「…本拠地…」
「そうさ、また行きたいんだが度忘れしてな。全く嫌になる」
エキドナを抱えたまま、スヴェンの悪意に満ちた三文芝居が彼女の心の襞を掻き分ける。
本来なら拷問されても言えない事だが、酩酊と二枚舌が静かに秘中の秘を自白さすべく彼女を促していった。
「あれは…ええと……何処だったか…」
「何だ、お前も忘れたのか。いいさ、特徴だけ言ってくれてもいい。近くに何が有った?」
今や彼女の眼前に居るのは憎い敵ではなく、本当に親しい過去の誰かだった。だからこそ口をつぐむであろう言葉にも
真剣に思い出そうと考え込む。
「あれは………」
「あれは?」
彼女の顔を覗き込む。それは、ただ親しみを深くするだけの演技の筈だったが……
「そうさ、また行きたいんだが度忘れしてな。全く嫌になる」
エキドナを抱えたまま、スヴェンの悪意に満ちた三文芝居が彼女の心の襞を掻き分ける。
本来なら拷問されても言えない事だが、酩酊と二枚舌が静かに秘中の秘を自白さすべく彼女を促していった。
「あれは…ええと……何処だったか…」
「何だ、お前も忘れたのか。いいさ、特徴だけ言ってくれてもいい。近くに何が有った?」
今や彼女の眼前に居るのは憎い敵ではなく、本当に親しい過去の誰かだった。だからこそ口をつぐむであろう言葉にも
真剣に思い出そうと考え込む。
「あれは………」
「あれは?」
彼女の顔を覗き込む。それは、ただ親しみを深くするだけの演技の筈だったが……
「…………ファルセット」
エキドナの瞳に映った巨大な黒影。
咄嗟にスヴェンは彼女を離し、背後に転がると同時に――――、先刻までの彼が居た場所を破壊する豪腕。
「!?」
だがその後降りた体の巨大さと、羽の様な優しさで降り立ったのが距離を取った彼に目を剥かせる。
その黒い怪物は地に足付ける一瞬でエキドナを抱え上げ、その肩にごく自然に乗せていた。それも、着地の衝撃を彼女に
伝えないようにだ。その手管だけで、見掛け倒しで無いことが充分窺がえる。
「……そうか、お前がリンス達が言ってた黒コートの怪物か」
状況の通例で拳銃を向けるが、意に介さない事はスヴェンも承知していた。どう見てもこれ相手には大砲辺りが要る。
「…スヴェン=ボルフィード」
案の定、彼もスヴェンの名前をそらんじているらしい。だが次の台詞が、一気にスヴェンの興味を向ける。
「………貴様は恐ろしい男だ、或る意味黒猫(ブラックキャット)以上かも知れん」
「――――ほう? 何故だ。セコい騙しで自白(ウタ)わせようとしただけなのに」
怪物の口元にかすかな笑み。ゆっくり立ち上がるとまるで小山の様だが、それを見るスヴェンには怯みの類は無かった。
「説明させるつもりか………良いだろう。
まず貴様は、エキドナが重要な情報を握っていると確信していた……違うか?」
「それは邪推だ、俺はただ『知ってれば良いな』程度の気持ちで訊いただけさ」
弄う様な反撃。しかし怪物の弁舌はその程度では止まらない。
「貴様はエキドナの心情と道を把握していた。そして考えていた筈だ、『自分が彼女を使うなら何をさせるか』をな。
それを統合した結果、組織の深部に食い込んでいる事を読み…開口一番本拠地を訊いた。絶対に知っていると言う事を
判っているからだ」
「……悪い奴だな。仲間のピンチを静観してたのか」
スヴェンの唇がまるで毒を塗った曲刀の様に吊り上がる。
……事実スヴェンは考えていた。彼女の道とやらなら、ノーチェックでジャンボ機内に爆弾でも化学兵器でも持ち込めるし、
公的なルートを使って核弾頭の運搬や、常識外の暗殺――例えば、豪華客船内で砲撃――も可能だ。
不可能と思われる仕事が可能な以上、組織のトップエージェント辺りが妥当だ。逆にそう使わない事は愚かとしか言いようが無い。
「そして此処からが、最も恐ろしい所だ」
怪物の言葉に重みが加わる。彼にも確信があるからだろう。
咄嗟にスヴェンは彼女を離し、背後に転がると同時に――――、先刻までの彼が居た場所を破壊する豪腕。
「!?」
