SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ ロンギヌスの槍 part.6


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 銃創がまだ真新しい壁に、優は拳を叩きつけた。
「くそ……また間に合わなかったか……!」
 硝煙と鮮血の匂いが、優の苛立ちを煽り立てる。
 地面にこびりつく血痕、転がる無数の死体、無惨に破壊された建物。
 すべて鉤十字騎士団の仕業だ。
 奴らは大胆にも憲兵隊の基地を襲撃し、殺戮の限りを尽くしたのである。

「……親衛隊は相変わらずのようね。半世紀の時を経てなお、いまだに血を求め続けている」

 ティアもまた優の傍らで基地の惨状を見つめていた。
 常に冷静さを失わない彼女も、このときばかりは怒りを隠せずにいた。

 憲兵隊の基地が鉤十字騎士団の奇襲を受けている。
 待機していた二人に、切迫したその通信が飛び込んできたのは、ほんの数分まえだ。
 優とティアは現地に急行したが、時すでに遅し。
 親衛隊の姿はなく、後には殺戮の爪痕が虚しく広がっていた。

 基地の状態は、惨憺の一言に尽きた。
 生存者は皆無。将兵から新兵に到るまで、徹底的に殺しつくされていた。

 誰とでも打ち解ける人となりの優は、まだ出会って間もない憲兵隊とも友好を深めていた。
 気のいい奴らばかりだった。
 一人も死なせることなく、任務を終えることが出来ればいいと思った。
 だが、無駄死にをさせてしまった。悔しさに腹が煮えくり返りそうだ。
 そんな不甲斐ない自分に腹が立っている優を、さらに逆なでするものが壁に残されていた。
 血文字で描かれた「のろま野郎」と「次はお前達だ」というメッセージ。
 いうまでもなく鉤十字騎士団が自分らに残したものに違いない。
「これで、何度目だ」
「三度目よ。同時に二箇所で襲撃が起きていることから、どうやら敵は複数でことに当たっているようね」 

 此処以外のいくつかの基地も、鉤十字騎士団によって、壊滅的な被害を被っていた。 
 早急に人員の補充が為されているが、すぐに元の態勢に復帰するのは難しい。
 これではナチ残党に何か動きがあった時に、まともな対応がとれない。
 鉤十字騎士団だけならば、スプリガンで対処できる。
 だが、奴らがネオナチを率いて、ウィーン全土で大規模なテロを仕掛けてきたとしたら。
 一騎当千の実力を持つスプリガンといえど、広範囲に渡る敵の活動を抑えることは不可能だ。
 奇しくもこの戦略は、鉤十字騎士団に対する優達のそれと似通っていた。

 武装した憲兵隊を容易に殲滅する戦力。そして機を正確に見極め、撤退する判断力。
 あまりの素早さに満足な対応がとれぬまま敗れ去ってしまう。
 半世紀前に連合軍を苦しめた電撃戦のやり方だ。
 その見事なヒット&アウェイに、優達は翻弄されていた。

 優は、苦悶の表情のまま死んでいる憲兵隊の兵士を見た。
 機関銃で蜂の巣にされた死体。太い槍のような何かで急所を穿たれた死体。
 中には、命乞いの末に嬲り殺されたような死体もあった。
 ――へどが出る。
 優とて、人間が戦場という極限状態の中で、いくらでも非情になれることは知っている。
 そして、昨日まで生きていた人間が、次の日に物言わぬ屍と化すことも、痛いほど理解している。
 その不条理さを軍人は日常として受け止める。
 だが、優は違う。理屈では分かっていても、それを許容することができない。

