SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 三十日目~ 54-1


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 起床すると武神がいた。
 いきなりすぎる。もう帰るだけなのだから、少しくらい自由時間を与えてもいいはずだ
が、このとことんまでマイペースな神に理屈は一切通用しない。
「起きたか」
「ふん、まさか起きるなりてめぇの姿を拝むことになるとはな」
「試練を終了した君を、これ以上拘束する意味はない」
「そうかい」
「まもなく君は空間転移することになるが、その前に君が得た特権を消化してしまいたい」
 突然現れた特権というキーワード。首をかしげる加藤。
「特権? なんだよそりゃ」
「私は私が認めた武術家に“武の極地”を授けることにしている」
「おいおいついていけねぇよ」
「“武の極地”とはすなわち理合、技だ」
 太極拳のような緩やかな舞いから、鮮やかな突きを放つ武神。
「“武の極地”は決して一つの形を取らず、さまざまな形で私から手渡される。ある者は
筋肉との決別から究極の脱力を、ある者は数十年の経験からどんな巨人をも手玉に取れる
合気を、ある者には四千年の英知からなる多彩な足技を、またある者には殺気を必要とせ
ぬ拳を──」
「自慢話はいらねぇよ。ようするに、俺にもとんでもない必殺技をくれるってことだろ?
ありがてェハナシだぜ」
「君は一ヶ月の試練に打ち勝った。資格は十分だ」武神の生白い手が加藤に差し伸べられ
る。「さァ、どんな技でもかまわん。おまえが望むものを与える力を私は持っている」
 加藤の心は決まっていた。
 ごく一部の武術家にのみ与えられるという特権。望んで手に入れたわけではないが、せ
っかく手にしたのだから、骨までしゃぶり尽くす勢いで利用しなければ損である。
 唇が開かれた。
「俺はなァ~んもいらねぇ」

 自身が認めた空手家からの返答は明確な拒絶だった。
 これでは手を差し伸べた武神が間抜けに映る。
「もう一度問う」
「問わなくていいぜ。俺はなんもいらねェんだ」
「無欲というわけではないな。とことんまで私に反抗するつもりか。もっとも、これほど
の反骨心の持ち主だったからこそ試練にも屈しなかったと解釈することもできるな」
「おい待てよ。俺は特権を放棄したってワケじゃねぇぞ」
「ほう。つまり“武の極地”ではない形で使いたいと」
「ご名答。俺の望みってヤツを叶えてさせてもらうぜ、武神」
「いってみろ」
「俺はよォ……」
 王者としての誇りなど欠片も持たぬ、ただ勝てさえすればよい、やさぐれた獅子が牙を
剥く。

「てめぇをぶっ倒したくてしょうがねェんだッ! 今この場で立ち合いを申し込むッ!」

 おぞましいまでの声と気迫にも一向に動じず、武神はさらりと口にする。
「気は確かか」
「当たり前だ。確かだったらこんなバカなこというかよ。さっさと家に帰って寝て、美味
いもん食って、女でも抱いて……とにかく色々楽しんでたろうさ」
「ならば何故だ」
「知るかよ。返事がねぇんなら、勝手に始めさせてもらうぜ」
「残念だ」
 本当に無念そうに、ゆっくりと目を閉ざす武神。たったそれだけの行為で、大地も海も
空も、死んだように静まり返ってしまった。
 永遠に続くかと錯覚してしまうほどの混じり気なしの静寂は、他ならぬ武神の手によっ
て破られた。
 武神が目を見開く。
 スタンディングオベーションのように、彼を中心とする空間がわっと沸き立った。真の
闘気は変幻自在、静にも動にも化ける。これこそが武だ。
「仮初にも武を司る一個人として、挑まれた戦いには全力を以て応じねばなるまい」
「そうこなくっちゃな……」

