《EPISODE12:When the man comes around》
「ウオオオオオオオオ!!」
防人の咆哮と共に、一撃必倒の威力を誇る拳の弾幕がシャムロックを打ち抜いた。
拳の衝撃がシャムロックのボディで弾ける度に、派手な重い金属音がエントランスホールに響き渡る。
だが、この三種の生物を組み合わせた異形の合成獣(キメラ)は一歩、二歩後ずさりをするだけで
ダメージを受けた様子は無い。
現に“蟹”の甲殻にはヒビひとつ入らず、歪みすら見当たらない。
野性を思わせる動きで鋏と“蟷螂”の鎌から成る四本の腕を振るい、“蜘蛛”の糸を尻の辺りから
垂らしている。
そして胸部に浮き出た人間の顔は、相変わらず唇の無い口で眼前に立つ錬金の戦士の名を不気味に
呟くだけである。
拳の衝撃がシャムロックのボディで弾ける度に、派手な重い金属音がエントランスホールに響き渡る。
だが、この三種の生物を組み合わせた異形の合成獣(キメラ)は一歩、二歩後ずさりをするだけで
ダメージを受けた様子は無い。
現に“蟹”の甲殻にはヒビひとつ入らず、歪みすら見当たらない。
野性を思わせる動きで鋏と“蟷螂”の鎌から成る四本の腕を振るい、“蜘蛛”の糸を尻の辺りから
垂らしている。
そして胸部に浮き出た人間の顔は、相変わらず唇の無い口で眼前に立つ錬金の戦士の名を不気味に
呟くだけである。
「CAPTAIN BRAVO…」
先程からこの繰り返しだ。
防人の攻撃はシャムロックの堅固な甲殻に阻まれる。
しかし、シャムロックの二本の鋏と二本の鎌もまた防人のシルバースキンに遮られる。
お互いがお互いに決定的どころか蚊が刺した程のダメージも与えられずにいた。
「くっ……! 何て頑丈な奴だ……」
既に五百発は下らない打撃をシャムロックに打ち込んでいる防人。
完全防御を特性としているシルバースキンに身を包んでいる為、攻撃を受けてのダメージは一切無い。
だが、常に全力を振るっての攻撃のせいか、徐々に肉体に疲労が蓄積されていく。
荒くなり始めた呼吸はその数を増やし、自身の攻撃運動による負荷で破壊された筋繊維は熱を持っている。
防人の攻撃はシャムロックの堅固な甲殻に阻まれる。
しかし、シャムロックの二本の鋏と二本の鎌もまた防人のシルバースキンに遮られる。
お互いがお互いに決定的どころか蚊が刺した程のダメージも与えられずにいた。
「くっ……! 何て頑丈な奴だ……」
既に五百発は下らない打撃をシャムロックに打ち込んでいる防人。
完全防御を特性としているシルバースキンに身を包んでいる為、攻撃を受けてのダメージは一切無い。
だが、常に全力を振るっての攻撃のせいか、徐々に肉体に疲労が蓄積されていく。
荒くなり始めた呼吸はその数を増やし、自身の攻撃運動による負荷で破壊された筋繊維は熱を持っている。
“完全防御 VS 完全防御”
ならば、そんなゴールの無い持久戦(マラソンマッチ)を征するものは――
“人間”の生命力か、“ホムンクルス”の生命力か。答えは考えるに及ばないだろう。
“人間”の生命力か、“ホムンクルス”の生命力か。答えは考えるに及ばないだろう。
ここまで防人の攻撃を真正面から耐え抜いたホムンクルスはかつて存在しない。
無敵と思われたシルバースキンと防人衛の数少ない弱点が遂に表面化してしまった。
無敵と思われたシルバースキンと防人衛の数少ない弱点が遂に表面化してしまった。
だが――
「駄目だ、こんなものじゃ駄目だ。奴の装甲はこんなものじゃ……」
戦士としては若手ながらこれまで幾つもの死線をくぐり抜けさせてくれた己の拳を、そして己の武装錬金を、
防人は信じている。
その防人が考える事は“何故、倒せないのか”ではない。
“どうやったら倒せるか”である。
防人は目の前の難敵を凝視する。
脳内を渦巻く思考と確固たる信念を乗せた視線は、シャムロックの身体のある一部分に注がれた。
