「…冗談キツいぜ」
その惨状に、アウトラウンドの一人が恐怖を帯びた感嘆を洩らした。
到る所に銃弾や砲弾の跡が刻まれ、爆発物の跡もまた夥しい。中には、半壊した家屋も見受けられる。
「凄ぇな、戦車隊でも通ったのか…?」
と、ナイザーは呟いたが、それでもこれよりは大人しい筈だ。
其処には明らかに、個人の負の感情が内在していた。
「行くんですかい、おじょ……いえ、No1」
「ええ。恐らく闘っている相手は死んでいるでしょうが、その分消耗しているでしょう」
それだけを告げ、セフィリアは破壊を道標に一人迷い無く突き進んで行った。
〝………マジか? これをやった相手と殺り合うのか…?〟
彼女の選択にアウトラウンド達は流石に蒼褪めた。これはもう人間同士の戦いではない、軍事兵器の出番だ。
「何してる? オレ達も行くぞ」
しかし彼らにそれを言うのは許されない。隊長自ら向かうとなれば、それに従うのが戦場のチームだ。
それでも、これに立ち向かうのは異常に過ぎる。先刻トレインの前に立ったのもそうだ。
「……ナイザーさん、何であの人……こんなヤバい事にああも平然と行けるんですか?
こう言っちゃ何ですが、まるで……」
「その先は言うんじゃねえ」
共にセフィリアの背中を追いつつ、ナイザーは部下の言葉を断ち切った。
「オレ達ァ今お嬢の指揮下に居るんだ、疑いも否定もするんじゃねえよ」
それきり彼らは無言になったが、実際ナイザーもそれは腹の中で思っていた。
〝お嬢……何でこんなになっちまったんですか〟
彼の敬愛するジェイドがクリードの手に掛かってから、セフィリアは本当に変わってしまった。
以前の彼女なら効率の為でもこんな酷い策略はしなかったし、危険と判っている状況に敢えて飛び込む様な真似もしなかった。
ナンバーズでも何人かは彼女に否定的な意見も出ていると言うのに、彼女はそれを全く変えようともしない。
だがそれでも、巨視的に見て彼女の選択に間違いは無いので、これ以上何を言える事も無かった。
それに長老会は、彼女の手練に肯定的であり賞賛も惜しみない。ならば中途半端な立場の自分に出来る事は、従うより無い。
〝親父(おや)っさん……あっしゃあどうすりゃ良いんでしょうか…〟
悩み苦しみ、ジェイドに何度も尋ねたが、やはり答えは返って来なかった。
「……? ああ、市庁舎…そうか、判った」
アウトラウンドの一人が、耳に付けた核戦争下でも使用可能な軍事衛星回線インカムに何事か応対していた。
「…ナイザーさん、市庁舎に向かったデイヴ……じゃなくて、No10が隊ごとやられたそうです」
報告を背に受けたナイザーは、一層悩みの積み重なった溜息を吐いた。
「………あの宣伝マンにゃ荷が勝ちすぎたか……。で、相手は?」
「影も形も。ただ、回収班の所見から言うと単独と見て間違い無いと。勿論、オリハルコン武装も死体も回収したそうで」
そうか、と一言返し、一見全く動じる様を見せないナイザーだったが、その内心は複雑だった。
―――頭数合わせの人員とは言え、ナンバーズと一部隊を片付ける手際の相手がクリード側にいる。対してこちらはこれまでに
今殺されたデイヴィッドを含めて、数え4名のナンバーズが殉職している。
如何に道士を狩っていようがそれは所詮主力ではなく、大局にこそ影響は無くもクロノスは劣勢にあった。
そしてそれを埋め合わせる様に奮するセフィリアだが、そのやり口はおよそ褒められた物ではない。
それらがつくづくこの忠臣を悩ませていた。
「………何とかしてくれ、誰か…」
セフィリアの後を追いながら、彼の口から零れた微かな本音が戦場の空気に散って消えた。
その惨状に、アウトラウンドの一人が恐怖を帯びた感嘆を洩らした。
到る所に銃弾や砲弾の跡が刻まれ、爆発物の跡もまた夥しい。中には、半壊した家屋も見受けられる。
「凄ぇな、戦車隊でも通ったのか…?」
と、ナイザーは呟いたが、それでもこれよりは大人しい筈だ。
其処には明らかに、個人の負の感情が内在していた。
「行くんですかい、おじょ……いえ、No1」
「ええ。恐らく闘っている相手は死んでいるでしょうが、その分消耗しているでしょう」
それだけを告げ、セフィリアは破壊を道標に一人迷い無く突き進んで行った。
〝………マジか? これをやった相手と殺り合うのか…?〟
彼女の選択にアウトラウンド達は流石に蒼褪めた。これはもう人間同士の戦いではない、軍事兵器の出番だ。
「何してる? オレ達も行くぞ」
しかし彼らにそれを言うのは許されない。隊長自ら向かうとなれば、それに従うのが戦場のチームだ。
それでも、これに立ち向かうのは異常に過ぎる。先刻トレインの前に立ったのもそうだ。
「……ナイザーさん、何であの人……こんなヤバい事にああも平然と行けるんですか?
