SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ WHEN THE MAN COMES ARROUND55-2


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《THE EPILOGUE‐1:The virgins are all trimming their wicks》

――2001年12月 アフガニスタン マザーリシャリーフ

男の足取りは重い。
それは終わりの見えない旅と戦闘の疲れなのか、それとも悲惨なまでに荒れ果てた町の様子が
気分を沈ませているのか、はたまた厳しい冬の寒さのせいか。
どれもそうであり、どれでもいい。
多分に投げやりな心境で重さを増していく歩みを、一歩また一歩と進めていく。
男はマント代わりに頭から膝下までスッポリと覆い被せられた小汚い布で目ヤニを拭った。
その拍子に高い鼻へ引っ掛けられた金縁の丸眼鏡がずれてしまったが、彼は特に気にしていない。
どうせ片方のレンズは無く、もう片方のレンズにも一筋のヒビが走っているのだから。
この男には何もかもすべて、替えなど無かった。何もかもすべて。

ふと路肩に眼を遣れば、執拗なまでの銃撃を受けて命を朽ち果てさせたタリバン兵の躯が転がっている。
あちらにひとつ。こちらにもひとつ。そこにも、あそこにも。
「クソッ! ここまでやる必要がどこにありやがる……――」
男は他人には聞き取れない程の小声でボソリと呟いた。
もっとも、聞かれたところで彼の英国訛りの英語(クィーンズ・イングリッシュ)を理解出来る者はこの付近にはいない。
市民の大部分は難民と化して周辺国の国境付近へ逃げ去り、残った者達はこの金髪の西欧人を
遠巻きに眺めているだけである。
その表情は一様に暗く、疲れ切っている。
そして、その疲弊した瞳の奥には、自分を始めとする欧米人への怨讐が渦巻いていた。

男は歩き続ける。
もう幾つもの町々を歩いてきたが、制圧を終えて治安維持の為に駐留している筈の米軍兵士の姿は
ほぼ皆無に等しい。
かえってタジク人やウズベク人らの北部同盟軍兵士の姿をよく見かけるくらいだ。
米軍がこの地から去ってしまう訳は無く、おそらくは圧倒的な勝利に弛緩した軍律が、本来の職務を
半ば放棄させているのだろう。
男はその様を想像し、己の前身を思い返せば、憤懣やる方なしという念が後から後から湧いてくる。
「馬鹿野郎共が……! どいつもこいつも大馬鹿野郎だ……」
思わず汚いスラングが口を突き、遣る瀬無さに足が止まってしまった。
歩みをやめると、疲労と焦燥を伴う疑問が嫌でも頭を過ぎる。
この旅の間に何度も考えて、そして何度も考えまいとしていた疑問が。
「一体、アイツは何体のホムンクルスを流しやがったんだ……? どれだけの国に……?」
すべてを知ったその時から総司令官の座も何もかもを捨て、反逆の謗りを受けながら組織を、
母国を飛び出したのがもう大昔のように感じられる。
ここまでの、そしてこれからの果て無い戦闘を思うと、それだけで悲鳴を上げたくなりそうだ。
「チクショウ、倒しても倒してもキリが無えぜ……」
誰に褒められるでもない。誰に認められるでもない。そして、誰に知られる事もない。
それでいて、決してやめる事の許されない戦いの日々。

男は道の端に腰を下ろした。
こんな動作ももう飽きる程に繰り返してきた。
歩き、戦い、疲れ、休む。
だからこそこの動作の後に襲いかかってくる、抑制の利かない感情の波もいつもの事と諦めている。
擦り切れた肉体や精神が真に狂い出すのは激しさの中ではない。休息の時なのだ。
「ハッ、ハハッ……! ああ、ホントの大馬鹿は俺だ……。何も知らずに、何も出来ずに……」
こんな時はいつも二つの顔が浮かぶ。己の人生に欠かせなかった大切な二人の存在。
頭を垂れて地を眺めても、顔を上げて空を眺めても、瞳を閉じた暗闇の中でさえも。
浮かんでくるのは失ってしまった、最早取り戻せない彼らの顔だ。
真実を聞かされても、裏切られた憎しみや悲しみは無かった。
あったのは途方も無い喪失感、それに絶望。

