襲撃の翌日、日本から連絡があった。優の上司である山本という男からだ。内容は鉤十字騎士団なる組織の動向、そしてアジトの調査の結
果。アーカムの活動は全世界規模で行われており、なかでも魔術や錬金術が栄えたヨーロッパには、念入りにアーカムの情報網が張り巡らさ
れている。しかし敵もさるもので、いまのところ有力な手がかりは掴んでいないとのことだった。追って連絡すると言葉を残し、山本からの
通信は切られた。
「さて、どうする」
果。アーカムの活動は全世界規模で行われており、なかでも魔術や錬金術が栄えたヨーロッパには、念入りにアーカムの情報網が張り巡らさ
れている。しかし敵もさるもので、いまのところ有力な手がかりは掴んでいないとのことだった。追って連絡すると言葉を残し、山本からの
通信は切られた。
「さて、どうする」
そこはアーカムが経営するウィーンのホテルの一室だった。山本との連絡を終えた優は、ティアの個室に来ていた。その顔には苦々しいも
のがあった。完全に手詰まりの状況にあったからだ。いまウィーンではA級エージェントと憲兵隊とが協力し合い、グルマルキンらが潜んで
いると思われる場所を洗っている。しかしあの撤退の手際のよさを見る限り、まだ魔女らが国内にいる可能性は低かった。着々と勢力を伸ば
しつつあるネオナチの手助けで、すでに国外に逃亡したと考えたほうがいいだろう。問題はその逃亡先だった。信望者の多いドイツに渡った
ことは間違いないだろうが、そのアジトの特定が難しかった。ネオナチの本拠地であるドイツでは妨害もすさまじく、さすがのA級エージェ
ントも困難な活動を強いられることになるだろう。武装SSにでも出くわせば壊滅する可能性が高い。優としては今すぐにでもここを飛び出
し調査に参加したかったが、切札ともいえるスプリガンが迂闊に動くわけにもいかなかった。時間だけが無為に過ぎていく。いずれ居所はつ
かめるにしても、時間が掛かりすぎる。まだあの魔女がロンギヌスで何を企んでいるのかもわからないのだ。
のがあった。完全に手詰まりの状況にあったからだ。いまウィーンではA級エージェントと憲兵隊とが協力し合い、グルマルキンらが潜んで
いると思われる場所を洗っている。しかしあの撤退の手際のよさを見る限り、まだ魔女らが国内にいる可能性は低かった。着々と勢力を伸ば
しつつあるネオナチの手助けで、すでに国外に逃亡したと考えたほうがいいだろう。問題はその逃亡先だった。信望者の多いドイツに渡った
ことは間違いないだろうが、そのアジトの特定が難しかった。ネオナチの本拠地であるドイツでは妨害もすさまじく、さすがのA級エージェ
ントも困難な活動を強いられることになるだろう。武装SSにでも出くわせば壊滅する可能性が高い。優としては今すぐにでもここを飛び出
し調査に参加したかったが、切札ともいえるスプリガンが迂闊に動くわけにもいかなかった。時間だけが無為に過ぎていく。いずれ居所はつ
かめるにしても、時間が掛かりすぎる。まだあの魔女がロンギヌスで何を企んでいるのかもわからないのだ。
ティアは窓の近くに立っていた。その窓は開け放たれ、冷たい空気が部屋に流れ込んでいる。彼女の手にはカラスが一羽とまっていた。お
そらく伝聞(ディール)をつかさどる使い魔なのだろう。ばっと黒い羽が散り、護符がティアの手におさまった。
「何かつかめたか?」
ティアは首を振った。彼女の魔術でも、グルマルキンの行方を追うことは難しいらしい。
「くそ……とりあえず、山本さんからの連絡を待つしかないか」
「そうでもなさそうよ」
「なに?」
くすりとティアが笑う。魔女の行方は掴めなかったようだが、他の手がかりは掴めたようだ。
「情報提供者があらわれたわ。ナチ専門の活動家よ」