こう言っちゃ何ですが、まるで……」
「その先は言うんじゃねえ」
共にセフィリアの背中を追いつつ、ナイザーは部下の言葉を断ち切った。
「オレ達ァ今お嬢の指揮下に居るんだ、疑いも否定もするんじゃねえよ」
それきり彼らは無言になったが、実際ナイザーもそれは腹の中で思っていた。
〝お嬢……何でこんなになっちまったんですか〟
彼の敬愛するジェイドがクリードの手に掛かってから、セフィリアは本当に変わってしまった。
以前の彼女なら効率の為でもこんな酷い策略はしなかったし、危険と判っている状況に敢えて飛び込む様な真似もしなかった。
ナンバーズでも何人かは彼女に否定的な意見も出ていると言うのに、彼女はそれを全く変えようともしない。
だがそれでも、巨視的に見て彼女の選択に間違いは無いので、これ以上何を言える事も無かった。
それに長老会は、彼女の手練に肯定的であり賞賛も惜しみない。ならば中途半端な立場の自分に出来る事は、従うより無い。
〝親父(おや)っさん……あっしゃあどうすりゃ良いんでしょうか…〟
悩み苦しみ、ジェイドに何度も尋ねたが、やはり答えは返って来なかった。
「……? ああ、市庁舎…そうか、判った」
アウトラウンドの一人が、耳に付けた核戦争下でも使用可能な軍事衛星回線インカムに何事か応対していた。
「…ナイザーさん、市庁舎に向かったデイヴ……じゃなくて、No10が隊ごとやられたそうです」
報告を背に受けたナイザーは、一層悩みの積み重なった溜息を吐いた。
「………あの宣伝マンにゃ荷が勝ちすぎたか……。で、相手は?」
「影も形も。ただ、回収班の所見から言うと単独と見て間違い無いと。勿論、オリハルコン武装も死体も回収したそうで」
そうか、と一言返し、一見全く動じる様を見せないナイザーだったが、その内心は複雑だった。
―――頭数合わせの人員とは言え、ナンバーズと一部隊を片付ける手際の相手がクリード側にいる。対してこちらはこれまでに
今殺されたデイヴィッドを含めて、数え4名のナンバーズが殉職している。
如何に道士を狩っていようがそれは所詮主力ではなく、大局にこそ影響は無くもクロノスは劣勢にあった。
そしてそれを埋め合わせる様に奮するセフィリアだが、そのやり口はおよそ褒められた物ではない。
それらがつくづくこの忠臣を悩ませていた。
「………何とかしてくれ、誰か…」
セフィリアの後を追いながら、彼の口から零れた微かな本音が戦場の空気に散って消えた。
〝――――何とか…ならないの…?〟
幾筋もの切り傷に刻まれながら、イヴは本音を胸の奥に飲み込んだ。
「お前が目ざといのは判ってる。でも、オレが隙をくれてやると思うか?」
リオンは自身の流血を気にも留めず、ただ双眸を彼女から離さない。良く見れば先刻から動かさない右腕は、妙な方向を向いていた。
彼我の距離は目測で十二メートル、だが二人の能力を考えればそれは眼前にも等しい。
双方傷は夥しい。しかしイヴの傷が時間と共に癒えるとは言え、それをいちいち帳消しにするリオンの攻撃がやや彼女の旗色を
悪くする。結論はイヴの劣勢だ。
幾筋もの切り傷に刻まれながら、イヴは本音を胸の奥に飲み込んだ。
「お前が目ざといのは判ってる。でも、オレが隙をくれてやると思うか?」
リオンは自身の流血を気にも留めず、ただ双眸を彼女から離さない。良く見れば先刻から動かさない右腕は、妙な方向を向いていた。
彼我の距離は目測で十二メートル、だが二人の能力を考えればそれは眼前にも等しい。
双方傷は夥しい。しかしイヴの傷が時間と共に癒えるとは言え、それをいちいち帳消しにするリオンの攻撃がやや彼女の旗色を
悪くする。結論はイヴの劣勢だ。
249 名前:AnotherAttraction BC [sage] 投稿日:2007/11/16(金) 22:24:51 ID:9FBalMav0
「どうして………?」
彼女に注目していただけに、その悲しげな声は直に届いた。
「どうして…そんなに憎むの…? あなたに何が有ったの…? どうして……そこまでしなくちゃいけないの………?
