SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ ロンギヌスの槍 part.4


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 教皇庁――ヴァチカン。
 その最深部で、二人の女性が会していた。
 一人は青いカソックを纏ったシスターだ。
 彼女の名はシエルといった。

「――久しぶりだな、シエル。元気そうじゃないか」

 執務室の椅子に座っていた女性は、不敵な笑みでシエルを出迎えた。
 ヴァチカンに保管されている優美な絵画がかすむほどの美貌だった。瞳には挑戦的な光が輝き、一挙一挙に自信が満ち溢れている。
 だが、美しい花には毒がある。彼女は若輩ながら、教会における超武闘派組織――埋葬機関の長だった。

 埋葬機関。設立から400年の時を数える、神の敵である異端を排斥し、殲滅する異端審問集団。
 計八名という少人数ではあるが権限は強く、たとえ大司教であろうとも異端認定受けたものは、串刺しは免れない。
 その凶暴性故に、教会内の異端として、彼女らは疎まれていた。何度もその行き過ぎた行為をとりただされ、組織存続が議論されてきた
が、現在も教会内の最先鋒として神の敵と闘争を続けている。

「ええ、ナルバレック。あなたも元気そうですね」
「おいおい、それは皮肉か? 一日中机に張り付いて、次から次へと舞い込んでくる書類と格闘する毎日なんだぞ。
 ……そんな生活に気が滅入っていることぐらい、お前なら分かるだろう。短い付き合いではないんだし」
「あなたは、心労とは無縁の人だと思っていましたが」
「心外だな。私も人だ。落ち込みもすれば怒りもする。最近ストレスがたまって仕方ないんだよ。気分転換に外にでも出てみようか。
 アルズベリ・バレステインとか」
「協会と白翼派のにらみ合う危険な場所に、ほいほい出歩かないでください! ……まったく」

 くくく、とナルバレックは意地悪く笑う。生真面目な性格であるシエルをからかうのは、ナルバレックの趣味であった。シエルは渋い顔を
しているが、本気で怒り出すことはない。ナルバレックが言ったように、短い付き合いではないのだ。ここでへたに隙を見せれば、いくらで
も付込まれることは重々承知していた。それは、とても、面白くない。
「まあ、冗談はそれぐらいにして。シエル。君を呼び戻したのは、他でもない、君の力が必要になったからだよ」
「……真祖の姫君の監視よりも、重要な任務ですか?」
「確かにそれも重要な任務ではあるが、今はもっと致命的な事態が進行中だ。
 ――ナチ残党どもが、動いた」
 笑みを消し、真面目な表情を作るナルバレック。その態度から、事態の深刻さが察せられた。
「グルマルキン・フォン・シュティーベルという名に、聞き覚えはあるな」
「――ええ」

 グルマルキン・フォン・シュティーベル。
 かつて第三帝国に手を貸した、本物の魔女。人間との接触を極端に嫌う魔女の中において、彼女は異端の存在だった。
 目的のためならば進んで人間に歩み寄り、契約を結び、人間に叡智を授ける。契約の代償として、彼女は混沌を望んだ。
 魔女の狙いは、戦争の惨禍が産む混乱そのものだった。ナチスがヨーロッパを征服し、各国の主導権を握れば、彼女ら<闇に近いもの>の
天敵であるヴァチカンの力を削ぐことになる。パワーゲームにおいて<闇に近いもの>がヴァチカンと対等に渡り合い、ともすれば凌駕す
る。そんな世界こそが、魔女の願いだった。 
 知っての通り第三帝国は崩壊し、彼女の目論みも水泡と帰したが、もしも結果が違っていれば、教会と<闇に近いもの>との勢力図は一気
に塗り替えられていただろう。
 シエルもグルマルキンのことは知っていた。彼女の人生を狂わせた蛇――ロアの知識に残っていたのだ。残虐にして冷酷。油断のできない
相手だ。 

「旧世代の遺物が、何の間違いか半世紀の時を越え動き出してしまった、というわけだ。だが、現代に残る、数少ない"本物"だ。奴は協会の
ように神秘の秘匿など考えない。なりふり構わず、目的のためなら神秘を行使するだろう。
 ――そして、私たちが出向かねばならないもう一つの"理由"も存在する」
「理由?」
「奴の目的だよ。聖遺物、それも最上級レベルのモノを、奴は手に入れてしまった。――ロンギヌスさ」

 かつて聖人の脇腹を貫いた聖槍。WWⅡで教会が回収し損ねた、奇跡の残り香。確かに、教会も動かざるを得ない、とシエルは納得した。
聖人に縁のある聖遺物は、破格の奇跡を約束する。ヴァチカンに現存する本物の奇跡を起こす聖遺物は、"エレナの聖釘"のみ。聖遺物管理
局"マタイ"も世界各地から聖遺物を収集しているが、何の力も持たない贋物も少なくない。
 神の代理人を名乗る教会としては、切札はそろえておきたい。ただでさえ死徒二十七祖、吸血鬼信望者、そして休戦協定は結んでいるもの
の、油断のならない魔術協会や英国国教騎士団など、敵の数には事欠かないのだから。