そらく伝聞(ディール)をつかさどる使い魔なのだろう。ばっと黒い羽が散り、護符がティアの手におさまった。
「何かつかめたか?」
ティアは首を振った。彼女の魔術でも、グルマルキンの行方を追うことは難しいらしい。
「くそ……とりあえず、山本さんからの連絡を待つしかないか」
「そうでもなさそうよ」
「なに?」
くすりとティアが笑う。魔女の行方は掴めなかったようだが、他の手がかりは掴めたようだ。
「情報提供者があらわれたわ。ナチ専門の活動家よ」
ウィーンの中心部から少し離れたところにある飲食店を、情報提供者は指定してきた。グルマルキンとその部下は、一般人だろうがなかろ
うが邪魔になれば見境なく殺す。だから人の多いところはできるだけ避けるべきだった。店の外観は古きよき欧羅巴の特徴を持っていた。情
報提供者はなかなかいい趣味を持っているようだ。昼時にもかかわらず店内にあまり人はいなかった。奥の個室に案内された。すでに店主に
はアポをとり、個室に盗聴器の類がないことは確認済みだ。すでに情報提供者は部屋の中にいた。
情報提供者の名はクリステル・フォン・エッシェンバッハ。70を越える老齢だが、その容姿は50代でも通用するほど若々しく、足腰も
しっかりしていた。彼女の経歴は少々複雑なものだった。戦前、彼女はナチスドイツのオカルト研究部隊"超人兵団"に所属していた。しかし
、その残虐さに嫌気が差し、部隊を脱走し、後に遺産を悪用するナチスの野望を阻むために戦っていた。戦後は政界入りし、荒廃した祖国を
立て直すのに尽力し、東西ドイツ統合を見届けた後、欧州の小国に隠棲した。その一方で、まだ不穏な動きを見せるナチ残党の動向に目を光
らせる活動家という顔も持っていた。またティアと旧い友人らしく、ナチスから遺産を守るために何度か共闘したことがあるらしい。
「久しぶりね、クリス」
「ええ、ティア。あなたも元気そうね」
クリスは微笑んだ。その瞳には理知的な光があった。また再会の喜びや、過去を懐かしむ感情も垣間見ることができた。二人は固く握手を
交わした。
「そして、あなたが御神苗優ね」クリスの視線が優に向けられる。
「噂は聞いているわ。スプリガンの中でも、数々の遺跡を封印してきたトップガン。ネオナチの野望を阻止したこともね。再びドイツが戦火
に見舞われるところでした。本当にありがとう」
「いや……そんなたいしたことじゃねーよ」
「なに照れてるのよ」からかうような口調のティア。
「て、照れてねーよ」慌てて取り繕う優。その仕草は歳相応の少年のものに見えた。とてもあらゆる特殊部隊に怖れられる精鋭、スプリガン
とは思えない。
その様子があまりにおかしかったから、クリスは微笑んだ。そしてすぐに表情を引き締めた。
「では、本題に入りましょうか」
うが邪魔になれば見境なく殺す。だから人の多いところはできるだけ避けるべきだった。店の外観は古きよき欧羅巴の特徴を持っていた。情
報提供者はなかなかいい趣味を持っているようだ。昼時にもかかわらず店内にあまり人はいなかった。奥の個室に案内された。すでに店主に
はアポをとり、個室に盗聴器の類がないことは確認済みだ。すでに情報提供者は部屋の中にいた。
情報提供者の名はクリステル・フォン・エッシェンバッハ。70を越える老齢だが、その容姿は50代でも通用するほど若々しく、足腰も
しっかりしていた。彼女の経歴は少々複雑なものだった。戦前、彼女はナチスドイツのオカルト研究部隊"超人兵団"に所属していた。しかし
、その残虐さに嫌気が差し、部隊を脱走し、後に遺産を悪用するナチスの野望を阻むために戦っていた。戦後は政界入りし、荒廃した祖国を
立て直すのに尽力し、東西ドイツ統合を見届けた後、欧州の小国に隠棲した。その一方で、まだ不穏な動きを見せるナチ残党の動向に目を光