どうして………どうして……そんなになってまで戦うの!?」
殺意を曲げず、憎悪を隠さず、傷にも屈さず、懐柔を目論んだ彼女さえも邪魔と判断するや殺しに掛かるリオンが、彼女には
理解出来ない以上にどうしようもなく悲しかった。彼女にはそれが、とても生きている様に見えないからだ。
彼女は其処に、かつての自分と良く似てしかし決定的に違うものをはっきりと感じていた。
対してリオンは、思う所でも有るのか黙り込む。
「………あのな」
……そしてようやっと導き出されたらしい返答は――――――、笑いだった。
それも疲れたようで、だが悪意に満ちた冷たい嘲笑だ。それは彼女に向けてなのか、それとも他の何かに向けてなのか、それは判らない。
しかし、其処に見て取れるのはやはり底無しの憎悪だ。
「お前、自分の人生否定されまくってたのに、良くそんなヌルい事言えるな。
実は世の中何にも知らないヤツが、一丁前にオレに説教するなよ。イライラするぜ、お前みたいなどっち付かず」
そしてそれは徐々に、イヴへと集約していく。
「……だから、これで最後だ。オレと来い。嫌ならお前は此処で絶対に殺す」
子供特有の幼さで、しかしそれとは決定的に違う冷酷と残忍が、幾千の矢の様にイヴに切っ先を向ける。
「何で、そんなに…!」
なおも食い下がる彼女に、少年は一層不快を露わにした。
「―――斬れ」
同時に、空気摩擦の匂いさえ感じそうな斬り上げる大剣。咄嗟に受け止めた少女は天高く弾き飛ばされる。
「五人だ、刺せ」
彼女の予想落下位置に小さな円陣を組む鎧達。それらが一斉に長槍を中空の彼女に突き掛かる。
しかし髪の両腕が翼の様に展開、羽ばたいて落下軌道を強引に逸らし槍の襲撃から逃れた。
「叩き落せ」
速度を重視して素手の鎧が、中空のイヴの真上に現れ拳を振り下ろす。
兆速の反応で受け止めるも、彼の宣言通り石畳に叩き付けられたその身が跳ねる。
「…っくあ…!」
「………結局よ、お前とオレとじゃ見てるものが違うんだな。それじゃ判り合える訳無いか。
いや…人間なんて判り合えないのが常識だよな。もしそうだったら…オレは……」
苦痛に呻くイヴを眺めながら、リオンは冷め切った眼で呟く。しかし、その言葉は彼女へのものだろうか。
「…もう動くな。これ以上はただ痛いだけだ。
見てるものが違うなら、お前は絶対オレに勝てない。強さとか以前に、ここの差で」
そう言って自らの胸を指差す。其処に何が渦巻いているのか、確かにイヴには判らない。
だがそれは間違い無く今の彼女より大きく、そして遥かに剛い。
「ブッ叩け」
痛みに焼き切れそうな意識が聴いた言葉に反応し、瞬時に身を起こすや棘付き鉄球のメイスが彼女が背を預けていた石畳を叩き割る。
そして起きる際、抜け目無く握った大き目の石片を力任せにリオンに投じる。
防御もしくは回避させたその隙を突く筈の文字通り一石だったが、彼はその予想を裏切った。
「おおぁッ!」
気声一喝、左手が傷付くのも辞さず叩き落すや彼はイヴへと猛然と奔る。だがそれを見ても、彼女は膝を付いたまま動かない。
降伏の空気でないのは目を見れば判る。しかし、如何な攻撃に転ずると言うのか。
故に万全を期す為、リオンの走りは虎が獲物の退路を塞ぐが如く彼女を大きく迂回し、
「つら……!!」
「どうして………?」
彼女に注目していただけに、その悲しげな声は直に届いた。
「どうして…そんなに憎むの…? あなたに何が有ったの…? どうして……そこまでしなくちゃいけないの………?
どうして………どうして……そんなになってまで戦うの!?」
殺意を曲げず、憎悪を隠さず、傷にも屈さず、懐柔を目論んだ彼女さえも邪魔と判断するや殺しに掛かるリオンが、彼女には
理解出来ない以上にどうしようもなく悲しかった。彼女にはそれが、とても生きている様に見えないからだ。
彼女は其処に、かつての自分と良く似てしかし決定的に違うものをはっきりと感じていた。
対してリオンは、思う所でも有るのか黙り込む。
「………あのな」
……そしてようやっと導き出されたらしい返答は――――――、笑いだった。
それも疲れたようで、だが悪意に満ちた冷たい嘲笑だ。それは彼女に向けてなのか、それとも他の何かに向けてなのか、それは判らない。
しかし、其処に見て取れるのはやはり底無しの憎悪だ。
「お前、自分の人生否定されまくってたのに、良くそんなヌルい事言えるな。
実は世の中何にも知らないヤツが、一丁前にオレに説教するなよ。イライラするぜ、お前みたいなどっち付かず」
そしてそれは徐々に、イヴへと集約していく。
「……だから、これで最後だ。オレと来い。嫌ならお前は此処で絶対に殺す」
子供特有の幼さで、しかしそれとは決定的に違う冷酷と残忍が、幾千の矢の様にイヴに切っ先を向ける。
「何で、そんなに…!」
なおも食い下がる彼女に、少年は一層不快を露わにした。
「―――斬れ」
同時に、空気摩擦の匂いさえ感じそうな斬り上げる大剣。咄嗟に受け止めた少女は天高く弾き飛ばされる。
「五人だ、刺せ」
彼女の予想落下位置に小さな円陣を組む鎧達。それらが一斉に長槍を中空の彼女に突き掛かる。
しかし髪の両腕が翼の様に展開、羽ばたいて落下軌道を強引に逸らし槍の襲撃から逃れた。
「叩き落せ」
速度を重視して素手の鎧が、中空のイヴの真上に現れ拳を振り下ろす。
