神の手によって、一人の武術家の人生に幕が打たれた。自らが認めた男を、武神は他な
らぬ自らの技によって葬った。
本来は武を汚した罪で処刑される身であった男は、一ヶ月に及ぶ試練をくぐり抜け、神
と並んだ。しかし、残念ながら神を超えるには至らなかった。
亡骸を背にする武神。
「残念だ。君は私の予想を超えることはできなかったようだ」
背後には右手だけで不器用に立ち上がろうとする加藤の姿があった。
「今日まで生き抜いた意地もあろう。勝って帰って会いたい者もいよう。君が立ち上がる
ことは、私には分かりきっていた」
「……そうかよ」
「ついでにもう一つ教えておこう。もう一度、我が“正中線四色四連突”を受ければ、さ
しもの君とて死ぬ」
そりゃあそうだ、と加藤は内心で苦笑する。
武神が歩を進める。間合いが縮まるたび、加藤の寿命も縮む。無情にも、程なくして両
者の射程が触れ合った。
──正中線四色四連突。
技が触れるより、いや技が発動されるより速く、加藤は両足を地から離していた。跳び
足刀が武神の首に突き刺さる。すばやく着地すると、同じく足刀を今度は武神の右の足甲
に叩きつける。足に杭を打たれたようなものだ。
「ぬっ」
「これで脱力もクソもねぇ」
眉間、人中、顎と一本拳をテンポよく当て、杭にしていた足にてハイキック。どれもが
野球でいえばホームラン級のジャストミート。
武神、たまらず二度目のダウン。
すかさず跳ね起きた武神の両手には、菩薩が宿っていた。
「終わらせる」
武が弱者の為に存在するのならば、殺気を宿さぬ両拳はまさしく武の象徴。武神の目が
心なしか吊り上がる。
菩薩の拳による猛ラッシュ。
一切の念を含まぬ無垢な打撃には、いかなる達人も地を舐めるしかない。
「なんだと」
愕然とする武神。次々に迫る菩薩を、達人ではない加藤が右手一本だけで紙一重ながら
捌いている。読まれている。
「ケッ、どうしたよ武神さんよ、当たらねぇなぁ」
「なぜだ」
「確かにいいよな、こいつはよ」
菩薩の拳を右手で真似る加藤。むろん見た目だけで、殺気を隠匿する能力など備わって
いない。
「でも菩薩ってのもよぉ、万能じゃねぇんだよ」
神が人間に諭される。立場が逆転している。
「いくら殺気がないっつっても、あれだけ打たれりゃイヤでもリズムが分かってくる。ト
ーナメントの時も、館長はとっておきの場面までそいつを温存しておいた。なぜだか分か
るかい」
加藤は怒っていた。ある男が生涯を賭して見出した空手の完成形が、このような使われ
方をしたことに。
「てめぇ如きがバカみてぇに大安売りしていい技じゃねェんだよォッ!」
本当ではない正拳。いつもの拳が武神にクリーンヒット。薄いダメージながら後退する
武神に、加藤は言い放つ。
「ついでにもう一つ教えてやる。というか指摘してやるよ」
「人間が私に指摘、だと?」
「おうよ。正中線四連突なんつぅ軌道がバレバレの技をわざわざ予告して打ったり、乱発
すると効果が薄くなる菩薩の拳でラッシュしたり、どうも引っかかってた。てめぇ──。
ほとんど実戦経験がないだろ」
らぬ自らの技によって葬った。
本来は武を汚した罪で処刑される身であった男は、一ヶ月に及ぶ試練をくぐり抜け、神
と並んだ。しかし、残念ながら神を超えるには至らなかった。
亡骸を背にする武神。
「残念だ。君は私の予想を超えることはできなかったようだ」
背後には右手だけで不器用に立ち上がろうとする加藤の姿があった。
「今日まで生き抜いた意地もあろう。勝って帰って会いたい者もいよう。君が立ち上がる
ことは、私には分かりきっていた」
「……そうかよ」
「ついでにもう一つ教えておこう。もう一度、我が“正中線四色四連突”を受ければ、さ
しもの君とて死ぬ」
そりゃあそうだ、と加藤は内心で苦笑する。
武神が歩を進める。間合いが縮まるたび、加藤の寿命も縮む。無情にも、程なくして両
者の射程が触れ合った。
──正中線四色四連突。
技が触れるより、いや技が発動されるより速く、加藤は両足を地から離していた。跳び
足刀が武神の首に突き刺さる。すばやく着地すると、同じく足刀を今度は武神の右の足甲
に叩きつける。足に杭を打たれたようなものだ。
「ぬっ」
「これで脱力もクソもねぇ」
