『世界を滅ぼす千の方法 ②』
「『メタル・グゥルー』……俺の『スタンド』……!」
航は驚愕と興奮の入り混じった、新しいおもちゃを手にした子供のような視線で、目の前の『そいつ』を見ていた。
今すぐ窓を開けて、大声で快哉を上げたい衝動に駆られる。
銀色に光り輝く『メタル・グゥルー』のボディが、とんでもなく格好のいい物に感じられ、誰構わず自慢をして回りたいと思った。
こうなってくると、『スタンド』は『スタンド使い』にしか見ることができない、という、静・ジョースターに教えてもらったルールが少し恨めしい。
“どうしたよ、そんな間抜け面して。俺様の超イカすフォルムに見とれてるのか? 気持ちは分かるが馬鹿丸出しだぜ?”
「ち、違ぇよ! 誰が見とれるか!」
実際はそいつの言うとおりだったのだが、『メタル・グゥルー』の蔑むような口調にむっと来たのでつい否定する。
「お前……『スタンド』なんだろ? なんか『能力』、持ってるんだろ?」
『スタンド』のルール──『スタンド』は多くの場合、一体につき一つの『特殊能力』を備えている。
“……見たいか?”
「見たい」
航の首肯に応えるように、『メタル・グゥルー』はふわりと宙に浮かび上がった。
そして、ナイフのような鋭利さを持つ腕を大きく振り──さっきまで『メタル・グゥルー』自身が座っていた勉強机を、
上に乗っていた雑多なガラクタや参考書、ノートもろともに、袈裟懸けの軌道で真っ二つに切り裂いた。
「な……なにすんだよ!」
“今のほかにどんな『能力』が見たい? うけけけけけッ!”
耳障りな声で大爆笑する『メタル・グゥルー』を押しのけて机へ駆け寄る。
半分に別れてしまった参考書などには目もくれず──、
「嘘だろぉ!? お年玉で買った『ヴルトムゼスト』のプラモがっ!? これ三万近くもしたんだぞ! どうしてくれるんだよ!」
“お前さあ、プラモとかそーゆー趣味は不健全だと思うぞ。男なら──美少女フィギュアを買え。
最近のは出来がいいそうじゃねーか? ええ? 魔改造とか極めよーぜ? けけけッ!”
まったく悪びれた素振りを見せない『メタル・グゥルー』へ、航はなにか落胆に近い感情を抱く。
話を聞いた限りでは、『スタンド』というものは自分の思い通りに動いてくれる影法師ようなものだと思っていたのだが、
“しかしさあ、てめー、あれじゃね? 俺様に対する口の利き方がなってないんじゃねーの?”
──こいつは、それとはまったく逆のような言動しか取らない。
「く、口の利き方って……そりゃこっちのセリフだろ! 俺が『本体』なんだぞ!」
逆上気味に航が詰め寄ると、『そいつ』は心底冷めたような声で“はん”と嘲り笑った。
“なんも分かってねーな、てめーは”
「な──」
つい、その雰囲気に呑まれて押し黙る。
“俺様がさっき名乗った名前、聞いてなかったのか? それとも──てめーの足りねーオツムじゃ英語が理解できなかったか?”
そう言うや、銀色の四肢を振り回して空中三回転を披露する。
“いいか? 俺様は『銀ぴか導師(メタル・グゥルー)』なんだぜ? 流線形にシルバーの──未来の伝道師様々だ。
つまり……てめーは俺様の弟子なんだから俺様に師礼を取らなきゃダメなんだよ! そこんとこ分かれよ、ガキじゃねーんだからよ!”
「弟子って……俺がか? お前の?」
“たりめーだ。馬鹿でちんちくりんで間抜けな『本体』であるところのてめーを善導するのが俺様の使命なんだよ”
これでもう充分だろう、という風に『メタル・グゥルー』は頷いてみせ、鋭い手先を航に突きつけた。
“よし、どちらが上かはっきりしたところで……話し合おうぜ”
「……なにを?」
“てめー、そこは『なにをでございましょうか』だろうが、この馬鹿弟子。
そんでもって、なにを話すかは決まってるだろ? ──世界の滅ぼし方だ”
話がいきなりブッ飛んだ方向に切り替わったことで、航は目を白黒させる。
──世界を、なんだって?