兆速の反応で受け止めるも、彼の宣言通り石畳に叩き付けられたその身が跳ねる。
「…っくあ…!」
「………結局よ、お前とオレとじゃ見てるものが違うんだな。それじゃ判り合える訳無いか。
いや…人間なんて判り合えないのが常識だよな。もしそうだったら…オレは……」
苦痛に呻くイヴを眺めながら、リオンは冷め切った眼で呟く。しかし、その言葉は彼女へのものだろうか。
「…もう動くな。これ以上はただ痛いだけだ。
見てるものが違うなら、お前は絶対オレに勝てない。強さとか以前に、ここの差で」
そう言って自らの胸を指差す。其処に何が渦巻いているのか、確かにイヴには判らない。
だがそれは間違い無く今の彼女より大きく、そして遥かに剛い。
「ブッ叩け」
痛みに焼き切れそうな意識が聴いた言葉に反応し、瞬時に身を起こすや棘付き鉄球のメイスが彼女が背を預けていた石畳を叩き割る。
そして起きる際、抜け目無く握った大き目の石片を力任せにリオンに投じる。
防御もしくは回避させたその隙を突く筈の文字通り一石だったが、彼はその予想を裏切った。
「おおぁッ!」
気声一喝、左手が傷付くのも辞さず叩き落すや彼はイヴへと猛然と奔る。だがそれを見ても、彼女は膝を付いたまま動かない。
降伏の空気でないのは目を見れば判る。しかし、如何な攻撃に転ずると言うのか。
故に万全を期す為、リオンの走りは虎が獲物の退路を塞ぐが如く彼女を大きく迂回し、
「つら……!!」
だが鎧が生じるより速く、黒い盾が激突音と共に視界を遮った。
「!?」
受け止めて消えた盾の向こうには、今なお跪いて彼に横顔を向ける少女。そして、突如地面から生えた金色のツタ…ではなく彼女の髪。
同時に彼女がリオンを見るや、無数の髪の触手が石畳を突き破ってまるで散弾の様に襲来する。
「ふ…っ、防げぇッ!!」
驟雨の様に鎧を打ち据えるブロンドの猛打。更に命令を下しながら、リオンは彼女が地面に髪を打ち込んで奇襲と迎撃の両方に備えて
いた事を確信する。しかし、それでは決め手に欠けるのもまた事実。
敢えて出した鎧の陰から飛び出し、瞬時に彼女への攻撃命令を下す―――――――筈が、彼女は既に眼前まで跳んで来ていた。
「お前…ッ!」
何故かその体当たりを黒い盾は攻撃と認識せず、そのまま二人は激突、組み合ったまま転げ回る。
双方上になり下になり、背に固さが突き刺さるのを耐えながら…………馬乗りの態勢で優位を取ったのはイヴだった。
「くそ…斬…!」
だが命令よりも速く、腕に足に、そして胴に喉に、ブロンドの拘束が絡み付く。そのお陰で骨折した箇所が締め上げられ、
リオンの命令は苦痛に打ち消された。
そして絶叫……も束の間、続いてイヴの体重を乗せた手が彼の視界を塞ぐ形で頭を石畳に圧し付ける。これにより、少なくとも精密な
現出は不可能となり、しかも完全に自由も生死も握られてしまっていた。
「……悔しいけど、あなたの言う通り私はあなたに勝てない」
彼女が作った闇に、彼女の苦しげでしかし確かな意志の有る声が朗々と冴え渡る。
「でも、負けない事は出来る。折れない事も出来る! 跳ね除ける事も出来る!!
勝てなくたって絶対に負けない!! あなたに負けたら私の大切なものが無くなってしまうから、だから絶対負けない!!!」
聞いているのかいないのか、自由を得るべくリオンは暴れる。だが、如何に道士の力でも彼女の力と負傷の影響でびくともしない。
「……だからもう、ここで停まって。目が覚めたら、今度はもっと落ち着いて話そ?」
声と裏腹に、喉の圧迫が徐々に強まっていく。但しそれは輪状に締め上げるのではなく、髪の一部がゆっくりと頚動脈を止めようと
しているのだ。
それが締め落とす魂胆だと知った瞬間、リオンの行動は早かった。
受け止めて消えた盾の向こうには、今なお跪いて彼に横顔を向ける少女。そして、突如地面から生えた金色のツタ…ではなく彼女の髪。
同時に彼女がリオンを見るや、無数の髪の触手が石畳を突き破ってまるで散弾の様に襲来する。
「ふ…っ、防げぇッ!!」
驟雨の様に鎧を打ち据えるブロンドの猛打。更に命令を下しながら、リオンは彼女が地面に髪を打ち込んで奇襲と迎撃の両方に備えて
いた事を確信する。しかし、それでは決め手に欠けるのもまた事実。
敢えて出した鎧の陰から飛び出し、瞬時に彼女への攻撃命令を下す―――――――筈が、彼女は既に眼前まで跳んで来ていた。
「お前…ッ!」
何故かその体当たりを黒い盾は攻撃と認識せず、そのまま二人は激突、組み合ったまま転げ回る。
双方上になり下になり、背に固さが突き刺さるのを耐えながら…………馬乗りの態勢で優位を取ったのはイヴだった。
「くそ…斬…!」
だが命令よりも速く、腕に足に、そして胴に喉に、ブロンドの拘束が絡み付く。そのお陰で骨折した箇所が締め上げられ、
リオンの命令は苦痛に打ち消された。
そして絶叫……も束の間、続いてイヴの体重を乗せた手が彼の視界を塞ぐ形で頭を石畳に圧し付ける。これにより、少なくとも精密な
現出は不可能となり、しかも完全に自由も生死も握られてしまっていた。
「……悔しいけど、あなたの言う通り私はあなたに勝てない」
彼女が作った闇に、彼女の苦しげでしかし確かな意志の有る声が朗々と冴え渡る。
「でも、負けない事は出来る。折れない事も出来る! 跳ね除ける事も出来る!!