だがその後降りた体の巨大さと、羽の様な優しさで降り立ったのが距離を取った彼に目を剥かせる。
その黒い怪物は地に足付ける一瞬でエキドナを抱え上げ、その肩にごく自然に乗せていた。それも、着地の衝撃を彼女に
伝えないようにだ。その手管だけで、見掛け倒しで無いことが充分窺がえる。
「……そうか、お前がリンス達が言ってた黒コートの怪物か」
状況の通例で拳銃を向けるが、意に介さない事はスヴェンも承知していた。どう見てもこれ相手には大砲辺りが要る。
「…スヴェン=ボルフィード」
案の定、彼もスヴェンの名前をそらんじているらしい。だが次の台詞が、一気にスヴェンの興味を向ける。
「………貴様は恐ろしい男だ、或る意味黒猫(ブラックキャット)以上かも知れん」
「――――ほう? 何故だ。セコい騙しで自白(ウタ)わせようとしただけなのに」
怪物の口元にかすかな笑み。ゆっくり立ち上がるとまるで小山の様だが、それを見るスヴェンには怯みの類は無かった。
「説明させるつもりか………良いだろう。
まず貴様は、エキドナが重要な情報を握っていると確信していた……違うか?」
「それは邪推だ、俺はただ『知ってれば良いな』程度の気持ちで訊いただけさ」
弄う様な反撃。しかし怪物の弁舌はその程度では止まらない。
「貴様はエキドナの心情と道を把握していた。そして考えていた筈だ、『自分が彼女を使うなら何をさせるか』をな。
それを統合した結果、組織の深部に食い込んでいる事を読み…開口一番本拠地を訊いた。絶対に知っていると言う事を
判っているからだ」
「……悪い奴だな。仲間のピンチを静観してたのか」
スヴェンの唇がまるで毒を塗った曲刀の様に吊り上がる。
……事実スヴェンは考えていた。彼女の道とやらなら、ノーチェックでジャンボ機内に爆弾でも化学兵器でも持ち込めるし、
公的なルートを使って核弾頭の運搬や、常識外の暗殺――例えば、豪華客船内で砲撃――も可能だ。
不可能と思われる仕事が可能な以上、組織のトップエージェント辺りが妥当だ。逆にそう使わない事は愚かとしか言いようが無い。
「そして此処からが、最も恐ろしい所だ」
怪物の言葉に重みが加わる。彼にも確信があるからだろう。
「貴様は………我々とクロノスを全面戦争に仕向けるつもりだった」
……それを聞いたスヴェンは…………呆けた様な目で怪物を見る。だがそのすぐ後、くす、と唇が吹き出した。
「それは飛躍のしすぎだろう。お前の頭を疑うぜ、突拍子が無さ過ぎてな」
「俺は確信で物を言っている、それに冗句は嫌いだ。
………俺も貴様になって考えてみた、『得た情報を最も効果的に生かす手段は何か』をな。
すると、だ……俺にはクロノスに本拠地の情報を流す事しか思い付かん」
そのくだりで、スヴェンの嘲笑が面を剥いだ様に消える。それは無意識の肯定でも有った。
「何故か、と言うとだ、それが我々にとって最もダメージの大きい事態だからだ。
それで完全に潰される…とは思わんが、星の使徒が痛手を負うのは確かだ」
「憶測の域を出ないな。それに、『恐ろしい』に当たるとも思えないがな」
冷静に返される論撃にも、怪物は動じない。
「だがこれだけ仕出かす貴様ほどの男が、全面戦争が起こる事も、それで及ぶ被害を考えんとも思えんのだ。
貴様は把握している筈だ、それによって生じる多大なる犠牲を。そしてそれを承知で、リークする気でいたな?」
……確かに総力戦で行けば、互いに生じる被害は恐ろしい数だろう。星の使徒側の規模は判らないが、それでも恐らくは万単位な筈だ。
それを許容して敢行しようとしていたスヴェンは、大量殺人を働くも同然だった。
「貴様は悪意に満ちている。ともすれば世界を根底からひっくり返すほどに。
…クリードと実に良い勝負だ、やつの側に居る俺が保証しよう」
静かに、そして淡々と零れるそうとは思えぬ非難。しかし、
「だから何だ」
返した言葉は、再び嘲笑にまみれていた。
「デカいの、良い事を教えてやる。
俺みたいに組織のバックアップが無い奴は、手段を選ぶ暇なんて無いのさ」