だが、『メタル・グゥルー』はそんな彼を置いてけぼりにしたまま、金切り声と紙一重の耳に障る声で勝手に先を続ける。
“ま、確実なセンを狙うなら、五十年計画でじっくりいこうぜ。
俺様の指示通りに動けば、五十年後にはてめー自身──は無理だが、てめーの影響下にあるヤツを核ボタン将校の座に付けてやるよ。
幻のボタン十六連打で世界はドッカーン、よ。どーだ? 楽しくなってきただろ?”
楽しい楽しくない以前に、航には『メタル・グゥルー』の言っていることがさっぱり分からなかった。
“それともアレか? もっとじわじわ路線で攻めたいか?
だったら馬鹿なてめーにはちょっとキツい道だが、ナノマシン研究に血道を上げてみるか?
ナノマシンの爆発的増殖による世界崩壊──『グレイ・グー』を狙うのも、一昔前のSFっぽくてオツなもんだぜ”
こいつはなにを言っているんだ? なんで俺が世界を滅ぼさなけりゃならないんだ?
誰がそんなこと頼んだ?
「──ま、待てよ」
“なんだよ。待ってもいいが、時は金なり、タイムイズマネーなり、だぜ”
「俺……別に世界なんて滅ぼしたくないんだけど」
“ご冗談でしょう、ファインマンさん──つっても、教養のないてめーじゃこのギャグ理解できないんだろうな。あー、かわいそ”
言うことがいちいち癇に障る。
わざとそういう言い方を選んでいるのか、それとも元々デリカシーがないのか──どちらにしてもろくなものではない。
“ま、それはそれとして、だ──。そりゃちょっとおかしいな。なら、なんでてめーは俺を生み出したんだ?
俺ぁ、てめーの分身……とまでは言いすぎだが、てめーの『可能性』の一部だ。
もしも、てめーにそんな気がまったくないんだったら、もっと別の『スタンド』としててめーの前に現れてるはずだろ?”
「え、いや……知るかよ、こっちだってお前のようなのが『スタンド』だなんて思ってもみなかったし」
“まあ、いーんじゃねーの、そんなこたぁ。つーか、そんなにおかしなモンでもないだろ。
健全な精神の持ち主なら誰だって『この世界をブッ壊したい』って思ってるぜ?
もし仮に、そんなことを微塵も考えてねーやつがいたら──そいつは極めつけの危険人物だ。
さっさとそいつの目の前から逃げるか、妙なことやらかされる前に殺すかしたほうがいいぜ”
まるで根拠のない決め付けだが、航にはそれに反論する言葉が浮かばない。
こうも自信満々に言い切られると、それが正しいことのように思えてしまう。
“とにかく、この俺様が現れた上は、恙なく世界を崩壊に導いてやる。泥舟に乗った気持ちでいろ”
「泥舟って……大船だろ。泥だと沈むじゃん」
『メタル・グゥルー』の大言壮語についていけなくなった航は、とりあえずツッコミやすいところからツッコむが、
“馬ァ鹿。マジで知性のカケラもねーな、お前。この場合はこれでいーんだよ。世界を恐怖のズンドコに沈めるんだからよ”
逆手に取られて罵られてしまう結果に終わる。
どうやら、自分にはこいつより優位に立つ事は不可能のようだった。
なにか狐にでもつままれたような心持ちで、最後に残る素朴な感想。
「……どうでもいいんだけどさ、お前の言う『世界の滅ぼし方』って……手間が掛かり過ぎないか?」
“おいおいおいおい、これだから今日日のガキは我慢を知らねえって言われるんだよ。
いいか、腐っても世界だぞ? そんなんを滅ぼすのに、お前、手間を掛けるのは当たり前だろうが。
カップラーメン作るんじゃあねーんだからよおー。あーあー、嫌だねえー、これだからインスタント世代は。
……しかしまあ、方法は無くもないけどな。五秒で世界を滅ぼすやり方もあるっちゃあ、ある”
「──あんの? どうやって?」
その質問に対する答こそ、五秒で済む代物だった。
“屋上からダイブしろ。それで世界は終わりだ”
航は驚愕と興奮の入り混じった、新しいおもちゃを手にした子供のような視線で、目の前の『そいつ』を見ていた。
今すぐ窓を開けて、大声で快哉を上げたい衝動に駆られる。
銀色に光り輝く『メタル・グゥルー』のボディが、とんでもなく格好のいい物に感じられ、誰構わず自慢をして回りたいと思った。
こうなってくると、『スタンド』は『スタンド使い』にしか見ることができない、という、静・ジョースターに教えてもらったルールが少し恨めしい。
“どうしたよ、そんな間抜け面して。俺様の超イカすフォルムに見とれてるのか? 気持ちは分かるが馬鹿丸出しだぜ?”
