SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ ヴィクティム・レッド 54-2


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 翌朝、サイボーグ研究施設の一角、なにかの実験に立ち会っているバイオレットを捕まえ、
レッドはセピアのことを彼女に切り出した。
「セピアの……過去だと? なぜそんなことを聞く?」
 自動販売機の横の長椅子に腰掛け、缶コーヒーのタブを開けながらバイオレットは問い返した。
 ぐっと言葉に詰まるレッドだったが、その様子でなにかを察したのか、彼女はそれ以上問うような事はしなかった。
 代わりに、缶の飲み口に目を落として淡々と語り始める。
「セピアがカラーネームを獲得する以前……『M-107』と呼ばれていた頃、
わたしと彼女は同じラボに登録された実験体(ヴィクティム)だった。
ある合同実験に被検体としてわたしと彼女が選抜され、それ以来、顔を合わせれば言葉を交わすようになった。
といっても、それほど親密な付き合いがあったわけではない。
本当に世間話程度のことしか話さなかったし、お互いの『本当の名前』も知らなかった」
「『本当』の……名前?」
「ああ。マテリアルナンバーではない、『名前』だ。仲の良い者同士で姉妹の契りを交わし、
互いに名前を付け合う──そんな稚気に満ちた、そして切実な『姉妹ごっこ』がそのラボの密かなしきたりだった。
あなたのいたラボではそういうのは無かったのか?」
「──無かったな。こっちは徹底的に番号で管理されてたからな。
露骨な賞罰主義と競争主義が横行してたから、横の繋がりなんかなかったぜ。
周りは全部、敵さ。そこでまともな生活を送ろうと思ったら、まず隣のやつを蹴落とさなきゃ始まらねえ」
「ずいぶん殺伐としてるな……設計思想の違いか?」
「だろうな。スタンドアローンの戦闘行動に耐えうる、独立性と攻撃意欲の高い個体を創ろうとしていたみたいだった。
で──晴れてオレが『グリフォン』の適応者として最終選抜まで生き残ったってわけだ」
「なるほど……貴様の同族意識の希薄さと、能力に見合わぬ傲慢さは、そこで育まれたというわけか」
 いきなり話に割り込んでそう言ったのは、レッドと同じく『戦闘型』の思想の元に性格設計を為された『キース』、
『マッドハッター』のARMSを持つキース・シルバーだった。
「あんたにだきゃあ言われたくねーよ、シルバー」
「愚かなことを言うな。オレには実力の裏打ちがある。強力な能力があるからこそ、強者として振舞っているだけだ。
それに──オレは貴様のように、野良犬を躾けるような育て方はされていない。
名前の交換などと、傷の舐め合いじみた真似をする必要も無かった。
研究者たちがマテリアルナンバーの他に、生活上の個体名を割り振っていたからな」
「……はっ。籠の小鳥よろしく大事に育てられてましたってか?
あんたのそのオレ様的な性格はそうやって培われたってわけだな?」
 せせら笑うレッドに、シルバーが眉根を寄せる。
「貴様……オレを愚弄するか?」
「ふざけろ、オレはあんたが言った言葉を返してやっただけだぜ」
「レッド。兄さんに対してそういう口の利き方をするものじゃない。
──シルバー兄さんも、やめてください。どうしてわざわざ相手の気分を害すようなことを言うのです?」
 まるで子供をたしなめる母親のように、バイオレットは厳しい口調で二人を諭す。
 シルバーは不満そうにぷいと横を向くが──ややあってからぼそりと漏らす。
「オレに言わせれば、貴様の方が最適な環境下で教育されたということだ。
なまじヒトの感情などに惑わされると、闘争意識を阻害することになる。
極限の戦闘状況に於いては、感情などというものは無用な邪魔者に過ぎず──、
そして、オレや貴様のような純粋な戦闘型のARMSでは、行き着く先は『極限の戦闘』より他にないのだからな」
「一緒にすんな。オレはあんたと違う。クリフのときのように、ガキ一人に大暴れなんてしねーよ」
 なおも殺気を飛ばしあう二人のキースに、バイオレットはうんざりしたように溜め息をついた。
「分かったわ。もう結構。話を逸らしたわたしが悪かったわ。元に戻しましょう。
──先にARMSの移植に成功したのは、実は彼女のほうだった。
『モックタートル』……アリスを言葉遊びでからかう『代用海ガメ』の名を冠した、情報制御用アドバンスドARMS。
それとともに移植成功者を意味するカラーネームを得、彼女──『M-107』は『セピア』となった。
だが──問題があった」
 缶コーヒーを飲み干したバイオレットは「缶はダメね、期待してなかったけど」と肩をすくめ、
空き缶を自動販売機横のダストシュートに放り込む。
「問題って、なんだよ」
「問題点は二つあった──ARMSが正常に定着しなかったことと、セピア自身の肉体に欠陥があったことだ。
知っているだろうが、我々という存在は珪素生命体であるARMSと、
炭素生命体であるヒトとのハイブリッド・オーガニゼーションだ。