「…その為に多くを巻き込んでも良い、か。まるで独裁者だな」
怪物に銃を向けたまま、器用に片手で煙草を取り出し火をつける。
「どうせ死ぬのはクロノスの私兵だ。普通の奴には秘匿目的や戦力不足で任せられん。
こっちは奴らに散々舐められた真似をされてるんでな、そのくらいのリスクは負ってもらわんと困る。
『悪いことしたらお仕置き』は、世界の常識だろうが」
「貴様等がそれに含まれないとでも?」
辛辣な怪物の返しにも、紫煙の含笑をさらけ出した。
「……〝それ〟を受けるのは、俺だけって話さ」
……それを聞いたスヴェンは…………呆けた様な目で怪物を見る。だがそのすぐ後、くす、と唇が吹き出した。
「それは飛躍のしすぎだろう。お前の頭を疑うぜ、突拍子が無さ過ぎてな」
「俺は確信で物を言っている、それに冗句は嫌いだ。
………俺も貴様になって考えてみた、『得た情報を最も効果的に生かす手段は何か』をな。
すると、だ……俺にはクロノスに本拠地の情報を流す事しか思い付かん」
そのくだりで、スヴェンの嘲笑が面を剥いだ様に消える。それは無意識の肯定でも有った。
「何故か、と言うとだ、それが我々にとって最もダメージの大きい事態だからだ。
それで完全に潰される…とは思わんが、星の使徒が痛手を負うのは確かだ」
「憶測の域を出ないな。それに、『恐ろしい』に当たるとも思えないがな」
冷静に返される論撃にも、怪物は動じない。
「だがこれだけ仕出かす貴様ほどの男が、全面戦争が起こる事も、それで及ぶ被害を考えんとも思えんのだ。
貴様は把握している筈だ、それによって生じる多大なる犠牲を。そしてそれを承知で、リークする気でいたな?」
……確かに総力戦で行けば、互いに生じる被害は恐ろしい数だろう。星の使徒側の規模は判らないが、それでも恐らくは万単位な筈だ。
それを許容して敢行しようとしていたスヴェンは、大量殺人を働くも同然だった。
「貴様は悪意に満ちている。ともすれば世界を根底からひっくり返すほどに。
…クリードと実に良い勝負だ、やつの側に居る俺が保証しよう」
静かに、そして淡々と零れるそうとは思えぬ非難。しかし、
「だから何だ」
返した言葉は、再び嘲笑にまみれていた。
「デカいの、良い事を教えてやる。
俺みたいに組織のバックアップが無い奴は、手段を選ぶ暇なんて無いのさ」
「…その為に多くを巻き込んでも良い、か。まるで独裁者だな」
怪物に銃を向けたまま、器用に片手で煙草を取り出し火をつける。
「どうせ死ぬのはクロノスの私兵だ。普通の奴には秘匿目的や戦力不足で任せられん。
こっちは奴らに散々舐められた真似をされてるんでな、そのくらいのリスクは負ってもらわんと困る。
『悪いことしたらお仕置き』は、世界の常識だろうが」
「貴様等がそれに含まれないとでも?」
辛辣な怪物の返しにも、紫煙の含笑をさらけ出した。
「……〝それ〟を受けるのは、俺だけって話さ」
馬鹿にした様な嘲笑だが、それをさせるのは損得や生死を超越した覚悟だ。
「死んで良いのも、救いようが無いのも、全部俺だけだ。他の奴ら………トレイン達にこれは関係無い。
俺がISPOを離れ、独り野に下って得た結論は…『綺麗事だけじゃおっ付かない』だ」
其処まで言っている彼は気付いていない、既に本性を隠す笑みを止めている事に。
銃口と同様真っ直ぐに、その眦(まなじり)は非難する怪物を捉えて離さない。
「俺は大切な物を守る為だったら何だってやる、それがあいつらに嫌われる行為でもな。
その俺がクロノスに仕返しして星の使徒を潰す為には、もう犠牲を厭う暇なんぞ無い。俺の命と全精力を掛けてでも、
この腐れた喧嘩を調律して噛み合わす。後顧の憂いを根こそぎ断つまで徹底的にだ」
この男に有るのは悪意だけでは無い、それによって生まれる全てを受け止める覚悟も持ち合わせていた。
今此処に立っている事が、それを頑健に裏付けている。
「俺に言わせれば全ての正義は悪意の上に成り立っている。英雄が悪王に振り下ろす剣に、悪意が無いとは言えんだろ?
