「………仕方ありません、当初の予定通り帰投します。航空隊に通達を…」「お嬢!!」
同時に激しい金属音。
ナイザーの言葉より速く、鍔元を握った鞘込めの剣があわや断頭の位置でトレインの銃剣を受け止めていた。
「……」
受ける力を拮抗させながら、トレインに言葉は無い。ただ俯く背中に溢れる怒気を炎の様に立ち上らせて、銃剣を渾身の力で
押し込んでいる。
「…お止しなさい、ハートネット。これ以上戦うのは無意味です」
「無意味……だと? このぶっ壊れまくった街が、殺されたカタギ共が、誰かの都合に巻き込まれた奴等が……無意味だと?
―――てめえ頭どうなってやがる!!!」
至近から激昂を叩きつけるが、セフィリアには鉄壁の様な黙秘があくまで湛えられる。
彼の怒りは、この虐殺の犠牲者達の代弁と言っても良かった。
「正気じゃねえ…てめえ間違い無く正気じゃねえ!! 地獄に落ちろ、人食い女が!!!」
最早その命以外の何で許せるだろう。スヴェンも銃を抜き、リンスも懐中時計を手に取り、イヴもまた負傷を押して髪を伸ばす。
これ以上の事が起こったら即座にそれぞれが対応を見せる構えだ。
「確かにそうかもしれませんね。自らの手を汚すだけ、かつての貴方の方が上等かもしれません」
「…ッ!! …昔の話だ、今は違う!」
「いいえ、違いません。星の使徒の手勢を倒した時の貴方は、私を一目で竦ませていた時となんら変わりません」
怒り狂った頭で冷徹を貫く口に敵う手立ては無い。悔しいがあの時、確かに心は瞑想さながらに凪いでいた。
それは、敵を殺す安心感から来るものだった。
同時に激しい金属音。
ナイザーの言葉より速く、鍔元を握った鞘込めの剣があわや断頭の位置でトレインの銃剣を受け止めていた。
「……」
受ける力を拮抗させながら、トレインに言葉は無い。ただ俯く背中に溢れる怒気を炎の様に立ち上らせて、銃剣を渾身の力で
押し込んでいる。
「…お止しなさい、ハートネット。これ以上戦うのは無意味です」
「無意味……だと? このぶっ壊れまくった街が、殺されたカタギ共が、誰かの都合に巻き込まれた奴等が……無意味だと?
―――てめえ頭どうなってやがる!!!」
至近から激昂を叩きつけるが、セフィリアには鉄壁の様な黙秘があくまで湛えられる。
彼の怒りは、この虐殺の犠牲者達の代弁と言っても良かった。
「正気じゃねえ…てめえ間違い無く正気じゃねえ!! 地獄に落ちろ、人食い女が!!!」
最早その命以外の何で許せるだろう。スヴェンも銃を抜き、リンスも懐中時計を手に取り、イヴもまた負傷を押して髪を伸ばす。
これ以上の事が起こったら即座にそれぞれが対応を見せる構えだ。
「確かにそうかもしれませんね。自らの手を汚すだけ、かつての貴方の方が上等かもしれません」
「…ッ!! …昔の話だ、今は違う!」
「いいえ、違いません。星の使徒の手勢を倒した時の貴方は、私を一目で竦ませていた時となんら変わりません」
怒り狂った頭で冷徹を貫く口に敵う手立ては無い。悔しいがあの時、確かに心は瞑想さながらに凪いでいた。
それは、敵を殺す安心感から来るものだった。
「ざけんじゃないわよ、このクソ女!!!」
しかし別方向から、援軍の様にリンスの悪罵。跳びかからないだけまだ冷静なのだろうが、紅蓮がその眼に燃えている。
「何をどう言ったってアンタがカスだって事に何の違いが有るってのよ!!!
クソ女………ああ、このクソ女!! そんなにあのイカレ野郎を殺したいなら、核弾頭に自分縛り付けて叩っ込みなさいよ!
