《その後、重症を負いながらも現場から逃走した未確認生命体第2号の行方は掴めて
おりません。第1号と第3号も手がかりが全くなく、更なる被害拡大が予想されます。
警察では事態を重く……》
そんなニュースがテレビで雑誌で新聞で流されている中、当の警察では未確認生命体事件
が広域指定されていた。医学や考古学など各方面の識者から広く協力を仰いで、事態の
解明・事件の解決へと向かう為である。
未確認生命体と数多く接触して生き延びた野明も、事件を直接経験した貴重な警察官
として対策本部に組み込まれた。のだが、
「未確認生命体第2号は、駆除対象から除外すべきです!」
警視庁、対策本部の会議室。まず野明が主張したのがこれだった。
会議室最奥、中央に陣取る松倉本部長が報告書を手に渋い顔で応える。
「杉田君からも話は聞いたが……」
「第2号は、第3号に襲われていたあたしを助けてくれました! 第1号の時だって
そうです! 彼はあたしたち人間の為にたった一人で戦って、」
「落ち着いてくれ泉巡査。杉田君も言ったはずだぞ、それは単に奴ら同士の仲間割れ
だと。第2号が人間の味方だなどと、そんなことをどうやって証明する気だ」
証明、と言われて野明は詰まる。正体が黒沢さんなんです、とバラすのは簡単だが今それを
やったら黒沢がどうなるかわからない。というか多分、いや間違いなく、実験材料にされる。
松倉は野明をなだめて、会議を進めた。
「泉巡査、とにかく座ってくれ。……諸君、未確認生命体は今のところ、遺跡調査隊の
ビデオに映っていた奴を便宜的に第零号とし、第1号から第3号まで計四体確認された。
だが遺跡付近に集団の墓地のようなものが発見され、零号以外はそこから出てきたと
推測されている。とすると奴らの総数は少なく見ても二百に達し……」
松倉を中心に、各県警から選抜されたメンバーが少ない情報を元に対策を練っていく。
もう普通の拳銃では太刀打ちできないことが確定しているので、更なる重火器や新開発の
化学兵器なども投入し、とにかく一刻も早く未確認生命体どもを根絶すべしという方針だ。
もちろんその中には未確認生命体第2号、黒沢も含まれている。
『……早く、早く何とかしないと、黒沢さんが……』
野明は焦る。が、ここまで事件が大きくなってしまうと、一巡査である彼女には
どうすることもできなかった。
おりません。第1号と第3号も手がかりが全くなく、更なる被害拡大が予想されます。
警察では事態を重く……》
そんなニュースがテレビで雑誌で新聞で流されている中、当の警察では未確認生命体事件
が広域指定されていた。医学や考古学など各方面の識者から広く協力を仰いで、事態の
解明・事件の解決へと向かう為である。
未確認生命体と数多く接触して生き延びた野明も、事件を直接経験した貴重な警察官
として対策本部に組み込まれた。のだが、
「未確認生命体第2号は、駆除対象から除外すべきです!」
警視庁、対策本部の会議室。まず野明が主張したのがこれだった。
会議室最奥、中央に陣取る松倉本部長が報告書を手に渋い顔で応える。
「杉田君からも話は聞いたが……」
「第2号は、第3号に襲われていたあたしを助けてくれました! 第1号の時だって
そうです! 彼はあたしたち人間の為にたった一人で戦って、」
「落ち着いてくれ泉巡査。杉田君も言ったはずだぞ、それは単に奴ら同士の仲間割れ
だと。第2号が人間の味方だなどと、そんなことをどうやって証明する気だ」
証明、と言われて野明は詰まる。正体が黒沢さんなんです、とバラすのは簡単だが今それを
やったら黒沢がどうなるかわからない。というか多分、いや間違いなく、実験材料にされる。
松倉は野明をなだめて、会議を進めた。
「泉巡査、とにかく座ってくれ。……諸君、未確認生命体は今のところ、遺跡調査隊の
ビデオに映っていた奴を便宜的に第零号とし、第1号から第3号まで計四体確認された。
だが遺跡付近に集団の墓地のようなものが発見され、零号以外はそこから出てきたと
推測されている。とすると奴らの総数は少なく見ても二百に達し……」
松倉を中心に、各県警から選抜されたメンバーが少ない情報を元に対策を練っていく。
もう普通の拳銃では太刀打ちできないことが確定しているので、更なる重火器や新開発の
化学兵器なども投入し、とにかく一刻も早く未確認生命体どもを根絶すべしという方針だ。