逆に言って、真の正道を貫くには悪意と覚悟が不可欠だ。『大輪のバラは牛糞で咲く』とも言うぜ」
……この男は想像以上に深い、多大な犠牲が出ればそれを何もかも受け止めるつもりなのだ。
そしてだからこそ、常人を超えた行動力が有るのだろう。
「…一つ訊きたい、エキドナはこの後どうするつもりだった?」
「決まってるだろう、こっちに引き込む予定だった。
それだけの事態を作ったヤツを、お前らのボスが許すとも思えんからな」
…更に、敵のケアまで考えていた。彼女は気付かないだろうが、実は戦う前から敗けていたのだ。
「どうやら貴様は、俺が思うよりずっと恐ろしい男の様だな」
滑り出た怪物の言葉には、かすかに嬉しそうな笑みが含まれていた。
「何が恐ろしいか、俺にはさっぱり判らんね」
「恐ろしいさ。このエキドナを、勝つどころか助ける余裕まで有るのは凄まじいの一言に尽きる」
だが、声調とは裏腹に空いた手が懐から大砲を抜き出すと、ゆっくりとスヴェンに構える。
「俺は貴様の様な男……嫌いでは無いぞ。近年稀に見る真の闘士だ……それだけに惜しいがな」
拳銃対大砲―――どう見てもスヴェンに勝ち目は無い。
「さらばだ。貴様とは、出来る事なら同志として会いたかった」
「……それは性急過ぎやしないか?」
再び唇に悪意の微笑。しかし、彼が卓越した策士でも眼前に有る砲口には無力だ。
「逃れる手立てが有るとでも?」
「勿論無いさ。だが、考えてみろ。
お前は俺を恐ろしいと言った筈だぞ。その恐ろしい俺が、何で無防備にも近い形でただ話をしてるんだ?」
「死んで良いのも、救いようが無いのも、全部俺だけだ。他の奴ら………トレイン達にこれは関係無い。
俺がISPOを離れ、独り野に下って得た結論は…『綺麗事だけじゃおっ付かない』だ」
其処まで言っている彼は気付いていない、既に本性を隠す笑みを止めている事に。
銃口と同様真っ直ぐに、その眦(まなじり)は非難する怪物を捉えて離さない。
「俺は大切な物を守る為だったら何だってやる、それがあいつらに嫌われる行為でもな。
その俺がクロノスに仕返しして星の使徒を潰す為には、もう犠牲を厭う暇なんぞ無い。俺の命と全精力を掛けてでも、
この腐れた喧嘩を調律して噛み合わす。後顧の憂いを根こそぎ断つまで徹底的にだ」
この男に有るのは悪意だけでは無い、それによって生まれる全てを受け止める覚悟も持ち合わせていた。
今此処に立っている事が、それを頑健に裏付けている。
「俺に言わせれば全ての正義は悪意の上に成り立っている。英雄が悪王に振り下ろす剣に、悪意が無いとは言えんだろ?
逆に言って、真の正道を貫くには悪意と覚悟が不可欠だ。『大輪のバラは牛糞で咲く』とも言うぜ」
……この男は想像以上に深い、多大な犠牲が出ればそれを何もかも受け止めるつもりなのだ。
そしてだからこそ、常人を超えた行動力が有るのだろう。
「…一つ訊きたい、エキドナはこの後どうするつもりだった?」
「決まってるだろう、こっちに引き込む予定だった。
それだけの事態を作ったヤツを、お前らのボスが許すとも思えんからな」
…更に、敵のケアまで考えていた。彼女は気付かないだろうが、実は戦う前から敗けていたのだ。
「どうやら貴様は、俺が思うよりずっと恐ろしい男の様だな」
滑り出た怪物の言葉には、かすかに嬉しそうな笑みが含まれていた。
「何が恐ろしいか、俺にはさっぱり判らんね」
「恐ろしいさ。このエキドナを、勝つどころか助ける余裕まで有るのは凄まじいの一言に尽きる」
だが、声調とは裏腹に空いた手が懐から大砲を抜き出すと、ゆっくりとスヴェンに構える。
「俺は貴様の様な男……嫌いでは無いぞ。近年稀に見る真の闘士だ……それだけに惜しいがな」
拳銃対大砲―――どう見てもスヴェンに勝ち目は無い。
「さらばだ。貴様とは、出来る事なら同志として会いたかった」
「……それは性急過ぎやしないか?」
再び唇に悪意の微笑。しかし、彼が卓越した策士でも眼前に有る砲口には無力だ。
「逃れる手立てが有るとでも?」
「勿論無いさ。だが、考えてみろ。
お前は俺を恐ろしいと言った筈だぞ。その恐ろしい俺が、何で無防備にも近い形でただ話をしてるんだ?」
