SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ THE DUSK 第一話


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――無人島に流れ着いた俺は寂しさのあまり、手紙をビンに詰めて海に流した。人の住む世界へ向けて。

次の朝、俺は我が眼を疑ったよ。何千、何万もの手紙入りのビンが波打ち際に漂っていたのだから。



第一話 『CASTAWAY』



まず、暗かった。
そして、寝返りを打つのも容易ではないくらいに狭苦しい。自分の身体の横幅より、ほんの少し
余裕がある程度だ。
密封されたこの中は、古い材木の独特の臭いと肌にべとつく湿気で溢れている。
感覚器官を通して伝えられたそれらの情報は不快感を生じさせ、不快感は忌わしい記憶を呼び起こす。
あの時。
まだ幼かった、あの時。
今のように暗くて狭いクローゼットに隠れ、“あれ”を見ていた。
高潔な警察官だった父がチンピラに撃たれて死んでいる。
優しかった母が撃ち殺され、足蹴にされている。
怒りに我を失った自分はクローゼットを飛び出し――

「お母さん……」

自分で呟いた寝言で眼が覚めた。
目尻には流れ落ちる程も無い涙が僅かに滲んでいる。
その涙を指先に触れて、“彼女”は己が正体を思い出す。何とも言いようの無い可笑しさと共に。
心臓は鼓動を停止し、代謝機能は失われ、体温は外気温と同じ。
死者となった自分が未だに泣けるなんて。
毎朝の事だった。毎朝、思い出して認識する。
『そうだった。私はもう人間じゃない。“吸血鬼”なんだ』
それから、最後に思い出すのは自分の名前。人間だった頃も吸血鬼となった今も変わらぬ自分の名前。

“セラス・ヴィクトリア”という名前。



覚醒したセラスが初めに考えたのは『早く起きなくては』の一点だった。
自分が所属し、住まう“王立国教騎士団 HELLSING機関”。
アンチ・キリストの化物から大英帝国と国教を守護する為の特務機関であるが為に、相応の規律が
隊員には求められる。
女吸血鬼(ドラキュリーナ)の彼女とて、それは例外ではない。
ここにいる限りは自ら起きなければ、誰かが起こしにやって来るだろう。
執事のウォルターだったら、何だか申し訳無い。
傭兵隊長のベルナドットだったら、セクハラまがいの起こし方をされそうで嫌過ぎる。
局長のインテグラだったら、それはもう恐れ多い。
それに、もし、あの――
「はぁ、起きなきゃ……」
セラスは自分の寝床である“棺”の蓋に片手を掛け、力を入れた。
だが、蓋はビクともしない。
「あ、あれ? おかしいな……」
押せども押せども蓋が動かない。
彼女は吸血鬼だ。我々人間に例えるならば、羽毛を払う程度の力でも大抵の物は動かせる。
それなのに棺が開かない。
日常行う当たり前の所作が上手くいかないせいか、セラスは焦り気味に両手を蓋に添えた。
寝惚けた頭で気が動転していれば、こんな行為に至るのは仕方の無い事なのかもしれない。
よく考えたら、いや、よく考えなくても“やり過ぎ”なのだが。
「せーのっ」
目一杯の力を入れて、両手を押し出す。
次の瞬間、木製の蓋は強烈な破壊音を轟かせながら宙空高く舞い、たっぷりの滞空時間を経た後、
音立てて床に転がった。
冷たい視線のインテグラと苦笑いのウォルターが、即座にセラスの頭に浮かぶ。
「あ~あ、壊しちゃった……」
しかし、棺から身体を起こすと、二人の顔はすぐに思考から掻き消えた。

