DMCイベント翌日の鴨川ボクシングジム。一歩を応援しようと、根岸がやってきた。
「あの~すみません。ここに幕之内……」
「あの~すみません。ここに幕之内……」
♪殺害せよ殺害せよ! サツガイせよサツガイせよ! SATSUGAIせよSATSUGAIせよ!
殺害せよ殺害せよ! サツガイせよサツガイせよ! SATSUGAIせよSATSUGAI……♪
殺害せよ殺害せよ! サツガイせよサツガイせよ! SATSUGAIせよSATSUGAI……♪
根岸を迎えたのは、大音響で轟き渡る自分の歌声であった。
「お? 何だ見学者か? だったらそんなとこで寝てないで、あっちに腰掛けて」
青木が奥のソファーを指さした。げっそりした顔をして根岸はよろりと立ち上がる。
「そんなにビビらなくても、この曲だったら今日で最後だぜ。いつもはこんなことしてねえよ」
明日には会長たちが帰ってくるので、このDMC漬けの練習も今日までなのだ。
根岸は一歩のことを聞いてみたが、今はロードワーク中でしばらく帰ってこないとのこと。と
いうか、このDMC漬け練習を始めてからというもの、あまりジムにいたがらないのだそうだ。
「まあアイツの性分からすると、こういう曲は好みじゃないだろうけどよ。そこまで毛嫌い
しなくってもいいだろと思うんだが。アンタどう思う? DMC、悪くねえだろ?」
「は、はあ。まあその、好みは人それぞれですし」
……幕之内君の彼女のこと、誰も気付いていないのか。もしかしてその程度のことは、
ここでは頻繁に起こっているのかも。なんてトコだ。ボクシングジムってみんなそうなのか?
などと考えていると、何やら青木は根岸をじろじろ見ていた。
「何ですか?」
「いや、典型的な一歩のファン像だなと思ってさ。よく来るんだよ。で入門する奴も多い」
「?」
首を傾げる根岸に、青木は苦笑しながら説明する。
「こう言っちゃ悪いがアンタ、あんまり自分に自信がないっていうか、どっちかっていうと
いじめられっ子タイプだろ? 一歩のファンにはそういうのが多いんだよ」
「いじめられっ子タイプ、ですか」
「ああ。そういう連中が、何度ダウンしても立ち上がって豪快に逆転KOを決める
一歩の姿を、自分に重ねてるらしい。そういう一歩の姿を見てると、自分の中にも
一歩みたいな力が湧いてくる気がするってさ」
そういえば、ネットの書き込みとかでもそういう声は多かった。それで昨日、根岸自身が
クラウザーの姿で言ったのだ。「見る者に力を与える力」と。
『で幕之内君に憧れてボクシングを始める、か。いいなぁそういうの。僕もいつか音楽で、』
とその時。入口の戸が勢い良く開けられて、
「たのもおおおおぉぉっ! って何だおい、DMCの曲? ってことは……そうか。
なるほど。やっぱりな」
大柄で筋肉質、いかにも強そうな男が入ってきた。黒く長い髪を両肩から前に垂らし、
額には「殺」の文字。クラウザーを意識しまくっているこの男を、根岸は知っている。その
見知った顔の唐突な登場に、思わず腰を浮かせて後ずさってしまった。
「い、いつもライブに来てる……」
「おお。アンタはいつぞやの、エアギターの達人」
男は根岸を見つけると、つかつか歩いてきて言った。
「アンタも来てたとはな。いや、アンタほどの熱狂的なDMC信者なら当然か。アンタも
幕之内をボコりに来たんだろ? だが悪ぃな、譲るわけにはいかねぇ。奴はオレの獲物だ」
「え?」
「おい、今なんて言った?」
男の背後に青木と、木村も立っている。
「道場破りみてぇな奴だなとは思ったが、本気でソレかよ。何なんだ、お前は」
「フン。俺のことなんかどうでもいいんだよ。ビクトリーレッドの中の人とでも呼べ。
