『液状と透明 ⑦』
養護教諭、五十嵐初佳は不機嫌だった。
自分の根城である保健室のボロいデスクにどっかと足を投げ出して座り、一応は勤務中であるにも関わらず
缶ビールの口を片手で開けて琥珀色をした発泡性の液体を喉に流し込む。
もう片方で手には有害物質を撒き散らしつつ燃えるヴァージニアスリムがあった。
それを咥えて待つこと数秒、ぷはーっ、と威勢よく煙を吐き出し、ちらりと視線を奥のベッドへ向ける。
三つあるベッドのうちの一番奥が使用中だった。
カーテンの引かれたその向こう側から、か細くすすり泣く声が聞こえる。
淡いピンク色の布地に映る影は、ベッドとそれに横たわる影、その側に置かれた椅子から身じろぎせず座り続ける小さな影。
床に伏せる少年とその身を案じて泣く少女の姿を想像して、初佳の胸がちくりと疼く。
(いたたまれねーわ、実際)
それはそれとして、あの二人仲がいいなあ、青春してるなあ、羨ましいなあ、
保健室で看病ってどんだけ据え膳なシチュだよ、などと不謹慎なことを頭の片隅で考える。
そんな不健全な妄想もその辺りに差し掛かったところで、初佳は自分の不機嫌の源に思考が及ぶ。
「ったく……貴也のやつ最近全然構ってくんないじゃん。
いや、忙しいのは分かってるけどさ、あたしだって人間なわけだし、愚痴ぐらい出てくるっつーの」
半分以上酔っ払いの据えた目で、ぶちぶちと小声で呟く。
「ぅあー、最近貴也としてないなあ、セッ──」
勤務中の養護教諭にあるまじき発言がその口から飛び出さんとする刹那、
「五十嵐初佳」
いきなりの名指しで、初佳は椅子から転がり落ちる。
どしゃ、とけっこうすごい音がした。
「いちち……」
打った腰を撫でさすりながら身を起こす。その目の前に佇立する黒マントの怪人がいた。
「貴也……じゃなくてブギーポップ! ……だよね?」
貴也──或いはブギーポップは無表情に首肯する。
「『今』はそっちだ」
「……今の、聞いてた?」
「なにがだね?」
いや、聞いてないならいい、と口の中でごにょごにょ不明瞭に発音しながら立ち上がる。
ふと、ブギーポップの抱えた大荷物に気がついた。
「──ブギーポップ」
「なんだい」
「なに、これ」
「見ての通りだ」
「見ての……」
それは、上半身が下着姿の女生徒だった。意識を失っているらしく、力の抜けた感じで抱えられるままになっている。
「そんなことより……申し訳ないがベッドを貸してもらいたい」
「……なんで?」
初佳の返事を待たずに、手前側のベッドを選んで女生徒を横たえる。
そして振り向き、極めて真面目な口調で。
「大した事じゃない、ちょっとした身体検査さ」
「しっ……」
「なにか薬品でも仕込まれていたり、催眠暗示でも掛けられていたらコトだからな」
「クスリ……催淫……?」
「おや、どうしたね? 私の目にはなにか君が怒っているように見える」
「で、出てけーっ!」
手近にあった空き缶を投げつける。
てっきり余裕でそれをかわすと思っていたのだったが──、
「え? ……って、アンタ!?」
ぽす、と力ない音で帽子に当たり、ずり落ちる筒状の布切れの下からそいつの真赤に濡れた額が露わになる。
「ああ……ついさっき、とてもいい蹴りをもらってしまってね」
まるでなんでもないことのように言うそのそばから、どろっ、と赤い液体が垂れる。
床に座り込んだままだった初佳は、バネ仕掛けのように慌てて立ち上がって駆け寄る。
散乱したゴミを蹴飛ばし、パイプ椅子を引き寄せる。
「座りなさい!」
「しかし、私よりも──」
「どう見てもアンタが先でしょうが!」
有無を言わせず引き寄せる。
ガーゼで血を拭いながら、傷口を改める。額を切ったのかと思いきや、頭皮の傷だった。
出血の割には大した傷ではないと知り、やっと安堵。
ざっくばらんに消毒液をじゃぶじゃぶ掛ける。
「ホントにもう……アンタはいつもこんな無茶ばっかり。あたしの心配なんか知ったこっちゃないってわけ?」
