余談ですが、『む~ん』でお馴染みの月は国連が軍事利用を禁じているんですけど、
商業利用については触れられておらず、いずれどこかの企業が何かに利用するのではと」
「わけのわからん屁理屈を言うな! 今、実際にお前たちの造ったホムンクルスが人を
食っただろうが! いや、それ以前に、そのバヅーを造るだけでも犠牲が出ているはずだ!」
丁寧に愛想よく説明している鈴木に向かって、斗貴子の怒声が飛んだ。殺気すら
混じっているそれを浴びても、鈴木は相変わらず物腰柔らかく応対する。
「そこは当社の古くからの裏事業でなんとかしましたよ。普通はこういう大人ではなく、
仕入れも販売先もアメリカがメインなんですけどね。新鮮な幼い少年少女を使用しての、
臓器分割販売やチャイルドポル……あ、いやいや失礼。若い女性の前で、こんな話を」
困った顔で頭をかく鈴木は、外見だけなら本当に、どこにでもいる中年サラリーマンだ。
それだけに、斗貴子の脳内を沸騰させる効果は抜群だった。
「貴様ああああぁぁっ!」
再び攻撃を仕掛ける斗貴子。バヅーは問答無用で殺す、鈴木も常人でないことは
間違いないから、手足の一本ずつもブッた斬って尋問する。そのつもりで襲いかかった。
鈴木がパチンと指を鳴らす。と、バヅーが斗貴子に向かってきた。旋風のように荒れ狂う
バルキリースカートの刃をかいくぐって斗貴子に肉薄、矢のような跳び蹴りを突き込んできた。
その一撃を斗貴子がかわすと、バヅーは蹴りを止めずにそのまま足で地面を叩き、反動で
跳躍して再び蹴ってきた。これも斗貴子が辛うじてかわすと、突き抜けたバヅーは
今度は斗貴子の後方の壁を蹴り、三角飛びで向かってくる。
『こっ……こいつ、強い!』
絶え間のない三連撃めであるバヅーの三角飛びを、斗貴子は崩れた体勢を
無理に直そうとせず、そのまま倒れ込むことでかわそうとした。が、
「わたくしをお忘れではありませんか?」
鈴木の声が耳元で聞こえた、と同時に鉈のような肘打ちを背中に叩き込まれ、斗貴子は
強制的に前方へ飛ばされた。その視界いっぱいを、唸りを上げて飛来するバヅーの足が
埋めた。人体シチューを作る蹴りの風圧が斗貴子の貌を叩いたその瞬間、
「ガッ!?」
バヅーの奇妙な声が聞こえて、蹴りが上方へ流れた。斗貴子はその下を潜って
転がり、受け身を取って距離を空け、振り向きながら立ち上がる。
斗貴子の前方にいるのは、笑みの消えた鈴木とバヅー。そしてバヅーの上半身、
腕や頬や胸などに何枚かのカードが突き刺さっている。おそらく今、何者かが
放ったこのカードを受けたせいで、斗貴子への攻撃を仕損じたのだろう。
見ればそのカードは、名刺ぐらいの大きさで……いや違う。名刺そのものだ。
「その女性は、錬金戦団と当社との業務提携により、今夜よりワタクシの
ビジネスパートナーとなられる方。無体なマネはご遠慮願いたい」
まただ、と斗貴子は思った。また、足音がしても姿が見えても気配がしない。つまり
鈴木と同様に、今、どこからか現れたこの男も常人ではない。
だが、バヅーが抜き取って投げ捨てた名刺を見れば判る。その名刺を投げて斗貴子を
救ったこの男こそ、今夜斗貴子と待ち合わせをしていた相手。錬金戦団が契約した
企業の所属戦士だ。
鈴木が、その顔に笑みを蘇らせて言った。
「ほほ。やはりあなたが出てきましたか。それにしても、よくここがわかりましたな」
「大したことではありません。この街でホムンクルスがエサ場にしそうな場所は、全て
リストアップ済みですので。そちらの津村斗貴子さんが待ち合わせに遅れられた時点で、
この場所でのこういった状況は予測できました」
と説明しながら斗貴子に向かって歩いてくるのは、鈴木に負けず劣らず地味な、
スーツとネクタイの典型的中年男。中肉中背で特徴のない体格をしており、黒縁眼鏡が
似合いそうな生真面目そのものの顔は、今にも「最近の女子高生は全く~」とか何とか
説教を始めそうだ。
だがもちろん、この男とて只者ではない。眼鏡は似合いそうだが、かけていない。かけて
いるのは、宇宙から来た赤い体の巨大ヒーロー(トサカをブーメランにするやつ)の
変身アイテムを思い出させる、SFじみた意匠のゴーグルのようなシロモノ。
「この通り戦闘モードになって可能な限り急いだのですが、遅れてしまって申し訳
ありません。お怪我は……ありそうですが、まだまだ戦えるという顔をしておられますな」