 良くも悪くも彼は若かった。そしてなまじ力を持つが故に、悩む。
 他に方法があったのではないか。
 もし自分がもっと速く辿り着いていれば、こんな殺戮は起きなかったのではないか。
 一人でも多くの人間を助けることが出来たのではないか。
 任務で仲間が傷つき死んでしまうたびに――優はそんな葛藤に陥り、自分を苦しめる。
「くそ!」
 再び拳を叩きつける。焦燥と苛立ちばかりが募る。
 ただ時間だけが浪費されていく。何か対策を立てねばならない。
 さらに犠牲者が増える前に――
「落ち着きなさい、優」
 穏やかな――怒りで目が曇っている優にとっては憎らしくなるほどの――口調で、ティアが言った。 
「そんな調子じゃあ、返り討ちにあっちゃうわよ。冷静になりなさい、冷静に」
 何を悠長な、という言葉が喉から飛び出そうになったが、すぐに飲み込んだ。
 優は自分を取り巻く状況について頭をめぐらせた。
 思い出す。ロンギヌスが奪還された夜、自分と相対した剣士のことを。
 まだ刃を交えてすらいなかったが、彼女の実力は痛いほどわかる。
 心臓を締めつけられるような殺気。全身から放出される剣気。
 背中に冷たいものが流れるのを、優は感じた。自分にこれほどの戦慄を覚えさせる者は、そうはいない。
 おそらく、憲兵隊の基地を襲った連中も、同等の実力を備えているだろう。
 苦戦は免れない。
 だがそうだといって、自分は奴らを好きにさせておけるのか?
 答えは否だ。
 鉤十字騎士団を野放しにしておけば、いずれ、全世界に騒乱を引き起こすに違いない。
 そんなことは絶対にさせない。
 どんなに困難なことだろうが、知ったことではない。
 自分の無力さ故に死なせてしまった人達のためにも。
 日本にたくさんいる、自分の大切な人達のためにも。
 必ず鉤十字騎士団を斃し、ロンギヌスを奪い返す。
 不意に優は、自分の頬をぱん! とひっぱたいた。
 痛みで頭がクリアになり、すっきりとした表情でただ一言、

「すまん」
 と、謝った。
「気にしないで」
 ティアは満足げに笑った。
 ――もう、大丈夫ね。
 優がいつもの調子を取り戻したのを見て、ティアは安堵した。
 確かに鉤十字騎士団は強敵だ。
 だが彼は、これまでにも多くの修羅場を潜り抜けてきた。
 今回も見事困難に打ち勝ってみせるだろう。
 だがウィーンで勝利を収めたとしても、それで戦いが終わるわけではない。

 先を見据えねばならない。鉤十字の亡霊を退けた後には、あの魔女が控えている。
 グルマルキン・フォン・シュティーベル。
 ティアの古代高等魔術とは違う、ルーン魔術を得意とする魔術師。
 蛇のように狡猾で、野獣のように獰猛な、強敵だ。
 彼女は手段を選ばない。障害があれば、いかなる方策を駆使してでも排除する。
 それに、決して浅くない因縁が、自分らにはある。

 おそらくグルマルキンは、自分を殺すためにあらゆる策略を巡らしてくるだろう。
 万全な状態でなければ、彼女を滅するまえに、不覚をとりかねない。   
 準備が必要だった。グルマルキンを完全にこの世から抹殺するための準備が。

 ――そのためにアーカム本部へ、自分の装備の用意を打診しておいた。
 地下"遺跡"倉庫に封印してある、スプリガンになる前に彼女が使っていた魔術礼装。
 普段のティアは、コーリング・ビーストのための召喚符しか携行していない。
 古代高等魔術に精通する彼女ならば、召喚符のみでも十分な戦力を誇るが、今回だけはそうはいくまい。
 自分のカードをすべて切る覚悟でなければ、鉤十字の魔女を完全に滅するのは不可能だ。
 ウィーンでの戦いには間にあわないだろう。だがグルマルキンとの決戦では、心強い味方となってくれるはずだ。

 ともかく、今の翻弄されている状況をどうにか打開しなくてはならない。
 まだ襲撃を免れている憲兵隊の基地は複数存在しているが、おそらくそのすべてを同時に襲撃できる
ほどの機動力を、鉤十字騎士団は持っている。
 つまり、次にどの基地が標的なるのかまったく予想がつけられないのだ。
 憲兵隊が歯が立たない以上、スプリガンが相手をしなければならないのだが、人数が二人しか
いないため限界がある。
 だが、敵が憲兵隊を狙っている以上、その対策を取りやすいのもまた事実であった。

「さっき、まだ無事な憲兵隊の基地のすべてに、転移魔法陣を刻んできたわ。
これで親衛隊が次に襲う基地の予想が外れても、奴らが退却する前に辿り着くことが可能よ。
あとは複数の襲撃に備え、二手に別れて敵の出方を待ちましょう」

