SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ WHEN THE MAN COMES ARROUND 44-2


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

《EPISODE5:The wise man will bow down before the thorn and at his feet》

薄暗がりの中に、男が一人座っていた。
豪奢なソファに似合わないジーンズ履きの普段着姿。
部屋の中でもアルスター・コートを脱がないのは男のこだわりだろうか。
彼の周りでは屈強な男達が、コンピューターとモニターと無線機の海の中でせわしなく
蠢いている。
男は煙草の煙を吐き出しながら、自分と祖国の為に身を粉にする兇暴かつ健気なテロリスト
十数人の群れを見つめていた。

「1番、2番、3番モニターはOKだ!」

「撮影班、警察署内に入りました!」

「ブリギット! 邪魔だから隅の方で遊んでろ!」

「ウィリアムとノエルの視点映像を出せ! 7番と8番だ! 早くしやがれ!」

「とっとと配置に就かせろ! このウスノロ!」

「パトリック、準備が出来たぞ。あと3分30秒でウィリアムとノエルが署内に入る。
……いよいよだな」

「応」
パトリックと呼ばれた男はゆっくりと、ゆっくりとソファから立ち上がる。
そして片手を挙げ、男達に呼び掛けた。
「諸君、しばし手を止めて聞いてくれ」
その声は静かで低く重々しい。しかし、内に秘めた渦巻く闘志は隠せない。

パトリックの周りで働く男達は皆、その動きを止めて彼に注目した。
全員が固唾を呑んで、まばたきもせず、彼に見入っている。
まるでカリスマ・ロックスターのMCを一言たりとも聞き逃したくないファンを思わせる男達の
ほとんどは、二十代後半から三十代後半の鍛え上げられた猛者だ。
だが、中にはたった一人、十代の少女の姿も見られる。
パトリックは一人一人の眼を見据え、軽く頷くと静かに語り出した。

「……遂にこれから、我々の新たな闘争が幕を開ける。
ぬるま湯好きのIRA暫定派はベルファスト合意に調印し、あの英国(ブリテン)との和平を推し進め始めた。
そして、我々が見限ったReal IRAはまるで玩具のような車爆弾でショッピング街を爆破して
悦に入っている。
だが、そんなものは闘争とは言わん。爆破のための爆破だ。殺しのための殺しだ。ただの
マスターベーションに過ぎん。
だが我々は違う。我々の敵は英国だ。ユニオニスト(英国連合維持主義者)だ。プロテスタントだ。
我々の闘争は彼らを皆殺しするまでは終わらん。鉄火を以って奴らを血と臓物の河とするまでは終わらん。
英国人や売国奴の血を吸い尽くした大地の上にこそ、“統一アイルランド”は築き上げられる。
それを成せるのは闘争の為に生まれてきた……否、闘争が生み出した我々しかいないのだ。
見たまえ――」

パトリックは数あるモニターの中の一つを指し示した。
皆の眼がモニターに向けられる。
そこには和気あいあいと談笑しながら歩く、二人の男が映っていた。

「祖国の為に自らの身体を差し出した我が同士、ウィリアム・ギャラクシアンとノエル・ギャラクシアンは
必ずやこの第一戦に勝利するだろう。そして、新たな統一アイルランドの歴史書の1ページ目には
彼らの名が、統一の礎を築いた英雄として燦然と輝くのだ。
同士諸君! さあ、見届けよう!
我々こそが冠するに相応しい、真の(Real)、アイルランド共和軍(IRA)……。
この名を掲げる自由と愛国の闘士の第一射を!」

――北アイルランド アーマー州アーマー 市警察署前

アーマー市警。主に“プロテスタント系住民”の治安を守る法と正義の砦。
入口にはマシンガンを装備した警察官が二人、鋭い目つきで周囲を睥睨している。
カトリック系北アイルランド人にとって、この警察官という種類の人間は同じ場所にいて
あまり気分の良い存在ではない。
警察関係者には英国人やプロテスタント系住民が多く、取調べの名を借りた暴力や不当逮捕など
カトリック系北アイルランド人への差別的な対応が問題になっているからである。

