《EPISODE6:Everybody won't be treated quite the same》
――ストーンヘンジ地下 錬金戦団大英帝国支部 大戦士長執務室
「ワハハハハハ! そうかそうか、照星もずいぶんビッシビシやってんだな」
広い執務室にジョン・ウィンストン大戦士長の豪快な笑い声が響き渡る。
「そうなんです。だから戦士長に『こっちへ』って声を掛けられると条件反射で身体が硬くなっちゃって」
すっかり緊張の解けた千歳は、日本の戦団の(主に照星の)エピソードを面白おかしくウィンストンに話す。
ウィンストンと向かい合うようにジュリアン・防人・千歳・火渡は革張りの大きなソファに腰掛け、
談笑に花を咲かせている。
親子程も歳が離れているにも関わらず友人のような気安さで接してくるウィンストンのおかげで、
執務室はまるで戦士達の控室を思わせる和やかな雰囲気に変わっていた。
防人もニコニコと、時には声を上げて笑いながらウィンストンや千歳の話に相槌を打つ。
しかし、例によって仏頂面のままの者が約一名。
火渡である。
彼は他の者の話をつまらなさそうな顔で聞いていたが、やがてテーブルの上のある物を見つけた。
シガレットケースだ。中には茶色の紙で巻かれ、吸い口に金色の装飾が施された上等そうな
煙草が入っている。
おそらく大戦士長愛用の品なのだろう。
火渡はおもむろにシガレットケースに手を伸ばす。
そしてあろう事か、何の断りも無しに煙草を一本取り出し、自分の人差し指から立ち上る炎で
火を点けてしまった。
「お、おいっ! 火渡!」
「あ? 何だよ」
防人が慌てて咎めるが、火渡は平気な顔でフーッと美味そうに煙を吐き出す。
「何だよって、お前……」
イングランドに降り立った辺りから少し様子はおかしかったが、よりにもよって上級幹部である
大戦士長を目の前にしてこんな無礼な振る舞いをするとは予想もしていなかった。
千歳に至っては真っ青な顔色で俯き、絶句している。
(この人は坂口戦士長の師匠……。この人は坂口戦士長の師匠……。この人は坂口戦士長の――)
高笑いしながら部下をタコ殴りにする照星のアップグレードバージョンが千歳の頭を過ぎり、
寒気すら覚えてしまう。
だが当のウィンストン本人は激怒する事も気分を害する事も無く、ただ泰然自若と微笑んでいる。
それどころか自分もケースから煙草を取り出して口にくわえると、ピコピコ動かしながら火渡に声を掛けた。
「よォ、俺にも火ィ点けてくんねえか」
火渡は少し驚いたようにウィンストンを見遣ったが、すぐにまた元の表情に戻ると無言で
パチンと指を鳴らした。
それと同時にウィンストンがくわえる煙草の先端で炎が燃え上がり、すぐに収まる。
「ハハハッ、便利な特性だな。俺もそんな武装錬金の方が良かったぜ」
上機嫌で煙草の煙を吐き出すウィンストン。
心持ち、仏頂面が緩まった感のある火渡。
ひたすら火渡に注意を促す防人。
青い顔で下を向く千歳。
四者四様の風景の中、比較的ではあるがウィンストンを取り巻くこういった状況に慣れている
ジュリアンはおずおずと話の進行を切り出す。
「あの~、大戦士長……。ティータイムのお喋りもいいんですが、そろそろ本題に入った方が……」
「そう固え事言うなよ、ジュード。せっかく日本からの客人(ゲスト)が来てくれてんだぜ?」
「はあ……。それはそうなんですが……」
「それによ、今回の件に関しちゃサムナーの野郎に一任してあんだよ。
だから俺に話を進めろっつっても無理無理無理無理。わかんねえもん」
ウィンストンはおどけた顔で、掌をヒラヒラと振る。