戦士としては若手ながらこれまで幾つもの死線をくぐり抜けさせてくれた己の拳を、そして己の武装錬金を、
防人は信じている。
その防人が考える事は“何故、倒せないのか”ではない。
“どうやったら倒せるか”である。
防人は目の前の難敵を凝視する。
脳内を渦巻く思考と確固たる信念を乗せた視線は、シャムロックの身体のある一部分に注がれた。
人間部分である顔、それも額に浮かぶ“三つ葉を模した複合章印”
やがて、防人は章印から視線を外し、顔を伏せて己の両掌を穴が開く程に見つめた。
そうしているうちにもシャムロックは腕を振り上げた攻撃態勢のまま、ジリジリと距離を詰めてくる。
しばらくの間、両掌を睨み続けていた防人は大きく息を吐き、拳を力強く握り締めた。
そうしているうちにもシャムロックは腕を振り上げた攻撃態勢のまま、ジリジリと距離を詰めてくる。
しばらくの間、両掌を睨み続けていた防人は大きく息を吐き、拳を力強く握り締めた。
「……よし!」
再び眼を上げた防人は素早くバックステップを踏み、シャムロックからかなりの距離を取った。
それは近接打撃の間合いではない。飛び道具の間合いと言っていい。
更に、極端に腰を落とし、前傾姿勢に構える。
今までの空手や八極拳を自己流にアレンジした構えではない。まるで短距離走者(スプリンター)の
クラウチングスタートに近いものがある。
そして、アキレスを狙うパリスの矢の如く、自らの関節可動域の限界までギリギリと右の拳を弓引いた。
ガードは捨てているのだろうか。左腕はブラリと垂れ下がり、床に向けられている。
「強く……。もっと、強く!」
自らの肉体に言い聞かせる最も単純明快な言葉を叫ぶと、防人は全身をバネと化して床を蹴り、
シャムロックに向かって弾かれたように突進を開始した。
それは近接打撃の間合いではない。飛び道具の間合いと言っていい。
更に、極端に腰を落とし、前傾姿勢に構える。
今までの空手や八極拳を自己流にアレンジした構えではない。まるで短距離走者(スプリンター)の
クラウチングスタートに近いものがある。
そして、アキレスを狙うパリスの矢の如く、自らの関節可動域の限界までギリギリと右の拳を弓引いた。
ガードは捨てているのだろうか。左腕はブラリと垂れ下がり、床に向けられている。
「強く……。もっと、強く!」
自らの肉体に言い聞かせる最も単純明快な言葉を叫ぶと、防人は全身をバネと化して床を蹴り、
シャムロックに向かって弾かれたように突進を開始した。
スタートダッシュによって踏み抜かれた床のタイルは大きく剥がれ、粉々に砕け散り、防人の
背後を舞い飾る。
背後を舞い飾る。
「そして――」
一条の弾丸となった防人が選んだものは――
正拳でも、
肘打ちでも、
靠撃でも、
蹴りでもない。
正拳でも、
肘打ちでも、
靠撃でも、
蹴りでもない。
「鋭く!!」
異能の握力によって固められた拳は瞬時にして解放され、防人の四本の指は鋭い手刀に形作られた。
その四指は文字通り、磨き抜かれた“刃”を髣髴とさせる。
突進する防人に何かを感じたのか、シャムロックは初めて防御の態勢を取った。
四本の腕は幾重にも交差され、ボディを死守する堅牢な城門に早変わりする。
そう、彼(シャムロック)は城門を閉じてしまった。剣と矛と戟が打ち交わされる戦の最中だというのに。
その四指は文字通り、磨き抜かれた“刃”を髣髴とさせる。
突進する防人に何かを感じたのか、シャムロックは初めて防御の態勢を取った。
四本の腕は幾重にも交差され、ボディを死守する堅牢な城門に早変わりする。
そう、彼(シャムロック)は城門を閉じてしまった。剣と矛と戟が打ち交わされる戦の最中だというのに。
「貫けェエエエエエエエエ!!!!」
破と覇を込めた戦人(イクサビト)の雄叫びと共に、“破壊槌”と化した貫手が“城門”に向かって撃ち込まれた。
凄まじい衝撃音がフロア全体を駆け抜け、ビルそのものを激しく振るわせる。
一本、二本とシャムロックの腕が砕け散り、音を立てて床に散らばり落ちた。