「あのスプリガンがロンギヌスを警護していたようだが、グルマルキンに出し抜かれてしまったようでね。まったく、だらしのない。だが、
見ようによって好機だ。グルマルキンとスプリガン、その横合いからから掠め取り、ついでに奴らを殲滅して来い」
 やはり、こうなるのだ――ナルバレックが出す指令は、ろくなものが無い。シエルは諦め混じりの溜め息をついた。
「――ええ、わかりました。気は進みませんが……」
 ところで、とシエルは疑問を口にした。
「今回、埋葬機関からは私のほかに、誰が派遣されるのですか?」
「キミ以外には、だれもいかない」
 しれっと、ナルバレックはいった。ふつふつと、シエルの胸中でイヤな予感が広がる。
「……ちょっと待ってください、他の埋葬機関のメンバーはどうしたんですか」
「全員出払っている。他にまかせられるものがいれば、君を呼ぶわけがないだろう。これでも苦労したんだ。なんとか君以外の人間に、この
任務を頼もうとね。おっかない猫の鈴役に、君以上の適役はいないのだから。だがいくら打診しても、だれも連絡をよこしやしない。だから
残念だけど、埋葬機関からは君だけだ」
「な――」信じられない、とシエルは絶句した。
「グルマルキンなんていう大物に、一人で立ち向かえと?!いくらなんでも、無謀すぎます。以前のように不死ではないんですから」
「だれも一人で、とはいっていないだろう」愉快げにナルバレックは唇を歪める。
「確かに埋葬機関から人員は避けんが、その代わり他の課に援軍を要請しておいた。
 ――さすがに話の分かる人だったよ、マクスウェル局長は」

 その時、バン! という激しい音とともに、扉が開かれた。誰が入ってきたのかを確認する暇もなく、シエルは強い力で引き寄せられた。
がっちりと首をロックされ――ぐしゃぐしゃと髪を揉みくちゃにされた。
「馬鹿野郎! 帰ってたんなら、先に言え!」
「ちょ、ちょっとハインケル……シエルが困ってるわ」
 嬉しげな声と、不安げな声。それは、シエルにとって聞き馴染みのある声だった。
「ハインケルに、由美子――?」
 まぶしいブロンド、端正な顔立ちに浮かぶ笑みが、シエルを出迎えた。その後ろに、小さく手を振る、きれいな黒髪の少女。
 ――第十三課、通称"イスカリオテ"の殺し屋。
 ハインケル・ウーフー、高木由美子の両名である。

「今回は十三課にも動いてもらうことになった。――教会に忌み嫌われる、鬼子同士の共同戦線さ」

 埃っぽい風が老朽化した建物の間を吹き込んでいく。ニューヨークの裏路地にある建物は、どれも薄汚れている。車の排気、整備されてい
ない下水道から溢れた生活排水で汚れているのだ。ニューヨーク・スラムは広く、入り組んだ道路は体内に張り巡らされた鉄線のようだ。そ
の道路を、ダークレッドのジャケットを着た東洋人の男が歩いている。年齢が分かりづらい童顔に、小柄ではあるが鍛えられていることが窺
える、重心のぶれない身のこなし。
 男は「HODSON’S INN&BAR」の看板が掛けられた酒場に入った。酒場の中には馴染みの客がいた。
「よう、ロング。久しぶりだな」
「探偵家業は繁盛してるか? ビリー・龍(ロン)」
 腰にまで届きそうな長い黒髪を背中のところで一つに結い、眼帯をかけた右眼を隠すように前髪を一房流している東洋人。
 清潔な黒のスーツで身を着飾っているが、鷹のように鋭い眼光からは、とても堅気の人間とは思えない。
 彼は暗黒街の伝説的な凶手だった。
 東洋の神秘を繰る、黒衣の大妖。 
 黒ずくめの隻眼の東洋人。
 名をエドワード・ロング。

 ちん、とグラスを鳴らした。旧友との再会を祝うような響き。ロングとビリーは、互いに一息で飲み干した。 
 彼らは、この暗黒街で仕事をともにしていた。やばい橋も何度も渡った。死に掛けるほどの傷を負ったこともあるし、いくつもの組織に命
を狙われたこともあった。だから相棒(バディ)を解消した今でも親交がある。

