約四ヶ月前。四月下旬。銀成市郊外の森の中にあるL・X・Eアジト。
その近くに一人の戦士が現れた。
名を剣持真希士(ケンモチマキシ)。
巨大な体と鋭くもどこか愛嬌のある眼差しが印象的な彼には、夢があった。
『楽園』
中学三年の時、ホムンクルスの集団に家族を殺され、兄のおかげでかろうじて命を取り留
めて以来、世界をホムンクルスのいない『楽園』にするコトを夢見ていた。
その手……その二本の腕と、兄から譲り受けた三本目の腕で。
真希士の武装錬金は「アンシャッター・ブラザーフッド」といい、両手持ちとしては最大級の西
洋大剣(ツヴァイハンダー)と、掌から両脇までをすっぽり覆う籠手、それから一番特徴的で
一番重要なパーツで構成されていた。
肩甲骨のあたりから延びる第三の腕。
それを真希士は兄から譲り受けた三本目の腕と頑なに信じ、徹底的に活かし、通常では到
底ありえないアクロバティックな太刀筋を以て闘っていた。
だが、L・X・Eへの潜入捜査へのさなか。
その近くに一人の戦士が現れた。
名を剣持真希士(ケンモチマキシ)。
巨大な体と鋭くもどこか愛嬌のある眼差しが印象的な彼には、夢があった。
『楽園』
中学三年の時、ホムンクルスの集団に家族を殺され、兄のおかげでかろうじて命を取り留
めて以来、世界をホムンクルスのいない『楽園』にするコトを夢見ていた。
その手……その二本の腕と、兄から譲り受けた三本目の腕で。
真希士の武装錬金は「アンシャッター・ブラザーフッド」といい、両手持ちとしては最大級の西
洋大剣(ツヴァイハンダー)と、掌から両脇までをすっぽり覆う籠手、それから一番特徴的で
一番重要なパーツで構成されていた。
肩甲骨のあたりから延びる第三の腕。
それを真希士は兄から譲り受けた三本目の腕と頑なに信じ、徹底的に活かし、通常では到
底ありえないアクロバティックな太刀筋を以て闘っていた。
だが、L・X・Eへの潜入捜査へのさなか。
「む~ん。まさかあの逆向君まで斃しちゃうとは」
「佐藤君も重傷。来るべき決戦に参加できるかどうか」
「しかも諦めが悪いから」
「丸二日ばかりかかっちゃたよ」
「佐藤君も重傷。来るべき決戦に参加できるかどうか」
「しかも諦めが悪いから」
「丸二日ばかりかかっちゃたよ」
ムーンフェイスとの戦いに敗れ、落命した。
「けど、なんだな。『楽園』を夢見る者同士仲良くしようじゃないか」
「といっても、私たちが望むのは月面のように荒れ果てた地球だけれどね」
「そのためにキミの死体は、この私が有効利用させてもらうよ」
「そうだね、パピヨン君みたいな不完全なホムンクルスを作ってみるのも面白そう。む~ん」
「といっても、私たちが望むのは月面のように荒れ果てた地球だけれどね」
「そのためにキミの死体は、この私が有効利用させてもらうよ」
「そうだね、パピヨン君みたいな不完全なホムンクルスを作ってみるのも面白そう。む~ん」
そして文字通り黄色く干からびた月の顔を持つ燕尾服の怪人が数人ばかり真希士の死骸を
見下ろす後ろで、ホムンクルス浜崎は。
乱戦のさなか真希士に刺し貫かれた章印をさすりながら、焦点さだかならぬ目でぼんやりと
死を待っていた。
見下ろす後ろで、ホムンクルス浜崎は。
乱戦のさなか真希士に刺し貫かれた章印をさすりながら、焦点さだかならぬ目でぼんやりと
死を待っていた。
「おやおや、よりにもよって君まで虫の息とはね」
「ひょっとして『本体』の方までやられちゃったのかな?」
「ひょっとして『本体』の方までやられちゃったのかな?」
振り返り、白目で歯をかっきり組み合わせたいくつかの笑顔を見ながら、浜崎は力なく頷いた。
するとムーンフェイスは「うーん、それじゃあ」と尖った顎に手を当て茶目っ気たっぷりに考え
込んでからこういった。
するとムーンフェイスは「うーん、それじゃあ」と尖った顎に手を当て茶目っ気たっぷりに考え
込んでからこういった。
「実はいま研究中のいい物があってね。でもまだまだ実験段階。もっと沢山のモルモット君が
必要なんだけど、あいにく今はDr.バタフライからの厳命でホムンクルスを無駄遣いできない
状態。いくら私でも彼の逆鱗にはさすがにちょっとふれたくないしね。む~ん、そこが悩み所」
月を見上げて、つかみ所のない半笑いを浮かべる彼はどこまでも不吉な気配が漂っている。