ブギーポップは黙ってされるがままになっていたが、やがて静かな声で詫びる。
「君には申し訳ないと思う。つまり、このように秋月貴也の身体に傷をつけてしまうことについてだが」
「馬鹿たれ」
デコピン。
「何をする」
「あたしはアンタの心配をしてるのよ」
沈黙──やや長い空白のあと、なんの感情もなさそうな声で返答。
「そうか……それは光栄だね」
応急処置が済んだのを見計らい、ブギーポップは先ほどの女生徒の元へ歩み寄ってなにやらごそごそやる。
なんかいかがわしいことしてんじゃないでしょうね──と思った矢先に、意外と早い時間で戻ってきた。
「特に問題はないようだ」
「あ、そう」
再び、わずかな沈黙が訪れる。今度は、初佳がそれを破る。
「今度のは……手強いの?」
「いつだって手強いさ。私は常にギリギリの戦いを強いられている。『世界の敵』とはそうしたものさ。
なぜなら、『世界の敵』自身が既にギリギリで、後がない──と思っているのだからね」
「……あの子らも、そうだっての? だからいつでも殺せるように近くで張ってるってワケ?」
初佳の視線の先には、カーテンの引かれた二つのベッド。
「いや……まだ分からない。注意深く監視する必要はあるがね」
「そうやってなにもかもアンタが抱え込む必要はないんじゃないの」
ブギーポップは答えずに黙秘を保持していたが、散らかり放題のデスクに目を留めた。
「余計なお世話だが、アルコールと煙草は控えたほうがいい。
君の健康に差し障ることはもとより、将来子供を生むときになって母子共々に悪影響を及ぼす」
「は? アンタには関係ないでしょーが」
「関係ないと言えばその通りだが、秋月貴也は仮にも私の『本体』だ」
その一連の言葉の裏にある、幾つもの前提条件に思い至るや、さっと初佳の顔に赤みが差す。
「な、なにを……」
初佳の肩がわなわなと震えてるのに気付かないのか、気付いてて言うのか、なおも続ける。
「なんだね? もしかして秋月貴也との関係は『遊び』──というやつなのかね?」
ぷつん。軽くキレた初佳のチョップが炸裂する。
すると、
「痛っ!」
ブギーポップが情けない悲鳴を上げた。
「な、なにするんだよ初佳さん」
いや、それはもはや冷酷無常な殺人鬼ブギーポップではなく──。
「あー、と……貴也?」
「そうだけど……」
「あ、クソ、消えやがった! 誰が遊びだ! 馬鹿にしてんじゃねーわよ!」
怒りの持って行き場を無くした初佳が、貴也少年の頭を掴んでごしゃごしゃシェイクする。
「うえええ……」
やはり五十嵐初佳は現在進行形で不機嫌で、その訳が分からず目を回す秋月貴也だった。
自分の根城である保健室のボロいデスクにどっかと足を投げ出して座り、一応は勤務中であるにも関わらず
缶ビールの口を片手で開けて琥珀色をした発泡性の液体を喉に流し込む。
もう片方で手には有害物質を撒き散らしつつ燃えるヴァージニアスリムがあった。
それを咥えて待つこと数秒、ぷはーっ、と威勢よく煙を吐き出し、ちらりと視線を奥のベッドへ向ける。
三つあるベッドのうちの一番奥が使用中だった。
カーテンの引かれたその向こう側から、か細くすすり泣く声が聞こえる。
淡いピンク色の布地に映る影は、ベッドとそれに横たわる影、その側に置かれた椅子から身じろぎせず座り続ける小さな影。
床に伏せる少年とその身を案じて泣く少女の姿を想像して、初佳の胸がちくりと疼く。
(いたたまれねーわ、実際)
それはそれとして、あの二人仲がいいなあ、青春してるなあ、羨ましいなあ、
保健室で看病ってどんだけ据え膳なシチュだよ、などと不謹慎なことを頭の片隅で考える。
そんな不健全な妄想もその辺りに差し掛かったところで、初佳は自分の不機嫌の源に思考が及ぶ。
「ったく……貴也のやつ最近全然構ってくんないじゃん。
