SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ ヴィクティム・レッド 55-2


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 地下鉄トンネル内を揺るがす地震はなおも強まっていた。
 それは明らかにトンネルの耐久震度を上回りつつあり、いつ崩壊してその場の全員もろともに生き埋めになってもおかしくなかった。
 震源たるレッドのARMS『グリフォン』は、完全にレッドの統制から離れてさらにバイブレーションを増加させている。
(これが……セピアの『モックタートル』の真の力なのか?)
 『ニーベルングの指輪』――他者のARMS機能を強化・加速する能力。
 だが今目の前で起こっていることは、そんな生易しいものではなかった。
 もはやレッドの意志など関係なく、『グリフォン』の超振動は暴虐の限りを尽くしている。
 それはまるで、『モックタートル』が『グリフォン』の暴走を促している――いや、
(他者のARMSを『我が物とする』……それが、『モックタートル』の本当の――?)
「謎(Mystery)……」
 『歴史(History)』。
 地鳴りの隙間を縫ってその言葉が響くと同時に、一陣の風に吹かれて散らばる砂の像のように、
セピアの肉体がさあっと分解され――跡形も無く消え失せた。
 持ち主を失った萌黄色のワンピースがすとんと地面に落ちる。
「セピア!?」
 ニンジャ野郎に押さえ付けられている身をよじり、レッドは辺りに視線を走らせる――どこにもいない。
 だが、レッドは今もなおセピアの共振波を強力に感覚していたし、
「古代の謎と……現代の謎……それから海洋学(Seaography)……」
 『地理(Geography)』。
 『言葉遊び』はまだ続いていた。
「拡散されたナノマシンによる結界……これが彼女のARMSの『最終形態』なのか?」
 頭上からそんな声が降ってくる。
「どういうことだ、ニンジャ野郎!」
「さあね、私にとってもARMSとは未知数の代物だ。ただの推測に過ぎないよ」
「クソが……いつまでオレに乗っかってんだ、どきやがれ! そんな場合じゃねえだろうが!」
「そういうわけにもいかないさ。君のARMSがこの地震の直接の原因なのは間違いないのだからね。
このまま致命的な状況に移行するようなら、まず君のARMSのコアチップを破壊する」
 どうすればいい? とレッドは自問する。
 この異常な状態を抑制しようにも、『グリフォン』はレッドの制御から乖離しており、
しかも大元から止めようにも、止めるべきセピアの姿がどこにもない。
「話術(Drawling)の先生はアナゴのおじいさん……」
 『絵画(Drawing)』。
 その瞬間、『モックタートル』の共振が途絶えた。
 地鳴りを伴う激震もぴたりとやみ、トンネル内は耳の痛むほどの静けさを取り戻す。
 だがそれはほんの一瞬に訪れた、嵐の前の静けさにも似たようなもので、
「先生がわたしに教えてくれたのは……」
 レッドの身体に微細な『なにか』が雨のように降り注いだ。
 決して視覚で捕捉できない微粒子――それはセピアそのものである無限のナノマシン群だった。
 矢のように突き刺さってレッドの皮下に侵入するそれらは、わずかな痛痒と凄まじい共振をレッドに与えつつ、
相互に結合し連絡し連結し――瞬く間に体内で一個のネットワークを形成する。
 それが呼び覚ました『もの』に――レッドはすぐに気付く。
「ぐああああ……っ!」
 それはまるで人面疽だった。
 体内で構築された『モックタートル』のネットワークに刺激され、爆発的な形態変化を開始した『グリフォン』と、その急激なメタモルフォーゼに
耐え兼ねた生体部分とが反発を起こした結果、ナノマシン群の形成する怪物がレッドの身体から『生えて』いた。
「――いかん!」
 目つきを鋭く尖らせ、ニンジャ野郎がクナイを突き立てる――が、
服を突き破って膨脹する『グリフォン』はそれを難無く受け止め、捕らえ、飲み込み、分子レベルで分解して取り込んでしまう。
 もはや誰にも止めようがなかった。
 レッドを蝕む『グリフォン』は徐々に支配領域を拡大し、間もなく主従を逆転させ――、レッド自身を吸収しようとしていた。
『身体を伸ばすやり方(Stretching)……』
 その言葉遊びは、今やレッドの精神に直接語りかけている。
 ――写生(Skething)。
 意識が遠のく。
 増殖する『グリフォン』に身体の自由を奪われ、そして、心に響く声がレッドの自由意志をも眠らせようとしていた。
 その一方で、レッドは感じていた。
 『グリフォン』の右腕に、いまだかつてないほどのエネルギーが集中しているのを。
 その全てが振動と置き換わって解放されたら、いったいどれだけの大惨事が引き起こされるのだろうか。
 少なくとも周囲一帯は跡形もなく粉砕されるだろう。
 ――レッド自身と、『グリフォン』の内部に浸透したセピアもろともに。
『……とぐろを巻いて気絶するやり方(Fainting in Coils)』
 ――油彩(Painting in Oils)。
 『グリフォン』の右腕に凝縮するエネルギーが臨界を迎える寸前――レッドの意識がホワイトアウトする寸前――、
レッドの脳裏に幾つかのイメージが次々と浮かんでは消えた。
 それは走馬灯というのとは全く違っていて、これまでレッドが見たことも聞いたこともないものだった。