勝てなくたって絶対に負けない!! あなたに負けたら私の大切なものが無くなってしまうから、だから絶対負けない!!!」
聞いているのかいないのか、自由を得るべくリオンは暴れる。だが、如何に道士の力でも彼女の力と負傷の影響でびくともしない。
「……だからもう、ここで停まって。目が覚めたら、今度はもっと落ち着いて話そ?」
声と裏腹に、喉の圧迫が徐々に強まっていく。但しそれは輪状に締め上げるのではなく、髪の一部がゆっくりと頚動脈を止めようと
しているのだ。
それが締め落とす魂胆だと知った瞬間、リオンの行動は早かった。
「…蹴れ」
この状況で命令する彼に驚いた次の瞬間――――――、出現した鎧が主ごとイヴを蹴り上げた。
「うあ…!」「ぐ…!」
宙を舞う二人の呻きにも覚悟を決めていた差が生じ、その隙に緩んだ拘束をほどいたリオンの蹴りが腹に捻じ込まれる。
威力こそ手打ちであったものの、二人の距離を引き離し束縛から逃れるには充分な一撃だ。
然るに二人の身は、固い石畳の抱擁に迎えられる。
さながら石でもって全身殴り付けられる様だったが、それでも悲鳴さえ惜しい二人は苦痛を介さず跳ね起きて対峙した。
「…そんな…自分ごと………!」
確かに自分ごと攻撃すれば狙う必要など無い。相手と密着しているのだから、威力は絶対相手も被る。
その証拠にイヴの腕は、衝撃に痺れて動かなくなっている。
だがその代償に、拘束が引っ掛かったのかリオンの折れた腕が彼の物で無いかのように肩から揺れていた。
「……くそ…」
悪態じみた呟きと共に、彼は抜けた肩を一息に握り、
「う…うおおおおぉぉぉおおおああぁ!!!」
咆哮に合わせ、一気に肩関節を填め込んだ。大人でも耐え難い激痛だが、彼は歯を食い縛ってまるで声を上げない。
仰け反ったまま震える身体を硬直させ………再び戻した顔には痛みと怒りで鬼の様な形相。
「…ふざ…けんなよ、こいつ!!」
涙を目に滲ませながら、呼吸も平常ならざる中、彼はそれでも無理矢理イヴを罵った。
「何が『負けない』だ! 何が『折れない』だ!! 何が『落ち着いて話そう』だ!!!
そんな中途半端で何が出来る!! 相手も自分も傷付けないなんて、そんな夢みたいな方法が有ってたまるか!!!
何かするには傷付くしか無えんだよ! それしかこの世の中には無えんだよ!!!
お前にオレの真似が出来るか!? ええ? ……この甘ッタレが!!!」
本当なら気絶してもおかしくない状況だが、彼はそれを意志力で徹底的に抗い通す。
「『大切なもの』だと? ハ! お前に護れるものなんて、この世に有ると思うなよ」
足取りも不確かで、声の座りも悪い。だがそれだけの満身創痍を抱えていながら、リオンから激しいほどに漲る何かを感じる。
対してこちらも似たり寄ったり。押し寄せる重圧が足を萎えさせようとするが、痛みとそれとを締め出す様に奥歯を食い縛る。
一見すれば子供の喧嘩。しかし実態は信念と気迫が咬み合う人外戦闘も、いよいよ最終局面に迫っていた。
「へえ…なかなか頑張るじゃないか、二人とも」
十六面巨大モニターが映す俯瞰視点の戦場を見ながら、クリードは愉しげにワイングラスを傾けた。
部屋は暗く、且つ広く、光源としてのモニターが如何に濡れる様なヴェルベット地のソファに寛ぐ彼を照らすも、その全容は
明らかならない。後はせいぜい両脇に立つ二人―――…一人は参謀にして道士、シキ。そしてワインボトルを後生大事そうに抱える、
流れる様な長い黒髪を持つ秘書姿の美女くらいのものだ。
「便利な時代になったものだ。居ながらにして遥か遠くの戦場、それも全景を拡大並びに個別化して見れるとは」
「軍事用監視衛星……スパイ衛星と言う奴さ。大気圏外から屋内をも透視可能な現行人類最高最大の〝眼〟だ。
どうだい? 文明もなかなか捨てたもんじゃないだろ?」
「うあ…!」「ぐ…!」
宙を舞う二人の呻きにも覚悟を決めていた差が生じ、その隙に緩んだ拘束をほどいたリオンの蹴りが腹に捻じ込まれる。
威力こそ手打ちであったものの、二人の距離を引き離し束縛から逃れるには充分な一撃だ。
然るに二人の身は、固い石畳の抱擁に迎えられる。
さながら石でもって全身殴り付けられる様だったが、それでも悲鳴さえ惜しい二人は苦痛を介さず跳ね起きて対峙した。
「…そんな…自分ごと………!」
確かに自分ごと攻撃すれば狙う必要など無い。相手と密着しているのだから、威力は絶対相手も被る。
その証拠にイヴの腕は、衝撃に痺れて動かなくなっている。
だがその代償に、拘束が引っ掛かったのかリオンの折れた腕が彼の物で無いかのように肩から揺れていた。
「……くそ…」
悪態じみた呟きと共に、彼は抜けた肩を一息に握り、
「う…うおおおおぉぉぉおおおああぁ!!!」
咆哮に合わせ、一気に肩関節を填め込んだ。大人でも耐え難い激痛だが、彼は歯を食い縛ってまるで声を上げない。
仰け反ったまま震える身体を硬直させ………再び戻した顔には痛みと怒りで鬼の様な形相。
「…ふざ…けんなよ、こいつ!!」
涙を目に滲ませながら、呼吸も平常ならざる中、彼はそれでも無理矢理イヴを罵った。
「何が『負けない』だ! 何が『折れない』だ!! 何が『落ち着いて話そう』だ!!!
