留美は普段、あまりお洒落には気を遣わない。服や髪やアクセサリーといったものには
大して関心がない。関心があるのはあくまでも二次元の美少年たちのみである。
が、そうはいってもやはり年頃の女の子の端くれ。体重計に乗ったら不本意な数字が出た、
なんて時には食事を減らしたり運動して汗を流したりする。
というわけで今朝、早くのこと。留美は眠い目をこすりながらジャージ姿で家を出た。
「はふぅ眠い……」
あくびを噛み殺しつつ、のろのろ走る留美。そんなんで体重減少効果が得られると思ったら
甘いぞとかいう作者の声は聞こえず、留美はゆっくり時間をかけて近所の公園の前まで来る。
そしてそのまま通り過ぎるつもりだったが、見覚えのある男の子がいたので、ふと足を止めた。
松本さんの家に下宿してるとかいう、範馬刃牙君だ。既に相当な距離を走ったのであろう、
トレーニングウェアが湿って重そうなぐらい汗だくの姿で、ゆっくりと呼吸を整えている。
と思ったら軽く拳を握ってパンチ、脚を柔らかく振って流れるようにキック、の練習を始めた。
「へえ……こりゃ意外だわ。学校じゃあんなに大人しそうな範馬君が格闘技だなんて」
しかし、だ。古来より男性の理想像として『文武両道』、女性の理想像として『才色兼備』
が挙げられている。この内の『文』と『才』はすなわち知識・知恵・人格のことであり、
まぁ男女共に同じようなもの。すなわち男女の違いは『武』と『色』。
女の子が「憧れのセンパイに振り向いて貰うために、綺麗になりたいの♪」というような
具体的な目標は特になくとも、それでも綺麗になりたいと思うように。男の子の場合は、
「憎いあの野郎をブッ倒す為、強くなるんだ!」とかいう理由がなくても、強さに憧れるの
であろう。美しさを求めて走る留美と、強さを求めて拳脚を振るってる刃牙と。
「……だよね。範馬君もあたしと同じってことか」
ちょっと刃牙に親近感を覚えつつ、留美は再び走り出した。
『頑張ってね範馬君。あたしも目標体重に到達するまで、スナックやジュースを我慢し……』
ぴた、と留美の足が止まる。妙な音が聞こえたから。いや、聞こえたような気がしたから。
実際に本物を聞いたことはないが、まるで人が思いっきり殴られたような、嫌な感じの音。
留美がその音のした方、刃牙がいる方に振り向くと、
「えっ!?」
思った通り、刃牙が殴り飛ばされていた。頬を腫らして、唾で薄められた血を口から
吐き散らして、倒れかけたところで何とか踏ん張って体勢を整えている。
すかさず追撃の蹴りが来た……のか、刃牙は中段をガードした。刃牙の体が衝撃に
揺れる。かなり強い蹴りらしい。
が、公園には見渡す限り、刃牙以外誰もいない。刃牙は一人っきりである。なのに?
「シャ、シャドーボクシングっていうんだっけ、これ? ボクサーの人が自分のイメージの中の
相手と戦う練習するっていう……で、でも……」
刃牙の頬は腫れてるし、口から血と唾液を吐いてるし、さっき打撃音が聞こえた気もしたし。
じゃあこれは何なのか? 今、留美の目の前で、刃牙は何をやっているのか?
混乱と驚愕に押し流された留美は、思わず木陰に身を隠した。そこから覗き込んでみると、
眼前で繰り広げられている謎バトルはますます激しさを増し、刃牙は汗やら涙やらを
撒き散らしながら必死に打ち合って打ち合って、その果てに僅かな隙をついて
刃牙のハイキックが相手の顎に命中、脳震盪を起こさせてKO……したらしい。倒れた
相手を見下ろし、刃牙がぜ~は~している。
「ふうっ。気分が良かったから、ついリアルシャドーまでやっちゃったけど……ちょっと
苦戦したかな」
と呟いて汗を拭うと、何事もなかったかのように走り去っていった。
残された留美は恐る恐る、公園に入っていく。刃牙がさっき、蹴り倒したっぽい相手が
倒れているらしい場所までいって、地面をつついてみる。が、そこにはやはり何もない。
だけど刃牙が攻撃を受けて怪我したり、ガードの衝撃で体を揺らしたりしてたのは事実で。
「あれは一体……も、もしかして、常人の目には見えない謎の透明モンスター?