閻魔もサタンも、アンタの罪状読み切るだけでうんざりすんじゃないの!?」
「……それが? 言って置きますがこの事は、長老会も了承済みです。ご安心を、この後の復興支援にはクロノスが最優先で
取り組む事になっているので何の心配も…」
「それでも……人間なの?」
しかし別方向から、援軍の様にリンスの悪罵。跳びかからないだけまだ冷静なのだろうが、紅蓮がその眼に燃えている。
「何をどう言ったってアンタがカスだって事に何の違いが有るってのよ!!!
クソ女………ああ、このクソ女!! そんなにあのイカレ野郎を殺したいなら、核弾頭に自分縛り付けて叩っ込みなさいよ!
閻魔もサタンも、アンタの罪状読み切るだけでうんざりすんじゃないの!?」
「……それが? 言って置きますがこの事は、長老会も了承済みです。ご安心を、この後の復興支援にはクロノスが最優先で
取り組む事になっているので何の心配も…」
「それでも……人間なの?」
聞き慣れぬ声に皆の視線が集中すれば、其処にはシンディを抱いたマリアが立っていた。
「貴女は知っているの? この街がどれだけの文化的価値が有るか。歴史的価値もどれだけのものか。
貴女は世界の平和なんて容易にたゆたう物の為に、それを破壊させたのよ。国連が何故やっとの思いで三つの国の国境に有るこの街を
非戦闘地域にしたか判っているの? そしてその三国も、なぜ認定証に調印したのか…知っているの?」
その貌は蒼褪め、強張っていた。
「此処は………この街は、平和の象徴なのよ。それを貴女は、世界平和とやらの為に戦場にした!」
圧倒的な矛盾だった。今成すべき平和の為に恒久たる平和の象徴を汚したのだ。もしこの真相が明るみに出れば、世界を巻き込む
大問題となるだろう。
「何て人…! 何が世界の平和よ、世界認定の非戦闘地域で戦争を仕掛けさせるなんて!
貴女の倫理は………異常よ!!」
其処に住まうからこそ放たれる、最上級の痛みの矢。アウトラウンドからナイザーまで、まともに顔を上げる事も出来ない
衝撃の中の衝撃。誰も望んでいなかった。言われるまでも無く知っていたからだ。だがそれを改めて突きつけられるのは
耐え難い威力だった。
それでも―――、セフィリアの弁舌は凍っていた。
「……仕方有りません、それが我々の使命です。
そう…平和などたゆたう物………然るに此処とて、いつ大国の倫理によって戦場になるか判りませんから。
それが早まっただけの事です」
「…セフィリア! てめえ、このアマ……!!!」
「貴女は知っているの? この街がどれだけの文化的価値が有るか。歴史的価値もどれだけのものか。
貴女は世界の平和なんて容易にたゆたう物の為に、それを破壊させたのよ。国連が何故やっとの思いで三つの国の国境に有るこの街を
非戦闘地域にしたか判っているの? そしてその三国も、なぜ認定証に調印したのか…知っているの?」
その貌は蒼褪め、強張っていた。
「此処は………この街は、平和の象徴なのよ。それを貴女は、世界平和とやらの為に戦場にした!」
圧倒的な矛盾だった。今成すべき平和の為に恒久たる平和の象徴を汚したのだ。もしこの真相が明るみに出れば、世界を巻き込む
大問題となるだろう。
「何て人…! 何が世界の平和よ、世界認定の非戦闘地域で戦争を仕掛けさせるなんて!