らせる活動家という顔も持っていた。またティアと旧い友人らしく、ナチスから遺産を守るために何度か共闘したことがあるらしい。
「久しぶりね、クリス」
「ええ、ティア。あなたも元気そうね」
クリスは微笑んだ。その瞳には理知的な光があった。また再会の喜びや、過去を懐かしむ感情も垣間見ることができた。二人は固く握手を
交わした。
「そして、あなたが御神苗優ね」クリスの視線が優に向けられる。
「噂は聞いているわ。スプリガンの中でも、数々の遺跡を封印してきたトップガン。ネオナチの野望を阻止したこともね。再びドイツが戦火
に見舞われるところでした。本当にありがとう」
「いや……そんなたいしたことじゃねーよ」
「なに照れてるのよ」からかうような口調のティア。
「て、照れてねーよ」慌てて取り繕う優。その仕草は歳相応の少年のものに見えた。とてもあらゆる特殊部隊に怖れられる精鋭、スプリガン
とは思えない。
その様子があまりにおかしかったから、クリスは微笑んだ。そしてすぐに表情を引き締めた。
「では、本題に入りましょうか」
クリスはこれまで集めてきた情報を提示した。その中にはアーカムもいまだつかめていない鉤十字騎士団の詳細な情報があった。
鉤十字騎士団。総統権限を無制限に行使できる、親衛隊内部でも存在が知られていなかった秘匿部隊。遺産管理局アーネンエルベやトゥー
レ協会と繋がりが深く、魔術師をはじめ多くの人外が集まっていた。課せられていた任務は戦局を一転させる超兵器――遺産の探索だった。
オカルトに傾倒するSS帝国指導者の庇護もあり、ククルカン作戦、聖櫃回収作戦などの重要任務を任されたが、それぞれある日本人と偉大
なる冒険家の妨害によって失敗の憂き目にあった。以後も遺産獲得のために各国諜報部隊と暗闘を繰り返していたが、敗戦が濃厚になった戦
争末期、忽然と騎士団は姿を消した。南米に渡ったとか、南極でナチ高官の護衛をしていると様々な噂が流れたが、いずれも信憑性は乏しく、
この騎士団の名は次第に人々の記憶から消えていった。しかし、
「最近、ネオナチの活動が活発になっていたんです」クリスの顔が苦渋に歪む。
「あなたたちが総統の復活を阻止した以来、その活動は収縮傾向にあったので、私たちも何が原因か探っていたのですが……グルマルキンが
一枚かんでいたのですね」
鉤十字騎士団の命令は総統の命令に等しい。半世紀たった今でもその効果は持続している。魔女は半ば強引にネオナチに協力させ、その見
返りに組織の増強を約束したのだろう。グルマルキンはあらゆる魔術に精通している。傾いたネオナチを立て直すぐらいわけはないはずだ。
その程度の見返りで聖遺物が手に入るのならば、安いものだったのだろう。
「しょうがないわ。あの時は皆、グルマルキンは死んだと思っていたもの。私も、ギヨームも、ジュネもね。クリス一人の所為じゃないわ」
「ありがとう、ティア。少し、気が楽になったわ。では、話を戻しましょう」
クリスは地図を広げた。それにはドイツとオーストリアの地理が描かれており、いくつか赤い丸がつけられていた。そこにネオナチの拠点
があるという。赤い丸はゆうに10を越えており、これでもまだ調査の途中で、実際にはこの倍の拠点が存在するとのことだった。
「ネオナチはかなりの人数が動員して、それとともにある場所に多くの物資がつぎ込んでいます」
拠点を示す赤い丸からは、ネオナチの使うルートを示す赤い線が伸び、ある場所に集中していた。つまりはそこはネオナチが集まっている
場所で、何か重要な意味を持つ場所だということだ。現在の状況を鑑みるに、そこがナチスのロンギヌス奪還作戦の中心である可能性は高か
った。そして、
