『真紅と辛苦のデイズ_前編』
武藤カズキが月から帰ってきてから数週間、彼と、その大切な者たちは平和を満喫している。
戦団は規模縮小・活動凍結に向けて動き始め、ヴィクター率いるホムンクルス勢も月面への移住計画を着々と進行させていた。
カズキが駆け抜けていったいった激闘の日々はもはや過去になりつつあり、もうあの少年を戦いに駆り立てるものはどこにもなく、
彼に訪れたささやかな安寧の日々を脅かすものはなにもない。
──そのはずだった。
戦団は規模縮小・活動凍結に向けて動き始め、ヴィクター率いるホムンクルス勢も月面への移住計画を着々と進行させていた。
カズキが駆け抜けていったいった激闘の日々はもはや過去になりつつあり、もうあの少年を戦いに駆り立てるものはどこにもなく、
彼に訪れたささやかな安寧の日々を脅かすものはなにもない。
──そのはずだった。
_ _ _
それはいつもの日常、いつもの平和な日々。
私立銀成高校から寮への帰り道、夕暮れの陽を浴びながら歩く八名の少年少女たち。
「大変だカズキ! 今週号のジャンプ、『ピンクダークの少年』が休載してるぞ!!」
「な……なんだって!? 本当か岡倉!」
「えーと──それってそんな大騒ぎすることかな?」
「ネット上の風説では、作者の岸辺露伴が破産したために一時的に執筆作業が困難になったとのこと。
ちなみに『ピンクダークの少年』は現在七部まで書かれているが、その実、すでに九部まで構想済みだとか」
「オトコノコってマンガの話題好きだよねえ……参考にする?」
「さ、参考って……なんのことだかさっぱり」
「くふふ……またまたぁ。あの舎監さんがちょっと気になってるんでしょ? バレバレだよ。ね、まっぴー、斗貴子さん」
「ん? ああ、すまん。聞いてなかった(どっちが『ちーちん』で『さーちゃん』だったっけ……たまに混乱するな)」
──そんな、馬鹿馬鹿しくものどかな、ある日の放課後の会話。
この御一行が向かう先に、とんでもない変態が待ち受けていることを──彼らはまだ知らない。
私立銀成高校から寮への帰り道、夕暮れの陽を浴びながら歩く八名の少年少女たち。
「大変だカズキ! 今週号のジャンプ、『ピンクダークの少年』が休載してるぞ!!」
「な……なんだって!? 本当か岡倉!」
「えーと──それってそんな大騒ぎすることかな?」
「ネット上の風説では、作者の岸辺露伴が破産したために一時的に執筆作業が困難になったとのこと。
ちなみに『ピンクダークの少年』は現在七部まで書かれているが、その実、すでに九部まで構想済みだとか」
「オトコノコってマンガの話題好きだよねえ……参考にする?」
「さ、参考って……なんのことだかさっぱり」
「くふふ……またまたぁ。あの舎監さんがちょっと気になってるんでしょ? バレバレだよ。ね、まっぴー、斗貴子さん」
「ん? ああ、すまん。聞いてなかった(どっちが『ちーちん』で『さーちゃん』だったっけ……たまに混乱するな)」
──そんな、馬鹿馬鹿しくものどかな、ある日の放課後の会話。
この御一行が向かう先に、とんでもない変態が待ち受けていることを──彼らはまだ知らない。
_ _ _
蝶人パピヨンは『元』人間であり、同時に『元』ホムンクルスである。
まだ人間だった頃の彼は病魔を克服するために人間を超越した『ホムンクルス』となることを目指すも、
ちょっとした手違いによって不完全で常に瀕死状態のホムンクルスとなってしまい、
そして更なる高みを目指して『第三の存在』を目指すも、ちょっとした手違いによってライバルである武藤カズキにあっさり先を越され、
そうしたすったもんだの過程とはあまり関係のないところで、「食人衝動の無い=人間に未練がない」、