 部屋の片隅にうずくまってめそめそ泣いている少女。
 炎の海のなかで立ちすくみ、途方に暮れたように視線を泳がせる少女。
 少女に呼び掛ける、誰かの声――「お前は出来損ないだ」
 腕に何本もの点滴を流し込まれ、ベッドの上からぽつねんと病室の窓を眺める少女。
 少女に呼び掛ける、誰かの声――「泣かないで……この指輪をあげるから……これは金無垢なんだ……幸運のお守りだよ」
 ガラス窓の向こうから少女を観察する白衣の大人たち。
 少女に呼び掛ける、誰かの声――「これより実験を開始する」
 死にかけのARMS実験体――壊れた石像のように崩落させていくそいつの身体を、半狂乱じみた手つきで繋ぎとめようとしている少女。


 恐れも怒りも悲しみもない、感情の無風地帯にあるような虚ろな表情で、小さく囁く少女。
『死んじゃえ……みんな死んじゃえ……』


 消えかけていたレッドの意識が覚醒した。
 呪詛を囁く少女の声――間違いなくセピアのものだった。
 地底全体を飲み込む激震に抗うように、レッドは無我夢中で叫んでいた。
「来い――!!」
 レッドの呼び声に――この期に及んでも悪あがきをする、意地の塊のような諦めの悪さに応えるように、
レッドから離れて落ちていた『グリフォン』の左腕が、自ら地面を叩いて宙に跳び上がった。
 それは砲弾の如き速度でレッドの左肩に激突し、即座に癒着を開始する。
 だがレッドはそれを待たず、むしろ完全に接合するのを厭うような性急さで、左腕を思い切り振り上げる。
「吠えろ……『グリフォン』!」
 左腕の再接続に伴うARMS内のエネルギーバランスの乱れ――
『グリフォン』と強制的に融合した『モックタートル』が、左腕にまでネットワーク汚染を伸ばすまでのタイムラグ――
 その、意図とも偶然とも判別しがたい、針の穴を通すような唯一にして絶対のタイミングにおいて、
左腕のみ統制を取り戻したレッドの振るう『グリフォン』が、遠慮会釈なしの――
今のレッドが発揮しうる最大威力による一撃をもって地面を穿った。
超振動がトンネル全体に浸透し、一拍置いて――まず天井が落ちた。
次いで、引いた波が返すように、コンクリートの床とレールが跳ね上がる。
 反復する衝撃波が『グリフォン』に連なるあらゆる物質を揺さぶり、
あるものはばらばらに粉砕され、またあるものは錐揉み回転しながら吹き飛ばされていく。
もはや上下左右の別なく狂ったように踊るあらゆる固形物は――力の逃げ場を求め、レッドを中心とした螺旋を描いて飛び散っていった。
 ――それでお終いだった。
 やっと静謐を取り戻した空間の中心で、奇跡的に配線が無事だった一つの非常灯の放つオレンジ色の光の下、
メタモルフォーゼが解けて一人の少年の姿を取り戻したレッドは――今度こそ前後不覚となってぶっ倒れた。