「グルマルキンも、おそらくここにいる」優の言葉に、クリスがうなずく。
「場所は?」
「ドイツバイエルン南東部、フュルステンベルク城です」
鉤十字騎士団。総統権限を無制限に行使できる、親衛隊内部でも存在が知られていなかった秘匿部隊。遺産管理局アーネンエルベやトゥー
レ協会と繋がりが深く、魔術師をはじめ多くの人外が集まっていた。課せられていた任務は戦局を一転させる超兵器――遺産の探索だった。
オカルトに傾倒するSS帝国指導者の庇護もあり、ククルカン作戦、聖櫃回収作戦などの重要任務を任されたが、それぞれある日本人と偉大
なる冒険家の妨害によって失敗の憂き目にあった。以後も遺産獲得のために各国諜報部隊と暗闘を繰り返していたが、敗戦が濃厚になった戦
争末期、忽然と騎士団は姿を消した。南米に渡ったとか、南極でナチ高官の護衛をしていると様々な噂が流れたが、いずれも信憑性は乏しく、
この騎士団の名は次第に人々の記憶から消えていった。しかし、
「最近、ネオナチの活動が活発になっていたんです」クリスの顔が苦渋に歪む。
「あなたたちが総統の復活を阻止した以来、その活動は収縮傾向にあったので、私たちも何が原因か探っていたのですが……グルマルキンが
一枚かんでいたのですね」
鉤十字騎士団の命令は総統の命令に等しい。半世紀たった今でもその効果は持続している。魔女は半ば強引にネオナチに協力させ、その見
返りに組織の増強を約束したのだろう。グルマルキンはあらゆる魔術に精通している。傾いたネオナチを立て直すぐらいわけはないはずだ。
その程度の見返りで聖遺物が手に入るのならば、安いものだったのだろう。
「しょうがないわ。あの時は皆、グルマルキンは死んだと思っていたもの。私も、ギヨームも、ジュネもね。クリス一人の所為じゃないわ」
「ありがとう、ティア。少し、気が楽になったわ。では、話を戻しましょう」
クリスは地図を広げた。それにはドイツとオーストリアの地理が描かれており、いくつか赤い丸がつけられていた。そこにネオナチの拠点
があるという。赤い丸はゆうに10を越えており、これでもまだ調査の途中で、実際にはこの倍の拠点が存在するとのことだった。
「ネオナチはかなりの人数が動員して、それとともにある場所に多くの物資がつぎ込んでいます」
拠点を示す赤い丸からは、ネオナチの使うルートを示す赤い線が伸び、ある場所に集中していた。つまりはそこはネオナチが集まっている
場所で、何か重要な意味を持つ場所だということだ。現在の状況を鑑みるに、そこがナチスのロンギヌス奪還作戦の中心である可能性は高か
った。そして、
「グルマルキンも、おそらくここにいる」優の言葉に、クリスがうなずく。
「場所は?」
「ドイツバイエルン南東部、フュルステンベルク城です」
蝋燭がともり、ほの暗い空間にわずかな光があらわれた。小さな灯りが照らすのは、石壁に掛けられたハーケンクロイツの旗だ。そして暗
闇の中で威圧的に浮かぶその旗の前にある椅子に、グルマルキンは腰掛けていた。
彼女は血のように赤いワインを飲んでいた。 勝利の後の祝杯は最高だが、このワインは格別だった。ロンギヌスを手に入れ、宿敵を出し
抜くことができたのだから。だが、まだ足りなかった。彼女が受けた過去の屈辱は、こんなものだけではそそぐことはできない。唯一それが
できるのは、宿敵――ティア・フラットの死だけだ。
闇の中で威圧的に浮かぶその旗の前にある椅子に、グルマルキンは腰掛けていた。
彼女は血のように赤いワインを飲んでいた。 勝利の後の祝杯は最高だが、このワインは格別だった。ロンギヌスを手に入れ、宿敵を出し
抜くことができたのだから。だが、まだ足りなかった。彼女が受けた過去の屈辱は、こんなものだけではそそぐことはできない。唯一それが