いや、忙しいのは分かってるけどさ、あたしだって人間なわけだし、愚痴ぐらい出てくるっつーの」
半分以上酔っ払いの据えた目で、ぶちぶちと小声で呟く。
「ぅあー、最近貴也としてないなあ、セッ──」
勤務中の養護教諭にあるまじき発言がその口から飛び出さんとする刹那、
「五十嵐初佳」
いきなりの名指しで、初佳は椅子から転がり落ちる。
どしゃ、とけっこうすごい音がした。
「いちち……」
打った腰を撫でさすりながら身を起こす。その目の前に佇立する黒マントの怪人がいた。
「貴也……じゃなくてブギーポップ! ……だよね?」
貴也──或いはブギーポップは無表情に首肯する。
「『今』はそっちだ」
「……今の、聞いてた?」
「なにがだね?」
いや、聞いてないならいい、と口の中でごにょごにょ不明瞭に発音しながら立ち上がる。
ふと、ブギーポップの抱えた大荷物に気がついた。
「──ブギーポップ」
「なんだい」
「なに、これ」
「見ての通りだ」
「見ての……」
それは、上半身が下着姿の女生徒だった。意識を失っているらしく、力の抜けた感じで抱えられるままになっている。
「そんなことより……申し訳ないがベッドを貸してもらいたい」
「……なんで?」
初佳の返事を待たずに、手前側のベッドを選んで女生徒を横たえる。
そして振り向き、極めて真面目な口調で。
「大した事じゃない、ちょっとした身体検査さ」
「しっ……」
「なにか薬品でも仕込まれていたり、催眠暗示でも掛けられていたらコトだからな」
「クスリ……催淫……?」
「おや、どうしたね? 私の目にはなにか君が怒っているように見える」
「で、出てけーっ!」
手近にあった空き缶を投げつける。
てっきり余裕でそれをかわすと思っていたのだったが──、
「え? ……って、アンタ!?」
ぽす、と力ない音で帽子に当たり、ずり落ちる筒状の布切れの下からそいつの真赤に濡れた額が露わになる。
「ああ……ついさっき、とてもいい蹴りをもらってしまってね」
まるでなんでもないことのように言うそのそばから、どろっ、と赤い液体が垂れる。
床に座り込んだままだった初佳は、バネ仕掛けのように慌てて立ち上がって駆け寄る。
散乱したゴミを蹴飛ばし、パイプ椅子を引き寄せる。
「座りなさい!」
「しかし、私よりも──」
「どう見てもアンタが先でしょうが!」
有無を言わせず引き寄せる。
ガーゼで血を拭いながら、傷口を改める。額を切ったのかと思いきや、頭皮の傷だった。
出血の割には大した傷ではないと知り、やっと安堵。
ざっくばらんに消毒液をじゃぶじゃぶ掛ける。
「ホントにもう……アンタはいつもこんな無茶ばっかり。あたしの心配なんか知ったこっちゃないってわけ?」
ブギーポップは黙ってされるがままになっていたが、やがて静かな声で詫びる。
「君には申し訳ないと思う。つまり、このように秋月貴也の身体に傷をつけてしまうことについてだが」
「馬鹿たれ」
デコピン。
「何をする」
「あたしはアンタの心配をしてるのよ」
沈黙──やや長い空白のあと、なんの感情もなさそうな声で返答。
「そうか……それは光栄だね」
応急処置が済んだのを見計らい、ブギーポップは先ほどの女生徒の元へ歩み寄ってなにやらごそごそやる。
なんかいかがわしいことしてんじゃないでしょうね──と思った矢先に、意外と早い時間で戻ってきた。
「特に問題はないようだ」
「あ、そう」
再び、わずかな沈黙が訪れる。今度は、初佳がそれを破る。
「今度のは……手強いの?」
「いつだって手強いさ。私は常にギリギリの戦いを強いられている。『世界の敵』とはそうしたものさ。
なぜなら、『世界の敵』自身が既にギリギリで、後がない──と思っているのだからね」
「……あの子らも、そうだっての? だからいつでも殺せるように近くで張ってるってワケ?」
初佳の視線の先には、カーテンの引かれた二つのベッド。
「いや……まだ分からない。注意深く監視する必要はあるがね」