少年時代からずっと隣にいた戦友。彼がいればどんな危険な戦場も切り抜けられる気がした。
「ブン殴ってでも眼を覚まさせてやればよかった……。俺は親友(マブダチ)失格だ……」

彼にとって唯一の家族と呼べる存在。その成長を見守るのが最高の生きがいだった。
「何が弟同然だ、何が息子同然だ。本当に悩んでいた事は何一つわかってやれなかった……」

行き着く先はいつもひとつだ。今となっては詮無きひとつの思い。
「あの時……俺が一緒だったら……」
泣けない。泣きたくても涙が涸れて果てたかのようだ。
涙は数年前のあの日に流し尽くしてしまったのか。
代わりに湧き出してくるのは絶える事の無い後悔と自責の念だ。
そして、それだけが彼を突き動かした。
組織も祖国も信仰も捨てさせ、己が撒き散らしたも同然の化物共を狩り取る旅へと突き動かした。

気づくと、座り込んだ男の前に一人の少年が立っていた。
現地市民の子なのだろう。年の頃は十歳くらいか。
男に向かって話しかける訳でもなく、ただ瞳を潤ませて鼻水をすすっている。
「どうした? 坊主」
声を掛けても返事は無い。それどころか、眼から流れ落ちる涙は量を増していく。
男は持て余さないでもなかったが、これくらいの年頃の子供はいつも彼の空虚な心を僅かに
温かくさせる。
思い出がそうさせるのだ。
目の前の少年は、彼の記憶に生きる存在とは似ても似つかないが、それでも幸せに溢れていた
あの頃を思い起こさせた。
「フフッ……。よし、待ってろよ。確かこの辺にクッキーがまだ……」
持ち歩いていたズタ袋をゴソゴソと探っていた男は、やがてあるものを見咎めた。
汚れに汚れていてわかりづらかったが、少年が着ているシャツの胸の部分が血に染まっている。
何者かに乱暴でも受けたのか。それでこんな外国人である自分なんかに助けを求めたのか。
生来の直情と正義感は、疲労も精神の乱れも忘れさせた。
「おい、それは……。ちょっと見せてみろ!」
手荒に少年のシャツをはだけさせると、男は驚愕に言葉を失った。
少年の胸部には粘土の塊に似たプラスチック爆弾と起爆装置がテープで留めてあった。
それと素肌に刃物か何かで直接刻まれた、あの忌わしい“章印”。
“奴ら”だ。ここにも奴らがいるのだ。
「クソッ……! 何て事をしやがんだ!」
「ア、アッラーは、お前たちを、け、決してお許しに、ならないぞ……」
涙声で途切れがちの少年の声は、男の耳には入らない。
助けなければならない。もう誰も死なせない。
救える命はすべて救わなければ。
「動くなよ! 大丈夫だ! すぐに外してやるからな!」
男は懐からある物を取り出しつつ、起爆装置に手を伸ばした。

一瞬の閃光の後、凄まじい衝撃と炎が彼ら二人を襲った――



『今晩は。BBCニュース、エミリー・メイトリスです。
今日最初のニュースは、未だ緊張の続くアフガニスタン、マザーリシャリーフで発生した爆破事件の続報から――
事件に巻き込まれ、死亡した英国人男性の身元が判明しました。男性の名はカイト・ヘンダーソンさん、45歳――
ヘンダーソンさんの所持していた身分証の一部から元英国空軍の退役軍人である事が明らかになっていますが、
同空軍広報担当官は「カイト・ヘンダーソンなる人物が所属していた記録は存在しない」とコメント。
謎は深まる一方で――』



「ああ、どうも。連絡は受けてるよ。北部同盟軍のアジスだ。よろしくな。
え? はあ、六角形の石……? さあてねえ、俺が現場を調べてた時にゃ見当たらなかったけどな。
俺が見つけたのは報告書にある通り、身分証の一部と黒焦げのガラクタくらいなもんさ。
すごい爆発でね、死体だって総出で探し回ったけど見つからない部分の方が多かったよ。気の毒に……。
それにしても……この前も黒服の男が何人か来て『六角形の石は?』なんて聞いてったけど……。
なんだい、そんなに値打ちもんなのかい?」





次回――
帰還。大切な人。黙示録。螺旋。
《THE EPILOGUE‐2:It's name it said on him was Death, And Hell followed with him》