ここは自分の部屋がある王立国教騎士団ロンドン本部、ヘルシング邸の地下室ではない。

三百六十度、どこを見回しても見慣れた光景が存在しないからだ。
床も壁も打ちっ放しのコンクリート。
壁際には幾重にも積まれたダンボール。
どこかの倉庫だろうか。
簡易型のパイプデスク。その上に置かれた煙草の箱、数枚の紙幣、透明な袋。
大きめの手提げバッグやリュックサック。
そして、目の前にいる見知らぬ五人の男達。
「え!? ええ!? ちょ、ちょっと、あなた達は誰!? ここどこ!?」
先程から動転続きのセラスは更に妙な点を発見した。
それは男達の外見にあった。
小さい眼に低い鼻と、全体的に彫りの浅い顔。髪は皆一様に黒く、肌の色素も濃い。
傍から見る分に全員、上背は自分と同じか低いくらいか。
どう見ても東洋人である。
付け加えるならば、やけに人相の悪い連中だ。しかも、シャツの襟元や袖口からやけに広範囲の
オリエンタルなタトゥが覗いている。
男達はひどく真っ青になって、口々に何やら喚き合っている。
「おい! どうすんだよ!? 吸血鬼が眼ェ覚ましちまったぞ!」
「何でもっと蓋をガッチリ止めておかなかったんだ!」
「だから俺はイヤだったんだよ! こんなヤバイもん扱うのは!」
「今更そんな事言ってもしょうがねえだろ!」
「でも金髪でおっぱいだ……」
“震撼”という表現がピッタリの男達は、セラスとコミュニケーションを取ろうとせず、
それどころかジリジリと彼女のいる棺から後退っていく。
これでは埒が明かない。
セラスは棺から立ち上がり、男達に声を掛けた。
「ねえ、ここは――」
怯えきっていた彼らはセラスの声と動作に飛び上がる。
「うわあああ! 来たァ!!」
「撃て! 撃っちまえ!」
「え? 撃つの? もったいない……」
男達はズボンに挟んでいた拳銃を取り出してセラスへ向けると、迷わず引き金を引いた。
数丁の拳銃が一斉に火を噴き、倉庫中に銃声が響き渡る。
「わわっ! 待って! 話を聞いて!」
吸血鬼のセラスにしてみれば、“人間”が撃った“ただの銃”である。
突然発砲された驚きはあるものの、弾の動きはしっかり見えているし、それを避ける事もまた容易だ。
事実、セラスは目にも止まらぬ素早さで襲い来るすべての銃弾を避けてしまった。
男達の足元でガチャリ、ガチャリと金属音が立て続けに鳴る。
驚愕と恐怖のあまり、手にしている拳銃を床に落としたのだ。
「や、やっぱ化物だァ!」
「こ、こ、殺される!」
「逃げろ! 逃げろォ!!」
「困り顔が萌える……」
人間ならば当然の反応と言うべきか。
男達は叫び声を上げながら後ろも振り返らず、脱兎の如く逃げ散っていった。
「ねえ、待って!」
セラスの制止も意味が無い。
余程の恐怖だったのだろう。積まれたダンボールはおろか、机の上の物やバッグも置いたままだ。
後に残されたのはセラス一人。

「何で……? 何で私、こんなとこにいるの? ここって一体……」
何らかの情報が聞き出せそうな人間は皆、どこかへ行ってしまった。
倉庫内を見渡すが、手がかりになりそうな物は見当たらない。
と言うよりも、“物”と呼べるのは積まれたダンボールと男達が置いていった私物くらいだ。
棺から出たセラスは、今更ながらの警戒心から周りに注意を払いつつ、倉庫の中央に置かれた
机に近づいた。
雑多に散らかっている中、特に眼を惹いたのは財布と複数の透明な袋。それはまだ人間だった頃の、
婦警としての観察眼である。
袋を摘み上げ、覗き込む。約5cm四方程度のジップロック式ポリエチレン袋。中身は白い粉だ。
「麻薬……。じゃあ、さっきの奴らはギャングか売人(ディーラー)……?」
次に財布を手に取り、中身を確かめる。
高額紙幣が何枚かと数種のクレジットカード、それに“運転免許証”。
免許証に眼を走らせるが並んでいる文字は英語ではなく、まったくもって解読出来ない。
「この文字って確か“カンジ”だったっけ? じゃあ、こっちの文字は……? うーん、これだけじゃ……」
警官として一定の教育を受けていようとも、様々な国の言語に精通出来る訳ではない。
特に彼女は正義感と身体能力をフル活用して現場を駆け回るタイプの警官だった。
セラスは手に取った物を机に置くと、今度はテーブルの横にあるひとつのダンボールに眼を移した。
かなり大きめだ。軽く蹴ってみると中で金属音がする。
「何となく予想できるけど……――」
乱暴にテープを剥がして開けた箱の中身は、彼女が思い描いていた物と寸分違わなかった。
拳銃やライフルといった類である。
「TT‐33にAK‐47……。何でロシア製ばかりなんだろ。まさかここ中国……?」
トカレフにカラシニコフ。アジアを中心とした裏社会の人間御用達の品々だ。
セラスは「はぁあ……」と大きな溜息を吐いた。
これではいつまで経っても自分の置かれた状況を把握出来ない。まだ、外に出た方がマシではなかろうか。
彼女は瞑目してしばし逡巡しながらも、やがてパッと眼を開いた。