ともすれば利用されるだけ利用され、捨てられるという気配。
そもそも冷戦後にいつの間にやらふらりとL・X・Eに加盟した彼は、水面に浮かぶ油一膜の
ようなギリギリさでL・X・Eと融和していない。
彼の分身体である朏魄(ひはく)などはそれを逆手に取って、「ギリギリな感じが受けてます
む~ん」などとのたまっているが、笑うものなどおらず、それがますます融和のなさを印象づ
けてもいる。
有事が起これば真希士戦のように骨身を惜しまず闘い、一見ではさも重要な幹部としてL・X・E
に融和しているように見えるが、それは瓶を振りたくって混ぜた水と油のような一時的な物に
すぎず、少し時が経てばすぐにどこか非融和的な雰囲気になる。
「きっと彼の武装錬金に見せつけられるのは、米ソ冷戦時代の忌まわしい記憶。ああ、何と
も悲しい哉わが人生。いったいどうすればいいのやら」
芝居がかった身振り手振りと口調でまんべんなく自らの困惑を訴えると、彼はようやくなが
らに用件を切り出した。この迂遠さ一つ見ても、彼はどうにも喰えない。
「ちょっと手伝ってくれないかな? どうせそのままじゃ死ぬしかないんだから、悪い話じゃな
いと思うんだけど、どうかな? どっちに転んでもDr.バタフライに怒られはしないよ」
必要なんだけど、あいにく今はDr.バタフライからの厳命でホムンクルスを無駄遣いできない
状態。いくら私でも彼の逆鱗にはさすがにちょっとふれたくないしね。む~ん、そこが悩み所」
月を見上げて、つかみ所のない半笑いを浮かべる彼はどこまでも不吉な気配が漂っている。
ともすれば利用されるだけ利用され、捨てられるという気配。
そもそも冷戦後にいつの間にやらふらりとL・X・Eに加盟した彼は、水面に浮かぶ油一膜の
ようなギリギリさでL・X・Eと融和していない。
彼の分身体である朏魄(ひはく)などはそれを逆手に取って、「ギリギリな感じが受けてます
む~ん」などとのたまっているが、笑うものなどおらず、それがますます融和のなさを印象づ
けてもいる。
有事が起これば真希士戦のように骨身を惜しまず闘い、一見ではさも重要な幹部としてL・X・E
に融和しているように見えるが、それは瓶を振りたくって混ぜた水と油のような一時的な物に
すぎず、少し時が経てばすぐにどこか非融和的な雰囲気になる。
「きっと彼の武装錬金に見せつけられるのは、米ソ冷戦時代の忌まわしい記憶。ああ、何と
も悲しい哉わが人生。いったいどうすればいいのやら」
芝居がかった身振り手振りと口調でまんべんなく自らの困惑を訴えると、彼はようやくなが
らに用件を切り出した。この迂遠さ一つ見ても、彼はどうにも喰えない。
「ちょっと手伝ってくれないかな? どうせそのままじゃ死ぬしかないんだから、悪い話じゃな
いと思うんだけど、どうかな? どっちに転んでもDr.バタフライに怒られはしないよ」
(そして得たのがこの体……)
浜崎の下半身はもはや一つの岩石として地面に膠着している。
浜崎の下半身はもはや一つの岩石として地面に膠着している。
その中央から伸びるは蝶の胴体。てらてらと黄色い粘膜の湿気が淡く輝いている。
胴体には申し訳程度の黒い触角が二本生えており、背後では大小さまざまなひし形の破片
が連なり、一対の羽となっている。。
その間には毒々しい紫の粒子が鱗粉よろしく絶え間なくゆれ動き、時おり羽ばたきに押し上
げられてゆらりゆらりと上空に散っていく。
わずか一握の鱗粉はやや特殊な要素を帯びているらしく、上空へ向かううち相ぶつかりあっ
て絶え間なく摩擦を繰り返し、やがて粒子間でプラズマを発生させた。
あたかも小規模な雷雲だ。
刹那。まばゆく輝く先駆放電(ステップリーダー)が斗貴子を貫いた。
(いまだ試作の試作もいいところだが)
翼を動かす。肉体としてはまったく接点がないというのに、巨大な翼は意のままに動いた。
おそらくこれも粒子の効果なのだろう。似たような例ではバタフライのアリスインワンダーランド
(チャフ)を介した会話があげられる。これは粒子に特殊な振動を加えて声を伝達していた
と思われるのだが、真・蝶・成体にもそういう原理が働いているらしい。
(さすがはバタフライ様とムーンフェイス様の技術結晶。よくできている。負けなどありえん!)