そんな中途半端で何が出来る!! 相手も自分も傷付けないなんて、そんな夢みたいな方法が有ってたまるか!!!
何かするには傷付くしか無えんだよ! それしかこの世の中には無えんだよ!!!
お前にオレの真似が出来るか!? ええ? ……この甘ッタレが!!!」
本当なら気絶してもおかしくない状況だが、彼はそれを意志力で徹底的に抗い通す。
「『大切なもの』だと? ハ! お前に護れるものなんて、この世に有ると思うなよ」
足取りも不確かで、声の座りも悪い。だがそれだけの満身創痍を抱えていながら、リオンから激しいほどに漲る何かを感じる。
対してこちらも似たり寄ったり。押し寄せる重圧が足を萎えさせようとするが、痛みとそれとを締め出す様に奥歯を食い縛る。
一見すれば子供の喧嘩。しかし実態は信念と気迫が咬み合う人外戦闘も、いよいよ最終局面に迫っていた。
「へえ…なかなか頑張るじゃないか、二人とも」
十六面巨大モニターが映す俯瞰視点の戦場を見ながら、クリードは愉しげにワイングラスを傾けた。
部屋は暗く、且つ広く、光源としてのモニターが如何に濡れる様なヴェルベット地のソファに寛ぐ彼を照らすも、その全容は
明らかならない。後はせいぜい両脇に立つ二人―――…一人は参謀にして道士、シキ。そしてワインボトルを後生大事そうに抱える、
流れる様な長い黒髪を持つ秘書姿の美女くらいのものだ。
「便利な時代になったものだ。居ながらにして遥か遠くの戦場、それも全景を拡大並びに個別化して見れるとは」
「軍事用監視衛星……スパイ衛星と言う奴さ。大気圏外から屋内をも透視可能な現行人類最高最大の〝眼〟だ。
どうだい? 文明もなかなか捨てたもんじゃないだろ?」
〝眼〟、とクリードは喩意したが、実際の所は違う。
それのみならず〝耳〟としての機能も凄まじい。聞こうものなら地下六階のネズミの囁きすら聞き漏らさず、ノイズだらけの
工業都市の内緒話でさえ確実に聞き分ける超指向性集音マイクをカメラに仕込んだ、全世界のピーピング・トムの夢を形にした様な
超高性能のプライバシーゼロ兵器だ。
無論対策は、個人では絶対に不可能。軍属でさえ鉛や対電磁波素材で囲んだ建物に篭城するより他無い。
何故急造のテロ組織が、莫大な資金が無ければ製作も維持も困難な代物を所有するか現時点では不明だが、兎も角星の使徒の
情報収集分析能力と技術力は、充分クロノスの脅威と成り得る域に達していた。
「……クリード様、宜しいですか?」
「何かな? エスティント」
畏敬と何がしかの感情を消し切れない求めに合わせ、空になったワイングラスを秘書風の美女に向ける。
「先刻のリオン様の発言ですが………あれは、充分反逆と取れる発言かと」「私も同感だ」
間髪入れず、シキが続く。
「あの小僧は我々の邪魔だ。帰還次第、即刻殺そう」
「…一命頂ければ、私が………」
「別にいいよ」
静かに殺気立つ二人を、しかし主は優しく抑え込んだ。
「僕は、ああ言う油断ならない手合いが大好きでね。身近に居るなんて何よりの事だよ」
無論二人は疑問符で応じるばかりだ。それを一瞥もせず肌で感じ取りながら、クリードはグラスに注がれた深い赤を眼で愉しむ。
「…人間いちいち恐れを成して尻尾を振る様になったらお終いだよ。まあ、君達の言いたい事も判る。獅子身中の虫、と言いたいんだ
ろうがね…結構な事じゃないか」
「しかし……!」「シキ」
更なる異を唱えようとした腹心の言葉を、僅かに声を強めて制する。
「キミはどうも安全策を執り過ぎる。それでは人生面白くないじゃないか。一筋縄でいかないのが当たり前、苦労してこそ世の中だ。
言うなればこれはそう、予防接種みたいなものさ。この世界と言う壮大な毒を喰う為の。
僕達が身を置くのも進むのも、温室じゃなくて戦場なんだ。たかが叛乱で目論見が潰れるようなら、僕も組織もその程度だった、
と言うだけさ」
音も無く朱を喉に流し込む様さえ優美に尽きる。完璧な作法と自然に発散される高貴さに、一人会話から取り残された女は
熱を込めて見守っていた……と、言うより先刻からずっとだ。
「さて、エスティ」
しかしその忘我も一言で現実に引き戻される。
「一番下の隅でいい、尻尾を振った奴を見せてくれないか?」
「は…はい、ただ今」
