「ククク、いいのかよぉ、この俺様を試練にだとぉ? てめぇ、おかしくなっちまったん
じゃねぇのかぁ?」
「かまわん。方法は君に任せる」
「本当かよぉ。ただし、てめぇの期待する成果になるとは限らんがなぁ、ケケッ」
「………」
武神が拘束具を解くと、猫背の男は嬉しそうに去っていった。みるみる小さくなってい
く後姿を横目に、背後に控える巨漢が心配そうに話しかける。
「オイ、いいのかよ。あんな奴にやらせちまってよ」
「はっきりいって結果はまったく予想がつかん。あるいは、取り返しがつかない事態にな
るかもしれない。なにせ奴の唯一にして最大の生きがいは他人の嫌がることを実行するこ
とだからな」
「だったらよぉ」
「だからこそ必要なのだ。急速に成長している彼に試練らしい試練を与えてやれそうなの
は、もう奴くらいしか残っていないのだから」
猫背がいなくなり、巨漢が尋ねる。
「……で、奴は何者なんだよ」
「邪神。負の力を司るという点では魔神と同類だが、魔神が災厄にて人間界を調整する役
割を担っているのに対し、奴はひたすらに人間を害するだけの存在だ」
「そんな奴、野放しにしちまっていいのかよ……」
「理由は試練が終われば明らかにしてやろう」
じゃねぇのかぁ?」
「かまわん。方法は君に任せる」
「本当かよぉ。ただし、てめぇの期待する成果になるとは限らんがなぁ、ケケッ」
「………」
武神が拘束具を解くと、猫背の男は嬉しそうに去っていった。みるみる小さくなってい
く後姿を横目に、背後に控える巨漢が心配そうに話しかける。
「オイ、いいのかよ。あんな奴にやらせちまってよ」
「はっきりいって結果はまったく予想がつかん。あるいは、取り返しがつかない事態にな
るかもしれない。なにせ奴の唯一にして最大の生きがいは他人の嫌がることを実行するこ
とだからな」
「だったらよぉ」
「だからこそ必要なのだ。急速に成長している彼に試練らしい試練を与えてやれそうなの
は、もう奴くらいしか残っていないのだから」
猫背がいなくなり、巨漢が尋ねる。
「……で、奴は何者なんだよ」
「邪神。負の力を司るという点では魔神と同類だが、魔神が災厄にて人間界を調整する役
割を担っているのに対し、奴はひたすらに人間を害するだけの存在だ」
「そんな奴、野放しにしちまっていいのかよ……」
「理由は試練が終われば明らかにしてやろう」
トレーニングに励む加藤を邪神が訪ねたのは、まもなく午後になろうという時刻だった。
「ククク、やってやがるなぁ、カラテだっけか?」
「あァ?」
加藤が目をやると、そばで猫背の男が締まりのない笑顔を浮かべていた。浮浪者のよう
な風体に、陰険で禍々しい妖気をくすぶらせている。
「俺様はよぉ、邪神ってもんだ。ついさっき、加藤とかいう若造に試練を与えてくれって
武神から頼まれてなぁ、ククク。加藤ってのはてめぇだろ?」
「だったらなんだ」
「反応が薄くてつまらんなぁ、ボウヤ。まぁいいがなぁ、ところで今日、てめぇは一戦も
交える必要はないぜ」
加藤が訝しげに目を細める。
「たった今──てめぇとある人間の肉体をリンクさせた。今日はてめぇの代わりにその人
間に戦ってもらう」
「リンク?」
ますます訳が分からない、といった風に加藤は首をかしげる。
「分かりやすくいえば、そいつが傷を負えば、てめぇにも傷が出来るようにしたってこっ
た。そいつが死ねば、てめぇももちろん死ぬんだなぁこれが。ケケケッ」
「なんだそりゃ! ンなもん、どこが試練なんだよ!」
「クク、俺様はよぉ、別にてめぇを試してやろうとか、鍛えてやろうとか、そんな気持ち
はこれっぽっちもねぇんだ」
親指と人差し指の間に小さな空間を作って、邪神が本心をあらわにする。
「ただ、武神の当てを外して、てめぇが悩み苦しむ姿を楽しみてぇだけなんだよぉ!」
「おめぇ……」
「しかも、ターゲットにはてめぇにとって大事な人間をチョイスしておいた。もうすぐ、
俺様の邪気を吹き込んでおいた人間どもがそいつを襲う。