「そうやってなにもかもアンタが抱え込む必要はないんじゃないの」
ブギーポップは答えずに黙秘を保持していたが、散らかり放題のデスクに目を留めた。
「余計なお世話だが、アルコールと煙草は控えたほうがいい。
君の健康に差し障ることはもとより、将来子供を生むときになって母子共々に悪影響を及ぼす」
「は? アンタには関係ないでしょーが」
「関係ないと言えばその通りだが、秋月貴也は仮にも私の『本体』だ」
その一連の言葉の裏にある、幾つもの前提条件に思い至るや、さっと初佳の顔に赤みが差す。
「な、なにを……」
初佳の肩がわなわなと震えてるのに気付かないのか、気付いてて言うのか、なおも続ける。
「なんだね? もしかして秋月貴也との関係は『遊び』──というやつなのかね?」
ぷつん。軽くキレた初佳のチョップが炸裂する。
すると、
「痛っ!」
ブギーポップが情けない悲鳴を上げた。
「な、なにするんだよ初佳さん」
いや、それはもはや冷酷無常な殺人鬼ブギーポップではなく──。
「あー、と……貴也?」
「そうだけど……」
「あ、クソ、消えやがった! 誰が遊びだ! 馬鹿にしてんじゃねーわよ!」
怒りの持って行き場を無くした初佳が、貴也少年の頭を掴んでごしゃごしゃシェイクする。
「うえええ……」
やはり五十嵐初佳は現在進行形で不機嫌で、その訳が分からず目を回す秋月貴也だった。
「……はあ、アホらし」
ひとしきり暴れて冷静さを取り戻した初佳は、乱れた髪を肩の後ろに流す。
「ねえ、初佳さん?」
「ん?」
「また……ブギーポップが『出た』んだね」
自分の奇妙な扮装に目を落とし、貴也がどこか暗い表情で呟く。
初佳はなにか言葉を掛けようと口を開くが、
「…………」
言葉に詰まる。
『世界の敵』と戦う代償としてその間の記憶を持ち得ない、いわば世界の生贄として捧げられた少年になにを言うべきだろう。
「あー……、貴也」
「なに?」
「もうちょっとであたしの仕事終わるから、そしたら一緒に帰りましょう。それまでちょっと寝てなさい」
「うん」
あのブギーポップとは似つかぬ素直さでこっくりと頷く。
「あ、ちょっとストップ! そこダメ!」
「え?」
制止するにはやや遅く、手前側のベッドのカーテンを引き開けた貴也は、そこに転がる下着姿の少女を見て耳まで赤くする。
「ジ、ジョースターさん……?」
呆然と漏れる貴也の言葉、初佳はそれを聞きとがめ、
「知ってるの、この子?」
「う、うん。静・ジョースターさん……同じクラスの……転校生……」
「アイツ、そんなこと言ってなかったわよ……いや、いくらアイツでも何でもかんでも知ってるってワケじゃないってことよね……」
「あの……初佳さん?」
一人でぶつぶつ言ってる初佳を不安げに見つめる貴也に、
「よし、分かったわ!」
ぽん、と拍手の後にびしっと指差し、
「な、なにが?」
「アンタ、この子と仲良くなりなさい!」
「はあ?」
戸惑う貴也に歩み寄り、その肩を抱いて顔を急接近させる。
「考えてもごらんなさいよ。名前からして帰国子女かなんかでしょ? きっと一人ぼっちで寂しい思いしてるに違いないわ」
「いや、友達できてたみたいだけど」
「話に水を差すな」
理不尽な叱責。だが反論は許されず、うなだれるしかない。
「で、さあ。そこにアンタが優しい言葉の一つでもかけてみなよ。もう乙女の純情ハートがコロっとイチコロで木っ端微塵よ」
「木っ端微塵……?」
意味の分からない比喩に首を傾げつつも、話の文脈は理解したらしく、
「クラスに馴染めるよう友達になれってこと? それは構わないけど……初佳さんは嫌じゃないの?」
「……は? なにが?」
「僕が他の女の子と仲良くなるの」
その答えに代わり、背中をばしんと叩かれる。
「ネクラのくせにそーゆー心配はしなくていいの。実際に篭絡して骨抜きにしてから考えろ」