「あ、当たり前だ。この程度、なんでもない」
戦闘モードって何だオイ、と突っ込みたかったが今はそれどころではない。なので、
斗貴子は鈴木に打たれた背中の痛みに顔をしかめながらも、歩いてきた男の
支えを受けることなく立ち上がった。
鈴木がますます楽しそうな笑みを強めて、戦闘モードな男に言う。
「いいでしょう、お相手しますよ。そもそも当社の画期的新製品・量産ホムンクルスを
脅かす、武装錬金などというものを御社に開発されては困りますからな。もし、その
技術が錬金戦団にも提供されて、戦団の対ホムンクルス作戦が促進されでもしたら、
わたくしどもは大損害を被ります。そのお嬢さん共々あなたをここで始末して、御社に
警告させて頂くとしましょう。当社と敵対すればどうなるかをね」
「なるほど。さすが、国際的に悪名高き『パレット』さんは言うことが違いますな。ならば
当方としても、それ相応の出方をするまで。平たく言うならば抗戦させて頂きます」
「ええ、どうぞどうぞ。自由競争こそ資本主義社会の鉄則・根幹ですからな。存分に
やりあいましょう」
男は黒い手袋に包まれた拳を握り締めながら、傍らの斗貴子に言った。
「津村さん。ワタクシは今、当社の開発した試作品を装備しています。この品のこと、
キャプテンブラボー氏よりご連絡を受けておられますか?」
「あ、ああ。しかし、あの話の通りだとすると、あんたの実力が相当なものでないと……」
「それはご安心下さい。と言いたいところですが、ワタクシとてホムンクルスとやらいう
生物と戦うのはこれが初めて。ですから負傷しておられるところ申し訳ないのですが、
アナタにも戦って頂きたく。よろしいですか?」
もちろん、と斗貴子が答える。男は頷いて、鈴木とバヅーに対峙した。
鈴木は、バヅーが体から抜き取って捨てた名刺を拾い上げた。なお、武装錬金
による攻撃ではないので、バヅーの傷はみるみる塞がっていく。
「話は済んだようですな。では当社の自信作である、このバヅーの強さを存分に味わって
頂きます。錬金の戦士津村さんと、NEO=SYSTEM社随一の派遣社員……」
鈴木が、男の名刺を握り潰す。
「企業戦士(ビジネス・コマンドー)山崎宅郎さん! お二人揃って、
当社躍進の礎となってもらいましょう!」
商業利用については触れられておらず、いずれどこかの企業が何かに利用するのではと」
「わけのわからん屁理屈を言うな! 今、実際にお前たちの造ったホムンクルスが人を
食っただろうが! いや、それ以前に、そのバヅーを造るだけでも犠牲が出ているはずだ!」
丁寧に愛想よく説明している鈴木に向かって、斗貴子の怒声が飛んだ。殺気すら
混じっているそれを浴びても、鈴木は相変わらず物腰柔らかく応対する。
「そこは当社の古くからの裏事業でなんとかしましたよ。普通はこういう大人ではなく、
仕入れも販売先もアメリカがメインなんですけどね。新鮮な幼い少年少女を使用しての、
臓器分割販売やチャイルドポル……あ、いやいや失礼。若い女性の前で、こんな話を」
困った顔で頭をかく鈴木は、外見だけなら本当に、どこにでもいる中年サラリーマンだ。
それだけに、斗貴子の脳内を沸騰させる効果は抜群だった。
「貴様ああああぁぁっ!」
再び攻撃を仕掛ける斗貴子。バヅーは問答無用で殺す、鈴木も常人でないことは
間違いないから、手足の一本ずつもブッた斬って尋問する。そのつもりで襲いかかった。
鈴木がパチンと指を鳴らす。と、バヅーが斗貴子に向かってきた。旋風のように荒れ狂う
バルキリースカートの刃をかいくぐって斗貴子に肉薄、矢のような跳び蹴りを突き込んできた。
その一撃を斗貴子がかわすと、バヅーは蹴りを止めずにそのまま足で地面を叩き、反動で
跳躍して再び蹴ってきた。これも斗貴子が辛うじてかわすと、突き抜けたバヅーは
今度は斗貴子の後方の壁を蹴り、三角飛びで向かってくる。
『こっ……こいつ、強い!』
絶え間のない三連撃めであるバヅーの三角飛びを、斗貴子は崩れた体勢を
無理に直そうとせず、そのまま倒れ込むことでかわそうとした。が、
「わたくしをお忘れではありませんか?」
鈴木の声が耳元で聞こえた、と同時に鉈のような肘打ちを背中に叩き込まれ、斗貴子は
強制的に前方へ飛ばされた。その視界いっぱいを、唸りを上げて飛来するバヅーの足が
埋めた。人体シチューを作る蹴りの風圧が斗貴子の貌を叩いたその瞬間、
「ガッ!?」