無関係な人間(バカ)が、てめぇのせいでボコられるんだぁ、愉快だろ?」
到底試練などと呼べぬ、極めて悪趣味な私刑(リンチ)。加藤は冷や汗でべっとりして
いる自分自身に気づいた。
「誰だ……誰を選んだッ!」
この質問を待ちかねていたかのように、邪神は厳かに告げた。
「愚地独歩だ」
この名を耳にした瞬間、加藤はきょとんとした。そして──
「ハハハハハハハハハハッ!」
──大いに笑った。
不快さを表情に露出させる邪神。
「てめぇ、何がおかしい!」
「おめぇさ、邪神っつったっけか?」
「だからどうしたぁ!」
「おまえは邪神なんかじゃねぇ、バカの神だな」
『バカの神』が、鐘のように邪神の頭の中で何度も鳴り響く。他人の苦痛は大好物だが、
自分に降りかかることは許さない。激高するのは時間の問題だった。
「俺様をバカ呼ばわりしやがったなぁ! 愚地とやらがボコされて、てめぇにダメージが
いっても、同じ台詞を吐けるかぁ?!」
「だからてめぇはバカなんだよ」
「………!」
邪神の怒りが頂点に達する。それと時を同じくして、人間界からテレパシーという形で
報告が届く。
前置きと弁解まみれの冗長でまどろっこしい報告であったが、要約するとこうだ。
「邪神が操った人間たちは、愚地独歩に傷一つつけられずに敗れました」
「ククク、やってやがるなぁ、カラテだっけか?」
「あァ?」
加藤が目をやると、そばで猫背の男が締まりのない笑顔を浮かべていた。浮浪者のよう
な風体に、陰険で禍々しい妖気をくすぶらせている。
「俺様はよぉ、邪神ってもんだ。ついさっき、加藤とかいう若造に試練を与えてくれって
武神から頼まれてなぁ、ククク。加藤ってのはてめぇだろ?」
「だったらなんだ」
「反応が薄くてつまらんなぁ、ボウヤ。まぁいいがなぁ、ところで今日、てめぇは一戦も
交える必要はないぜ」
加藤が訝しげに目を細める。
「たった今──てめぇとある人間の肉体をリンクさせた。今日はてめぇの代わりにその人
間に戦ってもらう」
「リンク?」
ますます訳が分からない、といった風に加藤は首をかしげる。
「分かりやすくいえば、そいつが傷を負えば、てめぇにも傷が出来るようにしたってこっ
た。そいつが死ねば、てめぇももちろん死ぬんだなぁこれが。ケケケッ」
「なんだそりゃ! ンなもん、どこが試練なんだよ!」
「クク、俺様はよぉ、別にてめぇを試してやろうとか、鍛えてやろうとか、そんな気持ち
はこれっぽっちもねぇんだ」
親指と人差し指の間に小さな空間を作って、邪神が本心をあらわにする。
「ただ、武神の当てを外して、てめぇが悩み苦しむ姿を楽しみてぇだけなんだよぉ!」
「おめぇ……」
「しかも、ターゲットにはてめぇにとって大事な人間をチョイスしておいた。もうすぐ、
俺様の邪気を吹き込んでおいた人間どもがそいつを襲う。
無関係な人間(バカ)が、てめぇのせいでボコられるんだぁ、愉快だろ?」
到底試練などと呼べぬ、極めて悪趣味な私刑(リンチ)。加藤は冷や汗でべっとりして
いる自分自身に気づいた。
「誰だ……誰を選んだッ!」
この質問を待ちかねていたかのように、邪神は厳かに告げた。
「愚地独歩だ」
この名を耳にした瞬間、加藤はきょとんとした。そして──
「ハハハハハハハハハハッ!」
──大いに笑った。
不快さを表情に露出させる邪神。
「てめぇ、何がおかしい!」
「おめぇさ、邪神っつったっけか?」
「だからどうしたぁ!」
「おまえは邪神なんかじゃねぇ、バカの神だな」
『バカの神』が、鐘のように邪神の頭の中で何度も鳴り響く。他人の苦痛は大好物だが、
自分に降りかかることは許さない。激高するのは時間の問題だった。
「俺様をバカ呼ばわりしやがったなぁ! 愚地とやらがボコされて、てめぇにダメージが
いっても、同じ台詞を吐けるかぁ?!」
「だからてめぇはバカなんだよ」
「………!」
邪神の怒りが頂点に達する。それと時を同じくして、人間界からテレパシーという形で
報告が届く。