「ち、違ぇよ! 誰が見とれるか!」
実際はそいつの言うとおりだったのだが、『メタル・グゥルー』の蔑むような口調にむっと来たのでつい否定する。
「お前……『スタンド』なんだろ? なんか『能力』、持ってるんだろ?」
『スタンド』のルール──『スタンド』は多くの場合、一体につき一つの『特殊能力』を備えている。
“……見たいか?”
「見たい」
航の首肯に応えるように、『メタル・グゥルー』はふわりと宙に浮かび上がった。
そして、ナイフのような鋭利さを持つ腕を大きく振り──さっきまで『メタル・グゥルー』自身が座っていた勉強机を、
上に乗っていた雑多なガラクタや参考書、ノートもろともに、袈裟懸けの軌道で真っ二つに切り裂いた。
「な……なにすんだよ!」
“今のほかにどんな『能力』が見たい? うけけけけけッ!”
耳障りな声で大爆笑する『メタル・グゥルー』を押しのけて机へ駆け寄る。
半分に別れてしまった参考書などには目もくれず──、
「嘘だろぉ!? お年玉で買った『ヴルトムゼスト』のプラモがっ!? これ三万近くもしたんだぞ! どうしてくれるんだよ!」
“お前さあ、プラモとかそーゆー趣味は不健全だと思うぞ。男なら──美少女フィギュアを買え。
最近のは出来がいいそうじゃねーか? ええ? 魔改造とか極めよーぜ? けけけッ!”
まったく悪びれた素振りを見せない『メタル・グゥルー』へ、航はなにか落胆に近い感情を抱く。
話を聞いた限りでは、『スタンド』というものは自分の思い通りに動いてくれる影法師ようなものだと思っていたのだが、
“しかしさあ、てめー、あれじゃね? 俺様に対する口の利き方がなってないんじゃねーの?”
──こいつは、それとはまったく逆のような言動しか取らない。
「く、口の利き方って……そりゃこっちのセリフだろ! 俺が『本体』なんだぞ!」
逆上気味に航が詰め寄ると、『そいつ』は心底冷めたような声で“はん”と嘲り笑った。
“なんも分かってねーな、てめーは”
「な──」
つい、その雰囲気に呑まれて押し黙る。
“俺様がさっき名乗った名前、聞いてなかったのか? それとも──てめーの足りねーオツムじゃ英語が理解できなかったか?”
そう言うや、銀色の四肢を振り回して空中三回転を披露する。
“いいか? 俺様は『銀ぴか導師(メタル・グゥルー)』なんだぜ? 流線形にシルバーの──未来の伝道師様々だ。
つまり……てめーは俺様の弟子なんだから俺様に師礼を取らなきゃダメなんだよ! そこんとこ分かれよ、ガキじゃねーんだからよ!”
「弟子って……俺がか? お前の?」
“たりめーだ。馬鹿でちんちくりんで間抜けな『本体』であるところのてめーを善導するのが俺様の使命なんだよ”
これでもう充分だろう、という風に『メタル・グゥルー』は頷いてみせ、鋭い手先を航に突きつけた。
“よし、どちらが上かはっきりしたところで……話し合おうぜ”
「……なにを?」
“てめー、そこは『なにをでございましょうか』だろうが、この馬鹿弟子。
そんでもって、なにを話すかは決まってるだろ? ──世界の滅ぼし方だ”
話がいきなりブッ飛んだ方向に切り替わったことで、航は目を白黒させる。
──世界を、なんだって?