面倒ならレッドでいい」
「? 何言ってんだ」
「だから、俺のことなんかどうでもいいって言ってるだろ。俺の目的はただ一つ」
レッドと名乗った男は、ぐぐっと拳を握り締めた。
「幕之内一歩を出せ。俺がブチ殴り倒してやるから。まさかプロボクサー、しかも日本
チャンピオンともあろう者が逃げはしねぇよな? なら匿わずに出してくれよ、なあ鷹村」
奥の壁に背を預けて立っていた鷹村に言った。青木と木村が振り向いて、
「鷹村さん、コイツ知り合いなんスか?」
「ああ。高校ん時のな」
鷹村は警戒するような視線をレッドに向けて、ゆっくりと歩いてきた。
「こいつはな、オレがボクサーになる前、街でケンカばっかしてた頃……
唯一、何度やっても勝てなかった野郎だよ」
「っっ!」
「た、鷹村さんが!?」
青木と木村が、息を飲んで左右に分かれた。その間を鷹村が歩いて、レッドと向かい合う。
緊迫した空気の中、根岸なんか金縛り状態で息も満足にできずに、大男二人を見ていた。
「久しぶりだな鷹村。しかしお前、誤解を招くような言い方はよせよ。まるで、俺がお前に
全戦全勝したみたいじゃねえか。お前は一度も勝ってないが、俺も同じ。見事に全部
引き分けだっただろうが」
「同じことだ。お前如きを相手に勝てなかったなんてのは、オレにとっちゃ負け扱いなんだよ」
「はっ。つくづく変わってねぇな。だが今日は、お前と昔話をしに来たわけじゃねえ」
レッドが辺りを見回す。一歩の姿は見えない。
「心配しなくても、一歩ならもうすぐ帰ってくる。だがお前の言った通り、あいつはオレと
同じプロボクサーだ。素人とケンカなんぞできねえし、ジム頭としてもそれは見過ごせん」
鷹村が言うと、レッドは顎をしゃくって答えた。その方向にはリングがある。
「んなこた解ってる。だから、俺もグラブつけてあそこに上がるよ。一日体験入門で、
スパーリングの相手をして貰うってことなら問題ねえだろ?」
「あのな。お前が、誰彼構わずケンカ売るのは別に驚きゃしねえよ。相変わらずだなと思う
だけだ。だが、なんでそこまでして一歩なんだ?」
聞かれたレッドは、ぷいっとそっぽを向いた。
「スパーリング、許可してくれたらな。で、幕之内一歩とリングの上で対峙できたら、
そん時に説明してやるよ」
と言ってレッドは、ちらりと根岸を見た。その目で一言呟く。
『アンタなら、わかるよな』
「……え?」
目で言われた根岸が戸惑っていると、鷹村は頭をわしゃしわしゃ掻きながら、
「あ~もう、わかったわかった。おいお前ら、用意してやれ」
「い、いいんスか?」
「聞いてたろ。体験入門スパーリングってことでオレが許可するよ。ほら、さっさとしろ」
「お? 何だ見学者か? だったらそんなとこで寝てないで、あっちに腰掛けて」
青木が奥のソファーを指さした。げっそりした顔をして根岸はよろりと立ち上がる。
「そんなにビビらなくても、この曲だったら今日で最後だぜ。いつもはこんなことしてねえよ」
明日には会長たちが帰ってくるので、このDMC漬けの練習も今日までなのだ。
根岸は一歩のことを聞いてみたが、今はロードワーク中でしばらく帰ってこないとのこと。と
いうか、このDMC漬け練習を始めてからというもの、あまりジムにいたがらないのだそうだ。
「まあアイツの性分からすると、こういう曲は好みじゃないだろうけどよ。そこまで毛嫌い
しなくってもいいだろと思うんだが。アンタどう思う? DMC、悪くねえだろ?」
「は、はあ。まあその、好みは人それぞれですし」
……幕之内君の彼女のこと、誰も気付いていないのか。もしかしてその程度のことは、
ここでは頻繁に起こっているのかも。なんてトコだ。ボクシングジムってみんなそうなのか?