クリードの言葉通り場面を切り替えたモニターには、戦場となった街とはまた別の殺風景な屋内が映る。
剥き出しのコンクリートが縦横に広がり、そして一列に直立不動で並ぶあの黒い強化外骨格のサイボーグ達。
それらの前で蹲るのは、この期に及んでも未だ服装で個性を主張するデュラムだ。
『……何故蹴ったかまだ判らんのか? 「サー」はどうした、「サー」は!』
彼の前で、一際大きくマッシヴな強化外骨格――恐らくは分隊長――が仁王立ちで怒鳴り散らした。
『ふざけんなよ…何でオレが、ブリキ人形に敬礼しなきゃなら…!』
今度は顎が、分隊長のトゥキックで跳ね上がる。
『本来なら貴様如き野良犬の一匹など、事故に見せかけて殺してやる所だが……それをきつく禁じた司令に感謝するんだな』
しかし彼の言葉を聴く余裕はデュラムに無い。かつてトレインの蹴りに肉を刻まれ、クリードに完璧に割られ、そして今、加減した
とは言え鉄の足に蹴られた顎の烈痛で悶絶するのが精一杯だ。
『全く……ワシが生身だった頃、戦場で顎を砲弾の破片に吹き飛ばされた時はそのまま機関銃を撃ち続けたものだが………
お前の場合は交換した方が良いかもな。おい、誰か』
指示に応じた兵士が二人、今もなおのた打ち回るデュラムに近寄ると、彼を軽々と強引に立たせる。
『手術室に連れて行け。総換装をおこな……いや待て、貴様は極力生身でいたいのだったな。
ではこうだ。顎のみならず、他に故障を見付け次第全て換装しろ』
「イエス、サー!」の返答と共に二人はデュラムを担いで画面の外へと歩いていく。命令内容を聞いたらしい彼が暴れに暴れ
言葉にならない聞き苦しい罵倒で喚き散らすが、二人の足も拘束も何一つ変化は無い。
『元気になったらたっぷり可愛がってやる。泣いたり笑ったり出来なくしてやるから、楽しみにしていろ!!』
その宣言が出る頃には、最早罵倒ではなく懇願になっていた。しかし当然、どちらであろうと取り合う者は一人もいない。
「……何と言うか、大変だね」
既に現在の戦場へと切り替わったモニターを見ながら、クリードはまったく人事の視点で呟いた。
「しかし、良く道を使わないものだね。例の反抗抑制機(ペインチェイン)とやらかい?」
「ええ、首の後ろに埋め込んであります。専用機材とサイバネ医師数人の手でないと、絶対取り出せません。
分隊長クラスの通信一つで、延髄に直接激痛の信号を打ち込めます。針で刺す程度から意識喪失レベルのものまで可能な代物です」
すらすらと淀み無く答える彼女の眼には、何処か嗜虐の火が灯っていた。
「作戦無視、装備の無断使用、人員損害………これだけの損害を一人で良くせっせと稼いだものだ。
そしてそれを殺さず、まだ利用価値を見出そうとしているのだから、今度こそ感謝の一つも欲しい所だな」
「……撃てば許す目も有ったんだけどね。
狂犬気取りの駄犬に、〝負け犬〟からせめて〝パブロフの犬〟に格上げする慈悲を判ってくれるかな」
シキの言葉に自分の考えを足しながら、クリードは更に杯を重ねた。
それのみならず〝耳〟としての機能も凄まじい。聞こうものなら地下六階のネズミの囁きすら聞き漏らさず、ノイズだらけの
工業都市の内緒話でさえ確実に聞き分ける超指向性集音マイクをカメラに仕込んだ、全世界のピーピング・トムの夢を形にした様な
超高性能のプライバシーゼロ兵器だ。
無論対策は、個人では絶対に不可能。軍属でさえ鉛や対電磁波素材で囲んだ建物に篭城するより他無い。
何故急造のテロ組織が、莫大な資金が無ければ製作も維持も困難な代物を所有するか現時点では不明だが、兎も角星の使徒の
情報収集分析能力と技術力は、充分クロノスの脅威と成り得る域に達していた。
「……クリード様、宜しいですか?」
「何かな? エスティント」
畏敬と何がしかの感情を消し切れない求めに合わせ、空になったワイングラスを秘書風の美女に向ける。
「先刻のリオン様の発言ですが………あれは、充分反逆と取れる発言かと」「私も同感だ」
間髪入れず、シキが続く。
「あの小僧は我々の邪魔だ。帰還次第、即刻殺そう」
「…一命頂ければ、私が………」
「別にいいよ」
静かに殺気立つ二人を、しかし主は優しく抑え込んだ。
「僕は、ああ言う油断ならない手合いが大好きでね。身近に居るなんて何よりの事だよ」
