僕には誰かが必要なんだ。それは誰でもいい訳じゃないけど。とにかく誰かの助けが欲しいんだ。
――だから、助けて!
第二話『SINGIN' IN THE RAIN』
二月の寒気を含んだ風が銀成学園高校の校舎に吹きつけていた。
窓はカタカタと鳴り、風の音と相まって何とも寒々しげな雰囲気を生む。
やがて、授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡ると風の音は打ち消され、続けて湧き上がる
生徒達の声の中に溶け込んでいった。
校内は暖かさに満ちており、また昼飯時の活気が頭をもたげ、外の空気などは文字通りどこ吹く風だ。
窓はカタカタと鳴り、風の音と相まって何とも寒々しげな雰囲気を生む。
やがて、授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡ると風の音は打ち消され、続けて湧き上がる
生徒達の声の中に溶け込んでいった。
校内は暖かさに満ちており、また昼飯時の活気が頭をもたげ、外の空気などは文字通りどこ吹く風だ。
一年A組の教室は授業中とは打って変わった賑やかな雰囲気に包まれていた。
四時間目の授業が終わり、生徒達にとっては待ちに待った昼休みの到来である。
ある者は弁当を鞄から取り出し、ある者は友人とやれ購買だのやれ学食だのと他愛も無く論じ合っている。
そこへ、退室した教師と入れ替わるように教壇に上がった女子生徒が一人。
いや、二人、三人。
人一倍の明るさと天真爛漫さで常にA組の中心人物となっている武藤まひろ。それに彼女の親友である
若宮千里、河合沙織である。
まひろは食事や移動を始めようとするクラスメートに先んじて、その特徴的なファニーヴォイスで
皆に呼びかけた。
「みんなみんなみんな! お昼ごはん食べる前にちょっと聞いてー!」
クラス全員が教壇に立つまひろに注目する。『また武藤が何か始まった』というある種の期待を
含んだ視線で。
「おほん」
まひろはわざとらしく、ひとつ咳払いをすると一際声高らかに発表した。
四時間目の授業が終わり、生徒達にとっては待ちに待った昼休みの到来である。
ある者は弁当を鞄から取り出し、ある者は友人とやれ購買だのやれ学食だのと他愛も無く論じ合っている。
そこへ、退室した教師と入れ替わるように教壇に上がった女子生徒が一人。
いや、二人、三人。
人一倍の明るさと天真爛漫さで常にA組の中心人物となっている武藤まひろ。それに彼女の親友である
若宮千里、河合沙織である。
まひろは食事や移動を始めようとするクラスメートに先んじて、その特徴的なファニーヴォイスで
皆に呼びかけた。
「みんなみんなみんな! お昼ごはん食べる前にちょっと聞いてー!」
クラス全員が教壇に立つまひろに注目する。『また武藤が何か始まった』というある種の期待を
含んだ視線で。
「おほん」
まひろはわざとらしく、ひとつ咳払いをすると一際声高らかに発表した。
「私達、もうすぐ二年生になってクラス替えでしょ? だから、三学期の終業式の後にお別れ会兼
進級記念パーティーをやろうと思うの!
まだちゃんと考えてはいないんだけど、どこかのお店を予約してー、ゲームしたりしてー。
んーと、とにかくみんなでいっぱい食べて、いっぱい騒ごうよ!」
進級記念パーティーをやろうと思うの!