そんなカトリックの鬼門とも言うべき警察署に近づく二人の男がいた。
二人はまるで双子のように同じ風貌、同じ格好である。
レザーのハーフコート、濃紺のジーンズ、ブラウンがかった細身のレイバン。
頚に彫られた(肩まで続いているであろう)トライバル・タトゥまでがお揃いだ。
違いといえば一人は不潔に伸ばしっ放しにした長髪、もう一人は坊主頭に近い短髪という点である。
どちらも煙草をくわえ、歩きながらのお喋りに興じている。どちらかというと長髪の男の方が
ややはしゃぎ気味だ。
「やっぱ喰うんならよ、ヤク漬けの若え女に限るぜ。ガボーンとブッ飛べんだよ、ガボーンと」
「分かってないな、お前は。赤ん坊こそが至高の味だ。余計な臭みは無く、肉も柔らかい……」
交わす会話は不可解で狂気染みている。
しかし、それは彼らにとっては至極当たり前な会話であった。
ウィリアムとノエルのギャラクシアン兄弟。
祖国統一の為に、自分達を導く首領の為に、自らの意志でその身を人外のホムンクルスに変えた
分裂Real IRAの尖兵だ。
二人は警察署の目の前まで来ていた。
後は半階分の階段を上がれば、署の入口である。
「なあなあ、見てくれよノエル兄ちゃん! ジャーン!」
長髪の弟ウィリアムはコートの内側からショットガン並みに巨大な拳銃を取り出し、
誇らしげな顔で兄に見せつけた。
「ツェリザカだぜ!? パトリックに買ってもらったんだ。いーだろー!」
「ほう、珍しい。なかなかお目に掛かれない銃だな。しかも高価だ……」
“フェイファー・ツェリザカ”
オーストリア製。60口径・全長55cm・重量6kg。
アニマル・ハンティング用のシングルアクション式リボルバー。
象さえも射殺する.600NitroExpress弾(ライフル用)を使用する為、『地上最強の拳銃』との呼び声も高いが、
その重さと長大さはもはや拳銃と言えるかどうかすら疑わしい。

「さぁらぁにぃ~……ジャジャーン! 今ならもう一本オマケして、このお値段!
な~んてな! ギャハハハハハハハ!!」
ウィリアムは懐からもう一丁のツェリザカを取り出すと、手の中でくるくると回して玩ぶ。
総重量12kgの二丁拳銃がプラスティックか何かの水鉄砲のようだ。
ノエルは呆れて首を振る。
「二丁も買ったのか? 28000ユーロ(約400万円)はするぞ。パトリックの奴め、協力者が付いたとはいえ
無駄遣いが過ぎる……」
ヨーロピアン・テロリストは律された経済観念の持ち主が多いというが、ノエル・ギャラクシアンも
御多分に洩れず、その類であるようだ。
「それにだ、ウィリアム……。」
ノエルはポケットから黒いレザーの手袋を取り出し、引き絞るようにギッチリと両手に填めた。
その時――
「お、おい……! お前ら!」
署の入口前に立っていた警官二人がマシンガンを水平に構えたまま、兄弟に声を掛けた。
それも当たり前の話である。政情不安な北アイルランドの警察署の前で堂々と銃を見せているのだ。
それが例え安物のモデルガンだったとしても、即座に射殺されて文句は言えない。
だがノエルはにこやかに警官達に近寄った。
「やあ、お勤めご苦労様です……」
「う、動くんじゃ――」
警官達が何か言い終える前にノエルは素早く両腕を振った。残像が見える程に素早く。
次の瞬間には、胸に大穴を開けた警官二人が地面に崩れ落ちた。


    両手に彼らの心臓を握ったまま、ノエルは振り返ると弟に言い聞かせる。

21(火) 00:56:25 ID:jOfX0Hex0
    両手に彼らの心臓を握ったまま、ノエルは振り返ると弟に言い聞かせる。
    「生態系の頂点に立つホムンクルスだからこそ、己の肉体を武器とするものなのだ。
    人間の兵器や武装錬金を使うなど以ての外だぞ……」
    「へいへい。ったく、兄ちゃんは堅物すぎるぜ」
    ウィリアムは手を振り兄の説教を聞き流すと、一人さっさと署内に入っていった。
    ノエルも心臓を投げ捨て、憮然とした表情で後に続く。

