《THE EPILOGUE‐2:It's name it said on him was Death, And Hell followed with him》
――200X年 埼玉県銀成市 銀成駅前通り
頬杖を突いた姿勢は変わらぬまま――
眺めていた巨大スクリーンのニュース映像は、若く美しい女優が映し出された化粧品の
コマーシャル・フィルムに変わっていた。
相変わらず、カフェの他の席ではカップルがお喋りに花を咲かせ、歩道に眼を遣れば家族連れが
満面の笑顔で通り過ぎていく。
「……だいぶ寒さも和らいできたなぁ。もうすぐ春か」
防人は苦い追憶の旅路から醒め、再びこの緩やかで呑気な雰囲気を楽しもうとしていた。
春の訪れを感じ取り、街の風景を眺め、この休日を友人とどう過ごそうかと思案に耽る。
眺めていた巨大スクリーンのニュース映像は、若く美しい女優が映し出された化粧品の
コマーシャル・フィルムに変わっていた。
相変わらず、カフェの他の席ではカップルがお喋りに花を咲かせ、歩道に眼を遣れば家族連れが
満面の笑顔で通り過ぎていく。
「……だいぶ寒さも和らいできたなぁ。もうすぐ春か」
防人は苦い追憶の旅路から醒め、再びこの緩やかで呑気な雰囲気を楽しもうとしていた。
春の訪れを感じ取り、街の風景を眺め、この休日を友人とどう過ごそうかと思案に耽る。
ホムンクルス達はヴィクターを盟主として月に旅立ち、錬金の戦士である自分達も核鉄を
戦団に返却して所謂“日常”とやらに根を下ろした。
防人はその性格の為か、はたまた世を忍ぶ仮の姿だった寄宿舎管理人がそのまま生業になった為か、
平穏な暮らしに順応するのは早かった。
それに、他の戦士達も“再就職先”を見つけて上手くやっているようだった。
例えて挙げるとするならば、火渡が率いていた再殺部隊の場合は――
毒島は銀成学園高校に一年生として転入、戦部は漁師、円山はダンサー、根来は日光忍者村の
ニンジャ役、犬飼はペットショップ店員といった様子だ。
隊長の火渡に至っては銀成学園高校の英語教諭である。
赴任以来、型破りな授業内容とヴァイオレンス溢れる指導方針である意味、名物教師となっている。
皆、平和な“日常”に溶け込んでいるようだった。
戦団に返却して所謂“日常”とやらに根を下ろした。
防人はその性格の為か、はたまた世を忍ぶ仮の姿だった寄宿舎管理人がそのまま生業になった為か、
平穏な暮らしに順応するのは早かった。
それに、他の戦士達も“再就職先”を見つけて上手くやっているようだった。
例えて挙げるとするならば、火渡が率いていた再殺部隊の場合は――
毒島は銀成学園高校に一年生として転入、戦部は漁師、円山はダンサー、根来は日光忍者村の
ニンジャ役、犬飼はペットショップ店員といった様子だ。
隊長の火渡に至っては銀成学園高校の英語教諭である。
赴任以来、型破りな授業内容とヴァイオレンス溢れる指導方針である意味、名物教師となっている。
皆、平和な“日常”に溶け込んでいるようだった。
しかし――
あれから七年になるが、防人の胸の中には決して消える事の無い、消す事の出来ないものが
住み着いている。
赤銅島の戦い、そして北アイルランドでの闘い。
それは確かに苦い思い出を防人の、いや、防人達三人の心に刻みつけた。
あれから七年になるが、防人の胸の中には決して消える事の無い、消す事の出来ないものが
住み着いている。
赤銅島の戦い、そして北アイルランドでの闘い。
それは確かに苦い思い出を防人の、いや、防人達三人の心に刻みつけた。
更には、“不安”。
日本での通常の任務に戻ってからも、普通の市民としての暮らしを手に入れてからも、“彼”が
やってくる予感は毎日のように防人を苛んだ。
『私に殺されるまで、誰にも殺されるなよ?』
刃が我が身に降り注ぐのが不安なのではない。
自分以外の誰かに向けられるのが不安なのだ。