真の超人性を獲得したという、なんか「幸せの青い鳥は実はこんな身近にいたんだ」的な微妙な経緯によって
「蝶人」として完成された、恐るべき馬鹿野郎にして筋金入りの変態──それがパピヨンである。
さて、そのパピヨンは今、とある一軒の店の前に立っている。
「腹が減ったな。ラーメンでも喰うか。貴様はどうする?」
その言葉に、パピヨンの隣に立つ少女──ではなく、両者の間から飛び出た変な人形が答える。
「はいはいはーい! 腹ペコでーす、パッピー!」
それは、頭のハート型アンテナが蝶イカす、全身ピンクでキモさと紙一重の愛らしさを発散する、
無駄に高性能な自動人形(オートマトン)通称「ゴゼン様」だった。
ふよふよ宙を飛行しながら喜びを表現するゴゼンは、ついーと少女の側まで滑っていく。
「ヴィッキーも食べるだろ?」
馴れ馴れしさ全開のゴゼンをぱしっ、と叩き落とし、少女は醒めた声で返す。
「馬鹿じゃない?」
そして、少女は皮肉そうに顔を歪ませてパピヨンとゴゼンを一瞥する。
「人肉を食べないホムンクスルに、物を食べる自動人形(オートマトン)──ぞっとするわ」
永久凍土のようなオーラを全力で放出中のこの少女──名はヴィクトリア・パワード。
彼女もまたホムンクルスであり、今は亡き母親の細胞クローン体を調理したものを日々の糧とする、薄倖の美少女である。
「あーあ、つまんない。パパは月まで行く準備に忙しいし、やってられないわ」
「失礼なやつだな。せっかくオレが貴様の遊び相手になってやってると言うのに」
「頼んでないし。むしろ連れまわされて迷惑なだけ。パパが言うから仕方なく──」
「それで、どうするんだ? 喰うのか? 喰わないのか?」
「一緒に喰おーぜ、ヴィッキー」
「……だからわたしは人肉しか食べないんだって。ホムンクルスなんだから」
「それは食わず嫌いというやつじゃないのか? オレに喰えて貴様に喰えぬ道理は無かろう」
「余計なお世話」
むっとした表情でパピヨンを睨むヴィクトリア。パピヨンはその険のこもった視線などまるで頓着せず、
「そこまで言うなら仕方がないな。オレとゴゼンがラーメンに舌鼓打つのを指でも咥えて眺めてるがいい」
「冗談じゃないわ、わたし帰る──」
踵を返しかけたヴィクトリアの背後から、大人数のざわめきが近づいてきた。
「なあ大浜。なんか腹減らないか?」
「そうだね。なんか食べて帰ろうか。みんなもいいよね?」
さっさと去ろうとしたヴィクトリアの足が止まる。
「あ、ちょうどいいや。ここにしよう──って」
別に足を止める義理などないのだが、そのざわめきの中に聞き覚えのある声があったことで、つい振り返る。
目が合った。
「ヴィクトリアちゃん──に、蝶野とゴゼン様!」
「よーカズキン! 今からパッピーとラーメン喰うんだ、付き合えよ!」
「奇遇だな、オレたちもだよ!」
武藤カズキと、その友人たちだった。
相変わらずの能天気なスマイルで、武藤カズキがこちらに手を振っていた。
こうなってはいきなり背を向けて帰ることはできず、ヴィクトリアは戸惑いがちに片手を挙げる。
「──帰るんじゃないのか」
ぼそりと耳元で呟かれるパピヨンの声に、ヴィクトリアは精一杯の不機嫌な声で返す。
「うるさい。あなたと違って、わたしそこまで無神経じゃないの」
まだ人間だった頃の彼は病魔を克服するために人間を超越した『ホムンクルス』となることを目指すも、
ちょっとした手違いによって不完全で常に瀕死状態のホムンクルスとなってしまい、
そして更なる高みを目指して『第三の存在』を目指すも、ちょっとした手違いによってライバルである武藤カズキにあっさり先を越され、