    警察署内は大勢の人でごった返している。
    苦情を訴える市民、現行犯逮捕された容疑者、そしてそれらの処理に追われる警官。
    あらゆる種類の人間が、あらゆる目的を抱えてこの署内1階ロビーに集結している。
    やんちゃな弟は溢れる興奮を抑えきれず、ウズウズしながら兄に問い掛けた。
    「なあなあ! こいつら全員ブッ殺していいんだよな!? 兄ちゃん! な!?」
    ノエルは静かに頷く。
    「ああ、お前の好きなようにな……」
    兄の許可を得たウィリアムは乗り乗りのテンションで大声を張り上げた。
    聞いていようが聞いていまいが、もはや関係無い。
    「レディース・アンド・ジェントルマン!! ボク様ちゃん達はギャラクシアン兄弟と申します!!
    はじめまして!! そしてェ……――」
    ノエルが一言添える。
    「――“さようなら”だ」

    二人の挨拶と同時に“それ”は始まった。
    それは虐殺(ジェノサイド)と言っても足りない。地獄(インフェルノ)と言っても足りない。
    幼い子供が戯れに蟻の巣を壊し、蟻達を一匹残らず踏み潰す行為に似ていた。
    ウィリアムの巨大二丁拳銃の前には人間の身体など熟れ過ぎたトマト同然だった。
    ノエルの両の手の前には人間の身体など紙細工も同然だった。
    初めこそ警官達も応戦らしき形を取ったが、ホムンクルスの身体に人間の兵器が通じる訳も無い。
    
    せいぜい顔面に至近距離からショットガンを撃ち込まれたウィリアムが「かゆい」と
一言洩らしただけである。
防御や回避が必要無いのだから作業効率も良い。
ウィリアムは遊び半分に1階ロビーの警官や逃げ惑う市民を撃ち殺し(それでも高精度な射撃能力だが)、
弟思いのノエルは2階~4階を突風の如く駆け抜けて警官や職員を突き刺し、引き裂き、抉り取った。
倒れ伏す死体の中には後生大事にバッグを抱えた男がチラホラ見受けられる。
バッグには傍目には分からない程の小さな穴が開いている。
ウィリアムがウィンクをすると戦闘、いや殺戮現場にバッグを向けた“死体”達はこっそりと
笑顔を返した。
やがて、上階を完全制圧したノエルがロビーに戻ってきた。

「物足りんな……。まるでお話にならない。とんだ雑魚共だ……。所詮は脆弱な人間に過ぎんのか……」
ノエルが軽く手を払うと、手袋にこびり付いた鮮血が床に飛び散った。
とはいえ死屍累々のこの光景の中にあって、その程度の鮮血などまるで目立たない。
ウィリアムはご機嫌で窓から外の様子を窺っている。
「ヒュウ~。見ろよ、増援が続々お出ましだぜえ」
「いい具合に報道陣も集まってるな……」
アーマー市警は別働の警官隊にすっかり包囲されていた。
署内にいた警官など問題にならない程の人数が、アーマー市警周囲に展開されている。
そして、さらにその後方には、あらゆるチャンネルの報道陣が熾烈な報道合戦を演じている様子が
見て取れる。
二人は万事予定通りの事の運びようにほくそ笑む。
「フフフ……いいぞ、予定通りだ。お次はあの警官隊を全滅させる。一匹残らずな……。
そして報道陣には我らReal IRAの存在と力の程を、全世界に向けて発信してもらう……」
「んで、最後にゃブン屋ちゃん達にも死んでもらおっかなぁ~」

その時、二人の背後でジャリッという音が響いた。

兄弟が素早く振り返ると、入口近くに一人の男が立っていた。
グレーと薄青を基調にした法衣。首から下げられた十字架(クルス)。
両の手にはそれぞれ「Speak with Dead」「Section 13 ISCARIOT」と染め抜かれた白手袋。
そしてその白手袋に包まれた手には冷たい光芒を放つ“銃剣(バヨネット)”が握られている。
物騒な物を手にしているが、どうやら“神父”のようだ。
神父はガラスの破片や薬莢を踏みにじりながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