羽から巻き起こった風に、竹林は台風上陸時のように派手に折れ曲がって斗貴子もなすす
べなく吹き飛ばされた。
「くっ、まだ!」
とっさにくるりと身をひるがえして奇麗に着した斗貴子は、重い体を必死に伸ばして立ち上がる。
(まだだ。攻撃自体は強力だが、それと引き換えにアイツは動けなくなっている)
浜崎の下半身は岩と化しているのだ。いわば砲台を相手にしているのと変わらない。
(射程距離さえ脱してしまえば逃げるコトはたやすい。だが)
この夜の斗貴子の心はどうしよもなくホムンクルスを憎く思っている。
後輩たる剛太を貴信や香美に痛めつけられ、彼らからは聞きたくない言葉を浴びせかけら
れ傷心に塩を塗り込められたような屈辱を受けている。
すでに五十六体のホムンクルスを葬り去り、貴信・香美も存分に痛めつけてはいるが、しか
しそれでもまだ足りない。
洋上で破られた誓い。二度と取り返せない少年の存在。
それらを埋めるためにはまだ足りない。たとえ全てのホムンクルスを斃した所で埋まるか
どうか。
それでも斃さずにはいられない。それ以外の意義がない。意味を知らない。
胴体には申し訳程度の黒い触角が二本生えており、背後では大小さまざまなひし形の破片
が連なり、一対の羽となっている。。
その間には毒々しい紫の粒子が鱗粉よろしく絶え間なくゆれ動き、時おり羽ばたきに押し上
げられてゆらりゆらりと上空に散っていく。
わずか一握の鱗粉はやや特殊な要素を帯びているらしく、上空へ向かううち相ぶつかりあっ
て絶え間なく摩擦を繰り返し、やがて粒子間でプラズマを発生させた。
あたかも小規模な雷雲だ。
刹那。まばゆく輝く先駆放電(ステップリーダー)が斗貴子を貫いた。
(いまだ試作の試作もいいところだが)
翼を動かす。肉体としてはまったく接点がないというのに、巨大な翼は意のままに動いた。
おそらくこれも粒子の効果なのだろう。似たような例ではバタフライのアリスインワンダーランド
(チャフ)を介した会話があげられる。これは粒子に特殊な振動を加えて声を伝達していた
と思われるのだが、真・蝶・成体にもそういう原理が働いているらしい。
(さすがはバタフライ様とムーンフェイス様の技術結晶。よくできている。負けなどありえん!)