そうしたすったもんだの過程とはあまり関係のないところで、「食人衝動の無い=人間に未練がない」、
真の超人性を獲得したという、なんか「幸せの青い鳥は実はこんな身近にいたんだ」的な微妙な経緯によって
「蝶人」として完成された、恐るべき馬鹿野郎にして筋金入りの変態──それがパピヨンである。
さて、そのパピヨンは今、とある一軒の店の前に立っている。
「腹が減ったな。ラーメンでも喰うか。貴様はどうする?」
その言葉に、パピヨンの隣に立つ少女──ではなく、両者の間から飛び出た変な人形が答える。
「はいはいはーい! 腹ペコでーす、パッピー!」
それは、頭のハート型アンテナが蝶イカす、全身ピンクでキモさと紙一重の愛らしさを発散する、
無駄に高性能な自動人形(オートマトン)通称「ゴゼン様」だった。
ふよふよ宙を飛行しながら喜びを表現するゴゼンは、ついーと少女の側まで滑っていく。
「ヴィッキーも食べるだろ?」
馴れ馴れしさ全開のゴゼンをぱしっ、と叩き落とし、少女は醒めた声で返す。
「馬鹿じゃない?」
そして、少女は皮肉そうに顔を歪ませてパピヨンとゴゼンを一瞥する。
「人肉を食べないホムンクスルに、物を食べる自動人形(オートマトン)──ぞっとするわ」
永久凍土のようなオーラを全力で放出中のこの少女──名はヴィクトリア・パワード。
彼女もまたホムンクルスであり、今は亡き母親の細胞クローン体を調理したものを日々の糧とする、薄倖の美少女である。
「あーあ、つまんない。パパは月まで行く準備に忙しいし、やってられないわ」
「失礼なやつだな。せっかくオレが貴様の遊び相手になってやってると言うのに」
「頼んでないし。むしろ連れまわされて迷惑なだけ。パパが言うから仕方なく──」
「それで、どうするんだ? 喰うのか? 喰わないのか?」
「一緒に喰おーぜ、ヴィッキー」
「……だからわたしは人肉しか食べないんだって。ホムンクルスなんだから」
「それは食わず嫌いというやつじゃないのか? オレに喰えて貴様に喰えぬ道理は無かろう」
「余計なお世話」
むっとした表情でパピヨンを睨むヴィクトリア。パピヨンはその険のこもった視線などまるで頓着せず、
「そこまで言うなら仕方がないな。オレとゴゼンがラーメンに舌鼓打つのを指でも咥えて眺めてるがいい」
「冗談じゃないわ、わたし帰る──」
踵を返しかけたヴィクトリアの背後から、大人数のざわめきが近づいてきた。
「なあ大浜。なんか腹減らないか?」
「そうだね。なんか食べて帰ろうか。みんなもいいよね?」
さっさと去ろうとしたヴィクトリアの足が止まる。
「あ、ちょうどいいや。ここにしよう──って」
別に足を止める義理などないのだが、そのざわめきの中に聞き覚えのある声があったことで、つい振り返る。
目が合った。
「ヴィクトリアちゃん──に、蝶野とゴゼン様!」
「よーカズキン! 今からパッピーとラーメン喰うんだ、付き合えよ!」
「奇遇だな、オレたちもだよ!」
武藤カズキと、その友人たちだった。
相変わらずの能天気なスマイルで、武藤カズキがこちらに手を振っていた。
こうなってはいきなり背を向けて帰ることはできず、ヴィクトリアは戸惑いがちに片手を挙げる。
「──帰るんじゃないのか」
ぼそりと耳元で呟かれるパピヨンの声に、ヴィクトリアは精一杯の不機嫌な声で返す。
「うるさい。あなたと違って、わたしそこまで無神経じゃないの」
_ _ _
「いらっしぇーい!」
中華料理店「鉄火屋」は、カウンター席十二、四人掛けテーブル四卓のややこじんまりした佇まいの店だった。
混み始めるにはまだ若干の余裕があり、総勢十名という大口客でも容易に受け入れることが出来た。
四人掛けテーブル三卓にそれぞれ別れて座る。
「斗貴子さんどれ食べる?」