 ――それからどれくらいの時間が経過したのか定かではない。
 ぴちょん、と水の滴る音で目を覚ました。
 レッドはぼんやりとした思考で自分がなにをしていたかを思い出そうとして――、
「……セピア!」
 はっと身を起こす動作が中途で止まる。
 セピアはそこにいた。
 地面に横たわるレッドのすぐ側、同じように地面に臥せ、レッドの右腕を胸にかき抱くようにして眠っている。
 咄嗟に揺り起こそうとするレッドだったが――セピアが一糸纏わぬ姿であることに気付き、何とは無しに気後れを感じる。
 薄明かりに照らされるセピアの肌は陶器のような質感を醸し出していて、少なくとも見た限りでは外傷はないようだった。
 剥落したコンクリート壁により剥き出しになった地盤は急激な撹拌によって部分的に液状化現象を引き起こしており、
滲む水分が露となってぽたぽたと降り落ち、セピアの裸体に玉を作っていた。
 胸の前で交差されたセピアの腕から自分の腕をそっと引き抜き、レッドは立ち上がる。
 眩暈を感じるがそれに構わず歩きだし、周囲を検分する。
 トンネルの――いや、さっきまでトンネルだった空間の前後とも土砂で埋まっており、
自分達はほんの百㎡ほどの敷地に閉じ込められているのだと知る。
 あのニンジャ野郎の姿は見当たらなかった。瓦礫や土砂の下敷きになったと考えるのは楽観的に過ぎるだろう。
 やつがどこにいるのかは分からないが、きっとこの崩落から逃れて、こちらの居所やそこに至る道を探しているのではないだろうか。
 ――あまり猶予はないように思う。
 こちらも一刻も早くこの密閉空間からの脱出を果たして、少しでもやつから遠ざからねばならない。
 そこでやっと、レッドは『痛み』を思い出し、そのあまりの痛さにしゃがみ込む。
 ARMSが疲弊状態にあるのか、ニンジャ野郎から受けた右足と左腕の傷は治癒どころか全くの重傷のままだった。
特に左腕の状態が酷く、辛うじて肩からぶら下がっているだけの、千切れかけといっていいものである。
 ARMSの機能が復活すればたちどころに回復するだろうが、
それまでに出血多量で死ぬかも知れないので、とりあえず止血だけでもしておこうと考える。
 ついでに、自分がぼろきれ同然の衣服を身体からぶら下げているだけだということも発見した。
 ちょうど目の前の行き止まりの土砂から、半壊した列車の後部が露出していた。
 車輌の中に持参した応急キットがあるであろうことを思い出し、
ついでに生き埋めになるより一足先に死体となっていたサイボーグどもから自分とセピアの分の着替えを拝借しようと、
レッドは痛む手足をこらえてそちらへと歩いていった。

 意外にも車輌内部は原形を七割がた留めており、目当ての品の入手はスムーズにいった。
 予想外だったのは、セピアの着替えがかなり万全なかたちで用意できたことである。
 片腕しか使えないことに四苦八苦しながら包帯を巻き終えた後、
レッドの手荷物の隣に置かれていた大きめの鞄をなんの気無しに開けてみると、出るわ出るわ下着から靴までの着替え×二パターン、
歯ブラシ・歯磨き・タオル・シャンプー・ヘアコンディショナ・ドライヤ・櫛・手鏡の重装備型お泊りセット、
文庫本五冊、ポケットサイズのボードゲーム三種(リバーシ・チェス・麻雀)、未開封のトランプ、
その他よく分からん雑多な小物や装身具――
「あの馬鹿、旅行気分かよ……」