羽から巻き起こった風に、竹林は台風上陸時のように派手に折れ曲がって斗貴子もなすす
べなく吹き飛ばされた。
「くっ、まだ!」
とっさにくるりと身をひるがえして奇麗に着した斗貴子は、重い体を必死に伸ばして立ち上がる。
(まだだ。攻撃自体は強力だが、それと引き換えにアイツは動けなくなっている)
浜崎の下半身は岩と化しているのだ。いわば砲台を相手にしているのと変わらない。
(射程距離さえ脱してしまえば逃げるコトはたやすい。だが)
この夜の斗貴子の心はどうしよもなくホムンクルスを憎く思っている。
後輩たる剛太を貴信や香美に痛めつけられ、彼らからは聞きたくない言葉を浴びせかけら
れ傷心に塩を塗り込められたような屈辱を受けている。
すでに五十六体のホムンクルスを葬り去り、貴信・香美も存分に痛めつけてはいるが、しか
しそれでもまだ足りない。
洋上で破られた誓い。二度と取り返せない少年の存在。
それらを埋めるためにはまだ足りない。たとえ全てのホムンクルスを斃した所で埋まるか
どうか。
それでも斃さずにはいられない。それ以外の意義がない。意味を知らない。
テロリストを殺戮するのに躍起な軍国のように、抜本的な解決策も練られぬままただ状況に
流されている。
けれどそういう人生に導いたのがホムンクルスだ。
だから憎しみを解くコトなどできない。傍らで笑ってくれる少年がいない限りは。
(カズキ…… 本当は私は、どうすればいい……)
右の肩甲骨の辺りに鋭い痛みが走った。それに身を震わすと、今度は膝にも。
満身創痍ゆえにか。
ささやかな痛みへの反応が、恐ろしいほどあちこちに伝播してひっきりなしに痛みが起こる。
バルキリースカートもボロボロ。いつへし折られても不思議ではない。
(……いや、この状態なら却って好都合だ)
鉄くさい気配に口を押さえると、血がべっとりと掌についた。貴信に崖へ叩きつけられたとき、
肺が出血をきたしたのだろうか。傷が多すぎてよくわからない。
(動きの早い奴を相手にするよりは勝機がある。何とかして近づきさえすれば──…)
「何ができるというのかなァ」
おぞましい気配に斗貴子は遮二無二もなく飛びのいた。
水ぐらいならすぐ沸騰しそうな熱気がすぐ傍を通りすぎ、爆音が響いた。
雷だ。
そして敵を見ると、吐瀉物と寄生虫を煮詰めたようにドロドロの視線が直視できた。
猛烈な風が吹いた。短いスカートがたなびき白い足をあらわにする。
バルキリースカート地面に突き立てて凌ごうかと思ったが、それでは雷の回避ができない。
結局、華奢で弱り切った斗貴子がしのぐコトなどできよう筈もなく。
先ほど自分が無銘にしたように、竹をへし折りながら竹藪に吹き飛ばされた。
「っの! まだだ、まだ負けるワケには……」
言葉とは裏腹に足に力が入らない。太い竹に背を預け、力なく座ったままだ。
折れた竹が目についた。か細くはあるが、溺れる者は藁をもつかむ。
泳ぐような手つきでかっさらい、立とうと試みる。
が、体重を受けてひん曲がると、折れる予兆をミシミシと訴え始めた。
(クソ。もっと頑丈なのはないのか。こんな細い竹じゃしなるばかりで──…)
とそこまで考えた斗貴子は、ちょっと驚いた様子で短髪の端を揺らしつつ、手元を見やった。
何の変哲もない竹。少しばかり色褪せた部分もあるが、弾力でいなやかさに富み、それ故に
杖にはなりえない。
(…………)
流されている。
けれどそういう人生に導いたのがホムンクルスだ。
だから憎しみを解くコトなどできない。傍らで笑ってくれる少年がいない限りは。
(カズキ…… 本当は私は、どうすればいい……)
右の肩甲骨の辺りに鋭い痛みが走った。それに身を震わすと、今度は膝にも。
満身創痍ゆえにか。
ささやかな痛みへの反応が、恐ろしいほどあちこちに伝播してひっきりなしに痛みが起こる。
バルキリースカートもボロボロ。いつへし折られても不思議ではない。
(……いや、この状態なら却って好都合だ)
鉄くさい気配に口を押さえると、血がべっとりと掌についた。貴信に崖へ叩きつけられたとき、
肺が出血をきたしたのだろうか。傷が多すぎてよくわからない。
(動きの早い奴を相手にするよりは勝機がある。何とかして近づきさえすれば──…)
「何ができるというのかなァ」
おぞましい気配に斗貴子は遮二無二もなく飛びのいた。
水ぐらいならすぐ沸騰しそうな熱気がすぐ傍を通りすぎ、爆音が響いた。
雷だ。
そして敵を見ると、吐瀉物と寄生虫を煮詰めたようにドロドロの視線が直視できた。