「私は余り空腹でないから、キミが好きなのを頼むといい。私はそれを少し分けてもらうことにするよ」
ヴィクトリアのついた席に座るのは、中睦まじく肩を寄せ合って菜譜を覗く武藤カズキと津村斗貴子、そして──
「ふむ……このオレに相応しい蝶・中華なメニューはなんだろうな?」
パピヨンだった。
(なんでこいつわたしの隣に座ってるの……)
憤懣やるかたないヴィクトリアの内心など忖度せず、パピヨンは鼻歌など歌いながら菜譜を眺めている。
「おい、カズキ! これにしようぜ!」
隣の卓から身を乗り出して、岡倉が菜譜の隅を指差す。
それを眺めていたヴィクトリアも、なんとなく手元の菜譜に視線を落としてその位置に書かれた文字を読む。
中華料理店「鉄火屋」は、カウンター席十二、四人掛けテーブル四卓のややこじんまりした佇まいの店だった。
混み始めるにはまだ若干の余裕があり、総勢十名という大口客でも容易に受け入れることが出来た。
四人掛けテーブル三卓にそれぞれ別れて座る。
「斗貴子さんどれ食べる?」
「私は余り空腹でないから、キミが好きなのを頼むといい。私はそれを少し分けてもらうことにするよ」
ヴィクトリアのついた席に座るのは、中睦まじく肩を寄せ合って菜譜を覗く武藤カズキと津村斗貴子、そして──
「ふむ……このオレに相応しい蝶・中華なメニューはなんだろうな?」
パピヨンだった。
(なんでこいつわたしの隣に座ってるの……)
憤懣やるかたないヴィクトリアの内心など忖度せず、パピヨンは鼻歌など歌いながら菜譜を眺めている。
「おい、カズキ! これにしようぜ!」
隣の卓から身を乗り出して、岡倉が菜譜の隅を指差す。
それを眺めていたヴィクトリアも、なんとなく手元の菜譜に視線を落としてその位置に書かれた文字を読む。
『辛さ爆発地獄焔・泣く子も爆発超激辛・キョンシーが生き返る反魂辛・エリキシィラーメン \3000
※但し三十分以内に完食された場合、御代は頂きません』
※但し三十分以内に完食された場合、御代は頂きません』
過激というか、本気でオーダーを取ろうとしているとはとても思えない謳い文句を、わずかに呆気に取られて幾度も読む。
これはいったいなんの冗談だろうかと悩むヴィクトリアだったが、その解答は簡単に示された。
「な、これにしようぜ、カズキ! 全部食えばタダになるんだろ!」
(──ああ、そういうこと)
つまらなさそうに鼻から息を漏らす。
これはつまり──「タダ」という餌に釣られた馬鹿な客から三千円を毟り取るためのメニューなのだ。
そんなあこぎな商売をやるほうもやるほうだが、わざわざ引っかかるほうも引っかかるほうだ──どっちも大馬鹿、救えない。
「やめておけ。この種のチャレンジメニューというものは、普通の人間が太刀打ちできるものではない。
だからこそ、店主も胸を張って菜譜に書いてあるんだ。途中でギブアップして三千円払うハメになるのがオチだ」
カズキと岡倉のやり取りを聞き流していたパピヨンが、涼やかに言い放った。
自分と同意見だった者がいることに少し嬉しくなるヴィクトリアだったが、
それがよりによってパピヨンだったことに気付いたことで、とても悔しくなる。
「──偉そうなこと言って、結局は食べれないんだ」
ささやかな反感を込めて、そう毒舌を吐く。
パピヨンはちらりとヴィクトリアを見て、「ああ」と短く答えた。
そのあっさりした返答に拍子抜けし、もっとなにか言ってやろうと息を吸ったそのとき、
「──だがNON!」
耳まで裂けるような極悪スマイルを口元にのぼらせ、蝶人パピヨンの晴々とした宣言。
「このオレを誰だと思っている!? オレの名はパピ♡ヨン!! 人を超え、ホムンクルスさえも超えたまさに蝶人!