(これは俺の闘いだ……)
終わらせられなかった闘争。
力及ばなかった宿敵。
(だが、もしカズキが……)
一線の戦士としてはほぼ機能しない身体。
自分を慕う少年。
(そうなったら、どうする……。どうすればいい……)
“彼”なら微塵の躊躇も無く、異端者抹殺の為に極大の殺意を以って銃剣(バヨネット)を振るうだろう。
“少年”なら己の危険も顧みず、大切な人間の為に正義の心を以って突撃槍(ランス)を振るうだろう。
いつの間にか、防人は意識する事無く己の胸に手を当て、ツナギの胸ポケット辺りをギュッと
力強く掴んでいた。
日本での通常の任務に戻ってからも、普通の市民としての暮らしを手に入れてからも、“彼”が
やってくる予感は毎日のように防人を苛んだ。
『私に殺されるまで、誰にも殺されるなよ?』
刃が我が身に降り注ぐのが不安なのではない。
自分以外の誰かに向けられるのが不安なのだ。
(これは俺の闘いだ……)
終わらせられなかった闘争。
力及ばなかった宿敵。
(だが、もしカズキが……)
一線の戦士としてはほぼ機能しない身体。
自分を慕う少年。
(そうなったら、どうする……。どうすればいい……)
“彼”なら微塵の躊躇も無く、異端者抹殺の為に極大の殺意を以って銃剣(バヨネット)を振るうだろう。
“少年”なら己の危険も顧みず、大切な人間の為に正義の心を以って突撃槍(ランス)を振るうだろう。
いつの間にか、防人は意識する事無く己の胸に手を当て、ツナギの胸ポケット辺りをギュッと
力強く掴んでいた。
「お待たせ」
不意に声が掛けられた。
はたと顔を上げれば、そこには待ち合わせ相手の一人である千歳が立っていた。
声にも表情にもあまり感情を込めていないせいか、時間に遅れて申し訳無いといった風情は見えない。
無論、長い付き合いの防人だからこそ、そこに悪意は無いという事は充分にわかっている。
「ああ、いや、そんなに待ってないぞ」
「そう」
言葉少なと言うにはあまりにも言葉少なな返答を返したきり、千歳はその場に突っ立っている。
防人の向かいの椅子に腰掛けようとする素振りは見せない。
「座らないのか? コーヒーでも――」
「火渡君から連絡が来たわ。『待ち合わせ場所がわからないから駅まで迎えに来い』って」
火渡が銀成学園の教師となり、銀成市民となってから二、三ヶ月は経っている。
普通ならば、そこそこ市内に詳しくなってもいい筈なのだが、火渡はそんな事にはあまり
頓着が無い。
性格なのか、知ろうとする気が無いのか。
「そ、そうか。じゃあ、行くか」
千歳の素っ気無さと火渡の適当振りにどうにも調子を狂わされてしまう。
防人は立ち上がり、レジカウンターの方に向かった。
千歳も無言で後に続く。
はたと顔を上げれば、そこには待ち合わせ相手の一人である千歳が立っていた。
声にも表情にもあまり感情を込めていないせいか、時間に遅れて申し訳無いといった風情は見えない。
無論、長い付き合いの防人だからこそ、そこに悪意は無いという事は充分にわかっている。
「ああ、いや、そんなに待ってないぞ」
「そう」
言葉少なと言うにはあまりにも言葉少なな返答を返したきり、千歳はその場に突っ立っている。
防人の向かいの椅子に腰掛けようとする素振りは見せない。
「座らないのか? コーヒーでも――」
「火渡君から連絡が来たわ。『待ち合わせ場所がわからないから駅まで迎えに来い』って」
火渡が銀成学園の教師となり、銀成市民となってから二、三ヶ月は経っている。
普通ならば、そこそこ市内に詳しくなってもいい筈なのだが、火渡はそんな事にはあまり
頓着が無い。
性格なのか、知ろうとする気が無いのか。
「そ、そうか。じゃあ、行くか」
千歳の素っ気無さと火渡の適当振りにどうにも調子を狂わされてしまう。
防人は立ち上がり、レジカウンターの方に向かった。
千歳も無言で後に続く。
「……また“あの時”の事を考えていたの?」