範馬君は、人知れずそんな恐ろしい奴らと戦ってるの?」
留美の顔が恐怖で青くなっている。
「だから正体を隠す為に、普段学校では格闘技なんかには興味なさそうな、か弱い少年を
装ってる? そういやよく学校休むけど、病気とかには見えないし。あ、それにご両親が
いなくて、松本さんの家に下宿してるって話だっけ。それも何かありそうな設定……」
留美の顔が興奮で赤くなってきた。
「範馬君は、実は異世界からやってきた戦士で、だからこっちには両親不在で家もない
から、秘密の協力者であるヒロインの家に居候してて、人知れず戦闘訓練してモンスターと
戦ってる! そうよ、間違いないわ! まさか現実にこんな男の子と出会えるだなんて……!」
留美の拳が力一杯握り締められ震えている。
「え~と、こういう設定なら刃牙君には共に戦う仲間もいるわねきっと。そっちはどんな子たち
がいるのかなぁ。どっち側かなぁ。刃牙君は普段大人しいけど、今の様子じゃ意外と熱血も
入ってそうだし。相方にもよるけどあたしの希望としては……って待てあたし、クラスメート
相手にカプ妄想を始めたら末期症状だってのに! あぁでも止まらないいいいぃぃぃぃ♪」
ジャージ姿でくるくる踊ったりエビ反ったり赤面したりしてる留美。幸い他に誰もいないので、
奇異の目で見られてはいない。だが今の留美なら、人目があっても気にはしないだろう。
「と、とにかく。あたしが範馬君の正体を知ったってことがバレたらマズいから、まずはヒロイン
から取材といこっかな。学校に行ったら、松本さんに範馬君のこといろいろ聞かなきゃっ」
留美は、来た時とは比較にならぬ速さで帰っていった。
その胸に、熱く燃える……もとい、萌える想いを抱いて。
大して関心がない。関心があるのはあくまでも二次元の美少年たちのみである。
が、そうはいってもやはり年頃の女の子の端くれ。体重計に乗ったら不本意な数字が出た、
なんて時には食事を減らしたり運動して汗を流したりする。
というわけで今朝、早くのこと。留美は眠い目をこすりながらジャージ姿で家を出た。
「はふぅ眠い……」
あくびを噛み殺しつつ、のろのろ走る留美。そんなんで体重減少効果が得られると思ったら
甘いぞとかいう作者の声は聞こえず、留美はゆっくり時間をかけて近所の公園の前まで来る。
そしてそのまま通り過ぎるつもりだったが、見覚えのある男の子がいたので、ふと足を止めた。
松本さんの家に下宿してるとかいう、範馬刃牙君だ。既に相当な距離を走ったのであろう、
トレーニングウェアが湿って重そうなぐらい汗だくの姿で、ゆっくりと呼吸を整えている。
と思ったら軽く拳を握ってパンチ、脚を柔らかく振って流れるようにキック、の練習を始めた。
「へえ……こりゃ意外だわ。学校じゃあんなに大人しそうな範馬君が格闘技だなんて」
しかし、だ。古来より男性の理想像として『文武両道』、女性の理想像として『才色兼備』
が挙げられている。この内の『文』と『才』はすなわち知識・知恵・人格のことであり、
まぁ男女共に同じようなもの。すなわち男女の違いは『武』と『色』。
女の子が「憧れのセンパイに振り向いて貰うために、綺麗になりたいの♪」というような
具体的な目標は特になくとも、それでも綺麗になりたいと思うように。男の子の場合は、
「憎いあの野郎をブッ倒す為、強くなるんだ!」とかいう理由がなくても、強さに憧れるの
であろう。美しさを求めて走る留美と、強さを求めて拳脚を振るってる刃牙と。
「……だよね。範馬君もあたしと同じってことか」
ちょっと刃牙に親近感を覚えつつ、留美は再び走り出した。
『頑張ってね範馬君。あたしも目標体重に到達するまで、スナックやジュースを我慢し……』
ぴた、と留美の足が止まる。妙な音が聞こえたから。いや、聞こえたような気がしたから。
実際に本物を聞いたことはないが、まるで人が思いっきり殴られたような、嫌な感じの音。
留美がその音のした方、刃牙がいる方に振り向くと、
「えっ!?」
思った通り、刃牙が殴り飛ばされていた。頬を腫らして、唾で薄められた血を口から
吐き散らして、倒れかけたところで何とか踏ん張って体勢を整えている。
すかさず追撃の蹴りが来た……のか、刃牙は中段をガードした。刃牙の体が衝撃に
揺れる。かなり強い蹴りらしい。
が、公園には見渡す限り、刃牙以外誰もいない。刃牙は一人っきりである。なのに?