ジュリアンは「ダメだ、この人……」とばかりにガックリと肩を落とした。
だが、ふと何かに気がついたように顔を上げると、この無責任大戦士長に尋ねる。
「そういえば、サムナー戦士長はどちらへ?」
「ああ、糞テロリストのヤサが割れたって情報が入ってな。今、あいつ自ら裏を取りに行ってる。
お前が三人を迎えに行ったすぐ後だから、もうすぐ帰ってくんじゃねえか?」
「えっ!?」
ウィンストン以外の四人は皆一様に驚いたが、特に調査・諜報を生業にしているジュリアンは
眼を丸くしてしまった。
「奴らのアジトが……? 僕達、情報部門がどんなに手を尽くしても探し出せなかったのに……――」
「貴様ら情報部門に探し出せない物は、この私でも無理と言いたいのか?」
執務室に、不快感を込めつつも妙に気取った低い声が響いた。
防人ら四人が振り向くと、ブリーフケースを手にした一人の男が執務室のドアを開けて
中に入ってくるところであった。
火渡の無礼を笑って許したウィンストンが、顔をしかめて苦言を呈する。
「おい、ノックぐらいしろよ」
「失敬。身の程を知らない無能者が聞き捨てならん戯言を吐いているのが聞こえたものでね」
男はジュリアンを睨みつけながら、四人が座るソファの方へ歩み寄ってくる。
すこし後退している額が目立つ短い金髪のオールバック。彫りが深く眉の薄い精悍な顔立ち。
そして錬金戦団大英帝国支部の制服をカッチリと着込み、襟元から高級そうなワイシャツとネクタイを
覗かせている。
この男が戦士長であるサムナーなのだろう。
「も、申し訳ありません……」
ジュリアンは先程の千歳以上に顔を真っ青にして、俯いてしまった。
機嫌の悪そうな戦士長は、防人ら四人の座るソファの傍までやって来た。
「フン、やはり大戦士長のご寵愛を受けているジュリアン・パウエル殿は違うものだ。
底辺のエージェントの身分で大戦士長や戦士達と並んで、堂々と椅子に座る事を許されているのだからな」
サムナーはジュリアンを見下したまま、ひどく軽蔑の込められた言葉を投げ掛ける。
戦士でないエージェントは人に非ず、といったところだ。
ジュリアンは急いで立ち上がり、防人の横で気をつけの姿勢を取る。
「その辺にしとけよ、マシュー。部下は可愛がるもんだぜ」
「責任ある立場の貴方がそのように甘やかすから戦団内の規律が乱れるのですよ、ウィンストン大戦士長」
「ケッ、そうかよ。こいつがマシュー・サムナー戦士長だ。趣味は部下イジメと上官イジメ。以上」
ウィンストンは簡素かつ嫌味たっぷりに彼の紹介を済ませると、くわえていた煙草をクリスタル製の
灰皿に押し付けた。
「まったく、仕様の無い人だ……」
サムナーはやれやれとばかりに肩をすくめると、ウィンストンの横に腰を下ろした。
そして三人の顔を一通り見渡すと、すぐに視線を外してブリーフケースを開けて書類を取り出し始める。
「君達の自己紹介は結構だ。君達の経歴はすべて読ませてもらったし、生憎時間も無い。
第一、私は日本の戦士の力など必要としていないしな……。
さてと、これが今回の任務の資料だ」
三人の前に投げつけるように、クリップで留められた数枚の書類や写真を寄越す。
せっかく和らいだ火渡の表情がまた強張るのを、防人は横目で確認した。
「充分承知の上だとは思うが、今回の任務は“ホムンクルスを研究・製造しているテロリストグループ
『Real IRA』を壊滅させる事”。そのReal IRAの首領がこの男だ」
サムナーは自分の分の書類に留められた一枚の写真を指でトントンと叩きながら、予告も無く
説明を始める。
三人もまた資料に眼を落とした。