銀成駅に向かう道すがら、不意に千歳が尋ねた。
声の低さと小ささも然る事ながら、質問の図星加減に言葉を濁らせ、曖昧な返事をする。
「あ……いや、別に……」
「嘘」
やや狼狽気味の防人に、千歳はその場に足を止め、ピシャリと言い切る。
千歳の視線は最初に胸へ。それからゆっくりと上に。
防人の瞳を真っ直ぐに捉えながら、更に声のトーンを落として言った。
「胸に手を当ててわ。あの時、“彼”に付けられた傷……」
戦団の最先端医療技術によって、“彼”のとどめの斬撃で負わされた傷跡は眼を凝らさなければ
わからないまでに薄くなった。
だが、“彼”の振るった銃剣は今でも、防人の心の奥底に耐え難い激痛を伴いながら、
生々しい肉と血の花を咲かせていたのだ。
防人は軽く溜息を吐くと、あえて視線を外し、言葉を苦笑いに紛れさせる。
「……なんでもお見通しだな」
「わかるわよ……」
視線を外されても、ジッと防人の顔を見つめ続ける千歳。
遣りきれない思いの防人は苦し紛れの、それもひどく下手な冗談で、千歳の言葉を笑い飛ばした。
「“かつて一緒にチームを組んだ仲”だからか?」
その笑えない冗談が耳に入った瞬間、千歳は僅かに表情を曇らせた。
「……」
だが、それも束の間の事。
すぐに千歳は元の無表情に戻り、無言のままに防人を置いて歩き出してしまった。
(駄目だな、俺は……)
またひとつ溜息を吐き、防人は千歳の後を追う。
銀成駅に向かう道すがら、不意に千歳が尋ねた。
声の低さと小ささも然る事ながら、質問の図星加減に言葉を濁らせ、曖昧な返事をする。
「あ……いや、別に……」
「嘘」
やや狼狽気味の防人に、千歳はその場に足を止め、ピシャリと言い切る。
千歳の視線は最初に胸へ。それからゆっくりと上に。
防人の瞳を真っ直ぐに捉えながら、更に声のトーンを落として言った。
「胸に手を当ててわ。あの時、“彼”に付けられた傷……」
戦団の最先端医療技術によって、“彼”のとどめの斬撃で負わされた傷跡は眼を凝らさなければ
わからないまでに薄くなった。
だが、“彼”の振るった銃剣は今でも、防人の心の奥底に耐え難い激痛を伴いながら、
生々しい肉と血の花を咲かせていたのだ。
防人は軽く溜息を吐くと、あえて視線を外し、言葉を苦笑いに紛れさせる。
「……なんでもお見通しだな」
「わかるわよ……」
視線を外されても、ジッと防人の顔を見つめ続ける千歳。
遣りきれない思いの防人は苦し紛れの、それもひどく下手な冗談で、千歳の言葉を笑い飛ばした。
「“かつて一緒にチームを組んだ仲”だからか?」
その笑えない冗談が耳に入った瞬間、千歳は僅かに表情を曇らせた。
「……」
だが、それも束の間の事。
すぐに千歳は元の無表情に戻り、無言のままに防人を置いて歩き出してしまった。
(駄目だな、俺は……)
またひとつ溜息を吐き、防人は千歳の後を追う。
赤銅島での任務失敗。
北アイルランドでの敗北。
その二つの出来事は確実に防人達三人と、三人の関係を変えてしまった。
火渡は「不条理」の三文字を口にしながら、自らも戦いの中で非情とも取れる不条理極まりない
行動を繰り返した。
千歳は後方支援に従事して前線には戻らず、無表情の仮面を被る事で一切の感情を表さなくなった。
防人は本名を捨てて“キャプテン・ブラボー”を名乗り、任務とチームを最優先とする
良き統率者としての道を選んだ。
皆、それが本意であるかは別として。
そして、防人と千歳。
任務でもプライベートでも会う機会は眼に見えて減り、あの頃のように無邪気に好意を
表し合う事も無くなった。
ヴィクターの一件から戦団の活動凍結以来、また顔を合わせる場面は増えたが、未だに
ぎこちなさが見え隠れする。
もしかしたら、いつかはまたお互いの気持ちが通じ合う時が巡ってくるのかもしれない。
けれども、あのきらめいていた日々は、もう二度とこの腕には取り戻せないのだろう。
