める」
しけい荘のメンバーは『千セカン=百円』くらいであると理解した。
「ちなみに一万セカンで家が建ち、十万セカンで豚や牛が飼える。衣類は平均して一千万
セカン程度だな」
「え?」
「満月の夜は全てのセカンの価値が倍に跳ね上がる。荒波の日は価値が逆転して、数が小
さい貨幣ほど高い価値を持つ」
「大貧民!?」
ゲバルの国家の経済体系は想像以上に複雑なようだ。
一国を統べる大統領だという。
困ったような笑顔で謙遜するゲバル。
「ハハ、国とはいってもまだまだ未熟な国だがね。元々はアメリカの領海内にあった小さ
な島さ」
柳がたずねる。
「しかし、大統領が国を離れてしまって大丈夫なんですか?」
「ノープロブレム。外政も内政も信頼のおける者に任せてある。それに詳しくは話せない
が、日本には仕事で来ていてね」
「なるほど」
柳は本心から納得したわけではなかった。
ゲバルの若さから考え、立国がさほど昔でないことは間違いない。しかし、毎日新聞に
目を通している自分でさえ、ゲバルの名を一度も目にしたことがなかった。
──若者がリーダーに立ち、超大国(アメリカ)からの独立を果たす。
これほどマスコミ映えしそうなニュースが新聞に欠片も載らないというのは、いったい
どういうことか。ゲバル本人、もといゲバルの独立には何か闇の部分があるのでは。柳は
こう推測した。
「あっ、そうだそうだ」
柳の思考をさえぎるように、ゲバルが大声を出した。
ズボンのポケットからくしゃくしゃの紙幣を取り出す。日本円でなければドルでもない。
肖像としてゲバルが描かれている。
ドイルが感づく。
「これはまさか……」
「日本でもアメリカでも使えない。地球上で使える場所はとあるちっぽけな島だけ──私
の国の金だ。
もし君らが来ることがあったら、是非これを使ってくれ。島を挙げて歓迎するよ」
一枚ずつ紙幣を手渡すゲバル。万年金欠病のしけい荘一行はたとえ使えなくても金には
弱い。必要以上に目を輝かせながら紙幣を受け取った。
「サッソクコレデ焼キ肉デモ食イニ行クカ」大笑いするスペック。
「君はもう少し人の話を聞くべきだな」呆れるドリアン。
「いつか私もこれくらい有名に……」ドイルはむしろ肖像画の方が羨ましいらしい。
「スパスィーバッ! 泳いででも使いに行くッ!」素直に喜ぶシコルスキー。
「ありがたく頂戴しますよ」
ゲバルを疑っていた柳もまた、素直に礼を述べた。子供のような無邪気さで自らの故郷
を語るゲバルが、どうしても悪い人間には思えなかったからだ。
「ところでこれ、単位は?」
シコルスキーの質問に、ゲバルは嬉しそうに答える。
「単位は“セカン”だ。次代の地球を担う国を目指すという志を込めた。今君たちに渡し
た千セカンで、島ではジュースが一本飲める」
しけい荘のメンバーは『千セカン=百円』くらいであると理解した。
「ちなみに一万セカンで家が建ち、十万セカンで豚や牛が飼える。衣類は平均して一千万
セカン程度だな」
「え?」
「満月の夜は全てのセカンの価値が倍に跳ね上がる。荒波の日は価値が逆転して、数が小
さい貨幣ほど高い価値を持つ」
「大貧民!?」
ゲバルの国家の経済体系は想像以上に複雑なようだ。
「さてゲバルのホームステイ先についてだが……」
いいかけたオリバに、挙手をする男が一人。
「俺のところなんかいいんじゃないか?」
「シコルスキーか」
「しけい荘でゲバルと年齢が近いのはドイルか俺だけど、ドイルは手品グッズやコスプレ
衣装が一杯で人を泊めるスペースなんてないだろ。その点俺の部屋はガラガラだからな」
「ふむ……なるほどな。ゲバルはどうだ?」
水を向けられたゲバルが頷く。
「ありがたい話だ。シコルスキー、よろしく頼むよ」
今度こそ固く握手を交わすシコルスキーとゲバル。
シコルスキーは内心で打算に満ちた笑顔を浮かべていた。
ゲバルをルームメイトとするメリットは大きい。小国とはいえ「大統領」という地上最
強クラスのコネクション。家賃を払ってくれるかもしれない。さらには大統領とはいえ新
入りは新入り、ゲバルがいればしけい荘最下層の地位から脱することができる。
「じゃあ、さっそく部屋に行かせてもらうかな」
ロッカーを抱えるゲバル。
「ちょ、ちょっと待て。まさかロッカーを持ち込む気か?」