その時、怪物のアクティヴソナーが後方に敵影を捉える。
咄嗟に砲でエキドナと頭部を庇うと、その上からライフル弾の乱射が火花を散らす。
「!? …な…?」
そしてエコーロケーションで画像を脳内に結べば………其処に居たのは見覚えのあるスーツの集団。
間違い無くそれは、先刻市庁舎で殺したクロノスの私兵と同じ服装だ。
「貴様…ッ…まさか…!」
「おっとっと、別に奴らと組んだ訳じゃない。ただ此処の時計塔からお前らの兵隊を狙ってた時、たまたま見つけたんでね」
スヴェンが悪意と共にエキドナを顎で示す。
「彼女が暴れれば、その跡を手懸かりに来るんだろうと思ってな。で、派手にやらせたって事さ」
………全て彼の思惑の範疇だった。話に乗ったのはただ単に時間稼ぎだ。
「動くな化け物!」
弾けんばかりにナイザーが手で号令を掛けると、飛得物が次々と怪物へと向けられる。
「すげ…何だよあの得物」
「あいつ三メートルは有るぞ…効くのかよ、こんなモン…」
「泣き事言うな! 第二射構え!」
怪物がそれに注意を払わねばならなくなったのを尻目に、スヴェンは悠々と射界から逃れる。
「さてと、どうするデカいの? お前さんが強いのは判るが、俺に構ってる暇が有るかな?」
「……食えん男だ。これでは流石に撤退せざるを得んな」
戦闘不能を一人抱えている以上、此処に踏み止まるのは得策では無い。
「もう一度言うが、貴様とは同志として会いたかった………出来れば、この身体になる前に」
そう言った瞬間―――――ほぼ無動作で巨躯がその場から弾かれた様に跳んだ。
アウトラウンド達が呆気に取られる中、天高く跳び上がった怪物は建物の屋根に降り立ち風の様に走り去っていった。
「逃がすな! 行くぞ!!」
ナイザーと共に一斉に駆け出す黒服の集団。その進む先にスヴェンが居るが、誰一人構う事無くすれ違う。
――――だが彼らの進撃を、突然鳴り響いた銃声が呼び止めた。
振り向くと其処には、背中を向けて未だ煙を吐く銃を天に構える白スーツの男。
「…一つ言っておく」
淡々と零れる声、自然な背中、一聞一見しても其処から感情は読み取れない。しかし、だからこそその根底に渦巻く怒りが強調される。
「……俺は今回…はっきり言ってクロノスに腹を据えかねてるぜ」
それを一つ言い残して、彼は手近の路地へと消える。
………場に居る誰もが、いたたまれない気分だった。
あの男は知っていたのだ、彼らがこの場に居ると言う事が一体どう言う事なのか。
怪物がすぐさま逃げ出した事から、恐らく自分達は罠に使われていたのだろう。其処まで考える男が本来なら意趣返しが出来た所を、
それをせず怒りを飲み込んで利用したのだ。その鋼の様な自制力に、ナイザーは身震いする。
「No1……やっぱり、これは…」
『何をしているのですか。その怪物は星の使徒の手懸かりなのですよ、急いで追いなさい』
インカムから零れる静かな叱咤に、ナイザーは頭を悩ませた。
『今オペレーターに衛星で追尾させています。それに従って追えばいずれこちらとも合流するでしょう』
敵を追い込む為敢えて二手に分かれたセフィリアの声が、彼を泥沼に追い込んでいく。
だが今は正直その事にほっとした。もし此処に彼女が居ればあの男とて自制出来まい。
気付いている筈なのだ――――マリア親子を保護の名目で確保する事に。理由は勿論、彼を介してトレインを従わせる為だ。
『それと、例の奪取作戦は一時保留します。あの男を刺激するのは、どうやらなかなかマイナスになるようですから』
その僅かに情の見える指示に、一瞬ナイザーの心から重さが和らぐ。だが彼は知らない。
彼女が、衛星を介して先刻の会話を聞いていた事を。
「!? …な…?」
そしてエコーロケーションで画像を脳内に結べば………其処に居たのは見覚えのあるスーツの集団。
間違い無くそれは、先刻市庁舎で殺したクロノスの私兵と同じ服装だ。
「貴様…ッ…まさか…!」
「おっとっと、別に奴らと組んだ訳じゃない。ただ此処の時計塔からお前らの兵隊を狙ってた時、たまたま見つけたんでね」
スヴェンが悪意と共にエキドナを顎で示す。
「彼女が暴れれば、その跡を手懸かりに来るんだろうと思ってな。で、派手にやらせたって事さ」