凄まじい衝撃音がフロア全体を駆け抜け、ビルそのものを激しく振るわせる。
一本、二本とシャムロックの腕が砕け散り、音を立てて床に散らばり落ちた。
だが、止まった。
止まってしまった。
防人の貫手は残り二本の腕を砕く事無く、その勢いを殺された。
シャムロックは防御を固めたままの姿勢でその場に立っている。
「届かない、か……?」
防人は歯噛みしてシャムロックの反撃に備えようとするも、全力で撃ち込んだ貫手は彼の太い腕に
食い込んで離れない。
止まってしまった。
防人の貫手は残り二本の腕を砕く事無く、その勢いを殺された。
シャムロックは防御を固めたままの姿勢でその場に立っている。
「届かない、か……?」
防人は歯噛みしてシャムロックの反撃に備えようとするも、全力で撃ち込んだ貫手は彼の太い腕に
食い込んで離れない。
焦る防人とは対照的にシャムロックがユラリと身体を動かした。
と同時に――
シャムロックを守っていた残りの腕が千切れ落ちた。
防人の眼に飛び込んできた光景は章印に貫手を突き立てられたシャムロックの顔。
ホムンクルスの唯一の弱点、額の章印に防人の四指が第二関節辺りまで刺し込まれていた。
「や、やった……!」
防人が指を引き抜くと、シャムロックは無言でフラフラと数歩、後によろめいた。
やがて、細かい震えと同時に、その異形の身体のいたる所に無数のヒビ割れが走る。
ヒビ割れは急速に進んで全身を包み、肉体は末端各部から塵と帰り始めていった。
ホムンクルスとしての死が、崩壊が始まっているのだ。
自身の身体に何事が起きているのかもわからないのか、未だシャムロックは感情の無い眼で
防人を見つめていた。
と同時に――
シャムロックを守っていた残りの腕が千切れ落ちた。
防人の眼に飛び込んできた光景は章印に貫手を突き立てられたシャムロックの顔。
ホムンクルスの唯一の弱点、額の章印に防人の四指が第二関節辺りまで刺し込まれていた。
「や、やった……!」
防人が指を引き抜くと、シャムロックは無言でフラフラと数歩、後によろめいた。
やがて、細かい震えと同時に、その異形の身体のいたる所に無数のヒビ割れが走る。
ヒビ割れは急速に進んで全身を包み、肉体は末端各部から塵と帰り始めていった。
ホムンクルスとしての死が、崩壊が始まっているのだ。
自身の身体に何事が起きているのかもわからないのか、未だシャムロックは感情の無い眼で
防人を見つめていた。
「CAP...TAIN......B......RA......」
最期まで敵の名を呼びながら仁王立ちのまま、その身体は崩れ滅びようとしている。
敵ながらあっぱれ、と言いたいところだが、彼はこれまでの常識を覆す強引さで造り上げられた
ホムンクルスだ。
人間としての意思や理性や情念など一欠けらも残っておらず、ホムンクルスとしての食人衝動も
強制的に制御され、ただ単に“標的を殺せ”という信号に肉体を突き動かされているマシーンなのだ。
決して地に倒れようとしないのも彼のプライドなどではなく、創造主(サムナー)の意志(プログラム)が
安らかな最期を否定させ、戦いを続けさせようとしているのだろう。
今の防人には彼の創造主や生い立ちなど知る由も無かったが。
敵ながらあっぱれ、と言いたいところだが、彼はこれまでの常識を覆す強引さで造り上げられた
ホムンクルスだ。
人間としての意思や理性や情念など一欠けらも残っておらず、ホムンクルスとしての食人衝動も
強制的に制御され、ただ単に“標的を殺せ”という信号に肉体を突き動かされているマシーンなのだ。
決して地に倒れようとしないのも彼のプライドなどではなく、創造主(サムナー)の意志(プログラム)が
安らかな最期を否定させ、戦いを続けさせようとしているのだろう。
今の防人には彼の創造主や生い立ちなど知る由も無かったが。
防人は、ズッシリと圧し掛かる疲労と思い出したかのように襲ってきた大腿部の痛みを撥ね退け、