「当然だ。これが私の寝床だからね」
さわやかな笑みで応えるゲバルに、シコルスキーはこれからの共同生活にいささかの不
安を覚えた。
いいかけたオリバに、挙手をする男が一人。
「俺のところなんかいいんじゃないか?」
「シコルスキーか」
「しけい荘でゲバルと年齢が近いのはドイルか俺だけど、ドイルは手品グッズやコスプレ
衣装が一杯で人を泊めるスペースなんてないだろ。その点俺の部屋はガラガラだからな」
「ふむ……なるほどな。ゲバルはどうだ?」
水を向けられたゲバルが頷く。
「ありがたい話だ。シコルスキー、よろしく頼むよ」
今度こそ固く握手を交わすシコルスキーとゲバル。
シコルスキーは内心で打算に満ちた笑顔を浮かべていた。
ゲバルをルームメイトとするメリットは大きい。小国とはいえ「大統領」という地上最
強クラスのコネクション。家賃を払ってくれるかもしれない。さらには大統領とはいえ新
入りは新入り、ゲバルがいればしけい荘最下層の地位から脱することができる。
「じゃあ、さっそく部屋に行かせてもらうかな」
ロッカーを抱えるゲバル。
「ちょ、ちょっと待て。まさかロッカーを持ち込む気か?」
「当然だ。これが私の寝床だからね」
さわやかな笑みで応えるゲバルに、シコルスキーはこれからの共同生活にいささかの不
安を覚えた。
203号室に夜が訪れる。やはりゲバルはロッカーの中で立ったまま眠るらしい。
訓練や苦行といった領域を明らかに逸脱した奇行に、シコルスキーが心配そうに声をか
ける。
「なぁ、やはりロッカーで眠るのは止めた方がいいんじゃないか?」
「ほう、どうしてだ?」
「どうしてって……いや、まぁ、そう聞かれると困るんだが……」
言葉に詰まるシコルスキーを見かね、ゲバルは真剣な面持ちでいった。
「死ぬにはいい日だ」
「え」
「死ねばいくらでも横になることができる。ならば生きている限り、私が戦士(ウォリア
ー)である以上、私は立っていたい」
非常識極まる理屈ではあったが、若い迫力に圧倒され押し黙るシコルスキー。ロッカー
はゲバルが戦士たる生き方を貫くための手段であった。
これほどの生き様を目の当たりにし、単純なシコルスキーが影響を受けるのは至極当然
の展開である。
「ゲバル、俺も立って眠ることにするよ」
今度はゲバルが驚く番だった。
「いやシコルスキー、誤解しないで欲しいがあくまでこれは私個人の習慣であって、別に
横になって眠ることを否定するわけではないんだが……」
「そうじゃない。俺はアンタの戦士としての生き方に感動した。形から真似ることになる
が、しばらく付き合わせてくれ」
「……分かったよ。おやすみブラザー」
翌朝、ロッカーを出たゲバルは足元に転がって爆睡するシコルスキーを認めた。その後
シコルスキーは「戦士として寝技の訓練をしていた」などとのたまったという。
訓練や苦行といった領域を明らかに逸脱した奇行に、シコルスキーが心配そうに声をか
ける。
「なぁ、やはりロッカーで眠るのは止めた方がいいんじゃないか?」
「ほう、どうしてだ?」
「どうしてって……いや、まぁ、そう聞かれると困るんだが……」
言葉に詰まるシコルスキーを見かね、ゲバルは真剣な面持ちでいった。
「死ぬにはいい日だ」
「え」
「死ねばいくらでも横になることができる。ならば生きている限り、私が戦士(ウォリア
ー)である以上、私は立っていたい」
非常識極まる理屈ではあったが、若い迫力に圧倒され押し黙るシコルスキー。ロッカー
はゲバルが戦士たる生き方を貫くための手段であった。
これほどの生き様を目の当たりにし、単純なシコルスキーが影響を受けるのは至極当然
の展開である。
「ゲバル、俺も立って眠ることにするよ」
今度はゲバルが驚く番だった。
「いやシコルスキー、誤解しないで欲しいがあくまでこれは私個人の習慣であって、別に
横になって眠ることを否定するわけではないんだが……」
「そうじゃない。俺はアンタの戦士としての生き方に感動した。形から真似ることになる
が、しばらく付き合わせてくれ」
「……分かったよ。おやすみブラザー」
翌朝、ロッカーを出たゲバルは足元に転がって爆睡するシコルスキーを認めた。その後
シコルスキーは「戦士として寝技の訓練をしていた」などとのたまったという。