“神父”アレクサンド・アンデルセンは小首を傾げながら二人に問いかけた。
「調子はどうだ? 化物共ォ……」
大きく見開かれた眼は瞳孔が開き、焦点が合っていない。
そして、遠い異国の地に住まう恋人にやっと再会できた若者のように胸は高鳴っている。
自制心はどこかへ飛んで行き、口が裂けんばかりに破顔してしまう。堪えようとしても堪えきれない。
ようやく、ようやく希少かつ強靭な化物(フリークス)、“ホムンクルス”に出会えたのだから。

ウィリアムは訝しげにアンデルセンを睨みつける。
「なんだ? テメエは。コイツら葬式に出すのはまだまだ先の話だぜ、神父さん」
だがノエルはこの神父の風貌から、すぐにその正体を悟った。
「こいつ……。ヴァチカンの“イスカリオテ”か……」
「あ? あーあー、そういや協力者の野郎が言ってたなぁ。そんな奴らがいるって。殲滅機関ちゃんだっけ。
……で、どーするよ? 一時退却、アジトにトンズラするか?」
ウィリアムの冗談交じりの提案に、ノエルが眦を上げる。
「冗談を言うな。何一つ問題など無い。奴を殺して、このまま任務続行だ」
ギャラクシアン兄弟もまた、神父に向かってゆっくりと歩を進めた。

「ケケケッ、だよなあ。所詮、奴は核鉄も持ってねえ……――」

「――ただの人間だ(オンリー・ヒューマン)」

ノエルの言葉を合図に、ウィリアムは何の感情も迷いもなくツェリザカを構え、引き金を引く。
派手な轟音と共に発射された弾丸は狙いを寸分も過たず、アンデルセンの額に炸裂した。
「ぶぅるああ!」
おびただしい量の血と呻き声を撒き散らしながらアンデルセンは大きく仰け反る。

が、倒れない。

まるで走り高跳び選手の背面跳びのように、仰け反った姿勢のまま身体は静止している。
「なっ……」
それだけでも充分驚愕に値したが、ギャラクシアン兄弟はある事実に気づいた。
“血が流れていない”
確かに銃弾が命中した時は額や後頭部から大量の血液が飛び散ったというのに、それに続く流血が
全く見られない。
床の血溜まりもあまりに少なすぎる。
やがてアンデルセンの身体は細かく震え始めた。
「クッ、クククッ、クカカカカッ!」
搾り出すような、漏れ出るような笑い声がロビーに響き渡る。
突如、バネ仕掛けの玩具にも似た動きで、アンデルセンの身体が勢い激しく前方に向き直った。
大型獣狩猟用ライフル弾を喰らった筈のその顔は、眼鏡が少々ずれているだけで傷跡一つ付いていない。
「シィイイイイイイイイイイイイッ!!」
アンデルセンは奇声を上げながら、先程とは打って変わった猛烈かつ俊敏な突進で二人に迫った。
そして両の銃剣を振り上げ、力任せに斬りつける。
斬りつけられた瞬間、二人は数メートル後方に飛び退き、寸での所で斬撃を回避した、
かのように見えた。
「いってえええ!」
アンデルセンの足元にツェリザカを握ったままのウィリアムの左腕が転がっている。
オープニング・ヒットにしてはあまりにも大き過ぎるダメージだ。
「いてえな馬鹿野郎!」
ウィリアムの右手に握られたツェリザカから再び火花を吹き、数条の銃弾がアンデルセンを襲う。

しかし、銃弾はアンデルセンの額、肩口、胸、腹に何発も命中するも、今度は微動だにしない。
そして傷口は肉を蠢かせながら、瞬時に塞がっていく。
ウィリアムのみならずノエルもその光景に驚愕していたが、冷静を装いアンデルセンに尋ねる。
「受傷部位の高速治癒……。貴様、再生者(リジェネレーター)か?」
アンデルセンは鼻の方へずれた銀縁の丸眼鏡を指で押し上げた。
「ククク、そうだ……。我々人類が貴様らと戦う為に、我が神から授かりし力で作り出した技術だ」