周囲を見回した。
この一階のどこかで危険に晒されているジュリアンの救援に向かわねばならない。
目の前で二度目の死を迎えているシャムロックはほとんど原型を留めない程に崩壊している。
死力を尽くした戦いを繰り広げた、この強敵の最後を見届けてやりたい気持ちもあったが、
今はそんな余裕も無い。
「B...BRA......VO...」
無感情な声を上げながらシャムロックの身体は完全に消滅し、僅かな塵が舞うばかりとなった。
周囲を見回した。
この一階のどこかで危険に晒されているジュリアンの救援に向かわねばならない。
目の前で二度目の死を迎えているシャムロックはほとんど原型を留めない程に崩壊している。
死力を尽くした戦いを繰り広げた、この強敵の最後を見届けてやりたい気持ちもあったが、
今はそんな余裕も無い。
「B...BRA......VO...」
無感情な声を上げながらシャムロックの身体は完全に消滅し、僅かな塵が舞うばかりとなった。
その塵の、
その塵の向こう側の、
その塵の向こう側の通路から奇妙な音が聞こえてきた。
何かを引きずる音と、男のくぐもった声。
照明の落ちた通路の奥に蠢く影が見える。はっきりと見える訳ではないが、何者かの人影が。
両手で何か大きなものを引きずる人影はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「誰だ!」
防人は声を掛けた。ジュリアンかもしれないし、テロリストかもしれない。
返事は無い。
再び戦闘態勢に入ろうとする防人に、人影が答えた。聞き馴染みのある声で。
その塵の向こう側の、
その塵の向こう側の通路から奇妙な音が聞こえてきた。
何かを引きずる音と、男のくぐもった声。
照明の落ちた通路の奥に蠢く影が見える。はっきりと見える訳ではないが、何者かの人影が。
両手で何か大きなものを引きずる人影はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「誰だ!」
防人は声を掛けた。ジュリアンかもしれないし、テロリストかもしれない。
返事は無い。
再び戦闘態勢に入ろうとする防人に、人影が答えた。聞き馴染みのある声で。
「ブラボーサン」
「ジュリアン!? 良かった、無事だったのか!」
エントランスホールの大照明に生還したジュリアンが照らし出される。
「ジュリアン……?」
確かに彼だった。姿形は、確かに。
だが、奇妙だったのは彼が手にしている“もの”だった。
両手で二人の男の顔面を鷲摑みにして引きずっていたのだ。おそらく生き残りのテロリストだろう。
一人は失神しているらしくグッタリと動かないが、一人はくぐもった声を上げながら必死に
抵抗している。
ジュリアンは無傷だったが、身を包んでいたブラックスーツは破け、上半身はほぼ剥き出しの状態だ。
そして、その裸の胸には、防人が考えもしていなかった物が鮮明に浮かび上がっていた。
「ジュ、ジュリアン……。まさか、嘘だ……。嘘だと言ってくれ……」
エントランスホールの大照明に生還したジュリアンが照らし出される。
「ジュリアン……?」
確かに彼だった。姿形は、確かに。
だが、奇妙だったのは彼が手にしている“もの”だった。
両手で二人の男の顔面を鷲摑みにして引きずっていたのだ。おそらく生き残りのテロリストだろう。
一人は失神しているらしくグッタリと動かないが、一人はくぐもった声を上げながら必死に
抵抗している。
ジュリアンは無傷だったが、身を包んでいたブラックスーツは破け、上半身はほぼ剥き出しの状態だ。
そして、その裸の胸には、防人が考えもしていなかった物が鮮明に浮かび上がっていた。
「ジュ、ジュリアン……。まさか、嘘だ……。嘘だと言ってくれ……」
それはホムンクルスの章印だった。
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