「シャ、シャドーボクシングっていうんだっけ、これ? ボクサーの人が自分のイメージの中の
相手と戦う練習するっていう……で、でも……」
刃牙の頬は腫れてるし、口から血と唾液を吐いてるし、さっき打撃音が聞こえた気もしたし。
じゃあこれは何なのか? 今、留美の目の前で、刃牙は何をやっているのか?
混乱と驚愕に押し流された留美は、思わず木陰に身を隠した。そこから覗き込んでみると、
眼前で繰り広げられている謎バトルはますます激しさを増し、刃牙は汗やら涙やらを
撒き散らしながら必死に打ち合って打ち合って、その果てに僅かな隙をついて
刃牙のハイキックが相手の顎に命中、脳震盪を起こさせてKO……したらしい。倒れた
相手を見下ろし、刃牙がぜ~は~している。
「ふうっ。気分が良かったから、ついリアルシャドーまでやっちゃったけど……ちょっと
苦戦したかな」
と呟いて汗を拭うと、何事もなかったかのように走り去っていった。
残された留美は恐る恐る、公園に入っていく。刃牙がさっき、蹴り倒したっぽい相手が
倒れているらしい場所までいって、地面をつついてみる。が、そこにはやはり何もない。
だけど刃牙が攻撃を受けて怪我したり、ガードの衝撃で体を揺らしたりしてたのは事実で。
「あれは一体……も、もしかして、常人の目には見えない謎の透明モンスター?
範馬君は、人知れずそんな恐ろしい奴らと戦ってるの?」
留美の顔が恐怖で青くなっている。
「だから正体を隠す為に、普段学校では格闘技なんかには興味なさそうな、か弱い少年を
装ってる? そういやよく学校休むけど、病気とかには見えないし。あ、それにご両親が
いなくて、松本さんの家に下宿してるって話だっけ。それも何かありそうな設定……」
留美の顔が興奮で赤くなってきた。
「範馬君は、実は異世界からやってきた戦士で、だからこっちには両親不在で家もない
から、秘密の協力者であるヒロインの家に居候してて、人知れず戦闘訓練してモンスターと
戦ってる! そうよ、間違いないわ! まさか現実にこんな男の子と出会えるだなんて……!」
留美の拳が力一杯握り締められ震えている。
「え~と、こういう設定なら刃牙君には共に戦う仲間もいるわねきっと。そっちはどんな子たち
がいるのかなぁ。どっち側かなぁ。刃牙君は普段大人しいけど、今の様子じゃ意外と熱血も
入ってそうだし。相方にもよるけどあたしの希望としては……って待てあたし、クラスメート
相手にカプ妄想を始めたら末期症状だってのに! あぁでも止まらないいいいぃぃぃぃ♪」
ジャージ姿でくるくる踊ったりエビ反ったり赤面したりしてる留美。幸い他に誰もいないので、
奇異の目で見られてはいない。だが今の留美なら、人目があっても気にはしないだろう。
「と、とにかく。あたしが範馬君の正体を知ったってことがバレたらマズいから、まずはヒロイン
から取材といこっかな。学校に行ったら、松本さんに範馬君のこといろいろ聞かなきゃっ」
留美は、来た時とは比較にならぬ速さで帰っていった。
その胸に、熱く燃える……もとい、萌える想いを抱いて。