根本から異なるルーツの種をひとつの個体に同居させるには、非常に繊細なバランスが要求される。
セピアの場合、そのバランスが危ういくらいにぎりぎりのレベルで、ほんのわずかにARMS側へ傾いていたの。
ARMS統制情報を抑制するリミッターこそ必要としなかったものの、
一度ARMSを解放するとたちまちに異常侵食の徴候を示したわ」
 異常侵食──人体とARMSとの最適なバランスが崩れたときに発生する、ナノマシンの爆発的な増殖。
 その場合のほとんどは、外部から抑制信号を強制的に流し込まない限り、瞬く間に装着者の全てを食らいつくし、死に至らしめる。
「そして──セピアは心臓に先天性の疾病があった。心筋が萎縮傾向にあり、血液を全身に送る力が弱かったの。
そうしたヒトの脆弱さをカバーするのが、そもそものARMSの第一義であるはずなのだが──
やはり、ARMSが彼女に上手く適応していなかったのだろうな。彼女はやはり虚弱なままだった。
ARMS発動の負担に耐え切れず、発動実験の度に瀕死に陥っていたよ。
ラボの研究員たちは、そんなセピアに『再調整』を加えるべく、わたしの知らないどこかの研究施設へ送ることを決定した。
一度与えたはずのカラーネームを取り上げ、再び何者でもない『M-107』としてね」
 レッドが初めてセピアと出会ったとき、彼女が自分自身を評価した言葉──「出来損ない」
 その意味を、レッドは今になってやっと知ったと思う。
「話は前後するが……ちょうどその頃に、わたしも次なるARMSの移植者として選抜されたわ。
アドバンスドARMS『マーチヘア』と──カラーネーム『バイオレット』をその身に宿す者の候補として。
無菌室で寝たきりになっていた彼女は、まるで自分のことにようにそれを喜び、わたしを祝福してくれた。
そして、わたしたちは約束した。いつか、このラボではない外の世界で『セピア』と『バイオレット』として再会を果たすことを。
その時こそ『本当の名前』を教え合って──本当の姉妹となることを。
わたしと彼女はそこで別れ、連絡の取れないまま数年が過ぎた。
そこから先は、あなたたちのほうが詳しいはずよ。
反エグリゴリ組織『ブルーメン』が、彼女のいた施設を襲撃し、その身柄を拘束した。
正確にはブルーメンの正規部隊ではなく、ある小国の機械化部隊に浸透した下部組織だったのだけれど。
ブラック兄さんが彼らの潜伏先を突き止め──あなたとシルバー、そしてグリーンの手により、彼女は奪還された。
レッドの報告書を読んでわたしも知ったことだが、その頃の彼女はすでにARMSを問題なく制御できるレベルに回復しており、
『ニーベルングの指輪』という特殊能力まで発現させていた。
かくして彼女は一度失ったものを取り戻し、『キース・セピア』としてわたしの前に現れた。
──それがつい数ヶ月前の出来事よ」
「……その『約束』とやらは履行されたのか、バイオレットよ」
 シルバーが訊くと──バイオレットは俯きがちに首を横に振った。
「確かに、わたしたちは再会を果たした。
セピアはわたしを『お姉さま』と呼び──少し大袈裟に過ぎるとは思うが、わたしもそれを受け入れている。
だが……なにかが違っていた。彼女の心には、以前には無かった壁が張り巡らされるようになっていた。
それをわたしに思い知らせたのが……『名前』だ。セピアは、わたしに『本当の名前』を教えてくれない」
 バイオレットの端正なおもてにいっとき陰が走り、
「その約束だけは、今も宙ぶらりんのままだ。
セピアがエグリゴリ本部に配属され、彼女と何度も接するうち、わたしは彼女の中にあるジレンマに気がついた。
それが──以前、あなたにも話しただろう、レッド。彼女の強力な警戒心と、それに拮抗する交流意識だ。
セピアは、根っこのところで他人と親しくすることを怖れている──
その一方で、驚嘆すべき自制心で対外的には快活さを以って接触している。
その『ハリネズミのジレンマ』を地で行く行動心理が、彼女のARMS『モックタートル』に由来するもの──
研ぎ澄まされた皮膚感覚と情報制御のための交感志向の産物だと、わたしは思っているが……本当のところは知らない」
 ここまで語り終え、バイオレットは「ふうっ」と重く息を吐いた。
 それはまるで、心の重荷をわずかに降ろした告解者のような風情で。
「セピアが……そのどっかの施設にいた頃のことは? そこでなにかがあったんじゃねーのか?」
 そんなレッドの質問に、バイオレットは再び静かに首を振った。
「訊いたことはあるが……セピアは答えてはくれなかったよ。
わたしは姉として失格だな──そう考えると、あの『約束』はわたしのほうからも破っているのかも知れないな」

 ──そして、再び夜が来る。
 ブラックに提出しなければならない書類の山に頭を抱えるレッドの隣で、セピアは暢気にテレビの通販番組を眺めている。
「あ、レッド、見て見て見て! 『ガンコな汚れにグッド・バイ、超々強力洗剤【マジカルクリーナーXXX】』だって!」
「だからなんだってんだ」
「──これ、欲っしー! レッドも欲しいでしょ?