「……よし!」

意を決したセラスは床に落ちていたリュックサックを引っ掴み、その中へ銃を移し始める。
トカレフとカラシニコフを一丁ずつ、そしてそれらの弾倉(マガジン)を入れられるだけ。
「何があるかわからないし、一応武器は持っとかなきゃ……」
愛用の20mm改造対戦車ライフルや30㎜対化物用砲“ハルコンネン”があれば迷わず持ち出す
ところであるが、今のこの状況では望むべくもない。
数十秒の後。
物騒な物はすべて詰め終えたが、リュックサックからはカラシニコフの銃身がニョッキリと
顔を出している。
「これはまずいかな……」
すぐに他のリュックを引き千切り、銃口に巻きつけて紐で縛る。これで準備は整った。
セラスは立ち上がる。
嫌でも気持ちを引き締めなければならないが、彼女の性格の一面である温和かつ気弱な部分が
どうしても嘆きの声を挙げさせてしまう。
「ああ、なんで私がこんな目に……」
若干肩を落とし気味なセラスは倉庫の扉を開いた。



意外な事に倉庫の外は人っ子一人いなかった。誰かが潜んでいる気配も感じられない。
見渡せば今までいた倉庫と同じ造りのものが幾つも並んでいる。
自分の側に一列。小さな道を挟んだ向かい側にも一列。漆黒の闇の中、少ない電灯がそれらを
照らし出している。
「まずはここから出なきゃ。それから、近くに街でもあればいいんだけど……」
周囲に最大限の注意を払いながら、素早く倉庫の列を走り抜けた。
しつこいようだが彼女は吸血鬼である。その気になれば数kmを秒単位で走るのも可能だ。
安全を見極めて足を止めた時には、出発点の倉庫が立ち並ぶ敷地は遥か後方にあった。
今、立っている道はどこに続いているのだろうか。やや広めで舗装もしっかりしているし、
時折大型トラックがセラスの横を通り過ぎていく。
運転手は怪訝そうな顔で彼女を見ていたが。
周りには煙突を伸ばした工場らしき建物が点在し、そうでない場所はだだっ広い空き地になっている。
「工業地帯……? 人が住んでるのはまだ先かなぁ……」
セラスが心配しているのは“現在地はどこか?”という事だけではない。
一番の死活問題で、しかも万国共通に起こる事象がある。

それは“夜明け”。

今が夜だというのは考えなくてもわかる。
だが、今は何時なのか。そして、あとどのくらいの時間で太陽が昇り始めるのか。
それを確認して身を隠せる場所を探さなくては。
陽が昇り、朝の光が夜族(ミディアン)の彼女を照らせば、その身体は塵に帰してしまう。一巻の終わりだ。
焦燥感に駆られたセラスは再び走り出す。

