その淡々とした山崎の声を潰すように、斗貴子の激昂した声が轟いた。
「な、何を言っている! 正気か? ホムンクルスどもに核鉄を渡すなどと……」
「たった一つしか所持していない核鉄を渡すのは、お辛いことでしょう。ですが、こうなっては
選択の余地はありません。例えあなたが核鉄を完全に手放すことになろうとも、人の命
には代えられません。思い出して下さい、津村さん。あなたの先の任務で何があったかを」
『っ……そういうことか』
山崎の言葉を聞いて、斗貴子は察した。山崎は、斗貴子が先の任務で核鉄を入手して、
現在は二つの核鉄を所持しているということを知っているらしい。戦団から聞いたのだろう。
だから一つ渡せと言いたいのだろうが、それでも従えない。確かに斗貴子が核鉄を完全に
失うという事態は避けられるが、鈴木の手に核鉄が渡ることには違いないのだ。戦団の
戦力が核鉄一つ分落ちて、鈴木すなわちホムンクルスたちの戦力が上がる。そんなことは、
錬金の戦士として許されない。
ということを訴えようとした斗貴子の首に、ネクタイ=ブレードの先端がほんの僅かだが、
刺さった。皮膚がぷつりと破れて、細い細い糸のような血の筋が、斗貴子の首を伝う。
「早く渡して下さい」
「……本気なのか」
「無論」
相変わらず気配がなく、声に抑揚もないので、斗貴子には山崎の感情が全く読めない。
何か策でもあるのか、それとも単に人質の命を惜しんで言いなりになっているだけか。
悩んだ末、斗貴子は武装解除した。バルキリースカートが消失して核鉄に戻り、斗貴子の
手に握られる。
それを見た鈴木は、
「ストップ。津村さんはそのまま、一歩も動かないで下さい。核鉄は山崎さん、あなたが
こちらに持ってきてください。その手袋も外して一緒にね。もちろん、ブレードは捨てて
下さいよ」
『……くっ』
斗貴子は心中で舌打ちした。これで核鉄を渡すフリをして鈴木が受け取る隙を突く、と
いう手が使えなくなった。後は山崎に任せるしかないが、その山崎は武装錬金が使えない
のだ。グローブ・オブ・エンチャントも外すとなると、バヅーやグムンに有効なダメージを
与えることはできない。人質の女の子を抑えている(喉を踏んでいる)のはグムンで、
すぐそばにバヅーもいる。これでは手の出しようがない。
「おっと、山崎さんもそこでストップ。それ以上は近づかないで下さい」
ネクタイ=ブレードを捨て、グローブ・オブ・エンチャントも外して(その下に愛用の、普通の
白い手袋をしている)、そして斗貴子の核鉄を持った山崎が、鈴木に言われるままに
三メートルほど離れた地点で足を止めた。
「あなたも津村さんも、人質がいるとはいえ、ヘタに近づかせたら何をするかわかりません
からね。まず、核鉄をこちらに放ってください。それをわたしが受け取ったら、続いて手袋も。
そうっと、柔らかく、ソフトにお願いしますよ。乱暴に投げつけたりしたら、即、この子の首が
踏み潰れるとお心得下さい」
「了解しました」
山崎が核鉄を投げた。そうっと、柔らかく、ソフトに。放物線を描いて飛んだそれは、
何事もなく鈴木の手に受け止められる。
続いて手袋も投げた。そうっと、柔らかく、ソフトに。
それもまた何事もなく鈴木の、
「っ!?」
手に受け止められようとした寸前、突然手袋の軌道が変わって加速して、二つの
手袋は一直線に飛行、それぞれグムンとバズーの額に当たった……いや、刺さった。
そこにあるのは章印、二体は甲高い悲鳴を上げて体を掻き毟る、掻けば掻くほどその
肉体は崩れていく。まるで波に洗われた砂の城のように。もちろん、女の子の喉を
踏んでいた足も同時同様に。
何が起こったのか、疑問に思うまでもなく鈴木にはひと目で判った。
今、グムンとバヅーの額には、山崎の手袋がある。そしてそれを貫いて、山崎の名刺が
突き立てられている。
山崎は手袋を投げた直後、それに隠れる軌道で名刺スラッシュを放ったのだ。名刺は
手袋を串刺しにしたまま山崎の狙い通り真っ直ぐ、グムンとバヅーの額に向かって飛び、
刺さる。その手袋、グローブ・オブ・エンチャントの特性は、
「な、何を言っている! 正気か? ホムンクルスどもに核鉄を渡すなどと……」
「たった一つしか所持していない核鉄を渡すのは、お辛いことでしょう。ですが、こうなっては
選択の余地はありません。例えあなたが核鉄を完全に手放すことになろうとも、人の命
には代えられません。思い出して下さい、津村さん。あなたの先の任務で何があったかを」
『っ……そういうことか』
山崎の言葉を聞いて、斗貴子は察した。山崎は、斗貴子が先の任務で核鉄を入手して、
現在は二つの核鉄を所持しているということを知っているらしい。戦団から聞いたのだろう。
だから一つ渡せと言いたいのだろうが、それでも従えない。確かに斗貴子が核鉄を完全に
失うという事態は避けられるが、鈴木の手に核鉄が渡ることには違いないのだ。戦団の
戦力が核鉄一つ分落ちて、鈴木すなわちホムンクルスたちの戦力が上がる。そんなことは、