貴女の倫理は………異常よ!!」
其処に住まうからこそ放たれる、最上級の痛みの矢。アウトラウンドからナイザーまで、まともに顔を上げる事も出来ない
衝撃の中の衝撃。誰も望んでいなかった。言われるまでも無く知っていたからだ。だがそれを改めて突きつけられるのは
耐え難い威力だった。
それでも―――、セフィリアの弁舌は凍っていた。
「……仕方有りません、それが我々の使命です。
そう…平和などたゆたう物………然るに此処とて、いつ大国の倫理によって戦場になるか判りませんから。
それが早まっただけの事です」
「…セフィリア! てめえ、このアマ……!!!」
『動くな! 黒猫(ブラックキャット)!!!』
今度は声調無視のボリューム優先音声が、爆音と共に彼らの耳朶を打った。
『非炸裂式対人ミサイルがボディフレーム照準を合わせているぞ!!! 動けば全弾撃つと思え!!』
上空から現れたのは、四機もの汎用カーゴヘリ。どれも武装を搭載しており、照準用カメラアイが全てトレインを凝視している。
向けている兵装は通称『ヘッジホッグ』と呼ばれる対人制圧兵装。無数の小さな矢が、例え人質を取った状態でも迂回してその肉体に
直に突き刺さる。殲滅から各個撃破までこなせるまさに「針鼠」の名に相応しい兵器だ。
それがボディフレームを記憶して射出されれば、例えセフィリアと密着しようが死ぬのは彼一人だ。
如何に彼とて、ロックオンされたハイテク兵器を前にしては成す術なく、怒りと銃を収めるよりほか無い。
今度は声調無視のボリューム優先音声が、爆音と共に彼らの耳朶を打った。
『非炸裂式対人ミサイルがボディフレーム照準を合わせているぞ!!! 動けば全弾撃つと思え!!』
上空から現れたのは、四機もの汎用カーゴヘリ。どれも武装を搭載しており、照準用カメラアイが全てトレインを凝視している。
向けている兵装は通称『ヘッジホッグ』と呼ばれる対人制圧兵装。無数の小さな矢が、例え人質を取った状態でも迂回してその肉体に
直に突き刺さる。殲滅から各個撃破までこなせるまさに「針鼠」の名に相応しい兵器だ。
それがボディフレームを記憶して射出されれば、例えセフィリアと密着しようが死ぬのは彼一人だ。
如何に彼とて、ロックオンされたハイテク兵器を前にしては成す術なく、怒りと銃を収めるよりほか無い。
「………オレが切れる前に、此処から消えろ。もうてめえらのツラは見飽きた」
本当なら命を度外視してでも暴れたいのを堪えに堪え、トレインはやむなく愛銃を収めた。だがセフィリアから離れると次は
スキンヘッドの男に赫怒の狙いを定める。それにつれて兵器のレーザー照準が彼の体を這い回るのは、状況の愛嬌だ。
「…その前にナイザー、てめえに言っておく事が有る」
沸騰した言葉は、受け止めるだけで息苦しい。
「この女を生かしておく意味が有るか? お前が未だに誇りに思ってるあのおっさんの娘だっつったって、これが許せるか?
可愛いお転婆で済ませるか? お前が昔からオレを嫌ってる奴らの一人だってのはとっくに知ってるが…だからってこの有様が
間違ってないって言えるか!? オレの目を見て答えろ、ナイザー!!!」
通常でも睨み返せないトレインの視線に、この現実が重なっては眼を背けるのでさえ精一杯だ。
そもそも彼は、事が始まる直前まで一人反対を進言していた。
「……お止しなさい、彼は最後まで反対を…」「てめえは黙ってろ!!!」
トレイン自身も八つ当たりなのは判っているが、それでも口を止められなかった。
だがなおも燃え滾る怒りをぎりぎり押さえ込めたのは、ナイザーの蒼白な貌だ。これ以上責めれば彼は此処で折れてしまうだろう、
彼もまた義理と現実の狭間で苦しんでいるのだ。
「そうそう、忘れる所でした」
彼らの剣呑を意に介さないのか、セフィリアの平然たる指示でアウトラウンドの一人がおっかなびっくりトレインの前に
大きなトランクを置いて去る。
「…何だ?」
「今回の報酬です。カードにしても良かったのですが、現状を考えれば現金の方が良いかと思いまして…」
―――怒りの炎が膨れ上がり、忍耐が気化する。今に於いては、悪意に満ちた挑発でしかない。
「セ……!!!」
本当なら命を度外視してでも暴れたいのを堪えに堪え、トレインはやむなく愛銃を収めた。だがセフィリアから離れると次は
スキンヘッドの男に赫怒の狙いを定める。それにつれて兵器のレーザー照準が彼の体を這い回るのは、状況の愛嬌だ。
「…その前にナイザー、てめえに言っておく事が有る」
沸騰した言葉は、受け止めるだけで息苦しい。
「この女を生かしておく意味が有るか? お前が未だに誇りに思ってるあのおっさんの娘だっつったって、これが許せるか?