 最後にレッドが入手したものは――
「……これが、ニンジャ野郎の狙いか」
 今回の任務の護衛対象である、車輌内のコンテナに厳重に封印されていた積み荷だった。
 ひしゃげた扉の奥にひっそりと鎮座していた『積み荷』――。
「ふん、やっぱり書類だったのかよ」
 ニンジャ野郎が『タイ・マスク文書』と呼んでいた、数十枚の紙片からなる束。
 逃げるにしても、これだけは持ち帰らねば任務放棄と見做される。
 防水布に包んでジャケットの下に差し込もうとした手が――ふと止まる。
「…………」
 しばらく思案げに手のに持つ『それ』を注視していたが、やがて慎重な手つきで布を取り払う。
 レッドには、『それ』がいったいなんなのか知る必要があった。
 ニンジャ野郎の言った言葉が脳裏に甦る。
 『プログラム・ジャバウォック』。
 それがなにを意味するのか、レッドは知らない。だが、やつはレッドがそれに深く関係しているような口ぶりで語っていた。
 その手掛かりがここにわずかでもあるのなら――その可能性があるのなら、なにがなんでも見ておかなければならないと思う。
 レッドの兄――『キースシリーズ』の長兄にしてエグリゴリのトップ、キース・ブラックの秘密めかしたやり方にはうんざりだった。
 エグリゴリの生み出す陰謀に、なにも知らぬまま利用されるのは御免だった。
 『タイ・マスク文書』――その一頁目に視線を落としたレッドは、不快そうに眉を寄せる。
「カツミ・アカギ……?」
 忙しく紙をめくって斜め読みをする。指が進むにつれ、いっそうレッドの表情が険しくなる。
「なんだ、こりゃあ……」
 もしかしたら暗号文で記された情報なのかと、エグリゴリで通用する解読コードを当て嵌めてみるが、そこにはなにも浮かび上がってこなかった。
 つまり、これは書かれている通りの意味しかない情報で――、
「ふざけんなっ!」
 知らず、叫んでいた。
「こんなの……ただの日本人のガキの成長記録じゃねえか!」
 カツミ・アカギという名の子供がどこでどのように育ち、誰と交友関係を結び、そして今後は――
そんな、どこまでも日常的な経過と現状と予定についての記述に終始していた。
 こんなものが、エグリゴリのトップシークレットであるはずがなかった。
あの化け物のような戦闘技術を持つニンジャ野郎が真剣に追い求める代物とはとても思えなかった。
「ブラック……オレたちを『囮』に使いやがったな!」
 そうとしか考えられなかった。
 きっと、本物の『タイ・マスク文書』というものは、レッドの知らない別の誰かによって運ばれているのだろう。
 自分たちは、敵の注意を分散させる捨て駒として利用されたに過ぎないのだ、と。
 囮としての有用性を高めるため、レッドとセピアに対してあらゆる情報を伏せたのだろう。
判断材料を削ぐことで、無条件的にブツが『本物』だと信じ込ませようと。
 その仮定が正しいなら――まさしくブラックの思い通りに事態が進んでると言わざるを得ない。
 もはや事態は不可逆なものとなっており、今更「こっちは囮だ」と言ってもなんの用も為さないだろう。
 間違いなくニンジャ野郎は再び襲撃を掛けてくる。
 そのときこそ、決して逃れられぬ『死』が訪れるはずだった。
「くそったれ……ふざけやがって……!」

 ――このとき、レッドは一つだけ思い違いをしていた。
 よしんばそれが彼にとって無価値な情報であったとしても、今レッドが手にしている書類こそが、
ニンジャ野郎の『本命』――囮などでは有り得ない、正真正銘の『タイ・マスク文書』に外ならないことを。
 もう少しレッドが冷静さを保てていたら、気付いたかも知れない。
 『タイ・マスク』という語が、『A・KATSUMI』のアナグラムと一致するという――
とても単純で、とても人を舐めきっている――そんな馬鹿みたいな事実に。