猛烈な風が吹いた。短いスカートがたなびき白い足をあらわにする。
バルキリースカート地面に突き立てて凌ごうかと思ったが、それでは雷の回避ができない。
結局、華奢で弱り切った斗貴子がしのぐコトなどできよう筈もなく。
先ほど自分が無銘にしたように、竹をへし折りながら竹藪に吹き飛ばされた。
「っの! まだだ、まだ負けるワケには……」
言葉とは裏腹に足に力が入らない。太い竹に背を預け、力なく座ったままだ。
折れた竹が目についた。か細くはあるが、溺れる者は藁をもつかむ。
泳ぐような手つきでかっさらい、立とうと試みる。
が、体重を受けてひん曲がると、折れる予兆をミシミシと訴え始めた。
(クソ。もっと頑丈なのはないのか。こんな細い竹じゃしなるばかりで──…)
とそこまで考えた斗貴子は、ちょっと驚いた様子で短髪の端を揺らしつつ、手元を見やった。
何の変哲もない竹。少しばかり色褪せた部分もあるが、弾力でいなやかさに富み、それ故に
杖にはなりえない。
(…………)
斗貴子はそこで目を伏せると、立つのをやめた。
「さァどうする。命乞いでもするかァ?」
気配を察したのか、浜崎の声には勝利者特有の傲慢さが満ち満ちてきた。
「もっとも貴様のような化け物殺しの化け物など、我らの仲間には到底なりえん。せいぜい
人間のままダルマにでもなり、慰み者にでもなるんだなァ~!!」
「一つ聞く」
ボソっとした声に、何かの敗北宣言を期待したのか、浜崎はますますはずみを帯びた。
「勝機のなさを悟ったかァ? 冥土の土産とやらが欲しいのかァ~?」
「貴様のその姿、例の『もう一つの調整体』か?」
「違うなァ。恩恵にあやかっているのは現在のところ逆向様ただ一人! その彼ですら未完成
の物を行使している。もし完成版が我らの集中におちれば貴様らなどたちどころに」
「そうか。分かった」
斗貴子はすくりと立ち上がると
「居直っても無駄よなァ、この、馬ァ・鹿ァ・めェェェェ! 知ったところで今更貴様に何ができる」
「私を舐めるな」
手にした核鉄を発動させた。
そう、先ほどまで武装錬金を発動させていたにも関わらず……
「長話をしてくれたおかげで回復の時間が稼げた」
「フン。見えはしないが大方、武装錬金を解除し、核鉄で回復したという所か。だが時間からし
てそれは微々たるもの」
「ああ。そうだな。だが、貴様をバラバラにするだけの体力は戻った!」
すぅっと吐いた呼吸を打ち消すように爆音が轟き斗貴子は天へと弾丸のように放たれた!
彼女の体は笹に刻まれながらもゆうゆうとそこを脱し、竹林が三メートルほど眼下に見渡せる
ほどの高度に達した。
彼女はバルキリースカートを再発動させると同時に地面を叩いていた。
それも処刑鎌が折れそうなほどに曲がるぐらいの勢いで。
これは先ほどの竹から得た着想だ。
しなった竹を一気に跳ね上がらせるように、処刑鎌を金物定規よろしく強引に曲げて、その
ストレスが一気に爆発させるコトで跳躍力を得た。
「馬鹿が! 俺のいる場所を忘れたかァ!」
浜崎のいるのは竹藪の中心部。広場の部分。だから斗貴子の影も遠く小さいながらに丸見えだ。
「さァどうする。命乞いでもするかァ?」
気配を察したのか、浜崎の声には勝利者特有の傲慢さが満ち満ちてきた。
「もっとも貴様のような化け物殺しの化け物など、我らの仲間には到底なりえん。せいぜい
人間のままダルマにでもなり、慰み者にでもなるんだなァ~!!」
「一つ聞く」
ボソっとした声に、何かの敗北宣言を期待したのか、浜崎はますますはずみを帯びた。
「勝機のなさを悟ったかァ? 冥土の土産とやらが欲しいのかァ~?」
「貴様のその姿、例の『もう一つの調整体』か?」
「違うなァ。恩恵にあやかっているのは現在のところ逆向様ただ一人! その彼ですら未完成
の物を行使している。もし完成版が我らの集中におちれば貴様らなどたちどころに」
「そうか。分かった」
斗貴子はすくりと立ち上がると
「居直っても無駄よなァ、この、馬ァ・鹿ァ・めェェェェ! 知ったところで今更貴様に何ができる」
「私を舐めるな」
手にした核鉄を発動させた。
そう、先ほどまで武装錬金を発動させていたにも関わらず……
「長話をしてくれたおかげで回復の時間が稼げた」
「フン。見えはしないが大方、武装錬金を解除し、核鉄で回復したという所か。だが時間からし
てそれは微々たるもの」
「ああ。そうだな。だが、貴様をバラバラにするだけの体力は戻った!」
すぅっと吐いた呼吸を打ち消すように爆音が轟き斗貴子は天へと弾丸のように放たれた!