 神に人は追いつけない。追いつけるはずがない。しかし、加藤清澄という武士(ものの
ふ)はついに神と同じ土俵に立つことに成功した。
 先手を取るのは挑む者、すなわち格下というのが通例である。通例とは縁遠い性質を持
つ加藤もまた、図らずもこの大原則に従う形となった。
「行くぜァァァアッ!」
 出し惜しみは不要。全力に始まり、全力で終える。加藤が初弾に選んだのはボクシング
でいうストレート、正拳突き。
 ──だが。
 拳はフェイント、代わりに左足が金的に向かって突き進む。
「甘い」
 これを武神、右手でキャッチ。が、加藤は残る右足で跳ぶと、それを武神の顔面に思い
切りぶつける。グチャ、と気色悪い音が鳴った。初弾をみごと決めた加藤は後方に回転し
着地、武神の白い全身は角度でいえば五度ほどぐらついた。
「む」
 鼻の右穴から一筋の血がにじむ。いきなり武神が出血した。
「神様でも血ィは赤いんだな、やっぱ」
「すばらしい成長だ。試練を課した私としても鼻が高い」
「ふん……」
「しかしこれからまさに格闘士として全盛を迎えようとしている君は、私に挑んでしまっ
た」武神はため息をつく。「私は、君の人生を終わらせるつもりだ」
 神の口から語られた、事実上の殺害宣言。口先だけの脅しではない、なぜなら神だから。
神なのだから、殺すといったら殺す。
 むろん恐れはある。気に喰わないが、加藤とて武神の強さは認めている。しかし、それ
でも攻めることは止めない。
 迷いのない猛突進から、左ハイへとつなぐ。文句のつけどころのないタイミングだった。
(入るッ!)
 鉄の左足があと一ミリでこめかみにヒットする。
 そして強烈な破裂音が生じた。

 ヒットしたのはなんと武神の拳。拳周りから細い煙が立ち込めるほどの速度(スピード)
であった。まともに喰らった加藤は被弾した胸を押さえ、激しく吐血する。
 まさかの大ダメージ。短期間での回復は難しい。一点差で勝っていたのに満塁ホームラ
ンで逆転されたようなものだ。失神寸前のコンディションにありながら、加藤は今受けた
技に関して分析を巡らせる。
(似てた……! こいつは、克巳さんの……ッ!)
「音速拳。近年では愚地克巳に授けた技だ」
 困惑する加藤の心を読んだかのように、武神は丁寧に説明を付け加える。
 武神が音速拳を使えるとあっては、うかつに懐には飛び込めない。腕の長さ(リーチ)
イコール、必殺の間合い。
 目まぐるしいフットワークで時間を稼ぎながら様子を伺うが、音速拳は近代体育の究極
とも謳われた秘技。たやすく活路を見出せるはずもなく──
(何発か喰らうのは避けられねぇっ! だが必ず喰らった以上の攻撃を決めるッ!)
 ──空手家は覚悟を決めた。
 正中線を守るように構え、勇気を振り絞って、音速の支配圏に侵入する。
 ここから先はいつダース単位の拳が飛んで来てもおかしくない。一発目が決まったと同
時に凄まじい連射砲が叩き込まれるはずだ。
 しかし、来ない。
 とうに音速拳のエリアだというのに、武神には動く気配すらない。いや、攻撃の際に必
ず必要となる殺気すら漂わせない。
(音速拳を出さねぇつもりか──? ならかまわねぇ、打ち込むッ!)
 守りを解き、攻撃体勢に入る。──途端、加藤の鼻先に右拳がめり込まれた。
 菩薩の拳。この世に生を受けた赤子が初めて形作る拳。赤子ゆえに純粋、純粋ゆえに自
然(ナチュラル)、自然ゆえに殺気が混ざる余地などない。
「ガァァアッ!」
 加藤、怒りの反撃。全体重を乗せたワイルドパンチが顔面を捉えた。
 当たった。なのに、手応えが無い。何事もなかったかのように、武神はふわりと着地し
てしまう。
「消力(シャオリー)だ」
 哀れむように言葉が紡がれる。
「一つ伝えておこう。この世に存在する技術で、私に使用(つか)えぬものはない」