SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 二十九日目~ 54-4

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 前へ、前へ、ひたすら前へ。
 額から滝の勢いで流れ出る血を拭うことすらしない。目は入り込んでくる血などお構い
なしに、前を向いている。
 金的にアッパーを当て、頚部に吸い込まれるような右上段廻し蹴り。跳び上がって末堂
の頭を両手で掴むと、全力のヘッドバットを叩き込む。末堂のひしゃげた鼻から、鼻汁の
混ざったゼリー状の鼻血がこぼれ落ちた。
 いちいち手応えに一喜一憂せず、自らの力を一滴残らず絞り出すことを目的にした異常
なファイト。
 無意識に加藤は祈っていた。止まるな。止まってくれるな、俺の身体よ。
 返しは末堂の左ハイ。これを屈んでかわす。頭髪が十数本刈り取られるほどの威力。
 だがこの時、軸足となった末堂の右足が空いた。刹那の空白。加藤は判断するより先に、
反射的に行動に移っていた。
「セイィィィッ!」
 狙いを膝一点のみに絞った下段突き。拳が半回転しながら、猛スピードで衝突する。

 べきっ。

 白い皿が砕けた。
 もし加藤がレストランの皿洗いのバイトだったなら、先輩に注意を受けた挙げ句、腹い
せに他の皿を何枚も壊してクビになっていただろう。
 支えを一本失った末堂がバランスを崩し、尻餅をつく。
 加藤はニヤリと笑みをこぼした。今なら、どんな攻撃だって入る。
「ヂャッ!」
 必殺の目突きが、末堂の両目に照準を定め発射された。
 加藤にとっては、一メートル離れたゴミ箱に紙くずを投げ入れるより、たやすい仕事だ
ったはずだった。
 間違いなく命中するはずだった目突きは、眼球五ミリ手前で寸止めされていた。
 心なしか、目突きを放った指が小刻みに震えている。
 五つある感覚のうち一つを再起不能にする。他人の目を潰すなど、加藤にとっては日常
茶飯事であった。もう戦えない相手の片目を制裁という名目で潰したり、眼窩から伝わる
生の体温に愉悦を覚えるなど、常軌を逸していた。
 しかし今、加藤は勝利を百パーセントとする一手を仕損じた。
「なんで俺は……」
 本人も戸惑っている。なぜ寸止めしてしまったのかまったく分からない。この試合はノ
ールール、しかも先に目突きを仕掛けていたのは末堂の方だ。理由がない。
 勝利を捨てた代償は大きかった。
「カァトォォ……」
 壊れた膝を引きずるように、末堂が立ち上がっていた。
「すっ、末堂っ!」
「カトォォォォォォォッ!」
 左肩に手刀を落とされる。
「つぅっ!」
 膝を壊されていながら、加藤の体全体が左にぶれるほどの威力。
 次いで残った左でのローキック。左上から右下に移行する対角線コンビネーション。こ
れも見事に太股を抉った。
(俺は間違っていたのか?)
 ワンツーからのラスト、末堂は正拳中段突きの構えだ。
(目突きをぶち込んで勝つべきだったのか?)
 突きが放たれた。
(いや)
 加藤は横にかわし突きの軌道から逃れると、
(もしあそこで末堂に目突きを決めちまったら)
 回転し、
(んなもん、空手家じゃねぇッ!)
 カウンターのバックハンドブローが顎に決まった。

 遠心力をたっぷりと含んだバックブローは、末堂の顎を透き通るように打ち抜いていた。
 だが倒れない。脳を揺らしたくらいでは今の末堂は沈まない。あと一押し。
「末堂ォッ!」
 教本や写真にしか存在しない神心会のおとぎ話。到底自分如きが会得できる技ではない
と、心のどこかで思い込んでいた。しかし、数々のおとぎ話を体験してきた今ならば、会
得する資格があるはず。
 人中、喉、鳩尾、金的。人体のど真ん中を、瞬時に四回打ち抜く奥義。汚れた武道家に、
武より試練の時は来たり。
 加藤は──

 神心会秘技、正中線四連突。

 ──資格を得た!
 至高の四連撃。魔獣と理合が手を握り合った。不沈の戦艦だった末堂が、力なく海底に
沈んでいく。もう当分浮かび上がることはあるまい。
「加藤清澄よ、君の勝ちだ」武神による勝ち名乗り。「これで試練は終了だ」
 急速に力が抜け、両膝をつく加藤。もう指一本動かす力すら残っていない。
「これで……俺は帰れるんだな?」
「無論だ」
「嘘じゃねぇだろうな」
「私は約束は守る。明日一番で、君は空間転移することになる」
「……ところで、末堂のヤロウはどうなるんだ」
「まだ決めてない。もっとも、しばらくの休養の後、東京に戻すことになるだろう」
「それにしても、なんであいつはここに」
「私はそろそろ去らせてもらう。君も今日のところはもう休むがいい」
 武神は末堂を肩に抱え上げると、煙となって消え去った。

 永い永い道のりだった。
 試練を制覇した男がまずしたことは、喜ぶことでなければ、名残を惜しむことでもな
かく、寝ることだった。
 第一の試練『虎』
 第二の試練『リアルシャドー』
 第三の試練『軍隊』
 第四の試練『ナイトメア』
 第五の試練『女』
 第六の試練『騎士』
 第七の試練『カラーファイター』
 第八の試練『芸術家』
 第九の試練『模範体』
 第十の試練『女Ⅱ』
 第十一の試練『城』
 第十二の試練『老力若技』
 第十三の試練『格闘ゲーム』
 第十四の試練『エリート』
 第十五の試練『魔法使い』
 第十六の試練『風神と雷神』
 第十七の試練『死』
 第十八の試練『竜』
 第十九の試練『邪神』
 第二十の試練『親友』
 武神の差し金で神々から送り込まれた二十の試練。
 空手という名が示すように、加藤はこれらに素手で挑み、みごと打ち勝った。
 もはや島を脅かす者は存在しないというのに、眠れる獅子の両手には、しっかりと拳が
握られていた。