北アイルランドでの敗北。
その二つの出来事は確実に防人達三人と、三人の関係を変えてしまった。
火渡は「不条理」の三文字を口にしながら、自らも戦いの中で非情とも取れる不条理極まりない
行動を繰り返した。
千歳は後方支援に従事して前線には戻らず、無表情の仮面を被る事で一切の感情を表さなくなった。
防人は本名を捨てて“キャプテン・ブラボー”を名乗り、任務とチームを最優先とする
良き統率者としての道を選んだ。
皆、それが本意であるかは別として。
そして、防人と千歳。
任務でもプライベートでも会う機会は眼に見えて減り、あの頃のように無邪気に好意を
表し合う事も無くなった。
ヴィクターの一件から戦団の活動凍結以来、また顔を合わせる場面は増えたが、未だに
ぎこちなさが見え隠れする。
もしかしたら、いつかはまたお互いの気持ちが通じ合う時が巡ってくるのかもしれない。
けれども、あのきらめいていた日々は、もう二度とこの腕には取り戻せないのだろう。
すぐに千歳に追いつき、隣に並んだ防人であったが、彼女は一言も言葉を発しない。
しばらくの間、お互いに無言のままであったが、防人が何気無しに話題を振った。
「ウィンストン大戦士長は元気かな。出来ればもう一度会いたいんだ。会って話したい事が
たくさんある……」
確かに会話の無さという気まずさもあるが、長い年月を経ても彼を忘れた事はなかったというのも
また事実だった。
千歳もまたウィンストンの事は日本に帰ってからも、ずっと気掛かりではあったようだ。
「そうね。私も会いたい……。でも、どうしてるかは坂口大戦士長でもわからないみたい……」
北アイルランドからイギリス支部に帰還した日の事は今でも鮮明に覚えている。
サムナーの裏切りと死、そして我が子のように可愛がっていたジュリアンの死を聞かされた
ウィンストンはその場に崩れ、一目はばからず涙を流した。
防人達が日本へ帰国する日も空港まで送ってくれたのはいいが、憔悴し切っていたのは
誰の眼にも明らかであり、最後まで暗い表情のままだった。
ウィンストンが大戦士長を解任させられたという報を聞いたのは日本に帰ってから間も無くの事である。
サムナーの反逆を未然に防げず、ホムンクルスのイスラム圏への流出を許してしまったのが
解任の理由だった。
程無くしてウィンストンは無断で核鉄を持ち出して錬金戦団を脱退し、行方知れずとなる。
遂には反逆者としての汚名を被る事となってしまったのだ。
防人が知っているのはここまで。
どこで何をしているのかは、今ではもう誰にもわからない。
大戦士長解任の事実を知った当時、防人はイギリス支部上層部への怒りに燃えたものだった。
だが、年月が経ち、自らも部下を持つ立場となって意識も若干変わってきた。
防人は思う。
ウィンストンは優しすぎたのだと。
戦士としての強さや有能さは別として、その持って生まれた大きな優しさが、人を統べる
立場にいたウィンストンの心を常に大きく揺らがせていた。
その結果として上層部から疎まれ、狡猾な部下に離反され、最後には体の良い厄介払いを
受けてしまったのである、と考えるようになっていた。
もちろん、それでも彼への好意は変わらなかったが。
しばらくの間、お互いに無言のままであったが、防人が何気無しに話題を振った。
「ウィンストン大戦士長は元気かな。出来ればもう一度会いたいんだ。会って話したい事が
たくさんある……」
確かに会話の無さという気まずさもあるが、長い年月を経ても彼を忘れた事はなかったというのも
また事実だった。
千歳もまたウィンストンの事は日本に帰ってからも、ずっと気掛かりではあったようだ。
「そうね。私も会いたい……。でも、どうしてるかは坂口大戦士長でもわからないみたい……」
北アイルランドからイギリス支部に帰還した日の事は今でも鮮明に覚えている。
サムナーの裏切りと死、そして我が子のように可愛がっていたジュリアンの死を聞かされた