可愛いお転婆で済ませるか? お前が昔からオレを嫌ってる奴らの一人だってのはとっくに知ってるが…だからってこの有様が
間違ってないって言えるか!? オレの目を見て答えろ、ナイザー!!!」
通常でも睨み返せないトレインの視線に、この現実が重なっては眼を背けるのでさえ精一杯だ。
そもそも彼は、事が始まる直前まで一人反対を進言していた。
「……お止しなさい、彼は最後まで反対を…」「てめえは黙ってろ!!!」
トレイン自身も八つ当たりなのは判っているが、それでも口を止められなかった。
だがなおも燃え滾る怒りをぎりぎり押さえ込めたのは、ナイザーの蒼白な貌だ。これ以上責めれば彼は此処で折れてしまうだろう、
彼もまた義理と現実の狭間で苦しんでいるのだ。
「そうそう、忘れる所でした」
彼らの剣呑を意に介さないのか、セフィリアの平然たる指示でアウトラウンドの一人がおっかなびっくりトレインの前に
大きなトランクを置いて去る。
「…何だ?」
「今回の報酬です。カードにしても良かったのですが、現状を考えれば現金の方が良いかと思いまして…」
―――怒りの炎が膨れ上がり、忍耐が気化する。今に於いては、悪意に満ちた挑発でしかない。
「セ……!!!」
其処に―――、一発の銃声が響いた。
但し撃たれたのはトランク、そして撃ったのは今まで沈黙を守っていたスヴェンだ。良く見ればその手に握る拳銃の銃杷には、
円盤状の弾倉が装填されている。俗に〝スネイル(カタツムリ)マガジン〟と呼ばれる、多弾装マガジンだ。
そして銃撃もそれで終わりではない。彼の持つ拳銃は全体的に小ぢんまりとして、しかもプラスチック樹脂を多用したオモチャ
さながらの外見だが、別名を〝殲滅銃(ジェノサイドガン)〟と呼称される軍から横流しされたマシンピストルだ。
その別名を証明する様に、近くにトレインが居るのも忘れてフルオート銃撃がトランクに吠えた。
「お…おい、ちょっ……!!」
横っ飛びで銃撃の余波から逃げながら、先刻の有様も忘れスヴェンをたしなめたが彼は聞いていない。
セフィリアの鉄面皮にも劣らぬ無表情でトランクケースを撃ち続けている。
当然防弾仕様でもないそれは、部品と木っ端と散った紙幣を散らして見る見る単なるガラクタと化して行く。
更に銃撃を止めないままケースに歩み寄り、強烈なフルオートの反動を抑え込みながら一向に止まらない。
誰もが蒼褪めながら、彼の誰より雄弁で苛烈な怒りの表現を注視していた。
―――…銃弾が尽きた頃、トランクも紙幣も全てゴミと化していた。ヘリの爆音がうるさい筈だが、今はそれさえ沈黙に思える。
トレイン達の怒りは逆に冷めた。誰かの感情の嵩があまりに大きいと、回りのそれなど爆発消火の様に消えるものだ。
「……姐さん」
事に到っただけに、呼ばれなかった者達まで一斉に肩を竦めたが……当の本人は無表情を貫き通した。
「………アンタからは何一つ受け取らん。部下を連れてさっさと消えてくれ……でないと…俺は間違ってしまいそうだ」
みしり、と軋む銃杷があらゆる限界を訴えていた。
「どうせ俺とあいつの話も聞いてたんだろ? 人工衛星があるなら。
アレをもし現実にされたくないなら、二度と俺達に係わるな」
「出来ると思うのですか? あんな絵空事」
「出来ないと思うか? 勘違いの雲上人を出し抜く事くらい」
トレインやリンスの怒りが炎なら彼は正に氷だ、怒りは実に冷たく突き刺さる。
「…良いでしょう。では我々も此処までにしておきましょう。
総員帰投準備に入りなさい。回収班は………」