まだちゃんと考えてはいないんだけど、どこかのお店を予約してー、ゲームしたりしてー。
んーと、とにかくみんなでいっぱい食べて、いっぱい騒ごうよ!」
突然の提案を受けて皆がざわつく中、一人の女子生徒がオドオドとまひろ達を窺っていた。
彼女の名は毒島華花。
柔らかそうな栗色のロングヘアがどことなく“お嬢様”を連想させるが、元は錬金戦団再殺部隊の
一人である。
毒島はひとしきりモジモジモゴモゴした後、ようやく聞き取りづらい小さな声でまひろに話しかけた。
「あ、あのぉ……。私、この前入ったばかりですけど……私も……?」
彼女は活動を凍結した戦団を離れ、年明けの三学期から銀成学園の第一学年に編入したばかりなのだ。
極度の引っ込み思案と恥ずかしがり屋な性格に加え、クラスになじむ程の時間も経過していないとなれば、
発した疑問も仕方の無い事なのだろう。
しかし、毒島とは対極に位置する性格と言っても良いまひろにとっては、過ごした時の長さなど
まったく問題にならない。
まひろは毒島に飛びつくと、彼女の華奢で小柄な身体を力一杯抱き締めた。
「もちろん、はなちゃんも一緒だよ! だって1‐Aの仲間だもん!」
「ひええっ! は、離して下さぁ~い」
少々度を越したスキンシップに驚き怯む毒島。
更には、その様子を見ていた沙織までもがツインテールを揺らしながら二人に飛びついてしまった。
「私もー!」
「ひゃあぁあああぁああ!」
とんでもない方向へ脱線し始めたまひろと沙織。
呆れた様子で額に手をやり肩を落としていた千里だったが、やがてまひろに代わって教壇の
真ん中に立った。
とりあえず二人は放置の方向だ。
千里はその性格のままにキリッと眉を上げた生真面目な表情で、まるでクラスの一人一人に
話しかけるように顔をあらゆる方向に向けながら概要を発表する。
彼女の名は毒島華花。
柔らかそうな栗色のロングヘアがどことなく“お嬢様”を連想させるが、元は錬金戦団再殺部隊の
一人である。
毒島はひとしきりモジモジモゴモゴした後、ようやく聞き取りづらい小さな声でまひろに話しかけた。
「あ、あのぉ……。私、この前入ったばかりですけど……私も……?」
彼女は活動を凍結した戦団を離れ、年明けの三学期から銀成学園の第一学年に編入したばかりなのだ。
極度の引っ込み思案と恥ずかしがり屋な性格に加え、クラスになじむ程の時間も経過していないとなれば、
発した疑問も仕方の無い事なのだろう。
しかし、毒島とは対極に位置する性格と言っても良いまひろにとっては、過ごした時の長さなど
まったく問題にならない。
まひろは毒島に飛びつくと、彼女の華奢で小柄な身体を力一杯抱き締めた。
「もちろん、はなちゃんも一緒だよ! だって1‐Aの仲間だもん!」
「ひええっ! は、離して下さぁ~い」
少々度を越したスキンシップに驚き怯む毒島。
更には、その様子を見ていた沙織までもがツインテールを揺らしながら二人に飛びついてしまった。
「私もー!」
「ひゃあぁあああぁああ!」
とんでもない方向へ脱線し始めたまひろと沙織。
呆れた様子で額に手をやり肩を落としていた千里だったが、やがてまひろに代わって教壇の
真ん中に立った。
とりあえず二人は放置の方向だ。
千里はその性格のままにキリッと眉を上げた生真面目な表情で、まるでクラスの一人一人に
話しかけるように顔をあらゆる方向に向けながら概要を発表する。
「えーと、私から補足。予約したりとか会費集めたりとか、要するに幹事は私が中心にするわ。
まひろだけじゃ、おっかないし……。あ、もちろん、みんなの意見もしっかり聞いてどんな内容に
するか決めていこうと思うの。だから希望、要望は遠慮しないでどんどん聞かせて。
まひろが言ったみたいに皆で楽しんで、1‐Aの思い出を残そうよ」
まひろだけじゃ、おっかないし……。あ、もちろん、みんなの意見もしっかり聞いてどんな内容に
するか決めていこうと思うの。だから希望、要望は遠慮しないでどんどん聞かせて。
まひろが言ったみたいに皆で楽しんで、1‐Aの思い出を残そうよ」
最初、クラスメイト達は勢い任せでお祭り気分なまひろの提案に戸惑っていた。
だが千里の口から現実味のある計画(ヴィジョン)を聞かされ、少しずつそれが身近なものに感じられて
きたのだろう――
だが千里の口から現実味のある計画(ヴィジョン)を聞かされ、少しずつそれが身近なものに感じられて
きたのだろう――
「んー、若宮さんが幹事だったら大丈夫かぁ」
「さんせー!」
「いいんじゃね? 面白そうだし」
「三月でみんなバラバラになっちゃうかもだしねー」
「おーし、やろうぜ! あ、カラオケは絶対入れろよ!」
不安めいたざわつきは、明るさを含んだ賑やかさに変わっていく。
結果のみを大仰に突き出した後に計画を説明するのはプレゼンテーションでよく見られる技術だが、
この落差に一役買ったまひろはそれなりの手柄と言うべきだろう。
まひろは毒島の髪に頬を寄せつつ、盛り上がる教室内の様子にご満悦である。