火渡は煙草をくわえたままだ。
サムナーはそんな火渡をチラリと見るが、また説明に戻る。
「パトリック・オコーネル。39歳。アントリム州ベルファスト出身。
ベルファストは北アイルランドでも特にナショナリスト(アイルランド統合主義者)派の政党が
大きな力を握っている地域だ。こんな男が生まれるのも当然かもしれんな。
忌々しい事だが……。
14歳で“IRA暫定派”に身を投じ、近年までアイルランド紛争において無数の英国軍兵士、
警察官、民間人を殺害している。
通常戦闘、ゲリラ戦、市街地テロ……。オールマイティにこなすテロリスト、いや戦争屋と
言ってもいいかもしれん。英国に生まれていれば良い兵士になったのだろうがな。
しかし暫定派の和平路線に愛想を尽かし、つい最近に子飼いの部下を連れて、暫定派からの分派である
“Real IRA”に加盟している。ここまではどこの情報機関でも知っている事だ。
問題はここからだ。この生まれながらのテロリストはReal IRAの過激路線にも見切りをつけ、
新たに独立組織を立ち上げた。まるで『自分達こそが正統なReal IRAだ』と言わんばかりにな」
サムナーがそこまで一息に説明すると、不意にウィンストンが口を挟んだ。
「そして、どういう訳かホムンクルスをテロに使う事を考え、実際に自分のものにしてるってか?
それがどうもわからねえ。協力者でもいて、そいつが話を持ち掛けでもしねえ限りそんな発想に
行き着く訳がねえし、ましてや行動に移せる訳もねえからな」
眉根を寄せて口元に手をやっている。
三人が対面してから始めてみせる、彼の真剣な表情だ。
こんな顔も出来るのかと、千歳はまじまじとウィンストンの顔を眺めてしまった。
話の腰を折られたサムナーは不機嫌な顔を大戦士長に向ける。
「話を横合いから引ったくるな、ジョン」
「おお、悪ィ悪ィ」
上官である大戦士長にぞんざいな口調ばかりか呼び捨てにする戦士長とは驚きだが、
それについ謝ってしまう大戦士長も驚きだ。
防人も千歳もいい加減、驚き疲れてきた感があるが。
ジュリアンがこっそりと防人に顔を近づけ耳打ちする。
「お二人は元々同期なんですよ。普段は上下関係をしっかり守ってますが、たまにそれを
忘れる事があるんです」
「なるほど……」
防人は妙に納得してしまう。
それにずっとウィンストンに抱いていた親近感の理由が少し理解出来たような気がした。
彼はどことなく火渡に似ているのだ。無論、似ていない面の方が多々あるのだが。
もし仮に将来、火渡が大戦士長になり自分が戦士長になったらこんな関係になるのだろうか、
とやや飛躍した想像までしてしまう。
サムナーのような戦士長にはなりたくはないけれど、とも。
「おい、何を話している。ちゃんと聞いているのか」
「は、はい!」
サムナーに注意された防人とジュリアンは、慌てて彼の方へ顔を向けて身を硬くする。
「続けるぞ。と、その前に……」
突如、ジュリアン・防人・千歳・火渡の前を、焼けつくような熱気と共に眩い光が凄まじい速度で通り過ぎた。
火渡のくわえていた煙草は吸い口をわずかに残して消滅している。
それは“燃えた”のでも“熔けた”のでもなく、“蒸発”したのだ。
そして光が通り過ぎた先の壁には直径3cm程の穴が開いており、細い煙が立ち上っている。
黙ったままではいるが、さすがの火渡も頬に一筋の汗が流れる。
驚愕のあまり口を開けっ放しにしている千歳の横で、防人はその鍛え抜かれた眼力によって
光の正体を見抜いていた。
(レ、レーザー光線……。それもとんでもなく高出力の。サムナー戦士長の武装錬金か……?)