再生者(アンデルセン)とは対照的に、ウィリアムの左腕の傷口はシュウシュウと音を立てながら煙を上げている。
焼けつくような痛みがウィリアムを襲う。炎で炙られるが如く。酸で溶かされるが如く。
「ぐああああっ! なっ、何でだよ! このホムンクルスの身体は“錬金術の力”以外は
受け付けないんじゃねえのか!」
「錬金術!? “錬金術の力”だと!?」
ウィリアムの言葉に、アンデルセンはギリギリと歯軋りして怒りを露にする。
汚された。我が神が汚された。この便所の反吐同然の化物は、蛇の舌を以って我が神を侮辱した。
「貴様ら汚らわしき異端の力ごときに、我が神の祝福が施されたこの銃剣(バヨネット)が及ばぬとでも……――」
アンデルセンは両手を頭上高く掲げると、勢いよく振り下ろした。
その反動で法衣の袖口から幾本もの銃剣が飛び出し、彼の手に、指の間に握られる。
「――思うかぁあああ!!」
アンデルセンは怒号と共に、銃剣をあらん限りの力を込めて投擲した。
先程とは逆に、今度は数条の銃剣がウィリアムを襲う。
顔を上げたウィリアムは激痛を堪え、ツェリザカを構え直す。
「ハァアアアアア!」
一本、二本、三本、四本――。空中で.600NE弾が次々と銃剣を砕いていく。
片腕とはいえ彼の的確無比な射撃技術は、襲い来る銃剣を全て撃ち落とした。
「フヒャハア! ホムンクルスの動体視力を舐めんじゃ――」
目の前にアンデルセンの顔がある。目の前に。いつの間にか。
「動体視力が、どうしたって……?」
アンデルセンは歯を剥き出して笑うと、まるで空手の貫手を思わせる動きで力強く右手を突き出した。
「シィイイァアアアアッ!!」

零距離射程。

右の袖口から直接射出された十本の銃剣がウィリアムの全身を貫いた。
「ぐぅおおっ!」
ウィリアムは全身を銃剣のハリネズミと化して吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「安心しろ……。弱点の章印とやらには一本たりとも突き刺してはいない。貴様らは充分楽しんだのだろう?
私の事も少しは楽しませてくれなければ困る……。何せ――」
アンデルセンが一歩踏み出す。
「――化物狩りは久しぶりなのだからなァアア……」
また一歩踏み出す。
だがその時、アンデルセンの不意を突いて、ノエルが動いた。
「!」
壁や天井を蹴って、ロビー内を高速で縦横無尽に飛び回り撹乱する。
そしてアンデルセンの左真横に回り込むと、渾身の力を込めた右ストレートを放った。
「殺ったぁ!」
ノエルの拳がアンデルセンの顔面を捉え、グチャリと肉の潰れる鈍い音が響く。
「何をだ?」
顔面を潰された筈のアンデルセンが余裕で問い掛ける。
ノエルの拳は銃剣によって真ん中から斬り裂かれていた。創傷は手首の辺りまで達している。
顔面に拳が届く前に銃剣の刃を立てて防御(ガード)した、としか思えない。
「うっ、うわっ! うわああ!」
すぐに後方へ身を引こうとするノエルだが、アンデルセンは逃がさない。
素早く逆手に持ち替えた銃剣を、喚き立てるノエルの口中に突き立てた。
「ごああッ!」
そのまま肩を使い、ノエルの身体を壁に叩きつける。そして、さらに口中の銃剣を深く抉り込んだ。
後頭部から突き抜けた銃剣が壁に刺さり、ノエルを磔にする。
「キシシシシシシシ……」
アンデルセンは眼を糸のように細めて、歯の間から笑いを漏らす。

そして童子の頭を撫でる父親を思わせる仕草で、ノエルの口中に捻じ込まれた銃剣をグリグリと抉った。
磔の獲物を思う様弄んだ後、アンデルセンは銃剣から手を離す。
楽しい。楽しくて堪らない。このあまりの楽しさに哄笑を禁じえない。

「ゲァハハハハハハハハハハハハハハ!! ヒャアハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

天井を仰ぎ見たまま高笑いをするアンデルセン。
彼の化物に対する、戦闘への喜び、殺戮への悦びは頂点に達していた。

「さあァ、来い! 準備運動はもう充分だ! ホムンクルスの真の力、見せてもらおうかァ!!
ゲェァハァハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!」