「最高の思い出作りしよーね! みんな!」
自分の役割の微妙さ加減にいまいち気づけていないのだが。
結果のみを大仰に突き出した後に計画を説明するのはプレゼンテーションでよく見られる技術だが、
この落差に一役買ったまひろはそれなりの手柄と言うべきだろう。
まひろは毒島の髪に頬を寄せつつ、盛り上がる教室内の様子にご満悦である。
「最高の思い出作りしよーね! みんな!」
自分の役割の微妙さ加減にいまいち気づけていないのだが。
しかし――
クラスが一大イベントに向けて活気づく中、憮然とした表情で席を立ち、教室を後にしようと
する者がいた。
妙に敏感なまひろは教室の戸に手を掛ける“彼女”に気づき、満面の笑顔で駆け寄った。
「ねえ! 棚橋さん! 棚橋さんもいいよね!?」
溢れる陽の感情は神がまひろに与えた美徳だ。贈り物(ギフト)と言ってもいいだろう。
ならば何故、併せて“人を見る”“人を選ぶ”という感覚も授けなかったのか。
晶はまひろのニコニコ顔を一瞥するなり、眉根を寄せて不快感も露わに吐き捨てた。
「あ? ……なんでアタシがそんなもん出なきゃいけねーんだよ。勝手にやってろ、バカ」
「え……?」
驚きの表情で固まるまひろを捨て置いて、晶はさっさと教室から出て行ってしまった。
好意を以って接触した自分に向けられる突然な、そして理不尽な負の感情。悪意の表情。
世の中においてはさして珍しいものでもないこんな状況も、今の今まで“幸いにも”周囲の人間に
恵まれた環境にいたまひろにはひどく異質に感じられた。
気分を害する以前に、どうして良いのかがわからない。
花畑にも似た頭の中は混乱極まり、セイウチと卵と警官が列になって踊っている。
クラスが一大イベントに向けて活気づく中、憮然とした表情で席を立ち、教室を後にしようと
する者がいた。
妙に敏感なまひろは教室の戸に手を掛ける“彼女”に気づき、満面の笑顔で駆け寄った。
「ねえ! 棚橋さん! 棚橋さんもいいよね!?」
溢れる陽の感情は神がまひろに与えた美徳だ。贈り物(ギフト)と言ってもいいだろう。
ならば何故、併せて“人を見る”“人を選ぶ”という感覚も授けなかったのか。
晶はまひろのニコニコ顔を一瞥するなり、眉根を寄せて不快感も露わに吐き捨てた。
「あ? ……なんでアタシがそんなもん出なきゃいけねーんだよ。勝手にやってろ、バカ」
「え……?」
驚きの表情で固まるまひろを捨て置いて、晶はさっさと教室から出て行ってしまった。
好意を以って接触した自分に向けられる突然な、そして理不尽な負の感情。悪意の表情。
世の中においてはさして珍しいものでもないこんな状況も、今の今まで“幸いにも”周囲の人間に
恵まれた環境にいたまひろにはひどく異質に感じられた。
気分を害する以前に、どうして良いのかがわからない。
花畑にも似た頭の中は混乱極まり、セイウチと卵と警官が列になって踊っている。
更に、また一人。
廊下側の最前列に座る女生徒が音も無く、いや“なるべく音を立てないように”席を立ち、
まひろに近づいた。
「あ、あの……」
こちらの“彼女”はなるべく表情を作らず、声も消え入りそうに小さい。
分厚い眼鏡の奥の眼はまひろと合わせぬよう。
「わ、私もそういうの苦手だから、いい……」
「ええっ!? 柴田さんも……? どうして――」
それだけを言うと、瑠架は地味なランチョンクロスに包まれた弁当箱を手に去っていった。
傷んだ髪をまとめただけのお下げを揺らせながら。
廊下側の最前列に座る女生徒が音も無く、いや“なるべく音を立てないように”席を立ち、
まひろに近づいた。
「あ、あの……」
こちらの“彼女”はなるべく表情を作らず、声も消え入りそうに小さい。
分厚い眼鏡の奥の眼はまひろと合わせぬよう。
「わ、私もそういうの苦手だから、いい……」
「ええっ!? 柴田さんも……? どうして――」
それだけを言うと、瑠架は地味なランチョンクロスに包まれた弁当箱を手に去っていった。
傷んだ髪をまとめただけのお下げを揺らせながら。
教室から姿を消した二人の少女。
集団心理と言い換えてもいい連帯感と盛り上がりに酔う生徒達。
集団心理と言い換えてもいい連帯感と盛り上がりに酔う生徒達。
多感な時期の高校生達の小規模社会において、彼ら彼女らを何が繋ぎとめ、何が引き離すのか。
否、そんな小難しい言い方ではない。
『同じクラスのお友達なんだからきっと仲良くなれるはず! 棚橋さんとも柴田さんとも
いい思い出を残したいもん!』
自分の理解の枠を越えた作用(アクション)に直面したまひろの、混乱の上に導き出された反作用(リアクション)である。
否、そんな小難しい言い方ではない。
『同じクラスのお友達なんだからきっと仲良くなれるはず! 棚橋さんとも柴田さんとも
いい思い出を残したいもん!』
自分の理解の枠を越えた作用(アクション)に直面したまひろの、混乱の上に導き出された反作用(リアクション)である。