サムナーは静かに、だが抑えきれない怒りを込めた声で言い渡した。
「私の前でその不愉快極まるシロモノを吸うんじゃない。大戦士長ですら私の前では控えて下さっているのだ……」
――ストーンヘンジ地下 錬金戦団大英帝国支部 大戦士長執務室
「ワハハハハハ! そうかそうか、照星もずいぶんビッシビシやってんだな」
広い執務室にジョン・ウィンストン大戦士長の豪快な笑い声が響き渡る。
「そうなんです。だから戦士長に『こっちへ』って声を掛けられると条件反射で身体が硬くなっちゃって」
すっかり緊張の解けた千歳は、日本の戦団の(主に照星の)エピソードを面白おかしくウィンストンに話す。
ウィンストンと向かい合うようにジュリアン・防人・千歳・火渡は革張りの大きなソファに腰掛け、
談笑に花を咲かせている。
親子程も歳が離れているにも関わらず友人のような気安さで接してくるウィンストンのおかげで、
執務室はまるで戦士達の控室を思わせる和やかな雰囲気に変わっていた。
防人もニコニコと、時には声を上げて笑いながらウィンストンや千歳の話に相槌を打つ。
しかし、例によって仏頂面のままの者が約一名。
火渡である。
彼は他の者の話をつまらなさそうな顔で聞いていたが、やがてテーブルの上のある物を見つけた。
シガレットケースだ。中には茶色の紙で巻かれ、吸い口に金色の装飾が施された上等そうな
煙草が入っている。
おそらく大戦士長愛用の品なのだろう。
火渡はおもむろにシガレットケースに手を伸ばす。
そしてあろう事か、何の断りも無しに煙草を一本取り出し、自分の人差し指から立ち上る炎で
火を点けてしまった。
「お、おいっ! 火渡!」
「あ? 何だよ」
防人が慌てて咎めるが、火渡は平気な顔でフーッと美味そうに煙を吐き出す。
「何だよって、お前……」
イングランドに降り立った辺りから少し様子はおかしかったが、よりにもよって上級幹部である
大戦士長を目の前にしてこんな無礼な振る舞いをするとは予想もしていなかった。
千歳に至っては真っ青な顔色で俯き、絶句している。
(この人は坂口戦士長の師匠……。この人は坂口戦士長の師匠……。この人は坂口戦士長の――)
高笑いしながら部下をタコ殴りにする照星のアップグレードバージョンが千歳の頭を過ぎり、
寒気すら覚えてしまう。
だが当のウィンストン本人は激怒する事も気分を害する事も無く、ただ泰然自若と微笑んでいる。
それどころか自分もケースから煙草を取り出して口にくわえると、ピコピコ動かしながら火渡に声を掛けた。
「よォ、俺にも火ィ点けてくんねえか」
火渡は少し驚いたようにウィンストンを見遣ったが、すぐにまた元の表情に戻ると無言で
パチンと指を鳴らした。
それと同時にウィンストンがくわえる煙草の先端で炎が燃え上がり、すぐに収まる。
「ハハハッ、便利な特性だな。俺もそんな武装錬金の方が良かったぜ」
上機嫌で煙草の煙を吐き出すウィンストン。
心持ち、仏頂面が緩まった感のある火渡。
ひたすら火渡に注意を促す防人。
青い顔で下を向く千歳。
四者四様の風景の中、比較的ではあるがウィンストンを取り巻くこういった状況に慣れている
ジュリアンはおずおずと話の進行を切り出す。
「あの~、大戦士長……。ティータイムのお喋りもいいんですが、そろそろ本題に入った方が……」
「そう固え事言うなよ、ジュード。せっかく日本からの客人(ゲスト)が来てくれてんだぜ?」
「はあ……。それはそうなんですが……」
「それによ、今回の件に関しちゃサムナーの野郎に一任してあんだよ。
だから俺に話を進めろっつっても無理無理無理無理。わかんねえもん」
ウィンストンはおどけた顔で、掌をヒラヒラと振る。