カーペットのシミもレンジの焦げ付きも猫の引っかき傷も、みんなまとめて溶解しちゃうんだって!」
「そんなあからさまな危険薬品いらねーよ! あんた、ちょっと静かにできないのか?
こっちはブラックの野郎に押し付けられた調査書やら報告書やらを今晩中に片付けなきゃいけないんだよ、
手伝えとは言わないが、邪魔だけはしないでくれ」
「あら、手伝ってあげようか? わたし、そういうの得意だよ?」
 マジか? と心が動きかけたレッドの目の前で、セピアの瞳がいたずらっぽくきらりと光り、
「『可愛くって賢いセピアちゃん、お願いします』って言えたらね」
「か──いーよ、別に頼まねーから」
「……あ、もしかして今、言おうとした? ねえ言おうとした? ねえねえねえ、ねーってば」
 そのうざったさに閉口するレッドに構わず、セピアはレッドの肩をがくがく揺さぶって問い詰める。
「うるせえな……頼まないから大人しくしてろ」
 そろそろ堪忍袋の緒がやばいことになってるレッドの、相手を押しのけようとする手をセピアはひょいと軽い仕草でよける。
 そのまま、カウンター攻撃を決めるボクサーのように、レッドの懐へ飛び込む。
 鼻から数センチの距離に彼女の顔があった。
 と、ヒット・アンド・アウェイのように、ばっと身を引き、にぱっと笑みをこぼす。
「うふふ、いいわよ、手伝ってあげる。敢闘賞よ。言おうとした努力だけは認めてあげるわ」
「なにも言ってないし言おうともしてねーよ。──おい、書類に触るな」
「まあまあまあ、いいじゃないですか」
 紙束を取り返そうとするレッドの手をいなし、セピアはボールペンを拾う。
 レッドは憮然としてそんなセピアを眺めていたが──やがて諦めがついたのか、
忌々しげに舌打ちし、手元に残された書類を片付ける作業に取り掛かった。
 ──しばらくの間、二人は無言だった。
 ペンが紙とテーブルを引っかくカリカリした音と、低く唸る空調の排気音、
テレビの通販番組に登場する場末のタレント二人がなんでもヘルシージュースに変えてしまう超高性能ミキサーを
これでもかと交互に褒めちぎる美辞麗句が、その二人の沈黙を埋めていた。
 ふと、レッドの手が止まる。
「──なあ、セピアよ」
「んー?」
「調子はどうだ?」
「上々よ、ありがとう」
「あー、そうじゃなくてだな」
 しばし言葉を探してレッドの視線が宙を彷徨い、
「なにか……困ったことはあるか?」
「ないよー」
 即答だった。
 これまで、セピアの数々の奇矯な発言や行動に手を焼かされてきたが──、
 今の言葉こそ、極めつけにレッドを唖然とさせた。
 困ったことが──ない?
 そんなこと、あるはずがない……あるはずがないはずだった。
 エグリゴリという檻の中に生まれ、組織の有するありとあらゆる負の面を凝縮したような存在である『キース』が──、
「なにもないってのか。人生は上々だ、と?」
「うん」
「あんた、自分のこと『出来損ない』だって言ってたじゃねーか」
 地雷を踏むような予感は十分にあったが──その言葉を口にするのをどうしても止められなかった。
 ぴたりとセピアの手が止まる。
 そして顔を上げ、
「……だから?」
 そこに浮かぶセピアの表情は──なにも無かった。
 凪を迎えた水面のように、『分厚い』無表情が、そこにあった。
 レッドは、ここで初めてセピアの『表情』を見たように思う、彼女のその鉄壁を実感したと思う。
 バイオレットが度々言っていた『警戒心』──正直、その言葉の意味をレッドは量りかねていたが、今なら分かる。
 思い知る。彼女がレッドに、そして周囲のものに見せていた明るさは、目くらましだったことを。
 レッドは、きっと戦慄していたのだろう。
 彼の目の前にいる少女は──もはや『少女』ではなかった。
 ヒトのかたちをした『なにか』、
「────」
 声が聞こえる。
 レッドに囁きかける、沈黙の天使。
 虚無の深淵に立つ、ヒトのかたちをした──どうしようもないくらいにたった一つの孤独。
 かける言葉を失い、ただそこにいるだけとなってしまったレッドをじっと見つめていた『それ』は、やがてのろのろと顔を伏せた。
 そうしてやっと──『それ』は『セピア』へとなった。
 そして、再び、部屋の中に音が戻ってくる。
  ペンが紙とテーブルを引っかくカリカリした音と、低く唸る空調の排気音、
テレビの通販番組に登場する場末のタレント二人が一日三分で驚くほどスリムアップできる革命的ダイエット器具を
これでもかと交互に褒めちぎる美辞麗句が、沈黙を埋めていた。
 その騒がしい沈黙に身をゆだね、ひたすらに書類にペンを走らせるセピアの横顔は、
 ──どこか悲しそうだった。