激辛ラーメンの一つや二つ、文字通りに朝飯前だ!」
自己陶酔でうっとりの変態は、椅子の上に立ち上がってカズキを指差した。
「武藤! 貴様もこのラーメンを注文しろ! ──勝負だ!」
その挙動不審な黒タイツの絶叫に、店内の視線が一点集中する。
ヴィクトリアも半ば呆然とパピヨンを注視していた。
「さあ、どうする武藤! 当然、受けて立つだろうな! もし貴様に、オレに向かってくる勇気があるのならな……!」
武藤カズキも最初はぽかんと蝶々仮面の怪人を眺めていたのだが、やがてその顔がみるみる引き締まっていく。
卓の下では斗貴子がしきりに彼の袖を引いて注意を促していた。
「おい、カズキ。まさかこの馬鹿の言うことを真に受けるんじゃないだろうな。
金と食材と労力の無駄だ。安い挑発に乗るんじゃない──カズキ、カズキ?」
「武藤、負けるのが怖いか?」
「……そんなこと言っていいのか、蝶野。なにを隠そう──オレは早食いの達人だ!」
ノリの良さでは他者の追随を許さぬカズキが、その唐突過ぎる挑戦を雄々しく受ける。
その顔はめっちゃ輝いていた。
「馬鹿が二人……もう嫌だ……」
頭を抱えて呻く斗貴子の姿もなんのその、馬鹿二人は揃ってカウンター向こうの厨房へ向き、
「「『辛さ爆発地獄焔・泣く子も爆発超激辛・キョンシーが生き返る反魂辛・エリキシィラーメン』!!」」
それに負けじと、カウンター内で店主のおやじの咆哮が反響する。
「激ラー二丁よろこんでぇぇぇぇ!!」
これはいったいなんの冗談だろうかと悩むヴィクトリアだったが、その解答は簡単に示された。
「な、これにしようぜ、カズキ! 全部食えばタダになるんだろ!」
(──ああ、そういうこと)
つまらなさそうに鼻から息を漏らす。
これはつまり──「タダ」という餌に釣られた馬鹿な客から三千円を毟り取るためのメニューなのだ。
そんなあこぎな商売をやるほうもやるほうだが、わざわざ引っかかるほうも引っかかるほうだ──どっちも大馬鹿、救えない。
「やめておけ。この種のチャレンジメニューというものは、普通の人間が太刀打ちできるものではない。
だからこそ、店主も胸を張って菜譜に書いてあるんだ。途中でギブアップして三千円払うハメになるのがオチだ」
カズキと岡倉のやり取りを聞き流していたパピヨンが、涼やかに言い放った。
自分と同意見だった者がいることに少し嬉しくなるヴィクトリアだったが、
それがよりによってパピヨンだったことに気付いたことで、とても悔しくなる。
「──偉そうなこと言って、結局は食べれないんだ」
ささやかな反感を込めて、そう毒舌を吐く。
パピヨンはちらりとヴィクトリアを見て、「ああ」と短く答えた。
そのあっさりした返答に拍子抜けし、もっとなにか言ってやろうと息を吸ったそのとき、
「──だがNON!」
耳まで裂けるような極悪スマイルを口元にのぼらせ、蝶人パピヨンの晴々とした宣言。
「このオレを誰だと思っている!? オレの名はパピ♡ヨン!! 人を超え、ホムンクルスさえも超えたまさに蝶人!
激辛ラーメンの一つや二つ、文字通りに朝飯前だ!」
自己陶酔でうっとりの変態は、椅子の上に立ち上がってカズキを指差した。
「武藤! 貴様もこのラーメンを注文しろ! ──勝負だ!」
その挙動不審な黒タイツの絶叫に、店内の視線が一点集中する。
ヴィクトリアも半ば呆然とパピヨンを注視していた。
「さあ、どうする武藤! 当然、受けて立つだろうな! もし貴様に、オレに向かってくる勇気があるのならな……!」
武藤カズキも最初はぽかんと蝶々仮面の怪人を眺めていたのだが、やがてその顔がみるみる引き締まっていく。
卓の下では斗貴子がしきりに彼の袖を引いて注意を促していた。
「おい、カズキ。まさかこの馬鹿の言うことを真に受けるんじゃないだろうな。
金と食材と労力の無駄だ。安い挑発に乗るんじゃない──カズキ、カズキ?」
「武藤、負けるのが怖いか?」
「……そんなこと言っていいのか、蝶野。なにを隠そう──オレは早食いの達人だ!」
ノリの良さでは他者の追随を許さぬカズキが、その唐突過ぎる挑戦を雄々しく受ける。
その顔はめっちゃ輝いていた。
「馬鹿が二人……もう嫌だ……」
頭を抱えて呻く斗貴子の姿もなんのその、馬鹿二人は揃ってカウンター向こうの厨房へ向き、
「「『辛さ爆発地獄焔・泣く子も爆発超激辛・キョンシーが生き返る反魂辛・エリキシィラーメン』!!」」
それに負けじと、カウンター内で店主のおやじの咆哮が反響する。
「激ラー二丁よろこんでぇぇぇぇ!!」