ジュリアンは「ダメだ、この人……」とばかりにガックリと肩を落とした。
だが、ふと何かに気がついたように顔を上げると、この無責任大戦士長に尋ねる。
「そういえば、サムナー戦士長はどちらへ?」
「ああ、糞テロリストのヤサが割れたって情報が入ってな。今、あいつ自ら裏を取りに行ってる。
お前が三人を迎えに行ったすぐ後だから、もうすぐ帰ってくんじゃねえか?」
「えっ!?」
ウィンストン以外の四人は皆一様に驚いたが、特に調査・諜報を生業にしているジュリアンは
眼を丸くしてしまった。
「奴らのアジトが……? 僕達、情報部門がどんなに手を尽くしても探し出せなかったのに……――」
「貴様ら情報部門に探し出せない物は、この私でも無理と言いたいのか?」
執務室に、不快感を込めつつも妙に気取った低い声が響いた。
防人ら四人が振り向くと、ブリーフケースを手にした一人の男が執務室のドアを開けて
中に入ってくるところであった。
火渡の無礼を笑って許したウィンストンが、顔をしかめて苦言を呈する。
「おい、ノックぐらいしろよ」
「失敬。身の程を知らない無能者が聞き捨てならん戯言を吐いているのが聞こえたものでね」
男はジュリアンを睨みつけながら、四人が座るソファの方へ歩み寄ってくる。
すこし後退している額が目立つ短い金髪のオールバック。彫りが深く眉の薄い精悍な顔立ち。
そして錬金戦団大英帝国支部の制服をカッチリと着込み、襟元から高級そうなワイシャツとネクタイを
覗かせている。
この男が戦士長であるサムナーなのだろう。
「も、申し訳ありません……」
ジュリアンは先程の千歳以上に顔を真っ青にして、俯いてしまった。
機嫌の悪そうな戦士長は、防人ら四人の座るソファの傍までやって来た。
「フン、やはり大戦士長のご寵愛を受けているジュリアン・パウエル殿は違うものだ。
底辺のエージェントの身分で大戦士長や戦士達と並んで、堂々と椅子に座る事を許されているのだからな」
サムナーはジュリアンを見下したまま、ひどく軽蔑の込められた言葉を投げ掛ける。
戦士でないエージェントは人に非ず、といったところだ。
ジュリアンは急いで立ち上がり、防人の横で気をつけの姿勢を取る。
「その辺にしとけよ、マシュー。部下は可愛がるもんだぜ」
「責任ある立場の貴方がそのように甘やかすから戦団内の規律が乱れるのですよ、ウィンストン大戦士長」
「ケッ、そうかよ。こいつがマシュー・サムナー戦士長だ。趣味は部下イジメと上官イジメ。以上」
ウィンストンは簡素かつ嫌味たっぷりに彼の紹介を済ませると、くわえていた煙草をクリスタル製の
灰皿に押し付けた。
「まったく、仕様の無い人だ……」
サムナーはやれやれとばかりに肩をすくめると、ウィンストンの横に腰を下ろした。
そして三人の顔を一通り見渡すと、すぐに視線を外してブリーフケースを開けて書類を取り出し始める。
「君達の自己紹介は結構だ。君達の経歴はすべて読ませてもらったし、生憎時間も無い。
第一、私は日本の戦士の力など必要としていないしな……。
さてと、これが今回の任務の資料だ」
三人の前に投げつけるように、クリップで留められた数枚の書類や写真を寄越す。
せっかく和らいだ火渡の表情がまた強張るのを、防人は横目で確認した。
「充分承知の上だとは思うが、今回の任務は“ホムンクルスを研究・製造しているテロリストグループ
『Real IRA』を壊滅させる事”。そのReal IRAの首領がこの男だ」
サムナーは自分の分の書類に留められた一枚の写真を指でトントンと叩きながら、予告も無く
説明を始める。
三人もまた資料に眼を落とした。
火渡は煙草をくわえたままだ。
サムナーはそんな火渡をチラリと見るが、また説明に戻る。