もちろんその中には未確認生命体第2号、黒沢も含まれている。
『……早く、早く何とかしないと、黒沢さんが……』
野明は焦る。が、ここまで事件が大きくなってしまうと、一巡査である彼女には
どうすることもできなかった。
町外れにある廃工場の奥。真昼間だが薄暗く、人気のないこの場所で黒沢は倒れていた。
横たわっていた、とか寝転がっていた、ではない。痛みと疲労に包まれて倒れ伏していた。
『しかし……それにしても……生きて、るんだなオレは……普通、死ぬだろ……何十発
なのか数えてねえが、ヘタすりゃ百発以上の銃弾を浴びて……でも、自力で逃げ切って……
今、ここでこうしてる……はぁ……やっぱり、バケモノになっちまったんだな……』
ゴロリと仰向けになって、高くて汚い天井を見た。視力も意識もはっきりしている。全身に
痛みが残ってはいるものの、本来ならハチの巣になってるはずの体が弾痕型のアザだらけと
いう程度で済んでいるのだから、我がことながら驚異で脅威だ。第3号に噛みつかれた
跡だけは血が滲んでいるが、それとてどんどん治癒していくのが感じられる。
あのベルトによって与えられた生命力か。これが人外の、未確認生命体第2号様の力か。
『そのおかげで殺されかけて、そのおかげで助かって……ってことか。ふざけた話だ……』
昨夜は生まれて初めて、事情はどうあれ自分の存在を女の子に強く意識された。が、
それは自分もその子も死にかけた現場。そして自分自身が、もう完全に人間では
なくなったと銃弾で思い知らされた事件。
生涯、最初で最後だろう。あんな可愛い子に真剣に名を呼ばれ、庇われて……だが、
もしまた会えば、また同じような事態を招きかねない。それだけは絶対にダメだ。
『♪もうこれで帰れない……さすらいの旅路だけ……この安らぎのこころ……
知った今では……ってか……』
黒沢の口から力なく、諦めきった声で歌が漏れる。
『そうだな……旅に出よう。そしてどこかで野垂れ死のう……それしかねぇ……』
そんなことを考えている間にも、肉体は精神を無視してどんどん回復していく。多分、
日が沈む頃には全快しているだろう。そしたらどこか遠くへ行こう。うん。そうしよう。
今や職場の仲間にも、もちろん野明にも、お別れを告げに行くことはできない。だから
その代わりに、思い出の場所でも拝んでおくか……とか。
黒沢は、そんなことをぼんやりと考えていた。
横たわっていた、とか寝転がっていた、ではない。痛みと疲労に包まれて倒れ伏していた。
『しかし……それにしても……生きて、るんだなオレは……普通、死ぬだろ……何十発
なのか数えてねえが、ヘタすりゃ百発以上の銃弾を浴びて……でも、自力で逃げ切って……
今、ここでこうしてる……はぁ……やっぱり、バケモノになっちまったんだな……』
ゴロリと仰向けになって、高くて汚い天井を見た。視力も意識もはっきりしている。全身に
痛みが残ってはいるものの、本来ならハチの巣になってるはずの体が弾痕型のアザだらけと
いう程度で済んでいるのだから、我がことながら驚異で脅威だ。第3号に噛みつかれた
跡だけは血が滲んでいるが、それとてどんどん治癒していくのが感じられる。
あのベルトによって与えられた生命力か。これが人外の、未確認生命体第2号様の力か。
『そのおかげで殺されかけて、そのおかげで助かって……ってことか。ふざけた話だ……』
昨夜は生まれて初めて、事情はどうあれ自分の存在を女の子に強く意識された。が、
それは自分もその子も死にかけた現場。そして自分自身が、もう完全に人間では
なくなったと銃弾で思い知らされた事件。
生涯、最初で最後だろう。あんな可愛い子に真剣に名を呼ばれ、庇われて……だが、
もしまた会えば、また同じような事態を招きかねない。それだけは絶対にダメだ。
『♪もうこれで帰れない……さすらいの旅路だけ……この安らぎのこころ……
知った今では……ってか……』
黒沢の口から力なく、諦めきった声で歌が漏れる。
『そうだな……旅に出よう。そしてどこかで野垂れ死のう……それしかねぇ……』
そんなことを考えている間にも、肉体は精神を無視してどんどん回復していく。多分、
日が沈む頃には全快しているだろう。そしたらどこか遠くへ行こう。うん。そうしよう。