ウィンストンはその場に崩れ、一目はばからず涙を流した。
防人達が日本へ帰国する日も空港まで送ってくれたのはいいが、憔悴し切っていたのは
誰の眼にも明らかであり、最後まで暗い表情のままだった。
ウィンストンが大戦士長を解任させられたという報を聞いたのは日本に帰ってから間も無くの事である。
サムナーの反逆を未然に防げず、ホムンクルスのイスラム圏への流出を許してしまったのが
解任の理由だった。
程無くしてウィンストンは無断で核鉄を持ち出して錬金戦団を脱退し、行方知れずとなる。
遂には反逆者としての汚名を被る事となってしまったのだ。
防人が知っているのはここまで。
どこで何をしているのかは、今ではもう誰にもわからない。
大戦士長解任の事実を知った当時、防人はイギリス支部上層部への怒りに燃えたものだった。
だが、年月が経ち、自らも部下を持つ立場となって意識も若干変わってきた。
防人は思う。
ウィンストンは優しすぎたのだと。
戦士としての強さや有能さは別として、その持って生まれた大きな優しさが、人を統べる
立場にいたウィンストンの心を常に大きく揺らがせていた。
その結果として上層部から疎まれ、狡猾な部下に離反され、最後には体の良い厄介払いを
受けてしまったのである、と考えるようになっていた。
もちろん、それでも彼への好意は変わらなかったが。
「おーい! ブラボー!」
過去を振り返る防人と千歳の耳に、元気の良い声が耳に入った。
見れば、だいぶ離れた所から大きく手を振る少年がいる。
防人にとっては未来への希望を象徴する存在、武藤カズキだ。
横には最早恋人と言ってしまってもいいであろう、津村斗貴子の姿も見える。
それだけではない。友人の岡倉、六舛、大浜もいれば、カズキの妹のまひろ、その友人の
千里、沙織もいる。
そして、その後ろに見えているツンツン頭はカズキの“戦友”、中村剛太だ。
随分な大所帯で遊びに出たものである。
ちょうど十字路に差し掛かり、防人ら二人の向かう方向だったが、当のカズキはそんな事は
お構い無しにこちらへ駆け寄ってくる。
まるで子犬のようだ。
息を弾ませながら防人の元へやってきたカズキは、今更のように横の千歳に気づく。
「あっ、千歳さんも一緒だったんだ。こんにちは!」
「こんにちは。相変わらず元気そうね」
千歳には珍しい愛想のある挨拶だが表情も変えずに言うせいか、単なる社交辞令のように聞こえる。
そんな挨拶をしている間に、他の“銀成駅前通りツアー御一行”も防人達への元へとやって来た。
高校生の割には子供臭さが抜けない沙織が、大発見をしたかのように真っ先に防人と千歳を
囃し立てる。
「わぁ~! ブラボーの彼女!? もしかしてデートとか!?」
「違うわ」
千歳は無機質に一刀両断である。
「そんな、即座に否定しなくてもいいじゃないか……」
ガックリと肩を落とす防人。
カズキは声を上げて笑い、隣の斗貴子も申し訳無いとはわかっているのだが笑いを堪えきれない。
そんな他愛の無いやり取りの中で、どうも普段と違う素振りを見せる者がいる。
元気と明るさならこの軍団ではトップクラスの筈のまひろである。
屈託無く笑っているのだが、いつものように前に出てきたり、沙織と一緒になって騒ぐ様子も無い。
どこか少しオドオドしているようにも見受けられる。
(ははーん……)
何事があったかは、寄宿舎管理人の防人にはすぐに察せられた。
防人はまひろに近寄り、誰にも聞こえないように耳打つ。
「押入れの中の“お友達”は元気でやってるか?」
まひろはわかりやすく顔色を変えると、これまたわかりやすく防人の耳に口を近づけて
ヒソヒソ話を始める。
「う、うん。今はお昼だから寝てるけど……。
ねえ、ブラボー。セラスさんの事、私とブラボーだけの秘密だからね? 誰にも言っちゃダメだよ?」