眉間、人中、顎と一本拳をテンポよく当て、杭にしていた足にてハイキック。どれもが
野球でいえばホームラン級のジャストミート。
武神、たまらず二度目のダウン。
すかさず跳ね起きた武神の両手には、菩薩が宿っていた。
「終わらせる」
武が弱者の為に存在するのならば、殺気を宿さぬ両拳はまさしく武の象徴。武神の目が
心なしか吊り上がる。
菩薩の拳による猛ラッシュ。
一切の念を含まぬ無垢な打撃には、いかなる達人も地を舐めるしかない。
「なんだと」
愕然とする武神。次々に迫る菩薩を、達人ではない加藤が右手一本だけで紙一重ながら
捌いている。読まれている。
「ケッ、どうしたよ武神さんよ、当たらねぇなぁ」
「なぜだ」
「確かにいいよな、こいつはよ」
菩薩の拳を右手で真似る加藤。むろん見た目だけで、殺気を隠匿する能力など備わって
いない。
「でも菩薩ってのもよぉ、万能じゃねぇんだよ」
神が人間に諭される。立場が逆転している。
「いくら殺気がないっつっても、あれだけ打たれりゃイヤでもリズムが分かってくる。ト
ーナメントの時も、館長はとっておきの場面までそいつを温存しておいた。なぜだか分か
るかい」
加藤は怒っていた。ある男が生涯を賭して見出した空手の完成形が、このような使われ
方をしたことに。
「てめぇ如きがバカみてぇに大安売りしていい技じゃねェんだよォッ!」
本当ではない正拳。いつもの拳が武神にクリーンヒット。薄いダメージながら後退する
武神に、加藤は言い放つ。
「ついでにもう一つ教えてやる。というか指摘してやるよ」
「人間が私に指摘、だと?」
「おうよ。正中線四連突なんつぅ軌道がバレバレの技をわざわざ予告して打ったり、乱発
すると効果が薄くなる菩薩の拳でラッシュしたり、どうも引っかかってた。てめぇ──。
ほとんど実戦経験がないだろ」
──図星だった。
武を従え数千年を生き、美しくも強固な肉体を誇り、あらゆる理合に精通する武神。こ
れだけの条件が揃っていれば、もし千人いれば千人が、こう思い込むことだろう。武神は
百戦錬磨である、と。
しかし、武神の本懐はあくまでも人間社会に武という秩序ある力をもたらすことにある。
まれに優秀な武術家に技を与えるようなお遊びに興じることもあるが、自らが前線に出向
くことなどまずない。武の神であるにもかかわらず、武力を用いた闘争の実体験はそこら
のチンピラにも劣るという矛盾。
初めて欠点らしい欠点を看破された武神。
してやったり、と加藤が笑う。
しかし、武神は意外にも素朴な反応を示した。
「みごとだ」
「みごと?」
「よくぞ見抜いた。君にならば、あるいは全てを話してもいいかもしれん」
「ちょっ……待てよ。全て……? え?」
「だが、それも君が私を超えられればのハナシだ」
一瞬だけ和らいだ空気が、即座に引き締まる。
「再開だ」
大きく足を開き、左手で前方をカバーし、右拳を腰に据える。武神は音速拳の構え。真
っ向勝負では、破る方法は無いに等しい。
「そういや烈のヤロウは……」
地下闘技場最大トーナメント準々決勝第二試合、烈海王対愚地克巳。互角の名勝負にな
ると思われた試合は、わずか一撃で決着した。克巳は烈の空気弾を目に受け、懐に侵入を
許した挙げ句、音速拳にカウンターをもらい撃沈した。中国武術の凄まじさをまざまざと
魅せつけた一戦といえた。
音速拳の間合い外から安全に攻撃する術を、加藤は持たない。しかし、この難解なパズ
ルを解かねば、武神は倒せない。ヒントは己の五体のみ。
「行くぜ」
さっきは正中線を守り被弾を覚悟で近づくという、ベストではないがベターな策に打っ
て出た加藤だったが、今度はろくに構えもせずに突っ込んだ。これではベターどころかワ
ーストだ。
「ほう」
その様子を興味深げに眺めながら、武神はいつでも発射できるよう息を整える。
加藤は武神という国家の国境へと、急所をがら空きにして踏み込んだ。当然、迎撃ミサ
イルとして音速拳が発射される。
ところが。
放たれた突きは音速ではなかった。何の工夫もない単なる中段突き。音速だったならば
脅威であったろうが、こんなものが空手三段の加藤に通じるはずもない。あっさりと捌か
れる。
──私が、失敗(ミス)だと?