バヅーの奇妙な声が聞こえて、蹴りが上方へ流れた。斗貴子はその下を潜って
転がり、受け身を取って距離を空け、振り向きながら立ち上がる。
斗貴子の前方にいるのは、笑みの消えた鈴木とバヅー。そしてバヅーの上半身、
腕や頬や胸などに何枚かのカードが突き刺さっている。おそらく今、何者かが
放ったこのカードを受けたせいで、斗貴子への攻撃を仕損じたのだろう。
見ればそのカードは、名刺ぐらいの大きさで……いや違う。名刺そのものだ。
「その女性は、錬金戦団と当社との業務提携により、今夜よりワタクシの
ビジネスパートナーとなられる方。無体なマネはご遠慮願いたい」
まただ、と斗貴子は思った。また、足音がしても姿が見えても気配がしない。つまり
鈴木と同様に、今、どこからか現れたこの男も常人ではない。
だが、バヅーが抜き取って投げ捨てた名刺を見れば判る。その名刺を投げて斗貴子を
救ったこの男こそ、今夜斗貴子と待ち合わせをしていた相手。錬金戦団が契約した
企業の所属戦士だ。
鈴木が、その顔に笑みを蘇らせて言った。
「ほほ。やはりあなたが出てきましたか。それにしても、よくここがわかりましたな」
「大したことではありません。この街でホムンクルスがエサ場にしそうな場所は、全て
リストアップ済みですので。そちらの津村斗貴子さんが待ち合わせに遅れられた時点で、
この場所でのこういった状況は予測できました」
と説明しながら斗貴子に向かって歩いてくるのは、鈴木に負けず劣らず地味な、
スーツとネクタイの典型的中年男。中肉中背で特徴のない体格をしており、黒縁眼鏡が
似合いそうな生真面目そのものの顔は、今にも「最近の女子高生は全く~」とか何とか
説教を始めそうだ。
だがもちろん、この男とて只者ではない。眼鏡は似合いそうだが、かけていない。かけて
いるのは、宇宙から来た赤い体の巨大ヒーロー(トサカをブーメランにするやつ)の
変身アイテムを思い出させる、SFじみた意匠のゴーグルのようなシロモノ。
「この通り戦闘モードになって可能な限り急いだのですが、遅れてしまって申し訳
ありません。お怪我は……ありそうですが、まだまだ戦えるという顔をしておられますな」
「あ、当たり前だ。この程度、なんでもない」
戦闘モードって何だオイ、と突っ込みたかったが今はそれどころではない。なので、
斗貴子は鈴木に打たれた背中の痛みに顔をしかめながらも、歩いてきた男の
支えを受けることなく立ち上がった。
鈴木がますます楽しそうな笑みを強めて、戦闘モードな男に言う。
「いいでしょう、お相手しますよ。そもそも当社の画期的新製品・量産ホムンクルスを
脅かす、武装錬金などというものを御社に開発されては困りますからな。もし、その
技術が錬金戦団にも提供されて、戦団の対ホムンクルス作戦が促進されでもしたら、
わたくしどもは大損害を被ります。そのお嬢さん共々あなたをここで始末して、御社に
警告させて頂くとしましょう。当社と敵対すればどうなるかをね」
「なるほど。さすが、国際的に悪名高き『パレット』さんは言うことが違いますな。ならば
当方としても、それ相応の出方をするまで。平たく言うならば抗戦させて頂きます」
「ええ、どうぞどうぞ。自由競争こそ資本主義社会の鉄則・根幹ですからな。存分に
やりあいましょう」
男は黒い手袋に包まれた拳を握り締めながら、傍らの斗貴子に言った。
「津村さん。ワタクシは今、当社の開発した試作品を装備しています。この品のこと、
キャプテンブラボー氏よりご連絡を受けておられますか?」
「あ、ああ。しかし、あの話の通りだとすると、あんたの実力が相当なものでないと……」
「それはご安心下さい。と言いたいところですが、ワタクシとてホムンクルスとやらいう
生物と戦うのはこれが初めて。ですから負傷しておられるところ申し訳ないのですが、
アナタにも戦って頂きたく。よろしいですか?」
もちろん、と斗貴子が答える。男は頷いて、鈴木とバヅーに対峙した。
鈴木は、バヅーが体から抜き取って捨てた名刺を拾い上げた。なお、武装錬金
による攻撃ではないので、バヅーの傷はみるみる塞がっていく。
「話は済んだようですな。では当社の自信作である、このバヅーの強さを存分に味わって
頂きます。錬金の戦士津村さんと、NEO=SYSTEM社随一の派遣社員……」
鈴木が、男の名刺を握り潰す。
「企業戦士(ビジネス・コマンドー)山崎宅郎さん! お二人揃って、
当社躍進の礎となってもらいましょう!」