傍から聞けば、まるで内緒で拾ってきた子猫の事を言っているように聞こえるのだろう。
子猫にしてはあまりにも物騒な種族なのだが。
「フフッ、わかってるさ」
まるで小学生のようなノリのまひろの頭を、防人は笑いながらクシャクシャと撫でる。
まひろは眼を(><)にして「いーやー」と喚いているが、どこからどう見ても嬉しそうにしか
見えない。
見れば、だいぶ離れた所から大きく手を振る少年がいる。
防人にとっては未来への希望を象徴する存在、武藤カズキだ。
横には最早恋人と言ってしまってもいいであろう、津村斗貴子の姿も見える。
それだけではない。友人の岡倉、六舛、大浜もいれば、カズキの妹のまひろ、その友人の
千里、沙織もいる。
そして、その後ろに見えているツンツン頭はカズキの“戦友”、中村剛太だ。
随分な大所帯で遊びに出たものである。
ちょうど十字路に差し掛かり、防人ら二人の向かう方向だったが、当のカズキはそんな事は
お構い無しにこちらへ駆け寄ってくる。
まるで子犬のようだ。
息を弾ませながら防人の元へやってきたカズキは、今更のように横の千歳に気づく。
「あっ、千歳さんも一緒だったんだ。こんにちは!」
「こんにちは。相変わらず元気そうね」
千歳には珍しい愛想のある挨拶だが表情も変えずに言うせいか、単なる社交辞令のように聞こえる。
そんな挨拶をしている間に、他の“銀成駅前通りツアー御一行”も防人達への元へとやって来た。
高校生の割には子供臭さが抜けない沙織が、大発見をしたかのように真っ先に防人と千歳を
囃し立てる。
「わぁ~! ブラボーの彼女!? もしかしてデートとか!?」
「違うわ」
千歳は無機質に一刀両断である。
「そんな、即座に否定しなくてもいいじゃないか……」
ガックリと肩を落とす防人。
カズキは声を上げて笑い、隣の斗貴子も申し訳無いとはわかっているのだが笑いを堪えきれない。
そんな他愛の無いやり取りの中で、どうも普段と違う素振りを見せる者がいる。
元気と明るさならこの軍団ではトップクラスの筈のまひろである。
屈託無く笑っているのだが、いつものように前に出てきたり、沙織と一緒になって騒ぐ様子も無い。
どこか少しオドオドしているようにも見受けられる。
(ははーん……)
何事があったかは、寄宿舎管理人の防人にはすぐに察せられた。
防人はまひろに近寄り、誰にも聞こえないように耳打つ。
「押入れの中の“お友達”は元気でやってるか?」
まひろはわかりやすく顔色を変えると、これまたわかりやすく防人の耳に口を近づけて
ヒソヒソ話を始める。
「う、うん。今はお昼だから寝てるけど……。
ねえ、ブラボー。セラスさんの事、私とブラボーだけの秘密だからね? 誰にも言っちゃダメだよ?」
傍から聞けば、まるで内緒で拾ってきた子猫の事を言っているように聞こえるのだろう。
子猫にしてはあまりにも物騒な種族なのだが。
「フフッ、わかってるさ」
まるで小学生のようなノリのまひろの頭を、防人は笑いながらクシャクシャと撫でる。
まひろは眼を(><)にして「いーやー」と喚いているが、どこからどう見ても嬉しそうにしか
見えない。
防人がまひろとじゃれ合ってる横で、千歳の携帯電話が単調な着信音を鳴らした。
メールである。誰からかは大方見当がつくが。
「火渡君から。『早く来い。三十秒以内に来ないと火刑』だって」
「まったく、勝手な奴だな。大体あいつ、何で俺にはメールを寄越さないんだ……――」
ボヤきながらふと尻のポケットに手をやると、防人は何かに気づいたように声を上げた。
「しまった、うっかりしてたな」
「どうしたの?」
防人は頭を掻きながら、眉をしかめる。
「さっきのカフェに携帯を忘れてきたみたいだ。すぐ取って来るから、ここで待っててくれ」
頷く千歳とまだまだ騒ぎ足りないまひろ達に背を向け、防人は先程のカフェへと、小走りに急いだ。
メールである。誰からかは大方見当がつくが。