彼女の体は笹に刻まれながらもゆうゆうとそこを脱し、竹林が三メートルほど眼下に見渡せる
ほどの高度に達した。
彼女はバルキリースカートを再発動させると同時に地面を叩いていた。
それも処刑鎌が折れそうなほどに曲がるぐらいの勢いで。
これは先ほどの竹から得た着想だ。
しなった竹を一気に跳ね上がらせるように、処刑鎌を金物定規よろしく強引に曲げて、その
ストレスが一気に爆発させるコトで跳躍力を得た。
「馬鹿が! 俺のいる場所を忘れたかァ!」
浜崎のいるのは竹藪の中心部。広場の部分。だから斗貴子の影も遠く小さいながらに丸見えだ。
「遠距離なら俺の方がはるかに優勢! もう一度雷と風の餌食にしてくれるわァァア!」
「させるかぁ!!」
その時である。
羽の角度を変えた浜崎の頭上から、恐るべきものが降り注いだのは。
それは先ほど貴信の鎖が絡んだ部分。
斗貴子を崖に叩きつけるために使った支点力点作用点の密集地帯。
強度がやや脆くなっているから、わずかな力でも崩壊する。
故に。
それは稲妻よりも風よりも早い一条の閃光だった。
「な、に……」
浜崎は唖然とした。
彼の頭、つまり蝶の胴体部分に刺さっていたのは……バルキリースカート。
直接見たワケではないが、重さやその重心から大体の長さが分かり、正体も分かった。
処刑鎌のうちの一本。
(馬鹿な! 奴の武装錬金は接近戦専用のはず! それが、何故、何故ぇぇぇぇぇぇ!!)
意外すぎる一撃に一瞬彼は肉体のあらゆる操作を忘れた。
いや、忘れていなくとも被った打撃のせいで物理的に伝達は不可だったのかも知れない。
「私の武装錬金は少々耐久性に難があってな」
すぐ近くに何かが着地する軽やかに気配がした。
「あの馬鹿力のホムンクルスのせいで、可動肢(マニュピレーター)にだいぶダメージが蓄積
していたんだ。だからちぎって、投げさせて貰ったぞ」
(今は夜だぞ! それなのにあれだけの距離から正確に……)
バルキリースカートを狙った部分に投げつけるのなど、生体電流で処刑鎌を高速機動させる
コトに比べれば造作もないのだ。空間に対する鋭敏な感覚さえあれば。
「ようやく近づけたな。……ホムンクルスは全て斃す!」
輝く蝶の頭からすうっと処刑鎌が抜かれた。
斗貴子の大腿部では残る三本が仲間との再会に歓喜するよう、鎌首をもたげた。
「させるかぁ!!」
その時である。
羽の角度を変えた浜崎の頭上から、恐るべきものが降り注いだのは。
それは先ほど貴信の鎖が絡んだ部分。
斗貴子を崖に叩きつけるために使った支点力点作用点の密集地帯。
強度がやや脆くなっているから、わずかな力でも崩壊する。
故に。
それは稲妻よりも風よりも早い一条の閃光だった。
「な、に……」
浜崎は唖然とした。
彼の頭、つまり蝶の胴体部分に刺さっていたのは……バルキリースカート。
直接見たワケではないが、重さやその重心から大体の長さが分かり、正体も分かった。
処刑鎌のうちの一本。
(馬鹿な! 奴の武装錬金は接近戦専用のはず! それが、何故、何故ぇぇぇぇぇぇ!!)