ショックを受ける武神の顎を、膝が打ち上げる。加藤は死んだばかりの左手で武神の両
目を軽く叩くと、背を向けて凶悪なまでの後ろ蹴りを鳩尾に叩き込む。
「ゲェッ!」
武神の口から液体が吐き出される。神にも胃液があるのか、それとも別の何かか。そん
な疑問を持つことなく加藤は攻め立てる。
実は、武神は音速拳を失敗したわけではなかった。
音速拳の構えに立ち向かう際、加藤がもっとも注力したのが間合いの見極めだった。
相手の拳は届かないが、こちらの足技は届くというギリギリの間合いで、加藤はほんの
軽く、武神の膝に触れるような蹴りを当てていた。直後、武神が音速拳を発射するが、膝
関節で加速の拍子がずれ──
──結果、武神の突きは音を越えなかった。
左ローから豪快な胴廻し回転蹴りが、武神に連続ヒット。
「ぐはぁっ!」
消力が機能していない。疑念と困惑が脱力に影響を及ぼしている。
だがさすがは武神、固く握られた拳から小指を捕る。しかし、加藤は指を掴まれたまま、
強引に殴りつける。
人間代表、加藤清澄の挑戦はクライマックスを迎えようとしていた。
れだけの条件が揃っていれば、もし千人いれば千人が、こう思い込むことだろう。武神は
百戦錬磨である、と。
しかし、武神の本懐はあくまでも人間社会に武という秩序ある力をもたらすことにある。
まれに優秀な武術家に技を与えるようなお遊びに興じることもあるが、自らが前線に出向
くことなどまずない。武の神であるにもかかわらず、武力を用いた闘争の実体験はそこら
のチンピラにも劣るという矛盾。
初めて欠点らしい欠点を看破された武神。
してやったり、と加藤が笑う。
しかし、武神は意外にも素朴な反応を示した。
「みごとだ」
「みごと?」
「よくぞ見抜いた。君にならば、あるいは全てを話してもいいかもしれん」
「ちょっ……待てよ。全て……? え?」
「だが、それも君が私を超えられればのハナシだ」
一瞬だけ和らいだ空気が、即座に引き締まる。
「再開だ」
大きく足を開き、左手で前方をカバーし、右拳を腰に据える。武神は音速拳の構え。真
っ向勝負では、破る方法は無いに等しい。
「そういや烈のヤロウは……」
地下闘技場最大トーナメント準々決勝第二試合、烈海王対愚地克巳。互角の名勝負にな
ると思われた試合は、わずか一撃で決着した。克巳は烈の空気弾を目に受け、懐に侵入を
許した挙げ句、音速拳にカウンターをもらい撃沈した。中国武術の凄まじさをまざまざと
魅せつけた一戦といえた。
音速拳の間合い外から安全に攻撃する術を、加藤は持たない。しかし、この難解なパズ
ルを解かねば、武神は倒せない。ヒントは己の五体のみ。
「行くぜ」
さっきは正中線を守り被弾を覚悟で近づくという、ベストではないがベターな策に打っ
て出た加藤だったが、今度はろくに構えもせずに突っ込んだ。これではベターどころかワ
ーストだ。
「ほう」
その様子を興味深げに眺めながら、武神はいつでも発射できるよう息を整える。
加藤は武神という国家の国境へと、急所をがら空きにして踏み込んだ。当然、迎撃ミサ
イルとして音速拳が発射される。
ところが。
放たれた突きは音速ではなかった。何の工夫もない単なる中段突き。音速だったならば
脅威であったろうが、こんなものが空手三段の加藤に通じるはずもない。あっさりと捌か
れる。
──私が、失敗(ミス)だと?
ショックを受ける武神の顎を、膝が打ち上げる。加藤は死んだばかりの左手で武神の両
目を軽く叩くと、背を向けて凶悪なまでの後ろ蹴りを鳩尾に叩き込む。
「ゲェッ!」
武神の口から液体が吐き出される。神にも胃液があるのか、それとも別の何かか。そん
な疑問を持つことなく加藤は攻め立てる。
実は、武神は音速拳を失敗したわけではなかった。
音速拳の構えに立ち向かう際、加藤がもっとも注力したのが間合いの見極めだった。
相手の拳は届かないが、こちらの足技は届くというギリギリの間合いで、加藤はほんの
軽く、武神の膝に触れるような蹴りを当てていた。直後、武神が音速拳を発射するが、膝
関節で加速の拍子がずれ──
──結果、武神の突きは音を越えなかった。
左ローから豪快な胴廻し回転蹴りが、武神に連続ヒット。
「ぐはぁっ!」
消力が機能していない。疑念と困惑が脱力に影響を及ぼしている。
だがさすがは武神、固く握られた拳から小指を捕る。しかし、加藤は指を掴まれたまま、
強引に殴りつける。
人間代表、加藤清澄の挑戦はクライマックスを迎えようとしていた。