言葉少なに指示を出す。それだけで、クロノスの人員は寧ろ待ちかねた様にきびきびとヘリに乗り込んでいった。
円盤状の弾倉が装填されている。俗に〝スネイル(カタツムリ)マガジン〟と呼ばれる、多弾装マガジンだ。
そして銃撃もそれで終わりではない。彼の持つ拳銃は全体的に小ぢんまりとして、しかもプラスチック樹脂を多用したオモチャ
さながらの外見だが、別名を〝殲滅銃(ジェノサイドガン)〟と呼称される軍から横流しされたマシンピストルだ。
その別名を証明する様に、近くにトレインが居るのも忘れてフルオート銃撃がトランクに吠えた。
「お…おい、ちょっ……!!」
横っ飛びで銃撃の余波から逃げながら、先刻の有様も忘れスヴェンをたしなめたが彼は聞いていない。
セフィリアの鉄面皮にも劣らぬ無表情でトランクケースを撃ち続けている。
当然防弾仕様でもないそれは、部品と木っ端と散った紙幣を散らして見る見る単なるガラクタと化して行く。
更に銃撃を止めないままケースに歩み寄り、強烈なフルオートの反動を抑え込みながら一向に止まらない。
誰もが蒼褪めながら、彼の誰より雄弁で苛烈な怒りの表現を注視していた。
―――…銃弾が尽きた頃、トランクも紙幣も全てゴミと化していた。ヘリの爆音がうるさい筈だが、今はそれさえ沈黙に思える。
トレイン達の怒りは逆に冷めた。誰かの感情の嵩があまりに大きいと、回りのそれなど爆発消火の様に消えるものだ。
「……姐さん」
事に到っただけに、呼ばれなかった者達まで一斉に肩を竦めたが……当の本人は無表情を貫き通した。
「………アンタからは何一つ受け取らん。部下を連れてさっさと消えてくれ……でないと…俺は間違ってしまいそうだ」
みしり、と軋む銃杷があらゆる限界を訴えていた。
「どうせ俺とあいつの話も聞いてたんだろ? 人工衛星があるなら。
アレをもし現実にされたくないなら、二度と俺達に係わるな」
「出来ると思うのですか? あんな絵空事」
「出来ないと思うか? 勘違いの雲上人を出し抜く事くらい」
トレインやリンスの怒りが炎なら彼は正に氷だ、怒りは実に冷たく突き刺さる。
「…良いでしょう。では我々も此処までにしておきましょう。
総員帰投準備に入りなさい。回収班は………」
言葉少なに指示を出す。それだけで、クロノスの人員は寧ろ待ちかねた様にきびきびとヘリに乗り込んでいった。
「………くしょう…」
残された一行が憎々しげに離陸するヘリ群を見上げる中、トレインの悔恨に満ちた声が零れる。
「ちくしょう……畜生、畜生オオォッッ!!!」
叫びも、石畳を殴る音も、意外なほどに大きかった。
「オレは……オレは………何て無力なんだッ!!」
確かに彼は、この街を襲撃したテロリスト達を次々と破竹の快進撃で倒した。
しかし、それ以降はどうだ? 怪物の計略に堕ち、今や名前を思い出すだけで怒り心頭の女に何も出来ず悠然と立ち去らせた。
かつて黒猫と呼ばれ、今なお恐れられる己自身は、報いるべきに一矢報いる事さえ出来ない哀しいほどの矮小だった。
その背は、あらゆる感情で震えていた。吐き出したかった筈のそれは、全てその内で燻ぶり、膨らみ、そして何処にも吐き出せない
例えようも無い苦味――――…敗北の味だ。セフィリアの反論に言い返し切れなかった事も、彼の古傷を痛く広げた。
「クソ……クソ…………オレは…オレは………」
声が弱々しい段では、もう誰も掛ける言葉が見付からない……筈の彼の肩に、優しい手が置かれる。
「トレインさん……私は、何故貴方が其処まで悔しがるのか判らないわ」