「最近ずいぶんと目にしてなかったが、いったいどこにいってたんだ?」
「なに、ただの里帰りさ。日本の酒が恋しくなったんでね」
「ははあ、ならソフィアにもあったんだな」
「てめえの頭掻っ捌いて<マクスウェルの悪魔>見せろってよ」
「おっかねえ。魔女の手にかかる前に、魔物はそうそうに退散するとするぜ」
 ししし、とビリーが笑うたび、巨大な犬歯がちらつく。今のニューヨークの最新流行はヴァンパイア・ファッション。その退廃と暴力性に
魅入られた若者の間で、人口の犬歯を生やす遊びが大人気だ。彼らは牙持ち(ファンギー)と揶揄されている。
「だけどよ、なんだって今になって戻ってきたんだ? 日本ならのらりくらりできるだろーによ」
「ま、人間自堕落が過ぎると逆に体を動かしたくなるのさ」
 おかわり、と空のグラスをバーテンに差し出すと、ロングは周囲を見渡した。
「ここで待ち合わせしてるんだがね」
 予定の時間が過ぎても、ロングの新しい仕事のパートナーは来なかった。退屈しのぎに、ロングはビリーの話に付き合うことにした。この
暗黒街で血と暴力の種は事欠かないのだから、時間つぶしにはちょうどいい。ロングが暗黒街を留守にしていた期間は、それなりに長い――
しかし、久しぶりのホームの情勢は、特別新鮮さを感じることはなかった。それでも感慨深いものがあった。
 だが、話が進むにつれ、ロングは次第にうんざりした表情を浮かべ始めていた。さっきから、延々とビリーの愚痴を聞かされ続けていたの
だ。
「近頃の若いもんはだめだ、モラルがなってない。そこらじゅうに食いカスばら撒いてばかりで、責任ってもんがありゃしねえ。誰がてめえ
らの尻拭いをやってるのか、まるでわかってねえ。おかげでゴミ掃除に追われる毎日さ。
 手綱を引くドラゴネッティもだめだな。あいつらがまともだった頃は一度もないが、このままじゃフロストに組織を乗っ取られるだろう
な。そうなりゃ、今以上にここらが住みにくくなるぜ。他のファミリーの連中も辛抱強く我慢してきたが、もう限界のようだぜ。秘密協定が
あるとはいえ、こんどなんかあったら戦争になるだろうな」
「ならとっとと店畳んで、けつまくればいいじゃねーか」
「ま、それは最後の手段さ。俺はこの街のやつらを気に入ってるんでな。それこそ"喰っちまいたくなるくらいに"。だから最善はつくすさ。
愛しのホームを守るためにな」

 ロングは苦笑した。彼の人間好きは、相棒(バディ)を組んでいた昔から変わらない。
「それにな」ビリーは続ける。
「実際、ここより暮らしやすい街はそうそうないぜ。生まれも育ちも関係ない。どんなやつらでも受け入れる。そりゃあ苦労はいろいろしな
きゃならんが――居場所があるってのは、いいことだよな」
 ビリーの視線は、どこか遠いところへと向けられてた。追憶に思いを馳せているのか。ロングは、いまだにこの男の過去の全体像を捉えた
ことはない。大まかな素性を知るのみだ。いままでどのような人生を送ってきたのか。興味はあった。しかし、ロングは人の過去に土足で踏
み入るような趣味は持ち合わせてはいなかった。この街でよい信頼関係を築きたければ、互いの過去に対する徹底的な無関心が要求される。
それに、他人の不幸で泣く真似なぞロングには考えられないことだったし、向こうも不幸自慢するような性格ではあるまい。

「わりいな、愚痴につき合わせちまって」
 ロングは肩をすくめた。何をいまさら、というふうに。
「年ィ取ると、誰だってそうなるさ」
 そのとき、新たな客が店の中に入ってきた。

 来客はコートを羽織った三人組だった。衣服のふくらみから、銃を携帯していることが分かる。店内に向けられた鋭い視線が、無遠慮
に店内に向けられた。その視線に気づいた幾人かの客達は、いそいそと目だ立たない席へとうつった。ここの住人は、危険には人一倍敏感
だ。
「……おいロング」ビリーが険しい顔を向ける。
「お前どんな仕事を請けたんだ。ありゃあ<トライデント>の連中じゃねえか。少し前までくいっぱぐれてた連中だが、今や我らが合衆国政
府がスポンサーについてるらしい。悪いことはいわねえ、考え直せ」
「いや、そこは抜き差しならぬ事情があるっツーか」ロングは親指と人差し指でわっかを作り、苦笑いをした。
「おぜぜが足りんのよ。ま、それ以外にも目的がないわけじゃねーんだが」
 そして席を立ち、ロングは二人分の勘定を支払った。
「ま、ちょっくらいってくらあ」
 片目に鷹のように鋭い光を宿し、猛禽のような笑みを見せた。
「聖なる槍を奪いによ」