「火渡君から。『早く来い。三十秒以内に来ないと火刑』だって」
「まったく、勝手な奴だな。大体あいつ、何で俺にはメールを寄越さないんだ……――」
ボヤきながらふと尻のポケットに手をやると、防人は何かに気づいたように声を上げた。
「しまった、うっかりしてたな」
「どうしたの?」
防人は頭を掻きながら、眉をしかめる。
「さっきのカフェに携帯を忘れてきたみたいだ。すぐ取って来るから、ここで待っててくれ」
頷く千歳とまだまだ騒ぎ足りないまひろ達に背を向け、防人は先程のカフェへと、小走りに急いだ。
昼過ぎを迎えた街は、いよいよその人の数を増していく。
休日を謳歌する人達が多いのはいいが、いつにない通行人の数に何度か足を止められ、
やや気忙しさが募ってしまう。
そんな防人が“彼女達”を見つけたのは、何の気無しに通行人の波の奥に眼を移した時だった。
あまりのショックに立ち止まり、眼は大きく見開かれた。
白人女性と日本人女性の二人組。
どこぞの店の壁を背に立ち、こちらを眺めながらニヤニヤと笑っている。
防人が驚愕したのは、その風貌である。
長い黒髪の日本人女性は、刀袋に包まれた日本刀を引っ提げた修道女(シスター)。
そして、ショートヘアの白人の方はサングラスをかけ、あろう事か“彼”とまったく同じ
神父の法衣を身にまとっている。
「あいつらは……!」
仲間か。“彼”の仲間か。
七年前の記憶が、場面が、闘争心が甦り、音を立てて燃え上がる。
高揚する戦意に拳を握る防人は、自分の身体の状態も核鉄を所持していない事も忘れていた。
今、自分がどこにいるのかすらも。
しかし、通り過ぎる街の人混みが二人の姿を隠していく。
「ちょっとどいてくれ! どいてくれ!!」
防人は二人がいるであろう場所に走り、乱暴に人波を掻き分ける。
人々から文句の声が上がったが、防人はそんな事には構っていられない。
「どこだ……! どこにいった!?」
いない。どこにもいない。
消えてしまった。
ついさっきまでここに立っていた筈なのに。
見間違えである訳が無い。あの連中を俺が見間違える訳が無い。
確かにここにいたのだ。
周りの通行人は不審げな眼で防人を見ながら通り過ぎていく。
若い男などはわざわざ防人の身体に肩をぶつける始末だ。
ざわつく心は無闇に精神を研ぎ澄ませる。
防人は視覚と聴覚だけではなく、全身で空気からさえも敵を探り、闘いに備えた。
すると背後からおぞましい吐息と共に、こう呟く女性の声があった。
休日を謳歌する人達が多いのはいいが、いつにない通行人の数に何度か足を止められ、
やや気忙しさが募ってしまう。
そんな防人が“彼女達”を見つけたのは、何の気無しに通行人の波の奥に眼を移した時だった。
あまりのショックに立ち止まり、眼は大きく見開かれた。
白人女性と日本人女性の二人組。
どこぞの店の壁を背に立ち、こちらを眺めながらニヤニヤと笑っている。
防人が驚愕したのは、その風貌である。
長い黒髪の日本人女性は、刀袋に包まれた日本刀を引っ提げた修道女(シスター)。
そして、ショートヘアの白人の方はサングラスをかけ、あろう事か“彼”とまったく同じ
神父の法衣を身にまとっている。
「あいつらは……!」
仲間か。“彼”の仲間か。
七年前の記憶が、場面が、闘争心が甦り、音を立てて燃え上がる。
高揚する戦意に拳を握る防人は、自分の身体の状態も核鉄を所持していない事も忘れていた。
今、自分がどこにいるのかすらも。
しかし、通り過ぎる街の人混みが二人の姿を隠していく。
「ちょっとどいてくれ! どいてくれ!!」
防人は二人がいるであろう場所に走り、乱暴に人波を掻き分ける。
人々から文句の声が上がったが、防人はそんな事には構っていられない。
「どこだ……! どこにいった!?」
いない。どこにもいない。
消えてしまった。
ついさっきまでここに立っていた筈なのに。
見間違えである訳が無い。あの連中を俺が見間違える訳が無い。