「は、はへほほ……(ば、化物……)」
ノエルは磔にされたまま、イスカリオテ聖堂騎士(パラディン)の鬼神の如き所業に震え上がっている。
ウィリアムに至っては声も出せずに、床に転がって苦痛に身悶えている。
いつまで待っても立ち上がって来ない、立ち向かって来ない二人に、アンデルセンはある種の危惧を覚えた。
「まさか……貴様ら、それで終わりなのか……?」
アンデルセンの狂喜に満ちた笑顔が崩れ、見る見るうちに落胆と激怒の表情に変わっていく。
「弱い……。弱い弱い弱い弱い弱い! 弱過ぎる!! まるでお話にならん! とんだ雑魚共だァ……。
所詮は低能な錬金術師共の生み出した不良品(ゴミクズ)に過ぎんのか……」
アンデルセンは侮蔑の視線でギャラクシアン兄弟を見つめていたが、やがてノエルに近づき
彼を穿つ銃剣を引き抜いた。
「グハァッ!」
呻き声と共に床に倒れ込むノエル。
そして眼の前にあるアンデルセンの両脚を見るや、ホムンクルスとしての、そして愛国の闘士としての
誇りも忘れて命乞いを始めた。
「た、助けてくれ……! 命だけは……命だけは……」
眼鏡を光らせた巨大な影は怯えるノエルを見下ろしながら、ある質問を浴びせた。
「私が知りたいのは二つだけだ。一つは貴様らの本拠地(アジト)。もう一つは貴様らを化物に造り変えた連中だ」
「あ……ああ……。あ……?」
ノエルはパクパクと口を開け閉めするだけである。
アンデルセンは即座にノエルの左腕を斬り落とした。
「ぐぉああああああああああ!!」
灼熱の激痛にノエルは喉が破れんばかりに悲鳴を上げる。
「い、い、言えないんだ!」
「『言えない』か……。いい度胸だ。よほど訓練された化物らしい……」
再びアンデルセンはニタリと口を吊り上がらせた。
“戦闘”というお楽しみは得る事が出来なかったが、“拷問”というお楽しみがまだ残っていた。
「ち、違う! 言いたいのに言えないんだ! 言葉が出て来ないんだ! “頭”と口がどうにかなっちまってる!」
ノエルの言葉を聞き、しばらくアンデルセンは思案顔で首を傾げていた。
その間にもノエルの命乞いは続いている。
「助けてくれ……。も、もう二度とReal IRAには関わらない……」
「……」
アンデルセンは無言である。基本的に異教徒や化物の言葉は、彼の耳に入らない。
ややあった後、アンデルセンは銃剣を両手に持ち直すと頭上高く振り上げた。
「ひいッ!」
「塵は塵へ(ダスト・トウ・ダスト)、灰は灰へ(アッシュ・トウ・アッシュ)。塵から生まれた貴様らは……塵へ帰れ!!」
振り下ろされた銃剣がノエルとウィリアムの左胸の章印に突き立てられる。
「AMEN!」
二体の人間型ホムンクルスは断末魔の悲鳴を響かせながら、その身を灰と化した。

アンデルセンは灰となったギャラクシアン兄弟の、主に頭部があったと思われる場所を両手で探っていた。
灰を掻き分け、懸命に何かを探している。
やがて彼の指に何か金属質の物が当たった。
「これか……」
アンデルセンはそれらを拾い上げ、掌に乗せた。

一つは、小さなレンズが付いている所を見ると、どうやら小型カメラのようだった。
大きさからいって眼球の代わりに眼窩に埋められていたのだろう。
もう一つは、何らかのIC(集積回路)のようだ。これが埋められていた場所は脳だろうか。
そして、その二つには共通しているものがあった。
どちらにもアルファベットの『Ⅴ』を逆さにした記号に四本の横線を引いた、特徴的な
エンブレムが刻印されていた。
「そうか……そういう事か……」
アンデルセンはその二つの機械を強く握り締めた。
顔には次なる“狩り”への渇望、そして愉悦の色が薄ら笑いとなって浮かんでいる。
「いいぞ。これは面白い……。ひどく面白い……。とても面白い事に、なる。
クッ、クククッ、クハハハハハッ」
アンデルセンは立ち上がり、出口に向かった。
もうこんな場所に用は無い。
闘争の暴風は去った。殺すべき化物も消えた。第13課(イスカリオテ)がいるべき場所ではない。
あとは“表”の人間がどうとでもするだろう。