でも、と続けて、マリアは見上げた彼に優しく微笑みかける。
「貴方も、リンスさんも、スヴェンも、イヴちゃんまで……貴方達はこの街を大切だと思って戦ってくれたわ。
だからどうか、その事実までは否定しないで頂戴、命の恩人さん」
彼の貌は、まるで転んだ子供の様だった。だからこそ、意地で堪えた涙が音も無くほろほろと零れ落ちる。
そして肩の手を握り、トレインは静かに泣く。その頭を、今度はシンディが優しく抱き締めた。
残された一行が憎々しげに離陸するヘリ群を見上げる中、トレインの悔恨に満ちた声が零れる。
「ちくしょう……畜生、畜生オオォッッ!!!」
叫びも、石畳を殴る音も、意外なほどに大きかった。
「オレは……オレは………何て無力なんだッ!!」
確かに彼は、この街を襲撃したテロリスト達を次々と破竹の快進撃で倒した。
しかし、それ以降はどうだ? 怪物の計略に堕ち、今や名前を思い出すだけで怒り心頭の女に何も出来ず悠然と立ち去らせた。
かつて黒猫と呼ばれ、今なお恐れられる己自身は、報いるべきに一矢報いる事さえ出来ない哀しいほどの矮小だった。
その背は、あらゆる感情で震えていた。吐き出したかった筈のそれは、全てその内で燻ぶり、膨らみ、そして何処にも吐き出せない
例えようも無い苦味――――…敗北の味だ。セフィリアの反論に言い返し切れなかった事も、彼の古傷を痛く広げた。
「クソ……クソ…………オレは…オレは………」
声が弱々しい段では、もう誰も掛ける言葉が見付からない……筈の彼の肩に、優しい手が置かれる。
「トレインさん……私は、何故貴方が其処まで悔しがるのか判らないわ」
でも、と続けて、マリアは見上げた彼に優しく微笑みかける。
「貴方も、リンスさんも、スヴェンも、イヴちゃんまで……貴方達はこの街を大切だと思って戦ってくれたわ。
だからどうか、その事実までは否定しないで頂戴、命の恩人さん」
彼の貌は、まるで転んだ子供の様だった。だからこそ、意地で堪えた涙が音も無くほろほろと零れ落ちる。
そして肩の手を握り、トレインは静かに泣く。その頭を、今度はシンディが優しく抱き締めた。
「アイツが泣く所なんて…初めて見たわ、アタシ」
スヴェンの横に来たリンスが、何かを噛み締める様に呟いた。
「いや……俺とコンビを組んだ頃は、夜中に悲鳴で眼を覚ます事も有ったぜ。
あんな強い奴が…って昔は思ってたが、最近何と無く判って来た気がする」
スヴェンの言葉を聞きながら、イヴもまた泣き崩れる彼を見ていた。
とても先刻温かい言葉を掛け、そしてクロノス達やリオンまで射竦めた男とは思えなかった。
彼の其処に何が有るのか判らない。だが、彼はやっとでは有るがそれに潰される事無く二本の足で立っている。
スヴェンは好きだ。リンスは大切だ。しかし……トレインには人間として得るべき何かを感じ始めていた。
―――長く戦火に満ちた夜は、もう白み始めていた。
スヴェンの横に来たリンスが、何かを噛み締める様に呟いた。
「いや……俺とコンビを組んだ頃は、夜中に悲鳴で眼を覚ます事も有ったぜ。
あんな強い奴が…って昔は思ってたが、最近何と無く判って来た気がする」
スヴェンの言葉を聞きながら、イヴもまた泣き崩れる彼を見ていた。
とても先刻温かい言葉を掛け、そしてクロノス達やリオンまで射竦めた男とは思えなかった。
彼の其処に何が有るのか判らない。だが、彼はやっとでは有るがそれに潰される事無く二本の足で立っている。
スヴェンは好きだ。リンスは大切だ。しかし……トレインには人間として得るべき何かを感じ始めていた。
