SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 武装錬金_ストレンジ・デイズ 52-1


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『放課後のデイズ_前編』


 武藤カズキが月から帰ってきてから数週間、彼と、その大切な者たちは平和を満喫している。
 戦団は規模縮小・活動凍結に向けて動き始め、ヴィクター率いるホムンクルス勢も月面への移住計画を着々と進行させていた。
 カズキが駆け抜けていったいった激闘の日々はもはや過去になりつつあり、もうあの少年を戦いに駆り立てるものはどこにもなく、
彼に訪れたささやかな変化、安寧の日々を脅かすものはなにもない。
 ──そのはずだった。

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 ここは銀成市の中央に位置する繁華街の、とあるファーストーフード店。
 二階禁煙フロアの奥まったボックス席に、二つの人影があった。
「それで……なんの御用ですの? 防人さ……いえ、キャプテン・ブラボーさん」
 人影その一。その声は優雅にして可憐、野に咲く百合を思わせるような、気高さと強かさを備えたもの。
 私立銀成学園の女子用制服に身を包み、鉄壁のような微笑を浮かべている。
「まずはこれを見て欲しい、早坂桜花」
 人影その二。その声は泰然として無骨、荒野を行く旅人を思わせるような、不屈にして孤高の風情。
 季節感を完全無視して銀色のコートをすっぽり着込み、目深に帽子を被る姿は奇人の一言。
 差し出された数枚の書類に目を通し、人影一──桜花のふっくらとした唇がわななく。
「これは……武藤クンの……!」
「そこに書いてある通りだ。今、武藤カズキは最悪の危機に直面している」
 巌のような声音に悔恨を滲ませる、人影二……ブラボーの宣言。
「……そんな……どうしてこんなになるまで……?」
 たまらず口元にあてがわれる小さな手。
「この街のために戦い続けた武藤クンの……いわば『後遺症』なのですか?」
 それならば時間が問題の解決に役立ってくれる、という、それは桜花の推測と言うより願望。
 だが、ブラボーは首を横に振る、たったそれだけの動作で彼女の一縷の望みを断ち切る。
「違う。この件に関しては明確な因子の存在を確認している。それは君も知っているはずだ……武藤カズキを間近で見ている君ならば」
「ああ……なんてことなの……」
 よよ、と泣き崩れんばかりの勢いで嘆く桜花の背後から突き出される蝶。
 否──それは蝶の仮面だった。それを臆面も無く顔に戴き、さらに全身タイツという出で立ちの、紛うことない変人の姿。
「なんだそれは?」
 頼まれもしないのに首を突っ込む、傍若無人で自己中心的な蝶の妖精──『蝶人』パピヨン。
 固唾を呑む二人の前、桜花の手にした何枚もの紙切れに一瞬で目を走らせ──七割がたのナナメ読み、そして疑問。
「誰だ、この真ッ赤ッ赤のどうしようもない追試確定&単位落第濃厚で、普通の脳ミソを持ってたら
まず取りえない逆の意味で特殊の部類に入る点数が記された答案用紙の数々の制作に成功したのは」
 沈黙──同時に発言、一部だけハモる桜花&ブラボー。
「「武藤」カズキ/クン」」
 店内を駆け巡る店員の声。
「番号札一番でお待ちのお客様ー」

 自称「武藤カズキのライバル」パピヨンをオブザーバーとして座に加え、
現時点より「武藤カズキの赤点をなんとかする会議」が発足した。
「ふん……会議なんて仰々しいものは必要ないだろう。原因はハッキリしている」
「君も俺と同意見か、パピヨン」
 頷くブラボーにち、ち、と指を振り、
「パピ♡ヨン──もっと愛を込めて」
 そんな意味のない発言で議事進行を滞らせないで欲しいのに
──という反感は精神的にも物理的にも豊かな胸にしまい、笑みを絶やさず相手に合わせた大人の対応を取る桜花。
「それではパピ♡ヨン、その対処はどうすべきかしら」
「貴様のようなブラックストマックにそう呼ばれると怖気がするな」
「…………」
 絶やさぬ鋼鉄の微笑の表面に、なんつーか「イツカ殺ス♡」って感じのパルスが走るのを無視し、パピヨンの単純明快な解決策。
「原因を取り除け。悪性の癌は切除するしかない」