あんたじゃどう頑張ってもせいぜい「いいお友達」止まりでしょうよ──というのは本人のプライドのために言わずにおいた。
ごほごほ噎せる貴也は涙目に、
「な、なにするんだよ」
「いーから寝なさい。真ん中のベッドでね。添い寝してあげようか?」
「い、いいよそんなの」
開き、そして閉められたカーテンの向こう側で、重苦しそうな衣装を脱ぎ捨てる雰囲気が伝わってくる。
それを見るとはなしに見ながら、初佳は思う──。
ブギーポップじゃなくても、世界は救える。ブギーポップはブギーポップなりのやり方で世界を守るように、
自分たちも自分たちなりのやり方で世界を救わなければならない。
きっとそれが、貴也を守ることにも繋がるのだろう、と。
ひとしきり暴れて冷静さを取り戻した初佳は、乱れた髪を肩の後ろに流す。
「ねえ、初佳さん?」
「ん?」
「また……ブギーポップが『出た』んだね」
自分の奇妙な扮装に目を落とし、貴也がどこか暗い表情で呟く。
初佳はなにか言葉を掛けようと口を開くが、
「…………」
言葉に詰まる。
『世界の敵』と戦う代償としてその間の記憶を持ち得ない、いわば世界の生贄として捧げられた少年になにを言うべきだろう。
「あー……、貴也」
「なに?」
「もうちょっとであたしの仕事終わるから、そしたら一緒に帰りましょう。それまでちょっと寝てなさい」
「うん」
あのブギーポップとは似つかぬ素直さでこっくりと頷く。
「あ、ちょっとストップ! そこダメ!」
「え?」
制止するにはやや遅く、手前側のベッドのカーテンを引き開けた貴也は、そこに転がる下着姿の少女を見て耳まで赤くする。
「ジ、ジョースターさん……?」
呆然と漏れる貴也の言葉、初佳はそれを聞きとがめ、
「知ってるの、この子?」
「う、うん。静・ジョースターさん……同じクラスの……転校生……」
「アイツ、そんなこと言ってなかったわよ……いや、いくらアイツでも何でもかんでも知ってるってワケじゃないってことよね……」
「あの……初佳さん?」
一人でぶつぶつ言ってる初佳を不安げに見つめる貴也に、
「よし、分かったわ!」
ぽん、と拍手の後にびしっと指差し、
「な、なにが?」
「アンタ、この子と仲良くなりなさい!」
「はあ?」
戸惑う貴也に歩み寄り、その肩を抱いて顔を急接近させる。
「考えてもごらんなさいよ。名前からして帰国子女かなんかでしょ? きっと一人ぼっちで寂しい思いしてるに違いないわ」
「いや、友達できてたみたいだけど」
「話に水を差すな」
理不尽な叱責。だが反論は許されず、うなだれるしかない。
「で、さあ。そこにアンタが優しい言葉の一つでもかけてみなよ。もう乙女の純情ハートがコロっとイチコロで木っ端微塵よ」
「木っ端微塵……?」
意味の分からない比喩に首を傾げつつも、話の文脈は理解したらしく、
「クラスに馴染めるよう友達になれってこと? それは構わないけど……初佳さんは嫌じゃないの?」
「……は? なにが?」
「僕が他の女の子と仲良くなるの」
その答えに代わり、背中をばしんと叩かれる。
「ネクラのくせにそーゆー心配はしなくていいの。実際に篭絡して骨抜きにしてから考えろ」
あんたじゃどう頑張ってもせいぜい「いいお友達」止まりでしょうよ──というのは本人のプライドのために言わずにおいた。
ごほごほ噎せる貴也は涙目に、
「な、なにするんだよ」
「いーから寝なさい。真ん中のベッドでね。添い寝してあげようか?」
「い、いいよそんなの」
開き、そして閉められたカーテンの向こう側で、重苦しそうな衣装を脱ぎ捨てる雰囲気が伝わってくる。
それを見るとはなしに見ながら、初佳は思う──。
ブギーポップじゃなくても、世界は救える。ブギーポップはブギーポップなりのやり方で世界を守るように、
自分たちも自分たちなりのやり方で世界を救わなければならない。
きっとそれが、貴也を守ることにも繋がるのだろう、と。