………全て彼の思惑の範疇だった。話に乗ったのはただ単に時間稼ぎだ。
「動くな化け物!」
弾けんばかりにナイザーが手で号令を掛けると、飛得物が次々と怪物へと向けられる。
「すげ…何だよあの得物」
「あいつ三メートルは有るぞ…効くのかよ、こんなモン…」
「泣き事言うな! 第二射構え!」
怪物がそれに注意を払わねばならなくなったのを尻目に、スヴェンは悠々と射界から逃れる。
「さてと、どうするデカいの? お前さんが強いのは判るが、俺に構ってる暇が有るかな?」
「……食えん男だ。これでは流石に撤退せざるを得んな」
戦闘不能を一人抱えている以上、此処に踏み止まるのは得策では無い。
「もう一度言うが、貴様とは同志として会いたかった………出来れば、この身体になる前に」
そう言った瞬間―――――ほぼ無動作で巨躯がその場から弾かれた様に跳んだ。
アウトラウンド達が呆気に取られる中、天高く跳び上がった怪物は建物の屋根に降り立ち風の様に走り去っていった。
「逃がすな! 行くぞ!!」
ナイザーと共に一斉に駆け出す黒服の集団。その進む先にスヴェンが居るが、誰一人構う事無くすれ違う。
――――だが彼らの進撃を、突然鳴り響いた銃声が呼び止めた。
振り向くと其処には、背中を向けて未だ煙を吐く銃を天に構える白スーツの男。
「…一つ言っておく」
淡々と零れる声、自然な背中、一聞一見しても其処から感情は読み取れない。しかし、だからこそその根底に渦巻く怒りが強調される。
「……俺は今回…はっきり言ってクロノスに腹を据えかねてるぜ」
それを一つ言い残して、彼は手近の路地へと消える。
………場に居る誰もが、いたたまれない気分だった。
あの男は知っていたのだ、彼らがこの場に居ると言う事が一体どう言う事なのか。
怪物がすぐさま逃げ出した事から、恐らく自分達は罠に使われていたのだろう。其処まで考える男が本来なら意趣返しが出来た所を、
それをせず怒りを飲み込んで利用したのだ。その鋼の様な自制力に、ナイザーは身震いする。
「No1……やっぱり、これは…」
『何をしているのですか。その怪物は星の使徒の手懸かりなのですよ、急いで追いなさい』
インカムから零れる静かな叱咤に、ナイザーは頭を悩ませた。
『今オペレーターに衛星で追尾させています。それに従って追えばいずれこちらとも合流するでしょう』
敵を追い込む為敢えて二手に分かれたセフィリアの声が、彼を泥沼に追い込んでいく。
だが今は正直その事にほっとした。もし此処に彼女が居ればあの男とて自制出来まい。
気付いている筈なのだ――――マリア親子を保護の名目で確保する事に。理由は勿論、彼を介してトレインを従わせる為だ。
『それと、例の奪取作戦は一時保留します。あの男を刺激するのは、どうやらなかなかマイナスになるようですから』
その僅かに情の見える指示に、一瞬ナイザーの心から重さが和らぐ。だが彼は知らない。
彼女が、衛星を介して先刻の会話を聞いていた事を。
スヴェンは奔っていた。発信機モードの携帯を見ながら一直線に。
何と言うことか噴水広場にトレインとリンスが居て動かない。更に、それとは別の発信機を見ると、イヴまでが其処で動かない。
(まさか………無事なんだろうな)
先刻がまるで嘘の様に、彼は不吉な想像に心を逸(はや)らせていた。
悪意を貫くのも、手段を選ばないのも、全て仲間の為だ。そしてまず疑って掛かる頭が、彼らの勝利を安易に想像させてはくれない。
(頼む…無事で居てくれ)
勿論所在が確認出来ないマリアとシンディも含めて。今の彼にとっての勝利とは、攻敵排除と全員の無事だ。
―――イヴに言った言葉を思い出す。胸中に隠しはしたが、全く自己嫌悪に苛まれる内容だ。
アレが別れの言葉になるのだけはくれぐれも勘弁願いたい、それでは彼女が余りにも可哀想過ぎる。
彼女にはこんな裏路地ではなく、陽の当たる所に居て欲しかった。しかし〝それ〟を選んでしまった以上、スヴェンの夢想など
立ち入る余地が無い。
その覚悟を知ってしまったからこそ、今一度全霊で守らねばならなかった。
(神様…都合の良い話なのは判ってるが………頼む…ッ!)