意外すぎる一撃に一瞬彼は肉体のあらゆる操作を忘れた。
いや、忘れていなくとも被った打撃のせいで物理的に伝達は不可だったのかも知れない。
「私の武装錬金は少々耐久性に難があってな」
すぐ近くに何かが着地する軽やかに気配がした。
「あの馬鹿力のホムンクルスのせいで、可動肢(マニュピレーター)にだいぶダメージが蓄積
していたんだ。だからちぎって、投げさせて貰ったぞ」
(今は夜だぞ! それなのにあれだけの距離から正確に……)
バルキリースカートを狙った部分に投げつけるのなど、生体電流で処刑鎌を高速機動させる
コトに比べれば造作もないのだ。空間に対する鋭敏な感覚さえあれば。
「ようやく近づけたな。……ホムンクルスは全て斃す!」
輝く蝶の頭からすうっと処刑鎌が抜かれた。
斗貴子の大腿部では残る三本が仲間との再会に歓喜するよう、鎌首をもたげた。
「切り裂け! バルキリースカート!!」
ハスキーな声に連動して蒼い颶風(ぐふう)が巻き起こる。
光り狂った断線が真・蝶・成体を幾千幾億那由多の限り蹂躙する。
光り狂った断線が真・蝶・成体を幾千幾億那由多の限り蹂躙する。
そこかしこで羽のパネルが割り砕け、再び剣風乱刃の中で崩壊する。
もはやこれは人間とホムンクルスの戦いですらない。
工場設備だ。
工場設備と生産品の関係だ。
右斜め下に斬り下げられた処刑鎌は一厘一毛刹那の作業ロスも挟まず、精密に向きを変
えて次の『作業』に移っている。可動肢もただもくもくと角度調節と微妙なスライドを繰り返す
のみ。
斗貴子はそして。
らんらんと金に濁った憎悪の目を見開いた。
口の端から漏れる血すらぬぐわず、下目で浜崎をギラリと一瞥すると、手にした処刑鎌でず
いぶんと色褪せた蝶の胴体を殴りつけた。
荒れ狂う精密さとは裏腹にこちらはまるで刃筋が立っていない。
鈍い音がした。オレンジ色の体表がつぶれ同色の体液がじわりと漏れた。
「敵は全て斃す!」
もう一撃。
「そうだ! 貴様らがいるから! 貴様らがいるから……カズキは!!」
さらにもう一撃。振り上げた処刑鎌が他に荒れ狂う精密な物とかち合い、手の裡に鈍い衝撃
をもたらしたが、些細な問題だ。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
ホムンクルスは、全て斃す!!」
包囲する切断網は、狂気とわずかばかりの物悲しさが混じった叫びのビブラートに比例する
ように収束していき。
(こんな筈では! 計画は完璧だったはず。手負いの相手と、ムーンフェイス様から頂いた
真・蝶・成体。相ぶつかって負ける道理など、負ける道理などぉぉぉぉぉぉぉっ!!)
もはやこれは人間とホムンクルスの戦いですらない。
工場設備だ。
工場設備と生産品の関係だ。
右斜め下に斬り下げられた処刑鎌は一厘一毛刹那の作業ロスも挟まず、精密に向きを変
えて次の『作業』に移っている。可動肢もただもくもくと角度調節と微妙なスライドを繰り返す
のみ。
斗貴子はそして。
らんらんと金に濁った憎悪の目を見開いた。
口の端から漏れる血すらぬぐわず、下目で浜崎をギラリと一瞥すると、手にした処刑鎌でず
いぶんと色褪せた蝶の胴体を殴りつけた。
荒れ狂う精密さとは裏腹にこちらはまるで刃筋が立っていない。
鈍い音がした。オレンジ色の体表がつぶれ同色の体液がじわりと漏れた。
「敵は全て斃す!」
もう一撃。
「そうだ! 貴様らがいるから! 貴様らがいるから……カズキは!!」
さらにもう一撃。振り上げた処刑鎌が他に荒れ狂う精密な物とかち合い、手の裡に鈍い衝撃
をもたらしたが、些細な問題だ。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
ホムンクルスは、全て斃す!!」
包囲する切断網は、狂気とわずかばかりの物悲しさが混じった叫びのビブラートに比例する
ように収束していき。
(こんな筈では! 計画は完璧だったはず。手負いの相手と、ムーンフェイス様から頂いた
真・蝶・成体。相ぶつかって負ける道理など、負ける道理などぉぉぉぉぉぉぉっ!!)
「臓物(ハラワタ)を、ブチ撒けろ!!」
やがてホムンクルス浜崎の、真・蝶・成体の、無数の破片が地面に散らばった。