無論二人は疑問符で応じるばかりだ。それを一瞥もせず肌で感じ取りながら、クリードはグラスに注がれた深い赤を眼で愉しむ。
「…人間いちいち恐れを成して尻尾を振る様になったらお終いだよ。まあ、君達の言いたい事も判る。獅子身中の虫、と言いたいんだ
ろうがね…結構な事じゃないか」
「しかし……!」「シキ」
更なる異を唱えようとした腹心の言葉を、僅かに声を強めて制する。
「キミはどうも安全策を執り過ぎる。それでは人生面白くないじゃないか。一筋縄でいかないのが当たり前、苦労してこそ世の中だ。
言うなればこれはそう、予防接種みたいなものさ。この世界と言う壮大な毒を喰う為の。
僕達が身を置くのも進むのも、温室じゃなくて戦場なんだ。たかが叛乱で目論見が潰れるようなら、僕も組織もその程度だった、
と言うだけさ」
音も無く朱を喉に流し込む様さえ優美に尽きる。完璧な作法と自然に発散される高貴さに、一人会話から取り残された女は
熱を込めて見守っていた……と、言うより先刻からずっとだ。
「さて、エスティ」
しかしその忘我も一言で現実に引き戻される。
「一番下の隅でいい、尻尾を振った奴を見せてくれないか?」
「は…はい、ただ今」
クリードの言葉通り場面を切り替えたモニターには、戦場となった街とはまた別の殺風景な屋内が映る。
剥き出しのコンクリートが縦横に広がり、そして一列に直立不動で並ぶあの黒い強化外骨格のサイボーグ達。
それらの前で蹲るのは、この期に及んでも未だ服装で個性を主張するデュラムだ。
『……何故蹴ったかまだ判らんのか? 「サー」はどうした、「サー」は!』
彼の前で、一際大きくマッシヴな強化外骨格――恐らくは分隊長――が仁王立ちで怒鳴り散らした。
『ふざけんなよ…何でオレが、ブリキ人形に敬礼しなきゃなら…!』
今度は顎が、分隊長のトゥキックで跳ね上がる。
『本来なら貴様如き野良犬の一匹など、事故に見せかけて殺してやる所だが……それをきつく禁じた司令に感謝するんだな』
しかし彼の言葉を聴く余裕はデュラムに無い。かつてトレインの蹴りに肉を刻まれ、クリードに完璧に割られ、そして今、加減した
とは言え鉄の足に蹴られた顎の烈痛で悶絶するのが精一杯だ。
『全く……ワシが生身だった頃、戦場で顎を砲弾の破片に吹き飛ばされた時はそのまま機関銃を撃ち続けたものだが………
お前の場合は交換した方が良いかもな。おい、誰か』
指示に応じた兵士が二人、今もなおのた打ち回るデュラムに近寄ると、彼を軽々と強引に立たせる。
『手術室に連れて行け。総換装をおこな……いや待て、貴様は極力生身でいたいのだったな。
ではこうだ。顎のみならず、他に故障を見付け次第全て換装しろ』
「イエス、サー!」の返答と共に二人はデュラムを担いで画面の外へと歩いていく。命令内容を聞いたらしい彼が暴れに暴れ
言葉にならない聞き苦しい罵倒で喚き散らすが、二人の足も拘束も何一つ変化は無い。
『元気になったらたっぷり可愛がってやる。泣いたり笑ったり出来なくしてやるから、楽しみにしていろ!!』
その宣言が出る頃には、最早罵倒ではなく懇願になっていた。しかし当然、どちらであろうと取り合う者は一人もいない。
「……何と言うか、大変だね」
既に現在の戦場へと切り替わったモニターを見ながら、クリードはまったく人事の視点で呟いた。
「しかし、良く道を使わないものだね。例の反抗抑制機(ペインチェイン)とやらかい?」
「ええ、首の後ろに埋め込んであります。専用機材とサイバネ医師数人の手でないと、絶対取り出せません。
分隊長クラスの通信一つで、延髄に直接激痛の信号を打ち込めます。針で刺す程度から意識喪失レベルのものまで可能な代物です」
すらすらと淀み無く答える彼女の眼には、何処か嗜虐の火が灯っていた。
「作戦無視、装備の無断使用、人員損害………これだけの損害を一人で良くせっせと稼いだものだ。
そしてそれを殺さず、まだ利用価値を見出そうとしているのだから、今度こそ感謝の一つも欲しい所だな」
「……撃てば許す目も有ったんだけどね。
狂犬気取りの駄犬に、〝負け犬〟からせめて〝パブロフの犬〟に格上げする慈悲を判ってくれるかな」
シキの言葉に自分の考えを足しながら、クリードは更に杯を重ねた。