「うぅ……ねえ……」
立ち去ろうとするアンデルセンを呼ぶ声がする。
そこには、奇跡的な事に生き残りがいた。
瀕死の婦人警官がこちらに手を伸ばし、助けを求めているのだ。
何ヶ所か銃創が見られ出血も激しいが、今すぐ病院に運べばあるいは助かるかもしれない。
「た、助けて……。お願い……」
アンデルセンはニヤニヤ笑いのまま、彼女を見下ろしながら吐き捨てた。

「薄汚いプロテスタントの淫売め……。そのまま苦しみ、のたうち、神に許しを乞いながら……死ね!」

神父は靴音を響かせ、血と硝煙の臭いに溶け込むようにして消えていった。

テロリスト達が群れを成す薄暗がりは重い沈黙に包まれていた。
モニターには背を向けて立ち去ろうとしている“神父”の姿が映し出されている。
その沈黙を破ったのはリーダーのパトリックだった。
「ど、ど、どど、どう、どういう事だ! ななな、な、何なんだ! 奴は!」
人間を遥かに超えた力を持つ生物兵器と化した部下。アーマー市警壊滅など赤子の手を捻るより
容易いと信じて疑わなかった。現にそれは九分九厘成功していた。
だが突然現れた化物染みた、いや化物そのものの“神父”に二人はあっけなく殺された。
話が違うではないか。
“想定外”というありきたりの言葉も浮かんでこない。
例えるなら、神経衰弱で最後の一組の札をめくったら、違う絵柄だったようなものだ。
「き、き、聞いてないぞ! あ、あん、あん、あんな奴が、い、い、いるなんて……!」
何度もつっかえ、口ごもりながら、おかしな発音のアイリッシュ・ゲール語を吐き出す。
先程、愛国の闘士達の指導者として、開戦の演説を打った凛々しい姿はどこへやらである。
その奇妙な光景を初めて眼にした、Real IRAの一員である少女は隣の中年男に尋ねる
「ねえ……彼って……」
「シッ! よせ、ブリギット!」
男は人差し指を口に当て、少女ブリギットの言葉を遮った。
そして“誰か”に聞かれる事を恐れるかのように、細心の注意を払った小声で少女に耳打つ。
「パトリックは怒ったり、興奮したりするとひどくどもっちまうんだ。奴自身も気にしている。
だから、それには触れるな。奴の耳に入ったらブッ殺されちまうぞ。わかったな」
「う、うん……」
ブリギットはゴクリと唾を飲む。
この鍛え上げられた勇猛な男が、噂好きの女のような耳打ちをするからには本当なのだろう。
言葉の意味通り、“殺される”のだろう。
その時、口を押さえ頬を擦るパトリックの腰の辺りで、単調なメロディが鳴り始めた。
携帯電話の着信音だ。
パトリックの一番近くにいた副官らしき男は、自分を指差して周りをキョロキョロと見た後、
恐る恐る彼に話しかけた。
「……パ、パトリック、電話が鳴っているぞ。なあ……」
「う、う、うるさい! わ、わか、わかってる!」
露骨に苛立ちを表しながら怒鳴ると、彼は携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。
「だ、誰だ!」
『やってくれたな……。この阿呆共が……』
電話の向こう側から気取った低い声が発する侮蔑の言葉が届いた。声の主はあの“協力者”だ。
そしてその口振りからして、アーマー市警の襲撃、及び失敗を知っている
だが早過ぎる。まだ警官隊も突入していないのに、中の様子が分かるはずがない。
「お、おま、お前……」
『何故、私に何の断りも無く事を動かした? 生物兵器に改造された部下と、潤沢な活動資金を得て、
少しでもお偉くなったつもりか? 貴様なんぞ所詮人殺ししか能の無い、ガキの集まりの大将に過ぎんのだぞ』
IRA暫定派に加わってからも、そこからReal IRAに分派してからも、さらに自分だけのReal IRAを
立ち上げてからも、こんな舐めた口を利かれた事は無かった。
暫定派軍事協議会の幹部連中だっていつも自分を丁重に扱った。