などと考えていると、何やら青木は根岸をじろじろ見ていた。
「何ですか?」
「いや、典型的な一歩のファン像だなと思ってさ。よく来るんだよ。で入門する奴も多い」
「?」
首を傾げる根岸に、青木は苦笑しながら説明する。
「こう言っちゃ悪いがアンタ、あんまり自分に自信がないっていうか、どっちかっていうと
いじめられっ子タイプだろ? 一歩のファンにはそういうのが多いんだよ」
「いじめられっ子タイプ、ですか」
「ああ。そういう連中が、何度ダウンしても立ち上がって豪快に逆転KOを決める
一歩の姿を、自分に重ねてるらしい。そういう一歩の姿を見てると、自分の中にも
一歩みたいな力が湧いてくる気がするってさ」
そういえば、ネットの書き込みとかでもそういう声は多かった。それで昨日、根岸自身が
クラウザーの姿で言ったのだ。「見る者に力を与える力」と。
『で幕之内君に憧れてボクシングを始める、か。いいなぁそういうの。僕もいつか音楽で、』
とその時。入口の戸が勢い良く開けられて、
「たのもおおおおぉぉっ! って何だおい、DMCの曲? ってことは……そうか。
なるほど。やっぱりな」
大柄で筋肉質、いかにも強そうな男が入ってきた。黒く長い髪を両肩から前に垂らし、
額には「殺」の文字。クラウザーを意識しまくっているこの男を、根岸は知っている。その
見知った顔の唐突な登場に、思わず腰を浮かせて後ずさってしまった。
「い、いつもライブに来てる……」
「おお。アンタはいつぞやの、エアギターの達人」
男は根岸を見つけると、つかつか歩いてきて言った。
「アンタも来てたとはな。いや、アンタほどの熱狂的なDMC信者なら当然か。アンタも
幕之内をボコりに来たんだろ? だが悪ぃな、譲るわけにはいかねぇ。奴はオレの獲物だ」
「え?」
「おい、今なんて言った?」
男の背後に青木と、木村も立っている。
「道場破りみてぇな奴だなとは思ったが、本気でソレかよ。何なんだ、お前は」
「フン。俺のことなんかどうでもいいんだよ。ビクトリーレッドの中の人とでも呼べ。
面倒ならレッドでいい」
「? 何言ってんだ」
「だから、俺のことなんかどうでもいいって言ってるだろ。俺の目的はただ一つ」
レッドと名乗った男は、ぐぐっと拳を握り締めた。
「幕之内一歩を出せ。俺がブチ殴り倒してやるから。まさかプロボクサー、しかも日本
チャンピオンともあろう者が逃げはしねぇよな? なら匿わずに出してくれよ、なあ鷹村」
奥の壁に背を預けて立っていた鷹村に言った。青木と木村が振り向いて、
「鷹村さん、コイツ知り合いなんスか?」
「ああ。高校ん時のな」
鷹村は警戒するような視線をレッドに向けて、ゆっくりと歩いてきた。
「こいつはな、オレがボクサーになる前、街でケンカばっかしてた頃……
唯一、何度やっても勝てなかった野郎だよ」
「っっ!」
「た、鷹村さんが!?」
青木と木村が、息を飲んで左右に分かれた。その間を鷹村が歩いて、レッドと向かい合う。
緊迫した空気の中、根岸なんか金縛り状態で息も満足にできずに、大男二人を見ていた。
「久しぶりだな鷹村。しかしお前、誤解を招くような言い方はよせよ。まるで、俺がお前に
全戦全勝したみたいじゃねえか。お前は一度も勝ってないが、俺も同じ。見事に全部
引き分けだっただろうが」
「同じことだ。お前如きを相手に勝てなかったなんてのは、オレにとっちゃ負け扱いなんだよ」
「はっ。つくづく変わってねぇな。だが今日は、お前と昔話をしに来たわけじゃねえ」
レッドが辺りを見回す。一歩の姿は見えない。
「心配しなくても、一歩ならもうすぐ帰ってくる。だがお前の言った通り、あいつはオレと
同じプロボクサーだ。素人とケンカなんぞできねえし、ジム頭としてもそれは見過ごせん」
鷹村が言うと、レッドは顎をしゃくって答えた。その方向にはリングがある。
「んなこた解ってる。だから、俺もグラブつけてあそこに上がるよ。一日体験入門で、
スパーリングの相手をして貰うってことなら問題ねえだろ?」
「あのな。お前が、誰彼構わずケンカ売るのは別に驚きゃしねえよ。相変わらずだなと思う
だけだ。だが、なんでそこまでして一歩なんだ?」
聞かれたレッドは、ぷいっとそっぽを向いた。
「スパーリング、許可してくれたらな。で、幕之内一歩とリングの上で対峙できたら、
そん時に説明してやるよ」
と言ってレッドは、ちらりと根岸を見た。その目で一言呟く。
『アンタなら、わかるよな』
「……え?」
目で言われた根岸が戸惑っていると、鷹村は頭をわしゃしわしゃ掻きながら、
「あ~もう、わかったわかった。おいお前ら、用意してやれ」
「い、いいんスか?」
「聞いてたろ。体験入門スパーリングってことでオレが許可するよ。ほら、さっさとしろ」