確かにここにいたのだ。
周りの通行人は不審げな眼で防人を見ながら通り過ぎていく。
若い男などはわざわざ防人の身体に肩をぶつける始末だ。
ざわつく心は無闇に精神を研ぎ澄ませる。
防人は視覚と聴覚だけではなく、全身で空気からさえも敵を探り、闘いに備えた。
すると背後からおぞましい吐息と共に、こう呟く女性の声があった。
「馬に乗りし者の名は死。後に地獄を従えて……」
「!?」
振り返るがやはり誰もいない。
幻視か。幻聴か。
いや、断じてそんな筈は無い。
確かに見たのだ。確かに聞いたのだ。
混乱の極みに達する防人を嘲笑うかのように、またもやどこからともなく女性の声が響いた。
幻視か。幻聴か。
いや、断じてそんな筈は無い。
確かに見たのだ。確かに聞いたのだ。
混乱の極みに達する防人を嘲笑うかのように、またもやどこからともなく女性の声が響いた。
「次は我々(イスカリオテ)の番(ターン)だ」
もう、防人は振り向かなかった。
振り向いたところでどうなる。それはもう既に始まっているのだ。
自分が望もうと望むまいと。
振り向いたところでどうなる。それはもう既に始まっているのだ。
自分が望もうと望むまいと。
「馬に乗りし者の名は……――」
防人はたった今、呟かれた言葉を繰り返して呟く。
以前、何かの本で読んだ事がある。何かのテレビ番組だったか。それとも映画だったか。
――黙示録。
世界を浄化する神の裁き。天使と悪魔の大戦争。キリストの再臨。
それらが綴られた預言書の中には、第四の封印が解かれた時、青白い馬が現れるとあるそうだ。
そして馬には“死”が跨り、それに“地獄”が付き従うとも。
安寧だけに身をゆだねる者に死をもたらすのは悪魔などではない。
天に弓引く者に地獄をもたらすのは悪魔などではない。
神なのだ。
自分は七年の昔、神の使徒と相対し、剣と拳を交えた。
それは避けられない、否、むしろ闘わなければならない宿命だったのだろう。
そして“彼”は言った。
防人はたった今、呟かれた言葉を繰り返して呟く。
以前、何かの本で読んだ事がある。何かのテレビ番組だったか。それとも映画だったか。
――黙示録。
世界を浄化する神の裁き。天使と悪魔の大戦争。キリストの再臨。
それらが綴られた預言書の中には、第四の封印が解かれた時、青白い馬が現れるとあるそうだ。
そして馬には“死”が跨り、それに“地獄”が付き従うとも。
安寧だけに身をゆだねる者に死をもたらすのは悪魔などではない。
天に弓引く者に地獄をもたらすのは悪魔などではない。
神なのだ。
自分は七年の昔、神の使徒と相対し、剣と拳を交えた。
それは避けられない、否、むしろ闘わなければならない宿命だったのだろう。
そして“彼”は言った。
『私に殺されるまで、誰にも殺されるなよ?』
やはり何一つ終わってはいなかった。すべては始まりに過ぎなかったのだ。
始まりが終わり、今まさに終わりが始まろうとしている。
この平和と平穏の日々もいつまで続くのだろう。
ともすれば諦めに似た心境の防人は顔を上げた。
頭上を見上げれば、青い空の向こうに灰色の厚い雲があった。
中にあるは雨か、それとも雷か。絶望が降り注ぐのか、怒りが降り注ぐのか。
雲は進路をこちらに向け、今にも自分達を覆いつくそうとしていた。
その様は黙示の時(アポカリプス・ナウ)の到来を予感させる。
時が迫っているのだ。
始まりが終わり、今まさに終わりが始まろうとしている。
この平和と平穏の日々もいつまで続くのだろう。
ともすれば諦めに似た心境の防人は顔を上げた。
頭上を見上げれば、青い空の向こうに灰色の厚い雲があった。
中にあるは雨か、それとも雷か。絶望が降り注ぐのか、怒りが降り注ぐのか。
雲は進路をこちらに向け、今にも自分達を覆いつくそうとしていた。
その様は黙示の時(アポカリプス・ナウ)の到来を予感させる。
時が迫っているのだ。
[完]