そして視界が開けたその前に現れたのは、噴水広場とあの怪物、その側に少年、トレイン、リンスとマリア親子……
そして―――――――満身創意で泣きじゃくるイヴ。
何と言うことか噴水広場にトレインとリンスが居て動かない。更に、それとは別の発信機を見ると、イヴまでが其処で動かない。
(まさか………無事なんだろうな)
先刻がまるで嘘の様に、彼は不吉な想像に心を逸(はや)らせていた。
悪意を貫くのも、手段を選ばないのも、全て仲間の為だ。そしてまず疑って掛かる頭が、彼らの勝利を安易に想像させてはくれない。
(頼む…無事で居てくれ)
勿論所在が確認出来ないマリアとシンディも含めて。今の彼にとっての勝利とは、攻敵排除と全員の無事だ。
―――イヴに言った言葉を思い出す。胸中に隠しはしたが、全く自己嫌悪に苛まれる内容だ。
アレが別れの言葉になるのだけはくれぐれも勘弁願いたい、それでは彼女が余りにも可哀想過ぎる。
彼女にはこんな裏路地ではなく、陽の当たる所に居て欲しかった。しかし〝それ〟を選んでしまった以上、スヴェンの夢想など
立ち入る余地が無い。
その覚悟を知ってしまったからこそ、今一度全霊で守らねばならなかった。
(神様…都合の良い話なのは判ってるが………頼む…ッ!)
そして視界が開けたその前に現れたのは、噴水広場とあの怪物、その側に少年、トレイン、リンスとマリア親子……
そして―――――――満身創意で泣きじゃくるイヴ。
「―――――イヴ!!!」
武器である筈のアタッシュケースも捨てて、何よりもまず彼女の元に駆け寄った。
「…スヴェン……」
だが彼は一言も返さない…………代わりに、痛いほどその胸に抱き締める。
「………済まなかった…本当に、済まなかった。俺が……悪かった………」
彼の抱擁を受けながら、彼女は全身で震える肩を感じ取る。それは、切ないほどの後悔と謝罪の証。
「許してくれ、とは言わない………そんな資格が無いのは判ってる……それでも…済まん…」
肩越しの声も震えていた。ただひたすらに自分の言葉を詫びたくて。
それら全てに応える様に、イヴもまたその広い背を掻き抱く。
「いいから……もういいから…もう謝らなくてもいいから…スヴェン……」
胸の暖かさが、新しい涙となって流れ落ちる。
二人は支え合う様に抱き締め合う。互いの傷と、優しさと、強さで。
場を忘れ、形の差異こそ有れその心の温度を受け止めあう二人――――――それは、どうしようもなく彼らが人間である証だった。
「……アレが、エキドナを? どう見ても腰抜けのクソ大人じゃんか」
憎々しげに、リオンは怪物に言い捨てた。
「事実だ。ばかりかあわや星の使徒存亡の危機に立たされる所だった」
怪物の冷静な言葉に、かくて少年は鼻白む。
「………じゃあオレがまとめて殺してや…」「やめろ」
冷厳な制止が、リオンの口に悪態さえ止めさせた。
「言った筈だ、此処で全てを晒すな、と。黒猫もいる上、クロノスの尖兵共も来る。これ以上固執するのは許さん」
「―――何でだよッッ!! 敵が居るなら殺して…!!!」「リオン」
いささか強めた語調に、彼の癇癪が封じられる。
「これは戦術的撤退以前の話だ。規律の問題でもない。
………大人の言う事ぐらい、素直に聞け」
「……」
リオンなら絶対に聞こうとはしない台詞だったが……何故か怪物の言葉には渋りながらも粛々と従う。
怪物が空いた手を伸べると、それを足掛かりに肩へと乗った。
「…スヴェン……」
だが彼は一言も返さない…………代わりに、痛いほどその胸に抱き締める。
「………済まなかった…本当に、済まなかった。俺が……悪かった………」
彼の抱擁を受けながら、彼女は全身で震える肩を感じ取る。それは、切ないほどの後悔と謝罪の証。
「許してくれ、とは言わない………そんな資格が無いのは判ってる……それでも…済まん…」
肩越しの声も震えていた。ただひたすらに自分の言葉を詫びたくて。
それら全てに応える様に、イヴもまたその広い背を掻き抱く。
「いいから……もういいから…もう謝らなくてもいいから…スヴェン……」
胸の暖かさが、新しい涙となって流れ落ちる。
二人は支え合う様に抱き締め合う。互いの傷と、優しさと、強さで。
場を忘れ、形の差異こそ有れその心の温度を受け止めあう二人――――――それは、どうしようもなく彼らが人間である証だった。
「……アレが、エキドナを? どう見ても腰抜けのクソ大人じゃんか」
憎々しげに、リオンは怪物に言い捨てた。
