SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ やさぐれ獅子 二十一日目 53-2


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 今の攻防で加藤は悟った。
(こいつら──逆だ)
 試練である二人組。若者と老人という、体格も雰囲気も対極なタッグ。
(若い方が技、ジジイが力、だったんだ。……参ったぜ)
 ここは常識が通じない世界。女性よりも細い腕にパワーショベル級の力が備わっていた
としても何ら問題はない。二十日間を過ぎてなお、加藤は常識に縛られていたのだ。
 砂を掴み、再度加藤が立ち上がる。二人も加藤の顔つきから、自分たちの秘密が解き明
かされたことを悟る。
「ふぉふぉ、どうやら気づいたようじゃの」
「ええ……ですが遅すぎました」
「勝負は先手必勝が常、野球やサッカーでも一回表に十点取られたり、前半で三点差もつ
けば、嫌でも選手の心は折れる。あのダメージではもう奴に成す術はあるまいて」
「はい。グラブを着用しない野試合では初動が特に重要です。一撃かニ撃、短時間で回復
できないダメージが入れば結果は決定したようなものです。──つまり」
 若々しい声としわがれた声が揃う。
「勝ちは決まった」

 血を吐き捨て、加藤が二人を睨む。
「黙って聞いてりゃ、ずいぶん好き勝手ほざいてんじゃねぇか。てめぇらの秘密は分かっ
た、こっからだぜ」
「ふぉ、確かにな。じゃがわしらにとって、秘密がバレることはさほど問題ではないんじゃ
よ。おぬしがわしらを外見だけで判断している間にイイのを何発か当てられれば、な」
「その通りです。ダメージがあれば動きは鈍る。動きが鈍れば敵の攻撃を受けやすくなる。
ダメージ差は永遠に埋まらない。事実、貴様は立っているだけでもやっとといった風体だ」
 指摘は的確だった。加藤の両膝は地を求めている。気を緩めれば即崩れ落ちる。とても
戦うどころではない。
 老人の突きとドロップキックはそれほどに強烈だった。
 だが、足技でなく突きならば──加藤は拳を構えた。
 今度は試練が攻める。老人が前陣、若者が後陣。物理を超えた超筋力を備えた老人と、
若さに似合わぬ老獪な技量を駆使する男。
(あの足腰ではろくな突きを打てまい。警戒すべきは眼突きのみ!)
(打撃戦になる。側面から近づき腕を取り、次はへし折る!)
 ──いざ。
 右ストレートを打ち込まんとする老人に、信じられない攻撃が飛び込んできた。
「え」
 つま先が老人の腹に触れた。
「蹴り?」
 加藤が放っていたのは前蹴りだった。しかも威力は万全時を上回る。
 老人は後ろに吹き飛ばされ、若者と激突する。重なって倒れる二人。
「今度は油断したのはてめぇらだったな」
 かろうじて前蹴りは出せたが、追撃できるほど回復もしてはいない。呼吸を整える加藤。
 老人と若者は、共に恨めしそうな面持ちで跳ね起きる。
「まさか蹴りとは……。たばかりおったな……小僧ッ!」
「不覚ッ!」
 目には目を、歯には歯を、油断には油断を。これこそが加藤のスタイル。
「俺は生きなきゃならねぇ。俺に命をくれた奴と俺を待っている奴がいるからな……。て
めぇらもエリートならエリートらしく腹くくってかかって来いッ!」
 加藤から発せられる闘気に、老人と若者も感化される。この男には理論では勝てない。
どんなに差がついても、決着するその時までこの男は退かない。
「ふぉふぉ、いい目をしとる。武神は奴を“武道の恥”とまでおっしゃっていたが、とて
もそうは見えんな」
「とにかくもうミスはできません。勝利だけを考えましょう、奴の息の根を止めるまで」
 一進一退の攻防が繰り広げられる。
 さすがに試練は手強い。が、加藤も進化していた。
 若者の合気投げ。体が回転し逆さになった状態から、脳天に蹴りを喰らわせる。
 老人の拳。相手のリーチの短さを利用し、正確にカウンターを取る。
 だんだんとダメージ差が埋まっていく。いくら力や技をぶつけても、加藤はことごとく
食い下がり、看破する。
 試練を務める二人は気がついた。
「こやつ……まさかッ」
「我々を学習──否、吸収している」
 戦闘の真っ最中に開眼。武術史において決して珍しい現象ではない。「百聞は一見に如
かず」という諺が示すように、練習よりも“本番”が新たなる境地を切り開いてくれる例
は多い。
 はっきりいって加藤が持つ素質は低い。出来も悪い。挙げ句の果てに、ヤクザ世界に飛
び込み武道家とはおよそ呼べない人生を歩んできた。
 しかし、だからこそ面白い。老人と若者はいつしか勝負を忘れ、加藤という男が持つ可
能性に、まるで宝くじのような期待をかけ始めていた。当たらないとは思いつつもつい気
になってしまう、そして何より当たればデカい。

 ──いったい武神に加藤はどこまで対抗できるのだろうか?

 昼過ぎ、勝敗は決した。
 立っていたのは加藤清澄であった。