疾走する車を追い越し、野良犬を飛び越え、人間の眼に映らぬ程の速さで駆けるセラス。
やがて、捜し求め待ち望んでいたものが彼女の眼に飛び込んできた。
「良かった、民家が見えてきた。それに……あれ!」
一軒だけ煌々と人工的な明るさを放ち、存在感をアピールしている建物がある。
それは、コンビニエンスストア。
再び足を止め、今度は常識的な速度でコンビニに向かって歩く。
ちょうど一組の若いカップルが店から出てきた。彼らもやはり東洋人だ。
セラスは足早に歩み寄る。
「すみません! ここがどこか教えてくれますか!? ここは何ていう国なんですか!?
それと、それと、今は何時!?」
突然の外国人からの接触に、カップルはひどく驚いた。いや、“浮き足立った”と表現した方が正しいのかもしれない。
それにセラスが喋っているのは無論、英語だ。しかも焦り気味の早口でまくし立てているのだから
聞き取るのは相当難しいだろう。
「あー、ノーノーノー、英語ダメ。ノーノーノー」
男はただ曖昧な笑顔で手を振りながら「ノー」を繰り返すだけだ。
しかし、無意味なニヤケ面の男の横で、女がおっかなびっくりながらもたどたどしい英語で
セラスに答えた。
「あ、あの、ええと、ここは日本です。日本の埼玉県、銀成市です」

「日本……?」

女の言葉にセラスは愕然としてしまった。
日本? 何故? 何故、自分はイギリスから突然、日本なんかに?
どうすればいいのだろう。自分は日本の事なんかほとんど知らない。
警官時代に仲間とロンドンのスシの店に一度入ったくらいだ。あとはテレビでクロサワの
サムライ映画を観たような気がする。いや、あれはすぐチャンネルを変えてしまったか。
自分の人生で、日本という国に行くなんて考えた事も無かった。
こんな何もわからない国にたった一人? どうすれば?

立ち尽くすセラスに女が付け加える。
「あと、今は四時半、です」
「おい、もう行こう!」
男は女の腕を引っ張って、一刻も早くこの怪しい外国人から離れようと促している。
自分と関わりたくないという意思を、嫌が応にも感じ取らざるを得ない。
セラスは謝りながら二人を解放した。
離れていく二人はチラチラとセラスの方を振り返りながら、「ガイジン、ガイジン」と囁き合っている。

二人を見送ったセラスはトボトボと歩き出した。
女は現在の時刻は四時半と言っていた。
どんなに日の出が遅い地域だろうと、そろそろ陽が昇る時間帯だろう。
身を隠せる場所を探さなくてはならない。
だが、遠い異国の地で一人という事実に大きなショックを受けてしまい、身体も足も心も
すっかり重くなってしまった。
とはいえ、このまま太陽の光を浴びる訳にはいかない。
沈んだ気分のまま周りを見回し、どこか適当な場所は無いかと歩き続ける。
日の差さないところ。人目にふれないところ。

歩き続けるうちにセラスは、絶好とまではいかないが、どうにか身を落ち着けられそうな
場所へと辿り着いていた。
それは公園である。
しかし、公園と言ってもその体を成してはいるだけで、大量のゴミが不法投棄された酷い有り様なのだ。
遊具も錆びたり壊れたりで、とても使用に耐えられるものではない。
ゴミは空き缶やビニール傘等の小さなものから、ブラウン管テレビやタンスなどの大きいものまで様々。
そのゴミの中でも一際目立つものが、大家族向けの大型冷蔵庫だった。
セラスは冷蔵庫のドアを開け、中を確かめる。
かなり広いが、人が入るとなると何とも微妙だ。棚部分をすべて外せば、手足を折り曲げて
何とか入れるくらいか。
「もう、ここでいいか……」
空はいよいよ白み始め、露出した腕や太腿がヒリヒリと痛くなってきている。選り好みしている
暇は無い。
セラスは棚部分を外し、銃器の入ったリュックを他のゴミに埋もれさせると、冷蔵庫の中に飛び込んだ。
やはり狭い。胎児のように身を丸くしてやっとと言った具合だ。
甲羅に閉じこもった亀に似た姿勢で、ドアへと懸命に手を伸ばしながら、セラスは呟く。

「はぁ……私の人生、なんでこんなに不幸続きなんだろ……。この先もずっと不幸に
まみれたままなのかなぁ……」

やがて、ドアはパタリと閉められた。
冷蔵庫に眩しい朝陽が降り注いだのは、それから間も無くの事である。