今や職場の仲間にも、もちろん野明にも、お別れを告げに行くことはできない。だから
その代わりに、思い出の場所でも拝んでおくか……とか。
黒沢は、そんなことをぼんやりと考えていた。
日が沈む頃。警視庁では未確認生命体の対策会議が一段落していた。各員の配置が
定まり、配備される兵器の説明や、各種研究開発を行う科警研との打ち合わせなども
終えて、とりあえず解散。皆それぞれに一息ついていた。
野明はというと結局何もできず、がっくりと肩を落として会議室を出た。そこで面会
希望者が来ていると連絡を受け、まさか黒沢さんが? と慌てて喫茶室へ向かう。
そこにいたのは、
「テレビや新聞で2号が撃たれたって……僕、もうどうしていいか……相談できるお巡りさん
なんていないし、もしかしたら、あなたなら何とかしてくれるかもって、それで……」
ぐしぐし泣きながらアイスコーヒーをかき混ぜている、浅井だった。
「あの、えっと、泉さんは昨日、2号を庇ったそうですよね。自分を助けてくれたからって。
ニュースで聞きました。じゃあ2号の味方をしてくれるかも、って思って」
『あ……そういえばこの人も、1号が暴れた時に、2号に助けられてる。しかも黒沢さんの
同僚。ということは、もしかしてこの人も知ってる……?』
野明は一つ深呼吸をしてから向かいの席に着き、慎重に言葉を選んで浅井に語りかけた。
「仰る通りです。あたしは昨日、2号を庇いました。1号の時と昨日の3号と、二度も
助けられているんですから。それに何より、あたしは2号のことを知っています」
「えっ?」
「今、黒沢さんはどこにおられます? ひどい怪我で寝込んでおられるとか……」
「! やっぱり知ってるんですね、泉さん!」
大声を上げて立ち上がった浅井が、周囲の注目を浴びる。口を押さえて座り直した浅井に、
今度は野明が立ち上がって身を乗り出し、囁いた。
「見たんです。昨日、あたしが3号に襲われた時に。黒沢さんが助けにきてくれて、
あたしの目の前で……」
「またベルトの力で、2号になったんですね」
「ベルト?」
「ああ、そこは知らないんですか。じゃあ全部説明します。泉さんと会ったあの日……」
浅井は順を追って説明した。1号に警察官たちが惨殺され、イングラムも破壊された時、
野明が襲われかけて黒沢が叫んで1号がやってきてベルトを着け2号に変身したこと。そして
昨夜、2号が警察の包囲から逃走した事件以来、黒沢がアパートに帰っていないことを。
「……そんな……」
黒沢が未確認生命体第2号になった経緯と現状を知り、たたでさえ色濃く疲労を浮かべて
いた野明の顔から、更にみるみる血の気が引いていく。
「あ、あ、あたしのせいだ……あの時、あたしを1号から護る為に……昨日だって、逃げろと
言ってくれたのをあたしが踏み止まって、そのせいで黒沢さんはあの場で変身することに
なって……通報されて、包囲されて、撃たれた……何もかも全部、あたしのせい……」
「あ、あの、泉さん?」
紙のように白くなった顔、焦点の合わぬ瞳でブツブツ言っている野明の前で、浅井が
手を振ってみる。が野明にはそれが見えていない。
「そういえば……黒沢さんは1号とも3号とも戦って、両方まだ生きてる……もし、
その二匹が黒沢さんを見つけたら……二匹がかりで襲われたら……!」
一対一でも劣勢だったのだ。二対一では勝ち目はない。しかもその戦いの場に警察が
駆けつけたりしたら、二匹がかりで傷つけられたところにまた一斉射撃を喰らうことになる。
そうなったらもう、確実に黒沢は死ぬ。殺される。
野明の脳裏に、あの日の惨劇が蘇った。あの日、大勢の人が殺された現場で何も
できなかった野明。そして今また、野明を護る為に己が身を捨てて戦ってくれた黒沢が、
定まり、配備される兵器の説明や、各種研究開発を行う科警研との打ち合わせなども
終えて、とりあえず解散。皆それぞれに一息ついていた。
野明はというと結局何もできず、がっくりと肩を落として会議室を出た。そこで面会
希望者が来ていると連絡を受け、まさか黒沢さんが? と慌てて喫茶室へ向かう。
そこにいたのは、
「テレビや新聞で2号が撃たれたって……僕、もうどうしていいか……相談できるお巡りさん
なんていないし、もしかしたら、あなたなら何とかしてくれるかもって、それで……」
ぐしぐし泣きながらアイスコーヒーをかき混ぜている、浅井だった。