―――長く戦火に満ちた夜は、もう白み始めていた。
―――…暁光は、ヘリの中にも差し込んでいた。
しかし、それを喜ぶ空気は何処にも無い。未だ夜が続いている様に、中は沈みこんでいる。
決定的ではなくとも間違い無く黒猫の恨みを買った事は、彼らのこれからにますますの暗雲を予期させる。
意外にもナイザーは一人眠っている。精神的・肉体的疲労の極致が、彼の肉体に悩ませる事さえ許さなかったからだ。
だが、その寝顔に安らぎは無い。首を絞められ続けている様な呻きを、寝入ってからずっと零している。見る夢が悪夢なのだろう。
皆が気の毒の視線を彼に向けた後は、決まって最前の席に座るセフィリアの背中に到っている。
しかし、声一つ発する事も出来ず結局機内は重苦しく静まるだけだった。
しかし、それを喜ぶ空気は何処にも無い。未だ夜が続いている様に、中は沈みこんでいる。
決定的ではなくとも間違い無く黒猫の恨みを買った事は、彼らのこれからにますますの暗雲を予期させる。
意外にもナイザーは一人眠っている。精神的・肉体的疲労の極致が、彼の肉体に悩ませる事さえ許さなかったからだ。
だが、その寝顔に安らぎは無い。首を絞められ続けている様な呻きを、寝入ってからずっと零している。見る夢が悪夢なのだろう。
皆が気の毒の視線を彼に向けた後は、決まって最前の席に座るセフィリアの背中に到っている。
しかし、声一つ発する事も出来ず結局機内は重苦しく静まるだけだった。
其処へ、携帯電話の振動音。慌てて全員が誰のものか無言で捜すが、セフィリアが着信ボタンを押した事で沈黙は再来した。
『もしもし! セフィ姐、オレです、大変です!!』
アウトラウンド達にも聞こえる様な、酷く慌てた声だった。
「…四角六面、その数三つ。数は何ぞ」
『……え? いや、そんな事言ってる場合じゃ…!!!』
「四角六面、その数三つ。数は何ぞ」
『いや、だから!! 大変って…!!!』
「四角六面、その数三つ。数は何ぞ」
どう有っても符丁を言わなければ取り合う気も無い口調に、電話向こうの男は嘆息と共に折れた。
『……各面貫き合わせて、三組同様。小との別れはあと二つ』
「我の数は何ぞ?」
『ただ赤一つ。親の総取り蛇の眼三つ』
「我と汝とを合わせて何ぞ?」
『足して八、引いて六、乗余はただ我を示す七』
「…結構。No7・不可視の毒蛇(インヴィジブルヴァイパー)、ジェノス=ハザード。発言を許可します」
『……光栄ですよセフィ姐』
電話口からは、すっかり勢いを抜かれた男の声が疲れた様に返した。
『もしもし! セフィ姐、オレです、大変です!!』
アウトラウンド達にも聞こえる様な、酷く慌てた声だった。
「…四角六面、その数三つ。数は何ぞ」
『……え? いや、そんな事言ってる場合じゃ…!!!』
「四角六面、その数三つ。数は何ぞ」
『いや、だから!! 大変って…!!!』
「四角六面、その数三つ。数は何ぞ」
どう有っても符丁を言わなければ取り合う気も無い口調に、電話向こうの男は嘆息と共に折れた。
『……各面貫き合わせて、三組同様。小との別れはあと二つ』
「我の数は何ぞ?」
『ただ赤一つ。親の総取り蛇の眼三つ』
「我と汝とを合わせて何ぞ?」
『足して八、引いて六、乗余はただ我を示す七』
「…結構。No7・不可視の毒蛇(インヴィジブルヴァイパー)、ジェノス=ハザード。発言を許可します」
『……光栄ですよセフィ姐』
電話口からは、すっかり勢いを抜かれた男の声が疲れた様に返した。
だが―――、その内容は彼女をも驚愕させるものだった。