できるのは、宿敵――ティア・フラットの死だけだ。
ティア・フラットのあり方。遺産を集め、それを封じる。グルマルキンには決して理解できないあり方だった。力とは振るうためにあるも
のだ。何故、それを封じてしまう必要がある。同じ魔女でありながら、彼女達はあらゆる面で違いすぎた。だから彼女らが分かり合うことは
永遠にない。いずれかが消え去るしかない。決着はいずれつける――そうグルマルキンが思った時、ドアをノックする音が聞こえた。
のだ。何故、それを封じてしまう必要がある。同じ魔女でありながら、彼女達はあらゆる面で違いすぎた。だから彼女らが分かり合うことは
永遠にない。いずれかが消え去るしかない。決着はいずれつける――そうグルマルキンが思った時、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
親衛隊の男が一人入ってきた。かつりと踵をあわせ、ナチス式の敬礼をする。
「ハルトマンか」
彼はグルマルキンの副官であった。人間を下僕にするのは彼女にとって珍しいことだったが、その有能さと冷徹な態度が気に入り、延命の
術を施し今日まで部下として使っている。
彼は淡々と魔女に報告をのべた。
「アーネンエルベの研究班がロンギヌスの解析と儀式の準備を進めています。一両日中にはすべての準備が整うかと」
「急がせろ。スプリガンが諦めるとは、到底思えん。万一儀式が失敗に終われば、ランドルフ閣下に申し訳がたたん。準備が整うまで、奴ら
を足止めする必要がある」
「御伽噺部隊をぶつけてみては?」
親衛隊の男が一人入ってきた。かつりと踵をあわせ、ナチス式の敬礼をする。
「ハルトマンか」
彼はグルマルキンの副官であった。人間を下僕にするのは彼女にとって珍しいことだったが、その有能さと冷徹な態度が気に入り、延命の
術を施し今日まで部下として使っている。
彼は淡々と魔女に報告をのべた。
「アーネンエルベの研究班がロンギヌスの解析と儀式の準備を進めています。一両日中にはすべての準備が整うかと」
「急がせろ。スプリガンが諦めるとは、到底思えん。万一儀式が失敗に終われば、ランドルフ閣下に申し訳がたたん。準備が整うまで、奴ら
を足止めする必要がある」
「御伽噺部隊をぶつけてみては?」
御伽噺部隊――グルマルキン直属の部下達。ウィーン王立博物館を襲撃したアイン、ドライもその一員だ。いずれもスプリガンと拮抗しう
る精鋭である。
「そうだな、やつらも退屈している頃だろう。遊びにはちょうどいい、すぐにウィーンへ向かわせろ。だが、ティア・フラットだけは生きた
まま私の前へ連れてこさせろ。それ以外は好きにしてかまわん」
る精鋭である。
「そうだな、やつらも退屈している頃だろう。遊びにはちょうどいい、すぐにウィーンへ向かわせろ。だが、ティア・フラットだけは生きた
まま私の前へ連れてこさせろ。それ以外は好きにしてかまわん」
鉤十字の魔女は心底楽しそうに笑った。一方、ハルトマンは複雑な心境にいた。
戦争は貴族のゲームとはよく言ったものだが、グルマルキンには少々遊びすぎる傾向があった。いかに御伽噺部隊の面々が精鋭ぞろいであ
っても、数々の遺跡を封じスプリガンを軽視するのは危険であった。ましてやティア・フラットを殺さず生け捕りにするなど、御伽噺部隊で
あっても困難を極めるはずだ。だが、彼に許されているのはただ忠実に命令を実行することだけであり、所詮人間である自分にできることは
少なかった。上官の判断が正しいと信じるしかない。
ヤーと敬礼し、ハルトマンは部屋を出て行った。
戦争は貴族のゲームとはよく言ったものだが、グルマルキンには少々遊びすぎる傾向があった。いかに御伽噺部隊の面々が精鋭ぞろいであ