「あの、えっと、泉さんは昨日、2号を庇ったそうですよね。自分を助けてくれたからって。
ニュースで聞きました。じゃあ2号の味方をしてくれるかも、って思って」
『あ……そういえばこの人も、1号が暴れた時に、2号に助けられてる。しかも黒沢さんの
同僚。ということは、もしかしてこの人も知ってる……?』
野明は一つ深呼吸をしてから向かいの席に着き、慎重に言葉を選んで浅井に語りかけた。
「仰る通りです。あたしは昨日、2号を庇いました。1号の時と昨日の3号と、二度も
助けられているんですから。それに何より、あたしは2号のことを知っています」
「えっ?」
「今、黒沢さんはどこにおられます? ひどい怪我で寝込んでおられるとか……」
「! やっぱり知ってるんですね、泉さん!」
大声を上げて立ち上がった浅井が、周囲の注目を浴びる。口を押さえて座り直した浅井に、
今度は野明が立ち上がって身を乗り出し、囁いた。
「見たんです。昨日、あたしが3号に襲われた時に。黒沢さんが助けにきてくれて、
あたしの目の前で……」
「またベルトの力で、2号になったんですね」
「ベルト?」
「ああ、そこは知らないんですか。じゃあ全部説明します。泉さんと会ったあの日……」
浅井は順を追って説明した。1号に警察官たちが惨殺され、イングラムも破壊された時、
野明が襲われかけて黒沢が叫んで1号がやってきてベルトを着け2号に変身したこと。そして
昨夜、2号が警察の包囲から逃走した事件以来、黒沢がアパートに帰っていないことを。
「……そんな……」
黒沢が未確認生命体第2号になった経緯と現状を知り、たたでさえ色濃く疲労を浮かべて
いた野明の顔から、更にみるみる血の気が引いていく。
「あ、あ、あたしのせいだ……あの時、あたしを1号から護る為に……昨日だって、逃げろと
言ってくれたのをあたしが踏み止まって、そのせいで黒沢さんはあの場で変身することに
なって……通報されて、包囲されて、撃たれた……何もかも全部、あたしのせい……」
「あ、あの、泉さん?」
紙のように白くなった顔、焦点の合わぬ瞳でブツブツ言っている野明の前で、浅井が
手を振ってみる。が野明にはそれが見えていない。
「そういえば……黒沢さんは1号とも3号とも戦って、両方まだ生きてる……もし、
その二匹が黒沢さんを見つけたら……二匹がかりで襲われたら……!」
一対一でも劣勢だったのだ。二対一では勝ち目はない。しかもその戦いの場に警察が
駆けつけたりしたら、二匹がかりで傷つけられたところにまた一斉射撃を喰らうことになる。
そうなったらもう、確実に黒沢は死ぬ。殺される。
野明の脳裏に、あの日の惨劇が蘇った。あの日、大勢の人が殺された現場で何も
できなかった野明。そして今また、野明を護る為に己が身を捨てて戦ってくれた黒沢が、
『オレ、あんたのこと忘れない。あんたの顔も、声も、言葉も、してくれたことも、全部。
絶対忘れない……さよならだ』
絶対忘れない……さよならだ』
「だ、だめ……やめて、そんなの……」
力なく震える野明が、力いっぱい両の拳を握った。
こうなったら1号・3号や警察より先に何とかするしかない。しかしどちらも説得は不可能。
となれば残された道は実力行使のみ。無論、警察組織の力は借りられない。自分一人でだ。
「……浅井さん。もし黒沢さんに連絡がついたら、伝えておいて下さい。もう二度と、
未確認生命体とは戦わないようにと。そしてあたしが、こう言っていたと」
お礼の言葉で足りることではない。謝って許して貰えるような事態ではない。けど、せめて。
「ありがとう……ごめんなさい、と」
浅井の返事を待たず、野明は踵を返して走り去った。
力なく震える野明が、力いっぱい両の拳を握った。
こうなったら1号・3号や警察より先に何とかするしかない。しかしどちらも説得は不可能。
となれば残された道は実力行使のみ。無論、警察組織の力は借りられない。自分一人でだ。
「……浅井さん。もし黒沢さんに連絡がついたら、伝えておいて下さい。もう二度と、
未確認生命体とは戦わないようにと。そしてあたしが、こう言っていたと」
お礼の言葉で足りることではない。謝って許して貰えるような事態ではない。けど、せめて。
「ありがとう……ごめんなさい、と」
浅井の返事を待たず、野明は踵を返して走り去った。