前置きと弁解まみれの冗長でまどろっこしい報告であったが、要約するとこうだ。
「邪神が操った人間たちは、愚地独歩に傷一つつけられずに敗れました」
「けえぇッ!」
苛立ち、邪神が吼える。手下とのテレパシーを強引に切断し、次なる手を打ち出す。
「クックック、おい喜べ、愚地とやらは俺様のしもべを撃退したらしい」
「当然だろ、バカ」
「だが……試練はまだ終わってねぇぜ? ターゲット変更だ。次はもっと弱い奴をやって
やる。てめぇの両親、兄弟、友人、恋人……さぁて、どいつにすっかぁ……」
「どこまで腐ってやがる、てめぇッ!」
「ヒャハハッ! さっき言っただろ、俺様は楽しみたいだけだっ──」
苛立ち、邪神が吼える。手下とのテレパシーを強引に切断し、次なる手を打ち出す。
「クックック、おい喜べ、愚地とやらは俺様のしもべを撃退したらしい」
「当然だろ、バカ」
「だが……試練はまだ終わってねぇぜ? ターゲット変更だ。次はもっと弱い奴をやって
やる。てめぇの両親、兄弟、友人、恋人……さぁて、どいつにすっかぁ……」
「どこまで腐ってやがる、てめぇッ!」
「ヒャハハッ! さっき言っただろ、俺様は楽しみたいだけだっ──」
ずん。
邪神の胸から腕が生えた。背後より貫く拳。卑劣な言葉は途絶えた。
加藤は拳の主が誰かを知っていた。
「武神ッ!」
邪神を討ったのは、同じく神である武神だった。邪神の体から拳がずるりと引き抜かれ
る。
「が……かはっ! てめ……な、んで……約束が……」
「私のミスだ。おまえ如きに任せるべきではなかった」
「殺す……殺してやるっ!」
振り返り猫背をしゃんと伸ばすと、邪神は武神に烈火の如く襲いかかった。神と神の激
突。どちらが上か。
加藤は拳の主が誰かを知っていた。
「武神ッ!」
邪神を討ったのは、同じく神である武神だった。邪神の体から拳がずるりと引き抜かれ
る。
「が……かはっ! てめ……な、んで……約束が……」
「私のミスだ。おまえ如きに任せるべきではなかった」
「殺す……殺してやるっ!」
振り返り猫背をしゃんと伸ばすと、邪神は武神に烈火の如く襲いかかった。神と神の激
突。どちらが上か。
ぐしゃん。
振り下ろされた拳という名の鉄槌で、邪神は頭から潰された。
「お……おのれぇ……」
呪詛の断末魔を残し、邪神は煙となって大気に還元された。歴然とした武力の差に、加
藤は息を呑む。やはり、武神を称するこの男はとてつもなく強い。
「邪神ってえのは、今ので死んだのか?」
「奴は神の中でもっとも非力だが、これくらいでは死なん。また監禁せねばな」
すると、邪神の背後に現れた武神のさらに背後から、声が飛んできた。
「ナルホドね。最弱だから野放しにしても問題ないってわけかい」
加藤は一瞬耳を疑った。聞き覚えがありすぎる声だった。
恵まれた体格を誇る武神よりも、さらにデカイ。
「どうして、なんでこいつが……ッ!」
「君もよく知っているだろう。彼が明日──“最終試練”を務める」
短く逆立てた金髪、ぶ厚い唇、二メートルを超える長身。加藤とはほぼ同時期に入門し、
独歩に叱られた回数は加藤に次ぐ問題児。
末堂厚、見参。
「お……おのれぇ……」
呪詛の断末魔を残し、邪神は煙となって大気に還元された。歴然とした武力の差に、加
藤は息を呑む。やはり、武神を称するこの男はとてつもなく強い。
「邪神ってえのは、今ので死んだのか?」
「奴は神の中でもっとも非力だが、これくらいでは死なん。また監禁せねばな」
すると、邪神の背後に現れた武神のさらに背後から、声が飛んできた。
「ナルホドね。最弱だから野放しにしても問題ないってわけかい」
加藤は一瞬耳を疑った。聞き覚えがありすぎる声だった。
恵まれた体格を誇る武神よりも、さらにデカイ。
「どうして、なんでこいつが……ッ!」
「君もよく知っているだろう。彼が明日──“最終試練”を務める」
短く逆立てた金髪、ぶ厚い唇、二メートルを超える長身。加藤とはほぼ同時期に入門し、
独歩に叱られた回数は加藤に次ぐ問題児。
末堂厚、見参。