錬金の戦士として許されない。
ということを訴えようとした斗貴子の首に、ネクタイ=ブレードの先端がほんの僅かだが、
刺さった。皮膚がぷつりと破れて、細い細い糸のような血の筋が、斗貴子の首を伝う。
「早く渡して下さい」
「……本気なのか」
「無論」
相変わらず気配がなく、声に抑揚もないので、斗貴子には山崎の感情が全く読めない。
何か策でもあるのか、それとも単に人質の命を惜しんで言いなりになっているだけか。
悩んだ末、斗貴子は武装解除した。バルキリースカートが消失して核鉄に戻り、斗貴子の
手に握られる。
それを見た鈴木は、
「ストップ。津村さんはそのまま、一歩も動かないで下さい。核鉄は山崎さん、あなたが
こちらに持ってきてください。その手袋も外して一緒にね。もちろん、ブレードは捨てて
下さいよ」
『……くっ』
斗貴子は心中で舌打ちした。これで核鉄を渡すフリをして鈴木が受け取る隙を突く、と
いう手が使えなくなった。後は山崎に任せるしかないが、その山崎は武装錬金が使えない
のだ。グローブ・オブ・エンチャントも外すとなると、バヅーやグムンに有効なダメージを
与えることはできない。人質の女の子を抑えている(喉を踏んでいる)のはグムンで、
すぐそばにバヅーもいる。これでは手の出しようがない。
「おっと、山崎さんもそこでストップ。それ以上は近づかないで下さい」
ネクタイ=ブレードを捨て、グローブ・オブ・エンチャントも外して(その下に愛用の、普通の
白い手袋をしている)、そして斗貴子の核鉄を持った山崎が、鈴木に言われるままに
三メートルほど離れた地点で足を止めた。
「あなたも津村さんも、人質がいるとはいえ、ヘタに近づかせたら何をするかわかりません
からね。まず、核鉄をこちらに放ってください。それをわたしが受け取ったら、続いて手袋も。
そうっと、柔らかく、ソフトにお願いしますよ。乱暴に投げつけたりしたら、即、この子の首が
踏み潰れるとお心得下さい」
「了解しました」
山崎が核鉄を投げた。そうっと、柔らかく、ソフトに。放物線を描いて飛んだそれは、
何事もなく鈴木の手に受け止められる。
続いて手袋も投げた。そうっと、柔らかく、ソフトに。
それもまた何事もなく鈴木の、
「っ!?」
手に受け止められようとした寸前、突然手袋の軌道が変わって加速して、二つの
手袋は一直線に飛行、それぞれグムンとバズーの額に当たった……いや、刺さった。
そこにあるのは章印、二体は甲高い悲鳴を上げて体を掻き毟る、掻けば掻くほどその
肉体は崩れていく。まるで波に洗われた砂の城のように。もちろん、女の子の喉を
踏んでいた足も同時同様に。
何が起こったのか、疑問に思うまでもなく鈴木にはひと目で判った。
今、グムンとバヅーの額には、山崎の手袋がある。そしてそれを貫いて、山崎の名刺が
突き立てられている。
山崎は手袋を投げた直後、それに隠れる軌道で名刺スラッシュを放ったのだ。名刺は
手袋を串刺しにしたまま山崎の狙い通り真っ直ぐ、グムンとバヅーの額に向かって飛び、
刺さる。その手袋、グローブ・オブ・エンチャントの特性は、
『接触している武器に武装錬金の特性を与える』
まんまと山崎は、グムンとバヅーの章印に武装錬金を突き立てたのである。
事態を把握した鈴木が山崎の方に向き直った時には、もう山崎の拳が目の前に
迫っていた。鈴木はそれを必死にかわし、慌てて女の子を捕らえようとしたが、
「武装錬金っ!」
頭上から響いた斗貴子の声と共に四条の銀光が雷のように落ち、女の子を囲んで
鈴木を阻んだ。山崎の背後から跳躍した斗貴子のバルキリースカートだ。
「も、もう一つ核鉄があったのか!? くそおおぉぉっ!」
鈴木が怒り狂い、歯噛みした。その歯が、奇妙な機械仕掛けの音を立てる。と、
口を開けた途端に鈴木の頭部が大爆発! ……したと思ったのは、あまりにも
凄まじい爆音と閃光のせい。
着地して女の子を抱き上げた斗貴子も、その二人を庇おうとした山崎も、揃って
鈴木の目眩ましに騙され、背を向けて伏せてしまった。
爆発ではないと気付いて二人が振り向いた時にはもう、鈴木の姿は消えていた。
事態を把握した鈴木が山崎の方に向き直った時には、もう山崎の拳が目の前に
迫っていた。鈴木はそれを必死にかわし、慌てて女の子を捕らえようとしたが、
「武装錬金っ!」
頭上から響いた斗貴子の声と共に四条の銀光が雷のように落ち、女の子を囲んで
鈴木を阻んだ。山崎の背後から跳躍した斗貴子のバルキリースカートだ。
「も、もう一つ核鉄があったのか!? くそおおぉぉっ!」
鈴木が怒り狂い、歯噛みした。その歯が、奇妙な機械仕掛けの音を立てる。と、
口を開けた途端に鈴木の頭部が大爆発! ……したと思ったのは、あまりにも
凄まじい爆音と閃光のせい。
着地して女の子を抱き上げた斗貴子も、その二人を庇おうとした山崎も、揃って
鈴木の目眩ましに騙され、背を向けて伏せてしまった。
爆発ではないと気付いて二人が振り向いた時にはもう、鈴木の姿は消えていた。