だがこの男は。何処の馬の骨ともわからんこの男は。
「き、き、きさ、貴様、誰に向かって、く、く、口を利いている」
『お、お、おま、お前に向かって口を利いているんだ。このチンピラ風情が』
協力者はどもるパトリックの物真似をしながら、彼を嘲る。
『フン……。やはり適任がいないからといって、貴様らのようなテロリズム脳炎のガイキチ共に
話を持っていったのが失敗の元だったな』
「な、な、な……」
パトリックは怒りのあまり、もはや言葉も出て来ない。
『いいか、この私の話をろくに聞きもしなかった、高潔な闘士様にもう一度教えてやる。
あの神父がヴァチカン特務局第13課“イスカリオテ”だ。神父の名はアレクサンド・アンデルセン。
イスカリオテ最強の機関員だ』
「イ、イ、イスカリオテ……。い、い、異教・異端専門の、せ、せん、殲滅機関……」
確かに聞いていた。聞いていたが、まさかここまでする連中だとは思っていなかった。
あの平和主義の、人道主義のヴァチカンが。
『そうだ。人の話はキチンと聞けと先生に習わなかったか? ああ、失礼した。貴様は小学校も
出ていなかったか』
いちいち罵り言葉を付け足す事を忘れない。
『奴らにだけは嗅ぎつけられたくなかったというのに……。しかも、あの装置まで……。
まったく、厄介な事になったぞ。これであの神父“も”始末しなくてはならなくなってしまった。
こんな事、“計画”には無かった……』
パトリックは協力者の呟きを聞き逃さなかった。
「お、おい! け、け、けい、“計画”とはどういう事だ! そ、それに、あ、あの、あの頭の機械は何だ!
お、お前が埋め込んだのは、カ、カ、カメラだけじゃ――」
『黙れ!! いいか、私の言う事を良く聞け!』
ここで初めて協力者は怒鳴り声を上げ、パトリックの詰問を強引に打ち消す。
『近いうちにそちらへ行く。ごく近いうちにだ。それまでは目立った行動は一切するんじゃないぞ!
あの神父の銃剣に突き殺されたくなければな! わかったか!!』
「な、な、ま――」
返事を待つ事無く電話は切られていた。
「ち、ちくしょう!」
パトリックは怒りを爆発させ、携帯電話を床に投げつける。
床に叩きつけられた電話のボディは粉々になり、中の精密機械と一緒に飛び散った。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
拳を握り締め、語彙の少ない不良少年のようにひとつの言葉だけをただ喚き散らす。
誰も止める者はいない。
命を賭してまでこのリーダーを落ち着かせようという者はこの組織にはいなかった。
ひとしきり大声を吐き出し続けたパトリックは、やがてフウフウと息を切らせながら黙り込んだ。
しかし、その濁った赤黒い眼光だけは収まってはいない。
「殺してやる……。皆、殺してやる。クソ神父も、クソ協力者も、クソ英国人も……。
俺を邪魔する奴は全員殺す……。俺を舐める奴は全員殺す……」
自分でも驚く程にスラスラと言葉が出てきた。周りの部下達は皆、一様に言葉を失っていたが。




「奴があの神父に殺されるより先に、私が奴を殺さなくてはな。その後は神父……。それと……」
パチリと携帯電話を閉じながら男は低く呟いた。
ひとつ予定外の仕事が持ち上がると、必ずそれに伴って複数の仕事が附いて来る。
難義な事だ。
そうぼんやり考えながら男は振り返る。
やや離れた場所に停車してある黒塗りの車。そして、その横に立つ黒尽くめの運転手らしき男。
いかにも待ちくたびれたと言う態度で、眉根を寄せて時計を見ながら煙草を吸っている。
男はソッと近寄ると、笑いながら声を掛ける。
「待たせたな」
「あっ、いえ、とんでもありません。さあ、どうぞ」
驚いた運転手はあわてて煙草を踏み消すと、後部座席のドアを開けて男を招いた。
「ああ、ありがとう。さて、愛すべき“我が家”へ帰るか……」

男は颯爽と車に乗り込み、優雅に脚を組んだ。