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 私立銀成学園敷地内の寮施設──その一室。
「斗貴子さん」
 そう呼びかけられ、少女はノートに落としていた目線を正面に振り分けた。
 切り揃えられたショートヘア、細い手足、無駄のないすっきりした佇まい──静かに咲く蓮花にも似ている。
 ただ一点、整った顔の中心にざっくり横一文字に走る古い傷痕が人目を引く。本人はあまり気にしていないが。
 ──と、言うか。
「なんだ、カズキ。今は勉強中だ」
「また……触っていいかな?」
「またって……また私の傷にか?」
 無意識的に鼻の頭を手で隠す。なぜだかちょっと身を引いてしまう。
 それを拒絶の意思と解し、カズキの申し訳なさそうな声。
「えっと……ダメかな」
「ダ、ダメ……」
 ダメもなにも、答えは一つしかないことを、斗貴子は知りすぎるくらいに知っていた。
「……じゃ、ないけど、別に」
 知らず、かすかに声が震えていた。
「ん」
 目を閉じて顔を上向きに据える。
 テーブルを挟んだ向こう側でカズキが膝立ちになり、こちらへ身を伸ばしてくるのが気配として伝わってくる。
 そっと斗貴子の片頬にカズキの温かい手の感触が重なる。
 そして、神経が半ば剥き出しのためにやや過敏になっている、鼻の傷痕に指が触れ、ゆっくりと這っていった。
(カズキはこんなことしてなにが楽しいんだ……?)
 と、彼のされるがままに任せながら思う一方、
(しかし……なんだろう、この『イケないことしてる』という気持ちと『もっと触って欲しいかも』といういう気持ちは。
いやいやいや、おかしいだろうただ古傷を触らせてるだけなのになんだこのアブノーマルな『なにか』に没頭してるような感覚は)
 出所不明の背徳感と常識の板挟みにあい、なんだかしっちゃかめっちゃかになった斗貴子の口から意図せず、
「ぅ……ん……」
 と啜り泣きにも似た声が漏れる。
 基本的に犬属性のカズキはそれに怯えたようにさっと手を引いた。
「ご、ゴメン斗貴子さん! 嫌だった!? ねえ嫌だった!?」
 うっすら目を開けた視界からは、心底心配そうに覗き込んでくるカズキの顔が。
「……謝るくらいなら最初からするな」
「スミマセン」
 しゅんとうなだれるその情けない姿に、つい斗貴子はイラっとくる。
「謝るなといってるそばから謝るやつがいるか!」
「え、ゴメ、じゃなくて、えーと」
 具体的にどうすればいいのか思いつかなかったらしく、おろおろと右往左往するカズキへ、斗貴子は再びずい、と顔面を差し出した。
「ほら」
「はえ?」
「『はえ?』じゃないだろう気が済むまで触ればいいだろう」
「いや、でも」
 ここまで来ると「よーするに自分がもうちょっと触っていて欲しいってだけで、その欲求不満でカリカリしてんだろ」
ということくらいは斗貴子自身はほぼ正確に把握していたが、理性の力MAXパワーでその事実から目を逸らす。
「男が一度触ると決めたものを途中で放り投げるなあ!」
 なんだこの理屈、と思いながらも勢いまかせにテーブルを拳で叩く。
 馬鹿か私は、とそっぽを向くも、妙にカズキが静かなのでこっそり上目遣いにそちらを見ると、
「……その通りだ斗貴子さん! オレ間違ってた!」
 なんか肩まで震わせて感じ入っていた。あれで納得できたらしい。
「じゃ……触るよ」
「ん」
 胸に沸き起こる高揚を御しながら、差し向かいのテーブルにわずかに身を乗り出すような態勢で再び目を閉じる。
(…………?)
 今度はなかなか触ってこないなというか両手で私の頬に触れているぞどういうことだまさか傷を触る以外の『なにか』を──、
 爆発寸前まで膨れ上がった乙女心と期待感とその他諸々で斗貴子の心拍数が150/分を超えようとしたその瞬間、
「武藤、いるか?」
 部屋のドアが開き、その向こうには早坂秋水が立っていた。
 こういう時は常に女のほうが速い。ブッちぎりである。
「……どうした、武藤。そのポーズはなんだ?」
「なんでもない、秋水センパイ」
 顔を耳まで朱に染めながらマジでちゅーする五秒前ポーズのカズキをよそに、
斗貴子は折り目正しく座っており、あまつさえ淹れたてのコーヒーまでしばいていた。
「やあ、津村さん。武藤の勉強を見ているのか」
「ああ。まったく、こいつときたら定期試験で山ほど赤点を取ってきてな。仕方がないから私がレクチャーしているのだ」
 ふむ、と真面目な顔で頷く秋水は懐から折りたたまれた紙片を取り出した。
「津村さんもいるなら都合がいい。実は、君たちに二人に姉さんからの言伝を預かっている」
「桜花センパイから?」
「そうだ」
 自分を柱かなんかと勘違いしてるのか、戸口に突っ立っつ秋水は直立不動の姿勢でがさごそ紙を開き、内容を確認。
 咳払い、朗読。
「『お前ら、ストロベリー禁止』」
 ポク、ポク、ポク、ポク……チーン。
「……以上だ。御清聴感謝する」
 ぺこりと会釈した秋水は、ふと違和感を感じる。
「どうした。君たち、信号機のような顔色をしているぞ」
 止マレは斗貴子。ゴンッ、とテーブルに頭を落とし、その天板と零距離会話の敢行。
「分かってたんだ……私がカズキの勉強の邪魔をしているということは……。
だがよりによってあの腹黒女に指摘されるとは一生の不覚……うあああああぁぁぁっ!」
 進メはカズキ。仰向けに引っくり返ってたった一つのシラブルを無限リピート。
「禁止……禁止……禁止……禁止……」
 悶絶するセーラー服と生ける屍という組み合わせの異様さに、質実剛健で鳴らすさしもの秋水も戸惑いを隠せない。
「そ、それでだな、オレは姉さんからの頼みで武藤の勉強の手助けをすることになった。
至らぬ点はあるだろうが、ひとつ宜しく頼む──って、聞いているのか?」
 しかし答える者はない。
 秋水は溜め息ひとつ、窓を見る。
 二人の精神状態の回復を気長に待つしか、話を進める手立ては無さそうだった。