だが、『メタル・グゥルー』はそんな彼を置いてけぼりにしたまま、金切り声と紙一重の耳に障る声で勝手に先を続ける。
“ま、確実なセンを狙うなら、五十年計画でじっくりいこうぜ。
俺様の指示通りに動けば、五十年後にはてめー自身──は無理だが、てめーの影響下にあるヤツを核ボタン将校の座に付けてやるよ。
幻のボタン十六連打で世界はドッカーン、よ。どーだ? 楽しくなってきただろ?”
楽しい楽しくない以前に、航には『メタル・グゥルー』の言っていることがさっぱり分からなかった。
“それともアレか? もっとじわじわ路線で攻めたいか?
だったら馬鹿なてめーにはちょっとキツい道だが、ナノマシン研究に血道を上げてみるか?
ナノマシンの爆発的増殖による世界崩壊──『グレイ・グー』を狙うのも、一昔前のSFっぽくてオツなもんだぜ”
こいつはなにを言っているんだ? なんで俺が世界を滅ぼさなけりゃならないんだ?
誰がそんなこと頼んだ?
「──ま、待てよ」
“なんだよ。待ってもいいが、時は金なり、タイムイズマネーなり、だぜ”
「俺……別に世界なんて滅ぼしたくないんだけど」
“ご冗談でしょう、ファインマンさん──つっても、教養のないてめーじゃこのギャグ理解できないんだろうな。あー、かわいそ”
言うことがいちいち癇に障る。
わざとそういう言い方を選んでいるのか、それとも元々デリカシーがないのか──どちらにしてもろくなものではない。
“ま、それはそれとして、だ──。そりゃちょっとおかしいな。なら、なんでてめーは俺を生み出したんだ?
俺ぁ、てめーの分身……とまでは言いすぎだが、てめーの『可能性』の一部だ。
もしも、てめーにそんな気がまったくないんだったら、もっと別の『スタンド』としててめーの前に現れてるはずだろ?”
「え、いや……知るかよ、こっちだってお前のようなのが『スタンド』だなんて思ってもみなかったし」
“まあ、いーんじゃねーの、そんなこたぁ。つーか、そんなにおかしなモンでもないだろ。
健全な精神の持ち主なら誰だって『この世界をブッ壊したい』って思ってるぜ?
もし仮に、そんなことを微塵も考えてねーやつがいたら──そいつは極めつけの危険人物だ。
さっさとそいつの目の前から逃げるか、妙なことやらかされる前に殺すかしたほうがいいぜ”
まるで根拠のない決め付けだが、航にはそれに反論する言葉が浮かばない。
こうも自信満々に言い切られると、それが正しいことのように思えてしまう。
“とにかく、この俺様が現れた上は、恙なく世界を崩壊に導いてやる。泥舟に乗った気持ちでいろ”
「泥舟って……大船だろ。泥だと沈むじゃん」
『メタル・グゥルー』の大言壮語についていけなくなった航は、とりあえずツッコミやすいところからツッコむが、
“馬ァ鹿。マジで知性のカケラもねーな、お前。この場合はこれでいーんだよ。世界を恐怖のズンドコに沈めるんだからよ”
逆手に取られて罵られてしまう結果に終わる。
どうやら、自分にはこいつより優位に立つ事は不可能のようだった。
なにか狐にでもつままれたような心持ちで、最後に残る素朴な感想。
「……どうでもいいんだけどさ、お前の言う『世界の滅ぼし方』って……手間が掛かり過ぎないか?」
“おいおいおいおい、これだから今日日のガキは我慢を知らねえって言われるんだよ。
いいか、腐っても世界だぞ? そんなんを滅ぼすのに、お前、手間を掛けるのは当たり前だろうが。
カップラーメン作るんじゃあねーんだからよおー。あーあー、嫌だねえー、これだからインスタント世代は。
……しかしまあ、方法は無くもないけどな。五秒で世界を滅ぼすやり方もあるっちゃあ、ある”
「──あんの? どうやって?」
その質問に対する答こそ、五秒で済む代物だった。
“屋上からダイブしろ。それで世界は終わりだ”