っても、数々の遺跡を封じスプリガンを軽視するのは危険であった。ましてやティア・フラットを殺さず生け捕りにするなど、御伽噺部隊で
あっても困難を極めるはずだ。だが、彼に許されているのはただ忠実に命令を実行することだけであり、所詮人間である自分にできることは
少なかった。上官の判断が正しいと信じるしかない。
ヤーと敬礼し、ハルトマンは部屋を出て行った。
「クク……ハルトマンめ、心配性なやつだ」
一人残されたグルマルキンは笑う。
「お前もそう思うだろう――アイン」
暗闇の中から、すぅっと人影が現れた。親衛隊の勤務服――アインだった。軍帽を目深に被り、死人のように青い唇は薄く閉じられてい
る。魔女の問いに答える気配はない。グルマルキンも彼女がそんなことに頓着しない性格だと知っていたから、返答は期待していなかった。
だから魔女は、アインがもっとも興味を抱くことをいった。
「どうだ。御神苗優は、お前が斬るに値する人間だったか?」
その瞬間、わずかではあるが、アインに感情めいたものが見えた。それは迷いであった。
アインはしばし逡巡し――わからない、とでもいうように首を振った。
「ほう、珍しいな。お前がそんな風に迷うとは。お前の目をもってしても、御神苗優の実力は見切れんか。――愉しいか、アイン」
こくりとアインはうなずいた。まったく迷いのない動作であった。そしてアインは笑っていた。それは強敵と相対した時に修羅が浮かべる
ような笑みだった。
グルマルキンは満足そうにうなずいた。
「お前が負けることなどありえない。お前には私の知りうる限り、最高の身体を与えた」
アインの身体――死人のように白い肌。そして口元からこぼれる、肥大した犬歯。
「その身体で思う存分敵を斬り殺し、お前の望みを叶えるといい。そしてそれが私の望みでもある」
アインだけではなく、御伽噺部隊の面々はグルマルキンと同じく冷酷で苛烈で残虐だ。ひとたび解き放たれれば、貪欲に血を求めるだろ
う。さらに多くの血が流されることになる。今以上に。グルマルキンの望み――第三帝国の復活。それにはまだまだ血が足りなかった。
一人残されたグルマルキンは笑う。
「お前もそう思うだろう――アイン」
暗闇の中から、すぅっと人影が現れた。親衛隊の勤務服――アインだった。軍帽を目深に被り、死人のように青い唇は薄く閉じられてい
る。魔女の問いに答える気配はない。グルマルキンも彼女がそんなことに頓着しない性格だと知っていたから、返答は期待していなかった。
だから魔女は、アインがもっとも興味を抱くことをいった。
「どうだ。御神苗優は、お前が斬るに値する人間だったか?」
その瞬間、わずかではあるが、アインに感情めいたものが見えた。それは迷いであった。
アインはしばし逡巡し――わからない、とでもいうように首を振った。
「ほう、珍しいな。お前がそんな風に迷うとは。お前の目をもってしても、御神苗優の実力は見切れんか。――愉しいか、アイン」
こくりとアインはうなずいた。まったく迷いのない動作であった。そしてアインは笑っていた。それは強敵と相対した時に修羅が浮かべる
ような笑みだった。
グルマルキンは満足そうにうなずいた。
「お前が負けることなどありえない。お前には私の知りうる限り、最高の身体を与えた」
アインの身体――死人のように白い肌。そして口元からこぼれる、肥大した犬歯。
「その身体で思う存分敵を斬り殺し、お前の望みを叶えるといい。そしてそれが私の望みでもある」
アインだけではなく、御伽噺部隊の面々はグルマルキンと同じく冷酷で苛烈で残虐だ。ひとたび解き放たれれば、貪欲に血を求めるだろ
う。さらに多くの血が流されることになる。今以上に。グルマルキンの望み――第三帝国の復活。それにはまだまだ血が足りなかった。