「パトリック・オコーネル。39歳。アントリム州ベルファスト出身。
ベルファストは北アイルランドでも特にナショナリスト(アイルランド統合主義者)派の政党が
大きな力を握っている地域だ。こんな男が生まれるのも当然かもしれんな。
忌々しい事だが……。
14歳で“IRA暫定派”に身を投じ、近年までアイルランド紛争において無数の英国軍兵士、
警察官、民間人を殺害している。
通常戦闘、ゲリラ戦、市街地テロ……。オールマイティにこなすテロリスト、いや戦争屋と
言ってもいいかもしれん。英国に生まれていれば良い兵士になったのだろうがな。
しかし暫定派の和平路線に愛想を尽かし、つい最近に子飼いの部下を連れて、暫定派からの分派である
“Real IRA”に加盟している。ここまではどこの情報機関でも知っている事だ。
問題はここからだ。この生まれながらのテロリストはReal IRAの過激路線にも見切りをつけ、
新たに独立組織を立ち上げた。まるで『自分達こそが正統なReal IRAだ』と言わんばかりにな」
サムナーがそこまで一息に説明すると、不意にウィンストンが口を挟んだ。
「そして、どういう訳かホムンクルスをテロに使う事を考え、実際に自分のものにしてるってか?
それがどうもわからねえ。協力者でもいて、そいつが話を持ち掛けでもしねえ限りそんな発想に
行き着く訳がねえし、ましてや行動に移せる訳もねえからな」
眉根を寄せて口元に手をやっている。
三人が対面してから始めてみせる、彼の真剣な表情だ。
こんな顔も出来るのかと、千歳はまじまじとウィンストンの顔を眺めてしまった。
話の腰を折られたサムナーは不機嫌な顔を大戦士長に向ける。
「話を横合いから引ったくるな、ジョン」
「おお、悪ィ悪ィ」
上官である大戦士長にぞんざいな口調ばかりか呼び捨てにする戦士長とは驚きだが、
それについ謝ってしまう大戦士長も驚きだ。
防人も千歳もいい加減、驚き疲れてきた感があるが。
ジュリアンがこっそりと防人に顔を近づけ耳打ちする。
「お二人は元々同期なんですよ。普段は上下関係をしっかり守ってますが、たまにそれを
忘れる事があるんです」
「なるほど……」
防人は妙に納得してしまう。
それにずっとウィンストンに抱いていた親近感の理由が少し理解出来たような気がした。
彼はどことなく火渡に似ているのだ。無論、似ていない面の方が多々あるのだが。
もし仮に将来、火渡が大戦士長になり自分が戦士長になったらこんな関係になるのだろうか、
とやや飛躍した想像までしてしまう。
サムナーのような戦士長にはなりたくはないけれど、とも。
「おい、何を話している。ちゃんと聞いているのか」
「は、はい!」
サムナーに注意された防人とジュリアンは、慌てて彼の方へ顔を向けて身を硬くする。
「続けるぞ。と、その前に……」
突如、ジュリアン・防人・千歳・火渡の前を、焼けつくような熱気と共に眩い光が凄まじい速度で通り過ぎた。
火渡のくわえていた煙草は吸い口をわずかに残して消滅している。
それは“燃えた”のでも“熔けた”のでもなく、“蒸発”したのだ。
そして光が通り過ぎた先の壁には直径3cm程の穴が開いており、細い煙が立ち上っている。
黙ったままではいるが、さすがの火渡も頬に一筋の汗が流れる。
驚愕のあまり口を開けっ放しにしている千歳の横で、防人はその鍛え抜かれた眼力によって
光の正体を見抜いていた。
(レ、レーザー光線……。それもとんでもなく高出力の。サムナー戦士長の武装錬金か……?)
サムナーは静かに、だが抑えきれない怒りを込めた声で言い渡した。
「私の前でその不愉快極まるシロモノを吸うんじゃない。大戦士長ですら私の前では控えて下さっているのだ……」