「事実だ。ばかりかあわや星の使徒存亡の危機に立たされる所だった」
怪物の冷静な言葉に、かくて少年は鼻白む。
「………じゃあオレがまとめて殺してや…」「やめろ」
冷厳な制止が、リオンの口に悪態さえ止めさせた。
「言った筈だ、此処で全てを晒すな、と。黒猫もいる上、クロノスの尖兵共も来る。これ以上固執するのは許さん」
「―――何でだよッッ!! 敵が居るなら殺して…!!!」「リオン」
いささか強めた語調に、彼の癇癪が封じられる。
「これは戦術的撤退以前の話だ。規律の問題でもない。
………大人の言う事ぐらい、素直に聞け」
「……」
リオンなら絶対に聞こうとはしない台詞だったが……何故か怪物の言葉には渋りながらも粛々と従う。
怪物が空いた手を伸べると、それを足掛かりに肩へと乗った。
「……待てよ…まさか逃げられると思ってねえだろうな?」
突き刺さる様な殺意でトレインが二人を現状に引き戻す。
既に怪物もリオンも彼の間合いだ、撃てば狙い過たずエキドナを含む三人の頭を吹き飛ばす。
「お前だな? ブリキ人形共の親玉は。聞いたぜ、此処まで仕出かしたのはお前とクリードの指示だってな」
「……破壊は兎も角、人員はな。俺に全権が渡れば、こんな無駄はせん。
俺ならばお前達が祭りに疲れた頃こっそりと襲撃する」
「じゃあ、その両肩のどっちかって事か?」
射殺す眼差しに、リオンの肩が竦む。改めて見るとなんと恐ろしい眼だろう、一体何を経験したらこんな眼になるのかそれ相応の
人生を生きた彼でさえ想像が付かない。
そして、その怯みだけでトレインは下手人を察した。
「成る程な、じゃあ……喋る口はお前だけで良いな」
忌憚を一切払う様にハーディスを振る。それだけで銃剣が達人の素振りの様に甲高い音で空を斬った。
怪物もリオンとエキドナを両肩に乗せたまま、器用に砲を掴み出す。
最早戦闘は不可避、トレインが相手では間違い無く両肩の二人は此処で命を落とす……と言うより万全であってもそうなる。
何の驕りも無い怪物の計算が絶望的な状況を見い出したその時…………
『――――全員動くなッッ!!!』
突き刺さる様な殺意でトレインが二人を現状に引き戻す。
既に怪物もリオンも彼の間合いだ、撃てば狙い過たずエキドナを含む三人の頭を吹き飛ばす。
「お前だな? ブリキ人形共の親玉は。聞いたぜ、此処まで仕出かしたのはお前とクリードの指示だってな」
「……破壊は兎も角、人員はな。俺に全権が渡れば、こんな無駄はせん。
俺ならばお前達が祭りに疲れた頃こっそりと襲撃する」
「じゃあ、その両肩のどっちかって事か?」
射殺す眼差しに、リオンの肩が竦む。改めて見るとなんと恐ろしい眼だろう、一体何を経験したらこんな眼になるのかそれ相応の
人生を生きた彼でさえ想像が付かない。
そして、その怯みだけでトレインは下手人を察した。
「成る程な、じゃあ……喋る口はお前だけで良いな」
忌憚を一切払う様にハーディスを振る。それだけで銃剣が達人の素振りの様に甲高い音で空を斬った。
怪物もリオンとエキドナを両肩に乗せたまま、器用に砲を掴み出す。
最早戦闘は不可避、トレインが相手では間違い無く両肩の二人は此処で命を落とす……と言うより万全であってもそうなる。
何の驕りも無い怪物の計算が絶望的な状況を見い出したその時…………
『――――全員動くなッッ!!!』
拡声器を通しての叱咤。だがノイズの無い所を察するに最新型だ。
動じているのかいないのか、トレインの眼がゆっくりと声が飛んで来た先を見やれば……
かなりの数のアウトラウンド達が、三列横隊で銃器類を構えていた。だがその貌は、一様に彼の眼差しで蒼褪めている。
「場は我々が掌握しました。総員無駄な抵抗をやめて武器を捨てなさい」
アウトラウンドの射線を避ける形で、悠然と美女が進み出る。
「……オレを止めたきゃ撃てよ、セフィリア」
これ以上鋭くなりそうに無い眼差しが、一層鋭さを増した。
動じているのかいないのか、トレインの眼がゆっくりと声が飛んで来た先を見やれば……
かなりの数のアウトラウンド達が、三列横隊で銃器類を構えていた。だがその貌は、一様に彼の眼差しで蒼褪めている。
「場は我々が掌握しました。総員無駄な抵抗をやめて武器を捨てなさい」
アウトラウンドの射線を避ける形で、悠然と美女が進み出る。
「……オレを止めたきゃ撃てよ、セフィリア」
これ以上鋭くなりそうに無い眼差しが、一層鋭さを増した。