 敵が憲兵隊の基地を襲撃している理由は、血のメッセージからも明らかだ。
 奴らはスプリガンを抹殺しようとしている。
 自分らをおびき寄せるためだけに、憲兵隊を血祭りに上げたのだろう。
 ならば、その考えが変らないうちに――標的を一般市民に変更する前に、鉤十字騎士団を
待ち構え、打ち倒す。
 たとえ別の基地に鉤十字騎士団が現れたとしても、一度でも奴らの姿を確認できれば、どんなに
距離が離れていても一瞬で目的地に移動できる転移魔法陣で不意を突くことができる。

 だが、この作戦は様々な危険性を孕んでいた。
 その一つは戦力の分散だ。敵の人数がはっきりしない上に、相手がどれほどの手合いかわからない
この状況では、二手に分かれるのははっきりいって得策ではなかった。
 もう一つはこれが受身的な作戦であることだ。
 防衛戦は常に意識の緊張を強いられ、そしてその状態が長期間続けば、確実に心身に悪影響を及ぼす。
 何より敵の狙いがその心理的な揺さぶりであるかもしれないのだ。

 そういった諸々の要因もあり、欲を言えばこちらから先手を打ちたかった。
 だが、状況がそれを許さない。 
 ウィーンは広大であり、編成の真っ最中である憲兵隊抜きに二人だけで敵を探し出すのは困難であり、
何より探索中に再び奇襲が起こった場合、また同じことの繰り返しになってしまう。
 ティアが得意とする古代高等魔術も、鉤十字騎士団を探し出すには決定的な手段とはいえなかった。
 神秘の一端に触れたことのない人間の目には、魔術は底無しの深淵のように映るものである。
 だが彼女の言葉によれば、魔術は決して万能なものではなく、きちんとした理論体系が存在し、
最適な条件と環境が揃わなければ、数々の奇跡を実現するそれも、無用の長物に成り下がるという。
 今から探索のための術式を組み立てるには、あまりに時間が足りなすぎる。魔女はそう結論付けた。

 ということで、殆んど苦肉の策に近いものであっても、この方法を取るしかなかった。
 しかしこれでいくらかの光明が見えてきたのも、また事実であった。
 明確に目標が定まれば、兵の士気はあがる。
 士気は戦いにおいて重要な要素だ。戦場の趨勢を決めてしまうほどに。

「やっと、あいつらをぶっ飛ばせるってわけだな」
 優は不敵な笑みを浮かべながら、両の拳を突き合わせる。
 確かに状況から言えば、こちらが不利だ。
 だがたとえほんの僅かな勝機しかない窮地においても、最後に勝利を掴むのが御神苗優という人間であった。
 連中に思い知らせてやる――スプリガンを敵に回したことが、どれほど恐ろしいことなのかを。 

 すっかり覇気が戻った優を見て、ティアは苦笑いを浮かべながら付け加えた。
「予想外の事態が起こらない限り、ね」 
「ま、予想外っていったら、初めからそうだけどな。まさかナチ残党が絡んでくるなんてよ」
 そもそも、最初にロンギヌスを狙っていたのはナチ残党ではなく、武器商人<トライデント>であった。
 鉤十字騎士団に敗れ去って以降、彼らは沈黙を守っている。戦力を建て直し、息を潜めて機会を窺っているのかもしれない。
 もしその推測が正しければ、鉤十字騎士団との戦いの最中、背後からの伏兵に討たれる、という可能性が浮上してくる。
 だが、もはや<トライデント>にそれだけの力は残されていないだろう。もとより組織としては死に体であった上に、
虎の子であった<COSMOS>の残存部隊を鉤十字騎士団に駆逐されてしまったのだ。
 スプリガンと鉤十字騎士団との戦闘に割り込もうとしても、両者の挟撃に合い再び脱落するのが落ちだ。
 だから優もティアも、さして危機感を抱いていなかった。
「ま、もう一度動こうって胆力は、もう<トライデント>にはないだろうぜ。きっと今頃、指でもくわえて
地団駄してる最中だろうよ――」